仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~ 作:黒井福
本作も遂に最終話です。健と黄泉の最後の活躍をお楽しみください。
バケヨロイの攻撃を押し返したソウテン・スザクとゲツエイ・オウカ。
続いて先に動いたのは、ソウテン・スザクの方であった。
「フッ!」
『ッ!?』
突如、バケヨロイの視界からソウテン・スザクの姿が掻き消えた。一体何処に行ったのかと視線を彷徨わせるより早く、目にも留まらぬ速さで接近したソウテン・スザクの蹴りがバケヨロイを蹴り飛ばした。
『ぬがぁぁぁっ?!』
ソウテン・スザクはソウテンの本来の戦い方である速度を極限まで強化した姿だ。ソウテンの目からは止まって見えるほどの超高速での行動は、敵対する者の目には捉える事が出来ない。
正しく風となって動き回るソウテンを、バケヨロイは捉える事が出来なかった。
そのままソウテンの攻撃は続き、蹴りに加えて両手の装甲から伸びた鉤爪による攻撃でバケヨロイの体に残った鎧が見る見るうちに削れていく。
『ぬぐぐぐぐっ!? 調子に乗るな小僧が!!』
勿論バケヨロイもやられてばかりではない。確かにソウテン・スザクの速度は脅威だ。だが耐える事が出来ないほどではない。
であるならば、バケヨロイに取れる手段はソウテンの攻撃に耐え、一瞬の隙をついて反撃の一撃を叩き込む事であった。
果たしてその機会は直ぐにやって来た。注意深くソウテンの動きを観察し、視界の端に一瞬だがソウテンの姿を捉える事に成功する。
バケヨロイにとってはそれ十分であった。刹那の瞬間を見切り、バケヨロイはソウテンに向け刀を振り下ろす。
『貰ったぁ!!』
放たれた雷鳴の様な一撃。しかしそれを放たれた筈のソウテンは、次の瞬間霞の様に消えてしまった。
『なっ!?』
今の一撃は確かにソウテンを捉えた一撃だった筈だ。しかも記憶が確かなら、あの瞬間ソウテンは攻撃の動作に入っており回避が出来る状態ではなかった。そんな状態から一体どうやって回避したと言うのか?
疑問を抱いたバケヨロイに別方向からソウテンの攻撃が突き刺さる。
『ぐあぁぁぁぁっ?!』
「健君を捉えたと思った? 残念でした」
そう言ったのはゲツエイ・オウカ。今し方、バケヨロイがソウテンだと思って攻撃したのは彼女が作り出した幻影だったのだ。
ゲツエイ・オウカが使う稲荷の炬火は、火球による攻撃だけでなく分身や幻影を操り戦う事が出来る。それは自分自身だけでなく、任意の他人の姿に関しても同様だった。
超高速で動き回るソウテンを、ゲツエイが幻影を用いてサポートする。息のあった2人の攻撃にバケヨロイは圧倒されていた。
しかし、バケヨロイとて複数の化神を従えるほどの実力者。加えて黄泉が熟成させた負の感情を吸収した事で、その力は数倍にも強化されている。
確かにソウテンの速度とゲツエイの幻影は厄介だ。それは認めよう。だがしかし、2人の攻撃には致命的に足りていないものがある。
それは単純な力だ。事実これまでにバケヨロイは何発もソウテンとゲツエイの攻撃を喰らっているが、実際のダメージ自体はそこまでではなかった。
対して、ソウテンは然して防御力が上がったようには見えないしゲツエイも鎧の面積自体は大きくはない。攻撃を当てさえすればそのダメージは無視できないものになる筈だ。
バケヨロイは2人の攻撃に耐え、反撃の機会を伺った。
その機会は意外と早くに訪れた。バケヨロイの苦し紛れの薙ぎ払いに、ゲツエイが思わず動きを止めたのだ。
その瞬間をバケヨロイは見逃さない。動きを止めたゲツエイに、バケヨロイは容赦なく刀を振り下ろした。
『死ねぇぇぇぇぇぇっ!!』
「ッ!?」
