本栖高校野外活動サークル△   作:園田那乃多

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活動報告に挿絵が置いてありますが、特別深い意味はありません









十五話

「ふー。いい湯だった……」

 

ほっとけや温泉はあちらの湯(本日の男湯)から出ると、火照った体に冬の冷たい空気が心地いい。

そのままベンチでぐでーっと座って三人を待つことにした。

 

「なんだ、ここで飯も食えるのかー」

 

少し離れた所で、券売機と受け渡しカウンターが見える。美味しそうな匂いにつられ、ふらふらと行ってみることに。

 

券売機の前に立って、メニュー表示を眺める。

結構色々あるな。温泉上がりに飯が食えるこの幸福よ……

 

「月見そばと巨峰ソーダにしよ……」

 

飯食いながら待てばいいや。

そのまま脳死で券売機のボタンを押そうとした時だった。

 

ヴーー…ヴーー……

 

携帯が着信を知らせてきた。

 

「なでしこからだ」

 

【湯冷めしちゃうから荷物置いた休憩所にいるよー】

 

どうやら休憩所に向かったらしい。道理で姿が見えないはずだ。俺より先に出ていたとは。長風呂派が仇になったな……。まあ休憩所にいるなら、俺もなでしこ達と一緒に飯食えばいいか。

 

……ん? なでしこ?

 

今日の予定と共に単語が思い浮かんでいく。

なでしこ。キャンプ。カレー…

 

…………あ。

 

「この後キャンプご飯じゃねえか!! なでしこ飯食えなくなるとこだったわ!」

 

俺の突然の大声に、周囲の注目が集まってしまった。

家族連れや、女子大生と思しきグループ、電車少女とカウンターの兄ちゃんにすいませーんと謝りつつ、自身の行動について顧みる。

 

温泉が気持ち良すぎて思考停止してた。完全に流れで食券買っちゃうところだったわ。温泉恐ろしいな……。

 

さて、俺もさっさとなでしこたちのとこ行かなきゃ。

くるりと踵を返す。

 

「おんたま揚げおいしいよ~、買ってって~」

 

……。

 

「おんたま揚げは買っていこう! そうしよう!」

 

俺はおんたま揚げを四つ買うと、なでしこ達が待つ休憩所に向かった。

 

 

 

 

「ってもう食ってるし!!」

 

休憩所内にコウタロウの声が響いた。幸い野クルの他に誰もいないので問題ないが、普通は迷惑になるのでやめておこう。

 

「おかわり持ってきてくれてサンキューコウタロウ」

「ちょうどもう一個くらい食べたいと思ってたんよ~」

「ついに私の考えてることが分かるようになったんだねぃコウくん……」

 

湯上り+温かい室内+ふかふかの座布団という三コンボの前にあえなく撃沈した野クル三人娘が、机に体を預けだらりとした表情で、追加のおんたま揚げを持ってきた形になってしまったコウタロウに笑いかけた。

 

コウタロウ自身気を利かせたは気を利かせたが、別におかわりとして持ってきたつもりはなく、なんなら「もう食ったならいらないじゃん」とすら思っていた。しかし、友人三人のゆるーい笑顔を見ているとそんなことを言う気も失せ、結局一つ息をついて渡した。

 

「ほら。一人一個百億万円な、ローンも可」

「ふふ、そんな払えへんよー」

「あたしらそんな高級なもん食ってたのかー」

「コウくんすきー」

 

三人が三人とも、湯上りのまったりした空気感にやられ、思ったことがそのまま口に出てしまっているが、それを気に止めるような雰囲気でもなかった。

コウタロウもはいはいと言って全員の発言を流すと、導かれるままになでしこの隣に腰を下ろす。

 

「いただきまーす」

 

三人は既に一度目のいただきますをしていたが、コウタロウに合わせて二個目の一口を頬張った。

 

「んまぃ……」

「だよねぇ」

 

予想外のおいしさに思わず目じりが下がる。

 

「とろける黄身と、カリッと揚がった塩味がすげえ合うな。卵揚げただけなのに美味すぎる…、考えた奴天才かよ……」

「食レポ得意か」

「これ湯上りに食ったらあかんやつや~」

 

至福の表情を浮かべたあおいが、ぽふんと体を倒した。

 

(……巨峰だ)

 

隣で峰々が鳴動すれば、嫌でも目に入ってしまう。

先ほど巨峰ソーダを飲み損ねたからかもしれない。何の下心もなく、コウタロウはあおいを見てそう思った。

 

「うん、あかんやつや~!」

 

あおいの言葉に続き、なでしこも座布団を枕に倒れ込む。

あおい、なでしことくれば、野クルの部長は黙っていない。

 

「あかんあかーん」

 

