現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢が牧場を救うのはちょっと大変 作:れべっか
三田守が近藤俊作から浅草のとあるバーを紹介されて*1からしばし後。
彼は自身が桂華院瑠奈の極秘情報を流す役と理解していたが、じゃあどんなネタを流せばいいのかと悩んでいた。変に考え込んでしまうあたり、真面目系クズ*2の面目躍如といったところである。
彼女の外遊スケジュールなど公的なものは彼から流す必要はない、ならば彼女のプライベートを切り売りすればいいのか。価値のない情報しか流せずに役立たずと評価されたらどうするのか。現状は彼女の側回りである愛夜ソフィア・神奈水樹の神奈一門系が唯一の情報源であるが、それ以外にもコネを築くべきなのか。
近藤あたりがそれを聞けば、『情報にどんな価値を見出すかは分析役に任せればいい、お前が考える必要はない』と大きく笑い飛ばすであろう。
三田は無い知恵を絞ってさんざん悩んだ末に、北都千春へ相談することにした。ソフィアや水樹は流石に桂華院瑠奈に近すぎると判断してのことである。彼が普段勤務しているネットカフェ『ズヴィズダー』にふらりと千春が寄ったところで、彼はさり気なさを装って──もちろん千春にはまるっとお見通しだが──質問したところ、千春は少しだけ考え込んだ。
「そうねぇ……」
このときの千春の三田に対する考えは、端的に言えば『馬鹿の考え休むに似たり』である。下手に考え込まずに何か動く口実を与えてやった方がマシ。占い師としての直感がそう囁いている。
では、当たり障りのないことをやらせるとして、具体的にはどうするか。少なくとも三田自身には特別なことと思わせる必要がある。
千春は後で近藤とソフィアにフォローを頼んでおけばいいかとあっさり見切りをつけて、適当に話を盛ってこの場は煙に巻くことにした。
「話は変わるけど、競馬は好き?」
「えっ、はい、人並みには嗜みますけど」
三田はチンピラ崩れのクズなので、スポーツ新聞は毎日欠かさず読み、エロも芸能ゴシップもギャンブルも一通りの記事には目を通す。真面目系クズなので身持ちを崩すようなバクチをしないが、ときおり昼飯代や煙草代に困っているのを神奈水樹に揶揄われたりする。
「じゃあ、桂華院のお嬢さんが浮気していた湾岸カーレースから再び競馬に鞍替えしたことは?」
「いえ、初耳です」
ちなみにこれは千春のアドリブであり、なんら根拠のないでまかせである。ただ夏の樺太競馬と秋のカーレース予選という事実から、それなりに信憑性のあることもまた事実。
「で、また話は変わるけど。神奈一門は占いを手がけているから、オカルトも身近。それはいい?」
三田はコクリと頷く。巫女服の少女をタクシードライバーとして送迎した*3ばかりであり、この世には不思議なこともあるもんだと実感している。
なお、彼は自身にオカルト事件が直接降りかかるとは露ほども思っておらず、どこか他人事として捕えているのだが。
「えーっと、競馬とオカルトが結びつくんですか?」
「そうよ、苦しい時の神頼みなんて言葉もあるし、勝負の世界でゲン担ぎするのは当たり前。競馬とオカルトも距離は近いのよ」
「ふーん…… そういえば、調布や中山の競馬場には馬頭観音が祀られてますね。行くたびにお参りしますけど、ご利益はないなぁ」
ふと思い出した三田に、千春は苦笑いした。
「馬頭観音は馬の健康や無事故を司るのであって、ギャンブル運は管轄外だからね」
「そうなんですか。でも落馬事故とか予後不良とか見てて嫌だし、ご安全にって祈る程度なら今後も続けます」
得体の知れないものを畏れ敬い、距離感は遠からず近からず。三田の基本姿勢は千春にとって好ましいものだった。
「丁度いいか。その馬頭観音は本地垂迹説によると……」
「すいません、そのホンジ?スイジャク? って何です?」
「おっと、そこで躓くか。じゃあ日本には仏教と神道の二つ、お寺と神社の二種類があることは分かる?」
「それくらいは知ってますよ。飛鳥時代、聖徳太子の頃に中国大陸から朝鮮半島を経由して仏教が日本に伝来し、物部氏と蘇我氏が対立したんですよね」
十で神童十五で才子二十すぎれば只の人、という言葉があるが、三田は十で才子十五で只の人二十すぎてクズ、くらいだったのかも知れない。まあ義務教育の範囲でそこそこ有能であったなら、地頭は悪くないのだろう。
「そこまで分かっているなら話は早い。本地垂迹説というのは、仏教と神道が融合した考えで、仏と神は本来同じもの、仏が姿を変えて現世に降り立った、いわゆる化身ともいうべき存在が神。平安時代後期には既に一般的な思想だったみたい」
「神仏習合ってやつですか」
自分の知っている知識と結びついたことで得意げに頷く三田と、それを暖かい目で見守る千春。
「で、ここからが競馬に繋がる話。馬頭観音の垂迹といえば、日光・二荒山の宇都宮明神が有名だけど」
「宇都宮。桂華グループが立て直した地方競馬のある所ですね」
「実はもう一つ、マイナーどころだけど長野県上田市に馬背神社ってのがあって。この馬背神社、貞観九年(867)には従三位を叙せられ*4、京都の伏見稲荷や伊豆の三島大社と同格だったのだけど、50年後の延喜式神名帳には名がなくそれ以降も歴史書に出てこないという、歴史好きにはたまらないミステリー!」
「いや、そういうの興味ないんで、すいません」
歴女さながらに熱弁を振るう千春をばっさりと切り捨てる三田。がっかりして肩を落とす彼女を横目に、彼はふと思ったことを口にする。
「あれ? 長野県って競馬とは関係ないですよね?」
「そうでもないわ。競馬場こそないけれど馬産はそれなりに盛んで、天皇賞馬タカマガハラ*5は長野県産だし」
「へぇー。で、それがどう繋がるんです?」
「最近、桂華グループが上田市に集中して資本投下するって噂を耳にしてね*6。いやぁ、確たる証拠はないんだけど、怪しいと思わない? 点と点が繋がっているわけだし」
にやりとあくどい笑顔を作って三田を煽ったところで、千春のポケットに入っているPHSがピピピと呼び出し音を鳴らす。
「あっ、ダーリンから連絡来たから、これから店外デートに行ってくるね。鞄だけ見ておいてちょうだい、そのうち戻ってくるから」
千春はるんるんとスキップしながら店を出ていき、陰謀論を吹き込まれた三田がその場に残される。
彼は一つ大きな溜息をついて、頭を掻いた。
「好き勝手まくし立ててくれちゃって、もう。一介のチンピラが情報の裏撮りするには規模が大きすぎでしょ」
まあ話半分程度に聞いておくか、とボヤく三田。千春が面白がってあることないこと吹き込んだということを本能的に察しているようだ。
さて相談タイムは終了、お仕事に戻りますかね、と三田が立ち上がったところで、いつの間にか彼の背後に忍び寄る神奈水樹。
「三田さーん、見てましたよー。千春姐さんの特別講義だなんて、羨ましいー!」
「いや、全然羨ましくなんかないぞ」
ぎゃーぎゃー言い合う男女カップルの声が、店内に広がるのであった。