仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~ 作:黒井福
先日更新再開されたマフ30さんのビャクアに触発されて本作も執筆再開しました。
先ずは時系列的にソウテンの本編終了直後、大ちゃんネオさんのマイヤで健達が登場した話の少し前辺りの話です。
仙台市内に存在する一つの町……その中にある一軒の大衆食堂があった。
その食堂の名は、日向食堂。値段設定は良心的で、味も抜群で量も十分と、庶民には嬉しい食堂である。当然町の住民達からは人気の店であり、昼は近隣の勤め人達で、夕方から夜は仕事帰りの者達や家族連れなどで繁盛していた。
店はその味や値段もさる事ながら、それとは別に人気の秘訣があった。それは店の看板となる2人の少年少女である。看板息子と看板娘とでも言えば良いのだろうか。愛想がよく気配りも出来るこの店の主人夫妻の一人息子と、愛想に関しては彼に劣るが一生懸命で見ているだけで元気がもらえる少女の2人。特に少女の方は見た目も可愛いと言う事で密かに人気であり、来客の中には彼女を目当てにしている者も居るくらいである。
その少年と少女の名は、それぞれ日向 健と皇 黄泉と言う。
2人はただの店の人気者ではない。
彼らは化神と言う怪物から人々を守る戦士、御伽装士なのだ。御守衆と言う組織に属する、御伽装士ソウテンと御伽装士ゲツエイ……それが2人の知られざる正体である。
2人の出会いはホンの数週間前、一か月以上前に遡る。黄泉は師である河南 紫と共にこの町を訪れ、そして健と出会い最初は互いの事を知らぬまま化神と戦ってきた。
化神との戦いとは関係ない所で関係を深めていき、そしてバケヨロイとの戦いを経て黄泉は紫の指導を離れ健と共に日向食堂に居候しながら御伽装士として活動していた。
以降2人は互いに協力し合い、支え合って出没する化神から人々を救って来ていた。
そんな日々を送って早くも1か月。健は夜の営業を終え片付けと夕食を済ませると、学校の宿題を済ませてから台所でカフェオレを作り黄泉の部屋へとそれを持って行った。
黄泉の部屋は健のすぐ隣。ちょうどそこが空いていたので、黄泉はバケヨロイとの戦いが終わって以降はそこに住んでいる。元々家族を化神により奪われていた黄泉からすれば、新しい帰る場所があると言うのは素直にありがたい事であった。
健はそんな黄泉の部屋の前に立つと、部屋の扉を優しくノックして中に居る彼女に声を掛けた。
「黄泉さ~ん? 入るよ~?」
『は~い……』
部屋の中からは何だか疲れ切ったと言うか元気のない様子の黄泉の声が聞こえてくる。その声に健は苦笑しながら、ドアノブに手を掛けて扉を開いた。
扉を開けた彼の目に真っ先に飛び込んできたのは、部屋の真ん中にある丸テーブルに突っ伏した黄泉の姿であった。案の定の彼女の姿に、健は温かい目を向けながら彼女の方に優しく手を置いた。
「少し、休憩しようか? 温かいカフェオレ、作って来たよ?」
「ん~……ありがと……」
健の声に、黄泉がノロノロと頭を上げ胡乱な目でカフェオレの入ったマグカップを受け取り口を付けた。温かい湯気をあげるカフェオレをゆっくりと味わうように飲む彼女の姿を眺めながら視線をテーブルの上に落とせば、そこには少し古めかしい本とその内容を書き写している途中のノートが開かれていた。
それは呪術に関する教本の様な物だった。
黄泉が変身するゲツエイは、元々呪術などをメインにして戦う後衛型の御伽装士である。現役時代の紫は持ち前の類稀な呪術の腕を生かし、敵対する化神を封じ込めたり仲間の御伽装士をサポートしたりと活躍していた。
