ラブライブ!~アウトローと、虹とトキメキの女神達~ 作:弐式水戦
紅夜と菜々の邂逅から暫く経ち、4月も下旬に差し掛かっていた。この時期になると、進学・進級による新たな学校生活に対する緊張も解れ、生徒達は新たに出来た友人と、休み時間や放課後を共に過ごしていることだろう。
また、生徒の、特に新入生の中には部活動や同好会に所属し、その部で出来た新たな仲間と共に青春を謳歌する者も現れ、校内ではそんな彼等の声が日々飛び交っている。
そんなこの虹ヶ咲学園の部室棟では、今日も今日とて部活動や同好会へ向かう生徒でごった返していた。
何せ生徒数や学校の規模が大きければ、当然部活動や同好会の数も増えるもので、現時点でその数は100を超えるとすら言われている。
それ故に部室棟の規模もかなりのもので、案内板やエスカレーター、エレベーターが設置されているなど、その姿はまるでターミナル駅。新入生や留学生等、この学校に慣れていない生徒からすれば、自分達の目当ての部室へ向かうのも一苦労である。
さて、こうして部室棟も賑わう中、とある同好会が活動を始めようとしていた。
その名も、スクールアイドル同好会。
近年日本で人気になっているご当地アイドルの学校版とも言えるコンテンツ、スクールアイドルとしての活動を行う同好会だ。
この虹ヶ咲学園ではつい最近発足したばかりの同好会で、2年の
「……とまぁ、これが本日のスケジュールになります」
スケジュールが書かれたホワイトボードの前に立ったせつ菜が、そう言ってペンを置いた。
「おぉ~、今日からステップの練習かぁ……今までは柔軟とかばかりだったから、これで本格的にスクールアイドルとしての練習が始まるって感じがするねぇ……」
間延びしたような口調でそう言ったのは、ロングヘアの茶髪におっとりした雰囲気を纏う女子生徒だった。
ライフデザイン学科3年、
「彼方さん、柔軟や体力作りだって立派な活動ですよ?スクールアイドルって、お客さんからすればただ歌や躍りを披露しているだけですけど、パフォーマーからすればかなりのハードワークなんですから、それについていけるだけの体作りをしておくのは重要な事です」
彼方を窘めたのは、焦げ茶色の髪を黄色のリボンでポニーテールにした少女だった。名を
元々は女優志望で、その下積みとして演劇部に所属していたが、『演劇の幅を広げたい』という考えもあり、この同好会と掛け持ちしていた。
「しず子の言う通りですよ彼方先輩。そうやって基礎練を甘く見てると、足元掬われちゃいますからね~?何なら、そのままかすみん達が置いてきぼりにしちゃいますよ~?」
しずくに同調してからかうように言ったのは、
普通科に所属する1年生で、ベージュのショートボブが特徴の小柄な少女だ。
「むむっ、それは困るなぁ~。じゃあ、そうならないように彼方ちゃんも頑張らなきゃね~」
そんな彼女等のやり取りを、三つ編みの赤毛を両肩から垂らした少女が微笑ましそうに眺めていた。
エマ・ヴェルデ。学年は彼方と同じ3年生で、所属学科はしずくと同じ国際交流学科だ。
そして今年、『スクールアイドルをやりたい』という理由で、遥々スイスからこの虹ヶ咲学園にやって来た留学生である。
「さぁ皆さん、暢気にお喋りしてる暇はありませんよ?早速屋上で練習開始です!」
「「「「おぉ~!」」」」
そうして屋上へ向かった彼女等は、スケジュールに従って練習を始める。
せつ菜の掛け声に合わせてステップを踏み、一通りすると小休止。この繰り返しである。
そして、何度目かの小休止の最中、かすみが異変に気づいた。
「……?」