バケヨロイの薙ぎ払いで体勢を僅かながら崩していたところにこの攻撃。タイミングが悪くて回避する事が出来ない。
このままではやられる…………そう思った次の瞬間、ゲツエイとバケヨロイの間にソウテンが割って入った。
その行動にバケヨロイはソウテンの事を愚か者と罵った。バケヨロイから見てもソウテンは防御力に優れているとは言い難い。そんな彼が態々ゲツエイを庇うなど、自殺行為に他ならない。
若造が自惚れたかと、嘲笑しながらバケヨロイがソウテンに刀を振り下ろす。
瞬間、ソウテンの背中に装着されていた翼が彼を包むように閉じられた。そんな動きをするとは思っていなかったが、その程度で防げるとも思えない。何しろ見た目ただの金属製の翼でしかないからだ。
だが閉じられた翼に刀が当たった瞬間、刃はガキンと言う音と共に弾かれた。
『何ッ!?』
何かの間違いかと何とか刃を叩き付けるバケヨロイだが、悉く鎧と化した翼により弾かれる。こんな見た目大した防御力などなさそうな翼で攻撃が防がれる事に、バケヨロイは信じられないと言った顔をした。
『な、何故だ!?』
「……僕はもう、決めたんだ」
『何?』
「守る事を、忘れないって――!」
これこそ蒼穹の鳳を装備した事によるソウテンのもう一つの姿、その名もソウテン・ゲンブである。
ソウテン・スザクがソウテンの持ち味である速度を最大限に強化した姿であるなら、ソウテン・ゲンブはその逆。ソウテンの弱点であった力と守りの弱さを補った姿だった。
陣羽織の様に閉じた翼は強固な防御力を誇り、何者をの攻撃も通さない。そして同時に力も強化されており、その一撃は分厚い鋼鉄をも軽々引き裂くほどの力を持っていた。
「ハッ!」
お返しとばかりにソウテンが腕を振るい、籠手に装着された鉤爪でバケヨロイに斬りかかる。スザクの時点でのソウテンであれば、その一撃は多少のダメージとはなってもバケヨロイを退かせるほどの一撃とはなりえなかっただろう。
だが…………
『がぁぁぁぁぁっ?!』
今度の一撃は一味違った。何とバケヨロイの鎧を大きく切り裂き、それだけでなくその下にある肉体をも傷付け血を流させる。
速さと力強さを切り替えて戦うソウテン。その力は明らかに今までとは一線を画しており、黄泉の負の感情で強化されたバケヨロイを相手に善戦していた。
それに続けと言わんばかりにゲツエイも攻撃に参加する。
「はぁぁぁっ!」
『ぐぬっ!? えぇい!』
ゲツエイが放った火球を、バケヨロイは刀で切り払って防ぐ。ソウテンに押されたとはいえ、バケヨロイ自体元々力の強い化神だ。その気になれば十分強い。
しかしゲツエイとて、以前のままではない。
「ふぅぅぅ…………」
稲荷の炬火を手に、精神を集中させる。すると杖の先端に灯っていた青白い炎が勢いを増して良き、大火となったかと思うとガスバーナーの様に火が集束していき、やがて大振りな刃の形となった。
柄の長い炎の大剣となった稲荷の炬火で、ゲツエイはバケヨロイを攻撃する。
「たぁぁぁぁぁっ!!」
『うぐっ!? ぬぉぉぉぉぉっ?!』
高温の炎の刃はあらゆるものを溶断する。それはバケヨロイの鎧と肉体ですら例外ではない。
鋭さではなく、熱さによりゲツエイの刃はバケヨロイを大きく傷つける。
「バケヨロイ様!!」
まさかバケヨロイがここまで押されるとは思っていなかった将之は、驚愕しながらもバケヨロイを援護すべく呪術を放つ。粘つく黒い炎が2人に飛んでくる。
将之の呪術をソウテンがゲツエイの盾となって防いだ。すると粘つく炎がソウテンの全身を飲み込もうとする。
「うっ!? くぅっ?!」
「健君!?」
紫には及ばないとは言え、バケヨロイに与する呪術師だからだろうか。粘つく炎の熱がソウテンの体を焼いていく。しかもこの炎、粘つく見た目通り払おうにも払えない。