だが黄泉には呪術関連の知識がほぼ皆無であった。理由は即戦力化を図った紫が、ゲツエイ本来の戦い方を教えなかったからである。紫にとっても黄泉との出会いは偶然であり、彼女を拾えたことはある意味では幸運とも言えた。が、黄泉が元々化神や御伽装士の事を知らない一般人であると言う点が足を引っ張った。
言うまでも無いが呪術は普通に戦うのとは訳が違って、物にするまでに長い時間を要する。超常の力が振るえるようになったからと言って一朝一夕で扱いこなせるようなものではないのだ。
今までに関わることの無かった知識を無理矢理頭の中に叩き込もうとしているので、黄泉は頭がパンクしそうになり知恵熱で倒れそうになっていた。しかも彼女は健共々学校の課題などを片付けながら呪術についても学んでいるのだ。若干オーバーワークに近い学習量に、黄泉の頭からは今にも湯気が立ちそうになっていた。
「うぅ~、頭いったぁ~……」
健に作ってもらったカフェオレをチビチビと飲みながら頭を抱える黄泉に、健は彼女を労う様にその背を撫でた。生憎と彼も呪術を嗜んではいない為、彼女の為に出来る事は悔しくなるほど少ない。こうして休息の為の一品を拵えたり、近くで彼女を元気付ける程度だけだった。
「ゴメンね、僕も助けになれれば良かったんだけど、呪術は流石にね……」
「ん……ううん、大丈夫。気にしないで。これは私が頑張らないといけない事だから」
黄泉がここまで呪術を意地でも学ぼうとしているのは、偏に紫の名を穢さない為だった。
バケヨロイとの戦いを経て正式に御守衆の一員となった黄泉は、御伽装士として健と共に管轄区内での化神討伐に赴いていた。その際場合によっては平装士と顔を合わせる事もあったのだが、そんな中で平装士の中には紫の事を知っている者も居たのだ。
そして紫と彼女の変身するゲツエイを知る者は、黄泉の戦いを見て揃って同じ事を言う。
曰く、『ゲツエイなのに呪術を使わないのか』…………と。
最初それを言われた時は、あまり強く意識する事は無かった。だがそれを何度か経験すると流石に無視する事は出来なくなっていく。自分は紫からゲツエイを受け継いだのだと言う自負がある黄泉にとって、そのゲツエイが一種の失望に近い目で見られる事は自分が紫の名に泥を塗っているも同然であった。
これは暢気にしてはいられないと、黄泉は晃に頼んで呪術に関して記された書物を取り寄せてもらいこうして日々勉強に勤しんでいた。だが呪術の勉強は黄泉が思っていた以上に過酷なものであり、まだ呪術の基礎を学び始めたばかりであると言うのに早くも心が挫けそうになってしまっていた。
「あ~ぁ~、稲荷の炬火が使えればな~……」
「あれ使えば幻術とかは使い放題なんだっけ?」
「そ。使い方とかは全部ゲツエイの怨面が教えてくれるから、私でも呪術を使った戦いとか出来るんだけどさ。あれはオウカの時じゃないと使えないんだよね~」
因みに紫の場合はデフォルトでオウカに匹敵する真・ゲツエイに変身出来る為、必然的に稲荷の炬火も自在に扱える。しかし彼女の場合は別に稲荷の炬火に頼らなくても呪術が使えるので、退魔道具はサポート程度の存在でしかなかったが。
結局黄泉に出来る事は、頭から湯気を立てながら必死に知識を詰め込む事だけであった。
必死に頑張り師である紫の名誉を守ろうとする黄泉の姿に、健は眩しそうに目を細めながら彼女をそっと抱きしめ髪の毛を梳くように優しく頭を撫で彼女を労った。
「でも、黄泉さんもあんまり無理しすぎないようにね。頑張るのは良いし僕も応援するけど、それで黄泉さんが倒れたりしたら心配するから」
