同日の、場所は変わってリンのいる麓キャンプ場。
「ふじさん……」
夕日に照らされピンクめいてきた富士山をぼうっと見つめれば、頭に浮かぶのは先日の出来事。
『この間はありがとう! 同じ学校だったんだね!!』
『あ、そうだリンちゃん! 私たちと一緒に野外活動サークルやろ……う』
あの時は一人キャンプの時間が脅かされるのがなんか嫌で、つい顔に出てしまった。
転校生…各務原なでしこのシュンとした顔が思い起こされ、私は少し罪悪感を感じてしまっていた。
各務原なでしこといえば、思い出すのは同じ図書委員で割と仲のいい男子、守矢コウタロウのことだ。
守矢との関係を聞いたときはびっくりしたけど……。幼馴染と転校先で再会とかどんなラブコメだよ。
普段無表情と言うか、顔が死んでる守矢があいつの前だとあんな顔するんだって知って、なんか少し変な感じした。
「私だけだと、思ってたんだけどな」
守矢が転校してきたとき、少し話題になった。いろんな意味であいつの見た目が衝撃的だったからだ。それからだんだんよく分からない噂が出回り、あいつは「クールな転校生」から「変人で顔が死んでるけどかっこいい転校生」にジョブチェンジした。
でも、あいつは進んで友好関係を広げたりはしなかった。周りも興味はあるくせに殆んど話しかけたりはしてなかったし。
……私だけだと思ってたんだ。
同じ委員会になって、ちょっと他の人より話す機会があって。連絡先を交換して、お互いお勧めの本を教えあったりして。
ここまで仲良くなった男子なんて初めてだったから、舞い上がってたのかもしれない。
他の人が話しかけたくても叶わない人と、仲がいい自分に酔っていただけなのかもしれない。
「私だけが特別じゃ、無かったんだ」
自分にとって特別な誰かでも、その人にとって自分はそうでない、なんて。
「……って、特別って。そういうんじゃないし」
……誰に言い訳してんだろ私。
別に恋愛感情があるわけではないけど、何となくこのもやもやは気持ちが悪い。
それに、だからといってあいつと仲がいい各務原なでしこのことが嫌いとかいう訳でもない。そもそも私は守矢のこと好きじゃないし。全然。
「…ンちゃーん」
もう……分かったって。
「りんちゃーん」
「だから分かったっての!」
なでしこの幻聴まで聞こえるとは、相当考え込んでしまっていたようだ。お前のことはむしろ割りと好意的に見てるから安心してくれ。
独り言と分かっていても、つい大きな声で反応してしまった。
「やっぱりリンちゃんだー」
「ふおっ!?」
大きな荷物を抱えたなでしこが実際に立っており、思わず変な声が出た。
びっくりした。幻聴に反応したら本人いたとか……。
「なな、なんでこんなところに??」
いつもの笑顔でニコニコ笑うなでしこに、心臓をバクバク言わせながら訊ねた。
「うへへ。斉藤さんが教えてくれたんだー」
またあいつか。
「まあ本当はコウくんに斉藤さんが教えて、それを私が教えてもらったんだけどね」
またあいつらか。
やつら二人は互いはそこまで仲がいい訳ではなかったはずだけど、私に何かしらの影響を与えてくるという点で物凄く似通っている。
もし守矢の性別が女になって身長も縮めて物腰も柔らかくして誰とでも仲良くできて犬が好きで寒いのに弱かったら斉藤になるな。……いやそれはもうほぼ別人だ。
「リンちゃん。晩御飯もう食べちゃった?」
「あ、いや。いま四時半だしまだだけど」
私が答えると、目いっぱいの笑顔を咲かせてよかったと安堵するなでしこ。
……そういう顔するから、嫌いになれないんだよ。
なでしこは荷物をいったん地面に置くと、底の方から大きめの土鍋を取り出して言い放った。
「リンちゃん! 今からお鍋、やろう!!」
その荷物全部食材だったのか……。
☆
なでしこが作ってくれたのは、浜松餃子をふんだんに使った(50個入れてた)坦々餃子鍋だった。
見た目は真っ赤ですごく辛そうだけど、食べてみるとそうでもなくて、美味しい。体の芯からポカポカ温まる、どこか家庭的で安心できる料理だった。
(なでしこ、料理上手なんだな)
「あっ!!」
急になでしこから声が上がったので、どうしたのと目線で聞いてみる。
「ご飯忘れたー……。シメの雑炊美味しいのに……!」
「いやそんな食えんし」
びっくりした。
