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「ねえ。なでしこはさ、守矢とは幼馴染なんだよね」
辺りはもう暮れ、頭上には月が明るく見える麓キャンプ場。
先の意趣返しと言うわけではないが、私は思い切って今度はなでしこに守矢との関係を聞いて見ることにした。
あいつに幼馴染がいることも、その子が原因でいつも表情が暗かったことも、私は知らなかった。だから、知りたいと思ったんだ。
「そうだよー。静岡にいた時はね、家がお隣さん同士で、ちっちゃい時からずーっと一緒だったんだ」
にこにこと楽しそうに守矢のことを話すなでしこ。
本当ならあいつもここに連れて来たかったんだけど、生憎バイトで来られなかったと聞いた。……もしあいつがいたらこんな話は出来なかっただろうし、寧ろよかったまである。
いつかはその、と、友達として私の好きなことを知って欲しいって言うのはある、けど。
それにしても、となでしこの言葉を聞いて思う。
「転校先で再会するなんて、すごい偶然だよね。皆言ってる」
守矢となでしこの関係がこの一週間で明るみに出るにつれ、本栖生の話題をかっさらった。どんなラブコメだよって。…私もそう思う。
いわく、守矢が静岡に忘れてきたのは表情筋ではなく幼馴染だったとか、あなたは大変なものを静岡に置いてきました…自分の幼馴染ですとか、二人の関係を揶揄するものが多い。
からかわれるのは大変だとは思う。でも、他の人とそんな運命的な絆で結ばれてなくてもいいじゃないか……。
ぼうっと月明かりに照らされる富士山のシルエットを眺め続けていると、隣から困ったように笑う声が聞こえた。
「あはは…そうだね。……でも、たぶん偶然じゃないんだ」
「え?」
なでしこの言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまう。
「私ね、コウくんが引っ越しちゃった後、寂しくて悲しくて、毎日泣いてた。友達とか、お姉ちゃんやお母さん、お父さんにも、きっとすごく心配かけたと思う」
でも、となでしこは続ける。
「ある日突然、お父さんが山梨に引っ越すって。またコウくんと会えるんだぞって。三人とも何も言わなかったけど、私のために決めてくれたんだなーって何となく分かって。……コウくんのお父さんとうちのお父さん同じ会社で働いてるから、もしかしたら本当に偶然かもしれないけどね」
「すごいな各務原家……」
「……一生家族みんなに頭上がらないね、私」
守矢もなでしこがいない間相当参ってた――顔に出てる――し、なでしこも守矢がいない間はそんな状態だったなんて、依存しすぎだろ。もうほんとお前ら……。
「ほんとに守矢のこと好きなんだね」
「うん。好き。私はコウくんのこと、大好きだよ。…………って、このことはぜったいぜったい誰にも言っちゃだめだよ!? 約束だからね!!」
ほう、と本当に慈しむような、愛おしそうな表情で胸の内を告白したなでしこにぽけっと見とれていたのもつかの間。
何を言ったのか気付いた様子で慌て出し、最早隠す意味などないと思う事実を秘密にするよう求めてきた。
「分かってるよ、大丈夫。誰にも言わない」
言う意味が無いし。
恐らく今本栖高校で一番“面白くない”恋バナではないだろうか。誰に言っても同じ反応するんじゃないかな。「ねえ、各務原って守矢のこと好きらしいよ」「うん知ってる」って。なでしこの底抜けに明るく朗らかな性格のせいで、皆生暖かい目で見守ってるけど。
それに、なでしこは守矢のことを完全に異性として好きなんだろうけど、いまいち守矢がどう思ってるか分からないんだよね。特別に思ってるのは確かなんだけど、なんか保護者目線と言うか。
……もし守矢も異性としてなでしこを特別視してたら、こんなに冷静でいられないに決まってる。
(って、だから私は守矢のこと好きとかじゃないんだってば!! あくまで仲のいい男子として……!)
「ありがとリンちゃん……ふふ、何だか眠くなってきちゃった……」
百面相する私を穏やかな顔で眺めながら、お礼を言った。
いやこれ穏やかって言うかただ眠たげな表情ってだけだ。
「明日の日の出見るんでしょ? 今日はもう寝なよ」
先ほど朝霧と富士山の幻想的な風景について話したばかりだ。
「うん…そうしようかな。日の出って、なんじだっけ?」
水平線上ではなく、富士山の山稜分高さがあるから、通常より少しだけ遅いのがこの辺りの特徴である。私はスマホを見ながら答えた。
「六時ぐらいかな」
「起きれるかなあ……」
「私は寝てるかな」
誰かさんと話した内容がインパクト強すぎて、しばらくは寝られる気がしなかった。
というか絶対寝袋の中で思い出してしまう自信がある。
「…目覚ましかけて見よっか、ふじさん」
そういうなでしこの声はもうほとんど微睡みの中にある。
本当に、こいつのふにゃふにゃした笑顔を見てると色々考える自分が馬鹿らしくなってくる。
でも、少しくらい意地悪してもいいよね。だってそっちは私より何歩も前にいるんだからさ。
そう心の中で言い訳すると、もう目がほとんど空いていないなでしこに言った。
「…やだ、ねてる。おこすなよ」
待てよ。こいつ車中泊って言ったけど、どうやって戻る気だ……?
