本栖高校野外活動サークル△   作:園田那乃多

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最近へやキャンの割合多い…多くない?
今回全体の半分くらいだよ。怠慢ですねコレは





三十一話

「「「はぁ~~~」」」

「……」

 

ハイチェアタイプのアウトドアチェアに座る女子三人から至福の声が漏れる。

 

「やっぱキャンプイスいいよなぁー」

「せやなー」

「……」

「座るていうより埋まるて感じがええよなぁ」

「快適過ぎだよねー」

「……」

 

座面にゆとりがあるため、感覚としては本当に「埋まる」という方が近い。一度座ったら抜け出せなくなる、悪魔の刺客である。三人娘のお尻には根が張っており、もう簡単には立ち上がれない。

だがしかし、そんな女子たちに憮然とした視線を送るものが一人。

 

「……俺、座れてないんですけど」

「「「あー……」」」

「あーじゃないが」

 

イスに埋まってアウトドアテーブルを囲む女子勢を立ったまま見つめるコウタロウ。姿勢よく傍で直立する様は瀟洒な従者にも見えるが、その表情は眉根にしわが寄っている。

 

「そんなこと言ってもここにあるのは三つだけやし」

「悪いなコウタロウ、このイス三人用なんだ」

「その辺のちっちゃいイスとか持ってきたらええやん。私の隣空いてるよ」

「ふ、あたしらはちっちゃいイスに座るお前をこのハイチェアから見下ろしてるけどな!」

 

どこぞのお坊ちゃまの如くその座り心地を見せつけながら煽っていくスタイルの千明。中々いい性格をしている。あおいは単純に一人だけ座れない境遇に同情しているが、お尻に根が張っているのでイスは差し出せない。しかたない。

 

「……」

 

と、突如コウタロウが千明のイスの裏手に回る。

 

「ど、どうした? あ、実力行使はだめだぞ! 暴力反対!」

「……――か」

 

彼の膂力をもってすれば普通にイスごと持ち上げられそうだと危険を察知した千明が防御姿勢をとる。が、コウタロウはじっと何かを見つめ何事か呟くと、一瞥もくれずに踵を返して歩いて行ってしまった。

残された三人に沈黙が降りる。

 

「……もしかして怒らせちゃったかな?」

 

普段打てば響くようにボケたりツッコんだりしている千明とコウタロウだが、らしくない彼の先の様子に、戸惑い半分罪悪感半分といった様子で千明が呟いた。

いつものノリのつもりだったが、もしかしたらどこか彼の琴線に触れるところがあったのかもしれない。

 

案外友情が終わる瞬間なんて些細なことがきっかけなのだ。そしてそれは、往々にして前兆なく訪れるし、元には戻れないものである。

 

そう思うと途端に不安になってくる。あたしが一言座ってみろと言っていれば、こんなことにはなっていなかった。もしかしたらなんか本当に足とか痛めてて座りたかったとか具合悪かったとかだったかもしれないのに!

 

「あ、あたしちょっとあいつのとこ行って――」

「あ、すいません店員さん、これ下さい」

「――くる、え?」

 

がたりと椅子から立ち上がり彼は何処に行ったと振り返れば、何故だか店員を引き連れた彼がこちらを指さし立っていた。

 

「はい、1万5千円です」

「後でレジまで持って行きますから」

「畏まりました、変更等ございましたら全然仰ってくださいね」

「はーい」

「――え?」

「はっはっはっは! 残念だったな大垣、これでこのイスは名実ともに俺のものだ。分かったらさっさとそこをどけい!」

 

呆然とする千明をよそに彼女の座るイスを指さし購入宣言。

ドヤ顔を決めた。

 

「……まあ値札見た後ニヤっとしとったしそんなことだろうと」

「……なんだよあたしの勘違いかよ」

 

千明からは後ろにいるコウタロウの表情などは見えなかったが、あおいとなでしこの二人は彼が何を見て何をしようとしていたかは大方予想がついていた。

それにしても、後先考えずに購入を決めてしまうあたり、意外とアホなのかも知れない。そんなアホの守矢に、ちょいちょいと手招きしてなでしこ。

 

「このイス買っちゃうとテーブルも高さ合わせないといけなくなるよ?」

「あっ」

 

しまったと言わんばかりの顔で表情を引きつらせる。本当に千明への対抗心だけで動いていたようだ。

 

「コウタロウくん意外と抜けとるとこあるな」

「あほだな」

「大丈夫だよ! 私がついてます!!」

「……うう、店員さんにキャンセルって言ってくる」

 

