「ただいまー」
場所は変わって、なでしこ達とは隣のキャンプサイト。二人で使用するには大きめの、薪ストーブ完備のテントが見える。煙突からはもくもくと煙が上がる。
必殺火熾し人・涼子はその仕事を終え、そんな自身のテントに戻って来ていた。前室のダイニングスペースで腰かけると、早速先のことを話し始める。
「さっきのあの子、三人でキャンプしてるんだってさ。高校生らしいよ」
そういって目の前の赤ら顔の女性、自身の姉に話しかけるも、この呑兵衛から返ってくるのはビールをあおるぐびぐびという効果音のみ。
割といつものことなのでこのくらいでは何とも思わない。
「あ、そうそう。しかも、男の子一人に女の子二人の男女三人なんだよ。仲いいよねえ」
カン、というスチール缶をテーブルに叩きつける音が響く。
「あらへあいむひおひおっにほんまへおひあんはうぇア!!」
何を言っているのかこれっぽっちも分からない。
「ちょっといない間に泥酔するのやめてよ、お姉ちゃん……」
涼子の姉、美波は、三度の飯よりアルコールが好きな典型的な呑兵衛であった。
そんなぐでぐでの酔っ払いが声を荒げたのは、高校生の男女がキャンプに来ているという風紀的問題を指摘してか。それともただの酔っ払いの気まぐれか。
それは本人にしか分からないし、その本人も酔っぱらっていて一晩寝たら忘れる。
☆
場所は戻って、なでしこ達のキャンプサイト。
「えーと、昆布出汁つゆに、人参、白菜、長ネギ、豆腐一丁と……」
「鱈の切り身に塩のすり込み終りやした!」
レジャーシートの上では、鍋、焚き火グリルでの豚串、そしてコッヘルにはパックのごはん(麦飯)という、お隣のダイニングスペースもかくやという調理場が展開されていた。どこに居ても良い匂いが漂ってくる。
そんな中、出汁をきちんととった鍋の中に具材を入れていたなでしこに、せめて何かさせてくれと頼み込んだコウタロウが、鱈の切り身を恭しく差し出していた。
「うむ! くるしゅうない、ちこうよれ!」
「ははー」
そういって首を垂れるコウタロウの頭を撫でるなでしこ。
撫でるなでしこに撫でられるコウタロウ。普段とポジションが逆ながらも、二人はまんざらでもなかった。
「ありがたき幸せ」
「うむ! これからもはげむがよい」
「ははー」
(なんだこれ……)
二人のノリを目の当たりにしたリンが呆れた視線を向ける。
しかし、目ざとくその視線に気づくコウタロウ。何を勘違いしたのか、ちょいちょいとリンに向かって手招き。
「何、どうしたの?」
「いやなに、志摩だけ撫でられないのも不公平だと思ってな。お前のことは俺が撫でようと思って。その後志摩がなでしこを撫でれば、三すくみになるだろ? ポケモンの火水草みたいな」
「守矢……」
正直後半は意味分からんが、そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか。
別に、二人の関係は知ってたし、今更これくらいのことで心動かされたりはしない。そりゃあ、私だって女の子の端くれだし、そういう乙女チックなことに憧れが無いと言ったらうそになるが……。
でも、不思議と守矢に触れられるのは嫌な気はしない。他の男子だったら絶対嫌なのに。
思えば、誰かの頭を撫でるとか撫でられるとか、もうずいぶん久しぶりな気がする。チクワ以来?
