仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~ 作:黒井福
紫が築き上げたゲツエイのイメージと、彼女の名誉を守る為に同じ御伽装士であり呪術師でもある鮎夢に師事する事になった黄泉。
その鮎夢からの教練は、黄泉や健の想像を絶して厳しいものであった。
「……ダメですね~。こんな呪符では~、化神どころか赤子すら呪う事は出来ませ~ん」
「うぐ……」
黄泉が書き上げた呪符を、彼女の目の前で鮎夢が破り捨て火にくべる。陶器の皿の上で焚かれた小さな焚き火の中に放り込まれた黄泉の呪符は、あっと言う間に燃え尽きて灰になった。結構気合を入れ、途中でチクチクと小言を言われながらも時間を掛けて書き上げた呪符が灰になる光景に黄泉は悔しさと悲しさで涙が出そうになった。健がそんな彼女を心配そうに見つめ、少し厳しすぎると鮎夢に抗議しようとするがそれよりも先に彼女の方が口を開いた。
「これ、見てくださ~い」
「え?」
涙で視界が滲みそうになるのを黄泉が堪えていると出し抜けに鮎夢が1枚の呪符を取り出した。それは黄泉が作ったものではない。鮎夢が自分で用意し、文字を書き込んだ呪符である。鮎夢は取り出したそれを徐に黄泉の呪符を放り込んだ焚き火の中に突っ込んだ。指先が火で炙られそうになるのも構わず御札を火の中に翳す鮎夢に健が咄嗟に手を伸ばそうとするが、彼女はそれを手を上げて止め黄泉には火の中の御札をよく見る様に告げた。
「皇さ~ん、今火の中にある御札をよ~く見て下さ~い」
「火の中……って、えっ!?」
一体何を言っているんだと黄泉が改めて火の中を見ると、そこにあったのは火に炙られながらも燃えるどころか煤けもしない御札の姿であった。火など全く存在していないかのようにユラユラと揺れる御札に黄泉と健が視線を釘付けにされていると、鮎夢は満足したように御札を火の中から抜きヒラヒラと仰ぐ様に振った。
「良いですか~? 本当に力のある御札と言うのは~、こんな風にただの火で簡単に燃える事はありませ~ん。理由は分かりますか~?」
「え? い、いえ……そんな……」
そんな事言われたって御札が火の中で燃えない理由など分かる訳がない。そもそも御札や呪術のメカニズムすら完全に分ってはいないのだ。呪術素人の黄泉にこの問いかけは難題すぎる。
唸る黄泉に向け、鮎夢は今し方火に翳していた御札を投げつけた。御札は黄泉に向け飛んでいくと、空中で火花を散らしながら弾けた。目の前で御札が弾けた事に、黄泉は驚きのあまりひっくり返る様に尻餅をついてしまった。
「きゃあっ!?」
「黄泉さんッ! 沼川さん、何をッ!」
尻餅をついた黄泉を助け起こしながら健が抗議するが、対する鮎夢は全く意に介した様子もなく皿の上の焚き火を消した。
「今のはただの目くらまし用の子供騙しみたいな呪術です~。それでも火に負けて燃える事が無いのは~、御札に込められた念が十分に強いからですよ~」
「念?」
「怨念、に近いものでもありますね~。呪術とは元来、超自然的な力を借りて種々の現象を起こさせようとする行為などの事を言います~。つまり~、呪術自体が自然を超えている為~、本来であれば火の中に放り込まれても御札は燃えない筈なんですよ~」
何となく、言いたい事は分かるような気がする。紫の呪術を目の当たりにしてきたからこそ分かる。結界を張ったり火球を放ったり、分身や式神を操ったりと科学では説明出来ない事を呪術は容易く行う事が出来る。それを支えるのが所謂念であり、その念を操ることが呪術の肝なのだ。
「とは言え~、御伽装士であればそれはそう難しい事ではない筈なんですよ~。何しろ御伽装士が扱う退魔道具や退魔覆滅技法など~、念を具現化して行う技術は日頃からやっている事の筈なんですから~」