身を焼く熱にソウテンが苦しむのを見て、ゲツエイが杖を振るう。するとその杖の動きに合わせて黒い炎が動き、ソウテンから離れて消えていった。将之の呪術をゲツエイが打ち消したのだ。
「あ……黄泉さん、ありがとう!」
「お礼は後! 来るわよ!」
「ッ!?」
今の一瞬で2人の意識がバケヨロイから離れてしまった。その隙にバケヨロイは体から瘴気を噴き出し、再び影獣を何体も作り出し2人を襲わせた。
『我が分身達よ、行け!!』
牙を剥き襲い掛かって来る影獣達。それを前に、2人は一瞬互いに目を合わせると頷き合った。
「ハッ!!」
ソウテンが再びスザクとなって、高速で動き回り次々と影獣を仕留めていく。一体一体の強さはそれほどでもないのか、高速で動き回るソウテンに影獣は翻弄され消えていった。
だが生み出された影獣は数が多い。その数の多さを利用して、物量戦でソウテンの行動を制限して追い詰める。四方八方からソウテンとゲツエイに飛び掛かり、2人の体をズタズタに引き裂こうとした。
しかしそれはゲツエイが生み出した幻影。四方から影獣が襲い掛かった瞬間、2人の姿は霞の様に消え影獣は互いにぶつかり合お潰し合う。
「さっきのお返しよ!」
一塊になった影獣を、ゲツエイが杖から放った炎で焼く。高温の劫火が影獣達を欠片も残さず焼き尽くした。
これで残るはバケヨロイのみ。
『こ、この我が、ここまで――――!?』
「バケヨロイ様!?」
『こうなったら――――!!』
徐にバケヨロイは将之の方を見た。そして何を思ったのか、手にした刀で彼の腹を刺し貫いたのだ。
「がっ!?」
「えっ!?」
「な、仲間じゃないの!?」
「そんな訳あるまい。化神は所詮化神、人間など木端程度にしか思っておらん。利用できるから傍に置いていただけよ」
「ば、バケヨロイ、様……」
『貴様の力、我に捧げよ!!』
紫の言葉を表すかのように、バケヨロイから放たれた瘴気が手の様になって将之の体を掴み、飲み込んでいく。
将之の体を全てのみ込んだバケヨロイは、彼の命と呪術を取り込みさらに力を増した。
『おぉぉぉぉぉっ!! がぁぁぁっ!!』
「ッ!? 黄泉さん!!」
バケヨロイが気合と共に刀を振るうと、軌道が斬撃となってゲツエイに向け飛んでいった。
飛んできた斬撃を、ソウテンはゲンブとなって防ぎ彼女を守る。
「くっ!?」
「健君、大丈夫!?」
「な、何とかね。それより……」
『ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
2人の視線の先で、バケヨロイが次々と瘴気を放っていく。その瘴気は、地面を穢し空気を焼いていった。
このままだと町全体があの瘴気で包まれてしまう。そのまえに勝負を付けなくては。
「黄泉さん、行くよ!」
「えぇ!」
それを止めるべく2人がバケヨロイに最後の攻撃を仕掛ける。
飛び出した2人の姿に、バケヨロイは黒い炎を纏った刀を振り下ろした。
『死ねぇぇぇぇぇ!!』
最初の標的となったのはソウテン。ゲンブとなっている今の彼の防御力は大したものだが、先程よりさらに力を増したバケヨロイはその防御力すら上回っている自信を持っていた。馬鹿正直に正面から向かってきたソウテンを、叩き切るべく刀を振り下ろす。
それをゲツエイが割り込んで炎の大剣で弾く。薙ぐ様に振るわれた大剣が、黒い炎を纏うバケヨロイの大剣を逸らしソウテンへの直撃を防いだ。
『グッ!?』
絶好の攻撃を失敗し、隙を晒したバケヨロイの前からソウテンが姿を消した。スザクとなって高速で動いたのだ。
