仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~   作:黒井福

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どうも、黒井です。

果たして黄泉の運命や如何に?


第10話:青空に舞う桜吹雪

 左目を抉り取られ、解放された黄泉は血を流す左目を押さえて地面に倒れる。

 

「あぐぅうぅぅぅ、うぅぅぅぅぅうう!?」

 

 口から悲痛な呻き声を上げ倒れる黄泉には目もくれず、将之は抉り取った黄泉の左目を恍惚の表情で眺めている。その様子は今にも頬擦りしそうだった。

 

「あぁ、素晴らしい! これほどに熟成するとは予想以上です! あなたに拾われた時はどうなる事かと思っていましたが、これは思いがけず良い結果となりましたよ!」

「どういう意味じゃ?」

 

 満足そう独白する将之に、紫がバケヨロイを警戒しながら問い掛ける。紫としては何とかして黄泉に駆け寄り助けたいのだが、バケヨロイが間に立っているのでそれも儘ならない。

 今彼女に出来る事は、これ以上黄泉に危害が加えられたりしないように将之の注意を引きつつ、バケヨロイの隙を伺う事だけであった。

 

「あなたも御存じでしょう? 化神は人間の負の感情を基にして生まれるという事を」

「まぁ、の……」

「ではこう考えた事はありますか? 生まれた後の化神が更なる負の感情を取り込んだ時どうなるかを」

「その様な事……ッ! お主まさか!?」

 

 紫は気付いた。将之の行動の意味と狙いがなんなのか。何故黄泉の左目に化神の目を植え付けたのかを。

 

 この男は、黄泉を土壌とする事で化神に更なる負の感情を与え強化しようとしているのだ。その為に黄泉の家族を奪い、彼女に化神の目を植え付け直に負の感情に晒していた。そうして化神の目を負の感情で熟成させる為に。

 

「正直あなたに拾われ御伽装士になったと知った時はどうなる事かと思っていましたが、怨面と化神の力が合わさって予想以上の熟成をみせてくれました。礼を言わせてもらいますよ」

「くっ!」

 

 結果的に自分の行動が将之の利となってしまった事に、紫は悔しそうに歯噛みする。

 

 その間に将之は黄泉から離れ、バケヨロイに近付いていった。その手には黄泉から抉り取った化神の目。

 ふと何かに気付いて紫はバケヨロイの顔を凝視する。よく見ると、目の前のバケヨロイには左目が無かった。

 

「それはッ!?」

「さぁ、バケヨロイ様。これを……」

『うむ』

 

 バケヨロイは将之から目を受け取り、自分の空になっている左の眼孔にはめ込んだ。

 するとその瞬間、左目を中心にバケヨロイの体が瘴気に覆われた。

 

 あの目には、長い事黄泉が抱き続けた化神への怒りと憎しみが詰まっている。それを吸収した場合、バケヨロイがどれだけ強化されるか。

 

「お主何を考えている!? こんな事をして、人の身で化神に与して何がしたい!!」

「簡単な事です! この世界、貧弱な人間が収めるには分不相応にも程がある! 化神こそが世界の覇者となるべきなのです!」

「はっ! なるほどな……凡そ昔化神の力を間近に見て、頭狂ったのであろう? 時折居るんじゃよ、お主の様な下らぬ輩が」

 

 御守衆に所属していた頃、紫はそう言った輩を何人か見てきた。いずれも狂信者としか言いようのない連中であり、そして最期には自らの蒔いた種で自滅していった。

 

 恐らく将之も同じ道を辿るだろう。その事を別に憐れに思ったりはしない。

 

 それより重要なのはバケヨロイだ。呻き声を上げながら瘴気の中で姿が変わっていく。この瘴気が晴れた時、一体どうなってしまうのか……

 

「まだ羽化する前の蛹であれば――!!」

「止せ!?」

 

 呪術で紫がバケヨロイを仕留めようとするのを、将之が止めようとする。今が一番脆く危険な状態である事は彼も承知しているらしい。紫の呪術に、将之も呪術で応戦しようとする。

