仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~ 作:黒井福
鮎夢の所で呪術の修行を終えた黄泉は、健の運転するバイクに揺られて日向食堂へと帰って来た。帰るなり彼女は一直線に自室へと向かい、そして閉じ籠ってから早くも数時間が経過していた。
夕飯の時間になっても部屋から出てこない黄泉の様子に、健の両親も揃って彼女の事を心配した。
「健、黄泉ちゃんは大丈夫なの? あの子がご飯を食べに来ないなんて……」
「ん…………うん」
先程、黄泉は鮎夢からの問い掛けに対し明確な答えは返さなかった。ただ一言、時間が欲しいとだけ告げると、それを聞いた鮎夢は何処か失望したような溜め息をつきこの日は2人を帰らせた。
帰って来てから誰とも何も話さない黄泉に、健は心配そうに彼女が閉じ籠っている部屋のドアに目を向ける。
(黄泉さん……一体何が……)
鮎夢の呪術により幻術を見せられたと言う話だが、一体何を見せられたのかについては黄泉は何も答えてくれなかった。ダメもとで鮎夢にも聞いてみたが、案の定彼女もはぐらかしてばかりで何の情報も得られない。結局彼は黄泉の身に何があったのかを知ることも出来ず、彼女の事を満足に元気付ける事も出来ずに今に至っていた。
こんな状態では食事も喉を通らず、彼は黄泉の心身を案じて彼女の事ばかりを考えていた。
「どうしよう……どうすれば……」
冷めた白米の入った茶碗を手に、進まない箸を持ちながら健は黄泉をどうすれば元気付けられるかと考える。そんな彼の頭を、裕子が丸めた雑誌が軽く引っ叩く。
「な~に黄昏てるのよ」
「おっ!?」
「好きな子が悩んで苦しんでるんでしょ? なら、健に出来る事は1つだけじゃない」
「それは……だけど……」
そうは言うが、肝心の黄泉が健からの干渉を避けようとしている。事は自分の問題だと健に必要以上に頼ることをしないのだ。その結果彼女は健の事を拒絶し、それが怖くて健も彼女に積極的に触れ合う事が出来ない。
初々しい我が子の悩む姿に、裕子は仕方がないと言う様に溜め息をつくと息子の背を叩いた。
「だけどもへちまも無いの。あなたが元気付けてあげないで、誰があの子の事を分かってあげられるの? あの子の御師匠さんは今ここにはいないのよ。それとも、御師匠さんが来るまであの子を泣かせ続けておくの?」
「ッ!?」
その裕子の言葉に健はハッとなった。そうだ、自分は紫に黄泉を託された。彼女がこれからの人生を人の中で笑顔で過ごせるようにと、彼を信じて紫は彼女を託したのだ。その自分が、足踏みして黄泉の涙を拭ってやらずにどうする。
(そうだ……何やってるんだ僕はッ! 彼女を、黄泉さんを支えて守れるのは僕しかいないんだッ! その僕が、足踏みして彼女が泣くのを見ているだけなんて……!)
気合を入れ直した健は残りの飯を急いでかき込むと、洗い物を片しながら部屋に閉じこもって何も口にしていない黄泉の為の夕飯を用意し始める。手際よく台所で料理に勤しむ我が子の姿に、裕子は微笑みながら湯呑の緑茶を啜るのだった。
***
帰宅してから、黄泉は1人電気もつけず部屋の隅で膝を抱えて塞ぎ込んでいた。思い出すのは日中に、鮎夢の下で受けた仕打ちの数々。
あれが本物の呪術。自分では到底辿り着けない領域に居る彼女の力に、黄泉は心を折られかけていた。
(無理……無理だよ、あんなの……!? 私に、あんなの、出来る訳ない……)
幻術の中で散々に体を弄ばれ、恥辱と屈辱に泣き叫んだ拍子に何とか脱する事が出来た。これから先あんな思いを何度もしなければならないと思うと、流石の彼女も心が折れた。紫には心底申し訳ないと思うが、自分に呪術を身に着ける事は出来そうにない。
(師匠……ごめんなさい。私……私……!?)
