現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢が牧場を救うのはちょっと大変   作:れべっか

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うちのお嬢様が零細血統好きな理由、メジャーどころを嫌悪してマイナーどころに傾向するって、要は中二病を発症してます。


第36話 オーストラリアの種牡馬

「お嬢様の思い付いた豪州への繁殖牝馬輸送、あれ募集したけどてんで集まりませんわ」

「ああ、観測気球的に打ち上げたあれね」

 

天満橋が雑談のついでに、桂華競走馬に投げた案件について報告してくれた。

樺太国際競走で仲良くなった騎士見習い君に軽い気持ちで欧州の良血馬が欲しいとおねだりしたら、ガリレオ/Galileo*1の種付け権を融通してくれて、深く考えずにほいほい飛びついちゃったのよね。

その種付け権はシャトル供用先のオーストラリアのもので、繁殖牝馬を日本から現地に送るか現地調達する必要があるとか、南半球の馬産シーズンは北半球と半年ズレているので仔馬の成長に半年のハンデが課せられるとか、そういう苦労があることを後から知ったのだ。

とはいえ、こちらが先に要求(おねだり)したのだから、貰った後になってやっぱり不要でしたなんて言えない。もちろん転売などもってのほか。

 

「いくらガリレオが良血とはいえ、初年度産駒がまだ未出走*2、種牡馬としてまだ未知数。父サドラーズウェルズ/Sadler's Wellsがまだ種牡馬現役やから実績あるそっちで良かったのでは?」

「心配無用よ、私の勘ではガリレオは種牡馬としても大成する*3から」

「それは例の(・・)オカルト的預言ってヤツで? お嬢様が主張している父ガリレオ×母父メジロマックーンの配合も含めて?」

「マックイーンは単なる私の好みだけど、ガリレオの成功は間違いない」

 

私の前世知識*4に基づく発言だが、天満橋も私の異常性(こういうところ)にある程度耐性があるので、そういうもんかとあっさり流してくれた。

 

「引退後の種牡馬ビジネスまで視野に入れると母父マックーンは有り得ない選択肢だけど、種付け料が将来高騰する前の、私のお小遣いの範囲でやりくりできるうちなら趣味に走れるし」

「ちなみに、いかほど?」

「牝馬2頭分、不受胎などの特約なしで計20万ユーロ*5

 

ガリレオ産駒を欧州から輸入するとなれば軽く億はかかるわけで、それも好みの血統を自分で選べるリアル競馬ゲーム状態となれば、やるしかないでしょ。

 

「マックイーンが有り得ないと自覚有りでっか…… 夢と浪漫を追及するその態度、横から見ている分には面白いで済むんですがね」

「勝てる血統の追求は茶代*6に任せて、血の多様性を確保するって名目で住み分けするならあっちの総帥も怒らないでしょ」

 

天満橋は軽く肩をすくめるだけでそれ以上は触れなかった。

 

「話は最初に戻りますが、今から胎の空いている繁殖牝馬を豪州に送るって言っても、まともな牝馬は集まりまへん」

「南半球産の馬は稼げるってビジネスモデルをちゃんと提示しないと、うちが笛吹いても踊ってくれないのね」

「そもそも、南半球産馬の斤量軽減ルールは前からあるにも関わらず、日本競馬界でマイナーな存在であるってことは、まあ、アレですわな」

 

負担重量軽減ルール適用には南半球産という条件がある。牝馬を豪州に送って種付け後、一度日本に戻して出産間近にもう一度豪州に送るか、産まれるまで豪州に留めおくか。馬の妊娠期間+仔馬の乳離れまでの最長1年半を豪州に委託しっぱなしというのは、中小牧場には非現実的な話だろう。最初に中小牧場支援と銘打ってしまったのは逆効果だったかもしれない。

 

桂華競走馬(うち)で補助金を割り増しするくらいなら、いっそ繁殖牝馬を買い上げる方が手っ取り早いかと。ただしお嬢様お勧めのマックイーン産駒は、ちと条件が厳しい」

「そうなの?」

「マックイーンは1995年が初年度産駒で繁殖牝馬としては今が盛り、牧場としても主力放出は尻込みします」

「そっかー。今も地方を走っていて繁殖に上がれなさそうな牝馬をリクルートするとか?」

「今まで競走馬としてトレーニング漬けだった牝馬の心身が繁殖に適応するには、時間が足りませんな。今秋の豪州送りには間に合わないでしょう」

「つまり、マックイーン産駒の繁殖牝馬を豪州送りにするには、札束ビンタが必要ってことね」

「いわゆる見切り品、年齢的に繁殖活動の盛りを過ぎた牝馬()ならいくつか引き合いがあったんですがね。牧場としても放出のリスクが小さいので」

「ふーん、その"見切り品"の中にコレってものはあったの?」

 

天満橋はちらりと手元の資料に目を落とし、札束ビンタのジェスチャー?を決めて悪ぶってみせたお嬢様をスルー。

 