 が、紫と将之では呪術の腕に大きな開きがあった。紫の呪術による火炎を呪術の障壁で将之が防ぐも、実力の差から受け止めきれず障壁を突き破って呪術による火炎が瘴気に包まれたバケヨロイを焼いた。

 

「バケヨロイ様!?」

 

 将之の悲鳴を他所に、紫は今の内にと黄泉の元へと向かう。

 

「愛弟子、愛弟子! 大丈夫か? しっかりせよ!!」

「う、うぅ……ぁあ……」

「えぇい、あの小僧まだバケコチョウを倒せぬのか?」

 

 こんな時こそソウテンが居てくれると助かると言うのに、彼はまだやってくる気配がない。だが辺りを見渡せば、先程まで舞い散っていた鱗粉が気付けば見当たらなくなっている。恐らくソウテンがバケコチョウを倒したのだろう。

 となると彼がここまで来るのは時間の問題。彼が合流してきたら、その時は彼にバケヨロイの相手をさせて――――

 

 そう思っていた時、バケヨロイを包んでいた炎がかき消された。一瞬、将之が消したのかと思ったがそうではない。

 

『おぉ……これがあの小娘の溜め込んできた負の感情か……これは何と心地いい』

 

 そこに居るのは恐らくバケヨロイだったのだろう。だがその姿は先程までとは異なるものになっていた。

 筋肉が盛り上がり体の各部の鎧が弾け飛んで、暗い色の肌が丸見えとなっている。鎧がいくらか無くなっているが、そこにあるのは貧弱さではなく今まで以上の力強さだ。

 何より目を引くのは頭部だ。頭を覆っていた兜が完全に弾け飛び、その下に隠されていたのかそれとも変異した結果なのか、まるで犬の様な顔の異形が晒されていた。

 

「バケヨロイ様! お加減の方はいかがですか?」

『悪くない……悪くないぞ。前よりも力が上がっているのを感じる――!!』

 

 強化されたバケヨロイ――バケヨロイ・ミアズマは体から瘴気を噴出させる。バケヨロイ・ミアズマと将之の周囲が瘴気で覆われたかと思うと、その中からまるで影が形になったかのような怪物が次々と生まれ出た。

 

「あれは――!?」

『我が分身達よ……我に逆らう愚か者を始末せよ』

 

 バケヨロイ・ミアズマは生み出した分身、影獣達を紫達に嗾けた。今黄泉は動く事が出来ない。邪魔者を始末するなら今が絶好のタイミングだ。

 

「チィッ!?」

 

 迫る影獣達を前に、紫は呪術で結界を張り黄泉を守ろうとした。

 

 だが彼女が結界を張る直前、それまで倒れていた黄泉が起き上がり紫の前に立ち塞がっていた。その顔には怨面を既に被っている。

 

「愛弟子、何を!?」

「師匠は……傷付けさせない!!」

 

 満身創痍の体で、黄泉は再びゲツエイに変身した。

 しかし化神の目を抉り取られたからだろうか。バケヨロイ同様、姿が変わっていた。

 

 両肩と両脚の装甲は無くなっており、最早身に付けているのはボディースーツと僅かながらの布しかない。とてもではないが普通の化神にすら勝負になるとは思えない姿でしかなかった。

 

 それでもゲツエイは無数の影獣――よく見ると奴らはゲツエイ・ジュウケツに姿が似ている――の群れに突撃した。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

「止めろ、行くな!?」

 

 絞り出すような雄叫びを上げながらゲツエイは影獣の群れに挑みかかる。拳を握り、飛び掛かって来る影獣を迎え撃つゲツエイの姿があっという間に見えなくなった。

 

 ゲツエイは一体どうなっているのか、紫からは見えない。だが少なくとも善戦できていないだろう事は容易に想像できた。

 何故なら影獣たちは一か所に集まっており、集団の中心だろう所を何度も殴ったり踏み付けたりしているのが分かるからだ。

 

 何より、肉が殴られ蹴られ踏み付けられる音に混じって、時折ゲツエイの悲鳴のようなものが聞こえていた。

 

「あ゛――――ぐ――ぎ――――あが――――」

「ま、愛弟子――!?」

「あぎ――――う゛ぇ――――げ――――お、ご――――」

 