己自身への不甲斐無さと紫への申し訳なさから、黄泉の心が折れそうになった。
その時、突然黄泉の部屋の扉がノックされた。室内に響き渡るノックの音に体がビクンと飛び跳ねる黄泉に構わず、ノックの主は扉越しに声を掛けてきた。
『黄泉さん? 僕だけど、入ってもいい?』
声の主は健だった。ずっと部屋に閉じ籠って出てこない自分を心配したのだろうと予想した黄泉は、しかし彼の声には答えずだんまりを決め込んだ。今は誰とも顔を合わせたくない。
流石の彼も返答がなければ大人しく引き下がるだろうと、そう思っていた。ところが次に起こった事は、彼女の予想を裏切った。
部屋には一応鍵を掛ける事が出来るようになっている。だがその鍵は一般家屋にはよくある、溝を埋められる物さえあれば外部からも開錠出来る仕様となっていた。黄泉からの返答が無いのを見ると、健は一言断ってから硬貨か何かを使って黄泉の部屋の鍵を開け中に入って来たのだ。
『ゴメンね、黄泉さん。入るよ』
「…………えっ!?」
まさかと思った次の瞬間にはカチャリと言う音を立てて鍵が開き、扉が開かれ健が中に入って来た。ずっと部屋の隅で黄泉が膝を抱えていた為室内には灯りが付いていなかったが、健は容易く照明のスイッチを入れ明かりをつけてしまう。突然の光に、黄泉の目が眩んでいると健は部屋の中央に進みテーブルの上にオニギリが幾つか乗った皿を置いて黄泉に微笑みかけた。
「うっ……!?」
「あぁ、やっぱり。黄泉さん、帰って来てからずっと何も食べてないでしょ? お腹空いてると思って、オニギリ作って来たよ」
出来立てのオニギリを見て一瞬黄泉の喉が鳴る。今の今まで何も口にする気が起きなかったのに、いざ食べ物を目の前にして空腹を覚える自身の体の意地汚さに嫌気を感じながら、黄泉は顔を背け健を拒絶した。
「ありがと……でも、今は何も食べたくない」
「そんな事言わずにさ。食べないと元気も出ないよ」
健はオニギリだけでなくお茶の入った急須も持ってきていた。湯呑を置き緑茶を注ぎ始める健に、黄泉は思わず声を荒げて彼を遠ざけようとした。
「要らないって言ってるでしょッ!? もういいから、私の事は放っておいてよッ!?」
本当はこんな事言いたい訳ではない。健にだって甘えたいし、オニギリも食べたい。だが、自分から呪術を学びたいと言っておきながら心折れて涙を流す不甲斐無くかっこ悪い姿を見られたくなくて、気が付いたらこんな声を上げてしまっていた。荒げた声を口にした後になってから黄泉は後悔した。これでは健にだって嫌われてしまう。折角行き場のない自分を受け入れてくれる彼と出会えたのにと自己嫌悪に視界が滲んだ。
が、健からの返答は思っていた以上に穏やかなものであった。
「放っておかないよ。お節介でも、泣いてる黄泉さんを放っておく訳にはいかないから」
「え……?」
穏やかで、しかし芯の強い言葉に黄泉が顔を上げると、健は穏やかに微笑みながら彼女の事を優しく抱きしめた。
「ゴメンね、こんな事しかしてあげられなくて。でも、僕は黄泉さんの事を絶対に放っておかないし、黄泉さんが泣くなら拒絶されたってその涙を拭うよ」
「何、で……」
「だって、黄泉さんの事が好きだから。それに紫さんからも黄泉さんの事を託されたんだ。僕が好きで、紫さんも大切にしてる黄泉さんを、放っておく事なんて出来ないよ」
「あ、ぅ…………」
鮎夢からの厳しく恥辱的な仕打ちに弱っていた心に、健の温もりが優しく染み渡る。意図せず彼に身を委ねてしまう黄泉に、健は畳み掛けるように優しい言葉を掛けた。
「大丈夫、紫さんだって黄泉さんの事を信じてゲツエイを託したんだよ。それにゲツエイの怨面だって、黄泉さんに応えてくれた。黄泉さんならきっと呪術もものに出来る。自信を持って。黄泉さんが辛い時は僕が支えるし、沢山ご飯作って待つから。……なんて、こんな言葉だけじゃ心許無いかもしれないけどさ」
最後の部分は少しハニカミながら告げられた健の想いに、黄泉は心にへばりついていた暗い気持ちが何時の間にか無くなっている事に気付いた。彼の優しい言葉と温もり、そしてすぐ傍で手を付けられる瞬間を待つオニギリとお茶の存在が、黄泉に心許せる場所がここである事を物語ってくれて、その事が彼女の心を和らげさせてくれる。
黄泉は猫が甘えるように一度彼の懐に頭を擦り付けると、拒絶するのとは違う意味で健の体を押して離れると、しっかりとした笑みを彼に見せ安心させるとオニギリに手を伸ばした。彼女が食べ物に興味を示した……それはつまり何時もの彼女に戻ってくれたと言う事の証であり、それを見て健も安心して彼女の事を放す。健の温もりが僅かに離れた事に少し惜しいものを感じながら、黄泉は手にしたオニギリに齧り付く。白米の湿り気で柔らかくなった海苔が歯で千切れ、その下に包まれていた白米と入っていた具を噛みしめる。今黄泉が手に取ったのはオーソドックスな梅干しのオニギリだった。梅干しの酸味が口の中に広がり、食欲が増進される。
