本栖高校野外活動サークル△   作:園田那乃多

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映画公開まで秒読みですね。
もちろん皆、行くよなあ?




二十七話

 

「はぁーーっ」

 

12月に入り、いよいよ冬の寒さも本格化してきた。

弾む吐く息も白まってきて、無意識に袖を伸ばしてしまう時期だ。

首にはマフラーを巻いてるし、膝丈より少し上のスカートから出る足にはニーソ。肌の露出を限界まで抑えた完全防備ファッションである。マスクとサングラスがあれば完璧。

 

(…あき、見せたいもんがある言うてたけど、何なんやろ?)

 

運動部の掛け声を背に、部室棟に向かって歩くあおい。

いつもよりも活気が無いように感じるのは、この寒さのせいだろうか。それとも、そろそろ始まるテストが憂鬱だからか。

自分は普段から予復習をしてるのでそこまで心配はないが、そういえば千明はいつもぎりぎりまで対策をしない人だったのを思い出した。……自分の友人は大丈夫だろうか?

 

「犬山ー」

 

と、ここ数か月ですっかり聞き馴染んだ声に振り返れば、クラスで隣の席にして野クルの部員、そして今ちょっと気になる男子、守矢コウタロウが笑顔で手を振り歩いてくる。

とくんと少し鼓動が早くなったのを、誤魔化すように笑顔で手を振り返す。

 

「コウタロウくんやん。もう委員会終わったの?」

「ああ、テスト期間だからな。いつもより早めに閉めるんだとさ。そんで帰ろうとしたら大垣から呼ばれて」

 

どうやら彼も部室棟に向かうようで、二人並んで歩きだす。

 

「なるほどな、コウタロウくんもあきに呼ばれたんか」

 

コウタロウが差し出してきた携帯のトーク画面を見て、なるほどと納得顔のあおい。

彼はそれに頷きながら、普段なら隣に居るはずの人物がいないことに若干の申し訳なさを含めた口調で呟いた。

 

「なでしこが居ないのはあれだけど、流石にUターンして戻って来いとは言えんしな……」

 

コウタロウくんが言えば尻尾振って戻ってきそうやけどなー、とは口に出さないがあおいは内心思った。予想というか、もはや確定的事実であろうその光景を思い浮かべ、目を細める。でも、今は二人なのだから他の子の話はしないで欲しい。

 

「それにしても、一体何だろうな。大垣の要件って」

「な。見せたいものがあるらしいけど、もうそろそろテストやし正直はよ帰りたいわー。……ね、一緒に帰ってまう?」

「いくら何でも大垣が可哀そうすぎるだろ……。てか、その言いぶりからして犬山ももしかしてテスト不安だったりするのか?」

「……犬山もってことは、コウタロウくんは不安なん?」

「いや。俺じゃなくてなでしこがな。それで今日は早めに帰らせた」

「あー……。まあコウタロウくんはいつも真面目に授業受けてるし心配ないか」

「自慢じゃないが俺は文系科目ならだれにも負ける気がしない」

「思いっきり自慢やーん。私はこれと言って苦手な科目ないなー」

 

雑談を交わしつつ、二人は階段を上がり廊下を歩き、野クルの部室前へ到着した。

あおいが戸に手をかけ、がらりと引き開ける。

 

「あきー。おる、か……」

「呼ばれたからきた、ぞ……」

 

戸の隙間から中の様子を覗き込んだ二人の声が揃って詰まる。

 

そこに居たのは、部室に常備してあった寝袋に包まり、身動きが取れないまま床でばたつく千明の姿だった。

 

「「いもむしがのたうってる……」」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「何やってんだよ……」

 

一人では抜け出せなくなっていた千明を救助し、寝袋をたたみながら呆れた様子でコウタロウがため息を吐いた。

したたかに背中を打ち付けたらしく、うずくまって自身の背をさする千明に、あおいもしゃがみこんで訊ねる。

 

「ていうか、見せたいもんって何なん?」

「おう待ってたぞ二人とも! これを見ろー!!」

 

あおいのその問いかけに元気を取り戻した千明が、すっくと姿勢を直し、バッグから威勢よく目的のものを取り出し――

 

「……」

 

「……」

 

「……あっ」

 