相手がこいつなら、いいかな……。
だが、それはそれとして。
「いや普通に魚触った手でとか嫌だから」
「がーん……」
いやそうだろ。魚臭い手で髪の毛を触れれるのに抵抗ない女子なんていない。
「まあ、そういうわけだから。だ、だから……私が撫で――」
「豚串がファイヤーしてるよリンちゃんっ!!」
目線を下にぽしょぽしょと小さく呟かれたリンのその言葉は、なでしこの焦った声によって搔き消された。
「うおっ、ホントだ!! 志摩、トングトング!」
「わ、分かったっ」
見れば、フランベもかくやという程に本当に焚き火グリルから火が高く上がっていた。
これにはさすがに焦るリン。
おずおずと差し出された手が、方向を変えがしりとトングを掴んだ。
そのまま流れるような動作で掴んだ豚串を、手際よくコウタロウが差し出した大皿に一旦避ける。
「「「せ、セーフ…!」」」
三人の声が重なり、ふうと一息。
「あぶなかったな……」
「せっかくの肉が炭になるところだった……」
「豚肉は油出るからねぇ」
様子を見ていたなでしこが、リンを見て口を開く。
「リンちゃん、『火』強すぎない?」
「……確かに。ちょっと炭抜いとくか」
焚き火グリルでは、当然ながら火力調整ボタンなどは無いため、場所ごとに炭の量で火力を調整する。特に冬などは焼いた物をお皿に出しておくとすぐに冷めてしまうので、保温ゾーンを作っておくと便利だ。
ただ、リンのようなコンパクトタイプだとそこまで細かな火力調節が利かないのが難点である。
だんだんと日も暮れ始め、辺りが薄暗くなりかけてきた。
ポールに吊るされたランタンの光が煌々と輝き、光に魅せられた虫たちが集まってくる。
そんな、ふと降りた静寂のとばりのまにまに、コウタロウがぽつりと呟いた。
「そういえばさ。この辺りには牛鬼のお化けが出るって噂、知って――」
「守矢、それもうやったから」
「こわくないよ!」
「えー」
なでしこと、あわよくばリンをビビらせようと厳かに話し始めたコウタロウだったが、生憎その流れは二人が到着してすぐに行われていた。
頼みの(?)なでしこに至っても、丑三つ時前に寝るという対策に気付きけろりとしている始末。
はじめの雰囲気は何処へやら、露骨にテンションを下げるコウタロウ。
「……でもさ、その話の詳細は知らないわけだろ?」
「それは、まあ」
「え……?」
リンとしても、あくまでそういう噂があるというのを知っていたくらいで、詳しいことは分からない。あくまでホラー系の話にビビるなでしこというくだりをやっただけに過ぎない。
「鍋ができるまで時間もあるし、毛布にでも包まりながら暇つぶし程度に聞いてくれよ」
そう言ってなでしこの大荷物から一枚ブランケットを取り出すと、リンに渡すコウタロウ。
リンとしても確かに時間も興味もある。答えは早かった。
「まあ、いいけど」
「えっ……」
この後の展開を悟り、リンとは対照的に表情が消えうせ始めるなでしこに、もう一枚のブランケットかけると、コウタロウは厳かに話し始める。
「昔むか――」
「ひぃぃぃっ!!!」
「いや早えよ」
がばりとコウタロウに飛びつくなでしこに、リンのツッコミが飛んだ。
フライングにもほどがあるだろ。まだ何も言ってないよ……。
「も、もうやめようよぉ……!」
コウタロウの腕の中で、もはや涙目になっているなでしこ。
安心させるようになでしこを撫でながら、いい笑顔でコウタロウが言った。
「よしやめよう」
「お前……」
こいつ最初からなでしこを怖がらせたかっただけかよ……。
呆れ顔でそう思った。
しかし、自分は割と興味があるのだ。聞きたいと思っていたのに、これではお預けもいい所である。
後で絶対聞き出そうと心に決め、そろそろいいかなと鍋の蓋に手をかけるなでしこを見た。
いや絶対まだだろ――
「よし煮えてる! プチ鱈鍋できたよー!」
「おいしそうすぎる。毎日食べたい」
「えへへ。いいよー」
まじかよ煮えてるのかよ。
どうやら思いのほか時間がたっていたようだ。
鍋ができたのならと、自身の手元の焚き火グリルを見やる。
「こっちも焼けたよ」
ぱちぱちと油のはねる音と共に、じゅうじゅうと得も言われぬにおいが鼻腔をくすぐる。
焼き色も加減がちょうどよく、まさしく食べごろであった。
「ふおおおおおおっ、お肉だーーーっ!!」
「ひゃっほーう!! 待ちかねたぜーー!」
肉の前に人はテンションが上がるのは宿命である。
焼き肉と聞いて心躍らないのは、焼き肉店で働く過労死気味の店長か菜食主義者くらいである。
勿論そのどちらでもない二人は、テンション爆上がりである。目はキラキラを通り越してぎらぎらと輝き、口からはよだれが溢れる。汚い。
そんな二人と呆れを通り越して最早ちょっと引きつつ、リンがある提案をしようと口を開く。
「二人とも、これさ……」
「「いっただっきまーす」」
「ちょっと待っ……いやちょっと待てこの腹ペコども!!」
☆
またまた場所は変わって、再度お隣のキャンプサイト。
姉の突然のお寿司食べたい宣言により、作りすぎてしまったジャンバラヤをぱくつきながら涼子がその姉に向かって口を開く。
「私心配だよ。お姉ちゃんが先生やっていけるかさ」
もっともである。
今のところ見る影もないが、美波の職業は教師であった。意外! それ(職業)は教師!