 不意に、影獣の集団の中から手が伸びてきた。まるで助けを求める様に伸びたその手は、ゲツエイの物に他ならない。

 だがその手も、直後に影獣の鋭い歯が生えた口に食らいつかれ再び集団の中に引き摺り込まれていく。

 

 あの中で一体どんな惨劇が繰り広げられているのか…………それを思うと、紫も冷静ではいられなくなった。

 

「黄泉ッ!?!?」

 

 思わず叫び、好みがどうなろうとゲツエイ――黄泉を助け出そうとしたその時、上空からソウテンがクラマトルネイダーに乗って文字通り降って来た。

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「ッ! 小僧!?」

 

 紫がソウテンの叫び声に反応して上を見上げると同時に、ソウテンはクラマトルネイダー毎影獣の群れに飛び込み軒並み弾き飛ばした。落下エネルギーと車体の重量、そして速度を合わせたエネルギーは凄まじく、影獣を軒並み吹き飛ばしてしまった。

 

 影獣が吹き飛ばされた後に残っているのは、無残な姿で力無く倒れるゲツエイの姿だけが残される。

 

「黄泉さん!?」

 

 ソウテンはクラマトルネイダーから飛び降り、倒れたゲツエイを抱き起す。大半の影獣は先程の突撃で吹き飛ばされたが、直ぐに体勢を立て直した影獣がソウテンとゲツエイに襲い掛かろうとした。

 

「オン!」

 

 それを2人に駆け寄った紫が呪術で張った結界で防いだ。御伽装士に変身せずとも、この程度の事なら造作もない事。影獣達は結界に阻まれ。彼らに襲い掛かる事が出来ないでいた。

 

 その間にソウテンはゲツエイに必死に声を掛けていた。

 

「黄泉さん、黄泉さん! しっかりして、黄泉さん!?」

「ぁ……うぅ……ぅ……」

 

 ソウテンの必死の呼び声に、ゲツエイが弱々しい呻き声で答える。今にも死ぬのではないかというゲツエイの姿に、ソウテンの焦りが募った。

 

「そんな、嫌だよ!? 黄泉さん起きて!? ねぇ起きてよ!!」

「落ち着け小僧! 黄泉はまだ死んだわけではない!」

 

 ソウテンの慌てように、紫が見かねて声を上げた。

 

 瞬間、ゲツエイの変身が解け怨面が黄泉の顔から落ちた。変身が解けた黄泉の姿は、全身に痣や血が滲んでいたりと傷だらけで、無事なところがどこにも見当たらないと言う有様だった。

 

 そんな無残な姿となった黄泉が、ソウテンの声に反応して薄っすらと目を上げる。

 

「う……ぁ…………た、健……君?」

「ッ! そうだよ、黄泉さん! 大丈夫、もう安心して! 後は僕が頑張るから、黄泉さんは――――」

 

 弱々しい、今にも命の灯が消えてしまいそうな黄泉にソウテンが声を掛けるが、黄泉はそれを遮る様にボロボロの手を伸ばして彼の頬に触れた。血で濡れた手が、ソウテンの空色の怨面を赤く汚す。

 

「は……ぁ、あ……健、君…………よか……あえ、て……」

「うん、僕はここに居るよ。僕だけじゃない、河南さんも、黄泉さんの師匠もここに居る。だから――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たける、くん…………だい、す、き…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄泉は最後の力を振り絞る様にその言葉を口にし、言い終えると手がぱたりと落ちた。

 

「――――――――――え? よ……よみ、さん?」

 

 ソウテンの呼び声に黄泉は何の反応も返さない。目は閉じられ、揺すってもされるがままである。

 

 その姿に、ソウテンの脳裏には『黄泉の死』と言う言葉が浮かんで離れない。

 

「あ、あぁぁぁぁぁ、ぁぁぁあああああああああああああああああっ!?」

 

 何も言わぬ黄泉の姿に、ソウテンが悲しみの叫びを上げる。

 これは不味いと、紫は泣き叫ぶソウテンに声を掛ける。

 

「落ち着け小僧! 黄泉はまだ死んだとは限らん!? 自分を見失うでない!!」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 紫の声も今のソウテンには届かない。今のソウテンの胸を占めているのは黄泉を失った事への悲しみ、それと化神と将之たちへの憎しみで一杯だった。

