今から楽しみです。
「暗くなってきたし、気を取り直して晩ごはん作るよー!」
「おーっ!!」
(カレーか)
(カレーやな)
一抱えほどの土鍋を手に、なでしこが料理の準備に取り掛かる。
一応何を作るかは秘密という事になっているので、食材などは土鍋に入れて隠していた。
「今日はなんと……一味違う煮込みカレーだよ!」
「やっぱりカレーやー」
「カレーやー」
「ひゅーっ、なでしこ、ひゅーっ!!」
「こいつアイドルのライブかなんかと勘違いしてるんか?」
なでしこは、食べることはもちろん料理を作るのも好きだ。
その好き加減は日常の範囲にとどまらず、家族そろって「cook recipe」というブログで料理とそのレシピを公開するほどである。
各務原家四人のそれぞれ個性あるレシピに、割と人気のブログだ。
「あらかじめ切っておいた具材を、ルウを溶かしたお湯に入れて煮込むだけなんだよー」
そう言ってぽいぽい具材を入れていく。
「はえー、簡単やなあ」
「お。このルウうちでも使ってる奴だ」
中には簡易キッチンという耳を疑うようなキャンプ道具も存在するらしいが、現状は地べたにレジャーシートを敷いただけという状態。
包丁を持ってくるのも危ないし、具材はあらかじめ切ってタッパー詰めして持ってきていた。
ちなみに今回使う具材は、
・ジャガイモ
・人参
・玉ねぎ
・オクラ
・なす
・ニンニク
・豚肉
である。
ルウを入れる前に豚肉とニンニクを先にさっと炒めてから作り始めるとおいしいよ。豚肉じゃなくて牛のブロック肉にするとほろほろ煮込み牛肉カレーになるよ。
「コウくんと食べるときは辛口のルウも混ぜるんだけど、辛いのは好みが分かれるから今日は普通くらいの辛さだよ」
「流石気配りのできる女なでしこ」
「えへへぇ」
コウタロウに褒められ(?)、ふにゃりと表情が崩れるなでしこ。ちょろい。
具材は入れ終わり、あとは蓋をしてしばらく待つだけである。
煮込んでいる間、会話は自然カレーの辛さ談議に。
「コウタロウくん辛いの好きなんねー」
「得意ではないんだけどな、好きだけど。キムチとか飲みもん無いと食えんし」
「コウタロウは舌がお子ちゃまだな!」
「でもあきは熱いのなかなか食えんやん」
「ふ、お前は舌が猫だな」
「にゃにおう!!」
「…コウくんも猫舌だよね?」
「あっなでしこお前!」
「子ども舌で猫舌なんかお前……」
「子猫舌やな」
「なっ……!!」
「コウタロウが子猫舌って……子猫って……。似合わねー!!」
「子猫…ふふっ、か、かわいいよコウくん…!! ふふっ……!」
「お、お前らーーっ!!」
コウタロウは子猫舌だった。
☆
そして、二十分ほど煮込めば、煮込みカレーの完成である。
なでしこ謹製カレーのえもいわれぬ匂いが広がる。お腹が空いてくる匂いだ。
「完成だよ!」
「カレーのいい匂い!」
「ほんとに煮込んでるだけだったな」
「なー。お手軽レシピや」
「誰でも手軽になでしこカレー!」
「うへへ、カンタンでもおいしいよー」
「おかわり百杯!」
「コウタロウくんうるさい」
無駄にテンションの高いコウタロウにあおいのツッコミが飛んだ。
カレーができれば、あとはお米である。
四人はそれぞれ持ち寄ったパックご飯をお皿によそう。
ちなみに千明とあおいはパック一つ、なでしこはその三倍である。コウタロウも同じだ。
「コウタロウは男子だからまあ分かるが……」
「なでしこちゃんいっぱい食べるなあ……」
意気揚々と三つのパックを取り出したなでしこを見て、呆れを通り越して最早感嘆する二人。
信玄餅を山のように食べていたところから何となく察していたが、なでしこはかなり大食いだった。元々食べるのが大好きなうえに、家族を始めコウタロウが際限なく食べさせるものだから、大食いに拍車が掛かったのだ。
その結果が中学三年までのまるまるなでしこなのだが、誰にも悪意が無いから仕方がない。
「美味しいから大丈夫だよー」
「なんだよその謎理論は」
にこにこしながらなでしこが言う。