「それじゃあ何で、呪術を使うのはこんなに難しいんですか?」
鮎夢の言う通り呪術が御伽装士の技術の延長線上にあるのであれば、御伽装士であれば誰だって呪術が達者になる筈である。しかし現実には、健も呪術など微塵も扱う事は出来ない。火を起こす事すら出来ないのだ。彼女の言葉と矛盾している。
その疑問の答えは、言葉にすれば単純であった。
「一言で言えば~、イメージの強さですね~。呪術はただ頭でイメージしただけでは具現化しませ~ん。脳内で思い描いた事象を実現させられるほど鮮明にイメージする事が重要なのです~」
そこまで言ったところで、いきなり鮎夢が口から血を吐いた。何の前触れもなく突然血を吐き咽る彼女の姿に、何らかの攻撃かと2人は身構えながら血を吐く鮎夢に駆け寄る。
「沼川さんッ!?」
「大丈夫ですかッ!?」
口と胸元を押さえて背中を丸める鮎夢を心配する2人であったが、鮎夢はそんな2人を手を上げて宥めると口元の血を親指で拭いながら体を起き上がらせ何て事は無いと告げる。今のは攻撃でも何でもなく、鮎夢が自ら起こした現象なのだ。
「こふっ……イメージは重要です~。人間は思い込みだけで病を癒したり~、逆に体調を崩したりすることが出来ます~。今のも鮮明なイメージで胃潰瘍を起こしてみただけですのでご心配なく~」
そう告げた時には、既に鮎夢は血を吐く前の体調に戻っていた。吐血は収まり、顔色も良くなっている。イメージだけで一瞬で胃潰瘍を起こし、血を吐いたらイメージだけでそれを直してしまった。呪符も何もなく呪いの様な事をやってのける、鮎夢の呪術師としての力量が伺える瞬間であった。
それを目の当たりにした黄泉は、紫も同じ事が出来るのだろうかと想像しつつ、こんな事が自分に出来るのだろうかと不安になった。
「こ、こんな事、本当に私に……」
「出来る出来ないではありませ~ん。やるんですよ~。これ位の事が出来るようになってもらわなければ~、皇さんにゲツエイをこれ以上扱う資格はありませ~ん」
「ッ!!」
かなり高い要求を求められた事に不安を感じる黄泉であったが、これすら出来ないようであればゲツエイを使い続ける資格がないとまで言われては黙っていられない。今は呪術を使えなくとも、黄泉には紫の弟子であるという自負と誇りがある。それをこれ以上穢す事が無いよう、黄泉は自らを奮い立たせ呪術の訓練に臨む事を決意した。
「分かりました、やりますッ! やって見せますッ!」
「黄泉さん、頑張って……!」
意気込む黄泉に健はエールを送り、鮎夢はそんな彼女を静かに見つめていた。
***
それからというもの、黄泉は日常を過ごす中で合間を見つけては呪術の訓練に明け暮れた。御札に強く念を込めながら文字を書き、イメージだけで自らの体調を狂わせる。呪術を込めた御札を作る為には正しい書体で綺麗に文字を書かなければならない為、その方面の訓練も欠かさず黄泉は〆切り前の作家か漫画家のように寝る間も惜しんで夜遅くまでテーブルに向かい御札に文字を書いた。
寝る間も惜しんで苦労した甲斐もあって、書体自体は大分良くなってきた。鮎夢に言わせれば黄泉の書体はまだまだ粗いとの事だが、それも初日に比べれば大分良くなってきた方であった。
だが肝心の念を込める事に関しては全く進歩が無かった。日夜あまりに気を張り無理をした為、純粋に体調を崩してしまったほどである。その黄泉の看病をしながら、健は熱を出して寝込む彼女を心配してこれ以上続けるのかと問い掛けた。
「黄泉さん、本当にこれ以上続けるの?」
「ん……うん。これは、私が頑張らなきゃならない事だもの」
「でも、河南さんも黄泉さんに無理して呪術を教えたりはしなかったんでしょ? 黄泉さんの師匠が無理して教えようとしなかった事を、黄泉さんが体調崩してまで頑張らなくても……」
