本栖高校野外活動サークル△   作:sonoda

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映画観たいのにまだ観れてない辛い。
きっと観たらまた大人編とかやりたくなっちゃうんだろうな……




三十五話

 

「そういえばさ」

 

山頂の山荘「夜叉神ヒュッテ」入り口前の階段に並んで腰かけ、ぼうっと駐車場を眺めていたリンが口を開いた。

 

「なんでこんな所に車停まってるんだ?」

 

見れば、たしかに三、四台車が停まっていた。後ろの山荘は冬季休業中なので、そこの利用客というわけでも無さそうだ。車中に人の影もなく、無人である。

まさか幽霊ではと背中に冷たいものが走るリンの横で、ああと軽い調子でコウタロウが声を上げる。

 

「あそこの道行くと登山道になってんだよ。夜叉神峠とか鳳凰三山の」

 

そう言って奥の方にある登山道入り口を指さした。

釣られてみれば、確かに如何にも山入って行きますと言わんばかりの入り口が見える。

 

「ほんとだ」

「せっかくだし近くまで行ってみるか?」

「そうだな。わざわざこんなとこまで遠回りしたんだから、何もしないで帰るのはもったいない」

「転んでもただでは起きない精神いいね。流石シマリン」

「繋げて言うな」

 

そう言い合いながら、先ほど買った温かい飲み物片手に登山口まで歩いていく二人。

 

「『南アルプス国立公園・県立南アルプス巨摩自然公園 夜叉神峠・鳳凰三山登山口』だって」

 

駐車場からいよいよ山に入っていくという合間に建てられている看板を見上げ読み上げるリン。

別に大した感想は求めていないが、何となくコウタロウの方を向く。

 

「あ、俺ここ登ったことあるわ」

「え!?」

 

リンとしては、こんなところから登っていくのか~という初めて訪れる者同士ならではの共感を得たかった訳だが、さらっと事もなげにそう言い放つコウタロウに目を見開いて驚愕する。ちょっと飲み物こぼれた。

 

「いやな、うちの家系元々諏訪の神官らしくてさ、諏訪市に親戚とかいるんだよ。そいつに連れ回されてアタックしたことある。ってのを今思い出した」

「そ、そうだったんだ……」

「その時はここからじゃなかったけどな」

 

鳳凰三山は平均斜度や縦歩行時間など、初心者向けとは言い難い難易度の山々だが、過去に踏破経験があるという彼は流石というべきか、同行者の体力を褒めるべきか。

 

と、その同行者について気になったのか、恐る恐るといった様子でリンが訊ねる。

 

「ちなみに、その親戚ってどんな人なの?」

 

やっぱり、ザ・山男みたいな感じなのだろうか? なにせ彼と二人登山できるくらい体力お化けなのは確定なんだし。

 

「俺らと同い年の女子だな」

「え」

 

女子、という単語にぴしりと固まる。

年下でも年上でもなく、同級生の、女。親戚で昔から彼のことを知っていて、あちこち連れ回るくらいに仲がいい、同い年の女……。

 

「まあ神様が見えるとか言っちゃうやべー奴だけどな」

 

でも良い奴だよとコウタロウがからから笑って言うが、なんでまた女なんだよとか親戚ならセーフとかぶつぶつ繰り返すリンの耳には入らなかった。

コウタロウもコウタロウで、リンが付いてくるだろうと振り返ることなく階段に足を掛け登り始めた。

 

「お、熊出没注意だって」

 

十数段の石階段を上がると、東屋の前に掛けてある看板を指さすコウタロウ。

ぱたぱたと彼の傍まで寄り、その看板に目を通した。

 

『10月27日目撃情報アリ』 

 

(……まあこいつがいれば平気だろ)

 

付記してあるその目撃情報の新しさに冷たいものが背を流れるが、友人の圧倒的フィジカルという信頼感の前に恐怖感は氷解していった。自由狩猟(素手)で獣を仕留めてるとか言ってたし、熊くらい今更だろう。

というか本当にここまで来ると何かしらの能力の類なのではと思ってしまう。超人的な肉体を操る程度の能力みたいな。いやあるわけないけど。

 

ちらと隣人に一瞥をくれ、意識が彼に集中した時、

 

「おはようございます」

「!?」

「あ、どうも」

 

不意に、東屋の奥から凛と澄んだ声が掛かった。

突然のことにビクッと肩が震えるリンと、人がいるのが見えていたので普通に挨拶を返すコウタロウ。

 

隣で驚いた様子を見せた自分にからかうような目線を向ける彼は一旦無視して、どきどきと心臓が早鐘を打つ中リンも挨拶を返す。

 

「あなたがたも登山にいらしたんですか?」

 