☆
後日。
「二人とも見て見てー!」
連休が明け、月曜日の放課後。
野クルの部室では、先に来ていた千明とあおいに水戸黄門の印籠よろしくスマホを掲げるなでしこがいた。
「ふじさん撮って来たよー!」
そう言って、なでしこが朝日が昇る富士山を背景にリンと二人で映る写真を見せた。
「あれ、しまりんじゃん」
「おー、二人で行って来たんやねぇ」
「えへへ、そうなの~」
二人してなでしこのスマホをのぞき込む。
と、スマホから顔を上げ、怪訝な顔をしてコウタロウを見た。
「守矢くんは見いひんの?」
「いつものお前らしくない。なでしこの写真だぞ?」
「ああ。その写真は昨日20回くらい見たな」
「「ああ、なるほど」」
キャンプから帰ったなでしこは、その足で守矢家まで赴き、お土産と共にキャンプでの出来事をマシンガンの如くコウタロウに聞かせ続けた。
身振り手振りで頑張って伝えようとするなでしこにコウタロウは甘く、話が二巡目に突入しても黙ってうんうんと聞いていた。
「このキャンプ場から見える富士山すごかったー」
「うんうん」
「それでね、ここの道の駅で富士山見ながらアイス食べて――」
「うんうん」
現に今も21回目の話と写真を笑顔で聞いていた。
「なあイヌ子。人って同じ話を20数回されてもまだあんな穏やかな顔できるんだな……」
「あれは完全に孫の話を聞くおじいちゃんや……」
「それで――」
なでしこはセーターの裾をグイッと上げる。
「お、おい――」
男がいるんだぞと千明が止めに入るがもう遅い。
「富士山Tシャツとマスコットも買っちゃったよ~!」
なでしこは制服の下に着ていた「富士山スキー。」と書かれたTシャツを大胆にも見せた。
「なんだ……びっくりさせるなよ」
「富士山尽くしやね」
肩を落とす千明と、まあこうなるだろうなと確信していたあおいが二様の反応を見せる。
「驚くのはまだ早いぞ!」
なでしこの後ろに控えていたコウタロウがそう叫んだかと思うと、おもむろに制服のワイシャツを脱ぎ始める。
「なッ!?」
「ももも守矢くん!? あああああかんてそんな……!」
コウタロウの突然すぎる行動に、千明は顔が紅潮して目を見開き、あおいはテンパるあまり隙間が空きまくってる手で目を隠す。
そんな間にもコウタロウのワイシャツがはらりと床に落ちた。
「「はわわわ……!!」」
二人とも顔を真っ赤にして目を回す。しかし視線だけはしっかとコウタロウをとらえていた。
そして。
「富士山Tシャツだ!」
コウタロウはドヤ顔でなでしこと揃いの「富士山スキー。」と書かれたTシャツを見せびらかした。
「「…………」」
いや、まあ……。
コウタロウがそんな人間ではないと分かっていながらも、心のどこかですこーし期待していた年頃の女子高生である二人。
期待が外れた残念さと、そんな期待をしていた自分に対する羞恥心などいろんな感情が混ざり合った表情でただ顔を隠し所在なさげに立っていた。
「……どうした二人とも?」
「どうしたんだろうね?」
そこに、そんなことまるで思ってもいないとばかりの目でコウタロウとなでしこそろって首をかしげる。
二人の羞恥心は限界だった。
「「……きえてなくなりたい」」
野クルは今日も平常運転である。
へやキャン△
マラソン後のあおいとコウタロウのトーク画面。
【守矢くん今日凄かったなー。ぶっちぎりで優勝しとったやん】
【いや優勝賞品が舘山寺温泉二泊三日だって言うから、ついな】
【ああ、そういえば地元浜松やんな】
【そうそう。まあ、結局貰えなかったけど】
【え。なんでなん? ぶっちぎりやったやん】
【だって俺出場の申し込みとかしてないし】
【何で走ってたの!?】
【大会本部の前通りかかったらなんか係の人に連行されてな。なんかめっちゃ俺と似てる人と間違えたらしい】
【あー……それで一人だけド普段着やったの……】
『コウタロウがGパンにパーカー&スニーカー姿でゴールする写真』
【なんでそんなものが】
【これうちの陸上部の誰かが撮ったの学校中に拡散されとるよ】
【なんでことだ……】
【陸上部の先生めっちゃ目ギラギラしとったで】
【ヒエッ、気を付けよ……】