『無事キャンプ場に着けたよ。ありがと助かった』
『よかったー!』
『なー言ったろー? あたしすげえ!!』
徐行運転で無事に陣馬形山キャンプ場に到着したリンとコウタロウ。
その報告と情報提供に感謝する旨のメッセージを送ると、すぐになでしこ達から返信があった。その文面にふっと薄く微笑む。
「……守矢も、ありがとな色々」
「どういたしまして!」
そして、到着時から何かもの待ち顔でこちらをちらちら窺っていた同行者にも感謝を告げる。事実本当に彼には感謝している。なんなら付き合ってもいい。
満面の笑みで返事を返すコウタロウの反応を見るに、リンのその言葉待ちだった様子。
大型犬みたいだなあとぼんやり思って、もしコウタロウが犬だったらと想像してしまい、慌てて思考を止める。なんだか無性に恥ずかしかった。
「まあ相棒だからな。このくらいどうってことない」
「相棒……いいねそれ」
「だろ」
そういいながらにやっと笑い、自身の荷物とリンの荷物をひょいと担ぐコウタロウ。
「あ、ちょ守矢」
「いいってことよ。相棒だから」
少々大荷物とは言えいつもは自分一人で持っていたし、反射的に手を伸ばしてしまう。しかしコウタロウはにべもなく歩き始めてしまった。
リンはなんだか悪いような気もしたが、存外に相棒という響きが心地よくて、小走りで彼の隣に走り寄るとそのまま並んで歩きだした。
「守矢」
「んー?」
「いいね、相棒って」
「相棒イコール荷物持ちのことではないからな??」
「そのまま設営も頼むぞ、相棒」
「お前の中の相棒は小間使いか何かか?」
……零れそうになる笑みを隠しながら。
☆
「この辺にするか」
キャンプサイトには二人の他に誰の姿もなく、貸切状態だった。真冬に山の上のキャンプ場にわざわざ来るもの好きはそう多くない。
ひゅうひゅうと冬の風が吹きつける寒空の下、リンは一人設営のためグラウンドシートを広げ始める。コウタロウはトイレに行っているためいない。
ポールを組み立てるのにも慣れたもので、手際がいい。あっという間に骨組みが完成した。
(守矢が帰ってくる前に出来たら、あいつのテントも建てといてやろうかな)
同じやつだから勝手も分かるし、と続ける。
持ってきているのは朝の時点で気づいていたが、その時は努めて意識しないようにしていた。向こうも何も言ってこなかったし。
だが、こうして無造作に置かれた自分と同じテントを見ると、なんだか嬉しいような恥ずかしいような、こみ上げてくるものがあった。カリブーに一緒に行ったことを思い出し、口をもにょもにょさせてにやけるのをこらえる。
(……あれ? シートが無い)
びゅうと一際強い冬風が吹き、ふと意識を戻して隣を見ると、先ほど地面に置いておいたグラウンドシートが無くなっている。
「しまった、風で飛んだのか」
あまり遠くへ飛んで行かれるとまずい。そこらに転がってクシャッとなっているシートを拾い上げ、手早くインナーキャノピーを骨組みに吊り下げていく。
「ふう、後はペグ打って――
と、風がびゅうとさらに一際強く吹きすさぶ。
目の前のテントがゆらりとたわんだかと思うと、一瞬の後にごろごろ転がっていく。
「なっ……」
機転を利かせグラウンドシートが飛ばないように足で押さえていただけに、追いかける初動が遅れてしまった。
童話のおむすびもかくやというスピードで風下に転がっていくテント。それはあっという間にリンのいる場所を離れ、風下、つまりはトイレの方に向かっていく。
そして。
「やっぱ寒いとトイレが近くなるな。……歳か――ぶべっ!?」
折よくトイレから出てきたコウタロウに直撃した。
「あー守矢……」
気の毒そうな、それでいて安堵の声が混じるリンの呟きが風に消えた。
☆
「なー寒いとトイレ近くなるよなやっぱ」
「そうだけどそんな話私以外の女子の前ですんなよ? デリカシーないなほんと」
「や、志摩話しやすいからさ。相棒だし」
「それ言えば何でも許されるわけじゃないぞ全く……」
「相棒、あったけえ飲み物飲みたい」
「はいはい今淹れるっての」
「相棒、お姉さんから貰ったほうじ茶どこやったっけ?」
「ここにあるよ。お前の荷物漁った」
「相棒、今度の委員会の当番休んでいい?」
「それはだめ」
「えー」
そんな会話をする二人の姿は、キャンプ場内の展望台にあった。
協力してテントの設営をした後。他に誰もいないので、上にクッカーなどを持ち込んでお茶をしようというリンの提案に1も2もなく同意したコウタロウ。
並んでキャンプチェアに腰かけテーブルにクッカーや肉まんなどを並べ、標高1445mから望む信州の夜景に見入る。冬の山の空気は冷涼で肌を刺すようだが、それでもここからの景色は格別だった。ソロで諏訪に行った時もよかったが、こうして並んでみる夜景もいい。リンは隣でぎこちない手付きでクッカーでお湯を沸かそうとするコウタロウを横目で見てそう思った。
「……ああ、もう、そうじゃないよ」
「お、すまん助かる」
彼の方のクッカーでお湯を沸かしている間、リンはホットサンドメーカーを取り出しとある料理の準備を始める。
「両面にバターを塗って、肉まんを挟んでプレス……」
「これ絶対うまいやつ~」
隣でCMソングを歌い始めた奴はとりあえず放置して、軽く焦げ目がつくまで焼いていく。
「完成」
「うひょー美味そう。それで肉まん食うなって言ったわけか」
「そ。これ前からやってみたかったんだ」