コウタロウ以外の三人が、湯上りの温泉客を堕としにかかる悪魔の刺客の手に落ちた。

ふにゃりとした顔でおんたま揚げを頬張る姿は、非常に愛らしい。

 

(乗るしかない、このビッグウエーブに)

 

遂に、コウタロウも誘惑に負け体を倒した。

流石に雰囲気を察して前向きに、だが。

 

「コウくんもこっちおいでよー」

「せやかて工藤」

「あかんてあかーん」

「ほら和葉もこう言ってるし」

「誰がやねーん」

『アハハハハハ……』

 

ゆったりとした空気の中、四人の笑い声が響いた。

 

 

 

 

一方そのころ、一人バイクを走らせるリンは、目的地である高ボッチ高原を遂に目と鼻の先にしていた。

 

(頂上からは松本市とか諏訪湖、富士山まで一望できるらしい。雪降る前に免許取れてよかった…!)

 

塩尻側からの道は、道幅が狭く車幅の広い車だと離合に苦労するだろう。

バイク万歳と、頂上まで9キロの道をひた走る。

 

 

『高ボッチ高原へあと一キロ』という標識を、この先に待つであろう絶景を期待しながら通り過ぎた。ゴールはもうすぐそこだ。

 

 

じゃり、とブーツが地面を踏む音。数時間ぶりに足を下ろした気がする。

まだエンジンの温かさが残る愛車のセンタースタンドを立て、見晴らしのいい場所まで幽鬼のようにフラフラと歩く。

 

そして。

 

(っ着いたーー!! 150キロ、走り切ったーーーっ!!)

 

腕を大きく上げ、万歳と目標達成を喜ぶ。

声に出すタイプではないリンだったが、内心では浮かれぶりが隠しきれていない。元々割とノリがよく愉快な性格をしているからだ。現に一人だと今みたいにガッツポーズを取ってはしゃいじゃったりする。

 

(ふう……。のどかなとこだな)

 

そこには文字通り緑以外何もなく、夏になれば放牧されるのかな程度の感想しか出てこない。自分の住んでいる場所も田舎なので、草原風景に関して思うところはないのだ。

 

(さてと。寒いし温泉行こ)

 

故に、一面のクソミドリには早々にサヨナラを告げ、リンはバイクにまたがり温泉へ向かった。道中なでしこからメッセージが入っており、野クルメンバーで温泉に入るとのこと。

気温二度の中ひたすらバイクを走らせるリンは、何があっても自分も温泉に入ると誓ったのだ。

 

だがしかし。

 

『10月をもって閉店いたしました。 高ボッチ鉱泉』

 

「おいまじか」

 

高ボッチ高原を出て6キロも走らせたというのに、この仕打ちである。

リンは己の不運とついでにコウタロウを呪った。

 

(温泉……)

 

温泉に入れぬ無念を抱えたまま、来た道を引き返す。展望台からの松本市の景色はそう言えばまだ見ていない。

アルプスパノラマ展望台に着くと、広がる松本市の絶景に目を移す。

 

だがしかし。

 

「曇っててなんも見えねー……」

 

遥か眼下の松本市は雲に覆われ、雲(松本市)しか見えない。

わざわざ六キロの道のりを戻って来たのに、この仕打ちである。

リンはこの踏んだり蹴ったりな状況と、あとついでにコウタロウを呪った。

 

目を腐らせながら振り返れば、

 

『高ボッチ山頂へ。400m』

 

という案内が。

 

「折角来たし、一応登っとくか……」

 

ここまで来たのだ。あと400mの道のりくらいなんだというのか。

もう半ばやけくそである。

山頂に向けて歩きだした。

 

(ぼっちでボッチ山登り……か)

 

リンが免許を取った際に判明した、コウタロウも普通二輪免許を持っていた事件を思い出す。なんでも、親戚がバイクを譲ってくれたことがきっかけで「これあれば浜松に行けるんじゃね?」と思い立って取得に至ったそうだ。結局行けずじまいで、そうこうしているうちになでしこの方から引っ越してきたためほとんど乗る機会は無かったそうだが。

 

(まあ教習所紹介してくれて助かったけど……ちょっと安くなったし)

 

リンはリンで、本以外の二人を結ぶ接点に若干気が焦って今回のキャンプにコウタロウを誘ったのだが、冬の山に片道150キロ行軍という内容を告げると普通に断られた。そもそも彼は満足にキャンプ道具を持っていない。当然だった。

 

(……と、もうか。頂上すぐだな)

 

先週の出来事を回想して肩を落としているうちに、いつの間にか400m登り切っていたらしい。

標高1664.9mと、ここが山頂であることを告げる立て看板が目に入った。

 

その数字を見つめ、富士山って何メートルだったけなと何とはなしに横を向けば。

 

「……!」

 

午後の斜陽に照らされ輝く諏訪湖と、諏訪市の街並みが大パノラマで目に飛び込んでくる。

 

「何だよ…こっちはバッチリ見えてんじゃん……」

 

そのまましばしのあいだ、リンはぼうっと景色を見入っていた。

遠目にだが湖の向こうには諏訪大社が見える。

 

(……うん)

 

その景色に何か感じ入るものがあったのか、先の気落ちした空気は無く。

 

(守矢はツーリングに誘えばいい! 温泉は帰りに入ればいい!)

