今日の昼の時点での出勤者は11名。向こうに籍を置いたまま出向している人もいるし、中には学徒として学んでいる人や講師としての経験を積んでいる人もいるのでいつもこんなものだ。実際今日はケトもいないわけだし。
「それじゃあ第2班については小規模印刷の統制についてまとめて」
「わかりました」
というわけで出勤率の高い人を班長にして、班ごとに業務を割り振っている。私は取りまとめ。色々と意見があるだろうが、私は自分の立場を局員たちのマネージャーとして捉えている。あとは承認を与える人。なので基本は裏方業務だ。まあ上司が駆けずり回って部下を叱咤激励しなければ回らない現場よりはよっぽど健全だろう。
「あとは……印刷物管理局としての仕事か」
管理局は別に検閲機関ではない。これについては価値観がまだはっきりとしていないが、私はできるだけ言論の自由を擁護したい立場にいる。とはいえこの権利はかなり面倒なものだし、都合良く使われることも少なくないので安全保障の観点からは難しいところだ。大日本帝国憲法では「法律ノ範囲内ニ於テ」だったかな。別にこの問題に絶対的な正解はない。何を目的とするかと対象となる社会において変化するものだからだ。
まあ、基本的に大抵のルールでは私が勝つだろう。こちらは数百年かけて作られた様々な邪道を知っているのだ。例えば新聞を用意して世論を誘導するなど序の口である。やり過ぎると検閲を行う国家に権力をもたせ過ぎることになるし、放任しすぎるとマスメディアが法に縛られず、統制も効かない第四の権力として動き出す。いや第四の権力というのは誤用だったかな?まあいい。ともかくそういう未来に起こりうる可能性を知っている以上、潰すとまでは行かなくともある程度準備をしておく必要がある。小規模印刷による定期刊行物の作成についての制度整備はこの布石だ。
「そろそろ商会が動き出す頃かな」
「それについては話を聞いてきました」
私が呟くと商会から出向中の局員が答えてくれた。
「おお。どんな感じ?」
「東方通商語の字引を作りたいという話が」
「取引での混乱防止が目的?」
「ええ。ただかなり長い期間かかるでしょうね。それとは別に蝋紙版印刷の方は
「なかなか面白い発想をする人がいるな……」
小規模印刷の実用性にこの段階で気がつくのはかなりのものだ。
「念のため聞くけど、その発案者は?」
「例の長髪の商者です」
「またあの人ね……」
ここに人を送り込んでいる商会は一枚岩ではなく、いくつかの派閥がある。その中で一番狂っているのが長髪の商者と呼ばれる人物だ。昔呼ばれた晩餐会に出ていた人。理論にも通じた上で肝心どころで大きな賭けに出れる人物だ。彼はそれなりに色々なところに顔を出しているらしく、間接的に聞く限りでは図書庫の城邦における製紙業界をまとめ上げたらしい。今度何か贈り物でもしたほうがいいかな。複式簿記とか役に立つだろうか。
「もうこの際、蝋紙版印刷機を一つ彼に渡して、取り分をくれれば好きに販売していい事にしようかな」
「まだ止めてください」
そう言うのは謄写版改良を行っている中心人物。かなり指先が器用でさくさくと木材を削って装置を作れるのは素晴らしい。
「いや、さすがにそろそろ一回世に出した方が良いよ。完璧を目指しすぎても限界がある。それよりはできるだけ多くの人に使ってもらうべきだと私は考えるね」
「……もう少し待ってください」
「どれくらい?」
「半月頂ければ、もう少し作りやすいようにできます」
「よし。逆にそれ以外はできるだけしないように」
「……はい」
「すまないね」
「いえ、局長の判断も理があるものです」
技術屋のマネジメントはなかなか難しい。凝り性で完璧主義者だとなおさらだ。まあ私もそういうところがあるのでわかる。ただきちんと飲み込めるのはいい部下だ。報酬になるかどうかわからないが、彼の班に予算はあまりケチらないようにしよう。今でも結構な大盤振る舞いだが。
さて、ひとまずこんなものかな。あとは文章での報告に目を通していく。印刷物管理局は一種のシンクタンクになっているため、私のもとには定期的にこうやって紙に書かれたものがやってくるのだ。このフォーマットは私が設計して印刷したものだが、デザインに不満を持った局員によって改良が加えられ今では右上に印刷されているバージョン数が23になっていた。そうそう、過去の版の保存やバージョン管理についても私の知識を色々取り入れている。将来的にできるだけ業務をデジタル化しやすいように考えているので、たぶん情報化時代の人はこの印刷物管理局規格を悪くないものと評価してくれるだろう。まあそんな未来の話は今やるべきではないな。仕事をしよう。