本栖高校野外活動サークル△   作:園田那乃多

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十九話

夜。

 

「テント狭ッ!!」

 

二つ並んだテントの片方から千明の叫び声が聞こえてきた。

テント内では女子三人が川の字になって寝袋にくるまっており、そのスペースはお世辞にも十分とは言えない。むしろ、肩と肩が干渉して寝づらいほどだ。

 

「説明書には三人まで使用可能って書いてあったのにな……」

「荷物は全部コウくんの方に置いててもこれだもんね……」

 

あおいとなでしこが頷く。

 

通常、テントに記載されている使用人数は、最大人数の半分が快適に使用可能な人数だという。野クルの激安テントの最大使用人数は3人なので、荷物も含めて1.5人が快適に使用するのに適した人数と言える。

 

まあ要するに、現在のテント内は普通に定員オーバーであった。超狭い。

 

「こうなったら向こうのテントに一人移動するしかないか……」

「コウタロウくんのテントに……」

 

千明とあおいはごくりと唾を飲む。

 

正直に言って、コウタロウと一緒に寝たいかと言われれば、答えはイエスである。

誰だって魅力的な異性とは距離を近づけたいに決まっている。コウタロウがどんな人間かはこのひと月で十分すぎるほど知った。幼馴染馬鹿で体力お化けだが、親しみやすく優しい、魅力的な同級生だ。何となくだが、今後彼以上の男なんて現れないのではという予感に似た直感すらある。確実に言えるのは、彼を超える身体能力を持つ人間には出会えない。

 

まあそれ以上に年頃なので異性に興味津々なのだが。

 

だがしかし。

 

千明は隣を。あおいは2つ隣を見やる。

 

「? どうしたの二人とも?」

 

(ここでなでしこ以外がコウタロウのテントに行くのは、あまりにも不自然…! まさに私、彼に興味ありますと言っているようなもの……!!)

(悪手…! 圧倒的悪手……!!)

 

ざわ…ざわ……

 

3人以外はいないが、そんな効果音が聞こえてきそうな空気感が張り詰めていた。

なでしこは全く気付かずぽけっとしている。

 

(くっ、コウタロウのテントには行きたいっ! でも、言い出すのはなんか嫌だっ…!)

 

どうしたらいいんだと、千明の視界がぐにゃぁ~と曲がる。

事実、八方ふさがりであった……! どちらかを得るにはどちらかをあきらめるしかないっ…、二兎を追う者は一兎をも得ず…! 至極当然の摂理……!

 

(はっ……! あき、こういうのはどう?)

 

あおいが何かを閃くまでは……っ!!

 

「じゃあ、誰が一人抜けるかはじゃんけんで決めよか!」

「!!」

「お~!」

 

(イヌ子、ナイスすぎるぞお前ってやつは……!!)

(ふふん。せやろ?)

 

光明…! それは暗闇の中現れた、一筋の光……!!

 

じゃんけん!!

 

公平さを保ちつつ、さらに『誰かが抜ける』という罰則感を持たせることで、コウタロウのもとに行くことに対するやましさと特別感を見事打ち消すナイスな策。

イヌ子は策士であった。伊達にビバークの新刊を持ってきていない。

 

「でも、二人ともコウくんのとこ行くの緊張しちゃうんじゃない? 私行くよ?」

 

なでしこはしょっちゅうコウタロウ宅に赴いて遊んだりしてるし、お泊りなども普通にしていたため、これくらいで動揺したりしない。

純粋に千明とあおいを気遣う意味で提案してくる。

 

「なでしこ、大丈夫だ。こういうゲーム性があるのが一番楽しいんじゃないか!」

「せやでなでしこちゃん! キャンプの醍醐味ってやつや!」

「二人とも……、そうだね! やろう、じゃんけん!!」

 

むん、と気合を入れなおしているなでしこの横で、危なかったと二人は見えない汗を拭う。

このままでは普通になでしこが一番乗りするところだった。何が一番なのかは分からないが。

 

「じゃあ、いくぞ。文句なしの一回勝負な」

「「うん」」

 

異議なしと、二人がこくりと頷く。

 

「じゃーんけーん…!」

 

「「「ぽいっ!!」」」

 

 

……

 

 

 

そして。

 

「あれ。どうしたこんな時間に」

「えへへー、テントが狭くて……。来ちゃった」

「……まあ薄々感じてたわ。あれ、これ三人で寝るのきつくね? って。敢えて言わなかったけど」

「それって、私が来るって分かってたから?」

「いや、こっちが何も言わなきゃ窮屈なまま寝てくれるかなって」

「もー! コウくんっ!」

 

