ラブライブ!~アウトローと、虹とトキメキの女神達~   作:弐式水戦

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第5話~アウトローとスクールアイドル同好会・中編~

 翌日の放課後。せつ菜達スクールアイドル同好会は、紅夜の勧誘計画を実行に移していた。

 計画では、かすみ達は4人は部室で待機し、せつ菜が音楽室に居るであろう紅夜を呼んでくるという流れとなっていた。

 

 普通なら、見ず知らずの男に女1人で会いに行くというのは危険だと思うだろうが、先日は瑠璃と2人きりで音楽室に居た事や、そこで仲良さげに会話していた事から、少なくとも彼が女性に暴力を振るうような人間ではない事が分かったため、せつ菜1人でも問題無いだろうと判断したのだ。

 それに彼女自身、以前からスクールアイドルとして活動していたためにそれなりの体力はついている。仮に襲われたとして、迎え撃つ事は出来なくても隙をついて逃げるくらいなら出来るし、そもそも今は放課後になったばかりで、生徒も未だ大勢残っているため、下手に手出しする事は出来ないだろうと考えてもいた。

 

「それでは皆さん。私は長門紅夜さんを呼んできますので、此所で待機していてくださいね」

 

 そう言って部室を出たせつ菜は、他の生徒に見られないようにしながら音楽室へと急ぐ。

 これは、紅夜を勧誘しに行くのを邪魔されないようにするというのもあるが、彼女が同好会メンバーにすら伝えていない、ある秘密があるためなのだが、それは一先ず割愛させていただこう。

 

「(でも、やっぱり堂々と歩けないのは不便ですね……その分移動するのに時間も掛かってしまいますし……)」

 

 常に周囲を気にしながら歩き、時には空き教室や物陰に隠れたり迂回しながら進む。何も知らない者からすればただの不審者だが、彼女からすればやむを得ない行為だった。

 

 我ながら面倒な立場を得てしまったものだと感じながら、せつ菜は音楽室を目指して進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「到着っと……さて、予定通り来たのは良いが、何して遊ぼうかねぇ?」

 

 時は少しだけ遡り、せつ菜が部室を出た頃。何も知らない紅夜は予定通り音楽室を訪れていた。

 近くにあった机に荷物を置くと、室内を見回していく。

 と言っても、置かれてある楽器はピアノとエレクトーンくらいだ。後方のケースにも楽器は置かれているが、流石にそれらを使うと後々面倒な事になるだろう。

 

「う~ん……」

 

 ピアノに凭れ掛かって腕を組み、どうしたものかと考える紅夜だったが、そこである事を思い付いた。

 

「(そう言えば俺、この学校に来てから1回も踊った事無いな……)」 

 

 編入してから今日に至るまで何度も音楽室を利用している紅夜だが、やる事はエレクトーンかピアノを弾くだけで踊った事は無かった。

 そもそも躍りまで授業に組み込まれている訳ではないので態々音楽室に来てまで踊る必要は無いのだが、長い間やっていないと、体はその感覚を忘れてしまうものだ。

 

「……せっかくだし、何曲か踊っておくか。あんまドタドタさせなきゃ怒られもしねぇだろ」

 

 そう呟き、一旦廊下に出て此方に来る生徒が誰も居ない事を確認した紅夜は、今日の授業で使ったジャージにそそくさと着替える。そして鞄からワイヤレススピーカーを取り出して机に置き、スマホを操作して接続した。

 

「さてさて、最初の曲は………コレで良いか」

 

 そしてダウンロードされた曲を再生し、紅夜は1人ダンスを始める。

 それから何曲か踊って休憩を挟んでいる時、1人の女子生徒が音楽室の前に立った。せつ菜だ。

 部室を出てから他の生徒に見つからないように進んだ事で思いの外時間が掛かったが、遂に音楽室に辿り着いたのだ。

 

「ふぅ、やっと音楽室に着きました……」

 

 表札へと視線を向けて改めて音楽室へ辿り着いた事を確認し、安堵の溜め息をついたせつ菜は、早速ドアの小窓から中を覗き込む。すると、椅子に座ってスマホを弄る紅夜の姿が目に留まった。