健としては純粋に黄泉に無茶をして欲しくないという、ただそれだけの願いからくる言葉であった。彼女はこれまでに十分苦しい思いをして、今やっと安息を手にする事が出来たのだ。いい加減彼女は休んでもいい筈である。
しかし黄泉の考えは違っていた。
「それじゃあダメなのよ。私は、師匠に沢山のものを貰ってきた。健君との出会いもそうだし、ゲツエイの怨面もそう。この左目だって、師匠に貰ったものなの。ずっとずっと、いろんなものを貰ってきた私に出来る恩返しは、師匠の名前を穢さない事。その為になら、どんな無茶だってやるわ」
熱に浮かされながらも揺るがぬ意思を見せる黄泉に、それでも尚健は無茶をして欲しくなくて食い下がろうとした。だが今の黄泉に、健の優しさは逆に煩わしいものでしかなかった。彼女は健がこれ以上何かを言う前に、背を向けて布団を被ると彼を退室させ遠ざけた。
「ゴメン……少し休みたいから、1人にしてくれない?」
「あ……うん、ゴメン。ゆっくり休んで……ね」
やんわりとした黄泉からの拒絶に、健はそれ以上踏み込む事が出来ずスゴスゴと部屋から出ていった。出来るだけ音を立てないようにしつつドアを開けて出ていく健の後ろ姿を、黄泉は肩越しに振り返って見送ると自己嫌悪に深く溜め息をついた。
(はぁ~~~~……何で、あんな言い方しちゃったんだろ。健君は純粋に私を心配してくれただけなのに……)
自分のコミュニケーション能力の低さに黄泉は嫌気がさし、体調の悪さとは別の吐き気を感じながら今一度重い溜め息を吐き布団に身を委ね静かに目を瞑った。
一方ドアの外では、健が同じように自己嫌悪にドアに寄りかかって頭を抱えていた。
(駄目だな、僕……黄泉さんの悩みを全然理解できてないなんて……)
黄泉の中で紫がどれだけ大きな存在であるかを健は読み違えていた。彼女にとって紫はただの恩師と言うだけでなく、命の恩人であり家族を失った心の隙間を埋めてくれる掛け替えのない人物だったのである。その紫の名誉はそのまま黄泉にとっての誇りでもあり、それを穢される事は彼女にとって何よりも許せない事だったのだ。その原因が自分にあるなど言語道断、甘んじて受け入れる様な事等断じてできなかった。
故に黄泉は、体調を崩そうが意地になって呪術を習得しようとしているのだ。そこにあるのは並々ならぬ覚悟であり、それを他人が否定する事など出来ない。
安易に自己満足で黄泉を引き留めようとしてしまった事に、健は自分がどれだけ傲慢で自分勝手であるかを思い知り申し訳ない気持ちで一杯になった。
それは奇しくも黄泉自身が抱いている気持ちと一緒であり、2人は互いに互いの事を思い遣りドアを挟んで同じ事を考えていた。
(黄泉さん……)(健君……)
((……ゴメンね))
2人は互いが互いに謝罪し合っている事にも気付く事無く、それぞれの夜を過ごし夜を明かすのであった。
その週の週末、健と黄泉は再び鮎夢の元を訪れていた。この日は鮎夢の元に表の職業である占い師としての彼女を頼る客が来ていたのか、2人が扉を開けると1人の女性客が小さな机を挟んで彼女の対面に座っていた。店に入った2人からは、客の背中しか見る事は出来ない。
「うふふ~、恋の悩みですか~。そうですね~、その相手の方との相性は決して悪くはありませんよ~」
どうやら女性客は恋愛相談で来たらしい。2人は邪魔をしてはならないと、応接スペースのソファーに並んで腰かけ鮎夢の手が空くのを待った。
「ほ、本当ですかッ!」
「えぇ~。ですが~、今のままだとどう転ぶかまでは少し分かりかねますね~」
「ど、どうすれば良いんですか?」
不安を滲ませる鮎夢の言葉に、女性客は前のめりになって続きを急かす。必死そうな女性客に鮎夢は蠱惑的な笑みを浮かべると、その白魚の様な指先で女性客の顎先をなぞった。
