キーンコーンカーンコーン…
翌週の月曜日の放課後、図書室にてリンが一人読書に耽っていた。
遠くに聞こえるチャイムは耳に入っていたようで、のっそりとした動作で本から顔が上がる。
(はぁ……。そろそろ閉めなきゃだけど)
ぱたんと本を閉じ、言葉とは裏腹に、ぐでーとカウンターに突っ伏すリン。
図書室内に設置された達磨ストーブが、石油を燃やす独特の音をあげていた。
(暖かくて出られん……)
放課後で一人静かに快適な部屋で過ごすこの時間は、ある種の贅沢だ。中々腰が上がらない。
まあ今は誰もいないし、チャイム鳴ったけど少しくらいはいいか。
そう心の中で言い訳すると、リンはもう少しこのまま、ぐでっと束の間の休息を享受することにした。
(はー、今年もあと1か月ちょっとか……)
壁に掛けてある日めくりカレンダーを見れば、もう11月も終わりである。
何となく思考は沈み、つい先日の長野でのキャンプを思い出す。
原付バイクでの初めての遠出。
ビーナスラインをひたすら進み、途中隠れ家的喫茶店でボルシチを食べ。
夜は諏訪の夜景に見入り、何となくなでしこのことを思った。同じような景色を見ているのかな、と。
そして翌日曜は、諏訪神社に参りコウタロウへのお土産を買って(別に他意はない)、高島城をはじめ諏訪市を観光し。その後ようやく念願の温泉に浸かり寒さを癒して帰ってきたのだった。
(長野よかったなぁ……。いろいろ回れたし、温泉気持ちよかったし)
帰りに湯冷めしたけど、と呟く。
折角温まっても、諏訪の名所「片倉館」から山梨身延まではまだ100キロほどある。その道のりをバイクで走るのだから、湯冷めするのは当然だ。バイク乗りの宿命である。
そして、
「お土産渡そうと思ってたのに、放課後になってしまった……」
自身のカバンの中身を見てため息。
コウタロウには、諏訪神社で買った交通安全のお守り。自分と同じようにバイクに乗るというのだから、まあ渡しても問題ないだろうと購入した。ちなみに自分用にも同じものを一つ買っている。
なでしこには、観光の途中見つけた店で買った生チョコまんじゅう。彼女に関しては、物よりも食べ物の方が喜ぶだろうと思い、期間限定だし何となくおいしそうだから購入してきた。
(クラス違うけど、どこかで見かけると思ったんだけどな)
なでしこに関してはそうだが、コウタロウは今日同じ当番だったのに、急に休むと連絡があって会えずじまいなのだ。野クルで反省会をするらしく、そちらを優先するとのこと。
(あいつ、仕事を何だと思ってんだ。……しばらく当番被ることないのに)
そう言って、ここにはいない彼を思ってカバンの中から取り出したお守りを指で弄んでいると、生チョコまんじゅうの奥に見慣れない物体が見える。
「あれ。何だこれ?」
取り出して確認してみるが、こんなものを入れた記憶が無い。
大きめのハードカバーほどの大きさの段ボール包装された物。何かの荷物だろうが……
と、ここでリンに電流走る。
「……あー」
そういえばと、朝出がけに母親から弁当と一緒に渡され、寝ぼけたままカバンに入れた記憶が蘇った。
「朝お母さんから受け取ってそのまま持ってきちゃったのか。何で出がけに渡すかな……」
それはその通りである。
まあどこの母ちゃんだってだいたい同じに忙しいのだ。完璧な存在ではない。だから夕飯のメニューに文句つけるのやめなさい。
「で、何だっけこれ」
とは言いつつ、リンの体は既に開封作業に移っていた。
丁寧にガムテープをはがし、綺麗に開封していく。
「お。これか」
中から出てきたのは、ジッパー付きの袋に入ったままのコンパクト焚き火グリルだった。
長野に行く前に注文したもので、封を開けてみればその大きさは単行本ほど。想像より少しだけ小さかった。完全にソロキャン用である。
「だ、誰もいないよな……」
新しいキャンプギアが手に入ったリンは、心躍らせながら早速組み立ててみようと辺りを見回す。
放課後だしいないとは思うが、一応。
「誰もいないぞ」
「そうだよな、誰もいな……何でいるの」
その肯定意見に一瞬安心しかけるが、誰もいないのに自分以外の声がするはずもない。
リンはジト目と共にその声の主、守矢コウタロウに振り向いた。
「いや、日誌に一応名前は書いとかないと、後で委員長に勝手に休んだのばれた時怒られるじゃんか」
「お前……」
コウタロウの登場にちょっとだけどきりとしたリンだが、案外しょうもない理由で図書室に訪れていた友人に脱力する。そんなリンを見てか、たははーとおどけて笑う彼。椅子を引っ張ってきてカウンター越しに対面して座る。
「そういえば気になってたんだけど……何それ?」
カウンターに置かれた板状の金属を指さして言う。
「ああこれ? ちょっと待ってて」
説明するより見せた方が早いと、てきぱきと手際よくコンパクト焚き火グリルを組み立てていくリン。
作業はすぐに完成した。
「どうよこれ?」
組みあがった焚き火グリルを掲げ、コウタロウに自慢げに見せるリン。
「どうって……なんだこれは。賽銭箱か?」
「なんでそうなる……」
