候補を頂いた皆様、本当にありがとうございました!
そのうちひょっこり出てきます。
「リンちゃん、食材はどこで買ってく?」
土曜日。
昼下がりの車の中で、助手席からなでしこの声が聞こえてくる。
なでしことリンの乗る日産ラシーンは、桜の運転で今、とあるキャンプ場に向かっていた。
「この先にゼブラってスーパーがあるよ」
「じゃそこにしよう」
「それどの辺りにあるの? 52号沿い?」
本日の運転手を務める桜がリンに問いかけた。
リンの家から県道300号線を北上するのではなく、52号線をぐるっと回ってゆっくりとキャンプ場に向かう道のりのつもりだ。52号線は各務原家の辺りも通っているものの、この辺りの地理には疎い。
「あ、はい。52を右折して5分くらいのところです」
「了解」
そう言ってハンドルを切る桜。
友人の年上の姉妹という少し緊張する相手とのやり取りを終え、ふうと一息。
それにしても、運転席を見てリンは思う。
(しかし、なでしこのお姉さんって美人だよなぁ……)
いつぞやコウタロウが評した通り、桜は相当顔がいい。いや顔もいい。
大学やそれ以外で声をかけられることはしょっちゅうだし、気だるげでクールな表情や仕草、しかし滲み出るその優しさから、非常にファンは多い。
ちなみにコウタロウの初恋の相手でもある。
桜をじっと見つめた後、反対側を見るリン。桜とは対照的にゆるーい雰囲気を纏うなでしこが助手席に座っている。
(……こっちはなんかムニョムニョしてるけど)
もうなんか食ってるし……。
だがなでしこはなでしこで、今の体型になった中学三年生の辺りからは男子にモテだしていた。まるっとしていたころは見向きもしなかったのに、現金な連中である。本人はずっとただ一人しか眼中にないのだが。
なでしこと桜。顔立ちは似ているのに、どうしてこうも印象が違うのだろうか。
(というか、小さい時からこんな顔面偏差値高い人たちに囲まれてた守矢って、相手に求めるレベルも底上げされてるんじゃ……?)
要らない心配をするリンをよそに、車はスーパーゼブラに向けて進んでいく。
☆
土曜の昼という客入りもピークの時間帯のゼブラの駐車場に、何とか桜の車が停まった。
桜は早速買い出しのために車を降りていくなでしこに向かって声を掛ける。
「なでしこ、ついでにコーヒー買ってきて。甘いやつ」
はーいという声を聞きながら、桜の目線は隣のドラッグストアに移る。
(……あれ。あそこ、確かコウタロウ君のバイト先よね?)
ふむと一つ頷き、再度なでしこに声を掛けた。
「ごめんなでしこ、やっぱり自分で行くわ」
「うん? 分かったー」
ゼブラに入っていく二人を見送ってから、桜も歩き始めた。
……隣のドラッグストアに。
なお、コウタロウの働くドラッグストアに行ったはいいが今日はシフトが違ったため会えなかったし、ドラッグストアの駐車場はがら空きだった。
「あれっ!?」
一方そのころ、スーパーゼブラ内では、なでしことリンが思わぬ人物に遭遇していた。
「あおいちゃん!!」
コウタロウの紹介で、ここゼブラでバイトをしていたあおい。要領のいい彼女は、他従業員からの覚えもよく、てきぱきとレジ打ちの仕事をこなしていた。
二人に気付き、笑顔で手を振る。
「いらっしゃいませー」
「ここでバイトしてたんだねー」
「先週からなー」