「うふふ~……もっとアピールが必要ですね~。自分の魅力を~、そのお相手に見せ付けるんですよ~」
鮎夢の指先が顎先をなぞる感触に、女性客は背筋に震えが走るのを感じたのか体を仰け反らせる。そんな女性客の反応に鮎夢はクスクスと笑みを浮かべながら、顎先をなぞった指先を自身の唇に当てた。赤いルージュの引かれた唇が指で僅かに潰れて形を歪める。
「そう難しく考えなくても~、今よりもう少し積極的に迫っても良いという話ですよ~。奥手になるよりは積極的な方がそのお相手も振り向いてくれますよ~」
一応はまともなアドバイスをしているが、先程のスキンシップで何かを感じたのだろう。女性客は手短に礼を述べ代金を支払うと、逃げるように店を後にした。健達が居る事にも気付く様子はなく一目散に店を出ていく女性客に、鮎夢は気を悪くした様子もなく手を振って見送ると扉に近付き表の看板をひっくり返して閉店状態にしてから健達の方を見た。
「さ~て、お待たせしました~。皇さんどうですか~、進捗の方は~?」
この一週間の成果を訊ねる鮎夢に、黄泉は事前に作って来た御札を見せる。渡された御札を見て、鮎夢はふむと小さく声を上げる。
「ふ~ん、なるほど~。書体は大分良くなりましたね~。見た目だけなら~、十分及第点です~。でも~、まだまだ込められた念が弱いですね~」
「う…………だ、駄目ですか?」
黄泉の問いに鮎夢が御札を近くの蝋燭の火に翳すと、少しだけ耐えたがやはり御札は火で燃えて灰になってしまった。込められた念が火の熱を跳ね除けられるほど強くない証拠だ。その光景に黄泉は肩を落とす。
「あぁ……」
悔しそうに肩を落とす黄泉に、健は一瞬慰めの声を掛けようとしたがそれすらも今の彼女には逆効果となるかと思い留まる。一方鮎夢は燃え尽きる直前の御札を手放し、灰になりながら落ちる御札を見つめながら溜め息をつく。
「ふ~む、皇さんであれば或いはコツを掴むのも早いかと思ったんですけどね~」
「え?」
何処か期待していたというような鮎夢の言葉に、黄泉が意外そうな声を上げる。鮎夢は静かにその場を動くと、初日と同じように紅茶を淹れ2人を自分の左右に座らせた。
「聞いたところ~、皇さんは化神にご家族を殺されて~、人生も半分壊されたそうじゃないですか~?」
「ッ!? は、はい……」
あまり思い出したくない忌々しい過去を掘り起こされ、黄泉は一瞬顔を歪める。黄泉の心の傷を抉る様な鮎夢の問い掛けに、健が思わず抗議しようと口を開きかける。
「あ、あの――」
しかし鮎夢はそれを遮るように話を続けた。曰く、それほどの目に遭っているのであれば当然恨みや憎しみを抱いている。その憎しみをぶつけようと言う意志があったのなら、呪術が馴染むのも常人に比べれば早い筈だというのである。
「よく丑の刻参りなんて言いますよね~? 要はあんな感じで~、呪術も強い念を相手にぶつける事を基礎にしている訳ですよ~。あなたも化神に怒りや憎しみを抱いているのなら~、もっと簡単に呪術のコツが掴めても良い筈なんですけどね~」
「あ……それは、多分……」
「ん~?」
恐らく鮎夢の感じている疑問の答えは、黄泉の左目と関係している。黄泉が抱いていた怒りや憎しみは、バケヨロイとの戦いの最中に化神に与する呪術師の男である将之によって抉り取られた。彼らの狙いは黄泉が抱き続けた怒りや憎しみを糧にバケヨロイを強化する事。推測に過ぎないが、その時黄泉の中にあった化神に対する怒りや憎しみの根っこの様な部分が根こそぎ持っていかれたのだろう。
勿論家族を失った悲しみや化神に対する怒りがそれで完全になくなったわけではない。今でも時々家族が化神に殺される夢を見る事はある。だが記憶は残っていても、心の傷は健との日々の生活で癒されつつあった。
その話を聞かされ、鮎夢は当てが外れたと言わんばかりに口をアヒルのように突き出し唸る。