美味しいから大丈夫とは、とあるアイドルが提唱した謎理論である。深夜にラーメンを食べたくなった時、ダイエット中ケーキをどうしても食べたくなった時。なでしこの心の支えとなった言葉だ。本当に大丈夫かどうかは知らない。
「まあまあ、ホントに美味しいから食ってみろって」
「確かにすごい美味しそうな匂いするね」
「絶対ご飯足りなくなるから。ほら大垣も」
「いや美味しそうなのは疑ってないんだけど。まあ食べるか」
「じゃあ、皆でいただきますだね!」
そういったなでしこに合わせて、キャンプ場に四人の声が揃う。
そして、ぱくりと一口。
「「…うまっ!!」」
「えへへー、やった!」
「美味…! 圧倒的美味……!」
多分に漏れず、なでしこ飯に目を輝かせる。
どこか不思議な風味と共に食欲をそそるカレーに、一口二口とスプーンが進む。
「確かにこれはご飯足りんくなりそうやー」
「そういうと思って、おかわりをご用意しております」
こちらに、とさっと追加のごはんパックを取り出すコウタロウ。
もちろんなでしこのお代わり分は別にある。
「流石やなあ。褒めてつかわすー」
「ありがたき幸せ」
さっ、と臣下の礼を取るコウタロウ。
続けてなでしこが彼の名前を呼ぶ。
「コウくんー」
「こちら飲み物と福神漬けでございます」
「くるしゅうない!」
「ははーっ」
ささっ、と臣下の礼を取るコウタロウ。
その様子を横で見ていた千明も、ははーんとしたり顔でコウタロウを呼ぶ。
「コウタロウコウタロウ、あたしも褒めてつかわす!」
「さっさと食え大垣」
「態度の差!!」
さらっと辛辣な言葉を投げるコウタロウ。
もちろんおふざけである。その証拠に千明は涙目である。おふざけとは。
「冗談冗談。おかわりも飲み物もあるから」
「コウタロウ……」
一転して優し気なコウタロウの言葉に、今度は逆の意味で涙目の千明。
「いくらなんでもちょろすぎるであき……」
「じ、冗談に決まってるだろ! ……しっかしこれ、なんか不思議な味だな。何が入ってるんだ?」
かなり強引な話題転換にジト目を向けるが、なでしこは目を輝かせて説明を始めた。
「よくぞ聞いてくれました! 実はね、これが入ってるんだー」
そう言って、ある調味料を取り出す。
…それは。
「とんこつラーメンの粉末スープか!」
「ほー、ラーメン屋さんの豚骨カレーってやつだ」
言われてみれば、なるほどと納得できる味である。
とんこつラーメン独特の濃い風味と、まろやかさがカレーによく合う。隠し味とは斯くあるべきである。さすがは料理一家。三人は舌をまいた。
「とんこつラーメン作った次の日、余ってる粉末スープを使ってよくこれ作るんだー」
「深夜ラーメンの余りってことか」
「……美味しいから大丈夫だよ?」
深夜にラーメンもケーキバイキングも焼肉食べ放題も、美味しいから大丈夫である。
現に、なでしこは太っていないので実際問題大丈夫なのである。大丈夫。
「ちなみに、あたしんちは肉じゃがを次の日カレーにしてるぞ」
「お。変身カレーだな」
「うちはおでんカレーやー」
「えー、おでんー?」
「和風だしが効いてうまいんやてー。牛すじ入っとるし」
「へぇー、今度やってみるよー」
早速「cook recipe」に一品加わりそうな予感である。もちろんブックマーク登録しているコウタロウは、更新されたら作ってみようと決めた。
と、各務原家、大垣家、犬山家の変身カレー事情と来た今の流れ。
もちろん次は守矢家のカレーが気になるところ。
早速千明が訊ねる。
「コウタロウんちでは何作った後にカレーにするんだ?」
「うちは犬山んちとちょっと似てるな。煮つけやった後にその出汁を使ってカレーにすることが多い。ぶり大根とか美味しいぞ」
「コウくんの料理もおいしいんだよ!」
「なでしこには及ばんけどな。うちは料理は当番制だし、慣れてるだけだ」
二人のその会話に聞いた千明達に衝撃走る。
(お、おいイヌ子。コウタロウ料理もできるのか……? しかも上手らしい)
(薄々気付いとったけど、かなりハイスペックやなコウタロウくん……!)
