「お、来た来た」
あおいに手を引かれ試着室までやって来たコウタロウを千明が出迎えた。
その装いは来た時の物とは異なっており、制服の上に白黒の格子模様のポンチョを羽織り、頭には北欧の民族帽子(ロシアンハットだとかパイロットキャップ、シベリアンハットなど呼び方はいろいろある)を装備している。非常に耐寒性に優れていそうな服装だ。
「何だ大垣か。びっくりした、イヌイット的な原住民の方かと思った」
「お前それこの帽子だけ見て言ってるだろ」
如何にもびっくりした、というリアクションを取るコウタロウに、千明が北欧の原住民が被っていそうな帽子の耳当てをパタパタさせながらそう返した。
暖房の聞いた店内で冬装備は暑かったらしく、ふうと一息ついて帽子を外す。
「ああ、帽子外したらしっかり大垣だわ」
「何を着てもあたしはしっかり大垣千明だよ」
「いや、道でその格好のお前とすれ違っても分かる自信ない。絶対原住民的な人だと思うわ。お前はオデコというアイデンティティが消えたらただの美少女だっていう自覚持て」
「言ったなこのやろう」
そう言いつつ、千明は外した帽子をまた被る。目深い帽子によりアイデンティティが消え、ただの美少女が現れた(元から)
すると、予定調和と言わんばかりにコウタロウが騒ぎだした。
「あれ、大垣はどこ行った!? あ、すいませんカリブーの原住民の方、この辺にツインテオデコメガネが居ませんでしたか? なんか急にいなくなって」
帽子を外す。
「あ、大垣! ここにいたのか、心配したぞ。さっきまでカリブーの原住民の方がいたんだけどな…、あれ、その人はどこ行ったんだ?」
帽子を被る。
「大垣が消えた!! あ、原住民の方! 今までどこに……――」
「もうええわ!!」
「痛い」
あおいのツッコミにより永遠に続きそうな茶番が終わった。
「消えたり現れたり、その帽子はひみつ道具か! ひみつ道具の石ころ帽子か! 魔界大冒険で出てたやつ! って微妙に性能ちゃうわ!! …あきも悪乗りしない!」
「「ごめんなさい」」
指を立ててプンプン怒るあおいに、しゅんと項垂れつつ二人は、ツッコミの切れが凄いな…とひそかに感心していた。ドラえもん好きなんかな。
☆
「コウタロウくん、開けるでー」
「おー」
ドラえもん好きのあおいセレクトのコーディネートを数着試し、そして値段に驚愕(アウトドア用品店のものは何でも高い。でも時給は安い)し、残すところ最後の一着。
カーテンの向こうではコウタロウの制服を手に抱えたあおいと千明、そして騒ぎ(?)を聞きつけたなでしこが少し前から彼のファッションショーを待っていた。
そして、言葉通りあおいによってカーテンが開けられる。
「「「おー」」」
「……いやそんな出待ちみたいな感じで居られると恥ずかしいわ」
身延ボーイズコレクション。トリを飾ったのは守矢コウタロウ氏と、ネイティブ柄のオーバーカーディガン。まあハナからトリまでずっと彼一人だが。
その生地は薄手で、前にはボタンが二つだけついており、アウトドア用としては耐寒性が少し心もとない。両用とはいかず、これは普段着としての一品である。
実際Tシャツ一枚にこれを羽織るだけでいいので、普段のファッションがぞんざいなコウタロウにはありがたいものである。でも流石に「富士山スキーTシャツ」と合わせるのはNG。
「うんうん、ワイシャツの上から着ても結構ええな。下は制服だからあれやけど」
「襟があってもこれなら似合いそうだね!」
「Tシャツの上に着るだけでオシャレになるとか最強かよ。値段も前のと比べると手ごろだし、買っちゃおうかな」
「ほんと? なら私も買おうかなぁ……今はお金ないけど」
「なでしこちゃんはもっと似合うのあるよー」
きゃいきゃいと女子二人の批評が始まる中、何やらそのカーディガンをじっと見ていた千明。目があおいの手に抱えられた服とを交互に行き来する。