「む~、そうなると~、ちょっとアプローチを変える必要がありそうですね~」
「アプローチ?」
「ちょっと手荒に行きますよ~」
鮎夢は徐にそんな事を口にすると、何の前触れもなく一枚の御札を黄泉に向けて投げつけた。御札は避ける間もなく黄泉の体に触れ、その瞬間黄泉の視界が眩い光に包まれ何も見えなくなる。
「うっ!?」
「黄泉さん……!?」
健の声に咄嗟にそちらに手を伸ばす黄泉だったが、伸ばした手は何もない所を掴みバランスを崩して倒れてしまう。
「あぅっ!? う、ぅぅ……ん? えっ!?」
転んだ痛みに呻きながら、立ち上がろうとした黄泉は手の下に感じる感触に違和感を感じた。先程まで確かに室内に居た筈なのに、ついた手の平に感じるのは乾いた砂や草、石など屋外にある筈の物の感触である。違和感を感じると同時に視界の光が収まった黄泉は、ゆっくりを目を開け周囲の様子を確認した。
そこはどう見ても町中の路地の先にある小さな占い小屋ではなく、青空が広がる何処とも知れぬ採石場の様な場所であった。訳が分からぬ状況に黄泉が唖然としていると、鮎夢がゆっくりと歩み寄って来た。
「どうですか~、ここ~? ここなら思う存分暴れられますよ~」
「あ、暴れられるって……沼川さん、ここ何処なんですかッ!」
健の姿が見当たらないという事は、彼だけがあの店に取り残されたのだろうか。そんな事を考えながら問い掛ける黄泉だったが、鮎夢は質問には答えず胸元からネックレスに繋がった怨面を引っ張り出した。
「多分あなたは理論を長々と説くよりも~、実戦で教えた方が覚えが早いと思うので~、これから私と戦ってもらいま~す」
「は、えぇっ!?」
「オン・キリキリ・テン・ユウハ」
取り付く島もない様子で鮎夢が呪文を口にする。ネックレスから外された怨面は顔に装着できるサイズに大きくなり、彼女はそれを迷わず被り変身する。
「さぁ、あっそびっましょ♪」
鮎夢が怨面を被ると、彼女の体を灰色の靄が包み込む。全身に広がる怨面の力に、その呪的な力に彼女の口から悩ましい声が上がった。
「んっ! あ、はぁぁ……んぅ! ふふっ、変身ッ!」
狙っているのかそれとも素なのか、苦痛に耐えるというよりも快感に悶える様な声を上げながら鮎夢の姿が御伽装士としてのものに変わった。
そこに居たのは枯草色の僧侶の様な姿をした御伽装士だった。袖と裾は長く、あまり機動力に長けているとは言い難い。顔はまるで鼬か何かの様であり、一見するとその姿はゲツエイ・オウカ等と似通った部分があった。
「さぁ~、あなたも変身してくださ~い。そして~、その身で実際に呪術を受けてみて下さ~い」
言うが早いか、鮎夢の変身した御伽装士ユウゲンが手にした札を投擲してくる。威嚇のつもりで投擲してきたのか、御札は全て黄泉に直撃する事はなく彼女の周囲で弾けて小さな爆発を起こした。
どうやら本当に戦わなければならないらしい。しかし机に向かって頭を悩ませるのに比べればずっと分り易いと、黄泉は気合を入れて自身もゲツエイに変身した。
「オン・アリキャ・コン・ソワカ、変身ッ!」
ゲツエイに変身した黄泉は、草薙の大太刀を構えてユウゲンに突撃した。上段に振り上げた大太刀がユウゲンを唐竹に切り裂かんと振り下ろされる。ユウゲンは迫る刃に対し回避も防御もする様子を見せない。
何故何も行動を起こさないのかと見ていると、出し抜けにユウゲンの姿が霞のように掻き消えた。それは以前健が紫の変身した真・ゲツエイと戦った時と同じ状況であった。
自分が切ったユウゲンが幻影であった事に即座に気付いたゲツエイは、このままここに居たら反撃を受けると咄嗟にその場を飛び退いた。案の定先程まで彼女が居た場所に無数の火球が降り注ぎ、あと少し回避するのが遅かったら空爆を受けて倒れていたかもしれない。