コウタロウの言葉に、ぷんすか頬を膨らませるなでしこ。ごめんごめんと笑いながら彼女の頭を撫でる。二人だけの空間のため、自然と身を寄せ合う。二人のいつもの距離感だった。

 

そう。選ばれたのはなでしこだった。

選ばれたというか勝ち取ったというべきか。内心めっちゃ悔しがる二人をよそに、ニコニコ顔でコウタロウのテントに入って来た。

もっとも、なでしこは今回勝っただけで、次はどうなるかは分からない。二人にはぜひ諦めないでいて欲しいものだ。

 

「コウくん、二人で寝るの久しぶりだね」

「言い方ァ!」

「うぇへへ……。まあ寝袋は別だけど、こうやって並んで寝るの。高校生になってからはお泊りとかしなくなっちゃったし」

 

しんみりとした声音でなでしこがつぶやく。

これにはツッコミで上半身を起こしていたコウタロウも、ふむと息一つ。

 

「まあ、高校生になったら流石にな。綾乃も言ってただろ? 付き合ってもないのに男女でお泊りとか意味分からん何だお前ら爆発しろって。……あれ、もしかしてこれ貶されてたのか?」

「むぅ……。アヤちゃんだってお泊り会来てたくせに……」

「あ、確かに。そういえば俺一人リビングで寝たの思い出したわ。……あいつ全然説得力ねえじゃねえか」

「そうだよ全然説得力ないよ!」

「そうだ、怒れなでしこ! ……さあ続けて。土岐綾乃を許すなー」

「アヤちゃんをゆるすなー!」

「おしるこ食えー」

「おしるこ食えー!」

 

そう言って二人して今はここにいない幼馴染にプンプン怒り始める。なでしこはともかくコウタロウが怒る理由は欠片も見つからないが、まあ何となく怒っていた。ごめんよ綾乃。あとおしるこ食べて。だって土岐綾乃ちゃんおしるこ好きそうだから。

 

と。

 

【起きてる?】

 

コウタロウの携帯が震え、通知を知らせた。

 

「誰から?」

「志摩だ。起きてるかって」

 

メッセージ画面をなでしこに見せた後、二人して画面を覗き込んで返信を打ち始める。

 

【起きてるぞ】

【そっちはどんな感じ?】

 

「ふむ」

 

意外と面倒見がよくて優しい彼女のことだ。おすすめのキャンプ道具を買ったし、使い心地とか色々気になるのだろう。

 

実際使っている写真があった方がいいよなと、コウタロウがテント内を撮影するためカメラを構える。

と、自然、隣で寝袋から顔を出すなでしこが映る。

 

「…そうだ。なでしこ、ピース」

「ぴーす!」

 

笑顔でピースするなでしことリンおすすめの道具たちを画角に収め、カシャリとシャッターが切られる。

撮った写真を確認し、満足げのコウタロウ。

 

「リンちゃんに送るの?」

「もう送ったんだぜ」

 

【こんな感じ】

【写真】

 

【なんでなでしこがいるの?】

【テント二つしかなくてさ、女子の方が狭すぎたって】

【……まあ、そうなるか】

【え……もしかして俺、やっちゃいました?】

【やっちゃってるね】

 

「オイ見ろなでしこ。志摩のこの反応、やっぱ男女が一緒に寝るのは良くないんだ」

「……リンちゃんはコウくんちでお泊りしたことないよね?」

「もちろんないぞ」

「それなら説得力あるね!」

「説得力あるな」

「ならセーフだね!」

「ああ、セーフだ」

「なら、お泊りは付き合ってからにします!」

「おお、偉い! 流石なでしこ!」

「えへへー」

「……ん? なんかおかしくね」

 

などと頭の悪い会話をする二人の裏で、リンはコウタロウをツーリングに誘う決意を新たに固めていた。

今日は野クルでキャンプしているのは知っていたが、流石にテントが狭くて二人で寝るとかは予想外である。普通にショックを受けていた。

 

そうとは露知らぬコウタロウ。

 

「なあなでしこ。志摩から【お土産覚えとけよ】ってメッセージ来てから、一向に返事が来ないんだけど。あいつのお土産いつも意味分かんねえ上にこの宣言とか怖すぎる……」

 

リンはコウタロウへのお土産は、恥ずかしいのでいつも小学生男子がセレクトするようなドラゴンだとか剣だとかをモチーフにしたじゃらじゃらしたやつを適当に選んでいた。

コウタロウは、そういった類のお土産を渡されるたびに割と本気で友人の感性を疑っていた。ほぼ初対面の恵那にその件を相談したのがいい証拠である。

 

