本栖高校野外活動サークル△   作:sonoda

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夏もう一話続きます。

のんのんびより大好き人間なので書いていたい気持ちはあるのですが(元々夏編では映画版を書くつもりでしたがあまりの長さに断念した)、正直四話やるのは無謀が過ぎた……。夏が終わったらしれっと本編に戻ってるかもですが許して。

映画見て大人になったみんなを高校生に戻すためにアニメをもう一周しないといかん……


幕間 10年後の彼は 夏①

 

一条蛍です。

ここに来て、初めての夏が来ました。蝉の声はすごく元気いっぱいだし、太陽はじりじり暑いけど、気持ちのいい風が吹くからクーラーが無くても大丈夫。

 

そして私は、毎日早起きして……

 

 

朝とはいえ照り付ける太陽の陽ざしと、元気に鳴く蝉の声が降り注ぐ中。

神社の境内では、村の学生たち(五人)が、おおむね元気にラジオ体操に励んでいた。夏海だけは眠そうにあくびをかみ殺している。

 

『――体を横に曲げる運動。いち、に、さん、し――……』

 

夏海、小鞠、卓の母の雪子が、カセットラジオの横で音声の指示通りきちんと体を動かす五人を見守って――

 

「もっちょろけー…だんしんぐっ!!」

 

腰の入った全身旋回運動の後に、ぴたっと止まって左手は腰、右手は人差し指を天高くつきだしたペルソナ4ダンシングオールナイトポーズを繰り出すれんげ。

 

――まあ体は横に曲げてたけど。と、あくまで型にはまらないれんげをぽかんと見ていた。

 

雪子以外の三人(卓は動じることなく体操を続けていた)が、体を動かすのをやめ同じくぽかんとした目線を投げかけた。遠くにラジオの機械音声が聞こえる。

 

「……ふふん。どうですか、ウチのだんすは?」

 

れんげは同じポーズのまま、ドヤ顔で隣の夏海に聞いた。

 

「これ、ダンスじゃなくて体操だけどね」

 

 

 

 

その後ラジオ体操はつつがなく終了し、監督係の雪子が出席カードにハンコを押せば、各自帰宅となるのが通例である。

蛍の分を済ませ、れんげのカードに判を押しながら困った顔で雪子が言う。

 

「こういうのはかずちゃん達の役目だと思うんだけどねぇー」

 

流石にラジオ体操まで教師の仕事の範疇に加えるのはどうかという意見もあるが、これは町内会の催しなので近所に住む二人は普通に仕事の範疇だった。なんならたった五人の面倒くらい普段から見ろという見方もある。片方は身内だし。

 

そんな二人が何故いないのかというと。

 

「ねえねえは今日も寝てるのん」

 

一穂の怠惰ぶりをよく知る雪子の眉間にしわが寄った。

が、反対に仕事はきちんとこなす好青年というイメージのコウタロウがいない理由も気になる。

 

「コウタロウ君は?」

「ねえねえと一緒に寝てるのん」

「あ、あら……」

「「!!?」」

 

れんげのその発言に、後ろで並んでいた夏海と小鞠がぼん、と顔を赤らめる。

年頃の男女が一緒に寝ているとは、つまりそういうことで。

あの二人、前々から距離感が近いと思っていたが、まさかそういう……?

 

「昨日ねえねえが酔っぱらって、カタカナにお酒一杯飲ませてたん」

「「「あぁ、そういう……」」」

 

越谷母子の安堵の声が重なる。

どうやら心配は杞憂だったようだ。

雪子はコウタロウが酒に弱いことを知っていたし、そのことは唯一の男性教師が両親に家に招かれたときのことを覚えていた姉妹も把握していた。

 

「全くあの子は……。一度、ビシッと言ったらないかんね」

「言ってやって欲しいのん」

 

呆れた様子で雪子がそう言えば、姉の普段の堕落ぶりを身に染みて理解しているれんげが珍しく強くうなずいた。

 

そんな二人を見て、先生たちの思わぬスキャンダル疑惑から立ち直った越谷姉妹は、いずれ訪れるであろう一穂の不運(雪子からの雷)を予想し、顔を見合わせた。

 