「かすみちゃん、どうしたの?そんなキョロキョロして」
やたら周囲を見回すかすみを不思議に思ったのか、エマが訊ねる。
「ん~……かすみんの気のせいかもしれないですけど、さっきから音が聞こえてくるんですよ」
「音?」
首を傾げながらも、耳を澄ますエマ。すると、校内の喧騒に混じって小さく音色らしい音が聞こえてきた。
「あっ、ホントだ。私にも聞こえるよ」
「何かの楽器みたいですね………音楽系の部活動じゃないでしょうか?」
「でも、それならもっと大きな音で聞こえてくる筈じゃないかな~?」
そうして、しずくや彼方も首を傾げる。そんな彼女等の疑問を解消したのは、せつ菜だった。
「多分、あの人でしょうね……」
「…?せつ菜ちゃん、何か知ってるの?」
その呟きを聞いたエマが聞き返し、首を傾げていた他の3人も彼女の方へ向き直る。
「はい。と言っても、知ってると言うよりは人から聞いたと言った方が適切ですが……」
そう前置きして、せつ菜はこの音色を出している人物について語った。
勘の良い方は、彼女が言う人物が誰を指しているのかは直ぐ分かるだろう。そう、紅夜だ。
菜々との邂逅から約3週間。彼は週に2、3回という頻度で音楽室を利用していたのだから、申請する際に生徒会の人間と話すのは勿論だが、他の生徒がその様子を見ていても、何らおかしな事ではない。
「……それで生徒会長が言うには、初めて彼の演奏を聞いた時は雷の直撃を受けたような感覚に襲われたとか……」
それを聞いて一瞬言葉を失う4人だったが、かすみとしずくが辛うじて言葉を絞り出す。
「か、雷に打たれたような感覚って……」
「それだけ、その長門紅夜って人の演奏が凄かったって事でしょうね……」
「はい。生徒会長も、あんな気持ちになったのは初めてだと言ってました」
そんなやり取りを交わしていると、かすみ達はある事を思う。
──実際に近くで演奏を聞いたら、何れ程のものなのか?と……
そんな彼女等の気持ちを察したのか、せつ菜はこんな事を言い出した。
「……良い機会ですし、1度聞きに行ってみませんか?」
「えっ、良いんですか!?」
その提案にかすみがいち早く食い付き、しずくや彼方、そしてエマの3人もせつ菜の方を向く。
「ええ。私達も何時かは自分達の曲を作って踊る訳ですから、他の方の曲を聞くというのは、決して無駄な事ではありません。それに……」
「それに……何?」
一旦言葉を区切ったせつ菜に聞き返すエマ。
かすみ達もじっと、彼女の次の言葉を待っていた。
「話によると、彼は曲作り以外にもダンスの振り付けも出来るようで……もしかしたら、そちらの方でもヒントが得られるかもしれません」
「おぉ~!コレはまたとんでもない優良物件ではないか~!」
「そんな凄い人がこの学校に居たなんて、かすみん感激ですぅ~!」
紅夜が歌や演奏のみならず、ダンスまで出来るという情報に興奮するかすみと彼方。
「その紅夜君って子が同好会に入ってくれたら、彼方ちゃん達も一気にレベルアップ出来そうだよね~」
「そうです!コレは見逃せませんね!」
そう言って盛り上がる2人だが、不安そうな表情を浮かべたしずくが口を挟んだ。
「……もしかして2人共、長門先輩を勧誘するつもりですか?」
「そりゃそうだよ!音楽科で、作曲もダンスも出来て、しかも生徒会長が驚くくらいの演奏が出来る男子が居るなんて聞かされたら、そんなの勧誘しない方がおかしいってモンだよ!」
愚問と言わんばかりに答えるかすみに、彼方がウンウンと相槌を打つ。
「私も、長門先輩って人がそんなに上手なら入ってほしいとは思うけど、いきなり押し掛けて勧誘しても入ってもらえるかどうか……」