「むぐ、むぐ…………?」
健手製のオニギリの旨味を噛みしめていた黄泉は、不意に頬に水気を感じた。不思議に思って頬に手を触れると、指先に水の感触を感じるよりも前に目元から水が零れる感触にハッとなった。
「ぁ…………」
頬を濡らしているのは黄泉が流している涙だった。心を折る程の鮎夢の厳しい指導に折れそうになった心が健の優しさに癒され、安堵が涙となって零れ落ちたのだ。それを自覚した瞬間、黄泉はボロボロと涙を流しながらもオニギリを口に運び続けた。
「うぐ、ん、んん~~~~ッ! んぐ、ひぐ、ハグハグ……むぐ、んっく……う、ひっく……! ハグ、モグ……」
泣きながら食べる事を止めない黄泉。必死になって前に進もうとしている彼女の姿に、健はそっと寄り添い泣きじゃくりながら腹を満たす彼女を優しく見守っていた。
それから数分後、健が持ってきたオニギリで腹を満たし、心を健の温もりで満たした黄泉は色々な意味で落ち着いた様子で満足そうに肩から力を抜き人心地付いた様子で息を吐いた。
「はぁ~~~~、お腹一杯。ありがとう、健君。ホント、いろんな意味で元気が出たわ」
「良かった、黄泉さんが元気になってくれて。それで、どうするの?」
「どうするって?」
「このまま鮎夢さんに指導してもらうかって話。もし自力で頑張るなら、鮎夢さんの所にはもう行かないようにするけど……」
健の目から見ても、先程の鮎夢の指導は些か厳しすぎるように感じたのだ。もし黄泉がもうやりたくないと言うのであれば、健としては黄泉と鮎夢を引き離す事すら考えていた。
だが黄泉は、彼の気遣いに対し優しく首を左右に振って答えた。
「ううん、やるわ」
「いいの? 理由は分からないけど、鮎夢さん黄泉さんには大分厳しいけど……」
「大丈夫。もう、大丈夫。どんなに辛くても、健君が待っててくれるなら頑張れるから。それに、こんな事で挫けてたら師匠に顔向けも出来ないもん」
「黄泉さん……分かった」
黄泉の覚悟を確かに受け取り、健もそれを精一杯支えるべく気合を入れ直す。
すると彼女は突然健の胸の中に飛び込んできた。いきなり抱き着いてきた彼女の柔らかな感触と匂いに健が心臓を跳ねさせていると、彼女は上目遣いになって彼の事を見つめた。
「よ、黄泉さん……!」
「そ、そう言う訳だから……ちょっと、元気充電させて……?」
「う、うん…………!」
そのまま暫く、健は黄泉に抱き着かれ、気付けばそのまま抱き枕にされ一晩彼女の部屋で過ごす事となるのだった。
***
それから、黄泉は挫ける事無く鮎夢の用意した試練に挑み続けた。
時には丸一日ずっと御札を書き続ける事もあれば、鮎夢が持っていた呪術の教本の中身を延々と模写させられ内容を頭に叩き込まされたし、実際に鮎夢から呪術を喰らって時には先日のように幻術に囚われ自力で脱出する事を強いられもした。
精神がすり減る様な過酷な修行。それも日常生活を送りながらのそれに、黄泉は何度も心が折れそうになった。それでも彼女は師である紫の名を自身で穢さぬため、そして支えてくれる健を今度は自分が呪術で支える為に、挫けそうになる心に何度も喝を入れそれでも足りない時は健に甘えて元気を分けてもらい、また鮎夢からの厳しい修行に耐え続けた。
そうして一か月近くが経過し、この日も黄泉は鮎夢が用意した幻術から自力での脱出を成し遂げていた。
「ん、ぐ……! うぅ、う…………あ、あぁっ!! はぁ、はぁ…………」
多少呼吸を乱してはいるが、最初に幻術に囚われた時に比べると大分余裕を残している。それに最近は明らかに呪術を身につけつつあり、まだ拙いながらも簡単な呪術を扱えるようになってきていた。その成長具合は鮎夢からしても目を見張るほどのものであり、思わず目を丸くするほどであった。
「おぉ~、これは驚きました~。たったこれだけの期間で随分と成長しましたね~」
「はぁ、はぁ……ど、どうも……」
鮎夢からの滅多に来ない称賛の言葉に、しかし黄泉は素直に喜んでいる余裕は無かった。大分慣れてきたとはいえ、やはり鮎夢の幻術を打ち破るのはかなりの精神力を使う。意識を現実に引き起こした黄泉は、肉体的にはともかく精神的には酷く疲労し脂汗となって彼女の全身を濡らしていた。呼吸も少し不安定になっている彼女の様子に、鮎夢は小さく溜め息をつくと彼女をソファーに座らせ紅茶ではなくハーブティーを淹れ差し出した。
「さ~、これをどうぞ~。少しは落ち着きますよ~」
「あ、ありがとうございます…………ふぅ」
黄泉がハーブティーを飲んで一息ついていると、鮎夢がその隣に腰掛け同じくハーブティーを口にする。鮎夢からの扱きには耐えられるようになったが、彼女自身に対してはまだ少し苦手意識を持つ黄泉が思わず身を固くしていると、それに気付いた鮎夢が苦笑して彼女を宥めた。
「安心してくださ~い。流石にもうあなたに対しては~、そんなに蟠りは無いつもりですから~」
「……って事は、最初の内は蟠りあったんですね?」
