深夜。
その後ひとしきりお喋りに興じた二人だが、コウタロウは早々に眠りについてしまった。
昼間図らずしも仮眠を取ったのが効いたのか、残されたなでしこは、しばらくは隣で眠りこける想い人の頬をつついたりして時間をつぶしていたが、それにもいい加減限界がある。このままではつつきすぎて穴が開いてしまうかもと指を止め、もぞもぞと寝袋の中で寝返りを打つ。
そんな中で、ぴこんと頭に思い浮かぶ。
「そうだ、リンちゃん今何してるかな」
先ほどまで幼馴染とメッセージでやり取りしていたが、曰く既読がつかなくなって久しいらしい。彼女の本日の移動行程を考えればもう寝ていてもおかしくはないが、一応メッセージを送ってみることに。
【リンちゃんまだ起きてる?】
【ねてる】
「返信はやっ」
送るや否や、即座に返信。
思わずツッコんでしまう。
自身の声でコウタロウが起きなかったか確認しほっとしてから、返信を打ち始める。
【今何やってるの?】
【超寒くていもむしになってる】
【私も今いもむしだよー。冬用シュラフって暖かいんだね】
【カイロ足元に入れるともっと暖かいよ】
【ホント? やってみるよー】
「カイロカイロ……」
とは言うものの、カイロなんて持ってきていない。
どうしようかと悩んだその時、そういえば幼馴染がポケットにカイロ入れて寝てたなと思い出す。
「……」
「……zzz」
「……あった!」
「zz…うーん……」
なでしこは 使い捨てカイロを 一つ得た !
コウタロウは 体感温度が 少し下がった !
想い人からカイロを強奪したなでしこは、早速足元に入れてみる。
「おお、確かに暖かい」
ただこの暖かさはコウタロウの犠牲の上に成り立っていることを忘れてはいけない。
カイロの温かさを試したなでしこは、きちんと元あったところに戻すことに。使ったものは返すことができる、えらいこなでしこなのだ。
【そいえば温泉行ったらつぶれてた……】
【OH……】
【明日絶対温泉はいる!! 超はいる!!】
【超がんばってねリンちゃん!!】
文面からもリンの決意が伝わってくる。
冬山での温泉の期待値はそれだけ大きいのだ。さもありなん。
【そういえば、守矢はもう寝たの?】
【うん。ちょっと前に寝ちゃった】
【写真】
そう言って何の気なしに、隣でぐーすか眠るコウタロウの写真を添付するなでしこ。
【あれ、リンちゃん?】
【おーい。寝ちゃったー??】
画面の向こうのリンの慌てようは、後々思い返すに「ソロでよかったランキング」堂々の一位である。寝ちゃったどころか逆に寝られなくしてしまったことになでしこは気付かない。なでしこ、罪な女……!
リンから返事が来たのは、数分してからだった。
【こっち星空と夜景が凄いよ】
「夜景かー」
夜景と聞けば、昼間の笛吹公園の景色と共に千明の言葉がリフレインする。
確かあそこは、有名な夜景スポットと言っていたはずだ。
「……そうだっ」
【リンちゃん、しばらく起きてて!!】
【ん? ういー】
がばりと寝袋から起きると、リンへの返信もそこそこに隣の幼馴染を揺り起こしにかかるなでしこ。笛吹公園までの道のりの暗さを考えれば、彼以上に安心できる相手はいない。
「コウくんコウくん、起きて!」
「うーん……やめろ…それは私のおいなりさんだ……zzz」
「そ、それは寝言なの?」
「zzz…待て志摩……流石に俺でもそれは死ぬ……」
「リンちゃんに何されてるのコウくん……。起きてよー!」
「zzz……」
「全然起きない……」
しかし、コウタロウはなんだかよく分からない夢を見るのに忙しい。
時折苦し気に顔をしかめるものの、一向に起きる気配はない。