 

よし、と決意新たに眼下の絶景に向かって拳を固く振り上げた。

 

(それより今日は温まるキャンプご飯、作るぞーーっ!!)

 

 

 

 

時刻はリンが新たに決意をたぎらせた数十分後。

野クル一向のいるほっとけや温泉では。

 

『zzz……』

 

四人が四人とも、悪魔の刺客たちに完全敗北を喫していた。

 

ヴーー…ヴーー……

 

「……んぅ?」

 

と、コウタロウの腕を勝手に枕にして眠っていたなでしこがスマホの着信により目を開けた。

コウタロウのスマホの着信である。寝ぼけているのか、寝ぼけまなこのまま彼のスマホのロック画面を解除し、メッセージアプリを立ち上げる。

 

【ボッチ山で食べるスープパスタうまー】16:09

【写真】

 

写真をタップすれば、コッヘルに入ったリン手製のスープパスタが。

リンは同じ文面でなでしこにも送っているが、同じ文面ならコウタロウのスマホで見ても一緒なのでノープロブレムである。

 

「リンちゃんスープパスタ作ったのかー」

 

おいしそうと、うとうとしながらぼうっと思う。

と同時に、時刻表示も目に入る。

 

【16:09】

 

「…………」

 

なでしこが叫ぶ。

 

「皆起きて!! もう四時過ぎてるよっ!!?」

 

キャンプ場にチェックインすると告げてある時間が昼過ぎごろなので、既に大遅刻だ。

なでしこの声に飛び起きた千明も叫ぶ。

 

「思いっきり寝過ごしたーーッ!!?」

「…ぅおっ!? なんだ何事だ!?」

 

千明の声に、連鎖的にコウタロウも目を覚ます。

 

「あかんて………ウくん。…ふふふ」

 

あおいだけが未だ幸せそうな寝顔をさらしていた。

どんな夢を見ているのかは、彼女以外は誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

『ぁ間もなく~、電車まいりゃっす…』

 

 

「…おい。うそだろ……?」

 

夜もすっかり更けた頃。バイトが終わり、無人駅のホームに立ったその時事件は起きた。

 

「まさかとは思うが……」

 

そろりそろりと、抜き足差し足で目標に接近していく。

 

見覚えのある制服。

見覚えのある髪型。

そして、見覚えのある……首筋のホクロ!

 

「zzz…zzz……」

 

少女が!

あのときのホクロの少女改めて電車少女が!!

 

この寒空の下、駅のホームのベンチで眠っていた……。

 

「……えぇ」

 

流石に俺でも動揺を隠しきれない。そもそも彼女がいつも降りていた駅はここではないじゃないか。それがどうしたってこんな場所にいるんだ……?

 

いやまあ想像はつきますよ? ここは何もない田舎だ。この駅は割と栄えている52号線沿線に続く300号線から一番近い駅。恐らく友達かなんかと遊んだ帰りとかだろう。そんで疲れて眠っちまったわけだ。

 

 

ここで俺に取れる選択肢は二つ。

 

・無視を決め込む。現実は厳しい

・起こしてあげる。尚その後の空気については考えないものとする

 

 

個人的な心情から上を選びたいところだが、この寒い中果たして女の子を放置していいものか俺の良心が痛む。

かといって、下は論外だ。わざわざ地獄の空気を作りに行くほどお人好しでもない。

 

電車ももう来るし、決断は迅速にしなければ……!

 

「くっ、俺はどうしたら……!! …助けてなでしこ」

 

と、いつぞやなでしこの家で震える彼女に上着を羽織らせたことを思い出した。

 

「それだっ!」

 

そうと決まれば、早速俺はブレザーを脱ぐと、眠りこける電車少女に掛けてあげた。

 

「zzz……」

「よし……!」

 

完壁ではないだろうか。

これで良心の呵責が痛むことなく、堂々と無視を決め込むことができる。俺も別に寒くないし、ウィンウィンである。

 

『電車、到着しました~駆け込み乗車は――』

 

俺は意気揚々と電車に乗り込んだ。

 

 

 

 

「あ。どうやって返してもらったらいいんだこれ……?」

 

 

 

 

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