 始めは休憩中かと思ったが、ふと壁に置かれているエレクトーンへ目を向けるとシーツを被ったままになっており、ピアノを弾いた痕跡も確認出来なかった。

 それに彼の様子から、今さっき来たばかりにも見えない。

 

「(何もしていない……?それに、何故ジャージなんて……)」

 

 そう疑問に感じるせつ菜だったが、机に置かれているスピーカーが目に留まる。それに加えて彼がジャージ姿である事から、先程まで踊っていたのだと悟った。

 

「(移動に時間を掛けすぎましたか……せっかく彼の躍りが見られるチャンスだったのに……)」

 

 そう思ったせつ菜は、一先ず当初の予定通り声を掛けようと、音楽室へ入ろうとする。だが彼女が入るより先に、再び紅夜が動いた。

 

「さてと、それじゃあ次は何の曲にしましょうかね~っと……」

 

 どうやら未だ踊るつもりのようで、スマホを操作しながら立ち上がってそう呟く。

 そして、暫く画面とにらめっこした後、漸く決まったのか小さく頷いた。

 

「よし。さっきまではアレンジ曲ばっか使ってたし、今回は俺の作った曲で踊ってみるか」

 

 そして準備を済ませた紅夜はスマホの再生ボタンを押し、スピーカーから流れてきた曲に合わせて踊り出した。

 

「…………」

 

 アップテンポで激しい曲想というのもあって動きも大きく、長いポニーテールの白髪を振り回しながら楽しそうに踊る彼の姿に、思わず見惚れるせつ菜。

 それだけでなく、曲も細かい部分まで作り込まれており、目だけでなく耳でも魅了される。

 そんな彼女の鼓動は高鳴り、今すぐ音楽室へ突撃したい衝動が襲ってくる。

 

「(駄目です………今入ったら、彼の邪魔になってしまうのに……!)」

 

 せつ菜は胸をぎゅっと掴み、この沸き上がる衝動を何とか押さえようとする。

 

「(せめて、この曲が終わるまで……!)」

 

 そうして必死に衝動を押さえている彼女を他所に彼の躍りも進んでいき、遂に終わりを迎える。

 

「……ッ!」

 

 アウトロの部分で側方宙返りや回し蹴り等のアクロバティックな動きを見せ、一番最後の音に合わせてポーズを決める紅夜。

 それと同時に、せつ菜の我慢も遂に限界を迎える。

 

「(もう……我慢出来ません!)」

 

 せつ菜は押さえきれなくなった衝動に任せ、ドアを勢い良く開け放つ。

 ガラガラと大きな音を立てながらスライドしたドアは、枠に叩きつけられて更に大きな音を響かせた。

 

「ッ!?な、何だお前……?」

 

 これまで誰も見ていないと思って自分1人の時間を楽しんでいた紅夜は、突然の来訪者にかなり驚いた様子で振り向く。しかし直ぐに冷静さを取り戻し、警戒の目を向けながら声を掛けようとするが、それよりもせつ菜の行動が早かった。

 

「凄い、凄いです!長門紅夜さん!」

「……?何故、俺の名前を──」

 

 デジャヴを感じながらも自分の名を知っている理由を問い質そうとする紅夜だが、せつ菜はそれを遮るように詰め寄り、彼の両手を握る。

 

「曲は短いのに細かい部分までしっかり作り込まれていて、何より情熱的で!」

 

 まるで念願の玩具を手に入れた子供のように目を輝かせながら、先程のパフォーマンスの感想を述べる。

 

「それに躍りの振り付けも曲にマッチしていて!もう……大好きです!」

「お、おう……それは、何より」

 

 自分より遥かに小柄であるためか、目一杯背伸びをして顔を近づけてくるせつ菜。紅夜はその勢いに圧倒されつつ、何とか言葉を返す。

 

「……取り敢えずお前の気持ちは分かったが、何時までそうしているつもりなんだ?流石に近すぎだと思うんだが」

「えっ?……ッ!?す、すみません!」

 

 何を言っているんだとばかりに首を傾げるせつ菜だったが、やがて自分の視界一杯に映る紅夜の顔からかなり近づけていた事を自覚し、顔を赤く染めながら離れた。

 紅夜は漸く離れた事に安堵しながら、再び質問をする。

 