「ふぅ、あぶな……」
危うい所だったと片手で顎の下を拭う仕草をするゲツエイ。だが肝心のユウゲンの姿が見当たらず、僅かに感じた安堵は直ぐに焦りへと変化した。
「何処? あの人は何処に……」
油断なく周囲を見渡すゲツエイであったが、ユウゲンは既に彼女の後ろに回り込んでいた。何時の間にか手に番傘の様な物を持っていたユウゲンは、手にした番傘を振り上げゲツエイに振り下ろそうとしている。直前まで背後のユウゲンの存在に気付かなかったゲツエイだったが、曲がりなりにも紫の下で鍛えられた彼女は動物的直感で背後から迫る脅威に気付き素早く振り返り大太刀で振り下ろされた番傘を受け止めた。
「くぅっ!?」
「ん~、良い反応速度ですね~。ま~、
「え?」
一体彼女が何を言っているのか理解できず、思わず声を上げてしまうゲツエイ。それが彼女の心に隙を作り、ユウゲンはその隙を見逃さず番傘を振るって押し退けた。
「うあぁぁっ!?」
「うふふ~」
本来、鮎夢が変身した御伽装士ユウゲンは力ではなく呪術で戦うタイプの御伽装士だ。どちらかと言うとゲツエイに近いタイプの戦士だが、彼女はよりスペックが呪術師に傾いておりこんな風に直接戦闘でゲツエイを圧倒するのは不可能であった。
しかしゲツエイはその事を知らない為、ただ純粋に近接武器としては不適切にしか見えない番傘で押し負けた事に驚愕する。
「な、何あれ……? あれが、あの人の退魔道具?」
「退魔道具、幻燈の番傘。さぁ~、楽しんでくださ~い」
ユウゲンが番傘を開くと、傘の裏から光が照らされ傘を透かして何かが投影される。
それは無数のユウゲンであった。骨で区切られた数だけユウゲンが投影され、それが思い思いにゲツエイの周囲を動き回る。
「なぁっ!? くっ、このっ!」
その光景に圧倒されそうになるゲツエイだったが、彼女はそれが幻影の類である事にすぐに気付いた。
ユウゲンのあの退魔道具は、恐らくだがゲツエイがオウカとなった時などに使える稲荷の炬火と同じようなものだ。使用者に呪術、幻影を自在に操る力を与えてくれる、謂わば魔法の杖のような役割を果たしているのだろう。
幻影の類であるのなら、迂闊な反撃は自分を窮地に追い込むだけ。ゲツエイは心を落ち着け、本物からの攻撃に備えようと身構えた。
だが無数のユウゲンが一斉に襲い掛かってきた瞬間、彼女の目論見は脆くも崩れ去った。次々と振るわれるユウゲン達の蹴りや拳、閉じた番傘が身構えていたゲツエイの全身を次々と打ち据え袋叩きにし始めたのである。
「あぅっ!? あっ、う、あぁぁぁぁぁっ!? な、なに、これっ!? 幻影じゃないの? 全部、本物ッ!?」
「残念でしたね~。そ~れ!」
「うぐぇっ!?」
1人のユウゲンがフルスイングした閉じた番傘が、ゲツエイの腹を殴り付け吹き飛ばす。大きく吹き飛ばされ地面に叩き付けられたゲツエイは、気付けば手から大太刀が零れ落ちていたがそれを気にする余裕も無く腹に走る痛みと吐き気に体を丸めて震えていた。
「あぐ、あ……うぅ……」
「ふぅ~、こんなものですか~? あの河南 紫さんのお弟子さんと言うのは~?」
「ッ! なめ、るな……!」
紫の弟子であると言う事実を疑い侮辱するようなユウゲンの物言いに、ゲツエイが激情に身を任せて立ち上がろうとする。だがその時には既にユウゲンはトドメの一撃を放つ準備を整えていた。
ゲツエイの前に立つユウゲンは、開いた番傘を手に舞を舞っていた。舞いながらユウゲンの口からは呪文が紡がれ、それに合わせて彼女の周囲には無数の火の玉が浮かび上がる。
「オン・キリキリ・テン・ユウハ……オン・キリキリ・テン・ユウハ……さぁ~、覚悟してくださ~い」