「しつれいな! 教育実習でも結構評判よかったのよ」
「ビールもちこんでお昼に一杯やりそうだし」
「やんないわよ」
意外なことに、そのあたりはわきまえている様子である。意外というか当たり前なのだが。
もしかして先の声を荒げたのも、教師ゆえの倫理観からだったりするのだろうか。
「はっ!? ノンアルならもしや……」
「倫理的にNGだと思う」
どうやら勘違いだったようだ。
ちなみに、水筒にそういった類のジュースなどを入れて持っていくのも止めておいた方がいい。匂いがこびりついて取れなくなる。
「あのー」
「こんばんは」
「夜分にすいません」
と、手に使い捨ての紙皿を持った三人が現れた。
三人の顔に見覚えのある涼子が迎え入れる。
「ああ、さっきの! いらっしゃい」
「あの、さっきはありがとうございました」
「これ、よかったら食べてください!」
そう言ってなでしこリンが手に持っていた料理をテーブルに並べるなか、妙に気取った顔でコウタロウが呟いた。
「明日またここに来てください。本当の鱈鍋と豚串ってやつを教えてあげますよ」
「今教えてるとこだろ。全部が意味分かんねえよ。そもそも明日お前いないし」
コウタロウは美味しんぼ読者であった。
「あ、あはは……面白いね彼……」
苦笑いの涼子。
とは言え、当のその料理を覗き込めば、一転して表情が明るくなる。
「うわぁ、ありがとう! 美味しそうだね」
素直な感想が述べられる。
こうも喜んでもらえると、差し出した側としても嬉しいものがある。火おこしを手伝ってもらったお礼とは言え、三人から笑みが漏れる。まあコウタロウは鱈に塩をもみ込んだだけだが。
再度お礼を告げ、立ち去ろうとする三人に涼子がストップをかけた。
「あ、ちょっと待って。これ持って行ってよ」
そう言って差し出されたのは、ほくほくのジャンバラヤ。
必殺火熾し人は料理も堪能のようで、見るからにおいしそうである。思わずごくりとのどが鳴る。
「うわーーいい匂いだぁ」
「こんなに頂いていいんですか?」
「いいのいいの。ちょっと多く作り過ぎちゃったから」
「ありがとうございますっ」
バン、とテーブルが鳴る音が響く。
「ちょっとあんたたち!!」
なんだとみんなして音の方を振り返れば、赤ら顔の美波が、今しがた打ち付けたであろう日本酒の一升瓶を掲げていた。
「これも持っ――」
「酔っ払いは気にしなくていいからね!!」
仮にも教師である。これは未成年飲酒をほう助するのをストップした涼子のナイスアシスト。酔っ払いはあとでお礼を言った方がいいが多分寝たら忘れる。
「ありがとうございましたー!」
「ジャンバラヤありがたく頂きますね」
「ふふ、本当のジャンバラヤってやつは教えてくれないのかな?」
「残念ながら明日いないので……」
「いたら教える気だったんだ……」
「ほら守矢ふざけないの、行くよ。……すいません、変な奴で。では」
こんどこそ、最後にとしっかりお礼をして去って行く三人を見送る。
姿が見えなくなるまで見送ると、早速持ってきてくれた料理に手をつける。
「ンまいっ!!」
「さっぱりだけどほんのり一味が効いてて美味しいね。ふふ、確かにこれは本物かも」
「鍋にはハイボールが合うんでゃむしゃむしゃむしゃむしゃ」
アルコールで痛めつけた臓腑には、温かい汁物が無性に効くもの。むしゃむしゃと鱈鍋をかきこむ。
それでもなおアルコールへの欲が止まらない姉に、涼子も眉根が下がる。
「……いい子たちだったね。面白い子もいるし」
また一口とだし汁とすすり、先の三人を思い浮かべる。
「高校生って聞いてるけど、もしかして本栖高校の生徒だったりして」
なでしこ、リン、コウタロウは本栖高校の生徒である。それは今彼女らが知ることは無いし、三人もまさか美波が教師だとも思わない。
だが。
「んん?」
酔っ払いのお姉さん。鳥羽美波と再会する日も、そう遠くないのかもしれない。
へやキャン△
「犬山さんや」
「なになに? どしたんコウタロウくん」
「こないだの二人乗りの件なんだけどさ」
「うん……えっ!?」
(ま、まさか私だけって言ったこと掘り返そうとしてる!? うわめっちゃ恥ずかしい! 何であんなこと言ったのって聞かれたらどう返したらええの!? ぜんっぜん分からん! たすけてあき……!!)
「そういえば俺、まだ免許取って一年経ってないからそもそも二人乗りができなかったんだわ」
「……ふぇ?」
「前はたまたま見つからなかったけど、流石に法律違反は良くないしな」
「う、うん……せやな。うん……」
「自転車とかなら俺も犬山も持ってるし、今度サイクリングでも行く?」
「サイクリングかー、まあ高校生やしそんなもんか」
「そうそう。身の丈に合ったもので行こうぜ」
「その身の丈に合ったもので甲府まで行くような人に誘われると警戒するわー」
「……いつも思ってたけど、何でそれ知ってるの?」
「さあなー?」