コウタロウをはじめあおいと千明がバイトをしていることは知っていたが、どこでしているかまでは知らなかったなでしこが、ほうと感心の吐息を漏らす。
同級生がしっかりと仕事をこなす姿というのは、新鮮に映るものである。
「今から四尾連湖行くん?」
「うん! 写真いっぱい撮ってくるね」
「たのむわー」
清算が終わる。
入って一週間ほどで会話をしながらレジ打ちがこなせる彼女は相当に手練れである。
加えて、他のパート、アルバイトのおばちゃんたちと比べて若く顔立ちが整っておりスタイルのいいあおいのレジには、心なしか列が長めに連なっていた。男ばかりだ。
「じゃあ、気いつけてなー」
「うん! またね、あおいちゃん」
「犬山さん、バイト頑張ってね」
「うん。志摩さんもキャンプ楽しんできてなー」
ばいばーいと朗らかに笑って二人を見送るあおい。
今日のこの後の予定を考えれば、自然と目じりも下がる。ルンルン気分で次の男性客の清算を始めた。
車内に戻った二人。すでに桜は戻って来ており、運転席で微糖の缶コーヒーをすすっていた。
「あおいちゃん、ここでバイトしてたんだね」
「そうだね。たしか、守矢は隣のドラッグストアでバイトしてたと思ったけど、あいつの紹介とかかな」
「えっ!!? コウくんあそこでバイトしてたの!?」
「え、うん。……知らなかったの?」
「教えてくれなかったんだよぅ……」
がーんという効果音が聞こえてきそうなくらいに、目を見開いて驚くなでしこ。
なんでなでしこにバイト先を教えないでいたのか疑問に思いつつ、自分には教えてくれた事実にちょっぴり嬉しいリン。
なでしこの衝撃はもっともだし、リンの疑問には桜が答えた。
「あんたに教えると、暇さえあれば来そうだから教えないでくれって言ってたわよ」
「た、確かに行くけど……。って、お姉ちゃんも知ってたの!?」
行くんだ……とリンが呆れる横で、本当に自分だけ知らされていなかったことに輪をかけてショックを受けるなでしこ。涙目であった。
「まあここってうちから遠いし、コウタロウ君も心配だったんじゃないの? あんたのこと」
「あ、そっかぁ。コウくん私のこと心配してくれてたんだ……うぇへへ」
「「……」」
桜の適当なフォローに、ふにゃりと頬を緩めて嬉しがるなでしこ。
事実その通りなのだが、あまりにもちょろすぎる妹に桜は引いた。リンもちょっと呆れていた。
再び走り出して暫し。
温かく快適な車内で、原付バイクとの違いを思い知っているリン。
本当は来るはずだったもう一人のメンバーに思いを馳せる。
今日はコウタロウはいない。
明日早くからバイトがあるからと、本当に残念そうに断られてしまった。
「コウくん来れなくて残念だったね……」
「バイトだって言ってたししょうがないよ。急だったし」
コウタロウが来れないと分かった時の少しの安堵感と、でもやっぱり感じる寂しさや残念さを飲み込んで、今日の最終目的地についてリンは訊ねた。
「そういえばさ、四尾連湖キャンプ場なんてよく知ってたね」
「あ、うん。実はね……」
そう言って、なでしこは先日の野クルでの出来事を話し出す。
☆
「――ってことがあったんだよ」
「……」
「へー、今週はしまりんとキャンプ行くのか」
「しまりんって言うとゆるキャラみたいやな」
「……」
「ていうか二週連続ってストロングスタイルだなおまえ」
「えへへ」
「……」
(で、なんだってコウタロウはこんな落ち込んでんだ?)