ユウゲンが開いた状態の番傘を天高く掲げると、それに合わせて彼女の周囲の火の玉が上空へと昇っていく。思わずゲツエイが火の玉の動きを追うと、火の玉は上空で反転して地上へと降り注いでくる。しかも降下しながら火の玉は分裂し数を増していく。気付けばもう逃げ場など何処にもなくなっていた。
「あ、あぁ……!?」
「退魔覆滅技法、
上空から降り注ぐ火の玉の雨。ユウゲンはそれを自身が差した番傘で受け止め、何も防ぐ物がないゲツエイは火の玉の空爆をまともに喰らい爆炎に包まれてしまった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
爆炎が周囲を包み、それが風に乗って消え去ると、後には倒れて変身が解けた黄泉と番傘を指して悠然と佇むユウゲンの姿があった。ボロボロの状態で倒れた黄泉にユウゲンはゆっくりと近付いていくと、傘を閉じて怨面を外し元の姿に戻り黄泉のすぐ傍にしゃがみ込んだ。
「これが、呪術をロクに使えない今の皇さんの力で~す。少しは理解できましたか~?」
「う、くぅ……」
鮎夢の挑発するような物言いに対し、黄泉は呻き声を上げる事しか出来ない。そんな彼女の反応に対し、鮎夢が指をパチンと鳴らすと次の瞬間2人が居る場所は一瞬で先程まで居た店の中に移動していた。ただ先程と違うのは、健の姿がない事と黄泉が天井から吊るされている事であった。
「な、なぁ……!? 何、これ……!?」
「まだ分かりませんか~?」
あまりにも不可解な状況に悲鳴に近い声を上げる黄泉。狼狽える彼女の姿に鮎夢が不機嫌そうな声を上げると、ここで漸く黄泉は今の自分の状態を理解した。
「ま、まさか……これ、幻術……!?」
「ピンポンピンポ~ン! やっと気付いてくれましたね~」
そう、先程鮎夢が黄泉に向け投げつけたのは、相手を幻術で作り出した夢の世界に引き摺り込む呪術を仕込んだ御札だったのだ。あの瞬間黄泉は鮎夢の術中にはまり、こうして幻術により作り出された夢の世界に閉じ込められている。
これが幻術の世界など信じられない。痛みはあるし、両手を縛り吊るしている縄の感触もハッキリしている。夢だとしても現実味があり過ぎだ。しかし、これが呪術の力なのである。
ここまで来てようやく理解した黄泉に若干呆れながら、何とか自力で気付けた黄泉を少しだけ見直しながら鮎夢は動けない黄泉に背後から抱き着き耳元に熱い吐息を吐きかけながら話し掛けた。
「今日最後の課題で~す。思念を練ってこの幻術を打ち破ってくださ~い」
「そ、そんな事言われたって……」
いきなり念の力で幻術を打ち破れなどと言われたって、そんなこと簡単にできる訳がない。黄泉が抗議しようとすると、その瞬間首筋を鮎夢の舌が舐め上げた。ザラッとした舌が首筋をゆっくりと這い上がる感触に、黄泉は全身に鳥肌が立つのを感じて悲鳴を上げる。
「い、ひぃ……!?」
「文句を言ってる暇はありませんよ~。早く幻術から出ないと~、もっとも~っと悪戯しちゃいますから~」
「ま、待って……!? ちょっと、待っ!?」
鮎夢は黄泉の懇願を無視して首筋を舐めながら動けない黄泉の全身を弄る。衣服をたくし上げ、露わになった腹部を鮎夢の手が這いまわる様に撫で臍の縁を指先で撫で回す。
「うぅ……!? い、いやぁ……!? お願い、止めッ!?」
「滑らかで程良く引き締まったお腹ですね~、ペロペロ。ん~、撫で心地最高です~。ハムハム」
「んぅぅ……!? や、やだ……健君、助け…………」
未知の感触に恐怖が黄泉の心を支配し、目に涙を溜めながら健に助けを求める。鮎夢はそんな彼女を嘲笑う様に服の中に手を突っ込むと、服を着た状態でも存在を主張する下着に包まれた双丘を弄び始める。
「おぉ~、年齢の割にはなかなかの物をお持ちですね~」
「ひゃんっ!? やっ!? そ、そこ、だめっ!?」
「ほらほら~、早く幻術を破らないと~。泣いても私は止めてあげませんよ~。自力でここから出ないと~、チュッ」