尚、店員に購入をあきらめると伝えれば快く了承してくれたが、申し訳なさすぎるので例のカーディガンは絶対に買っていこうと決めたコウタロウだった。

 

 

 

 

「つーか一通り見て思ったが、キャンプって大人の趣味だよなあ」

「だよねえ」

「このイスにしたって1万5千円だしな」

「富士急行って一日遊んで使いきれるかどうかってところやな」

 

イスの購入を断念したコウタロウは依然立ったまま忌々し気にそのブツを睨めつけた。

隣で座るなでしこがうむむと考え込むように呟く。

 

「やっぱり働くようになるとバンバン買えちゃうものなのかな?」

「んー、まあ自由に使えるお金は増えるやろなぁ。社会人になると金銭感覚が十倍変わるって聞いたことあるし」

「じゅうばい」

「そんで社会人が決算期の怒りによって目覚めると伝説の企業戦士、超社会人になる」

「すーぱーしゃかいじん」

「大体戦闘力は通常時の50倍と言われているな」

「せんとうりょく」

「ただ最近は円安の影響か超社会人にもインフレが進んでいてな」

「えんやす」

「神とか普通にいるしな」

「社会人の神ってなんだ? 経団連会長とかか?」

「けいだんれん…?」

「GAFA(Google Apple Facebook Amazon)のCEOとかじゃね?」

「がっふぁ……?」

「あーそれなら金銭感覚10万倍とかあながち間違いじゃなさそう」

「あ、あおいちゃんん……」

 

例の如く悪ノリを始めるコウタロウと、それに乗っかる千明。いつものやり取りである。

さきほどちょっとギクシャクしてしまった(と思っているのは彼女だけだが)だけに、千明の顔がほころんだ。

 

「こらなでしこちゃん困らせるんやめ」

「「すいませんでした」」

 

そしてあおいにツッコまれるまでがワンパターン。

何でもないやり取りだが、こういう何でもなさが千明にとって何より好きな時間だった。

普段からクラスでも明るいキャラで通っている千明だが、流石にノリの中で肩を組んだり軽くたたいたりするような男子はいない。

そういう意味で、気安くてノリのいい彼といるのは楽しいのだ。話が合うともいう。

 

「ツッコミで叩かれて何ニヤニヤしてんだよお前、引くわー」

「違わい!!」

「ぐえー」

 

つい顔に出てしまっていたのを誤魔化すように、立ち上がってヘッドロックをかましてやった。まあ全然本気じゃないが。こいつも抜け出そうと思えばいつでも抜けられるのは分かってるし、ただのじゃれ合いだ。

 

あー、イヌ子がこいつのこと好きじゃなければなー……。

あたしだって……。

 

「そういえば、あきちゃんてどこでバイトしてるの?」

「んぁ?」

 

なでしこのその言葉に彼女の方を向く。

そう言えば言ってなかったっけ。

 

「イヌ子が働いてるスーパーの隣だぞ」

「酒屋さんやな」

「そして俺のドラッグストアの向かいでもある」

「そうだったんだ!!」

 

連なる三店舗それぞれに野クルの部員がいる状況が珍しいのか、なでしこが感嘆の声を上げた。

もうすっかりバイト戦士の千明だが、一人で求人を探していた時は見つからなくて大変だったなと万感の思いを込めて声を漏らす。

 

「この辺高校生バイトの求人少ないから、コウタロウには救われたな」

「ホントになぁ」

 

ほとんど縁故採用みたいなところがあったため、本当にコウタロウには頭が上がらない。

彼が居なかったら文字通り万年金欠になっていただろう。

 

(バイトかぁ……)

 

ため息交じりになでしこ。

思えば、いつの間にか自分以外の三人はバイトをしているという事実。

そこにちょっぴり寂しさを感じてしまう。

少し、自分もバイトをしてみたいと感じるようになった。理想はコウタロウと一緒の職場で働くことだ。彼と一緒に下校して、そのままバイトに行って。同じ場所で働いて、同じ時間に終わって一緒に帰る。

考えるだけで幸せで、嬉しくて。隣にいる彼を見て頬が緩む。

 

(それに……)

 

先ほどいいなと思って、値段を見て諦めたキャンドルガスランプが頭に浮かぶ。

バイトしたらあのガスランプも買えるだろうか。他にも、自分のお金だと思うと欲しいものが色々浮かんでは消える。そのほとんどは食べ物だが。

 

「あ、そうだバイトで思い出した。新しい歴史の先生!」

「あー、田原先生の代わりに来た……名前なんやったけ?」

「鳥羽ちゃんな。黒髪ロングで糸目の」

 