(日曜バイトで二人とキャンプ行けないんやて)
(あーね……)
ホントに暇さえあれば一緒にいるよなと、落ち込むコウタロウに寄り添うように座るなでしこを見て千明は思う。ちなみに、なでしこコウタロウの二人が下に座り、千明とあおいの二人が上の棚に腰かけている。彼が上を向いてきたら殺す気でいる。
とはいえ落ち込んでるのはらしくないし、今度気分転換にどこか誘ってやろうと決めた。
「あきちゃんあおいちゃん、どこかいいキャンプ場ないかな?」
「んー。この辺富士山と富士五湖のおかげでええキャンプ場だらけやしなー」
「確かになー」
後述されるが、湖には湖畔キャンプ場、富士山麓には芝生キャンプ場や林間キャンプ場が。
山梨はその地形から、おおいにキャンプ場に恵まれていた。
「キャンプ場ってどんな種類があるの?」
「せやなー、ざっくり分けると……」
① 林間キャンプ場
「キャンプ場のイメージってだいたいこれだよな」
② 臨海キャンプ場
「冬は寒そうだねぇ」
「あと山梨には絶対に無いな。望もうにも不可能」
「こいつ復活したと思ったら急に山梨ディスって来たんだけど?? 戦争か? ん?」
「ギルティやな」
③ 芝生キャンプ場
「麓キャンプ場がこれだったよー」
「牧場をキャンプ場にしとるところもあるんよ」
「志摩が行ってた長野のキャンプ場もこれだな」
④ 河川・湖畔キャンプ場
「五湖周辺はだいだいこれやな」
⑤ 展望キャンプ場
「イーストウッドとかだな」
「よかったよねぇ」
「「「そうだねぇ」」」
ちなみに、とあおいが付け加える。
「イーストウッドは林間×展望でもあるんよね」
「たしかに!」
キャンプサイトからの景色と、夜の森を抜けた記憶を思い出したなでしこが納得顔で頷く。
「いくつか複合させてもいいなら、将来的には林間×臨海×芝生×河川湖畔×展望キャンプ場とか造りたいわ」
「欲張りセットやめーや」
出来たらええけど、と呆れ顔のあおいの隣で千明が口を開いた。
「そうだ、富士五湖って昔は富士八湖だったって知ってるかお前ら?」
「何や都市伝説?」
「何それだんだん増えてくシステム? それなら浜松には松島十湖て人がいてだな……」
「あー、俳句の! 学校で強制的に十湖賞に応募したの覚えてるよ。懐かしいねぇ」
「そうでもしなきゃ応募人数が集まらないんだろうな……」
「だから地元民にしか分からんネタはやめろって。しかもそれ富士山関係ねえじゃん。人の名前じゃん」
いつもこいつら(主にコウタロウ)のせいで話逸れんな……とジト目で睨みつつ、こほんと息を整える千明。
「富士八湖は実際の話でな、そのうちのとある湖にキャンプ場があるらしい」
「ほう」
上を見ないように、しかし話には身を乗り出すコウタロウ。
俺が上に行った方がよくねという素朴な意見は胸のうちにしまっておく。
「その名も……シビレ湖」
「痺れ湖?」
「何それ電気ウナギとかいそう」
千明は静岡コンビのぽけっとした疑問にズバッと答える。
「違う! こうだ」
そう言って、設置してある小さな黒板に『四尾連湖』と書き込む。
ちなみに、四尾連湖の名前の由来は、伝承に伝わる湖の神が四つの尾を連ねた龍であることだとされる。非常に中二心をくすぐる存在だ。
それと、黒板下にいるわんこはさっきあおいが描いた。
「地元住民くらいにしかあまり知られていない所で、湖には謎の巨大魚が生息し……」
藤原弘、探検隊が飛んできそうな信憑性の薄い千明の説明は続く。
「管理棟のテラスには、謎の激ウマBBQが!! …あるとかないとか」
「激ウマ!?」
「前々から調査せねばと思っていたのだが、なにせ謎が多いものでな……」
純粋で何でも信じてしまうなでしこのリアクションに気をよくした千明。
真剣な表情でメガネをくいとあげ、迫真の演技である。
(……一応聞くけど、本当の話?)