鮎夢の言葉の裏に隠されていた事実を黄泉が突くと、彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべて答えた。
「そりゃそうですよ~。ポッと出の小娘があの河南 紫さんの弟子を名乗って、しかもそれでいて呪術がからっきしなんですからね~」
「えっと……そんなに、おかしかったですか?」
黄泉が恐る恐る訊ねてみれば、鮎夢は意味深な笑みを浮かべながら答えてくれた。
「私~、こんなナリしてますけど実家は由緒正しい呪術師の家系なんですよ~。と言っても~、別に名家と言う程でもないただ家業が呪術師ってだけの家柄なんですけどね~。それでも~、私達呪術師にとって河南 紫さんは1つの目標であり憧れでもあったんですよ~」
一見するとふざけているとしか思えない容姿と雰囲気の鮎夢であったが、その実呪術師としてのプライドは一丁前なのだ。そんな彼女にとって、紫は目指すべき存在だった。出来る事なら彼女に師事したいとすら思っていたが、彼女が呪術師として力を付けた時には紫は化神との戦いで命を落とした……と言う事になっていたのだ。
紫は鮎夢からすればアイドルに等しい存在でもあり、そんな彼女が失われた事実に深い悲しみに暮れた事もある。それでも鮎夢は立ち止まる事無く、少しでも黄泉に近付けるようにと呪術の腕を磨き続けた。憧れであり目標である存在に少しでも近づこうとしたのだ。
「そんな時に現れたのが~、皇さんです~。驚きましたよ~、死んだと思ってた河南 紫さんが実は生きてて弟子まで育てていたんですからね~」
しかし蓋を開けてみれば、紫が鍛えたと言う次世代のゲツエイは呪術をロクに使えないと言う。呪術師としての紫を半ば崇拝し尊敬している鮎夢の様な者達からすればそれは安易に許せる事ではなかった。
そんな気持ちもあり、鮎夢は黄泉が呪術を学びに来た当初は彼女に対して大分辛く当たってしまっていた。それが身勝手な八つ当たりに近い感情から来るものであると彼女自身理解していたが、呪術に対して全く知識のない黄泉が紫の弟子を名乗る姿を見ると、どうしても感情が抑えきれなくなってしまったのだ。
自分が手に入れられなかった栄誉を手にしておきながら、それに値しない力しか持たない黄泉に苛立ちをぶつけていた鮎夢。しかしそれも、ここ数週間で大分印象が変わった。
「本当に~、皇さんってばビックリする位成長してくれちゃって~。これじゃあ嫉妬してた私が馬鹿みたいですよ~。……ごめんなさいね~」
「い、いえっ! そんな、私、本当にまだまだ未熟で…………」
まさか正面から謝られるとは思っても見なかったので、黄泉は狐につままれたような顔になりながらも謝罪を受け取り鮎夢の顔を上げさせた。
「謝るのはこっちの方です。私、結構軽い気持ちで呪術を学ぼうとしちゃったりして……でも沼川さんは、そんな私を厳しく指導して師匠に近付けるようにしてくれた。私にとってはもう1人の師匠みたいな感じです」
そう言って黄泉が屈託のない笑みを向ければ、鮎夢は最初キョトンとした様子で目を瞬かせた後口元を軽く押さえて笑みを浮かべる。そしてそのまま、口元を押さえていた手を黄泉の頭に持って行こうとした。
健はそれまで2人のやり取りを邪魔しないようにと少し離れた壁際で待機していたが、鮎夢が黄泉に手を伸ばしたところで何かを察したように壁から背を離し何かを言おうと口を開きながら手を上げようとした。
その時、不意に室内にある今時珍しい黒電話が鳴り響く。古めかしいベルの音に鮎夢は一瞬不快そうに顔を歪めるが、直ぐに小さく息を吐くと受話器を取り応対し始める。
「はいは~い、沼川で~す。……あぁ~、はいはい~。わっかりました~」
鮎夢は電話の向こうの相手と2~3言話すと受話器を置くと、胸の谷間から御札を3枚ほど取り出しそれを軽く放った。すると放られた御札が空中で半透明の鼬になり通気口からスルリと外へ出ていく。それが式神の類であると即座に気付いた黄泉は、鮎夢が誰と話し今何が起こっているのかを察した。
「化神ですかッ!」
「ですね~。近場で出たみたいです~。ちょ~っと出掛けてくるので~、少しの間ここで待っててくださ~い」
鮎夢はアウターを手に取りゴスロリドレスの上から軽く羽織ると2人を置いて外に出ようとする。が、そこで2人も共に向かうと声を上げた。
「いえ、僕らも行きます!」
「ここまで世話になってるんです、お手伝いさせてくださいッ!」
共闘を申し出てくる健と黄泉に、鮎夢は一瞬2人にはここに待機させておこうかと考えた。が、議論する時間も勿体ないのでとりあえずそのまま同行させる事にした。
「(別に私1人でも問題ないんですけどね~)分かりました~。それじゃあ、ついて来てくださ~い」
2人を連れて鮎夢が外に出ると、先程鮎夢が放った式神の一匹が戻って来た。鮎夢がその式神に手を伸ばし、式神は鮎夢の手の中で御札に戻ったかと思うと折りたたまれて矢印の形となった。どうやらその御札はコンパスのような役割を果たすらしい。鮎夢の動きに合わせて彼女の手の中で方向を変えている。
