本栖高校野外活動サークル△   作:園田那乃多

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少し前にも同話を上げたのですが、大幅にというかほぼ書き直しました。




三十三話

 

12月も半ばに差し掛かったある日の早朝。

リンは、愛車のビーノを走らせ、上伊那の陣馬形山キャンプ場を目指していた。

 

『リン、おはよー』

『お、こんな時間に起きてるなんて珍し』

『今から寝るんですー』

『遅っ』

『ふふふ。そんで今日はどこに行ってるの?』

『守矢と二人で上伊那』

『長野かーまた寒そ……って、二人!? コウタロウくんと二人!!?』

『何で二回言ったし』

 

リンがコウタロウと二人でキャンプに行っていることを告げると、ことさらに恵那が驚いた。びっくりしているであろう様子を表す絵文字が連続で送られてくる。そんなに意外か。

 

何を隠そう今回はリンとコウタロウの二人旅である。

冬の冷涼な空気が肌を刺す中、気を抜けば緩みそうになる頬を抑えるリンの後ろには、コウタロウのバイクが続く。互いにインカムは持っていなかったので、意思疎通はあらかじめ決めたハンドシグナルで行っている。

原付の制限速度に合わせてもらっていることに若干申し訳なさを感じるが、今のように車通りが全くないならあまり気にはならなかった。

 

『……リンには後でゆっくり話を聞くとして、なでしこちゃんはどうしたのよ? 確か二人でキャンプ行くって言ってなかったっけ?』

『あー……』

 

なでしことキャンプに行く。それは間違いではない。いやなかった。昨日までは。

 

そろそろ休憩いれるか、いやでもあいつ疲れてなさそうだよな、なんてぼやっと考えながら、私は今日にいたるまでを思い返していた。

 

 

 

 

二日前。

 

「もう試験休みか……」

 

毎学期末は、テストが終わったら一週間余り授業が休みになる。教師たちが採点や成績付けの業務で多忙になるためだ。

休み明けは数日学校に通ったらもう長期休暇に入るので、感覚的にはもう気分は冬休み。

 

私は、なでしこに電話を掛けていた。

 

この間のキャンプで、なでしこに今度キャンプに誘うと言っていたこともあって、この試験休みは誘うにはうってつけだ。

多少の世間話を挟んでそう告げてみると、

 

『――試験休みにキャンプ!? うん行く行く!!』

 

ノータイムで了承の意が返ってきた。

まだ何時かも言ってないのに。いや嬉しいけどさ。

 

「南部町にある川辺のキャンプ場なんだけど。自転車で行ける距離の」

『いいねー!!』

 

南部町と言えば、なでしこと守矢が住んでいる町だ。初めて本栖湖で会った時、自転車で南部町から来たって言われた時はびっくりしたっけ。

二人の具体的な住所は知らないが、もしかしたら近所かもしれない。流石にキャンプ場まで歩いてくるようなことは無いだろうけど。あいつじゃあるまいし。

 

『……ねえねえリンちゃん』

 

そんな風に普段行くことなんてない南部町に思いを馳せていると、電話口でこちらを窺うような声音が聞こえてくる。

 

「どうしたの?」

『えっとね、もう一人……誘っちゃダメかな?』

 

麓キャンプ場での出来事を覚えていてくれたのか、私がワイワイすることが得意でないのを察しつつも、そう訊ねてきた。

一瞬身構えるが、よく考えればなでしこが誰を誘いたがるかなんて想像つくし、あいつなら……まあ別に構わないし。私からは絶対言えんけど。

口からは、自然と言葉が出てきた。

 

「守矢でしょ? いいよ」

『リンちゃんは大人数で行くの――えっいいの!?』

「うん。まあ守矢とは……仲いいし」

『ありがとうリンちゃん!! じゃあコウくんには私から伝えとくね!』

 

テンションが爆上がりしたなでしこは、そう言って勢いよく電話を切った。

おい、まだ詳しいことは何も話してないんだけど……。まあ後でメッセージ送ればいいんだけどさ。

というか、やっぱ誘う相手は守矢だったな。

 

「……」

 

真っ暗になった携帯の画面には、上がる心拍数を何とか抑えようとしている私が映った。

そのまましばしにらめっこ。だんだんと事態がはっきり飲み込めてくる。

 

守矢とキャンプ行くことになった。

 

「……ふへへ」

 

たったそれだけだし、急だったとはいえ前回もそうだったし、なんならなでしこもいるしむしろそっちがメインだけど。

それでも、私の心臓の音は高鳴ったままやむことは無かった。

 

 

 

翌日。

 