健からの心からの気遣いに、黄泉はカフェオレを飲んだのとは違う意味で自身の内側が温かくなるのを感じた。家族を失った絶望と怒り、憎しみで狂ってしまいそうだった自分を鍛えてくれた紫との別れで胸に開いた穴を埋めるように甘えさせてくれる健からの愛情に、黄泉は最大限甘えて彼に身を委ね目を瞑った。
「うん……ありがとう、健君」
それから少しの間、黄泉は健の腕の中で彼の温もりに包まれて心を落ち着けると、呪術の勉強を再開しこの日の分の勉強を終えると明日に備えて布団に入り眠りにつくのであった。
翌日……何時も通り学校を終え、帰宅後は2人で食堂を手伝いそれが終われば遅めの夕食を全員で囲む。その際に健の父、晃は何気なく黄泉に呪術の勉強の進捗具合を訊ねた。
「どうだい、黄泉ちゃん? 呪術の勉強は順調かな?」
「んぐっ!? ん、ん~……正直、ちょっと難航してます」
突然話を振られ、黄泉は口の中に含んでいた物が喉に詰まりそうになる。それを何とか飲み込むと、現状の率直な感想に渇いた笑いを浮かべながら答えた。彼女の様子から変なタイミングで声を掛けてしまった事に気付いた裕子が晃の脇腹を肘で小突いた。
「ちょっと……」
「うぐっ!?……は、ははは、済まなかったね。しかし、そうか……やはり独力で学ぶのは難しいか」
やはり欲を言えば講師役となる誰かに来てほしい所ではあった。とは言え黄泉1人の為に態々呪術師を呼び寄せるのも難しい。化神の被害を抑えたり御伽装士の援護の為、呪術師も忙しいのである。それを黄泉に呪術を教える為に来てもらうと言うのは…………
「誰か黄泉ちゃんに呪術を教えてくれるような人が居ればいいんだけどねぇ」
裕子も親身になって悩み、何気なくそんな事を呟いた。近場に黄泉に呪術を指南してくれる様な、そんな人物がいてくれればと。
その言葉を聞いた瞬間、晃は何かを思いついたように手を叩いた。
「あ、そうだ! 居るじゃないか、近場に呪術師が」
「えっ!」
「…………!? も、もしかして、
晃の言葉に黄泉が顔を上げ、対照的に健は俯いて考え込み誰の事を言っているのか考えた。そして晃が言っているのが誰の事なのかに気付いた瞬間、弾かれた様に顔を上げると何処か予想が外れてくれと願うような声で問い掛ける。
健がそんな反応を見せるなど珍しいと黄泉が首を傾げていると、晃は彼の口にした名前に頷いて肯定した。
「そうそう、その沼川さんだ。彼女も御守衆の呪術師だし、何よりここから結構近い所に居るからちょうどいいだろう」
「そんなに近いんですか?」
「隣の管轄に所属する御伽装士だよ」
その沼川と言う人物が誰なのか知らない黄泉が所在を訊ねれば、健が何処か苦い顔をしながら答えた。何処か露骨な健の表情に本当に珍しいとキョトンとした顔で彼の顔を見ていた。
「健君、その沼川って人と何かあったの?」
健がここまで他人を避ける様な態度を取るとは珍しい。もしやその沼川と言う人物は過去に彼と何かあって、それが原因で健も苦手意識の様な物があるのかと黄泉が問い掛ければ、彼は何とも言えない難しい顔になってそれを否定した。
「あ、あ~……いや、そう言う訳じゃないんだ。そうじゃないんだけど……」
煮え切らない健の様子に首を傾げる黄泉。晃も健がこんな姿を見せるのは珍しいと目を丸くしながらも、黄泉に呪術を教えるならおあつらえ向きと乗り気で沼川の所在をメモに書いて手渡した。
「まぁ、現役で呪術師の御伽装士だから、学べることは多い筈だよ。折角だから今度行ってみると良い」
「そうですね……分かりました! ありがとうございます!」
これで少しでも紫に近付く事が出来ると喜びメモを受け取った黄泉。それを見た健は何処か焦った様子で自分も行くと立ち上がる。
「え、あ……! ぼ、僕も行くよッ!?」
「え? 健君も? でも健君は別に呪術使わないし、こっちで何かあったら……」