「……朝の占い、『知人に災難が』だったんだよね」

「海行く前に、保護者がK.O.されないかな……。まあ最悪コータロいればいいけど」

「とばっちりくらいそうだよね」

「コータロが災難すぎる……」

 

結局どちらにも降りかかりそうな災難に、二人はため息を吐くのだった。

 

 

 

 

数年前。宮内家にて。

 

「いいかれんげ、問題だ。駄菓子屋から1つ10円のうまい棒を5本、1つ100円のチューパットを5本買いました。さて、合計金額はいくらでしょう」

「いやいや、まだれんげは三歳だよ? 百の位とか分かんないって」

「550円なのん」

「え」

「すごいぞれんげ、正解! おい一穂聞いたか今の! 三歳にしてもうこんな足し算ができるなんてれんげは天才か!?」

「確かに……。凄いなーれんげーうりうりー」

「ただいまー」

「お。ひかげおかえり」

「おっすお邪魔してる」

「姉ちゃん帰ってたんだ…って、げっ。なんでコウタロウ居んだよまたかよ帰れよ」

「ひかげ、先生にそんなこと言わないの」

「あーいいのいいの、ただのツンデレだから。こいつ俺のこと大好きだから。ねーひかげ」

「なっ、ぇ、は、はあっ!!? ぜ、全然ちげーし!!! むしろ大嫌いだし!! てか触んな!」

「な?」

「あ、うん……」

「それより聞けよひかげ、れんげがもう足し算できたんだよ。すごくね?」

「…………足し算くらい私もできたし」

「ふーん……。えーそうだったけー? あ、じゃあ問題。うちの山に木が1000本生えているとします。そこへコウタロウがやってきて、家を建てるからと木を100本引っこ抜いて行きました。さて、残りは何本でしょう?」

「おいおい、ひかげはまだ中一だぞ? 千の位とか分かるわけ……」

「分かるわ!!! 舐めるのもいい加減にしろよ!? 姉ちゃんも悪乗りするな!」

「「ごめーん」」

 

「……やれやれなんなー」

 

 

 

 

夏真っ盛り。

抜けるような青い空、遠くに浮かぶ白い雲、さんさんと輝ける太陽。そして、風と共に運ばれてくる潮の香り。砂浜に打ち付ける潮騒。

 

一行は、海に来ていた。

 

「海、来たねー」

「海、ですね……」

 

レンタルビーチパラソルの作る影の下には、レジャーシートに座る一穂と小鞠がいた。

一穂がクーラーボックスから冷えたキュウリを取り出し、丸かじりする横で、小鞠が感情のこもらない声でオウムを返す。

 

「てか、田舎だってのに何で海はこんなに人多いの?」

「多いですねー……」

 

同じくキュウリを取り出し、かじる。

 

「こんな田舎の海来たって、何もないってのにねぇ」

「里帰りの人とかじゃないですか……」

 

一穂達の視線の先には、れんげ、夏海、コウタロウが泳ぐのに飽きたのか砂で城を作って遊んでいた。無駄にクオリティが高く、遠巻きに写真を撮るものまでいる。

 

「こまちゃんは泳がんの?」

「……まだいいです」

 

そこに、シュノーケルを装着した卓が通りかかった。

夏海に手招きされ、そのまま寝かされる卓。

兄の顔に砂を盛り始める夏海。いたずらが顔に出ている。

何をしようとしているのか理解したコウタロウが、止めるでもなく卓に何かを尋ねていた。

 

「水着忘れたとか?」

「…………海眺めるのが好きなんで」

 

暫しの後に、顔に盛られた砂は超高クオリティでとあるアニメの美少女キャラクターになっていた。シュノーケルで空気口を確保しているため窒息の心配はない。

 

やり遂げたという表情で、額の汗を拭う仕草をするコウタロウ。

体は一般的な男子なのに、顔は本物と見まがうほどの彫刻となっている兄のギャップに、爆笑する夏海。一切抵抗しないのも拍車をかけて面白い。むしろどこか乗り気な感じさえあったレベル。

れんげは、コウタロウの神業もかくやという手さばきをずっと眺めていた。

 

「とか言いつつ、水着着ると中学生に見られないから嫌なんでしょー」

 

からかうような一穂の言葉。

がりっ、と豪快にキュウリがかじられた。

 