 

「き、さ、ま、らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「待て、わっ!?」

 

 叫びながらソウテンは黄泉をその場に寝かせ、紫の制止も振り切りバケヨロイ・ミアズマに向け突撃する。

 

 その際、バケヨロイ・ミアズマに近付くにつれてソウテンの色が変わっていった。双眸は赤く染まり、それ以外の全身が黒く染まっていく。

 それだけでなく両手から鋭い爪が生え、まるで獣の様にバケヨロイ・ミアズマに襲い掛かった。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

『図に乗るな』

 

 飛び掛かって来たソウテン――怒りと憎しみで理性を失った、ソウテン・ドウコク――に向け、バケヨロイ・ミアズマは禍々しい形となった刀を振るう。ソウテン・ドウコクは振るわれた刀を爪で受け止め、乗り越えてバケヨロイ・ミアズマ本体に攻撃を仕掛けた。怒りに任せた攻撃は、強化されたバケヨロイ・ミアズマの鎧を傷付ける。

 

『く、分身達よ!』

 

 自分の鎧を傷付けたソウテン・ドウコクに危険性を感じたのか、バケヨロイ・ミアズマは影獣達を呼び寄せソウテン・ドウコクを襲わせた。

 四方八方から襲い掛かって来る影獣を、ソウテン・ドウコクは1人で相手にする。

 

「うぉぁぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 襲い掛かって来る何体もの影獣が爪と牙でソウテン・ドウコクを傷付けていくが、怒りで心を支配された今の彼は痛みでは止まらない。影獣に傷付けられながら、自身も反撃に影獣を次々と引き裂いていく。

 

 その光景に、このままではソウテンが持たないと察した紫は何とか彼を止める事が出来ないかと頭を働かせる。

 

 今、彼は黄泉を失ったと思い悲しみと絶望で自分を見失っている。今彼を止められるとすれば、それは黄泉以外にはいないだろう。

 

 紫は黄泉の容態を確認する。見たところ、黄泉は酷く衰弱しているようだがまだ死んではいない。虫の息であることには違いないが、彼女はまだ生きている。

 であれば、まだ希望は潰えていなかった。

 

「待っておれ、黄泉。お主を絶対に死なせたりはせぬ!」

 

 そう言うと紫は、徐に自分で自分の左目を抉り取った。

 

「んぎ!? ぎぁ……ぁああ!? はぁ、はぁ……」

 

 悲鳴を噛み殺しながら目を抉り取り、手の上に乗せた紫。金色の瞳を持つ眼球を手の平に乗せた状態で、紫は目を瞑り右手だけで印を結ぶと呪文を唱える。すると手の平の上に紋様が浮かび、紋様から光が眼球に集まっていく。

 

 どれほどそうしていたか、紋様からの光が消えたと同時に紫が目を開くと淡く輝く眼球が手の平の上に乗っていた。紫はその状態に満足そうに頷いた。

 

「よし、これなら――!」

 

 一つ頷き、紫は黄泉の目を抉り取られた眼孔に、抉り取った自分の眼球を優しく入れた。

 

 すると左目を中心に、黄泉の体が淡い光で包まれる。それを見つめ、紫は祈る様に黄泉の手を握った。

 

「黄泉……目を開けよ。お主を待って居る小僧が居る。じゃから……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 不意に黄泉は、誰かに呼ばれた気がして目を覚ました。

 

 目を開けるとそこは辺り一面真っ暗で、自分がどうなっているのかも分からない。

 

「ここ、何処? 私。どうなったの?」

 

 目覚める前の事を必死に思い出した。確か自分は将之の罠に嵌り、左目を抉り取られた挙句、バケヨロイが生み出した分身に挑み袋叩きにされた。

 そこから息も絶え絶えの状態でソウテンに助け出され、そして彼の腕の中で意識を失った筈だ。

 

 という事は、自分は死んだのか? 黄泉の脳裏にそんな結論が浮かび上がり、もう紫にも健にも会えないのかと悲しくなる。

 

『いいえ、まだ死んではいません』

「え?」

 