「……それで、結局お前は何者なんだ?少なくともお前みたいな知り合いは居なかった筈だが」

「あっ、そうでしたね!」

 

 そう言って、せつ菜は『コホンッ』と咳払いした後に佇まいを直した。

 

「改めまして、スクールアイドル同好会部長をしています、優木せつ菜と申します!」

「はぁ……」

 

 自分で聞いておいて失礼な反応だと自覚しつつも大して興味も無さそうに頷く紅夜だが、彼女の台詞の中に気になる単語を見つける。

 

「スクールアイドル……?」

「はいっ!ご存知ありませんか?最近の日本の流行りなんですよ!」

「……生憎、ここ数年はアメリカで暮らしていたからな。今の日本の流行りなんて知ってる訳無いだろ」

 

 どうでも良さそうに返事を返す紅夜。

 一応、家族や瑠璃達幼馴染みグループと交わした約束で定期的に日本に帰ってはいるものの、基本的には自宅で家族と過ごすか幼馴染み達と遊んでいるため、そう言ったエンタメ事情には疎いのだ。

 とは言え、紅夜は自分の興味が無いものには見向きもせず、余程大事な事でもなければ直ぐに忘れてしまうため、仮にスクールアイドルについて知る機会があったとしても数日経てば記憶から抹消されているだろう。

 

「……それで、そのスクールアイドル同好会の部長とやらが、俺に何の用があるんだ?と言うか、そもそも何故俺の名前を知っていた?」

「それは私が………じゃなくて、生徒会長に聞いたんです。実は昨日、練習中に音楽室から楽器の音色や歌声が聞こえていたものですから、ちょっと気になって見に行こうとしていた時に偶然会いまして」

 

 せつ菜はそう答えた。

 一瞬何かを言いかけていたのが気になるが、紅夜は一先ずスルーする。

 

「そうか……」

 

 この学校の音楽室には防音装備が施されているのだが、当時の紅夜は換気のために窓を開けた状態で曲を流していた。しかも、それなりに音量を出した状態で。

 もしそれが同好会の活動の妨げになっていたなら謝ろうと思っていたのだが、音楽室に入ってきた時の反応や今の態度を見るに、苦情を言いに来た訳ではなさそうだ。

 

「それでですね。先程言っていた用件についてなのですが……」

 

 漸く一番聞きたかった話題になり、紅夜は耳を傾ける。

 すると、せつ菜は徐に彼に歩み寄ると、両手を握って言った。

 

「長門紅夜さん、貴方を我がスクールアイドル同好会へ招待しに来たのです!」

「……はぁ?」

 

 少しの沈黙の後に彼の口から漏れ出たのは、そんな間の抜けた声だった。

 

「俺を……スクールアイドル同好会に?」

「はいっ!」

 

 『ペカー』という擬音語が合いそうな笑みを浮かべて頷くせつ菜。

 

「昨日の曲も然ることながら、先程のダンスも見事で、貴方の音楽に対する情熱が凄く伝わってきたんです!そんな人が仲間になってくれれば、一緒に上を目指せると思いまして!」

「…………」

 

 褒められているためか、紅夜は面映ゆそうに頬を掻いた。

 

 音楽が趣味なのは事実だが、それはあくまでもストリートレースの次だ。どちらに熱を入れているかと問われれば、勿論ストリートレースと答える。

 それに加えて、昨日弾いていた曲も今日のダンスも、全てこれまでのものをそのまま使っただけであり、本人としては、楽しんではいたもののそこまで本気を出したつもりは無かった。

 だが、子供のように目を輝かせながらマシンガンの如く感想を叩きつけてくる彼女を見ていると、悪い気はしない。

 

「(でもなぁ……)」

 

 ここで、紅夜の表情が曇る。

 

 せつ菜が此所へ来た目的は、自分をスクールアイドル同好会に招待する事。そして先程言っていた『仲間になってくれれば』という言葉から、自分を勧誘しに来たという事は容易に想像出来る。寧ろこれで想像出来ない者は朴念仁だと言っても過言ではないだろう。

 褒められるだけなら未だ良いが、勧誘されるとなれば話は変わってくる。

 