何処へ行ったと探す間も無く、横から飛んできたソウテンの飛び蹴りにバケヨロイがバランスを崩す。そこに続くのはゲツエイの斬撃だ。薙ぎ払われた大剣が瘴気ごとバケヨロイの体を切り裂く。
『ぐぉぁぁぁぁぁあああっ!? おのれぇぇぇぇぇ!!』
2人はその後も互い違いにバケヨロイへの攻撃を続けた。
ソウテンが攻撃されそうになればゲツエイの幻影と大剣が……
ゲツエイに意識が向けば超高速で動くソウテンが……
息の合ったコンビネーションでバケヨロイを追い詰めていった。
『ぐはっ!? そ、そんな、馬鹿な事が…………!?』
黄泉の負の感情に加え、更には将之の命までをも取り込み強くなった筈なのに、若き御伽装士2人に追い詰められている事が信じられないと言った様子のバケヨロイ。
そんなバケヨロイに、2人はトドメの一撃を放った。
「退魔覆滅法、蒼穹日輪撃!」
「退魔覆滅法、桜花散弁脚!」
『ッ!?!?』
暗天をも貫き青空の上で輝く太陽の光を背に飛び蹴りを放つソウテンと、無数の桜の花弁を纏いながら飛び蹴りを放つゲツエイ。
2人の攻撃をバケヨロイは刀で受け止めようとする。が、既にボロボロとなり力の弱ったバケヨロイでは2人の渾身の必殺技を受け止められるわけがない。
『うぐぐぐぐぐぐっ!?』
「「ハァァァァァァァァッ!!」」
2人とバケヨロイが互いに負けるものかと踏ん張り合う。
その最中、突如バケヨロイの力が弱まった。
『なっ!? 貴様ッ!?』
何故だか分からないが、バケヨロイが何かに驚き意識を取られる。
「「ハァッ!!」」
『しま――』
バケヨロイの力が弱まったのを2人は見逃さない。ここぞとばかりに力を籠め、一気に相手の防御を打ち破った。構えていた刀は砕かれ、それでは終わらずバケヨロイの体を蹴りでどこまでも押し込んでいく。
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁっ!?』
「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」」
バケヨロイの断末魔と2人の気合が重なり合う中、遂に限界を迎えたバケヨロイの体を2人が貫いた。
腹に大穴を開け、その場に佇むバケヨロイの背後に2人が着地する。
一瞬の静寂。
傍から見ていた紫が見守る前で、2人が立ち上がると同時にバケヨロイの体が崩れ落ち派手に爆発した。同時に瘴気も雲が切れる様に消えていく。
その光景を振り返った2人は満足そうに眺め、紫も安堵の溜め息を吐いた。
「全く…………一時はどうなる事かと思ったが……」
ともあれこれで一件落着か……と思ったその時、何処からかやって来た影狐が紫の陰の中に入った。
すると紫が眉間に皺を寄せ、疲れたように溜め息を吐いた。
「はぁ~……やれやれ、仕方ないのう」
「はぁ……はぁ……くそっ!?」
戦いの場となった広場から離れた路地裏で、将之は傷付いた体を引き摺りながら歩いていた。
あの時バケヨロイに取り込まれた将之であったが、完全に取り込まれてはおらず命を削りながらも逃げ出せるように呪術を使用していた。そしてソウテンとゲツエイの最大の攻撃を防ぐことにバケヨロイの意識が向いた瞬間、彼はどさくさに紛れてバケヨロイの中から逃げ出していたのである。
お陰で大分寿命が縮んでしまったが、彼はまだ生きていた。
「まだです、まだ終わってはいません――! 私が生きてさえいれば――――!」
「狂信者の割に、生き汚い性格しとるのう? 主と崇めた化神に食われて死ねれば本望ではないか?」
「ッ!?」
突然背後から声を掛けられた。振り返ればそこには失った片目から涙の様に血を流している紫の姿。
「な、何故私が生きていると!?」