(さっきイヌ子が着てたやつって、あれのレディースモデルだよな……)
きっとこっそりお揃いとして買うんだろうなあと、最近親友の気持ちを察し始めた千明は、さりげなくなでしこをブロックするあおいを生暖かい目で見るのだった。
その後は四人で店内を見て回り、天井に吊るされたカヤックを見たり、登山用の本格的なリュックの大きさに驚いたりして、店内奥の展示スペースまでやって来ていた。
「おっきなテントだねー」
「ファミリー用のええやつやなぁ」
視線は自然とひときわ大きなテントに向く。先ほどコウタロウがその快適さを体感したものだ。勝手知ったる彼は、一人吸い込まれるように再びテントの中に入っていく。
「非常に快適だ。例えるならそうだな、何というかまるでこう、母のお腹の中にいるような……」
「じゃま」
「いたい」
げしりと千明によってコウタロウが端に転がされた。
千明は空いたスペースに寝転ぶと、何度か寝返りを打ってその快適さを確かめて満足げに頷く。
「うん、これはいい。レビュー星5つ間違いなし」
「寝てたら急に蹴飛ばされた件について。これはレビュー荒れるぞ、星1待ったなし」
「ふむ。二人で寝ても全然余裕があるな」
「聞けよ」
胡乱げな目線を向けるコウタロウは華麗にスルーして、千明がテントの説明書きを読み始める。
「ふーん、6人用かー。……そだ、イヌ子となでしこも入って来いよ」
前室部分のロッキングチェアの座り心地を確かめていた二人に声を掛ければ、目に興味を浮かべテントに入ってくる。
「わ、こんな大きいテントはいるの私初めてだよ」
「確かに、そんな快適ならちょっと確かめてみたいわ」
最大使用可能人数6人ならば、快適に使用できる人数は4人ぐらいだろう。
ちょうどその人数で川の字になって寝てみる。
「4人で寝てもまだ結構スペースあるね」
「100人乗っても大丈夫だな」
「いや上に乗るなら一人でもアウトや」
「中だとしても100人は無理だし」
「うわーんなでしこ二人のツッコミが心なしか冷たい!」
「えへへ、よしよし」
幼馴染に泣きつく同級生を白い目で見つつ、一行はテントから這い出てくる。
当てもなくぶらつく道中で、隣同士になったあおいがコウタロウに口を寄せて何事か囁いた。
「同い年の女の子に縋りつくのはちょっと無いでコウタロウくん」
「うっ……正直自覚はしてた。でもなでしこ相手だから安心するっていうか」
「……あんまりせんほうがいいよ、もう高校生やし」
「正論過ぎて辛い……。あんたそこに愛はあるんか?」
「何言うとるん、愛しかないわ」
と、先頭を歩く千明となでしこがある一角で立ち止まった。つられて二人も立ち止まる。
「あ、そうだマットだ」
「マット?」
「ああ寝袋マット。次のキャンプまでに何とかしなきゃだよな」
寝袋やマット類などのキャンプ寝具が立ち並ぶこのコーナー。
物珍し気にマットを眺めるなでしこが、そのうちの1つを指さして訊ねる。
「卵のパックみたいな表面してるねこれ」
「雑誌でよく紹介されとるやつやな」
「生卵乗っけて踏んでも割れてませんってやつか」
「卵パックみたいって思ったけど、ホントに卵乗っけてたんだ……」
ちなみに、マットは大まかに分けるとフォームタイプ、エアタイプ、インフレータブルタイプの三つがある。それぞれフォームタイプはウレタンで出来た折り畳み式で、エアタイプは空気で膨らませるもの、インフレータブルタイプは中にスポンジも入っているエアマットだ。
インフレータブルはコンパクトかつ寝心地もいいが、空気を入れなければいけない分パンクすると使えない。フォームタイプは寝心地はいいが結構かさばるためツーリングキャンプには向かないかもしれない。どれも一長一短だが、共通するのはどれも買うと高い。
「……そんなわけで、結局うちらは600円の銀マットしか買えへんのやけどな」