(木の皿落とした)

(木のお皿落としてもうた)

 

「……よし」

 

(結構遠くまで転がってったな)

(拾うのわちゃわちゃしとったね)

 

「バァーン!!」

 

準備に割と長い時間をかけ、目的のものを設置し終えた。

三人の前には、テーブルの上にネイティブ柄のランチョンマットを掛け、その上にスキレットと木のお皿、そして同じ素材のスプーンとフォークが並べられた。

 

「いやバァーン言われても準備してるん丸見えやったし」

「一回落としたしなこれ」

 

二人はツッコミながらも、置かれた品物にそれぞれ手を伸ばし、しげしげと眺め始める。

 

「ふーん、ミニテーブルに木の食器……」

「あとスキレットかー。どしたんこれ?」

 

互いの手に持ったものを交換して、こんこんと軽く叩いてみたり、触感を確かめる二人に、千明はこほんと一つ息を吐き話し始めた。

 

「この前イーストウッド行ったとき、私らの下にキャンパー居たろ?」

「うん」

「あー車で来てたカップルな」

 

もう二週間前になるのかとあおいはしみじみと思い出し、自身を客観視できないコウタロウは仲睦まじい様子だったカップルに対する嫉みがにじみ出た口調で返した。

 

「彼彼女らはオシャレなテーブルやイスで寛ぎ、オフを満喫していた……」

「しかもカップルでな」

「……」

「その通りだ……。そして、それに比べてあたしらはどうだ? レジャーシート一枚で地べたに座り、寒さに凍え、薪は破裂するしなでしこは大食いだしコウタロウは指パッチンで火点けるし……」

 

千明の脳裏には、レジャーシートの上にろうそくが一本立てられ、寒さに凍えながらそれを囲うように寄り添って座る四人が夢想されていた。

そのあまりにも哀れな様子に、四人とも忸怩の涙を流している。

 

「あまりにもじゃねえか……!」

「いやもっと楽しそうにしとったし後半意味分からんし」

「あーなるほどな、そんで一式そろえてみた訳か」

 

まあ、野クルの金欠具合からくる装備の貧弱さ加減はよく知るところである。

確かにベテランキャンパーと比べると、あまりにもと言うのにも頷ける部分はあるかとコウタロウが納得顔で同意を返せば、くわっと勢いよく身を乗り出した千明に肩を揺すられた。

 

「その通りだ!! 私を無礼(なめ)るなよ小僧!!!」

「あき、近い近い」

「何でキレられてんの俺?」

 

あおいによって千明がコウタロウから引きはがされると、持っていたスキレットを眺めていたコウタロウが疑問を口にする。

 

「揃えたのはいいが、結構したんじゃないのか?」

「確かに、7~8千円くらいしそうやな」

「あー」

 

キャンプ道具がもれなく高価だという事は身に染みて分かっている三人。

しかし、そういえば先月のバイト代があるはずだし、それで買ったのだろうかと当然の疑問を口にした。

 

「いや、こんなもんだったな」

 

・スキレット    …460円

・なべしき     …190円

・木のボウル    …700円

・スプーン&フォーク…各90円

・テーブル     …470円

・ランチョンマット …370円     

計2370円

 

「安っ」

「お値段以上だな」

 

そのイイ感じの見た目とは裏腹に、予想外に手ごろな値段に思わず目を見開いて驚く二人。

同じような感じのものをキャンプ用品店で揃えようとしたら、十倍くらいするのではないだろうか。誇張抜きで。

 

へえと感心の声を漏らし、改めて道具をしげしげ見始めるあおいとコウタロウに、ランチョンマットをばさりと払った千明がその種明かしを始めた。

 

「ま、つーかこれ机じゃなくてキッチンラックなんだよな」

「いやいやそんな訳ある……ほんまや!」

「……関西人このノリ好きだよな(偏見)」

 

……もっとも、あおいが関西人かは物議が醸されるが。

 

「ぶっちゃけ、木皿と鉄鍋とネイティブ柄の布があればオシャレキャンプなんだと思う」

「ざっくりしとるなー」

「わかるわかる。LOGOSとかで道具揃えたいもんなー」

「色合いええよなー」

「いつかスキレットで肉焼いて食うんだ。そんで言いたい、『肉、食うかい?』って」

「誰に言うんだよそれ」

「……お前?」

「何故に疑問形」

「まあみんなでキャンプ行ってるってことやな」

 