コウタロウ料理男子説に、普段家で料理しない系女子の二人はショックを受けていた。
そして決めた。これからは家で料理作るの手伝おう、と。
と同時に想った。いつかコウタロウの料理食べてみたい、と……。
まあ後者は割と近い将来叶うのだが、それはまた別のお話である。
へやキャン△
10年後…
とあるキャンプ場の駐輪場。
どっどっど、と大型バイク独特の芯に響くようなエンジン音が止まる。
「懐かしいな、ここ。クリスマスキャンプ以来か……」
祖父譲りのトライアンフから降り、ヘルメットを取って現れたのは、リン。
今は名古屋の出版社で編集者として働いている。
「みんなもう始めてるかな」
大きな荷物などはいいやと、一つだけ小さいものを持ってキャンプ場へ向かう。
だいぶ暗いが、見えないことも無い。リンの足取りはしっかりしていた。
「おー、リン! ひっさしぶりだなあ」
「志摩さーん」
「リンー、久しぶりー!」
少し歩けば、見知った顔ぶれが6人用の囲炉裏型ウッドテーブルを囲んでいた。
「皆久しぶり。…遅くなってごめんね、高速混んでて」
「名古屋から寒かったやろー?」
そう言って、あおいが温かい飲み物を手渡してくれた。ありがとうと言って受け取る。
彼女は、今は山梨で小学校の先生だったはずだ。面倒見のいいところは変わっていない。
「いつものことだよ。昔から、どこに行くにもバイクだったし」
そう言って、用意してあった椅子に腰掛ける。
……対面には既に赤ら顔の千明が。
「千明、顔真っ赤じゃない」
「んぉ?」
「いつから飲んでるの?」
「んにゃ、まだグラス半分ズラー」
酒よっわ。
酔っているので本当のことを言っているかは怪しいが、本当だとすれば下戸もいいとこだなと思う。確か仕事終わりに居酒屋行くのが楽しみとか言ってなかったか……?
ふと辺りを見回すが、まだ二人人数が足りない。やはりあの二人だ。
「なでしことコウタロウは、まだ?」
「なでしこちゃんからもうすぐ着くって連絡あったよ」
横からあおいがそう答える。
「コウタロウは?」
「ふふふ、気になるの?」
斉藤が学生時代と変わらない表情で訊ねてくる。
私は、正直に答えた。
「まあね」
私がそう答えると、何故だか三人が笑ったような気がした。後ろに何かあるのか……?
疑問に思って振り向こうとした次の瞬間。
「だーれだ!」
「っ!!?」
急に視界が暗くなる。
思わず肩がすくむ…が、この声、この手の形、出会いがしらのこのやり方。
答えは一つしかなかった。
「…コウタロウ」
私は、彼の名前を呼んだ。
私の、最愛の人の名前を。
「正解。……久しぶりだな、リン」
ニカッと笑い、軽く手をあげる彼。
その手には、きらりと光る指輪がどうしようもなく映えていた。
ぎゅ、と心臓が締め付けられるような錯覚を覚える。
彼は私の最愛の人。
でも、決して私のものにはならない。
どうしてあの時何も伝えなかったのだろう。
どうして私を選んでくれなかったんだろう。
どうして彼女を選んだんだろう。
どうして……――
そんな心を押し殺して、私は普段の声音を取り繕った。
「久しぶりだね、コウタロウ」
私はうまく笑えていただろうか。
不安になり、ぎゅ、とポケットの中の物に触れた。
「――ンちゃーん! みんなーーっ!!」
と。
向こうから、駆けてくる影。
コウタロウが来たのだから、当然いるだろう。なでしこがこちらに向かって手を振りながら笑顔を浮かべて駆けてくる。
彼と彼女は変わらない。本当に、いつも一緒だった。今も昔も。きっとこれからも。
「…なでしこ」
私は、影に向かって歩きだす。
そう、いつも一緒。いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもッ!!!!!
どうして私じゃないの?
す、とポケットから手を出した。
なでしこの姿がだんだんとはっきり見えてくる。
変わらない笑顔。こちらに向かって振られる左手。彼と同じものが光る指。
……ああ、羨ましいなあ。
私の指にはなにもない。
あるのは、鈍く光るこのナイフだけ。
ねえ。コウタロウ。知ってた? 私、あなたのこと好きだったんだ。
ねえ。なでしこ。知ってた? 私、コウタロウのこと好きだったの。
なんて。今更言っても遅いか。
……ああ、妬ましいなあ。
近づく彼我の距離。
「リンちゃ――
その距離がゼロになった時。
どす…
私は、握っていたものを思いっきり突き立てた。
「――ぇ
耳をつんざくような悲鳴、広がる鮮血。彼の声。
ねえ、私はうまく笑えてるかな。
☆
「――っは!!?」
がばりと飛び起きた。
まだ薄暗い。びっしょりと汗をかいている。いやな汗だ。
「夢か……」
夢だった。
夢です。