「隣なんだから、クラマトルネイダーを使えばすぐだよ。それに黄泉さん、沼川さんの事何も知らないし、案内とか仲介する人は居た方がいいでしょ?」
まぁ健の言い分は的を射ている。黄泉にとって御守衆はまだアウェイな存在。健と日向夫妻のおかげで今の立ち位置に落ち着けているが、他の御伽装士を含む御守衆に対してはどうしても身構えてしまう。そんな彼女にとって、安心できる健が傍に居てくれるというのは正直に言ってありがたい申し出であった。
「そう……そうだね。健君、ありがと」
「ううん、これくらいどうって事ないよ。それに、黄泉さんとは、あまり離れたくないし……」
「健君……!」
ちょっぴり頬を赤らめながらの健の言葉に、黄泉も中てられた様に赤くなって俯いてしまう。恋人同士ではあるが初心な2人にとってはこういう会話はまだまだ恥ずかしさが勝るらしい。
そんな2人を晃が微笑ましく見守り、裕子は軽く手を叩きながら2人を自分達の世界から引き戻した。
「ほらほら! 健も黄泉ちゃんも、イチャつくのはご飯が終わってからにしてちょうだい」
「イ、イチャ……!」
「そ、そんなんじゃありませんッ!」
裕子の言葉に動揺しながら黄泉は茶碗の中の飯を、恥ずかしさを誤魔化す様にかき込んだ。だがあまりに急いで米を胃に押し込もうとしたからか、喉に詰まらせて苦しそうに胸元を叩いた。
「んぐっ!? ん゛、ん゛ん゛ッ!?」
「あわわっ!? 黄泉さんしっかり! これ、これ飲んでッ!」
「んぐっ、ん、ん……ん……プハァッ!」
健が手渡してくれた水を喉に流し込み、喉に詰まっていた飯を流し込む。危うく窒息しそうになるところを助けられ、黄泉は安堵と感謝の笑みを浮かべた。
「た、助かった……ありがとう、健君」
「良かった~、大丈夫?」
「うん」
大事無くてホッと一息つく2人。そこに裕子が爆弾を投下した。
「そのコップ、ついさっきまで健が使ってたやつね」
「え?……あっ!」
黄泉に水を飲ませる為に使ったコップは、直前まで健が使っていた物だった。そして健は黄泉に水を飲ませる前に、自分でも何口か水を飲んでいる。つまり黄泉は健が使った後のコップの縁に口を付けたという事であり、間接キスをした事実に黄泉だけでなく健も顔を真っ赤にさせた。
「ご、ごめ、黄泉さん……! と、咄嗟の事で……」
「う、ううん、大丈夫ッ! 大丈夫、だから……!」
まぁ2人は既に2度ほど口付けをした間柄ではあるので、今更間接キス程度で動揺するのはどうかと言う気もしなくはないが、まだまだ互いに傍にいるだけで十分満たされている段階なので、それ以上のスキンシップに対してはまだ恥ずかしさが勝っていた。健の方は少しでも仲を進展させようと、黄泉に対して過剰にならない程度にスキンシップを増やしたりしているのだが。
顔を真っ赤にしてモジモジする2人の初々しさに、裕子と晃は口の中に甘酸っぱさが拡がるのを感じずにはいられないのだった。
***
週末の土曜日、健と黄泉は沼川と言う御伽装士の元を訪れていた。移動は健のクラマトルネイダー。少し前まではまだ正式な運転免許を持っていなかった健だが、つい先日急ぎ取得した為今では大手を振って公道を走らせる事が出来る。黄泉を後ろに乗せての遠出は、遊びに行く訳ではないのだが非日常感を久し振りに感じさせ2人の心を躍らせた。
「ねぇ? その沼川ってどんな人なの?」
道中、黄泉は健にこれから会う沼川と言う人物について訊ねてみた。彼があれほど露骨に会う事を渋るほどなのだから、余程正確に問題がある人物だったりするのかもしれないと不安を感じながら聞いてみれば、返って来たのは少し意外な答えだった。