 

 

 

「そういえばさ、今日なでしこは? お前とセットで来るもんだと思ったんだけど」

 

ひと段落ついてから、基本的に二人でいることが多いコウタロウに、その片割れがいないことを疑問に思った千明が訊ねた。

どうせ二人一緒にいるのだからと、メッセージもコウタロウにしか送っていないほどだから、普段の彼らの様子は言わずもがなである。

 

「テス勉するから帰ったってさっきコウタロウくんが言うとったで」

「まあ赤点は無いだろうけど、するに越したことは無いからな」

「言うとるであき」

「ぐぐぐ……」

 

と、ここで千明の携帯からメッセージの着信音が鳴った。

これ幸いとばかりに飛びつく。

 

「あ、とか話してたらそのなでしこからだぞ!」

 

 

『あきちゃん! にわとりが散歩してる!!』

【写真】

『ねこー』

【写真】

 

 

写真には、それぞれ道路を歩く一匹のにわとりと、塀の上の瓦でのんびりくつろぐ猫が写っている。

 

「あいつ、俺に送ると尻叩かれるの分かってるから大垣に送ってるな……」

「なかなか狡猾やな……」

 

千明は勉強してなさそうだと判断したから、というのもあるんやろなぁとあおいはしみじみ思った。まあ事実なのだが。

千明の携帯を覗き込めば、下校しながら出会うもの出会うものを取り留めもなく送っているらしく、続々と写真が送られてくる。

 

 

『わんこー』

【写真】

『ねえねえ、このわんこなんかコウくんに似てない?? 目がキッてなってるとことか!』

【写真】

『ダブルわんこ!』

【写真】

 

 

「「「……」」」

 

一枚目は散歩中の尻尾ふりふり柴犬、二枚目は何やらご機嫌斜めの大型犬の写真。三枚目は散歩中の二匹のチワワが。

犬のエンカウント率高すぎではないだろうか。

 

(な、なでしこォ! 本人いる! 本人いるからそんなこと言ってくんなァァァ!!)

(で、でもちょっと分かる気がする……かわいい)

(し、辛辣なでしこだ……俺のことそんなふうに思ってたんか……)

(コウタロウがメンタルにダメージ受けてる! 効果は抜群だ!!)

 

「て、ていうか、部活やっとる場合やないんやないの!?」

 

決して悪口ではないのだが、本人のいない所でいろいろ言われてるのがばれた時のような空気感を払拭すべく、あおいが口を開いた。

テス勉せなと続ける。

 

「あーだめだめ、前日ならんと尻に火がつかんタイプなんだわあたし」

「俺も数学に関しては割とそうだな。今更感あるし定義定理さらうくらいしかしない」

「わかるー」

「そんなもん分かるな赤点ギリギリあき。…コウタロウくんは今度うちで勉強会な。異論反論抗議質問口答えは認めません」

「お、横暴だ……」

「ご愁傷様だな、コウタロウ……」

 

なむなむと千明が手を合わせる間にも、なでしこからの着信は続く。

 

 

『軽トラわんこー』

【写真】

『わんこーーーーぅ! 君のことは忘れないよー!!』

【写真】

『Byつなよし』

【写真】

 

『帰って勉強しろ、つなよし』

 

 

「……お前、そう言うからには帰ったらテス勉するんだろうな?」

 

送った文面を見たコウタロウが半眼で問えば、そっぽを向いて口笛を吹きだす千明。

 

「知らんよ? あとで慌てても」

「フフフ、テスト直前に最大限のパフォーマンスを爆発させる……! それがあたしの勉強法だ!!」

 

大ぶりな動作で解説する千明。

 

(はっ、今のって、一学期も、中学の時も何度も聞いたセリフや……)

 

そのセリフをトリガーに、芋づる式に記憶が思い起こされる。そのセリフの後にいい点を取れたためしがないことも、かと言って赤点を取った記憶もないことも。

 

(もしかしてこれ、帰れなくなるパターンじゃ……?)