「今年不受胎となって繁殖引退の瀬戸際な牝馬のうち、ブラッシンググルーム/Blushing Groom産駒が何頭かいます*7。母父ブラッシンググルームはラムタラ、マヤノトップガン、テイエムオペラオー、ヤマニンゼファーなど実績あります。南半球で一大勢力を築いた大型種牡馬サートリストラム/Sir Tristramとその後継のザビール/Zabeelは父系Turn-toがトップガン・ゼファーと同じ、現在オーストラリアで主流のデインヒル/DanehillはNorthan Dancer系がラムタラ・オペラオーと同じ。どちらも日本に血を持ち帰る価値はあるかと」

 

悪代官ごっこ?に乗ってくれない天満橋を恨めしそうに見つめるお嬢様は、少し考えるそぶりをした。

 

「ザビールの血統は北半球にほとんどないから、そっちは良いけど。ノーザンの血統はそそられない。もっと私好みのプレゼンはないの?」

 

それまで堅物を装っていた天満橋が、にやりと笑って急にあくどい親父の雰囲気を漂わせた。

 

「そう言うと思ってマイナー種牡馬も調べてあります。まずはBuriton*8、なんとマイバブー/My Babu系!」

「マイバブーって、パーソロン/Partholon以外に残ってるんだ……」

「Regal Shot*9はフェアウェイ/Fairway系、日本ではスズパレードあたりで途切れたはずです。Mossman*10はプリンスキロ/Princequillo系、1957-1958年の北米リーディングサイアーですが母父として評価されるも父系は途切れた、はずなんですがねぇ」

「ほー、いいじゃない」

「Show a Heart*11は1960年代にオーストラリアのリーディングサイアーになったスターキングダム/Star Kingdomの血筋ですが、ハイペリオン/Hyperion系。Sequalo*12がスターキングダムではないハイペリオン系。豪州がハイペリオン最後の砦とも言われます」

「日本だとセイウンスカイがまだ踏ん張ってるんだっけ?*13

「Pins*14はバックパサー/Buckpasserではないトムフール/Tom Fool系。Magic Albert*15はナスルーラ/Nasrullah、ロイヤルチャージャー/Royal Charger、ニアークティック/Nearcticのいずれでもないネアルコ/Nearcoの系譜です」

「こういうのでいいんだよ、こういうので*16

 

豪州に残る零細血統を聞いてご満悦のお嬢様と、今度こそ悪代官ごっこ?に雰囲気で付き合う天満橋。

ひとしきりお嬢様の気が済んだというところで、天満橋が念を押す。

 

「で、今の日本競馬では長距離レースは不遇と分かって、ガリレオとマックイーンの配合、やるんですな?」

「やります、本気です。それに長距離不遇も改善案はあります」

 

天満橋が視線で話の続きを催促してくる。

 

「桂華に縁深い樺太・宇都宮・上山の番組編成に口を挟みます。月一回の長距離レースと年一回の長距離王決定戦を新設し、賞金は他レースと同程度でいいから、とにかく定期開催が大事。5~10年くらい継続すれば"伝統"という箔がつくから長距離王決定戦をローカル重賞に格上げして、地方単独から上山・盛岡・水沢の東北長距離王決定戦、宇都宮・浦和・高崎の北関東長距離王決定戦とステップアップして」

「最終的にはJBCのダート長距離として中央地方交流G1を目指すと*17

「20年くらい掛ければ不可能じゃないでしょ。というか、採りに行くG1レースを創設するって最初に悪だくみを聞かされたとき、それくらいかかると思ったんだけど」

「樺太競馬は桂華(うち)にとっても渡りに船というか、産業を生み出したい樺太道の常識外れのパワーというか…… 競馬場というハコモノがあのスピードで建設されるのはこっちも予想外でした」

「元・共産圏と日本の違いを痛感したよね、あれ……」

 

最後にしんみりした雰囲気になって締まらない二人であった。

*1
父は英リーディングサイアーの実績を持つSadler's Wells、母は凱旋門賞馬Urban Sea

*2
ガリレオの初年度産駒がレースデビューするのは2005年

*3
ガリレオはイギリス・アイルランドのリーディングサイアーに計12回なる

*4
ガリレオは初年度産駒からG1馬を4頭出し2008年に英愛リーディングサイアーに輝いているので、前世の人が死ぬ前に知っている可能性はある

*5
当時のレートで約2700万円。ガリレオの種付け料は初年度750万円、初リーディングサイアーになった2008年に3000万円。産駒がレースデビュー前なのでこれくらい?

*6
史実の社台グループ

*7
史実馬だとフレイムオブパリ、ウインブルドンII、ナジーバ、モデスティイトセルフ、ロジーチークスなど

*8
NZ1993

*9
AUS 1997

*10
AUS 1990

*11
AUS 1997

*12
AUS 1990

*13
作中時期の2004年だとハクタイセイとデリケートワンもぎりぎり残っている

*14
AUS 1996

*15
AUS 1998

*16
孤独のグルメは漫画単行本刊行が1997年

*17
中央地方交流のダート長距離は名古屋グランプリ(G2)が存在する

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