「ワシは用心深い性格でのう。お主が伏兵でも用意してはおらんかと、こっそり周囲を警戒しておったのじゃよ。ま、徒労に終わるかと思えばお主が逃げるのを見つけられたから別に構わんがの」
そう言った直後、紫の足元の陰から影狐が姿を現した。だがそのサイズは明らかに何時もより大きい。紫自身どころかワゴン車をも超える大きさになり、普段は存在しない血の様に赤い目が開かれる。
「生憎とワシは優しくはない。相手が人間であろうと、敵であれば確実に始末する。あ奴らにはそこまで出来るとは思わんがの」
それを紫は決して悪い事とは思わなかった。こいつは放っておけばまた確実に悪さをしでかす。それを未然に防ぐ為なら殺すことも厭わない。
そしてそれが出来ないだろうソウテンも甘いとは思っても悪いとは思わなかった。彼の強さはその優しさあってこそだ。
唯一ゲツエイがどうかは微妙なところだが、人を愛し愛される事を思い出した彼女は修羅から人に戻った筈。となれば、仇で悪党である将之に対して、手を下す事を躊躇するかもしれない。
この悪党相手に躊躇う事は危険だ。だからこそ、自分が手を下す。
「あ、あわわわわ!? た、たす、助け――――!?」
「断る…………喰らえ」
「ガルァァァァァッ!!」
「ひ――――!?」
無慈悲に紫は式神に命じ、将之を食わせた。
影狐は血の一滴も残さず将之を喰らいつくし、今度こそその命を終わらせた。
その光景を紫は無感動な目で見つめていた。
「これで本当に、一件落着…………じゃな」
そう呟くと、紫は影に溶け込むようにその場から姿を消したのだった。
***
あの後、町の騒動は晃によって連絡を受けた御守衆の総本山により鎮静化が図られた。表向きには、地下から有毒ガスが噴出し町中が酷い酸欠状態になったという事で収まったらしい。
あれだけの規模にも拘らず、二次災害などによる被害も小さく死者は1人も居なかった。その事に健は心の底から安堵し、そして共に戦ってくれた黄泉に心から感謝した。
騒動の後、健は黄泉を食堂へと招き感謝の意味も込めて盛大に料理を振る舞った。黄泉は最初遠慮していたが空腹には勝てず、また紫にも促されご馳走される事となる。
健は裕子と共に腕によりをかけて料理を振る舞ったが、バケヨロイたちとの戦闘で盛大に腹を空かせた黄泉の胃袋を満足させるのは容易な事ではなかった。一度食べ始めると、次から次へと皿を開けていく黄泉の姿に裕子だけでなく晃も絶句し冷や汗を流す。
彼女の食欲を唯一受け止め、笑顔で彼女に料理を作ったのは健だけであった。
それから一夜明け、日が昇ると同時に黄泉は日向食堂の前に立っていた。その傍には健の姿もある。
昨夜は共に笑い合って食卓を囲んだ仲だが、今の2人の表情は柔らかくも少し暗い。そう、別れの時が来たのだ。
「行っちゃうんだね?」
「うん……元々、ここには化神を倒しに来ただけだしね」
黄泉と紫は化神の気配に引かれてこの町へ流れ着いただけ。化神の気配が無くなれば、次の狩場を求めて流離う。
今まで黄泉はその事を何とも思っていなかった。寧ろ多くの化神を殺せるなら望むところとまで思っていたくらいだ。
だが今、彼女はここを離れる事を惜しんでいる自分が居ることに気付いていた。言うまでもない、健との別れが嫌だったのだ。
久しぶりに友達となってくれた、共に笑ってくれた…………愛し愛される事を思い出させてくれた男の子。最愛と言っても過言ではなくなりつつある彼との別れは、とても惜しい。次にいつ会えるかは分からないのだ。
だが所詮自分は身寄りのない根無し草。親も家もなく、頼れるのは紫だけ。そして紫が流離うのなら、自分はそれについて行くだけだ。
黄泉は自分にそう言い続け、健との別れの悲しみを押し殺した。
「う……ぐすっ」