 唐突に声を掛けられ、黄泉がそちらを見るとそこには白い狐が座った体勢で宙に浮いていた。心なしか光を放っているのか、輪郭がぼやけているが間違いなく狐だ。

 

 その狐が、口を動かさず黄泉に話し掛ける。

 

『あなたは辛うじて生きています。そして今、あなたが師と仰ぐ彼女、以前私を使役していた彼女があなたを癒すべく手を尽くしています』

「師匠が……私を……?」

『そして、あなたを待っている人はもう1人います。気高い意志を、悲しみと憎しみで染めてしまった少年が……』

「少年……健君!?」

 

 狐の言葉で紫が自分の為に動き、健が悲しみ苦しんでいる事を知った。それを聞いて黄泉は居ても立ってもいられなくなる。

 だが今自分がどういう状態なのか分からない。どうすればここから出られるのかも…………

 

「私、行かなきゃ――!! ねぇ教えて! どうすればここから出られるの!?」

『……ふふっ』

 

 必死にこの空間から出ようとする黄泉に、狐は何がおかしいのか突然笑い出した。訳が分からず、黄泉は思わず食って掛かった。

 

「な、何がおかしいのよ!? こっちは急いでるのよ!! 早く行かないと、健君が大変なんでしょ!? だから――」

『いえ、すみません。あなたも随分変わったと思い、つい嬉しくなって』

「は?」

 

 まるで前から自分を知っていたかの様な物言いに、黄泉が首を傾げる。

 

(待って……この狐、そもそも何? 何で喋るの? それにさっき、何て言ってた?)

 

 この狐は先程、紫の事を以前自分を使役していたと言った。

 それが意味しているのは、つまり――――――

 

「あなた……もしかして――――!」

 

『最初は、悲しみと憎しみだけで、私の言葉には耳も貸してくれませんでしたね』

 

『それは仕方のない事なのかもしれません。あなたはそれだけの辛い思いをした』

 

『でも、あの少年と出会ってから、あなたは変わった』

 

『人と触れ合う事の楽しさ、本来持っていた優しい心、それを取り戻した』

 

『そんなあなただから、こうして私の声も届くようになったのですね。それが嬉しくって』

 

 狐が優しい声でそう言うと、黄泉は狐の正体に完全に気付き目に涙を浮かべた。

 

「そっか……そうなんだ……今まで、ずっと私の事を見てくれてたんだ。……守ってくれてたんだ」

『私にできる事はそれだけですから』

 

 狐がそう言ってコロコロ笑うと、黄泉も泣きながら釣られて笑みを浮かべた。

 

「ふふふっ! そっか、私……1人じゃなかったんだ」

『私が居なくても、あなたは1人じゃありませんよ。あなたの周りには、掛け替えのない人達が居るじゃありませんか』

 

 思い浮かぶのは、これまで自分の事を守り鍛えてくれた紫。

 そして自分を愛してくれた、健の姿だった。

 

 そして今、その2人に危機が迫っている。ならば、2人を助ける為に今は立ち上がる必要があった。

 

 黄泉は笑みを引っ込め、涙を拭うと真剣な表情で狐に話し掛けた。

 

「その人達を、私は助けたい……失いたくないの。だから、お願い……力を貸して! 今度は復讐の為じゃない、皆を守る為に!!」

『はい……喜んで』

 

 狐はそう言うと黄泉に近寄る。その狐を黄泉は両手で優しく掴んだ。

 

 その瞬間、世界は光で包まれる。

 

 全てが光りに包まれて見えなくなる直前、黄泉の手の中にあったのは見慣れたお面……ゲツエイの怨面だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――――泉、黄泉!!」

 

 黄泉に呪術による治療を施して数分、紫は黄泉に声を掛け続けていた。紫の考えでは、これで黄泉が回復し目覚める筈なのになかなか目を覚まさない。

 

 まさか失敗か? 紫の脳裏にその可能性が浮かんだ次の瞬間、黄泉の目がパッと開いた。

 

「ッ!! はぁ! あ、え……?」

「黄泉! 大事はないか? 何処かおかしなところは?」

「し、師匠? 私……あ!」

 