「こっちですね~」
「式神って、こんな事も出来るんですね」
「ものに寄りますよ~。術者の中には式神から直接情報を得る人も居ますしね~」
言われて黄泉は、そう言えば紫の場合は放った式神を影の中に戻して化神の居場所などを知っていた事を思い出す。式神の扱いに関しても、紫は御札などは使わず杖で地面をついただけで影から呼び出していた。呪術を真面目に学んだ今だからこそ、黄泉は己の師匠が如何に呪術師として優れていたかを理解し、自分がどれ程未熟であるかを理解した。
そのまま鮎夢に案内されて向かった先には、1人の少女が倒れているのが見えた。見た所周囲に化神の姿は見当たらない。何処かに隠れて様子を伺っているのか、それともこの場から早々に離れたのかは分からない。が、倒れた少女を放っておく訳にはいかない為黄泉は急いで倒れた少女に駆け寄った。
「あなた、大丈夫ッ!」
「ッ!? ダメです、離れてッ!」
「え?」
少女に駆け寄ろうとした黄泉だったが、その背に焦った様子の鮎夢の声が届く。何故かと黄泉が立ち止まり背後を振り返ると同時に、倒れていた少女がまるで上から糸で吊るされているかのように起き上がり無防備な黄泉の背に飛び掛かった。
「黄泉さんッ!?」
「くっ!」
健が警告するのと同時に鮎夢が飛び出し、黄泉の肩を掴んで後ろに引っ張った。強引に退かした為黄泉はバランスを崩して倒れてしまったが、お陰で飛び掛かってきた少女に押し倒される事は防げた。が、代わりに今度は鮎夢が少女に飛び掛かられそのまま押し倒される。
「きゃっ!? え、なになにっ!?」
「くぅっ!? こ、の……!」
飛び掛かった少女は暴れながらも鮎夢を取り押さえる。その少女の口からは、何やらタコの脚の様な吸盤の付いた触手が飛び出し、直ぐ傍にいる鮎夢の口へ入り込もうとしている様に伸びていた。
「チッ!?」
少女の口から伸びた触手に相手の正体を見抜いた鮎夢は、咄嗟に御札を取り出しそれを自身の口に貼り付ける。すると彼女の口に入ろうとしていた触手は御札に弾かれてそれ以上先に進む事が出来なくなった。
黄泉は鮎夢に肩を引っ張られて転んだ状態から起き上がりながら、彼女が自分の代わりに少女に襲われている光景に息を飲んだ。
「い、つつ……えっ!? ぬ、沼川さんッ!?」
「黄泉さん、待って!」
思わず少女に掴み掛って鮎夢から引き剥がそうとする黄泉だったが、健がそれを引き留め宥める。彼もまた今回の相手の化神がどう言う存在なのか気付いたのだ。
「健君、どうしてッ!」
「黄泉さん落ち着いてッ! あの女の子、多分化神に寄生されてるんだッ!」
「えぇっ!?」
あの少女に寄生と言うか憑りついているのは、バケタコと呼ばれる化神だった。この化神は人間を蛸壺の様に扱い、人間に憑りついて宿主を操りながら人を襲う。鮎夢はこれまでの経験と気配からそれに気付き咄嗟に黄泉を助け、自分が憑りつかれるような事が無いようにと口に化神の侵入を拒む為の御札を張ったのだ。お陰でバケタコが少女から鮎夢に乗り移るような事にはならなかった。
が、このままでは鮎夢が変身できずあの少女も持つか分からない。2人は左右から憑りつかれている少女を引き剥がし、鮎夢の呪術で化神を引き摺りだそうと考えた。
すると化神は少女の口から伸ばした触手を、鮎夢の口ではなく首へと伸ばし巻き付け締め付け始めた。
「んぐっ!? ぐ、んんん……!?」
「マズイ、あのままだとッ!?」
「沼川さんッ!? ど、どうしよう……どうしよう……!?」
今はまだ鮎夢が抵抗しているから口に這った御札を剝がされる事も無く済んでいる。が、彼女が首を絞められて酸欠で意識を失えば抵抗も出来なくなり、御札を憑りついている少女の手で剥がされ鮎夢への寄生を許してしまう。いや、そうでなくてもこのまま首の骨をへし折られてしまえば彼女はお終いだ。
どうするべきか……黄泉が焦りおろおろと狼狽えていると、健は彼女を落ち着かせどうするべきかを話した。
「黄泉さん、落ち着いてッ! こうなったら、黄泉さんがやるしかないよッ!」
「え、えぇっ!? 私がッ!?」
「呪術であの女の子の中に居る化神を追い出すんだ。もうそれしか手は無いよッ!」
確かに呪術の中には、その類の術もある。ピンポイントで敵対する化神のみを攻撃し、それ以外を傷付けない術だ。化神の中には無関係な人間を人質にとる輩も居る。その術はそう言った化神に対抗する為の物であった。
黄泉も鮎夢からの修行の中で、その類の術は教えられたし結界、式神に並んで重要な術だからと叩き込まれた。だから原理自体は分かるし、鮎夢との修行で何度か実践してきた。が、結界や式神に比べると大分難易度が高く未だにちゃんと成功した事は無かった。
それもあって黄泉は健からの提案に対し弱気な態度を見せた。
「む、無理よ……!? だって私、他の術だってまだちゃんと……」