「そうですよ!!! …ぅ、せっかくそんなこと忘れて海満喫しようとしてたのに!!」

 

そのままリスもかくやというスピードでがりがりとキュウリをかじり続ける小鞠。

味もないのによく食べられるな……。

 

「あー……ごめんごめん。えー、こまちゃんって、今身長いくつだっけ?」

 

流石にコンプレックスという名の地雷を踏みぬいてしまった自覚はあるのか、何とかフォローすべく一穂が言葉を探す。

肝心な時に自分の先輩は役に立たないと、年甲斐もなく夏海たちとはしゃぐ彼をジトっと見た。まあコウタロウからしたら一切云われのないことではあるが。

 

キュウリをかじる手を止め、しょぼくれた様子で小鞠が告白する。

 

「140センチ無いくらいです……」

「でも周りに同い年がいないから分からないだけで、平均はそんなもんだよー」

 

嘘である

だがつとめて軽い様子で、手をひらひらさせて言う。こういうのはむしろ深刻な口調でない方がいいのだ。

 

「確か、14歳の平均は140センチくらいだったかなー」

「えっ、ほんとにっ!?」

 

嘯く一穂の言葉に、一転して明るい口調と表情で小鞠が訊ねる。

そのあまりの無邪気さに、逆にどもってしまう。

いや、もうここまで来たら貫き通すしかない。嘘が甘く優しいなら、真実は苦くて厳しいのだろう。知らぬ方がいい事実だってあるのだ。

 

「……やべえ、こりゃ口が裂けても明治時代のデータとは言えん」

「明治ッ!?」

「…あれ、言っちゃった?」

 

まあすぐににばれたが。

 

「私、明治の人よりちっさいの!? 140ってのもかなりサバ読んだのにっ!!」

 

案の定小鞠に肩を揺すられ詰め寄られる。

が、こまい彼女にそうされても、小動物が怒ってるような微笑ましさしか感じない。

肩を組んで落ち着かせる。

 

「まあ落ち着きなって。ほら、まだ中二だし、これからだよー。うん、すぐ大きくなるさ。……てか、サバ読んでたのかよ」

「うう……」

 

生徒の悩みをきちんと受け止め、優しい言葉をかけることができる彼女は、意外と教師に向いているのかもしれない。根っこは面倒見がよく優しい女性なのだ。

ちなみに、現在の14歳女子の平均身長は156・5センチ程度である。サバ読みを鑑みて20センチくらい差がある。果たして巻き返しは可能だろうか。

 

とそこに、

 

「すいませーん!」

「ん?」

 

向こうからこちらに駆けてくる影が一つ。

 

「水着着るの手間取って遅れちゃいましたっ」

 

手を振り現れたのは蛍だった。

髪はサイドで軽く束ね、青色のホルターネックビキニを身に纏い、パンツ部分には水着と同系統の薄水色のパレオをあしらう。普通小学五年生がビキニを着たりすれば、いわゆる「背伸び」感が拭えない所だが、蛍の発育(スタイル)の前に背伸びは窺えなかった。むしろ完全に着こなしていた。

どこがとは言わないが、今日来ている一行の女性の中でもトップのサイズを誇る。

 

「Oh……」

「ふにゃっ」

 

一穂はそんな小5()を認識すると、流れるような動作で腕の中の小鞠の目をふさいだ。

これは刺激が強すぎる。

 

「? 何してるんですか?」

 

そんな様子を見た蛍が、膝に手をやって身をかがめ不思議そうに聞いてくる。

十中八九無自覚だが、胸を寄せるポーズだ。小5にあるまじきバストが大きく谷間を作る。端的に言ってえっちである。

 

「い、いやあ、ちょっとしたゲームというか……。いないいない、ばぁ……」

 

そうして目隠しを外された小鞠が、現実(蛍)を直視してしまう。

 

「あぁぁぁぁ…ぁ………」

「……ね?」

「えっ?」

 

発育格差の前に崩れ落ちた小鞠と、いまいち状況がつかめない蛍の向こうからは、卓で遊んでいた二人が駆けて来た。コウタロウが後に続く。

そのうちの一人を見とがめると、一穂は鋭く指さして小鞠をなだめにかかる。

 