 最初、目覚めたばかりの黄泉は何が何だか分からないと言った様子だった。が、当たりを見渡し、今も尚ソウテンがバケヨロイとその分身相手に孤軍奮闘しているのを見て、意識を失う前の状況を思い出し現状を理解した。

 

 黄泉は即座に立ち上がり、怨面を手にソウテンの助太刀に入ろうとする。

 それを紫が慌てて引き留めた。

 

「待て待て愛弟子! まだお主は回復したばかりで本調子ではない! まずは落ち着いて――」

「いえ、大丈夫です師匠」

 

 自分を引き留める紫を、黄泉は逆に手で制した。

 

「私、1人じゃありませんから」

「何?」

「私は、ずっと守られてた。さっきも、ゲツエイが守ってくれてたから私はこうしてまた目覚める事が出来たんです」

 

 黄泉は優しい目で手の中にある怨面を見た。紫はその視線が意味しているものを察し、驚愕に目を見開いた。

 

「愛弟子、お主まさか怨面と心を通わせたのか!?」

「はい……ゲツエイが、私を目覚めさせてくれたんです。だからきっと大丈夫」

 

 黄泉は希望を胸に、怨面から顔を上げ紫の顔を見た。そこで気付く。自分の視界が普通だという事と、紫の左目が血を流して閉じられている事に。

 

「あれ? 左目、ある?……って言うか師匠、その目!?」

「ん? あぁこれか。気にするでない。何時かはこうなる予定だった故な」

 

 紫が黄泉を今の今まで育てていたのは、以前健に語った様に半分は後進を育てる為だ。だが同時に、黄泉を助ける為でもあった。

 

 あのまま化神の左目を宿したままでは、いつか必ず黄泉は化神の左目に身も心も飲まれると紫は確信していた。なので、黄泉を鍛えるのと並行して呪術による左目の摘出を紫は考えていた。だが呪術が間に合わない可能性も十分にある。その時は多少強引にでも、黄泉の左目を潰し代わりに自分の左目を移植する事も考えていた。

 

 想定よりもずっと早かったし、原因も思っていたのとは違うがそれは些細な違いだ。紫は予め用意しておいた、眼球を移植し黄泉に馴染ませる為の呪術で黄泉を助けたのだ。

 

 自分はとことん周りの人に恵まれていた。その事を実感し、黄泉は目に涙を浮かべた。

 

「師匠……ありがとうございます!!」

「礼は良い。それより、早く行ってやれ。怨面と心を通わせられたなら、大丈夫であろう。…………待って居るぞ、あの小僧が」

「はい!」

 

 紫に背中を押され、黄泉は怨面を手に前に出た。

 

 視線の先では、まだソウテンが獣の様に戦っている。まるで少し前の自分の様だ。

 健にあんな戦いは似合わない。彼を止めなければ。

 

「ゲツエイ、お願い……力を貸して!」

 

 黄泉のその言葉が届いたかのように、一瞬怨面が煌めいた。

 

「オン・アリキャ・コン・ソワカ! 変身!」

 

 怨面を装着し、黄泉がゲツエイに変身する。

 

 その過程は、今までのそれとは大きく異なっていた。前は黄泉に全身を悍ましい紋様が広がりそこから瘴気が噴き出していた。だが今、紋様は広がるがその際に黄泉は微塵も苦しむ様子が無い。そして彼女の体を、瘴気ではなく桜吹雪が包み覆い隠す。

 その桜吹雪が晴れた時、そこに居たのは今まで黄泉が変身していたゲツエイでも、紫が変身したゲツエイでもなかった。

 

「ハァッ!!」

 

 腕を振るい、自分の周りの桜吹雪を払うゲツエイ。

 全体的な容姿は紫が変身したゲツエイと酷似している。だがその色は、今まで黄泉が変身していたゲツエイとも紫が変身したゲツエイとも異なっていた。

 

 白を基調とし、袖やスカートの裾など端に向かうにしたがって桜色のグラデーションが掛かっている。

 

 これこそ、怨面と心を通わせその力の全てを発揮出来るようになった、ゲツエイの力を全て引き出した姿…………その名もゲツエイ・オウカであった。

 