サラサラの長い黒髪をストレートに下ろした、若くて綺麗なお姉さんだ。純和風を思わせながらもすらっと目鼻立ちが通っており、どこか儚げな印象を受ける。端的に言って美人だった。

 

(……また女の人)

 

自分が隣にいる以上この後何かあるわけでもないしさせるつもりもないが、リンは精一杯頑張って彼と距離を詰めた。ただ挨拶をしただけで向こうには邪な気持ちなど一切ないのだが。

 

じり、と半歩にも満たない距離を詰められたコウタロウはその訳の分からなさに怪訝な顔をしつつも、お姉さんと話し始めた。

 

「いえ、俺たちバイクで長野に行く途中なんです」

「あら、随分と遠くまで行かれるんですね」

「そうなんですよ。まあ冬の通行止めのせいで大分遠回りになっちゃったんですけどね」

「冬の通行止め?」

 

その言葉に首をかしげる山ガールのお姉さん。

まさかそれが何か知らないわけでもあるまいに、どういう事だろうと二人して顔を見合わせる。

 

「ここはマイカー規制で年中通行止めですよ?」

「「マイカー規制?」」

 

今度は二人が首を傾げ声をそろえる。

 

マイカー規制区間とは、観光地などの環境保全のため自家用車の通行を禁止し、代わりにシャトルバスなどを運航している区間のことだ。この辺りは公営の自然公園が広がっているため、基本的にこれ以上の通行は出来ないようになっている。

 

(じゃあいつ来てもバイクじゃ通れなかったってことか……)

 

自分のリサーチ不足にまたしても肩が落ちるリン。

とほほとため息を吐くと、気にするなとでも言うようにコウタロウが背中を軽く叩いてきた。

 

「気にしない気にしない」

「守矢……」

 

言うかのようにというか言った。

 

微笑ましい二人の様子を目を細めて眺めていたお姉さんが、ふと首をかしげ口を開く。

 

「お二人とも、バイクの荷台を見た限り大きな荷物を持っていたようでしたが、長野までは何をしに向かわれるのですか?」

 

立ち話もなんだとぽんぽんと隣に座るよう促され、二人並んで腰を下ろす。勿論間にはリンが座った。率先して座った。

 

「私たちキャンプに行くんです」

 

そう言って自分と彼とを指さす。

キャンプという答えは意外だったのか、お姉さんは一瞬まあと目を瞬かせた。

 

「こんな寒い中意外だって思います?」

「ええ、冬のキャンプ。最近はそう言った行楽も流行っているんですね。知りませんでした」

 

ずいと上半身だけ乗り出してにやり笑うコウタロウに、お姉さんがそう言って微笑んだ。

 

「い、いえ。一部の人がやってるだけと言うか……」

「ふふ、ならお二人はその一部の人というわけですね。確かに、キャンプは夏というイメージがありました」

「あ、俺もちょっと前まで、この人らなんでわざわざクソ寒い中外で過ごすんだろうもしかしてドМなのかなって思ってました」

「お前私のことそんな風に思ってたのかよ」

「あらあら」

 

観測史上最速の速さでリンがツッコんだ。

まあ寒い中なお寒い外に自分から出ておいて、温かくいるために高い装備を買いそろえる行為は、何も知らない人から見たら変態に見えるのかもしれない。

 

が、自分と彼とをつなぐ接点が、そう思われていたリンの衝撃は少なくない。心の隅でショックを受けていた。もしかして独りよがりだったのかなと、暗い方に思考が沈んでいく。

 

でも、とコウタロウが続ける。

 

「ここ最近、冬のキャンプの良さみたいなものを、こいつから教わりまして」

 

つらつらと、感情の読めない、けれどもどこか暖かな声音で、リンを指さす。

 

思い出せば、一番最初にキャンプをしたのは野クルで行ったイーストウッドキャンプ場だった。もちろん楽しかったし、また行きたいと思う。でもあの時は、部活の延長線上って感じでもあった。いや野外活動サークルだから間違ってないんだけど。

「キャンプ」の楽しさみたいなものを知ったのは、なでしこと志摩とでの四尾連湖だったんだ。この世で興奮すること色々あるけど、一番は友達とキャンプご飯食べることで間違いないからな。それを自覚したのが四尾連湖だった。

 

「それまでは割と流れでやってたとこもあったんですけど、そこから俺も好きになりました」

「……」

 

そういえば、守矢が野クルに入ったのもなでしこが居たからだったよな。アウトドアも嫌いではなかっただろうけど、特別好きだって話も聞かなかったし……。

 

ちょっぴり照れ臭そうに笑うコウタロウに、ふわりと微笑んでお姉さんが続きを促した。

 