黄泉の体を好き放題に弄り、耳たぶをしゃぶったり首筋を舐めたりキスマークを付けたりとやりたい放題する鮎夢。健にすら触らせたことの無い所を蹂躙される感触に黄泉は涙を流しながら必死に抵抗しようと身を捩り、この幻術を打ち破ろうと意識を集中させる。だがいきなりそんな事を言われて直ぐに出来る訳がなく、黄泉はされるがまま鮎夢に玩具にされていた。
「はぁっ、はぁっ……!? お願い、します。もう、もう、止めて……もう、やだぁ……」
「だ~か~ら~、泣いても止めないって言ってるじゃないですか~。早く自力で幻術を破らないと~、も~っと酷い目に遭っちゃいますよ~」
そう言って鮎夢の手が黄泉の股間へと伸びていく。ゆっくりと焦らす様に股間へと向かう鮎夢の手を見て、黄泉は顔を青褪めさせた。
「あ、あ、あぁぁ……!? ダメ、ダメダメダメッ!? そこは、そこだけはダメッ!? お願い止めてッ!? 嫌ッ!?」
「うふふふふ~」
「あ、あ、あ…………い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
***
黄泉が幻術の世界で鮎夢に弄ばれている頃、現実の世界では健があれから意識を失った黄泉に膝枕をしてソファーに横に寝かせていた。眠っている黄泉の表情は険しく、時折体をビクビクと震わせている。
その様子に健は彼女の事を心配し、椅子に座って印を結んでいる鮎夢に問い掛けた。
「あの、沼川さん? 黄泉さんは、本当に大丈夫なんですか?」
「ん~? まぁ死にはしませんよ~。まぁ愉快な事にはなっていないでしょうけどね~」
そう告げる鮎夢の目は何処か冷たかった。一体彼女の何が黄泉に対してそんな目をさせるのかが分からず、健は内心で首を傾げながら眠っている黄泉の頭を優しく撫でる。
と、次の瞬間、黄泉の目が弾かれた様に見開かれると勢い良く飛び起きた。
「…………はぁっ!?」
「うわっ!? よ、黄泉さん? 大丈夫?」
「はっ、はっ…………あ、え? ここ…………ひっ!?」
飛び起きた直後の黄泉は全身に冷や汗を流しながら辺りを見渡していたが、椅子に座り自分の方を見る鮎夢の姿を見た瞬間小さく悲鳴を上げながら健に抱き着いた。
「お早うございま~す。意外と早かったですね~。もうちょっとゆっくりして言ってくれても良かったのに~」
「ひぃっ!?」
粘着質な笑みを浮かべる鮎夢と目が合うと、黄泉は心底怯えた表情になりながら健の影に隠れる。その様子から彼女が幻術の中で過酷な目に遭ったのだろうと察した健は、彼女を少しでも安心させようと震える彼女の背を優しく撫でた。
「大丈夫だよ、黄泉さん……大丈夫。君は夢を見てただけなんだ。だから大丈夫」
「ふぅ、ふぅ……た、健君……う、うぅ……!?」
幻術の世界でとは言え、鮎夢に体を弄ばれた事実は黄泉の心に傷を作ったらしい。彼女は健に抱き着き子供の様に泣きじゃくり始めた。
鮎夢は椅子から立ち上がるとそんな彼女に近付いていく。
「どうします~? もう止めちゃいますか~? 私は別に構いませんよ~? 皇さんの河南 紫さんへの想いがその程度であるならね~」
「沼川さん、どうしてこんな……!」
いよいよもって健は我慢ならなくなり、鮎夢に向けて抗議しようとした。だがそれよりも早くに黄泉が顔を上げた。目には涙の痕があるし、体は恐怖で震えているが、その視線は真っ直ぐ鮎夢へと向けられている。
潤んだ瞳を向けながら、黄泉は鮎夢の質問に対する答えを口にした。
「わ、私は…………」
黄泉が口にした答えは………………
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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