「――へえ、お姉さん静岡の人なんですね!」
黙り込むリンをよそに山ガールのお姉さん(菊川昴という名前だと聞きだした)と会話に花を咲かせるコウタロウ。
出身地を聞いて、露骨にテンションが上がる。
「ええ。掛川という所から来ました」
「掛川! 近い! あ、俺も静岡出身なんです!」
「あら、世間は狭いですね。他県で静岡県出身の人と出会えるなんて。ちなみに、静岡のどちらなんですか?」
「浜松です! 掛川とは結構近いイメージありますね」
「そうですね、磐田市と袋井市を挟んで隣です」
「磐田も袋井も無いようなもんですし実質隣ですよ!」
「ふふふ、それは言い過ぎですよ」
昴もまた、偶然の出会いに手を合わせて喜んでいた。声にも喜色がにじむ。
取り敢えず彼は全磐田市民と袋井市民に土下座をした方がいい。というか本当に申し訳ない。
「掛川っていったら、やっぱりお茶が有名ですよね」
「そうなんです、よくご存じですね。……あ、もしよろしければ」
そう言って昴は自身のリュックの中に手を伸ばした。
何事とコウタロウがのぞき込む。
「これを持って行ってください」
そういって笑顔で手渡してきた。
「ほうじ茶には体を温める効果があるそうです。キャンプをされるとのことですし、夜はかなり冷え込みますので」
「え、いいんですか!? お姉さんの分は……」
おずおず受け取りながらも、昴自身の分が無くなってしまうのではと危惧するコウタロウ。ためらい、伏し目がちに彼女を見やる。
が、視線の先にはこころなしか先ほどよりも笑顔を深くした昴がいた。
「私たちの分はまだまだ持ってきていますので大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
そう言って大量のお茶を取り出す昴。一体いくつそのリュックに詰め込んできたと言わんばかりの量に、コウタロウは若干引いた。
「そ、そうですか……では遠慮なく。すいません、何もお返しできるものが無くて」
「いえいえ、お気になさらないでください。ほんのおすそ分けですから」
「め、女神……! 山の女神か! おい志摩! ここに女神が降臨なすったぞ! 手ぇ合わせとけ、絶対ご利益あるから」
100%の善の心で微笑む昴に、リンを揺り起こして拝むことを強要するコウタロウ。困惑する昴をよそに、はっとリンが我に返った。
「なむなむ……ほら志摩も!」
「な、なむなむ……って何させるんだよ」
「ふふふ、守矢さんは面白い方ですね」
「いやあそれほどでも」
「……む」
いつの間にかなんだか仲の良い感じになってるコウタロウとお姉さんに、これ以上はまずいとリンは会話の主導権を握るべく昴に話を振ってみることに。
「あ、あの! 今から登られるんですか?」
「ええそうなんです。でも一緒に登る友人が中々来なくて」
「志摩それさっき聞いた」
「えっ、あ、すいません……」
「いえ――
「ごめんねぇ~! 降りるインター間違えちゃって」
昴が口を開きかけたその時、茶髪で眼鏡をかけた人のよさそうな女性が小走りで東屋に入ってきた。
「噂をすれば何とやらですね」
どうやら昴の待ち人であったらしく、その女性に軽く手を振る。
そして笑顔でリンとコウタロウに体を向けた。
「大丈夫ですよ、今こちらのお二人にお話し相手をしていただいてましたから」
「どうもお話相手その1です。そしてこっちが」
「お、お話相手その2です……」
「あらー、どうもー」
胸に手を当てきりっと自己紹介を始めたコウタロウと突然話を振られ恥じらいつつ話すリンに、昴の友人ことメガネのお姉さんもにっこりと微笑んだ。
そして、4人揃えば何とやらと言わんばかりにしばしの間会話を楽しんだリンとコウタロウ。登山道に入っていく二人を見送り、停めてあるバイクまで戻ってくる。
「思わずお茶をゲットしてしまったぜ」
「な。お姉さんには感謝しなきゃ」
手袋を装着し、ヘルメットとバイクに乗る準備をしながらだらだら話し始める。
「行き当たりばったりもいい旅の楽しみ方、か」
「そうそう、俺そういうの楽しめるタイプ」
「それはさっき聞いた」
「そうだった」
苦笑しながら、でもありがとうと気持ちを込めて彼を見た。まあそれはそれとして私抜きでお姉さんと喋ってたのはどうかと思うけど。私が野球選手だったらけつあな確定しているところだ。
彼と目が合い、頷き合う。
「よし、それじゃ仕切り直して」
「いざ鎌倉」
「なんでだよ遠いわ。武士か」
「いざ長野ー!!」
「あ、ちょ守矢!」
ツッコむリンにいたずらな笑みで返すと、コウタロウはそう言ってフライングスタートを切った。慌てて追いかけるリン。
(全く……。まあ、こういうのもいいか)
ふっと微笑む。
(いざ長野!!)