一方の健もまた、黄泉を必要以上に引き留める事はしなかった。それが彼女の選んだ道であると言うのなら、口を出すのは傲慢以外の何物でもない。
だが溢れる悲しみと寂しさは抑え切れるものではなく、目から涙が零れるのを押さえられなかった。声には出さないが、流れ落ちる涙が頬を優しく濡らす。
健の泣き顔を見て、黄泉は胸が痛んだ。せめて何かする事は出来ないかと考え、彼に近付くと指で彼の涙をそっと拭う。
そして…………
「ん……」
「ッ!?」
黄泉はそのまま健の顔に自分の顔を近付け、彼の唇にそっとキスをした。ずっと共に居る事は出来ないが、せめてこれくらいは…………
「…………はっ」
「あ、よ、黄泉さん――!」
黄泉は健の唇から離れ、そのまま歩き去ろうとする。健はその背に手を伸ばすが、歩き去る彼女には届かない。
「じゃあね、健君。…………もし縁があったら、また会いましょ?」
そう言って黄泉は今度こそ健から離れようとした。
だがそこに何時の間にか黄泉の背後に居た紫が声を掛ける。
「何を勝手に話を進めておるのじゃ」
「わっ!? し、師匠何時の間に?」
「別に何時でも良かろう。それより問題はお主の方じゃ。何を勝手にまたワシについてくる方向で話を進めておる?」
「え? 師匠、それってどう言う……?」
紫の言いたい事が今一分からず首を傾げる黄泉に、紫は背を向けたまま答えた。
「黄泉……お主はもう卒業じゃ。ワシから教えられることは何もない」
「――――え?」
「これからはワシに関わらず、自由に生きよ。もうお主は人の中で生きられる体となった。心配する事は何もない」
「ま、待ってください師匠!?」
突然の卒業宣言に目を白黒させる黄泉だったが、それが紫との別れである事はよく分かった。分かってしまった。故に黄泉は反論する。
「いきなり卒業とか、そんな事言われても納得できませんよ!」
「そうする方がお主の為だから言うとるのじゃ。事実お主も、小僧と別れるのを惜しんでおるだろうが」
「それは……でも――――!?」
「黄泉さん……」
尚も食い下がる黄泉を、健が宥めた。何となくだが、健には紫の考えが分かってしまったのだ。
紫は今までずっと、黄泉が人間として表社会で生きられるようにと願っていた。それは家族を失った彼女への同情でもあるし、彼女の身に降りかかる悲劇に気付く事が出来なかった事への謝罪でもあった。
今の黄泉は化神の左目を持っていないし、御伽装士として十分に力も付けた。何より、彼女の居場所となってくれる健が居る。
紫にとって、黄泉を人間社会に戻すには今が絶好のタイミングだったのだ。
「河南さんは、その……本当にそれでいいんですか?」
「良いも悪いもあるものか。それが黄泉にとっての最善よ」
「でも、河南さんがどこかに行く必要なんてないんじゃ……」
「ワシは死を装って御守衆を抜けた人間ぞ? この先ここに居ては面倒を引き寄せてしまうに決まっておる。離れた方が良い」
「それは……」
確かに、紫が生きていると分かれば軽い騒ぎにはなるだろう。だがそんな悪い事になるとも健は思わなかった。
しかし紫の意志は固い。彼女は黄泉と別れるつもりのようだ。その頑なさが黄泉にも伝わったのか、黄泉は涙を流しながらもそれ以上我儘を言う事はしなかった。
涙を流しながら、引き留めようとする言葉を唇を噛んで押さえる黄泉に紫は後ろ髪を引かれそうになりながらも、最後の別れの言葉を口にし黄泉の前から立ち去ろうとした。
「ではさらばじゃ、愛弟子よ。達者で暮らせ」
「師匠……」
「小僧、愛弟子の事はお主に託す。じゃがもし、愛弟子を傷付けたり悲しませたりしてみよ。その時はワシがお主を縊り殺す」
「はい……黄泉さんは必ず、僕が笑顔にしてみせます」