弱気になる黄泉だったが、健は諦めず黄泉を勇気づけた。この状況を打破する為には、健のソウテンではどうしても役立たずにならざるを得ないのだ。
「出来るッ! 黄泉さんは紫さんにゲツエイを託されたじゃないか。紫さんは黄泉さんを卒業だって言ってたじゃないかッ! それなら出来るよ! 紫さんと、ゲツエイを信じるんだッ!」
「信じる…………」
信じる事……心の強さ、それは鮎夢から最初に教えられた、呪術を使う上で一番重要な要素だった。最初から出来ないと考えていては呪術は絶対に成功しない。盲目的でもいいから出来ると思い込む事が呪術成功の秘訣なのだ。
何より健の言う通り、黄泉は紫に怨面を託され、ゲツエイはこれまで黄泉に力を与えてくれた。その2人を信じずに、どうしてこれから化神と戦う事が出来ようか。
黄泉の目に力が戻るのを見た健が、頷きかけると彼女も頷き返した。そして2人は並び立つと、それぞれ怨面を取り出し御伽装士へと変身する。
「オン・マイタラ・ラン・ソウハ……羽搏け、蒼天!」
「オン・アリキャ・コン・ソワカ……力を貸して、月影!」
「「変身ッ!!」」
健は御伽装士ソウテン、黄泉は御伽装士ゲツエイへと変身する。変身したゲツエイは、1枚の御札を取り出してそれに念を込め呪術を練り上げる。
「オン・アリキャ・コン・ソワカ……オン・アリキャ・コン・ソワカ……」
ゲツエイが術の用意をしている間、ソウテンは少しでも鮎夢への負担を減らそうと彼女の首に巻き付いている触手を緩めようとした。触手を掴んで巻き付いたそれを解こうとするが、触手はかなりの力で元々スピード型のソウテンでは少し緩める事も出来ない。
「くぅぅぅぅ……!」
「あが、か……!?」
ソウテンが奮闘し、鮎夢が苦しむ声を上げる。その声が一瞬ゲツエイを焦らせるが、彼女はこれまでの鮎夢との修行で培った精神力で堪えて覚えたばかりの術を構築した。少し時間は掛かったが、それでも何とか術が完成するとそれを化神が憑りついた少女に投げつける。
「出来たッ! 健君、行くわよッ!」
「ッ! オッケー!」
ゲツエイからの合図にソウテンは飛び出してくるだろう化神に備えて鎌鼬の双剣を構える。その瞬間鮎夢の首を絞める触手の力が増し彼女の首の骨が軋みを上げるが、首の骨が折られるよりも先にゲツエイの御札が少女の背中に貼りついた。
するとその瞬間、御札から神通力が電撃の様に放たれ少女の中に潜んでいる化神にダメージを与えながら弾き出す。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?』
「健君ッ! 今よッ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
魔を祓う力を持つ呪術によりダメージを受けた化神が堪らず少女の口から飛び出した。一体どうやって潜んでいたのかと言う程少女の体躯を超えるサイズの化神が飛び出し、残された少女は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。鮎夢が倒れた少女を受け止める中、ソウテンは飛び出したバケタコを鎌鼬の双剣で切り刻み体中の触手を切り落とした。
「たぁぁぁぁぁっ!」
『ぐあぁぁぁっ!? こ、このっ!? 御伽装士がぁぁぁっ!?』
体のあちこちに生えている触手を切り落とされながらも、バケタコは最後の悪足搔きとばかりにソウテンに飛び掛かる。だがソウテンがバケタコを迎え撃つよりも先に、ゲツエイと鮎夢の2人が放った御札がバケタコの体に貼りつき神通力で動きを拘束した。そして動けないバケタコにソウテンはトドメとなる一撃をお見舞いした。
「退魔覆滅技法、旋風両断ッ!」
二つの双剣を合体させた双刃から発生させた竜巻の中にバケタコを捕え、そこに合体させた双剣をブーメランのように投擲し竜巻ごとバケタコを両断する。真っ二つになったバケタコは空中で爆発四散。派手な爆発だったが予めソウテンが発生させていた竜巻の上昇気流により周囲にはほとんど被害を齎す事は無かった。
化神を倒して安心したソウテンとゲツエイは、それぞれ少女と鮎夢を助け起こす。鮎夢は勿論、少女の方も目立った外傷はなく呼吸も安定している様に見えた。
「黄泉さん、鮎夢さんは?」
「だ、大丈夫ですよ~。危ない所でしたけどね~」
「沼川さん、ごめんなさい!? 私が、迂闊に動いたから……」
「そう言うのはまた後にしましょ~。それよりそちらの女の子はどうですか~?」
「とりあえずは大丈夫そうです。詳しい事はちゃんと検査してみないと分かりませんけど……」
「そちらは平装士の方々にお任せしましょ~」
それから少しして、鮎夢の要請もありやって来た平装士に少女を預けた3人は彼女の店へと引き返した。店に戻るなり、黄泉は先程の失態について彼女に平謝りした。
「沼川さん……今回は、本当にゴメンなさい。私、沼川さんの足引っ張っちゃって……」