「ん~、端的に言えば面倒見のいいお姉さんかな。僕も駆け出しの頃は何度か世話になったし。ほら、僕が御伽装士になりたての頃は、近場から援護の御伽装士が派遣されたって話したでしょ? それが沼川さんなんだよ」
「そうなんだ? へぇ~……」
しかしこうなると余計に分らなくなってくる。今の話しぶりからは、沼川に問題がある様に感じられない。ますます深まる疑問に、黄泉はちょっと踏み込んで訊ねてみた。
「そんなに頼りになる人なのに、健君何であんなに渋い顔してたの?」
「うぇっ!? ぼ、僕、そんな顔してた?」
「うん。裕子さんも気付いてたよ? 晃さんは気付いてないって言うか気にしてない感じだったけど」
黄泉の問い掛けに、健は思いっ切り言葉に詰まった。必死に言葉を選ぶように呻き声を上げる彼の姿に、黄泉は沼川と言う人物の事がますます分からなくなり不安を抱いた。
不安を抱く黄泉を後ろに乗せたまま、健が駆るクラマトルネイダーは目的地へと到着した。
日向食堂がある町からバイクを走らせ数十分、辿り着いたのは2人が住んでいる町に比べれば繁華街と言うイメージが強い町の一画であった。普段暮らしている中では目にする事のない派手めな店が軒を連ね、道行く人々も何処かお洒落な雰囲気が漂う。
健達が普段暮らしている町は学校を中心に住居や商店街、飲食店が目立つのでそう言う印象があるのかもしれない。
健はそんな町の駐車場にバイクを停めると、黄泉を伴ってとあるビルとビルの間の路地へと入っていく。表通りと比べて明らかに暗い雰囲気の路地を進もうとする彼に、黄泉の不安は更に高まり思わず彼の服の裾を掴んで引き留める。
「あ、あの、健君? 本当にこの先なの?」
不安を滲ませる黄泉の姿に、健は安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫、間違ってないよ。さ、この先だから」
健がそう言うのならと、黄泉も覚悟を決め路地を進んでいく。
薄暗く所々にゴミが落ちている、お世辞にも清潔とは言えない路地を進んでいくと怪しいネオンに照らされた扉が見えた。扉には看板が掛けられており、それには『アユユの占い屋』と書かれている。どうやらこの扉の中は占い屋をやっているらしい。占い屋と言えば道の脇に小さなテーブルを置き、それを挟んで客と占い師が向かい合う印象が強かったので規模は分からずとも扉と屋根のある建物で占いをしているのは珍しいと黄泉は感じた。
扉の前に立つと、健は一度立ち止まり軽く深呼吸した。何か覚悟を決める様な健の姿に、黄泉も緊張が伝播したように唾を飲み込む。
黄泉の緊張を察してか、健は彼女の手をそっと掴むとしっかりと握りながら扉に手を掛け中へと入っていく。
扉を開けた瞬間、何とも言えぬアロマの匂いが黄泉の鼻を衝き思わず息を止めた。
「ん……ッ!」
「いらっしゃいませ~、お待ちしてましたよ~」
黄泉が思わず鼻を手で覆っていると、店の中から声を掛けられる。健の影に隠れて声の主が見えていなかった黄泉が、彼の肩からひょっこりと顔を覗かせるとそこには店の奥の椅子に腰掛けテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せているゴスロリ服姿の女性の姿があった。髪をショッキングピンクのシャギーが入った金髪に染め、紫色のゴスロリドレスを着た女性は入って来た2人に怪しげな笑みを浮かべながら口を開いた。
「お久し振りですね~、日向君。すっかり大きくなって~、お姉さん嬉しいです~」
「どうも、沼川さん」
「水臭いですね~。私の事は気軽にアユユって呼んでくれてもいいんですよ~? 私とあなたの仲じゃないですか~」