『今なら、あの退魔道具も使えます』

 

 脳裏に怨面の声が響く。その声に従い、ゲツエイは退魔道具を取り出した。

 

「退魔道具、稲荷の炬火!」

 

 今まで紫しか使えなかった退魔道具、稲荷の炬火。初めて手にするその退魔道具も、怨面が使い方を教えてくれる。

 

「ハッ!」

 

 ゲツエイが杖を振るうと、青白い火が杖の先端に灯る。その状態で再び杖を振るうと、飛び散った火の粉が形を作っていきあっという間に周囲に無数のゲツエイの姿を作り出した。

 

「な、何だあれは!?」

『ん?』

 

 これには今までソウテンにのみ意識を向けていた将之とバケヨロイも黙ってはいられなかった。突然周囲に現れた無数のゲツエイに、影獣も困惑したように動きを止めた。

 

 敵が動きを止めたのを見て、ゲツエイは周囲に作り出した分身に指示を出す。

 

「行けぇ!!」

 

 一斉に影獣とバケヨロイに飛び掛かるゲツエイ達。影獣達がそれを迎え撃つが、ゲツエイの分身は現れては消えるを繰り返すのでなかなか姿を捉えられない。

 バケヨロイと将之もゲツエイの分身を相手に翻弄されていた。実体はないと思っていたら、威力のある攻撃を繰り出してくる。幻影と実体が入り混じった分身の攻撃はバケヨロイも手を焼かされていた。

 

「くぅっ!? 何だこれは! 一体何なのだ!?」

『小賢しい、死にぞこないの小娘が!?』

 

 敵が分身に翻弄されている間に、ゲツエイの本体はソウテンへと近付いた。

 

「健君、しっかりして! 私よ、黄泉よ!」

「あぁぁぁぁぁぁっ!!? がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 今のソウテンにはゲツエイの声も届いていないのか、反応を返さないどころかゲツエイにも攻撃を仕掛けてきた。それをゲツエイはギリギリで回避する。

 

「くぅっ!? 健君!!」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 叫びながら襲い掛かってくるソウテンを、ゲツエイは必死に宥めようとする。

 

 最初ゲツエイは多少手荒になってでも止めるしかないのかと焦りを感じた。だがよくソウテンの事を見て気付く。

 

 ソウテンは泣いていた。赤く煌めく怨面の双眸から、透明な涙が確かに流れていたのだ。

 

「健君……ゴメンね、心配かけて。でも大丈夫……私、ちゃんと生きてるよ」

「あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 優しく語り掛けるゲツエイに、しかしソウテンは容赦なく爪を突き刺そうと貫手を放った。

 

 手刀は真っ直ぐゲツエイの胸に向かって伸びていき――――

 

「くぅっ!!」

 

 ギリギリのところでゲツエイが体をずらし、体の脇でソウテンの腕を受け止めた。

 

 そのままゲツエイは体をソウテンに密着させる。これでソウテンは逃げる事も出来ないし、大した攻撃も出来ない。

 

「大丈夫……大丈夫だよ、健君……」

「ッ! ぐるるるるる…………」

 

 藻掻くソウテンを、ゲツエイは優しく撫でながら宥めた。ここまでやって漸く彼女の声が届いたのか、徐々にソウテンの動きが鈍くなっていった。

 

 ソウテンに声が届いたのをみて、ゲツエイは怨面を取り素顔をソウテンに見せた。紫と金の瞳がソウテンを真っ直ぐ見る。

 それを見て、ソウテンの動きが本格的に止まる。

 

「ッ!! ヨ……ミ……サン」

「ね? 大丈夫でしょ? だから……戻ってきて、健君」

 

 黄泉は顔をソウテンにそっと近付け、怨面越しに彼に口付けをした。

 

 それが決め手となったのか、ソウテンの体を覆っていた瘴気が消え去り怨面がゆっくりと外れて落ちた。

 

 変身が解けた時、そこにあった健の顔は歓喜の涙で濡れていた。

 

「黄泉さん!! ゴメン、僕……僕――!?」

「いいの。私を心配しての事でしょ? 謝るのは私の方だよ」

「でも……」

 