心底申し訳なさそうに肩を落とす黄泉。確かに詳しい状況も分からないのに迂闊に倒れた少女に近付いたのは彼女の落ち度だったかもしれない。知らなかった事とは言え、化神の中には罠を張ったりするものもいる。鮎夢が直前で気付いてくれたから良かったようなものの、もし彼女が居なければ黄泉がバケタコの犠牲者となっていた可能性もあるのだ。それだけでも十分に始末書ものだ。
しかし鮎夢は、委縮する黄泉に厳しい目を向けてはいなかった。寧ろ我が子を見守る様な優しい目で見つめ、ふっと笑みを浮かべると項垂れた彼女の頭を優しく撫でた。
「ふぇ?」
不意に頭に感じる温かな感触に黄泉が顔を上げると、今までに見たことの無い優しい目を向けてくる鮎夢に思わず見惚れてしまった。
「確かに~、今回はちょ~っと迂闊でしたね~。ですが~、それを補って余りある成果を皇さんは見せてくれました~」
「成果、って……」
「あの呪術ですよ~。あれは見事でした~」
人間に憑りついた化神を人間を傷付けずに追い出す、魔を祓う類の術はどちらかと言うと難易度が高い。それを殆どぶっつけ本番で成功させたのは見事と言う他なかった。そう言われて褒められれば、黄泉は頬を赤く染めハニカミながら謙遜する。
「あ、あれは……何と言うか、火事場の馬鹿力と言うか、そんな感じで我武者羅になったら出来たって感じで……」
「ですが間違いなく皇さんの成果です~。それはつまり~、皇さんにはそれだけの才能があるって事ですよ~。河南 紫さんの目に間違いは無かったと言う事ですね~」
「あ、ありがとうございます……!」
ここまで褒められるとは思っていなかったので、黄泉は茹蛸の様に顔を真っ赤に染め胸元で指をもぞもぞと動かす。紫がこんな風に褒めてくれた事が無かった訳ではないのだが、あの頃は褒められて喜べるような余裕を黄泉も持っていなかった。だからだろうか。他人から褒められる事が堪らなく嬉しくて恥ずかしいのは。
黄泉の様子に鮎夢はクスリと笑みを浮かべると、店の奥へと向かい大分古い木箱を持ってきた。随分と年季の入った木箱に健と黄泉が注目する中、鮎夢は木箱の上に付着した埃を手で払い蓋を開け中身を取り出す。
「それは?」
「……今の皇さんなら~、これを譲っても良いかもしれませんね~」
そう言って鮎夢が木箱から取り出したのは、一冊の本であった。本と言っても紙束を紐で一括りにしただけの酷く簡単な作りであり、黄泉が呪術の勉強の為に受け取った教本よりも作りとしては粗末な感じに見えた。
怪訝そうな顔で本を見る2人に苦笑しながら鮎夢は黄泉に本を差し出し、黄泉は首を傾げながら本を受け取ってぺらぺらとページを捲ってみた。
数ページ捲って、黄泉はそれが呪術に関して記述されたものである事を理解した。それだけならいいのだが、その内容は以前受け取った教本に比べて驚くほど分り易かった。単に術の理論等を記述しただけでなく、実際に使用した際の効果や状況、術を使用する際のちょっとしたコツなどがとても分かり易く記載されていたのだ。恐らく本の著者が実際に使ってその使用感などと合わせて記載したのだろう。
この分かりやすい呪術の本を書いたのは誰かと黄泉が表紙などを隈なく探すと、最後のページの隅に小さく見覚えのある名前が書かれているのに気付く。
そこにあった著者の名前は…………河南 紫だった。
「えっ! これ、師匠が書いたのッ!!」
「えっ!」
「沼川さん、これって……!」
一体何故鮎夢が紫の書いた本を持っているのかと黄泉が訊ねれば、彼女は木箱を片付けながら答えた。
「どうやら河南 紫さんは~、現役時代に呪術の指南書を独自に執筆していたみたいです~。多分ですけど~、その頃から後進育成の事なんかも考えてたみたいですね~。それだけでなく幾つか指南書の類を書いてたみたいですけど~、その殆どは紛失されているみたいで今何処にあるのかは分かっていませ~ん。それは偶然私が手に入れまして~、河南 紫さんの著書と言う事で大切に保管していたんですよ~」
そんな物を何故紫は出奔する時に持ち出さなかったのかと健は一瞬疑問を抱いたが、迂闊に持ち出せば死んだのではなく出奔した事が感付かれると思ったのだろう。紫の出奔目的はどさくさに紛れてゲツエイの怨面を持ち出す事だったので、死んだと思わせる為には彼女が書いた本を残しておくしかなかったのだ。
それよりも重要なのは、鮎夢にとってもこの本はとても大切な物だろうと言う事だ。彼女だって紫の事を尊敬している。彼女にとってこの本は宝物にも等しい存在だろう。それを、紫の弟子とは言え黄泉に譲るとは気前がいいなんて物ではない。
「そ、そんな大切な物受け取れませんよッ! そりゃ、師匠の書いた本なら私も興味はありますけど……」
「いえ~、これはあなたが受け取ってくださ~い。きっとあの方もそれを望んでいるでしょうから~」
「で、でも……」
尚も申し訳なさそうに渋る黄泉に、鮎夢は本を持つ彼女の手に自分の手を重ねて語り掛けた。
「貰ってあげて下さ~い。これはあなたが持つ事が相応しいんですよ~。それを使って~、あなたが本当の二代目ゲツエイになるんですよ~。きっと河南 紫さんも~、あなたが立派に二代目ゲツエイとなる事を望んでいる筈です~」