大きめのバスケットの中身全部食材だったし、餃子50個入りのを全部入れてたし、何となく予想はついたけど、めっちゃ大食いなんだなこいつ。
……守矢ってたくさん食べる子が好きなのかな。
はっ!? いかんいかん。何考えてるんだ私! 別に守矢は関係ないだろ。
「……あのさ」
「んー?」
せっかくなでしこが目の前にいるんだし、言いたいことは早めに言っておきたい。
無理矢理思考を逸らすことにした私は、かねてから思っていたことを口にする。
「この間は、ごめん」
「このあいだ? なんだっけ?」
鍋の出汁をすすりながら、本当に何だったか忘れたような顔で聞き返してきた。
「サークル誘ってくれたのになんていうか、すごい嫌そうな顔したから……」
自分が思っていることを口に出すのは存外こっぱずかしくて、思わず目線が逸れ頭を掻いてしまう。
といかこれで思い出してくれなかったらどうしよう。「ほら数日前の放課後に……」とかさらに具体的な説明しなきゃならんことになったら死ぬぞ私は。
「あー……。私も何だかテンション上がっちゃって、無理に誘ってごめんなさい……」
「いやそれは……」
確かにちょっと興奮気味に言われたけど、決して謝るようなことではない。
にもかかわらずきちんと謝れるこの子は、根っから悪いやつではないのだろう。いや、それは会った時から分かってたけど。
「あの後あおいちゃんに言われたんだよ。リンちゃんはグループでわいわいするより、静かにキャンプする方が好きなんじゃないかって」
「それはまあ……そうなんだけど」
あおい……、犬山さんか。たまに守矢との会話の中で出てくる人だ。
気遣いのできるいい人だったんだな……。
私の反応を見て、なでしこは穏やかな、本当に穏やかな微笑みを浮かべると、優しい声で提案してくれた。
「じゃあ、またやろうよまったりお鍋キャンプ。そんで気が向いたらみんなでキャンプしよう?」
「……分かったよ」
そんな顔で言われたら、断れない。
皆でキャンプする方向に舵を切られてしまった……。
私がなでしこの名操舵士ぶりに戦慄している間に、あ、と声を上げ彼女は続けた。
「って言っても、野クルでキャンプする日はまだまだ遠そうだけどね。道具何にもないから」
そう言ってがつがつと鍋を食べ始める。
気付けば、鍋は汁一滴残さず空になっていた。
結構大きめの鍋のはずだったけど、どんだけ食べるんだよ……。全く、その食べっぷりには呆れるほかない。
「ポテチあるけど食べるー?」
「まだ食うか」
食後のデザートと言わんばかりに徳用のポテトチップスを取り出したなでしこを見て、私は呆れを通り越して最早感嘆した。
☆
辺りはすっかり暮れなずみ、ブランケットにくるまりながら二人並んで富士山を眺める。スマホから流れるラジオの音楽が、仄かに聞こえてきていた。
食後の穏やかな時間を過ごしていた中。
「あ。そういえば、コウくんがキャンプ用品のことリンちゃんに聞きたいって言ってたけど、二人ってそんな仲良かったんだ?」
来たな何となく答えづらい質問。
私としては、守矢は唯一個人的に連絡先を知ってる男子だし、割とよく話すし、最近は私の前でも笑うようになったし、仲がいいと言えなくもない、けど……。
(向こうはどう思ってるのかな……)
自分ばっかり特別に思っていても、相手がそうでない事なんて多々あることだ。
守矢の特別は明らかになでしこだし、私なんかが仲いいなんて言っていいのかな……。
そんな私の心情を知ってか知らずか、なでしこは空を見ながら口を開いた。
「コウくんね、よくリンちゃんのこと話すんだ。趣味の合う奴だって」
「え?」
「私、難しい本読むの得意じゃないから、コウくんが話す本の内容とかよく分かんないことが多いの。でも、リンちゃんは本の貸し借りができるくらい話の分かる奴だって。リンちゃんがいたから退屈じゃなかったって、嬉しそうに話すの。……なんだか少し妬けちゃうくらいに」
「……そっか」
守矢が私に向ける感情となでしこに向けるものは違う。
けど、確かに私は守矢の特別だったんだ……。
私の知らない所であいつが私のことをそんな風に思っていたことが、存外にうれしくて。
「私と守矢ね……」
気付けば私は。
「仲いいよ。結構」
そう言っていた。
……でも、守矢から私の話を聞いてるのに、どうしてわざわざ仲がいいかなんて聞いてきたのだろう?