が、彼から返ってきた反応は芳しくなかった。
確かに、何も知らない人が見れば焚き火グリル上部の網目は賽銭を入れるにちょうどいいスリットに見えるし、その形状とたたずまいはまさしく神社にある賽銭箱のそれである。
コウタロウの意見ももっともだった。
そんな彼に、リンは懇切丁寧にこれはコンパクト焚き火グリルというキャンプギアで、直火禁止のキャンプ場で焚き火とか、炭火を使って美味しい料理ができるだとか、正しい知識を語っていった。
「なるほどな。つまりキャンプで焼き肉が食えるってことか」
「まあそういうこと」
違うけどあってる。
とはいえ、キャンプ中に焼肉ができるのは高校生という身分の彼らにとっては途方もなく素晴らしいことだ。
「「キャンプでYAKINIKU……」」
二人して、手元にあった「ソトメシ」というアウトドア料理本の「キャンプでがっつり肉レシピ」のページを覗き込み、まだ見ぬ焼肉に思いとよだれを馳せる。ちなみにソトメシは現在第十二巻である。すごくどうでもいい。
「俺さ、この世で興奮することいろいろあるけど、一番はキャンプで焼き肉することだと思う」
「間違いないね」
「……分かってるじゃん」
「ふふ」
「あ、またニヤニヤしてるー」
「!!?」
「お、斉藤」
と、ここで恵那が姿を現した。
唐突に声を掛けられ、びくりとリンは思わずソトメシを放り投げる。が、危なげなくコウタロウがキャッチ。
「おー。コウタロウくんナイスキャッチ」
「それほどでもある」
恵那がぱちぱちと手を叩き、素直に称賛。
コウタロウと恵那は、実は面と向かって話した回数はあまりなく、そこまで互いのことを知っているわけではない。が、互いに何となく波長の合う相手だというのは認識していた。
それ故かは分からないが、恵那は早々にコウタロウを下の名前で呼び始めていたのだった。
「斉藤、何しに来たの?」
「リンの顔見に来ただけだよ。……あ、なにこれ?」
そう言って、恵那はカウンターに置いてあったコンパクト焚き火グリルを手に取る。
「メタル賽銭箱?」
「違うわ」
リンの鋭いツッコミが飛んだ。なにせ2回目である。そんなに賽銭箱みあるかな……。
ちなみに、検索で「メタル賽銭箱」と入力してもきちんとコンパクト焚き火グリルのページに飛ぶことができる。恵那の影響力恐るべし。
少女説明中……
「ふーん、焚き火ってこういうのでやるんだ」
「それは小さいやつだけどね」
コウタロウの頭には焼肉の台としかインプットされなかったが、これは焚き火台として使うのが本来の用途である。まあ、焚き火をしたら食べ物を焼きたくなるのは人間のサガか。
「こういうのでやる焼き肉屋さんとかあるよね」
「そうなの?」
「あー、火の国とかな」
「ひのくに?」
「守矢、それ確か浜松のローカルのやつだよ」
「えっ、そうなの!? そういやこの辺で見ないなと……」
正確には、浜松、磐田、袋井にかけて展開する焼き肉チェーンである。精肉店直営の美味しいお肉が手ごろな値段でいただけるナイスなお店だ。
火の国といいさわやかといい、浜松界隈は肉の聖地か……?
「えー、何か気になるなそこ。……あ、そうだ! 二人はバイクあるんだから、今度二人で行ってこればいいじゃん」
「えっ」
「お、いいなぁそれ」
「えっ?」
「先週志摩の誘い断っちゃったし、お詫びもかねて浜松ツーリングどうだ?」
「でも、ここから浜松まで結構遠いんじゃありませんか?」
「確かにそうですね。大体150kmくらいでしょうか」
「わ〜結構しますね! その距離だと日帰りは難しいし、高校生には厳しそうかな……」
恵那がテレビショッピングのアシスタントが如く合の手を入れる。
乗っかるコウタロウ。
「ご安心ください! 今ならなんと、うちのじいちゃんの家に宿泊できます! 宿泊費の節約になりますよ~」
「わー、お得!!」
「ちょ、ちょっといきなり通販番組始めないで……!」
さっきから情報量が多すぎていっぱいいっぱいである。
確かにコウタロウとはツーリングに行きたいと思っていたが、まさか彼の祖父の家で一緒に泊まるなんて話になるとは誰が予想できようか。
そもそも遠いのではという恵那の質問に対する答えになっていないではないか。そんなところまで通販番組によせなくていい。別に自分は平気だけど!
オーバーヒート気味のリンは、何とか答えを出すべく頭を回転させる。
そして。
「か、考えさせてください……」
そうひねり出すのがやっとだった。
へやキャン△
とある休み時間。
「へー、じゃあお正月はバイク乗って浜松帰るんねー」
「ああ、久しぶりに会う奴とツーリングに行く予定」
「ええなぁ……」
「免許取っても、バイクって高いし敷居高いもんな。俺も親戚から貰ってなきゃ乗ろうとか思わなかったし」
「あ、自分では別にええんよ。後ろに乗ってみたいなって」
「ほー。なら今度どっか行くか? 犬山がよければだけど」
「い、いいの? 行きたい行きたい!」
「おー、よかった。楽しみだな」
「せやね! うわー、どこ連れってってもらおかな……」
「また予定合ったら教えてくれ」
「うん! 近いうちに言うわー」