(んなわけあるかい)
(だよね)
「各務原隊員!! 現地調査を頼めるかね!?」
「わかりました! 隊長っ!!」
☆
「……って」
「なんだその小芝居」
えへへとはにかむなでしこ。
二人を乗せた車は、四尾連湖キャンプ場に向かう。目的地まであと少しである。
☆
視点は戻って、スーパーゼブラ。
「あおいちゃん、今日はもう上がり?」
ゼブラ内のバックヤードの従業員室では、退勤のタイムカードを押したあおいがロッカー前で自身のバンダナを外したところだった。
話しかけてくれた社員のおばちゃんに向き直る。
「はい、お先に失礼します」
「お疲れ様、明日もよろしくね」
「はいー」
部屋から出ていくおばちゃんを見送ると、スマホに通知が。
【キャンプ場、到着!】
【写真】
とある林間キャンプ場のテントサイトで自撮りをして映る千明の写真と共に、到着を告げるメッセージ。
「あきもう着いたんや」
ロッカーにもたれ、返信を打つ。
まだ彼から通知が来ないということは、しばらく時間に余裕はある。
【どんな感じなん?】
【けっこう広いぞ! キャンプサイトもたくさんある】
【下見たのむでー】
【んむぁかせろ!】
くすりと微笑む。
そして、いそいそとエプロンを外し――
【どこにいる?】
「ちょっとちょっとあおいちゃん!」
スマホに通知が来るのと、先のおばちゃんがなにやら口角をあげて入ってくるのは同時だった。
「どうしたんです?」
「あおいちゃんって、もしかしてコウタロウ君と付き合ってるの!?」
「え、ええ? べつにそんなことないですけど……」
「もう! とぼけちゃって! 隠さなくていいのよ!」
「ええ……?」
にやにやとした笑みを浮かべて、しまいには肘で軽く小突いてくる始末だ。
ちなみにこのおばちゃんはあおいの面接を担当した人であり、コウタロウに乞われてバイトを募集していると教えてくれた人でもある。
「今コウタロウ君が来てね、あおいちゃんはいますかって! どうしたのって聞いたら、これから二人で出かけるらしいじゃないの! 若いっていいわねぇ!!」
「いやあの……」
人の色恋には興味津々を通り越してお節介を焼きたくなるのがおばちゃんという生き物である。
「コウタロウ君ってホントいい子だし、あおいちゃんが相手ならおばさんも安心よ! まあまあ、これは皆にも教えてあげなきゃ!!」
そういって本人を差し置いてはしゃぐおばちゃんは、呆然とするあおいをよそにサイドバックヤードから出ていった。
「あのだから……もういいです」
コウタロウはその容姿と物腰の良さ()から、マダムたちに大いに人気がある。
そのためこうしてバイトもできるのだが、いかんせんその結果がこれでは肩も下がる。
これは大変なことになったぞと思いながら、でもまあいいやと半ば諦めムードであおいは着替えを始めた。
彼のもとに向かうために。
へやキャン△
「もー、泣くなってなでしこ。会えなくなるわけじゃないんだからさ」
「はいはい。会いに行くし向こうに来てもいいから」
「はー……。約束な、約束。絶対また会いに来る」
「……綾乃。なでしこのこと、頼むな」
「お前にも、ぜったい会いに行くから」
私は自室のベッドで一人、ごろんと仰向けに寝転んだ。
こうして一人になるとつい思い出すのは、最後に見たあいつの記憶。
結局、よろしくと頼まれたなでしこに私は何もすることができなかったし、彼女は彼女でコウタロのいる山梨に行ってしまった。
今は向こうで二人仲良くしているのだろうか。
こっちにいた時みたいに。
……私だけがいないけど。
コウタロと直接会ったのは、もう何か月前になるだろう。
今でこそなでしこ経由で連絡先を知れたからいいものの、連絡もつかない数か月は本当に不安だったし寂しかった。
なでしこ。私だってそっちに行きたかったよ……?
コウタロ、どうして置いてくの?
寂しいよ……。
【綾乃】
スマホが振動し、通知を告げた。
差出人を見れば、よく見知った男の子の名前。
「こうたろ……」
【なになに? どしたの】
【いやなんか急に話したくなって。電話していい?】
その文面を見ると、なんだかこみ上げてくるものがあって。
このままじゃまともに話せない。
【三分待って】
【さてはお前ウルトラマンだな? 仕事を済ませてからってことだろ? 今日はどんな仕事だよ、言っとくけどカップ麺を作るのは仕事じゃないぞ?】
【いいから!!】
【はーい】
離れていても、確かに繋がっている。その事実が無性にうれしくて。
私はぐしぐしと涙を拭うと、緩む頬を何とか押さえつけ通話ボタンに手をかけた。
綾乃ちゃんすき……