――その日、本栖高校一年(の一部)の間に激震が走った。
「い、イヌ子……見たか? いや、そういえばお前は隣の席だったな。当然見たか…」
「何なら私が一番びっくりしたで……」
「なんたって(だって)……」
「「守矢(くん)の顔が死んでない!!」」
なでしことリンがニアミスする一日前の話である。
両親によって各務原家が山梨に越してくる(しかも近所である)ことを聞いたコウタロウは、それはもう荒れに荒れた。狂喜乱舞した。本栖湖から帰宅したその足で伝えられたため、喜びのあまりそのまま自転車で甲府まで走ったくらいだ。ちなみにコウタロウの家から甲府まで片道60kmある。
聞けば、なでしこは明日本栖高校に転校してくるらしい。
コウタロウの表情筋が復活した瞬間だった。
「教室入って挨拶したら、『おはよう犬山』てめっちゃニコーいうてたで。一瞬誰やと思ったわ。ただの笑顔の守矢くんやった。初めて見た。あんな顔するんやな守矢くん。今までよう分からんかったけど結構カッコよかった」
「お、落ち着けイヌ子」
狭い部室で並んで座り、肩を揺さぶりながら、今まで何とも思っていなかった同級生の意外な一面を知りちょっとクラッと来ている親友を正気に戻す千明。
仕切りなおすようにコホンと一つ咳払い。
「問題は、どうして守矢が急に表情を取り戻したかだよな。この土日に一体何があったんだ……」
「あ、私知っとるで」
「何ィッ!?」
「まあ隣の席やしな。思い切って聞いてみたんよ」
「おお! 流石イヌ子! ぜひ聞かせてくれ……って、あれ? この流れどっかで」
前にも同じような展開があったぞと小首をかしげる千明をスルーして、あおいはズイッと顔を寄せ、心なしか声のトーンを落として話し始めた。
「実はな、守矢くんの離れ離れになっとった幼馴染がこっちに引っ越してくるんやて。しかもうちの高校に」
「守矢の幼馴染? それって……」
「そう! 許嫁の子や!」
「いやお前それウソって言ったじゃん」
「あれー?」
はあとため息を吐く千明。まあこの親友はホラこそ吹くが、ホラを吹いているときは決まって目が泳ぐため分かり易いと言えば分かり易い。
「……ん? イヌ子の目が泳いでない? つまり本当なのか?」
「まあ許嫁とかその辺の話はウソやけど、それ以外は大体ホンマやで」
「何ィ!?」
さっき聞いたし、と付け加えるあおい。
つまり、だ。千明は考える。
転校初日から守矢の顔が死んでたのは本当に幼馴染と離れ離れになったからで、今日守矢の表情が生きてた(しかも常時笑顔)のは、この土日の間に例の幼馴染がこっちに転校してくると知ったから、ってわけか。
なるほどな……。
うん、なるほど……。
「なあイヌ子」
「なんやあき」
「その話聞いて思ったんだけどさ」
「ああ。多分私も同じこと思っとるわ」
「じゃ、せーので言うか」
「ええで」
「せーのっ」
「「守矢(くん)その幼馴染のこと好きすぎじゃね(ちゃう)?」」
☆
「なんて思ってはいたが……。十中八九、守矢の隣にいるのが例の幼馴染だよな」
時間は巻き戻り、リンとなでしこがニアミスしてから少し経った辺り。
先の日曜日に感動の再会を果たしたコウタロウとなでしこは、互いに涙を流してひしと抱き合い、その愛を確かめ合った……などということは無く、普通に再会を喜び合った。まあお互い泣いたが。その日の夜は各務原家と守矢家合同で引っ越し祝いで盛り上がり、月曜を挟んで今日なでしこは無事本栖高校に転校してきた。
最近買ってもらったというなでしこのスマホにはきちんとコウタロウの連絡先が入っているし、コウタロウは常時なでしこが一番上に来るように即ピン止めした。
そして、なでしこの本栖湖でのリンとの出会いを聞いてそのワンタッチの差にコウタロウは悔し涙を流すというどうでもいい一幕を挟んで、キャンプに興味が出たという彼女の話に、二人はこうして野外活動サークル、通称『野クル』に足を運んでいたのだった。
今、二人はうなぎの寝床の様な狭さの部室の中を興味深げに見まわしている。
「……」
のを、じーっと見ている千明。
(入りづれぇ……)
千明はコウタロウやなでしことクラスが違うため、二人が一緒にいるのを見るのはこれが初めてだ。が、今ではもう二人の間に入っていくのは相当厳しかった。新幹線の自由席で三人掛けの座席で座ってるカップルが何故か空けてる真ん中の席に座り込むレベルで厳しかった。
「あき~、図書室からビバークの新刊借りてきたよ」