『リンぢゃああぁぁあぁん風邪ひいだぁぁ……っ!!』

「だ、大丈夫?」

『ひぐぅうううごべぇんんんん……』

「謝らないで、キャンプはまた今度に――」

『ううん、わだしに構わず二人で行っで! わだしの屍をのりこえでぇえええ……っ!!』

「おい死ぬな」

 

・・・

・・

 

『――おいどうする? なでしこ風邪ひいちまったけど』

 

なでしこから電話がかかってきて、少ししてから。

私も掛けようと思っていたが、先に事情を聞いていたのだろう、守矢が電話口でそう言った。

 

十中八九、ホントに行くのか的な話だろう。

なでしこは二人で行ってきてと言っていたが、冷静になってみると色々恥ずかしいというか、覚悟がいる事態になってしまった。

二人で遊ぶことはあっても、泊まったことなど勿論ない。……四尾連湖の時のはノーカン。

いやそもそも、守矢は私と行くの嫌じゃないのだろうか? だ、だって高ボッチ高原行くとき断られてるし。行くのやめるとか言い出されたらどうしよう……。

電話口でオロオロし始める私をよそに、守矢は話し始める。

 

『なあなあ、俺いいこと思いついたんだけどさ、せっかく二人なんだから、ツーリングキャンプとかどうだ? こないだ一回断っちゃったしさ、リベンジ的な』

 

あっ全然嫌じゃなさそう。

期待感があふれるような声音で話す守矢を見ていると、変に心配していた自分が馬鹿らしくなってきた。全然向こうも乗り気じゃん。よかった……。

ええいままよと言うやつだ。折角なのだから、私も二人旅を楽しむことにした。

 

「な、ならさ、ちょっと気になってたキャンプ場があって――」

『お、いいじゃん! どこなんだそこ』

「上伊那の方なんだけど」

『うんう…ってまた遠いな』

「そこはほら、ちゃんと私がリードするから。任せて」

『流石先輩。じゃあ、すまんが色々任せちゃっていいか?』

「ふふ、うん。大船に乗った気でいてよ――」

 

 

 

 

『という訳』

『へえー? ふうーん?』

『……なんだよ』

『べっつにー? よかったじゃんリン、ずっとコウタロウくんとキャンプ行きたいって言ってたもんね』

『な、なにを……』

『そんじゃ邪魔すんのも悪いし、私はそろそろ寝るよー』

『寝たらお土産無しな』

『ギギギギ』

 

 

それ以降、恵那からメッセージが来ることは無くなった。本当に寝たのだろう。いやもう朝日が出ているので本来は起きてくる時間なのだが。

 

と、何とはなしにぼうっとコンビニの駐車場から見える南アルプス市の山々を見ていると、頬にじんわりと温かくて硬いものが当たる感触。

 

「……」

「よ、おまたせ」

 

首だけ動かして隣を見れば、コンビニから出てきたコウタロウが、缶コーヒー片手ににへらと笑いかけていた。もう片方の手には、おにぎりなど朝ご飯用の軽い食べ物が入ったレジ袋。

こちらも表情を緩めて、差し出された缶コーヒーを受け取る。

 

「ん、ありがと」

「それ微糖だけど、ブラックの方がいいか?」

「いや、こっちがいい」

「おう」

 

そのまま二人して並んでコーヒーをすすった。

冷えた体にじんわりと中から熱が伝わっていくようで、そのせいなのか、この空気感がなんだかとても心地が良かった。

道中も話せたらよかったんだけど、インカム高くて買えなかったし。それに、ずっと話しっぱなしよりも、こうして並んで静かに時間を過ごすほうが好きかもしれない。

 

並んで停まっている二台のバイクを見つめる。

 

「そう言えば、今日はあのおっきいやつじゃないんだな。あれ、教習所で見たやつ」

「あースーフォアな、今日は家で寝てるわ。これはずっと30キロで走らせるのはエンジンに悪いかもって言って、親父が貸してくれたやつ」

 

以前に写真で見たCB400SFではなく、コウタロウが指さすスーパーカブ110を見つめるリン。

父親が普段通勤で使っているものだと、続けて言った。

 

「原付でごめん……」

「まっっっったく気にしてないから安心しろ。むしろまったり行けた方が色々見れていい」

 

制限速度の違いは当初から申し訳なく思っていたが、気にしてないと明るく笑うコウタロウの様子は、本当に気にしているようには見えなくて、安心感からリンの表情も緩んだ。

 

そうして二人並んであれこれ話しながら軽く朝ごはんを食べ、それが終わった頃。

 

ヴーー…ヴーーー……

 

コウタロウの携帯に、電話がかかってきた。

 

「守矢、電話鳴ってるよ」

「ん…、俺ゴミ捨ててくるから出といてくれーぃ」

 

一瞬画面を確認したコウタロウが、軽い調子でリンに携帯を投げ渡す。

 