「見慣れたバッドエンドだ」
「まあ銀マットでも切ればそこそこコンパクトにはなるけどな」
「最悪コウタロウに全部持ってもらえばいいしな」
「人を便利屋扱いするのやめろ。持つけど」
「持つんかい」
三人が立ち並ぶ値札の値段を前に肩を落とす中、振り返ったなでしこが疑問を口にした。
「でも、マットってそんなに必要かな? 寝袋だけでもフカフカで寝心地いいよ?」
「地面からの冷気を防ぐ効果もあるんだよ。これから気温はどんどん下がるし、冬キャンでマットは必需品だぞ」
「せやなあ、イーストウッドの時は底冷えして途中で起きてもうたし……」
「だよなー」
数週間前の出来事を思い出し、苦笑いを浮かべるあおいと千明。
そんな二人の反応に、目をぱちくりさせるなでしことコウタロウ。
首を傾げつつ顔を見合わせる。
「そんな寒かったっけ?」
「んー、私はぐっすり寝れたけど……」
「さ、流石魔境静岡の民だな」
「コウタロウくんはまだしも、なでしこちゃんもほんま強い子やで……」
☆
「ただいまー」
「あ、おかえりなさーい」
「今日バイトだからまた出かけるね……って、何食べてるの?」
リンが帰宅して、何気なくリビングの母の方を見ると、何やら見慣れない菓子をぱくついているのが目に入った。
訊ねれば、ばれたか、という顔で母の咲が苦笑いを浮かべつつ手元のパッケージをこちらに見せてくる。
「うなぎパイ……? どうしたのこれ」
「あのね、お昼に守矢さんが差し入れてくれたの。息子がお世話になりましたって。ほんとに律儀でいい人よねぇ」
「こないだの四尾連湖の時の話?」
「そうそう、なでしこちゃんとコウタロウ君とキャンプしたんでしょう?」
なでしこと初めて会った時もうなぎパイをくれたこともあって、うちの家族は各務原家だけでなく守矢家とも面識がある。母親同士仲は良好のようで、たまに三人で出かけることもある。
というかうなぎパイくれすぎ。前回といい守矢家はうなぎパイを常備しているのだろうか。やっぱ浜松民はうなぎパイが無いと生きていけないのかな……? 前に浜松人の体は60パーセントが水分で残り40パーセントはうなぎパイで出来てるって言ってたし。
このペースで消費されていくとお父さんの分は残らないなと、夜に帰宅してくるであろう父親を憐れみつつ、私は個装のうなぎパイを一つ開けた。
私の分のお茶を入れに行くお母さんを見ていると、携帯に着信が入る。
(なでしこか)
『かりぶーなう!』
【写真】
アウトドア用品が立ち並ぶ店内をバックに自撮りするなでしこと、腕を組まされジト目で映り込む守矢の写真が添付されていた。
(かりぶー……あ、この間守矢と行った用品店)
相変わらず仲がいい様子にちょっとむっとしてしまうが、それでもそこに初めてあいつと一緒に行ったのは私だし、まあ引き分けみたいなものだろう。ぜんぜんくやしくない。
それより、ひと月に三回キャンプして今日は用品店にいるというなでしこ。一気にアウトドアにはまったなあと、たぶんそのきっかけを与えてしまっただけに、何だか嬉しい気持ちがある。
「テスト終わったし、キャンプ誘ってみようかな……」
「あら、もしかしてコウタロウ君を誘うの? リンったら大胆ねえ」
「!!?!?」
いつの間にか写真を覗き込んでいたお母さんが、からかうような視線を向けてくる。
驚愕の余り取り落としそうになるスマホを何とかキャッチして、慌てて画面を消した。
「ち、ちが……っ!! 誘おうとしたのはなでしこで……!!」
「へぇー? ふぅーん?」
ぜ、絶対信じてない……。
面白いものを見たと言うように、によによと微笑む母の視線に耐えかねて、私は着替えてくるとだけ言い残して逃げるように自室に戻った。
感情のままにどすどすと廊下を踏み鳴らしつつも、先の言葉を反芻する。
私が誘おうと脳裏に描いていたのは、本当はどっちだったのだろうか……?