あおいが野クルの部室の扉の隙間からこっそりと中を覗き込んでいる千明を発見する。
さながら不審者である。
「なにやっとるの……」
☆
「へー? 本栖湖で行き倒れていたところを?」
「くそっ、俺がついていれば……!」
「謎のキャンプ少女に助けられ?」
「誰だよそいつマジでありがとうございます!」
「ラーメンまでごちそうになったと」
「俺が食べさせたかったんだぜ……!」
「守矢くんちょっと黙ろか」
なでしこが千明たちに本栖湖での出来事を話す合間合間に、こぶしを握り締めて悔しがるコウタロウにとうとうあおいがツッコミを入れた。
「えへへ、でも同じ本栖湖で夜の富士山は一緒に見れたんだよね? すっごくキレイだったなあ……」
「同じって言っても俺は駐車場の辺りでだったけどな」
「なるほどなあ。それでアウトドアに興味出て、うちらのサークルに来てくれたんねー」
うんうんとなでしこが頷く。
なでしこのその反応に、うーんと千明は腕を組んで眉を寄せる。
「でもせっかく来てもらって悪いんだけど、ウチ部員募集してないんだよね」
「あ、そうなんだ……」
千明のその言葉にシュンと項垂れるなでしこ。
「安心しろなでしこ! こうなれば俺らもアウトドアサークル立ち上げるんだ。何、このサークルだって部員数は二人、俺たちも二人。何も問題はない!」
「おおっ! 流石だよコウくん!」
「その名も、『キャンプ界隈を大いに盛り上げる各務原なでしこの団』略してKOK団!」
「おーっ! なんだか聞いたことあるような名前だ!」
「まあパクったからな」
「ええっ!? 真似はだめだよぅ」
「しかもKOKじゃなくてCOKだしな」
「ほえ? C?」
「え?」
(あたし、守矢があんなテンション高いとこ初めて見るぞ)
(割とノリがいいのは知っとったけど、やっぱ幼馴染相手やと違うな……。なんかちょっと悔しいわ)
コウタロウとなでしこの浜松コンビが盛り上がる一方で、千明とあおいの山梨コンビはひそひそと声を潜めて話し合っていた。
「それはそうと、なんで入部断るんよ?」
「だって部室超狭くなるじゃん」
「人が増えたら「部」に昇格して大きな部室もらえるやん」
「――!」
尚、なでしこたちは二人のひそひそ話を聞いているのだが、それには気づかない千明たち。
「コウくんコウくん、私たち入れてくれるかなあ……?」
「安心しろなでしこ。この流れは恐らくいける感じの流れだ」
「何人になったら昇格するんだっけ?」
「たしか4人以上」
「ちょうどじゃないか……!」
千明の頭の中では、今とは比べ物にならないくらい大きな部室で「ラジオ体操よゆう!!」と叫んで跳ね回る自身が妄想されていた。
そして。
「実は君たちのような逸材を待っていたのだよ」
「「わー」」
「クッキーとか食う?」
「わーい!」
そういうわけで、なでしこたちは野クルに受け入れられたのだった。
へやキャン△
「コウくん!!」
「なでしこ!!」
「「会いたかった!!」」
引っ越し先の各務原家の玄関前では、だばーと涙を流した二人がひしと抱き合っていた。
今日は日曜日。
各務原家が越してきたのは昨日の出来事だが、昨夜はなでしこが引っ越し早々迷子になりかける事件があったり、喜び勇んだコウタロウが甲府市まで行ってしまうなどいろいろと立て込んでいたため、今ようやく二人は面と向かって再会を果たしたのだった。
「コウタロウ君。また娘たち共々よろしく頼むよ」
「うちの子のこと、よろしくね?」
「修一郎さん、静香さん」
二人が互いの連絡先などを登録していると、奥からなでしこの両親が顔を出した。
「勿論ですよ! こちらこそ今後とも宜しくお願いします」
まさか山梨に越してくるとは思ってもいなかったが、またこうして会えたのだ。よろしくするのは当然である。
「いやあ、それを聞けて良かった。なでしこには君が必要だからね! アッハッハッハ!!」
「そんなそんな、恐れ多いですよ!」
「そうかい? …いや実はね、ここだけの話、コウタロウ君が持ってきてくれてた海山の幸。あれすごく楽しみだったんだよー!! また持ってきてくれたりしないかな?」
「あー、さてはそれ目当てで越してきましたね??」
「ばれた?」
「バレバレですよー」
「「アッハッハッハッハッハッハッ!!」」
「コウタロウくんってホント世渡り上手よね……」
猟友会とかに口利きができるのも納得だわ……。
玄関先で父親と笑いあう弟分を見ながら、桜はそう思った。