「のど乾いたー」

「じゅーすー」

「一穂ー、財布とっ……」

「見ろこまちゃん!! コウタロウの体を! 筋肉だよ筋肉!! 肉体美だよ!?」

「えっ何」

 

釣られて視線がコウタロウに集まる。

ボクサータイプの一般的な水着に、アロハシャツを着た、どこにでもいるような格好だ。

 

圧倒的質量の筋肉を除けば、だが。

 

フィジーカーのようなあくまでスリムな体に、大質量を閉じ込めたような彼の躰。近くにいると威圧感すら迸っているようだ。文字通り鋼の肉体である。

実際芸術的とすら言えるレベルであり、彼の人知を超えた身体能力を生み出す源がそこにはあった。先の写真を撮っていたものというのは、砂の城でなく彼の躰を狙ってのものである。

 

だが。

 

「そんなの見飽きたし……」

「あーうん。だよねぇ……」

「なんか知らんけど泣きそうなんだけど」

 

もう数年の付き合いになる彼女らにとっては、最初は驚きこそすれど、いまやコウタロウの躰は「当たり前」なのだ。新しい驚きはない。だって頼めば見せてくれるし触らせてくれる。

それは一穂も分かったようで、直ぐに話題を移し始める。が、絶望しきった小鞠の耳には入らない。

 

「ああ、そういえば飲み物だっけ……。飲み物なら、私買ってくるから……」

 

幽鬼の如くふらりと立ち上がる小鞠。

 

「い、いやすぐそこだし、ウチ行くよ?」

「いいんです、一人にしてください……」

 

そう掠れるような声音で呟くと、コウタロウが持っていた財布をもぎ取りふらふらと自販機の方へ歩いて行った。

 

「俺の金で買うのね……いやいいんだけどさ」

「ご、ごちになりまーす」

 

 

そして。

 

「……っ! …っ!!」

 

身近な異性の、超人的ともいえる肉体美に唐突にさらされた蛍が、赤面して鼻血を流し倒れたのは別のお話。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

数年前。あおいの下宿先。

 

「「かんぱーい!」」

 

各々が持つお酒の缶が触れ合い、様式美とばかりに喉を鳴らす音が続いた。

 

「っぷはー……」

「ふー……。そうそう、コウタロウくんも赴任先決まったんよね。結局どこになったの?」

 

大学も卒業を控えた年になり、互いに就職先の学校が決まったあおいとコウタロウは、二人きりでささやかなお祝いをしていた。他のメンバーはそれぞれ忙しくこれないとのことだ。

それならば仕方ない。各々の都合というものがあるのだ。仕方なく二人で自分の部屋でやろう。予定が決まった時、そうあおいはにっこり微笑んだ。

 

そんなあおいの疑問に、酒に強くない彼は、度数の低いチューハイを傾けながら歯切れが悪そうに答えた。

 

「どこ……うーん、どこなんだろう……。たぶん埼玉……?」

「なんやたぶんて」

「いや、旭丘分校って言う田舎の村の学校だって分かってるし、下見にも行ったんだけど、どこか分からないんだよな。確定していないっていうか、触れたらいけないっていうか……。なでしこの東京の方の家からあんまり離れてないってことは確かなんだけど」

「世にも奇妙な物語みたいな感じやな。あんま触れん方がいい?」

「ああ。たぶん世界の禁忌とかそんなん」

「なにそれ怖い」

 

そう言葉を濁す彼に眉根が寄るが、今度連れて行ってと頼んだら快くOKしてくれた。

来て欲しくないとかいう訳ではないようで、場所が分からないとは恐らく本当のことなのだろう。場所は分からないのに行くことは出来る。

……本当に禁忌なのだろうか?