「バター塗ってるからモチッとした豚まんもいい感じに焼けてるし、何よりこの匂いがたまらん。どこで知ったんだこれ?」
「『cook recipe』っていう料理ブログ。色んなジャンルのレシピあって最近ちょくちょく見てる」
「『cook recipe』ね……」
リンがキャンプ飯に興味を持ちだしてから見つけたブログだが、もちろんコウタロウは知っている。だって各務原家がやってるブログだし。
だがそれを今言うのはなんだかもったいない気がして、言うのはやめておいた。もっと面白そうなときに言うべきだ。何も知らないリンがなでしこの前でブログのことをべた褒めしてる時とか。
「お、お湯も沸いた。ほうじ茶淹れるか」
「ん、頼む。お前の肉まんも貸して」
「ほれ。食うなよ」
「食わねえよなでしこじゃないんだから」
「ははは確かにあー美味い。え、ウマいなこれ」
「お前が食うのかよ!」
がばりと横を向けば、先に焼いておいた分(ちょっといい豚まん)を齧っているコウタロウが目に入る。ふざけるなそれは私の豚まんだ。
一緒に食べようと思っていたのもあり、フライングされ憮然とした表情で手を伸ばして取り返そうとする。
「ちょっ守矢それ私の――むぐ」
サクサクパリパリの表面に、豚まんの餡の豊潤な旨味が口いっぱいに広がる。
突然のことに目を白黒させる私に、守矢はいたずらが成功した子供のように無邪気に笑う。
「な? 美味しいだろ?」
「……うん」
遅ればせてそれがあーんだったことに気付き、何も言えなくなるリンだった。
へやキャン△
「好きです。付き合ってください」
自分に向けてなら何度かは聞いたことのあるこのセリフ。
俺が初めて口にしたのは確か、20歳になった日だったように思う。もっと子供のころにも拙いながらそういった類の言葉を吐いた覚えがあるが、所詮子供の言と流されたように記憶している。そこから何となく大人になればあの人と釣り合える気がして、20の誕生日に思いを伝えたんだ。
「……ごめんなさい」
そうして、あの時も断られたんだっけ。
十何年と温め続けた思いが拒絶されて、あの時は相当ショックを受けた。それがきっかけでたばこを吸うようになったくらいだ。いや、薄々は分かっていたんだけど。あの時は若かったから、何の根拠もなく大丈夫だと決めつけていたんだ。
「きっとあなたには、もっと相応しい人がいると思うから……」
あの時と一言一句違わない台詞。
でも、心なしか5年前より苦しそうな表情で、俺の初恋の相手。桜さんは俺を振った。
☆
25にもなれば、結婚する同級生がちらほら現れる。最近は晩婚化が進み25歳で結婚というのは早い方ではあるが、俺も友人の結婚式に参列した記憶は新しいものだ。
「はあー……」
生徒達の帰った校舎。その裏に隠すように設置してある灰皿でたばこの火をもみ消すと、深いため息を吐いた。
桜さんに振られてから幾月が経過し、流石にもう切り替えてはいる。そもそも、いつまでもうじうじだらだらしてる俺の未練を吹っ切るために玉砕覚悟で臨んだ告白でもある。
ただ、五年前にも言われたあのセリフ。それが頭から離れない。
それが誰のことを指しているのか分からない訳はない。というか少なくとも四人には最初のセリフ言われてるし。あの時は桜さんを理由に断ったが、子供の頃とも、弁え始めた頃とも、将来を見据える今になっても、想いが届かないとなっては素直に引き下がるしかない。というか桜さん普通に彼氏いそうだし。実際いたら発狂しそうなので聞いてはないけど。
「とはいえ、だ」
二本目に火を点ける。
サビ残だし誰に文句を言われるでもない。
多分だが四人のうち誰を選んでも付き合うことができるだろう。もし仮に彼女らに既に気になる人ないし彼氏がいたとて、もう俺が何を言う資格はない。それは受け入れるべきことだ。誠に勝手ながらちょっとショックではあるが。
「なでしこに関してはそれはないか……」
遠距離を感じさせないペースで会っている彼女の事を思う。
それがどんなベクトルであるかは置いておいて、四人のうち一番大きい感情を抱いているのは間違いなくなでしこだ。なにせ一番付き合いが長い。漠然とだが俺がいなくなったら闇落ちするのではと思うくらい目いっぱいの好意を伝えてくれている。
「いやいやなんだよそれ。キモいこと考えてんじゃねえぞ俺……!」
本命に振られたから行けそうな四人から選びますって完全にヤバいだろ。クズ男の思考だ。アンタそこに愛はあるんかって女将さん怒鳴り込んでくるぞ。
「まず一番大事にしないといけないのは、向こうがどう思ってるか。そんで俺は誰を好きになるのかってことだ……よな」
正直に言って、桜さんに抱いていた感情と同レベルで好きになることは難しい。
いくら吹っ切れたとはいえ、そんな簡単にハイ切り替わりましたじゃあ次行ってみようとはならない。機械じゃないんだから。
ただ、こんな俺を好きでいてくれ続けた人でしか、俺が好きになることは無いようにも感じる。今後は恋愛対象であるという前提で、あいつらと接していくだけだ。
「よし」
三本目に手を伸ばし、やめる。
幸い俺らは25歳。世間的にはまだまだ若いと言われる年齢だ。晩婚化の影響で結婚でもそう。
さんざん待たせておいて本当に申し訳ないが、もうちょっとわがままを言わせてくれ。もう少しだけ待っていてくれ。絶対に、誰にも文句言わせない答えを出すからさ。
そう……
「俺たちの冒険は、ここからだ!!」
(なーに騒いでんだあいつは)
完
まだ完結しません