育休中の田原女史の代わりに本栖高校に配属された、鳥羽美波教諭。

新任であり、落ち着いた雰囲気で物腰も柔らかく、(主に男子から)すでに抜群の人気を誇っている女性教諭だ。

 

「そうそう」

「優しそうな先生だよね」

「綺麗だしな!」

「「「……」」」

「え、なに」

 

古今東西、若くて綺麗な女性教師に男子生徒は心ときめくものだが、いつだって女子はそれを冷めた目で見ていることを忘れてはいけない。

 

(コウタロウまさか年上好きなんかな。桜さんのこともあるし)

(スタイルなら負けてへんし……)

(むー……)

 

女子全員からジトッとした目を向けられ、流石にたじろぐコウタロウ。

わざとらしく声を上げて話題転換を図る。

 

「そ、それで! それでその鳥羽ちゃんがどうしたんだよ? まさか公務員なのにバイトしてるとか?」

「違う違う、そんな訳あるか。…あの先生ウチのバイト先で『グビ姉』ってあだ名付けられてんだよ実は」

 

特別隠すことでもないが、千明は若干声のトーンを落としてそう話す。

 

「毎日欠かさず夕方にふらっと現れビール六缶パックを買って帰るらしい」

「へー、めっちゃ酒好きなんやなー」

「あーそれで平塚先生落ち込んでたのか」

「え、なんで?」

「『若いのに飲み勝負で負けた』って。二年の男子生徒に泣きついてたの見たぞ」

「ええ……いろんな意味で何やっとるんあの人……」

「平塚先生だってまだ若いのにな……」

「ホントもう誰か貰ってやれよあの人……」

 

(……んー?)

 

と、三人がとある現国教諭について思いを馳せ、そしてため息をついている横で。

 

(鳥羽先生って、前にどこかで会ってる気が……)

 

(するような、しないような……)

 

なでしこがグビ姉を正しくグビ姉と認識するまで、あとしばし。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

 

先日山梨の実家に帰った際いつものように各務原家におすそ分けに行ったのだが、ゼクシィとかVOGUEとかウエディングブックとか結婚系の雑誌が置いてあって「桜さん結婚するのかなあ」なんて思っていたら「それはなでしこのだよ」と言われ、驚愕の余り相手を尋ねたところ「え?」みたいな不思議な顔してきょとんとされた。俺を指さして。

 

静香さん(なでしこママ)は「え、しないの?」みたいにむしろ向こうがびっくりしていたようで、空気が地獄だった。今のところ誰とも結婚は考えてない。少なくともれんげが卒業するまでは旭丘から離れることができない以上、田舎暮らしを強いることになってしまうのだ。日々楽しそうに働くなでしこに仕事辞めてなんて言えるわけがない。

 

って、あれ。なんでなでしこと結婚する前提みたいになってんだ?

……まあなでしこ以外に結婚できそうな相手なんかいないけど。職場に出会いないし。小中学生に手を出したら犯罪だし。

 

彼女も俺ももう25歳だし、結婚を考えてもおかしくない歳だ。同級生には結婚して子供だっているやつもいる。

俺も小さい頃のれんげとか、子供とかを見て自分の子供が欲しいと思わないでもない。

 

「でも、都合が悪すぎるよな……」

 

まあ即結婚とかにはならないとしても、仕事を抱える以上タイミングというものがある。片道何時間かけて職場に通うわけにもいかんし。

あれ? そういえば最近桜さんが完全リモートワークになったって言ってたな……。

 

「結婚……。結婚かぁー……うーん」

 

先は歳のことを言ったが、俺個人は全く考えていなかった。ここ片田舎でのんびり働いて、休みの日に友人たちとアウトドアを楽しむ今の生活が愛おしくて。そこから何か変えようという気持ちが起こらなかったのだ。

 

しかし、実際どうなんだろう。同世代の結婚に対する気持ちっていうのは。

 

「考えても分からん。聞いてみるか」

 

一瞬で思考を放り投げると、スマホのメッセージアプリを立ち上げる。

五十音順に並べられた連絡先で、一番上に来る彼女にまずは電話をかけてみることにした。

 

『――コウタロウくん? どしたんこんな時間に』

 

夜も遅い時間にもかかわらず、そう言って彼女、犬山あおいは弾むような声を電話口から聞かせてくれた。

 

『遅くにすまん。ちょっと聞きたいことがあって』

『なになに? どのくらい学習指導要領に合わせなあかんか分からんとか?』

『その辺はうち割とルーズだからな、あんまり聞かないでもらえると……。いや、全然プライベートな話』

 