健と沼川――本人曰くアユユ――と言う女性のやり取りを傍から見て、黄泉が真っ先に抱いたのは掴み処がないという印象だった。のらりくらりとした雰囲気に健もタジタジと言った様子であり、なるほど彼が彼女の元を訪れるのを渋ったのも理解できる気がした。
その沼川と黄泉の目が合った。沼川の目がスライドするように黄泉の方を見て、目が合ったのを察するとその瞬間目と口を三日月型に歪めて笑みを浮かべた。その瞬間黄泉は言いようのない悪寒の様な物を感じて、堪らず健の背後に隠れるように彼の肩を掴んでしまう。
黄泉のそんな仕草を気にした様子もなく、沼川は黄泉に声を掛けた。
「そちらは初めましてですね~。私、
「は、初めまして……皇 黄泉、です」
特に何て事は無い挨拶の筈なのに、黄泉は今までにない位たどたどしい言葉遣いになってしまった。元来黄泉はそんなに人見知りと言うか、引っ込み思案な方ではない自覚がある。相手によって愛想が悪い時があるのは認めるが、それにしたってこんな他人と接するのが苦手な陰キャな態度は自分らしくないと違和感すら抱いていた。
そんな態度を取ってしまう自分を不思議に思っていると、沼川あらため鮎夢は椅子から立ち上がり部屋の壁際にある電気ケトルで湯を沸かすと3人分の紅茶を淹れ部屋の隅にあるソファーへと2人を促した。
「まぁ、立ち話もなんですし~、お茶でも飲みながらゆっくり話しましょ~」
そう言ってソファーの前にあるテーブルに紅茶の入ったカップを置き、2人を手招きする鮎夢だったのだが…………
「あの、沼川さん?」
「さ~、早くこちらに~」
顔を引き攣らせる健の前で、鮎夢は満面の笑みで
応接用なのだろうソファーとテーブルだったが、ソファーには対面に椅子が無い。部屋の規模から考えて恐らくは置くスペースが無かったのだろうとは分かる。大人数が訪れる事は無いだろうから、応接する場合はソファー一つで人数的には事足りるのだろうという事もまぁ分る。
だがそれにしたって、自分が真ん中に陣取りその左右にそれぞれ客を座らせるというのはどうなのだろうか? 健がそんな疑問を滲ませながら今一度鮎夢に声を掛けるが、彼女は全く意に介した様子を見せず再び自分の左右を軽く叩いて2人を急かした。
「沼川さん、その……」
「ほら~、お茶が冷めちゃいますよ~?」
急かしてくる鮎夢に、健はこれ以上の抵抗は無意味と観念して彼女を挟んで腰掛ける事を選んだ。下手に抵抗してヘソを曲げられでもしたら困る。
「た、健君……」
「大丈夫、大丈夫だから」
言いようのない不安に縋る様な目を向けてくる黄泉を宥め、彼女を鮎夢の右側に座らせると自分はその反対側に腰掛ける。2人に挟まれて満足そうに息を吐いた鮎夢は、カップから紅茶を一口飲むと早速本題に入った。
「それで~、お話にあった呪術を教えて欲しい子と言うのは~、この子の事ですね~?」
落ち着こうと温かな紅茶を口に運んでいた黄泉は、唐突に話題を振られて思わず紅茶が気管に入りそうになり咽ながらも頷き答えた。
「ンッ!? んぐ、けほっ……は、はい。え、えっと、沼川さんも御伽装士なんですよね?」
「そうですよ~。御伽装士ユウゲンで~す」
そう言って鮎夢が首に下げたネックレスを引っ張り上げると、ゴスロリドレスに包まれた胸の谷間から怨面が姿を現した。鮎夢がドレスの胸元を引っ張り胸の谷間を見やすくしてから怨面を引っ張り出そうとした瞬間、健が咄嗟に視線を逸らすも直前に彼女の谷間に視線が向いていたのを反対側に居た黄泉は見逃さなかった。
(むっ……)
自分以外の女性の色香に僅かな時間とは言え健の目が釘付けになるのを見て、黄泉の胸中にモヤッとした不快感が拡がる。黄泉が微かに嫉妬の炎を燃やしている事に、気付いているのかいないのか鮎夢は話を続けた。