へやキャン△
ここは旭岡分校。
夏休みが終わって、二学期最初の登校日。
「すいません寝坊しました! …でもウチが悪いんじゃないんです! 起こしてくれなかった姉ちゃんが悪いんです!」
どたどたと廊下を走る音と、がらがらと教室の引き戸が勢いよく開かれ、慌てた様子の夏海が登校してきた。二の句には責任逃れを始める辺り、中々肝が大きい。
「……って、あれ?」
と、自身以外の生徒は全員揃っている教室を見渡して気付く。
「先生は?」
「今日は遅刻してるみたいです……」
蛍がそう返す。まあ今日はというか今日もというのが正しい。
「……ねえねえは布団の中であと五分だけを一時間以上繰り返していたので放っておきました」
「なんだそりゃ」
朝早くから両親が畑に出てしまうため、基本的に一穂を起こすのはれんげの仕事だ。
が、流石にれんげにも我慢の限界というものがある。というかこのままでは自分が遅刻しそうだったので置いてきた。
「あーそりゃ起きない先生が悪いよ。しゃーない先生だねえ」
特大のブーメランが刺さっているのに気づかないまま、夏海はふうと自身の席に腰を下ろす。そしてジト目を向ける姉に気付いた。
「あ、ねえさんチッス!」
「なんかむかつくな!!」
☆
一穂が来ないので、仕方なく粘土遊びに興じる四人。
こねて柔らかくしながら、夏海が口を開いた。
「そういえばさ、コータロは今日どうしたの?」
今日も遅刻している一穂とは違い、一般的な社会人としての常識ある彼がここにいないというのは妙である。
「私も知らないんだよね。珍しいけど遅刻かなって思ってた。蛍は何か知ってる?」
「いえ……でも言われてみれば今までこんなことなかったですし、ちょっと心配ですね」
「遅刻をしてもまたかってスルーされるかず姉と、遅刻すると心配されるコータロ……」
「……一体どこで差がついたんだろうね」
どうやら三人は知らない様子。
となれば、自ずと視線はれんげに集まる。先生二人の片割れの家族という事もあるし、何か聞いているかもしれない。
れんげが口を開いた。
「カタカナなら、金曜日の夜に女の人と出かけたっきり帰って来てないのん」
「――な!?」
「えっ」
「はぁっ!?」
その衝撃的な発言に、夏海、蛍、小鞠がそれぞれ驚愕の声を漏らした。
ガタリと席を立った夏海がれんげの肩を揺さぶる。
「ちょっとれんちょん! それどういうことよ!? 女の人って誰? ウチの知ってる人!?」
「なっつん落ち着いてほしいん」
「これが落ち着いていられますか! コータロと結婚して一生養ってもらうというウチの将来計画が台無しになるかもしれない危機なんだよ!?」
「あんたそんなこと考えてたの……」
うぎゃーと吠える夏海に冷ややかな視線を向ける小鞠。
そんなことあるわけないだろとツッコミを入れつつ、しかしこんな田舎で彼以上の優良物件が存在しないことを鑑みるに、もしかして現実的に一番スマートな将来設計なのではと思ってしまう。
自分も彼のことは好きだし、むしろ割とアリではないだろうか……。
「コウタロウさんに女の人…………」
「蛍? どうしたの、顔真っ青だよ?」
「あっ、いえ何でもないです! それよりれんちゃん、その人ってどんな人か分かる?」
「いつもカタカナん家に来る都会の女なのん」
「と、都会の女……」
「あ、もしかしてほぼ毎週コウタロウの家に停まってる昭島ナンバーの車の人?」
都会の女というワードに心当たりがあったのか、小鞠が閃いたという顔でれんげに訊ねる。
23区外なのでぱっと見はよく分からない(失礼)が、昭島市は東京都にある都市である。かろうじて都会と言えなくもないかもしれない(失礼)
「その人ですん。ついでに言えば、キャンプ場造ってるから今日はゆーきゅうを取るってねえねえに言ってたのを聞きました」
ふんすとそう大事なことを後出ししてくるれんげに、他三人の肩が下がる。
「まってまってもうなんか情報が出過ぎてよく分かんなくなってきたんだけど」
「だよね……。東京の女の人と出かけただけじゃなくて、その上キャンプ場造ってるって言うのがもう意味わかんないし」
「ホント何なのあの人……」
「あ、あはは……。やっぱりすごいですね、色々と……」
取り合えず帰ってきたら東京の女について根掘り葉掘り聞いてやろうと決めた三人だった。