 彼もアイドルとして活動するのか、はたまた彼女等のマネージャー的なポジションとなるのかは不明だが、少なくともアメリカの仲間達や幼馴染み以外の人間とつるもうとは思えなかった。

 

「(取り敢えず、断っておくか)」

 

 そう心の中で決めた紅夜だが、ずっと黙り込んでいるのに痺れを切らしたのか、せつ菜は彼の手を掴んで走り出した。

 

「ちょっ、おい待て!何処へ行くつもりだ!?」

「勿論、スクールアイドル同好会の部室です!」

 

 困惑しながら行き先を問い質す紅夜にそう答えたせつ菜は、他の生徒に見られようが知った事かと言わんばかりに廊下を突き進んでいく。

 抵抗しようにも思いの外強い力で引っ張られ、結局紅夜はスクールアイドル同好会の部室へと連行されていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「せつ菜先輩、遅いですねぇ……」

 

 スクールアイドル同好会の部室では、残りのメンバーがせつ菜の帰りを待っていた。

 彼女を送り出してから、4人は柔軟等の室内で出来るような軽い運動をしたりして時間を潰していたのだが、せつ菜が中々帰ってこない事で退屈したのか、椅子に座ったかすみが足をプラプラさせながら呟く。

 

「まぁ、彼方ちゃん達の部室って、結構端っこの方にあるからね~。移動に時間が掛かるのは仕方無いよ~」

「それにしたって遅いですよぉ。普通に音楽室に行って連れてくるだけなんだし……」

「まあまあ、かすみちゃん。もしかしたら説得に時間が掛かってるのかもしれないし、もう少しだけ待ってみよう?」

 

 そう言って宥めるエマに同調するかのように、しずくが相槌を打つ。

 

「果報は寝て待てって言葉もあるんだし、ここはお昼寝でもしながら待とうではないか~」

「いや、彼方先輩はいっつも寝てるじゃないですか!」

「おぉ~、中々のナイスツッコミを入れられてしまったぜ」

 

 そんな漫才みたいなやり取りを交わす2人に、他の面々は思わず微笑を浮かべる。

 だがその時、突然部室のドアが勢い良く開き、紅夜の手を引いたせつ菜が現れた。

 

「お待たせしました!長門紅夜さんをお連れしましたよ!」

 

 その声を受けて一斉に振り向くかすみ達。そして紅夜の姿を視界に捉えると、『おぉー!』と歓声を上げて立ち上がった。

 

「ようこそ、スクールアイドル同好会へ!」

「来てくれるの待ってたよ~」

 

 始めから紅夜の勧誘に乗り気だったかすみや彼方が、そう言って駆け寄る。そして彼の顔を覗き込み、何やら評価をつけ始めた。

 

「ほうほう。あの時は後ろ姿と横顔しか見えませんでしたが、こんな顔してたんですねぇ~……」

「カッコいいと美人さんを足したような感じのお顔だねぇ~」

「いやどんな顔だよ……って、ちょっと待て。あの時って何の事だ?」

 

 その問いに『あっ』と声を漏らすかすみ。他の面子も『しまった!』と言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「まさかとは思うが、お前等……」

「ちちち、違うんですよ先輩!?別に、かすみん達は女の人に演奏聞かせてたのを盗み聞きしてた訳じゃなくてですね──」

「未だ何も言ってないんだが?」

 

 淡々とした口調で返され、何も言えなくなるかすみ。

 

「……まぁ、別に後ろめたい事してた訳じゃないから、聞かれたところで大して困るような事は無いんだがな」

 

 溜め息混じりにそう言うと、その言葉から彼が怒っていないと分かって安心したのか、同好会メンバーも安堵の溜め息をついていた。

 

「んんっ!まぁ、何はともあれ……改めまして、長門紅夜さん!」

 

 そうして紅夜の前へ横1列に並んだせつ菜達は、声を揃えて言った。

 

「「「「「ようこそ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会へ!!」」」」」

「(俺『入る』なんて一言も言ってないし、そもそも入部する気も無いんだけどな……)」

 

 そう思いつつも、この歓迎ムードの中では中々言い出せず、『ああ……』と短く返事を返すしかない紅夜であった。


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