「皇さんは~、あの河南 紫さんのお弟子さんと言う話ですが~?」
「ぁ、はい! そうです。ゲツエイも師匠から託されて……」
「でも~、肝心の皇さんは~、呪術に関してズブの素人だとか~?」
「う……はい、そうなんです。その……即戦力化を優先して、呪術よりも戦う術の方を学んでたら呪術を習う暇が無くて……」
ここら辺はタイミングの悪さもあったかもしれない。もし黄泉と健が出会うのがもう少し遅く、黄泉が紫の元を離れるのが後になっていれば、紫も黄泉に呪術を教えていたかもしれない。紫だってゲツエイの本来の戦い方が呪術メインの後衛である事は理解していた筈だ。ただ後衛が単独で戦うのに、近接戦の心得が無いのでは心許無いから呪術を後回しにしたに過ぎない。
しかし黄泉の口からその話を聞いた瞬間、鮎夢の視線が明らかに鋭くなった。まるで刃物を鞘から抜いたように冷たい視線を向けられ、黄泉は一瞬身構える。
「ッ!?」
「なるほどなるほど~。確かに私のユウゲンもゲツエイ同様、近接戦よりは呪術を用いた戦いの方が得意ですし~、私もそれ相応に呪術を嗜んでいます~。なので皇さんに呪術を教える事は吝かではありませ~ん」
「それじゃあ……!」
この分なら呪術の教えを受ける事も出来そうだと、黄泉が先程感じた危機感も忘れて笑みを浮かべた。対する鮎夢は、赤いルージュの引かれた唇に舌を這わせると湿らせた唇をそっと黄泉の耳元に近付け、指先で彼女の顎の線をなぞるように撫でながら囁いた。
「ただし~、私の教え方は厳しいですよ~。覚悟は良いですか~?」
耳元に鮎夢の熱い吐息が掛かり、顎先を白魚の様な指がなぞる感触に黄泉は背筋に再び悪寒が走るのを感じて堪らず顔を引き攣らせた。
その瞬間、健は素早く立ち上がるとソファーの反対側に回り、黄泉の肩を掴んで立ち上がらせながら鮎夢から引き離した。
「沼川さん、真面目にお願いします……!」
健に抱き寄せられるようにソファーから引き離された黄泉は、彼の腕の中に隠れるように身を寄せる。それを見た鮎夢は、クスクスと笑みを浮かべると立ち上がり今度は健の耳元に口を寄せた。
「分かってますよ~。あの、河南 紫さんのお弟子さんですからね~。ちゃ~んと、指導してあげますよ~」
まるで健を誘惑するような声色でそう告げると、トドメとばかりに彼女は健の頬に軽く口付けをした。彼の頬に赤いルージュの跡が付くのを見て、またしても黄泉の胸中に不快感が拡がった。健はそんな彼女の気持ちを知る由もなく、頬に着いたルージュを手の甲で拭った。
鮎夢はそんな2人の様子を見て小悪魔的な笑みを浮かべていた。
「そう言う訳ですから~、今後暫くよろしくお願いしますね~、皇 黄泉さ~ん」
「は……はい……」
一見するとフレンドリーに、しかしどこかこちらを虎視眈々と狙う捕食者の様な目で見てくる鮎夢の姿に、黄泉は一抹の不安を感じずにはいられないのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
黄泉は紫が促成栽培の意味も込めて呪術を教えずに御伽装士として戦わせていた為、本編終了後は黄泉は呪術が全く使えません。ゲツエイ・オウカとなれば稲荷の炬火で幻影などの呪術を扱えますが、素のゲツエイでは接近戦しか出来ません。ただ元々ゲツエイは呪術メインで戦う御伽装士なので、黄泉にも呪術を扱えるようにする必要がありました。マイヤの方で黄泉が呪術を使うシーンもありますので、その補完の意味もある話だったりします。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。