「いつもどんなの貰ってたの?」

「俺の家のカギとか、自転車とかバイクのカギ見たことあるだろ? あれについてるやつ」

「あー、あのじゃらじゃらしたやつ!」

 

なでしこは、思い出したと手をポンと叩く。

 

コウタロウはコウタロウで、数少ない友人から折角もらったものを無下にできなくて、その使い道に迷いに迷った挙句、仕方なくキーホルダーとして活用していた。もうそろそろつけるようなカギが無いので勘弁してほしい。流石に通学バッグに付けるわけにはいかないのだ。この歳であれを衆目に晒すとか、軽く拷問である。

 

「昔コウくんも私にくれたことあったし、ああいうの好きなのかと思ってたよー」

 

なでしこのその発言に、かぁとコウタロウの顔が赤くなる。

 

「違うんだ! 違うんだよなでしこ! あれは志摩から貰ったから仕方なく……!!」

「別に変じゃないよ? 男の子なんだなぁって」

「そう思ってくれる天使はなでしこだけだよ……」

「そうかなぁ……」

 

二人の夜は更けていく。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

夏。浜松某所。

 

(道に迷ったな……。回線の影響かここは電波が通らないし、この辺りの方に道を聞くしかないか)

 

トライアンフにまたがる壮年の男は、繋がらない携帯のナビアプリを閉じると、ため息を吐いた。

ともあれ、こういうトラブルも旅の醍醐味である。時間はあるのだから、そう慌てることも無い。

 

「フンフンフフーンフンフフー、フレデリカ~」

 

と、折よく地元の高校のものであろう制服を着た少女が一人通りかかる。

壮年の男――新城肇は、ナイスタイミングとバイクから降り、彼女に向かう。

 

「お嬢さん」

「んぉ? ……なんですか?」

 

こちらに気付いた少女が鼻歌をやめて顔を向けてきた。

顔立ちはまだどこかあどけなく、中学生か、高校一二年生だろう。自身の孫と同じくらいの少女だ。思わず肇の態度も柔らかくなる。

 

「ちょっといいかな。道を聞きたくて――」

「あー、すいません。知らないおじさんにはついていくなって友達に言われててですね……」

「道を聞きたいだけなんだが……」

 

申し訳なさそうに少女。

 

「常套句じゃないですか、それ……。いや疑ってるとかじゃないんですけどね」

「ふむ……。なら、知らないおじいさんならいいんじゃないか?」 

 

そう言ってヘルメットを外し、おじいさんの証…白髪とダンディ溢れる口ひげを見せる。

というかフルフェイスヘルメットをかぶった男が道を聞いてきたら誰だって警戒するに決まっていた。女子高生なら猶更。

 

「おー……。いやでも、男はみんなケダモノだって友達が」

 

一瞬警戒心が和らぎ逡巡しかけるが、よほどその友達の言うことが大事なのか、目の前のどこかおしるこが好きそうな少女は引かない。

 

と、そこに。

 

「あ、綾乃だ。おーい」

「コウタロ!」

 

向こうからおしるこ少女…土岐綾乃に声をかけ近寄ってくる少年の姿が。

コウタロと呼ばれた少年…守矢コウタロウはどうやら彼女を探していたようで、少し汗ばんでいる。

肇からすれば、道を聞けるならだれでもいい。目標をコウタロウに変更して、声をかけた。

 

「この子の友達かい? ちょっといいかな……」

「すいません、知らない男にはついて行かないようにしてるんです」

「知らないおじいさんならいいだろう?」

「男はみんなケダモノです。皆にもそう言ってる」

「君が元凶か。というか、君も男だろう……」

 

肇がここで足止めを食らっているのはコウタロウが原因だった。

 

(ほら行こうぜ綾乃。知らないじいさんより知ってるなでしこだ。パパさんが夜バーベキューやるから来いって)

(……でも、あのおじいさん本当にいいの? なんかホントに困ってるっぽいよ)

(……)

 

所在なさげに立っている肇を見る。

まあ、銃でも持ち出されない限りは綾乃を守り切れるかと判断したコウタロウ。

 

「あの、すいません。確かに用件も聞かずに突っぱねるのは良くないですし……」

「! おお、そうか。いや実は、道案内をだね――」

 

 

肇は、バイクと並走して道案内をするコウタロウのおかげで無事にキャンプ場まで着くことができた。

 

 

 




肇(フッ……、流石は魔境静岡だな……)


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