「むー……。コウくんのばか」
いくら揺すっても叩いても鼻をつまんでみても耳元で愛を囁いてみても、全く起きないコウタロウ。
むくれたなでしこは、頼る相手を変えるべく隣のテントに向かう。
「あきちゃん、あおいちゃん、もう寝ちゃった?」
「すー……」
「すぴー……」
返ってくるのは安らかな寝息のみ。
「寝ちゃったか……」
無理もない。初めてのキャンプ、初めて尽くしで色々疲れたのだろう。加えてもう12時を回っている。良い子は寝る時間である。
「コウくん、は…やっぱり寝てるかー……」
最後にもう一度だけコウタロウを見るが、相変わらず顔をしかめて寝たままだ。一体どんな夢を見ているのだろうか。
それならば、もう誰かに頼ることは出来ない。無理に起こそうとはしないなでしこの優しさがにじみ出ていた。
きゅ、とマフラーを締めなおす。
「しかたない…一人で行こう!」
ランタンを手に、決意を固める。
「……」
目の前には、まだ日があった時間でさえ薄暗かった林道。
もう真っ暗である。灯りは一切ない。まさしく闇、一寸先すら見えない。
「ひいぃ、暗いよぉ……」
頼れるのは自分が手に持つランタンの灯りのみ。
ひたすらに暗い道をおっかなびっくり進む。
「ひぐぅ…助けてコウくん……」
恐怖心へのカンフル剤代わりに幼馴染の名を呟く。
が、残念ながらそのコウタロウは夢の中である。
「ひえぇ……」
「うひぃ……」
そして。
「暗いとこ抜けたー……」
ふーっ、と大きく息をついて体の力を抜く。
ようやく街灯の無い林道を抜けた。あとは、行きも通った舗装された道幅も広い道を下るだけだ。
「リンちゃん待たせてるから早くしないとっ」
思えば一人でこんな体験をするのは初めてなのだ。ここまでくれば、もうちょっとしたワクワク気分も相まる。
なでしこはぱたぱたと笛吹公園まで小走りで進む。
「ついた……」
息を弾ませながら、笛吹公園の昼間の場所より少し高い展望台に到着した。
少しでも高い所からと、腕を伸ばしてカメラを構える。
「よしっ」
カシャ、と深夜の公園にシャッター音が鳴った。
☆
ヴーー、ヴーー…
場所は変わって、長野県は高ボッチ高原。
「やっときた……」
なでしこに待っててと言われたので待っていたが、もう30分ほど経った。
あと少し待ちぼうけを食らっていたら寝るところであったリンは、何事だったのかと眠い目をこすりつつスマホを開いた。
【写真】
「……!!」
そこに映っていたのは、笛吹市の夜景。いや、端まで見れば山梨市、甲州市まで入るだろう。市内全域を山に囲まれる山梨県の特性上、街の光が密集している。冬の澄んだ空気の中、満天の星空と甲府盆地の夜景が映えていた。
「……綺麗」
つ、となでしこ宛にメッセージ。
【ちょっと待ってて】
いそいそと防寒着を纏い始めるリン。
眠気などもうどこかに消えていた。
☆
ヴーー、ヴーー…
【ちょっと待ってて】
「? どうしたんだろリンちゃん」
遠く離れたなでしこには、画面の向こうのリンの思惑が分かるべくもない。
取り合えず言われた通りに待ってみることに。
「やっぱり夜は寒いな……」
汗が冷えて体温が下がる。
夜景を眺めながら、もう一枚着て来ればよかったと少し後悔気味のなでしこ。
まあ、出先で「あれがあればこれがあれば」と後悔するのはよくある話だ。もうどうしようもないのである。
「あ、いた! なでしこ!!」
「コウくん!?」
連れがいなければ、だが。
突然のコウタロウの出没に目を丸くして驚くなでしこ。
当然である。さっきはあれほど起こしても起きなかったのに、どうして?