「…………頼んだぞ」
そう言って紫は静かに歩き出す。早朝の静かな町に、紫の足音が小さく響く。
その背に向けて、黄泉は涙を流しながら声を掛けた。
「師匠!!」
「ッ!」
「今まで……今まで、長い間、本当にお世話になりました!! ぐすっ、このご恩は、一生忘れまぜん!!」
「いづが……何時か、絶対に恩を返します!!」
「このお店、本当に美味しいんです! 師匠も絶対気に入ります!」
「師匠が帰ってくるまで、私、ここでお料理を沢山学びます!! 師匠が帰ってきた時、沢山……だぐざん、お料理でお迎えでぎる様に!!」
「だがら!……だから、ぐずっ……また会いましょう!!」
涙をボロボロ流しながら、必死に別れの言葉を絞り出す。紫はその間、ずっと前を向いてばかりで黄泉の方を見なかった。
背を向けた紫がどんな表情をしているのかは、健にも分からない。だが想像する事は容易だった。
紫の肩が小さく震えている。きっと、今紫も静かに涙を流しているのだろう。
その証拠に紫は一瞬、目元を拭うような仕草をした後振り返らずに黄泉の言葉に答えた。
「~~ッ、気が向いたらの」
それだけ言って、紫は呪術を用いてその場から霞の様に姿を消した。黄泉は暫く紫が消えた場所を見つめていたが、我慢できなくなったのか健に抱き着き涙を流した。
「ぐすっ! う、うぅ……師匠!」
紫との別れを惜しみ、涙を流す黄泉を健は優しく抱きしめそっと背を撫でた。
親が子をあやす様に、優しく……優しく…………
黄泉と別れ、紫は日の当たらぬところを静かに歩いていた。
「ふっ……今更こんな気持ちになるとは、やはり歳かのう」
これからどうしようか。怨面は黄泉にあげてしまったから、今紫に残っているのは呪術しかない。これでは化神相手に出来る事も限られる。
「まぁ良い。出来る事は多々ある。焦る必要は無かろう」
黄泉の様に、御守衆が取りこぼした人を助けるのも良し。
化神の脅威を知る者に、呪術を教えて抗う術を与えるも良し。
化神に襲われて身寄りを失くした者に、御守衆を紹介するのも一つの手だろう。
そして……
「ふむ……久し振りに、旧友の元を訊ねてみるのも一興かのう?」
自分を死んだと思っている、今は年寄りとなった旧友を驚かせに向かうのも良いかもしれない。騒ぎにはなるが、上手くいけば早くに再び愛弟子に再会できるかもしれなかった。
「ともあれ、黄泉よ。幸せになるのじゃぞ」
紫は愛弟子の幸せを願い、社会の裏へと姿を消していったのだった。
町中を襲った化神の騒動から、早数週間が経った。
すっかり平和となった町で、健は何時も通りの朝を迎えていた。
「すぅ……すぅ……」
朝日が昇ったと言うのに、健はまだ夢の中だった。布団を深く被り、その温もりを堪能している。
その健の部屋の扉が静かに開かれた。部屋を開けた人物は足音を立てずに枕元へ向かい、健を起こさないように布団をどかすと――――
「健君! 朝よ!!」
大声で声を掛けつつ、手に持ったフライパンをお玉で叩いた。耳元で打ち鳴らされた騒音に、健も一気に覚醒し跳び起きる。
「うわわわわっ!?」
「おはよ、健君。もう朝よ」
「え? あ、黄泉さん……うん、おはよう」
健を叩き起こしたのは黄泉であった。
紫と別れてから、黄泉は日向家に居候の身となっていた。彼女には他に行く場所もないし、事情を知る健の家に居た方が色々と都合がいい。
最初晃と裕子は健に話を聞かされた時に驚いたが、健と黄泉が必死に頼み込むとその姿に折れて黄泉の居候を許した。彼女の様な女の子を1人放り出すのも可哀想だし、何より彼女は事情が複雑だ。
それからと言うもの、黄泉は居候をしながら日向食堂を健と共に手伝った。元々紫との生活である程度料理は作れたので、馴染むのも早い。