 

いつもの流れを察し、一人戦慄するあおい。

そんな彼女の懸念をよそに、眼鏡コンビは何やら話し始めていた。

 

「お前それただの一夜漬けじゃねえか。そんなもん勉強法とは言わんぞ」

「お前だってしてるじゃねえか!」

「俺はそれで点取れますし?」

「こ、こいつ……! お前はこっち側だと思ってたのに……!!」

「残念だったな。わたしの戦闘力(文系科目に限る)は53万です」

「もうだめだぁ、おしまいだぁ……」

「……そ、そんなだったら、この後勉強会でもするか? 幸い苦手科目なしの犬山もいることだし、文系科目なら俺が教えられるし」

「…………まあそれなら」

 

と、あおいの意識が戻るころには帰るという方向に舵が切られていたのだった。

 

「さ、それなら帰るか」

(ほっ……。よく分からんけど今回は帰れそうや)

 

安堵のため息をつきながら、出した小道具たちを片付け始める三人。

 

「早速木皿でスープ飲んじゃおー」

「勉強しろお前は」

 

ふと手に取ったその木皿の裏面を見て見れば、使用上の注意の欄が目に入る。

 

「ん、でもこのお皿、熱いのダメって書いてあるで?」

 

熱いスープは飲めないねと、何気なくそう言った。

 

「ンん!!?」

「え、まじで?」

 

千明は驚いた様子で駆けよってきて、手に持っていたスプーンとフォークを持ったまま木皿の裏面の使用上の注意を覗き込む。コウタロウもそれに続く。

重なるようにして説明書きを読み始める二人に、知れずあおいの眉が寄った。

 

「ホントだ…。熱い料理がダメ、匂いの強い料理ダメ熱湯がダメ、水に浸けておくのもダメ……」

「電子レンジも食洗器もダメだってな」

「こんなの何に使えばいいんだよっ!!!」

 

ピシャァァアンと雷をバックに千明がツッコむ。

こういった食器は、乾きものを入れておくといい。要はおつまみのお皿である。

が、そんなものは高校生の彼女らには縁の遠いもので。

 

「こう…サンドイッチ乗せるとか?」

「何だそのマヌケな使い方」

「あ、木のお皿にサンドイッチ乗ってる。興奮してきたな」

「それはサンドウィッチマン」

「ウィーン」

「続けるのかよ、そんで一体どこに入ったんだお前は」

「いらっしゃいませこんにちは! いらっしゃいませこんにちは!」

「ブックオフか」

「何でイヌ子は続きが分かるの!? 以心伝心か!」

 

コウタロウのせいで変な方向に脱線しながらも。

 

「と、まあそんな訳で、俺もサンドイッチ乗せる案には賛成だな」

「どんな訳があったのか欠片も分からんが、そんな用途にしか使えんとなると700円がメチャ高く感じてくるな……」

 

なんで熱いのがダメなのかと、千明が携帯を取り出し調べ始める。

 

 

 

 

「お、あったあった」

「んー?」

「どれどれ」

 

 

再度千明の携帯画面に三人の目が集まる。

 

熱いものがダメと書かれている木皿は、汚れ防止のためにラッカー塗料が表面に塗られているため、熱湯などを注ぐと熱で塗料がとけてしまうとのこと。

 

「『サラダなどに使いましょう』やて」

「あながちサンドイッチは外れてなかったな。まあ見栄えは悪いけど」

「塗料がとけるのが問題なら、ヤスリで磨いて剥がせばよくないか?」

「あ。手作り木皿でオリーブオイル塗って仕上げるとか、何かで読んだことあるわ」

「それだっ!!!」

 

あおいのその言葉に、天啓を得たと言わんばかりの表情でびしりと指をさす千明。

目をキラキラと輝かせて言った。

 

「今からやるぞ!! ヤスリがけ&オイル塗り!!」

「えぇーー……テスト明けでええやん」

「お前……べんき――」

「そんなもんは知らん!!!」

「えぇ……」

 

とは言いつつも、うきうきで張り切って先陣を行く千明にしっかりとついていく二人だった。

 

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

死んだと思った。

 

温かく朗らかに周りを照らす光がついえて真っ暗闇に一人取り残される感覚。

立っている足場が崩れて、自身すらも液体となってしみていくような感覚。

 