「えっ、っちょ、っとと……!」

 

ひらひらと手を振りコンビニに入っていく彼の後姿を見つめ、簡単に人に渡すなよ……と内心呆れつつ、でもちょっぴりの喜色をにじませて、その相手――なでしこからの電話に出た。

 

「もしもし」

『…あっコウく――じゃない誰!? …って、あ、リンちゃん! おはようございます!』

「おはよう。ふふ、ごめんね守矢じゃなくて。今ゴミ捨てに行ってて」

『むーー……! 今からでも私も行きたいよー!!』

「いや風邪だろ」

『ふふん! 実は――』

 

と、ここでコウタロウがリンの背後からにゅっと体を覗かせる。

 

「「え!? 風邪治ったの!?」」

『あっコウくんだ!! おはよー!』

 

電話口で重なる声を瞬時に聞き分けたなでしこが分かり易く声を弾ませた。

 

「おはよ。そんで、具合はもういいのか? 温かくしてるか? 食欲は? ご飯ちゃんと食べてる?」

「お前はなでしこの母親か」

『うん! もう熱も下がってて体調もいいよー。でも今日は家で寝てなさいって言われちゃった』

「「当たり前だろ」」

 

スピーカーモードにした1つの携帯を覗き込む二人が声をそろえた。

布団の中のぬくぬくなでしこがたははと笑う。

 

『それで、二人はどこに行ってるの?』

「上伊那のキャンプ場に向かってるよ」

『かみいな?』

「長野の南の方だ。諏訪の方までぐるっと回ってな」

『あ、バイクで行ってるんだ? いいないいなぁー』

 

自身ではバイクに乗ることも、(まだ)コウタロウの後ろに乗って行くこともできないツーリングキャンプに、心底羨ましそうな声を漏らす。

いつかはリンともグルキャンをしてみたくて、その一歩目としてリンと仲の良いコウタロウも誘ったのだが、彼と他の女の二人だけの時間という事を改めて認識すると、なんだか心がもやもやした。いけないいけないと、首を振って思考を飛ばす。

 

写真を送るから、と電話口でのリンの最後の言葉で切れた電話をぽすりと布団の上に放ると、自身も布団にうずくまった。

 

「おなかすいたな……」

 

呟きが一つ、部屋にこだました。

 

 

 

へやキャン△

 

ある日の休み時間。

 

「コウタロウくん」

「んー? どうした犬山?」

 

机に突っ伏してぐでっとしていると、隣の席の犬山から声が掛かった。

のそりと起き上がって顔を向ける。

 

「こないだ二人でサイクリング行く言うたやん?」

「おーあったなそう言えば。あの後結局サイクリングじゃなくて街行っただけだったやつ」

 

ひたすら犬山妹ことあかりちゃんに煽られまくったあの日を思い出して、互いに苦笑い。

あの時はもう二人して自転車乗る気分でもなくて、甲府まで行って映画見て飯食って帰ってきた。普通に楽しかったわ。

 

「なー。また行こなー…ってちゃうわ。その自転車なんだけど、ちょっと前に見たらタイヤパンクしてて……コウタロウくん直されへんかな?」

「ママチャリだっけ? できるぞ。これでも俺は転校してくる前は自転車修理の鬼と呼ばれていたことがあったらいいのになー」

「ただの願望やん」

 

ジト目でツッコミを頂戴した。

とは言うが、自転車は俺の普段の足という事もあって、シティサイクルからスポーツ車まで簡単な整備メンテくらいなら出来る。でないと出先で詰むし。自転車背負って走ると周囲の目が痛い。

 

「まあ後半は冗談。パンク修理くらいなら全然出来るから」

「本当? なら放課後うち来てやって欲しいんやけど……」

 

試験休みまでもう直ぐという事もあって、今日も短縮授業だ。バイトも委員会も野クルも無いし、放課後は時間に余裕があった。

断る理由も無いので二つ返事で了承した。

 

「いいぞ。そのまま行けばいいか? いったん帰ってからのがいい?」

「コウタロウくんさえよければ一緒に帰らん? パンク直すためだけに家帰るの手間やない? 工具みたいなんはうちにあるから、それ使ってくれたらええし」

「そうだな、じゃあそうさせてもらうわ」

「うん。じゃあ楽しみにしてるわ」

「つってももうすぐ放課後だけどな」

 

 

 

 

「あー! あおいちゃんがまたコウタロウくん連れて来とるー!!」

「こらあかり! 変なこと言わんの」

「斬新なおかえりの挨拶だな」

 

放課後。

犬山家に着くと、開口一番犬山妹がそう言って飛びついてくる。

顔を真っ赤にして怒る犬山から逃げるように俺の腰のあたりにしがみついてきたちびっ子の口に、常備している飴ちゃんを放り込んで黙らせた。

ふ、これぞ策士……。

 