黄泉は裕子から料理を学びながら、気付けばこの店の看板娘の様な立ち位置に納まっていた。
強引に叩き起こされ、朝食を終えた健は黄泉と共に学校に向かう。普通に生活するのだから当然彼女も学校に通う必要があった。黄泉は、まさか再び学生になれるとは思っていなかったのでこれをとても喜んだ。
「おはよう、皇さん!」
「おはよう!」
「よぉ、日向! 相変わらずお熱いな!」
「う、うるさいよ!?」
最初少しギクシャクしていた黄泉だが、それもすぐに慣れ今では多くの友に囲まれている。やはり年頃の女の子、同年代の友人が出来るのは嬉しいらしい。
学校で黄泉が友人たちと盛り上がる話の内容は大体恋バナである。2人が同じ屋根の元で居候しているのは周知の事実となってしまっており、その事で女子は度々話が盛り上がっている。
「それでそれで? 日向君とはもうどこまで行ったの?」
「ど、何処までって、それは~、その~……」
「もしかしてもしかして、もう大人の階段上っちゃったとか?」
「きゃ~!」
「そんなんじゃないってば!!」
前々から健の友人だった三人娘の言葉に顔を赤くしながらも、黄泉自身の表情は満更でもなさそうだ。その様子に戸田は健にニヤニヤとした笑みを向けている。
「で、どうなんだ実際?」
「何でもないよ。黄泉さんの言う通り、そんなところまで行ってないってば」
「って事はその前までは行ったって事か?」
「そ、それは――――!?」
否定しようにも、黄泉とキスしている事実は変わらない。その時の事を思い出し健は顔を赤くする。
2人はそんな感じに、平和な日常を謳歌していた。
しかし、化神が居なくなったわけではない。そして2人もまた、御伽装士を止めた訳ではない。
学校からの下校途中、健のスマホに晃から着信が入った。内容は端的に、近辺で化神が出たというもの。
連絡を受け、2人は戦士の顔になると頷き合い現場へと向かった。
到着すると、そこでは今正に子供連れの親子を襲おうとしている化神の姿がある。2人は怨面を取り出し、御伽装士へと変身する。
「オン・マイタラ・ラン・ソウハ……」
「オン・アリキャ・コン・ソワカ……」
「「変身!」」
健と黄泉は、ソウテンとゲツエイに変身し化神に向けて蹴りを放つ。突然の蹴りに化神は反応が遅れ大きく蹴り飛ばされ、親子から距離を離された。
『ぐぁぁっ!?』
「え!? な、何?」
「ふぇ?」
今正に命の危険が迫っていた親子は、ソウテンとゲツエイの登場に目を丸くする。
「全く、最近大人しいと思ってたらこれだもの。今日は週末だから殊更に忙しくなりそうだってのに」
「それじゃ、早く済ませてお母さん達の手伝いに行かないとね」
「5分で片付けよ」
「いいや、3分だよ」
2人は一瞬見つめ合って笑い合うと、化神を倒すべく一気に駆け出した。
健と、黄泉…………最初は何も知らず、時にはすれ違う2人だったが今は違う。
2人はこれから共に歩んでいく。
人々を影ながら化神から守る戦士……御伽装士のソウテンとゲツエイとして…………
ここまで読んでいただきありがとうございました。これにて仮面ライダーソウテン完結となります。
最後に軽く補足しておきますと、ラストに黄泉が変身したのはオウカではありません。あれは力を全力で発揮する時のみ至る姿で、普段はある程度力を押さえた姿となります。
見た目の大きな違いは、フードと長いスカートの有無でしょうか。
最後になりますが、本作の執筆の許可を頂きマフ30様には本当に感謝しております。ありがとうございました。
また読者の皆様も、ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
それでは。