現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢が牧場を救うのはちょっと大変 作:れべっか
都内某所、探偵・近藤俊作とその妻・愛夜ソフィアが拠点とするネットカフェ『ズヴィズダー』*1。
そこで働く三田守が、その店に頻繁に出入りしている北都千春と雑談に興じている。
北都はぱっと見でいかにもな『水商売の女』だが、神奈一門としてそれなりのポジションに居るだけあり、知識豊富で頭の回転も早い。以前に二人で雑談して*2から、なんだかんだで気が合うのであろう。
「まず前提として。東京は、太平洋戦争の大空襲により焼け野原と化し*3、戦後復興とともに急ごしらえの住宅が増加した。それはいい?」
人差し指を立てて教師っぽく気取る北都と、素直に頷く三田。
「戦後の復興計画は物価高騰による予算圧迫などで主要駅周辺しか整備されず、そして1960年以降に中心部から郊外へと人口が流出するドーナツ化現象が起き、都心の木造賃貸アパートが密集する地域は築50年を越えるような老朽化した建物を多数抱えて人口減」
「あれ、政府は1970年代から再開発に着手して順調って聞きましたけど。お台場とか」
「残念、それは湾岸副都心の再開発ね。あれは工場跡地の再開発だから性格が違うのよ」
「へぇー、知りませんでした」
雑学披露に対して素直に感心する三田。おかげで北都の承認欲求・自尊心がお手軽に満たされて、彼女の内心ではピノキオの鼻のように何かがニョキニョキ伸びている。
「人口密集地の住宅街再開発は、大正大震災後に財団法人同潤会が建てた鉄筋コンクリート造集合住宅、通称・同潤会アパートが有名ね。港区の三田アパートメントは分譲マンションに建て替えられたけど、代官山の代官山アパートメントは高層マンションのみならず、駅前広場、駐車場、ショッピングセンター、公共施設などを複合した大型再開発*4。同じく渋谷区表参道の青山アパートメントが現在再開発中*5」
「あー、代官山はおもいっきりブランド化しましたね。確か、表参道は再開発に関係して二級市民向け住宅問題*6とかあったような」
三田が記憶の中から朧げな情報を引っ張り出す。彼としては大学在学中にカラーギャングの下っ端*7をしており、当時は二級市民やデモといったものは身近だった。それが近藤俊作と知り合ってから桂華院瑠奈と面識を得て、あれよあれよと言う間にネットカフェ店員に収まり、ほんの一年ほど前のはずなのに妙に昔と感じてしまうのは何故だろう。
「ちなみに、新宿ジオフロントと木賃アパート地帯の再開発も関連があって」
「え?!」
「西新宿六丁目は90年代から再開発が進んでいたけどバブル崩壊のあおりを受けて停滞していてね、新宿ジオフロント工事の尻馬に乗ろうとする連中が……」
「あっ(察し)」
ガスバルブ開閉のために新宿ジオフロントを駆けずり回った*8三田としては、渋い顔をせざるを得ない。そして急に皺くちゃになった彼の顔を見て、北都はケタケタと笑う。
「じゃ、今日はこれくらいね。またねー!」
雑談タイムの切り上げ時と判断した北都は、そう言うと手を振りながら店を出て行く。
残された三田は彼女の後ろ姿をぼんやり眺めながら、当時のことを思い返した。
そういや、『北都千春無料デート券』ってどうなったんだっけ?
神奈水樹が北都に無断で、チラシに書きなぐった無料券。確か、三枚を十枚に増やせないか交渉して、取り敢えず出来ている三枚はポケットにねじ込んだはずだったが。
七枚の追加分を受け取ったかどうか記憶があやふやで、三田は小首を傾げて少し考え、当人に確認すればいいと思索を打ち切った。