「私もしずくちゃんの言う通りだと思うな。紅夜君って子からすれば私達は赤の他人だから、いきなり押し掛けて勧誘しても、先ず戸惑うんじゃないかな?」
紅夜の勧誘に乗り気な2人に対して、しずくやエマは慎重な意見を述べた。
確かに彼女等の言う通り、紅夜とスクールアイドル同好会の面々は赤の他人だ。そんな彼からすれば、音楽室で気分良く演奏している時に突然スクールアイドル同好会を名乗る謎の集団が押し掛けて勧誘してくるのだから、困惑するのは当然だろう。
「むぅ、それはそうかもしれませんけど……」
しずく達の意見を受けたかすみはそう言うが、せっかく見つけた逸材を逃したくないのか、その表情は何処か不満げだ。
「因みに、せつ菜ちゃんはどう思ってるの~?」
ここで言い出しっぺであるせつ菜に彼方が意見を求め、他の3人も話を中断し、彼女の意見に耳を傾ける。
「そうですね……」
そう言って暫く考えた後、1つ頷いてから口を開いた。
「確かに私も、彼が加わってくれれば心強いと思います。ですがしずくさん達の意見も無視出来ません。お二人の言う通り、彼にとって私達は赤の他人である訳ですからね」
やはり彼女も、紅夜の勧誘には賛成のようだ。しかし、しずくやエマの意見も事実。
しかも紅夜に関する情報は、あくまでも
勧誘する、しない云々を言い合う前に、先ずは自分達の目で確かめるべきだろう。
「取り敢えず、今回は少し覗くだけにして、勧誘するかどうかはその後で考えましょう」
そう言って、せつ菜は部室のドアを開ける。
「さあ、先ずは音楽室に行きましょう。早くしないと彼が帰ってしまうかもしれません」
こうして、同好会メンバーは部室を後にして音楽室を目指す。
暫く歩いて音楽室の表札が見えてくると、同時に音楽が聞こえてきた。
「良かった、未だ居るみたいですね」
せつ菜が安心したように言う。
それから一行はドア付近にまで来ると、ドアの窓からそっと室内を覗く。
そこにはエレクトーンに向かって座る紅夜と、傍にもう1人、彼の幼馴染みの1人である北条瑠璃が立っていた。
「あっ、北条さんだ」
同学年で、且つ同じ国際交流学科所属のエマが呟いた。
「エマさん、知り合いですか?」
「うん、同じクラスなの。あまり話した事は無いけどね……」
訊ねてきたせつ菜にそう言って苦笑を浮かべるエマ。その傍らでは、かすみがドアの小窓から様子を窺っていた。
「ん~……何か話してるみたいですが、何も聞こえませんね」
そう呟いたかすみは、ドアを少しだけ開けようとする。
「ちょっ、かすみさん!気づかれちゃうよ!」
「大丈夫だって、ほんの少し開けるだけ!」
止めようとしたしずくにそう言って、かすみは音を立てないように注意しつつ、少しだけドアを開ける。
すると、2人のやり取りが聞こえてきた。
どうやら先程まで紅夜が弾いていた曲について話しているようだ。
「……と、こんな感じでどうだ?」
「ええ、バッチリよ。ありがとう紅夜」
そう言って笑みを浮かべる瑠璃。同好会メンバーからは彼女の横顔しか見えないが、その優雅な佇まいに、かすみ達は思わず見惚れていた。
「それにしても、ダンスの振り付けだけでなく作曲や編曲も出来るなんて……流石、態々音楽科を選んだだけあるわね」
「まぁ、俺の数少ない趣味だからな。趣味が少ない分とことん打ち込めたよ。で、そのなれの果てがコレだ」
「別に良いじゃない。好きこそ物の上手なれって言葉があるくらいだし、そのお陰で私達も助かってるんだから、そんな無駄な事みたいに言う必要は無いわ」
「だと良いがな」
そう言ってケラケラ笑う紅夜。