☆
「あーようやく戻ってきたー」
「まあまあ時間はたっぷりあるし」
その後来た道を引き返し無事市内の方まで戻ってきた二人。
時間的にもちょうど開き始めたガソリンスタンドによって、小休憩の最中だ。
「にしても、守矢のそれ、燃費良いね」
「だろ。カブは燃費良すぎてガソリン無くなっても気づかないとか言うしな」
「いや分かるだろそれは」
物理的に走れなくなるんだからと、リンが呆れ顔で言うが、カブの燃費がいいのもまた事実。コウタロウは、今回の旅を往復しても一回給油するくらいで行けると目算していた。
まあ、燃費自体はリンのビーノも大して変わりはしないのだが。なんならタンク容量分ビーノの方がたくさん走るまである。
「あ、志摩みてみて」
「なに」
ガソリンスタンドのおじさんに二台分給油してもらっている最中に、暇を持て余したコウタロウが何かを発見。リンを手招きで呼ぶ。
「……わう?」
そこには、四肢を投げ出して全力でだらける犬がいた。
リードで繋がれているところを見るに、ここで飼われている犬なのだろう。
「豪快にだらけてやがる」
「ふふふ、この犬コロ、俺たちが何もしてこないと高を括ってやがるぜ。どうします親分?」
コウタロウがあくどい笑みを浮かべリンに訊ねてきた。
二人旅でテンションが高いリンは、にやりと笑い厳かに告げる。
「……守矢、やれ」
「了解!」
元気よくそう言ってコウタロウは、寝そべる犬を全力で撫でまわし始める。
彼に触れられて、犬も嬉しそうに声を上げた。寝そべりながら尻尾をぶんぶん揺らしている。
(……こいつ、何かに似てるんだよな)
そんな様子を見ていたリン。
(あー)
ぱしゃり。
一人と一匹が戯れる様子に見覚えがあったのか、無言で写真を一枚撮った。
☆
ヴーーッ、ヴーーッ
場所は変わって、各務原家はなでしこの部屋。
通知を知らせる振動に、布団の中でなでしこがもぞもぞと携帯に手を伸ばした。
「んぅー……あ、リンちゃんからだ」
『完全に一致』
【写真】
【写真】
「……?」
そこには、コウタロウに撫でまわされて嬉しそうに尻尾を振るガソリンスタンドわんこと、同じく彼と一緒にいて嬉しそうななでしこが添付されていた。
へやキャン△
だんだんと空が暗くなってきた。
開けっ放しの窓からは生暖かい夏の夜風が入ってきて、カーテンを揺らしている。
「コウタロウくん……」
彼の温もりが消えたこの部屋。
寝苦しい夜が続く今の時期。気温自体はまだまだ高いはずなのに、なぜだか心にぽっかり穴が開いてしまったみたいだ。なんだかとても寒い。
暖めて欲しいのに、傍にいて欲しいのに。
「コウタロウくん……」
つうと涙が頬を伝う。
呼びかけたところで彼が戻ってくるはずもない。
彼が出て行ってから、どのくらい経っただろう? 24時間? もっとかな、よく分かんない。何だか外に出る気力もなくて、一歩も外には出ていない。
大学の友達からメッセージがきてるけど、それに返信することすら億劫だ。通知が鳴っては飛びつくよう携帯を開き誰からか確認して、無気力に手放す。そういう作業じみたことを繰り返している。
座椅子にうずくまったまま、テーブルの上の「あるもの」に目を向けた。
そこには、君の残り香があった。
君が好きなもので、私の嫌いなもの。
「コウタロウくん……たばこ忘れてる」
またじわりと涙があふれてくる。
20歳になって、いつの間にか吸い始めていたたばこ。
体に悪いよって言っても、そのうちやめるなんて言って躱して。
でもそんな私を気遣って、いつもベランダで吸ってた。
彼がたばこを吸いに行くと、私はいつも部屋に一人残されて。
ぽつんと揺れるカーテンを眺めるのが辛くて、一口ちょうだいなんて言って、追いかけてベランダで並んで寄り添ってた。でも彼は体に悪いって一本もくれなくて、そうして私が拗ねて、やっぱり寂しくなってまた甘えて。
そんな当たり前にあった日常が、今はもうない。
「……」
君が置いて行ったたばこを手に取ると、不意に夜風でふわりとカーテンが揺れた。
思わずベランダを見てしまう。
でもそこに、君はいなくて。
また一筋、涙が流れた。
もっとちゃんと私を見ててよ。もっとちゃんと、って。
その言葉が、君には重かったのかな。
それとも、私がたばこ嫌いだから?
君がいつも吸っているたばこ。
たばこっぽい匂いの中に、少し香る甘い匂い。
一本取り出し、火をつけた。
「けほッ……っ」
吸い方もよく分からなくて、思い切り吸い込んだ。
強い衝撃に喉が焼かれるような感じ。
思わず何度もせき込んでしまう。
何が平和の象徴だ。
箱に写る鳩を涙目で睨みつける。
でも、ほんのり香る君の匂い。
ああだめだ、また涙が出てきた。
「コウタロウくん……会いたいよ」
少し苦い君の匂いに、やっぱり泣けた。
☆
数分後。
「おーい遊びに来たぞ……って何してんの犬山ァ!!?」
※別に彼とあおいちゃんは付き合っていません
へやキャンはコレサワ氏の「たばこ」という歌をベースにしました。初めて聞いた時から「これやりたい。てかやる」と思い続けて今回に至ります。
ちなみに箱にうつる鳩とは、ピースのことです。