「ふう……。あ、コウタロウくん適当に上がって寛いどって。今飲み物とか持ってくるし」

「え、タイヤ直したら直ぐ帰るつもりだけど」

「ええからええから」

 

そう言って犬山と、飴をカラコロさせたままついてくるあかりちゃんに挟まれ、客間らしき部屋まで通されてしまった。

犬山が奥の方に引っ込むと、そこには俺とあかりちゃんだけが残された。

 

「前々から思ってたけど犬山家は全体的に和風テイストなんだな。日本家屋って感じだ」

「なあなあコウタロウくん! コウタロウくんは好きな子おるん!?」

「めっちゃ唐突じゃんどうした? てか飴食い終わるの早」

「ええから答えて!」

 

まあこのくらいの子は脈絡なく話はあっち行ったりこっち行ったりするものだが、それにしたっていろいろすっ飛ばしすぎだ。

座布団に腰を下ろした俺の肩をゆさゆさしながらテンションの高いあかりちゃんに、現実ってやつを思い知らせてやる。

 

「うーん、それに答えるにはまだ好感度が足りんな。出直していらっしゃい」

「ええー、もう何回も遊んでるやろ! まだ駄目なん?」

「そうだなー」

 

そう言うと、少し考えこみ、

 

「じゃあ、あおいちゃんなら?」

「んー、犬山でもまだ足りんなー」

「じゃあなでしこちゃんなら?」

「んーそれなら…ってんん? なんでなでしこのこと知ってるの?」

 

急になでしこの名前が出てきてびっくりしてしまった。二人が知り合う機会は無かったと記憶しているが。俺は全く関知していないけど、なでしこも社交性高いし、いつの間にか知り合いとかだったりするのかだろうか?

いつの間にか膝の中に座り込んできた幼女に訝しげに訊ねる。

 

「だって、あおいちゃんいつも言ってるし。なでしこちゃんはライバルなんやて」

「ライバル? なんか競争してんのか?」

「私も分からんー」

 

二人して顔を見合わせ、首をかしげる。

何か俺の知らんところで二人は競い合ってるらしい。平塚先生がいつ結婚するのかダービーとか、鳥羽ちゃんに彼氏はいるのか否かとか、物騒なことでもない限りはなでしこを応援したいところだが……。

まあ分からんもんは分からんし、「なんか競ってんの?」とかデリカシーのかけらもないことを聞くつもりもない。

 

俺の手で勝手に遊び始めたあかりちゃんの頭に、俺も勝手に頭をぽすりと乗せ、完全にリラックスモードに入る。彼女の体温で温かいので、非常に快適だ。

何となく二人して沈黙を守るが、ゆるい空気が流れる。

……というか犬山来るのおそくね。

 

「なーコウタロウくん」

「んー?」

「ほんとは今日は何しに来たん?」

「犬山の自転車がな、パンクしたって言うから直しに来た」

「え、それ昨日の夜お父さんが直してたで?」

「え……まじ?」

「まじ」

「OH……」

 

俺の手を頬にあててオーマイガーみたいにリアクションを取るあかりちゃん。

と、襖がすうっと開き、申し訳なさそうな顔をした犬山が湯気の立った湯吞み片手に入ってきた。

 

「こ、コウタロウくん……実は」

「パンクもう直ってた?」

「パンクもう直って…え、何で知ってるん?」

「あかりちゃんがな」

「にひひ」

 

今度はちゃんと自分の手でピースサインをするあかりちゃん。ちゃんと自分の手でするってどういうことだよ。それが普通だわ。

 

さて、まあそんじゃすることも無くなったしお暇するかな。身延まんじゅう食って帰ろ。

膝の中の幼女を隣の座布団にどかし、よいしょと立ち上がる。

 

「それじゃ帰るわ」

「えー!!? やだやだ、コウタロウくんもうちょっと遊ぼ」

「関西の方ではお茶が出るともう帰れってことだって言ってたし」

「それはお茶漬けな。まあまあ、せっかく来てくれたんやし、もうちょっと休んで行ったらええやん。お婆ちゃんも奥で待っとるよ」

「出た犬山家必殺俺を帰さない三段構え」

 

まずはあかりちゃんがごね、犬山がまあまあと嗜め、最後に犬山お婆ちゃんがこちらを待ち構えてくるのだ。お婆ちゃんが出てきたらもう勝てないので、お言葉に甘えてもう少しいることにした。

あの婆さんすげえきりっとしてるのに平気な顔でホラ吹くから苦手なんだよな……。

 

 

結局その日は犬山家で夕飯をご馳走になって犬山父に車で送ってもらって家に帰った。

 

 

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