彼が曲作りのみならず自分でダンスの振り付けまで考えられるという事に、かすみの目が輝く。
「さて、じゃあ最後に1曲だけ弾いて終わるとするか」
首を左右に倒しながら、紅夜はそう言った。
「あら、もう?未だ時間あるわよ?」
「レナ達と通話する約束してるんだよ」
不思議そうに首を傾げながら時計を指差す瑠璃だったが、紅夜の答えに納得したように頷いた。
「さて、じゃあ最後の曲は……コイツにするか」
取り出したスマホの画面を暫くスクロールしていた紅夜は、やがて最後の1曲を決めてスマホを脇に置く。
そして、目を瞑って暫く沈黙した後、カッと見開いて鍵盤に指を振り下ろす。
「「「「「……ッ!?」」」」」
その瞬間、ドアの隙間から様子を見ていた同好会メンバー全員に衝撃が走った。
テンポはそこまで速くはなく、寧ろ少し遅いとすら感じさせるが、決してだらしなさは感じられない。
始まりと同時に聞こえてくる力強い重低音や男性にしては澄んだ歌声が、彼女等の体を芯まで震わせた。
「「「「「…………」」」」」
最早曲の感想など考える暇も無く、ひたすら紅夜の演奏に聞き入る5人。
それから紅夜が弾き終えても暫く動けなかったが、2人が会話を始めて少しすると、漸く我に帰った。
「……それで紅夜、明日はどうするの?」
「そうだな……」
後頭部で両手を組んだ紅夜は、そう呟きながら椅子を前後に揺らす。
話によると、明日は瑠璃や綾を含めた何時ものメンバーが全員用事があって集まれず、紅夜1人になってしまうらしい。
「明日は集まれそうにないし、また今日みたいに音楽室で遊ぶとするか」
「その
瑠璃はそう言ってクスクスと笑った。
その後は2人が帰り支度を始めたのもあり、せつ菜達同好会メンバーはそそくさと部室へ帰ってきた。
「……いやぁ~、凄い演奏でしたねぇ!何と言うか、こう……上手く言えないけど、兎に角凄いです!」
帰ってくるや否や、先程までの沈黙から復活したかすみが興奮したように言う。
「確かに。彼方ちゃんも、あの演奏で眠気が吹っ飛んじゃったよ~。今なら徹夜だって出来そうだねぇ~」
「はいっ!情熱や音楽が大好きって気持ちが伝わってきました!」
彼方に同調するように言うせつ菜。その瞳は、まるで長年欲しがっていた玩具を勝手もらった子供のように輝いていた。
「そうですね、たった1曲であんなにも感動したのは初めてです。あの人が加わってくれれば、もっとパフォーマンスの幅が広がる筈ですっ」
「私も、スイスで聞いたスクールアイドルの曲を思い出しちゃったよ~」
先程まで消極的だったしずくやエマも、今ではすっかり乗り気だ。
「……では、決まりですね」
せつ菜の言葉に全員が頷いた。
「では明日、早速彼とコンタクトを取ってみましょう。大勢で押し掛けても困惑させてしまうでしょうから、私が行ってきます」
それからせつ菜が続けて言うには、そのまま勧誘するより体験入部してもらい、自分達の事をある程度知ってもらった上で勧誘しようというものだ。
いきなり勧誘するより効果が期待出来るというのは全員納得したようで、反対意見は出なかった。
「それでは明日、作戦決行です!」
「「「「おぉ~!」」」」
紅夜勧誘作戦の結構を決め、今日の同好会の活動は終わりを告げるのだった。
その頃、自分がターゲットにされているなど夢にも思っていない紅夜は……
「ぶえっくし!!」
「あら、風邪?」
「そうじゃないと思うが……誰か俺の噂でもしてんのかねぇ……?」
音楽室の戸締まりを終え、暢気に瑠璃と下校していたという。
予定より長引くので、前・中・後に分ける事にしました。