『ごちゃごちゃと何を悠長に話している!!』

 

 互いの無事を喜び合う2人に、バケヨロイが無粋にも攻撃を仕掛けた。黄泉が変身を解いたが為に、分身も消えてしまったのだ。

 

 2人目掛けて振り下ろされるバケヨロイの刀。それを、間に入った紫が結界で受け止め2人を守った。

 

「ぐぅぅっ!?」

「師匠!?」

「河南さん!?」

「若造共! 乳繰り合っとる暇あるならさっさと戦え! 敵はまだいるのじゃぞ!!」

「ち、乳繰り合ってなんかいません!?」

「良いから早うせい!? 流石にコイツ相手には何時までも長持ちせん!!」

 

 紫の言う通り、結界が限界なのか徐々にひび割れていく。それを見て、2人は互いに頷き合うと怨面を手に並び立った。

 

「黄泉さん……行こう!」

「うん、健君!」

 

「オン・マイタラ・ラン・ソウハ……」

「オン・アリキャ・コン・ソワカ……」

 

「「変身!!」」

 

 2人は同時に怨面を装着した。

 

 その瞬間、健は確かに聞いた。この場の何者の物でもない、しかし以前確かに聞いた声を……

 

『それで良い。お前が守る為、誰かの為に気高く戦うなら、私は幾らでも力を貸そう。さぁ、その手に掴め』

 

 声を聞き、健は理解した。自分は今まで試されていたのだ。ソウテンに……怨面に。

 

 以前夢で見た喋る鳥、あれは怨面だったのだ。この怨面には気高い意志が宿っている。誰かを守り、助ける事を望む気高い意志が。

 

 黄泉と出会う以前の健には純粋に力が無かった。

 

 黄泉と出会い、彼女に固執する様になってからは守ると言う最初に抱いた想いを失っていた。

 

 故に今まで、ソウテンはその力を完全に貸してはくれなかった。

 だが今は違う。今、健には力と心が備わっている。まだ未熟ではあるかもしれないが、それでも怨面が納得するだけの気高さを備えていた。

 

 であるなら、怨面は健に全ての力を与えてくれる。

 

「ハァッ!」

 

 黄泉がゲツエイ・オウカに変身する。白と桜色の衣装を身に纏い、頭に被ったフードを脱ぐ。

 

「退魔道具、蒼穹の鳳(そうきゅうのおおとり)!」

 

 一方ソウテンは、変身直後に新たな退魔道具を召喚した。

 

 呼び出すのは今までのソウテンでは扱う事が出来なかった、第4の退魔道具。ソウテンに……健に力と心が伴っていなかったが故に、怨面が使わせることのなかった最後の退魔道具。

 

「ピィーー!!」

 

 それは普通の退魔道具ではなかった。呼び出されたのは一言で言えば金属の隼。自分の意志で自由に飛び回る。

 

 金属の鳥……蒼穹の鳳は、ソウテンの周りを一周すると自ら彼の背中に装着された。

 

 鋭い鉤爪のついた両脚は両腕に装着され、頭は頭部に、胴体は背中に装着され彼の背に翼を授ける。

 

 これこそ、晃が健に伝えたかったソウテンの更なる力。

 その名も――――

 

「ソウテン・スザク、ここに推参!!」

 

 共に新たな力を得た、ソウテンとゲツエイ。2人が変身すると同時に、紫の体力が限界を迎え結界が破れる。

 

 結界を破り襲い掛かるバケヨロイの刃を、ソウテンとゲツエイは受け止めた。

 

『何ッ!?』

「「ハァッ!!」」

『ぐぁっ?!』

 

 バケヨロイの刀を受け止め、逆に殴り飛ばす2人。まさかの反撃に面食らうバケヨロイの前で、2人は互いに頷き合った。

 

「行こう、黄泉さん! こいつらと決着を付けよう!」

「うん、健君!」




という訳で第10話でした。

ソウテンとゲツエイ、最終形態です。ソウテンは強化パーツによる強化、ゲツエイは真の力を解放した事による強化と言った感じです。

次回はいよいよラストバトル! 前回と今回の鬱憤を晴らすような戦いをする予定ですので、どうかお楽しみに!

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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