 

「そうだ。場所って言えば、宮内って居ただろ? 一個下の」

「あーあのおっとりした感じの子。その子がどうかしたん?」

「俺の下宿先のアパートの隣人なんだけどさ」

「は?」

「いやここは怒るポイントじゃなくて……」

 

思わず低い声が出てしまった。

宮内一穂。二人でいた時に何度か声を掛けられたことがあったので記憶にあった。確か同じ教職も取っていたと思う。糸目でのんびりした雰囲気の、それでもどこか包容力のあるような、不思議な感じの後輩だ。彼の隣の部屋に住んでるのか……。もう四年一緒にいるのに知らなかった……。

 

「……で、その旭丘分校ってのは宮内の地元なんだと」

「は?」

「いやだから……」

 

それ、果たして偶然だろうか。

これが大規模な学校だったら、教師の数も多いし渋々納得できたかもしれない。でも、彼が赴任するのは分校だ。多くて数十人の生徒に対する教師の数は多くない。そんなところにわざわざ赴くというのも変だし、それがしかも隣に住む後輩の地元なんて……。

分からない。分からないが、宮内一穂の名前は覚えた。要注意人物として。

 

が、私が思い悩んでいる間にも、彼はペースを上げていたようで。

 

「あ、これうまいな。お酒と合う」

 

それはありがとう。また今度作って持って行ってあげるな。

 

「……あんま飲み過ぎたらあかんで」

 

お酒と一緒に色々のみ込んで、私が作った小料理を美味しそうに頬張る彼を、肘をついて見守る。

キャンプにはまって以来、料理を作るのは好きだし、こうして彼に食べてもらうのはもっと好きだ。いくらでも作ってあげたくなる。

 

「分かってるってー。なんか教師の数が足りないらしくてさー。住む場所も融通利かせてくれるって言うし、ラッキーって思って決めた。まあ想像の五倍くらい田舎だったけど」

「そんな適当に職場決めんといてよ……」

 

既にちょっと酔いが回っているらしく、普段のクールな表情は崩れ、火照った笑顔で衝撃的な事実を口にした。

思わずこめかみに手をやってしまう。

普段はしっかりしてるのに、こと自分のことになると途端にこうだ。

……本当に世話の焼ける人。

 

慣れた様子でリモコンをいじり、チャンネルを変更した番組を見ている彼の横顔を盗み見た。

 

出会ってもう何年になるだろう。

高校一年生の時に出会って、自分の気持ちに気付いて。

ちょこちょこアプローチをするものの、全く気付いてもらえず。いや気付いているのかもしれないが、全く態度は変わらなかった。私だけでなく、なでしこちゃん達への態度も、高校時代とさほど変化はない。

そして気付けば大学生活ももう終わりだ。

 

買って来たちょっと度数高めのサワーをあおる。

 

「あ、これ美味しい。コウタロウくん飲む?」

「おーじゃあ一口貰う」

 

ほらな。

普通ちょっとくらい意識してもええんやないの?

 

……鈍感でにぶちんなコウタロウくん(私の初恋の人)に、むうと頬が膨れる。

 

ねえ知ってる? 私、結構モテるんやで? 

告白だってよくされるし、連絡先を聞かれる事なんてざら。街中でナンパされることも、一度や二度じゃない。

 

でもね、一回も首を縦に振ったことは無いんよ?

 

だって、貴方が好きだから。本当に、どうしようもないくらい好きだから。

いつかなでしこちゃんも言っていたけど、私の初めてはぜんぶぜんぶ貴方にあげたいから。貴方の初めても、ぜんぶ私が欲しいから。

 

溢れる気持ちは止まらなくて。

 

「……好きやで」

 

思わず、ぽつりと出てしまった言葉。

言ってから慌てて口をふさぐが、もう遅い。

かあとお酒とは別に顔が熱を持っていくのが分かる。

 

彼がこちらを向いた。

 

……ど、どうしよう――

 

「え? ああ、俺もこの芸人好きなんだよな。わかるわかる、しっかり面白いし」

 

飛び出そうなくらいにドキドキと高鳴る心臓とは裏腹に、いつも通りの口調でテレビを指さす彼。一瞬何のことだか分からなくて、ぽかんとしてしまった。

 

……どうやら勘違いをしてくれたらしい。思わず安堵の息が漏れる。

 

「……ま、まあ私に言わせればまだまだやなー」

「どっちだよ。上げて落とすスタイルやめい」

「夫婦漫才師として旗揚げしてもええで? むしろそっちがいいかも」

「突然の進路変更! 就職先決まったばっかなのに!?」

「ふふふ」

 

まだ、もう少し。

こうして彼と笑いあう時間が愛おしくて。

 

少しずつでも、二人が近づいて行けるように。

まだ君のことは、独り占めできないから。

 

今夜は……おやすみ。

 

 

 









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