いつまでもそこにあると思っていたものが急にいなくなる喪失感に、俺はただ呆然と立ち尽くすことしか出来無かった。

 

 

「いや転校ごときで大げさすぎ」

 

幼馴染の土岐綾乃がばしりと頭をはたいた。

 

「痛い」

「コウぐぅん……!! や“だよ”お“……!!」

「なでしこもあんまコウタロに引っ付かないの」

「だっでぇ……」

 

綾乃がもう一人の幼馴染、なでしこを俺から引っぺがした。腰回りにあった温もりが薄れていく。

が、一時的に俺から離れたなでしこは、すんすんと幾らか嗚咽をあげると、また俺に引っ付いてきた。それを見た綾乃はため息一つ。

 

「はあ……」

 

まあ俺となでしこは二人で一つみたいなとこあるからね、仕方ない。

俺はぐずぐずとしゃくりを上げ続ける幼馴染を撫でてあげた。

 

今日は俺の引っ越し当日。

何を思ったのかうちの親には、ほんとに直前まで引っ越しするという事を聞かされなかった。スマホも買ってくれないし、引っ越しとか言う重要なことも教えてくれないし、もしかして俺、親に存在認知されてないのでは。

 

「泣くなってなでしこ。別に会えなくなるわけじゃないんだからさ」

 

ハンカチで目じりをそっと拭う。

しばらくの間なすがままにされていたなでしこは、俺がハンカチをしまうと、ぎゅっとしがみついてきた。またか。

 

「やだもん……。コウくん、やだよぉ……」

 

縋りつくように、いやいやと顔を振る姿を見てしまうと、言葉にできない苦しさが胸の底から這い上がってくるようで。

本当に今までの日常とは離れてしまうのだと、実感してしまう。

 

「はいはい。俺も会いに行くし、向こうに来てもいいから」

 

貰い泣きというわけではないが、なんだかそのままいると、こっちまでこみ上げるものがあって、強がってそれを隠した。

 

「約束だよ? ほんとだよ?」

「はー……。ああ、約束。絶対また会いに来る」

「うん……」

 

こみ上げるそれを、彼女には見せたくなくて。

適当な理由をつけていったん離れると、逃げるように家の中に入った。

 

家具などはもうすでに運び出して、がらんとした空間となってしまったかつての我が家。

自室だった場所に入ると、壁にもたれた。

もうこうしてここに居られるのもこれで最後と思うとやはり、寂しさを感じてしまう。

つうと、熱いものが頰を伝った、

 

「コウタロ」

 

ノック音と共に、綾乃が入って来る。

こちらの返事を聞かずにドアを開けるのは彼女の悪い癖だ。

気付かれないように目じりを拭う。

 

「綾乃か。どうした?」

「はいこれ」

 

そう言って渡されたのは、彼女のハンカチ。

ポケットから取り出したところを見るに選別の品とかではないようだが。

 

意図が分からず困惑していると、綾乃は仕方ないという風に肩をすくめるた。

 

「涙、拭きなよ。……なでしこが泣いたらあんたがいるけど、あんたが泣いたときは誰が涙拭くのよ」

 

言葉と共に近寄ってくると、ぶっきらぼうにごしごしと目じりを拭かれた。

知らず、涙があふれていたらしい。

……その大雑把さが、今はなんだか心地よかった。

 

「ほんと、何でもできるように見えて、結構強がりだよね。コウタロは」

 

そう言って、綾乃は背中に手を回してくる。

互いの距離がゼロになり、胸辺りに感じる彼女の吐息と、髪の毛が少しこそばゆい。

 

「さっきと逆だな」

「うるさい。いーの、もう少しだけ……ね」

 

普段から飄々としている彼女。その時だけ、なんだかとても儚く脆く見えて。

俺は、赤子をあやすように綾乃の背中をぽんぽんと叩く。

 

……強がりはお前もだろ。

 

「……綾乃」

「んー?」

「なでしこのこと、頼むな」

「ん」

「お前にも、ぜったい会いに行くから」

「うん……待ってる」

 

 





次回最終回(予定)


どのくらいの確率で最終回になるかというと、箱の中に猫と毒ガスを入れて猫が生きてる状態くらいの確率で最終回です。
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