「俺、今まで結構人に合わせて生きてきたんです。まあそいつが放っとけなかったってのもあるんですけど。だから、自分でこれが好き!みたいなのあんまなくて」

 

彼が言うそいつに、心当たりがあるリンがはっと顔を上げ隣に振り返る。

 

穏やかで、見たことないくらい優しい顔――まるで、なでしこにするみたいな表情のコウタロウと目が合った

 

「だから、感謝してるんです」

「――――っ」

 

一瞬目を見開き、頬に熱が迸っていくのを察知し即座に顔をそむけた。

朱がさす頬をネッグウォーマーで隠しながら、頭の中ではさっきのコウタロウの顔がぐるぐると思い起こされる。

 

 

……その表情が好きじゃなかった。

 

なでしこ(特別)だけに向けられる、その幸せそうな表情が。

 

図書室のカウンターで、校庭にいる野クルの部員の一人を見つめるその表情。

 

私は、それをただ眺めることしか出来なかったから。

 

私が声を掛ければ、あなたはいつもの表情に戻ってしまうから。

 

ねえ。あなたのその顔が、特別(なでしこ)だけに見せるものならさ。

 

今の私は、あなたの特別なのかな?

 

 

 

頭上でわー恥ずいこと言ったと守矢が慌てる声とお姉さんがそれを優しくたしなめる声が聞こえた気がするが、しばらく顔を上げられない私にはどうしようもないことだった。

 

 

 

 

 

へやキャン△

 

「なんだこれ? 松ぼっくり鼻人間か?」

「コアラだよぅ!?」

「い、言われてみれば……」

 

前回に続き野クルの部室では、何やらいつもとはどこか気の入り方が違うような気がしないでもない千明とあおいの二人を加え、四人揃ってなでしこの携帯の写真ギャラリーを眺めていた。

 

つ、とスワイプされた先には、先日作ったほうとうの写真が映る。

 

「あ、これほうとうやん」

 

一日に一回はほうとうを食べることで知られる(かは諸説ある)山梨県民のあおいが目ざとくほうとうに食いついた。

 

「うん、そうなんだ。ゆうべ初めて作ってみたの」

「ちなみに、もちろんそこにコウタロウは?」

「いたぞ(いたよ!)」

「おいしゅうございました」

「おそまつさまでございました」

「へーバターでアレンジするなんて、なでしこちゃんも一人前の梨っ子やなぁ」

「イヌ子のスルースキルが上がっている……!」

 

浜松コンビのノリをガン無視して、写真を見つめていたあおい。ほうとうがノーマルなものではなく、バターがトッピングされていることに気付いていた。

 

「えへへ、私ももう梨っ子かなあ」

 

あおいに褒められ(?)、ふにゃりと表情を崩すなでしこ。

が、その発言に待ったをかけるべくいやいやと千明が口を開き、

 

「ほうとうをアレンジしたくらいじゃあ、一端の梨っ子とは言え――

「――なでしこが山梨に寝取られた!?」

 

がたっと立ち上がり、顔面蒼白でそう叫ぶコウタロウにかき消された。普通にうるさい。

 

「ちょかぶせてくんなお前!」

「だ、だって生粋の静岡っ子だったなでしこが、たった数か月でもう梨っ子に……!! クッ…の、脳が破壊される……!」

「なんだその特に誰も得することのないNTRは」

「えーええやんなでしこちゃんはもう十分梨っ子や」

「イヌ子のスルースキル!!」

 

主にコウタロウのせいで想定されない事態に転がりつつある展開に、若干焦る千明。

が、そうとは知らない浜松コンビの二人。

 

「よ、よく分かんないけど、私はずっとコウくんと一緒だか――

「クソッ!! 俺とか綾乃が甘やかしすぎたばっかりになでしこが梨っ子に!!」

「お、おーいコウくーん……?」

「甘い……?」

 

と、はっとした表情で顔を上げる千明。

 

「そうだ! 笛吹の桃のごとく甘々なばっかりに、なでしこもお前も梨っ子になるのだー!!」

「勝沼のぶどうも忘れたらあかんで!」

「ど、どういうこと……?」

 

混沌を極める事態に混乱するなでしこ。正解。

 

「そういうことで二人とも! 梨っ子スタンプラリーは当然制覇したんだろうな?」

「うぇ、梨っ子スタンプラリー?」

「なんだそれは」

「ま・さ・か! コウタロウくん知らんのかいな??」

「……し、知ってらァ!」

「じゃあどんなのだよ?」

「……」

「すぐばれる噓つくんやめーや」

 

 





ちなみに親戚の女の子の名前は早苗です。
まあ登場することはありませんが。


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