「変な夢見て飛び起きたら、隣にいないから……。トイレにも居なかったし、心配で探してた。居てくれてよかった……」
そう言ってほっと胸をなでおろす。
起きたら隣に居るはずの人がいないというのは割と恐怖である。
コウタロウの場合、それがなでしこだったら輪をかけて不安だ。彼の起き抜けの慌てようは、「周りに人がいなくてよかったランキング」堂々の一位である。
相当焦っていたのか、靴は片方サンダルだし、マフラーなんて巻いてないし、メガネは掛けていない。まあメガネは無くても問題ないのだが。
「急にいなくなってごめんね、不安にさせちゃった……?」
「いやいいんだ。見つかったし。それに、本当にいなくなったなんて思ってなかったし」
彼の起き抜けの慌てようはry
不安なときに仲のいい人物への対人距離が近くなるのは彼の癖である。
それはなでしこも分かっていたようで、いつもより半歩近い彼我の距離に頬が緩む。寒さなどはもう気にならない。
「ふふっ…」
想い人に心配されるのは存外悪くないなと、わるなでしこが顔を覗かせた瞬間である。
まあ多分今後は出てこない。よいこえらいこなでしこなので。
「そういえば、どうしてこんな所に? 夜景見に来たのか?」
「あ、それはね――」
ヴーー、ヴーー…
【お返し】
【写真】
と、ここでリンから写真と共にメッセージ。
二人して覗き込む。
「「……!!」」
そこに映っていたのは、高ボッチ高原から望む諏訪市の夜景。
市内の真ん中に諏訪湖、その外縁に沿って街の光が煌々と集う。山梨と同じく、市内は南アルプスに囲まれ、冬の澄んだ空気に映える。そして、南に走る光をたどれば、今なでしこ達がいる山梨に続いていく。
ほぅ、と送られてきた写真に見入るなでしこ。
リンからの文面と、前後のメッセージから事情を察したコウタロウは、彼女を邪魔することなく数歩後ろで彼なりに夜景に感じ入っていた。
暫しの後に、なでしこは写真から眼前の大パノラマに視線を移す。
ゆっくりと市内を一望した後、まるで漏れ出たようにつぶやく。
「……きれいだね」
遠くリンも同じように夜景に見入っているのだろうか。
それは分からない。
だが、数歩後ろでなでしこを見守るコウタロウには、彼女とリンが重なって見えた。
へやキャン△
リンの「ソロでよかったランキング」一位
【そういえば、守矢はもう寝たの?】
【うん。ちょっと前に寝ちゃった】
【写真】
「写真? 何のだ――!!?!?」
驚きの余りスマホが手の中で乱舞した。
数度お手玉した後、何とかキャッチ。
「こ、これ……」
見間違いではない。コウタロウの寝顔写真である。
リンは普段から写真を撮る方ではないし、もちろんコウタロウとのツーショットはおろか写真などない。別に欲しくないし。
そもそも、同級生の寝顔写真など普通撮る機会は無い。
「…………」
長考。
「べ、別にこれはただ珍しいからってだけで、全然他意なんて無い、全く無い、これっぽっちも……」
誰も聞いているわけではないが、誰かに言い訳をしつつリンは震える手で「保存」ボタンに触れた。
高まる心臓が平常運転に戻るまで、数分の時を有した。
コウタロウの「周りに人がいなくてよかったランキング」一位
「…うわあっ!?」
がばりと飛び起きる。
変な夢を見た。志摩に襲われる夢だ。大人になった俺たちがどっかのキャンプ場で、みんな集まってる時に刺された…気がする。
というか何でこんな夢見てんだよ俺……。なんか恨みでも買ったか……?
と、起き抜けの景色が普段と違うことに違和感。
「あ、そうか。今野クルでキャンプに来てんだった」
同級生だけでこんなキャンプなんて初めてで、柄にもなく浮かれてしまった挙句、早々に寝てしまったのか。
今日の行程を思い出していく。
カレー食べて、皆で焚き火囲んで色々話して、寝るときにテント狭いからってなでしこがこっち来て――なでしこ?
隣を見る。
「――――っ!!?!!?」
いない。
なでしこがいない。
隣に居るはずの、なでしこが――
「なでしこっ!?」
テントの中で転びそうになりながらも俺は慌てて外に出ると、一目散に駆けだした。
過去を思い返す二人。
「「恥ずかしい……」」