現場独自の裁量で動きまくりだからな。まあそこがいいんだけど。やることやれば後は自由を具現化したような学校だしうち。

と、プライベートな話だと告げた途端、電話口で一瞬息をのむ音が聞こえた。一瞬だが。

 

『…ど、どうしたん?』

『いやな、結婚――』

『ッうん! もちろんええよ!!』

『――ってどうおも、え? 今なんて?』

『えっ? あっ……あ、ああああああ間違えたぁぁぁああぁぁあっ!!!』

 

プツン

 

絶叫が聞こえてきたかと思うと、電話が切れてしまった。

何度か掛け直すが出ない。

少しして、『数日はそっとしておいて』とメッセージが来た。

 

全然よく分からんが、最後の「間違えた」という言葉からして多分仕事で何か重大なミスをしたのではないだろうか。深夜まで残業してたんだなきっと。

 

うちはマジで取り返しのつかないレベルのやらかし以外は、もう保護者から誰も彼も顔見知りしかいないので、「ごめーん間違えちった。てへぺろ☆」とか言っとけば何とかなる。

でもあおいのとこはそうはいかないもんな、ご愁傷様です。今度飲みに誘ってやろう。

 

俺は画面越しになむなむと合掌すると、今度は千明に電話してみた。

リンにも聞きたいが、仕事忙しいって聞いたし、夜遅くに電話は良くないだろうと思って遠慮しておく。千明? どうせ飲んでるからええやろ!

 

『おっすコウタロウ! どうした?』

 

ワンコールで出た。

予想に反して、きちんと呂律が回っている。飲んでないのか?

 

『んにゃ、今から晩酌ズラ』

『よかった安心した。家か?』

『ああ、一人寂しく月見酒だぜ』

『こっちは曇ってて見えないなー。そうそう、聞きたいことがあってな』

『んー?』

『突然だけど、もし仮に、千明に結婚したいと思うような奴がいたとして――』

『ぶほッ!? …ゲホゲホ!!』

『わ、どうしたむせたか?』

『……っ、な、何でもない。続けて』

『そうか? じゃあ続けるけど。…でもその相手は超ど田舎に住んでて、結婚するなら今の仕事を辞めないといけないとする』

『…………うん』

『それでも、結婚したいと思うか?』

 

息をのむ声が聞こえる。

そして、しばしの沈黙。

何秒か、あるいは何分かの後に、先より幾分かたい声音が聞こえてきた。

 

『……これはあたしの個人的な意見だけどな』

『おう、全然いいぞ』

『たぶん、今の仕事を辞めることはしないと思う』

『それってつまり――』

『けど! そいつとは結婚する。結婚したいと思う。……だって、別に、夫婦になったからって一緒に住まないといけないわけじゃないだろ? そりゃずっと一緒に居たいとは思うけど、でも、あたしはきっと、仕事をしていたい人間だと思うから』

『そっか、ああ、そういう考えもあるよな……ああ、そうだよな』

 

千明のその言葉は、目から鱗だった。

そうだよ、何も一緒に住むことは必須じゃないんだ。それに俺だってずっとこっちにいなくてもいいし、相手だってずっと向こうに居なくてもいい。

 

一つの天啓を得たみたいに、すとんと納得できた。

 

『ありがとな、聞かせてくれて』

『まあそれはあたしの場合だからな! しっかり考えとけよ!! メチャ恥ずかしかったんだからな!!』

 

ブツリ

 

千明はそう大声でまくし立てると、電話を切ってしまった。

ブツ切りされること多いな……。

それにしても、

 

「しっかり考えるって、何を……?」

 

まあ考えても分からんもんは仕方ない。

 

千明のおかげで結婚への懸念事項がクリアされてしまった。どうしよう。もう待ったなしなのか? プロポーズした方がいいのか? いやでも指輪は? 両家に挨拶は? ていうかそもそも誰に?

 

いまだ悶々とする思考の中、庭の玉砂利を車のタイヤが踏みしめる音がした。

聞きなれたエンジン音が止まる。

 

「やべえなでしこ来た」

 

そういや今日金曜か。なら来るわ。

ばたんと車のドアが閉まる音と、軽快に砂利を踏むブーツの音。

がちゃりと玄関ドアが開いた。

 

「コウくーん、ただいまー!」

 

いつもの彼女の声。

俺は一旦思考を脳のすみっちょに追いやった。そもそも別にそこまで急ぎの話でもないのだ。

ぱたぱたと廊下を小走りで玄関まで進む。

 

上り框に腰かけブーツを脱いでいた彼女と目が合った。

お互い一週間ぶりの再会に、自然笑顔がこぼれる。

 

「おかえり、なでしこ」

 

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