やっぱなでしこって守矢のこと……。
へやキャン△
「大変だァァー――ッ!!」
ガラガラ、と血相を変えた少年により引き戸のドアが勢いよく開け放たれた。
「コウくん」
「守矢じゃん。どうした?」
「どしたんそんなえらい血相変えて?」
うなぎの寝床の様な細長い部屋にある縦長の棚に腰かけてキャンプ雑誌に目を通していた少女達が、一体何事とそろって顔を入り口の少年に向ける。
「俺の…俺の眼鏡がどっかに行っちまった!!」
悲痛な表情でそう叫ぶ少年…守矢コウタロウに、野クルの三人は三様に反応する。
「大変だ! 探さなきゃだよ!」
「ほんま守矢くんってたまにドジるなあ」
「……え?」
幼馴染の危機に居ても立っても居られないなでしこがコウタロウの手を引き教室を出たことで、四人は廊下を進みながら話を続ける。
「それで、眼鏡はいつから無くなったん? 最後にかけてたのは?」
「図書室で本読むときに外したから、その時かも」
「そのまま置いてきちゃったのかなあ」
「……いや、めがね…え?」
あおいとなでしこに促されるまま直前の記憶をたどっていくコウタロウ。
図書室に着くと、早速捜索を開始する。
「この辺に座ってたんやろ?」
「ああ。あるとすればこの辺」
「うーん、無いなあー……」
「だね……。あ、リンちゃんに聞いてみようよ! 落とし物で届いてるかもしれないし!」
「ええー……」
放課後で人も閑散としている図書室の一角に、なでしこに呼ばれてリンが姿を現した。
「聞いたよ。眼鏡がどっか行ったんだって? 落とし物にはなかったし、私も手伝う」
「すまん、助かる」
「いいって。困ったときはお互い様だし」
「……」
リンが加わり五人で図書館中をくまなく調べるが、ついに眼鏡が見つかることは無い。さほどの広さは無い本栖高校の学校図書館、五人で探せば見落としは無い。
「図書室にはないねえ……」
「守矢、図書室の前はどこにいたの?」
「うー-ん……」
「……」
リンに訊ねられ、記憶をたどるコウタロウ。
「何してたかなあ……」
――いや、頭にかけてるじゃん。
千明はずっっと前から思っていた。
事実コウタロウは現在進行形で頭に眼鏡をかけている。そのせいで本人には見えないが、周りから見れば一目瞭然である。千明自身も眼鏡をかけているため、頭にあげた時なんかはたまにどこにやったか分からなくなる時があるのは共感できる。何となく言うタイミングを逃してここまで来てしまったが、どうして誰もそれを指摘しないのだろう。
「あ、そうだ。一階の自販機でジュース買ったわ」
「一階ね」
千明が困惑する間にも話は進んでいき、図書委員で図書室を動けないリンと一旦別れ、四人は一階自販機前まで移動する。
「自販機前にも落ちてないなあ」
「下にもないよー」
「上にもないな」
――あるわけないだろ頭に乗っかってんだから。というか自販機の上にはいかないだろどうやっても。自販機じゃなくて自分の頭の上を探せよ。
「そうだ、西棟にも行ってた」
「ええー」
――あ、そうか。そういうノリなんだな? 分かってて敢えてノってるのか、そうかそういうことだったのか。ようやく理解できた。ふふん、この名探偵大垣にかかればこのくらいのノリ、分かって当然ナゾ解明。
ピコン、と天啓を得たかのように閃いた千明をよそに、西棟に向かい始める一行。
「西棟なんて何しに行っとったん?」
「あそこ夕方は薄暗くて怖いから私苦手なんだよね……」
――となると、だ。ツッコむタイミングが非常に重要だな。下手に長引かせても面白くないし、もうそろそろバシッと決めてやるか。お前眼鏡頭にかけとるやないかーい! ふふ、これだな!
三人より一歩後ろの位置で千明がそうほくそ笑むと、抜き足差し足でコウタロウに接近する。別に音を殺す意味は無い。
「お前め「あーッ!! コウくん眼鏡頭に乗ってるよ!!?」
「えっ」
「あ、ほんまや」
無常なるかな、千明渾身のツッコミはなでしこによってかき消された。
しかもなでしことあおいの反応から、すべて自身の勘違いであったことが分かる。
「あはは、コウくんったらドジだねー」
「ほんまやなー。でも無くしてなくて良かったわ」
「「「あははははははは」」」
「わ、笑うなァァァァァァァァァァァ!!!!!」