そう、黄泉は紫からゲツエイを託されたのだ。ならば彼女は二代目ゲツエイを名乗る資格があり、それにふさわしい呪術を身に着ける為にはこの指南書が必要となる。それを理解した黄泉は、目尻に熱いものが込み上げてくるのを感じながら胸元に本を抱きしめ頭を下げた。
「沼川さん……ありがとうございます! これ、大切にしますッ!」
黄泉の言葉に鮎夢も笑みを浮かべながら頷く。それを傍から見ていた健も微笑ましく見ていたが、ふと視線を鮎夢の顔に向けると何時の間にか彼女の目と口元が三日月の様に歪んでいる事に気付いた。それを見て健がマズいと思った次の瞬間、彼女は素早く黄泉を抱き寄せ腰に手を回した。
「そ・れ・で~、提案なんですけど~、今後も私の所で修行していく気はありませんか~?」
「え? え~っと、でも、それじゃあ沼川さんに迷惑じゃ……」
「とんでもありませ~ん。寧ろ私の所に来てくれれば~、今後も手取り足取り腰取り……」
鮎夢が言いながら黄泉の腰に回した手を下の方へと持って行こうとしたその時、健が鮎夢の腕から奪い取る様に黄泉を引き寄せ自身の腕の中に彼女を抱きしめた。
「ダメですッ! 幾ら沼川さんでも、黄泉さんは絶対に渡しませんッ!」
「た、健君……?」
随分と必死な健の様子に困惑する黄泉を置いてきぼりにして、彼は鮎夢の事を睨みつけながら続けた。
「だから正直あなたに黄泉さんを会わせるのは嫌だったんですよッ!」
「え~、つれないですね~、良いじゃないですか~減るもんじゃないですし~?」
「そう言う問題じゃないんですッ!」
「あ、あの、健君? どう言う事?」
困惑する黄泉に、健は彼女をしっかりと抱きしめながら衝撃の事実を話す。
「だって沼川さん、女好きじゃないですか! 黄泉さんなら絶対あなたが気に入ると思ってたから嫌だったんですよッ!」
「…………はぇっ!?」
「うふふ~」
女が女好き……それはつまり鮎夢は所謂レズビアンと言う事で、健の言う事が事実なら黄泉はずっと彼女に狙われていたと言う事になる。これまでは尊敬する紫への想いもあって意地の悪さを見せる程度で済んでいたが、蟠りが無くなった今鮎夢の目には黄泉は純粋な性欲の対象になったと言う事であり…………
「ッ!?!?」
気付いた瞬間黄泉は全身に鳥肌が立つのを感じた。そう言えば初めて出会った時も、全身に舐めるような視線を向けられたり、事あるごとに変にベタベタしてきていた事を思い出す。気付かぬ内に自分が女性から狙われていたと気付き、自分がどれだけ無防備だったのかに気付いて今更ながら危機感に顔も青褪めさせる。
「とにかくッ! 黄泉さんは僕のなんですから、あなたには絶対に渡しませんッ!」
「た、健君……!」
が、その顔も次に健が口にした言葉に真っ赤になった。こんな熱烈な言葉で求められ、何も感じない程黄泉も鈍感ではない。健もまた自分が勢いに任せてとんでもない物言いをしてしまった事に顔を真っ赤に染め、鮎夢はそんな2人の様子を面白そうに眺めていた。
「あ、いや、今のは、えっと……!」
「い、いいのッ! そんな、嫌じゃなかったし……」
「あらあら~、仲が良いんですね~。仕方ありませ~ん、皇さんの事は諦めましょ~。で・も~、日向君に飽きたら何時でも来てくださいね~。皇さんなら大歓迎ですよ~」
「け、結構ですッ! わ、私にも、健君が居るので……」
そんなこんなでワチャワチャとしながらも、黄泉の呪術を納める為の修行は終わりを迎えた。終わりを迎えたと言っても修行をしなくてよくなったと言う訳ではない。鮎夢から教えるべき事は終わったと言う事であり、今後も黄泉は呪術について学ぶ事が求められた。それがゲツエイを受け継ぐと言う事であり、紫の名を守る事にも繋がるからだ。
落ち着いた2人は鮎夢の店から出て、店先まで見送りに来た彼女に改めて頭を下げる。
「それじゃあ沼川さん。本当にお世話になりました。この本も、大切に使わせてもらいます」
「ありがとうございました」
「いいんですよ~。何か困った事があれば~、遠慮なく来てくださ~い。2人であれば~、歓迎しますよ~」
別れの挨拶を告げ、健と黄泉はクラマトルネイダーに跨り日向食堂のある町へと帰っていった。鮎夢は小さくなっていく2人の後ろ姿に、その姿が見えなくなるまで見送り続けた。
去っていく2人とそれを見送る鮎夢…………その様子を、少し離れた所から真っ黒なシルエットだけの狐が見ていたのだが、その事に気付く者は誰も居ないのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
因みに紫が執筆した指南書ですが、複数存在する物の中には危険な呪術に関する内容が書かれた物も存在したりします。それは自分達が使う為と言うよりは、そう言った呪術への対策の為に残した感じです。内容が危険なので、残す際には紫も指南書に呪術で細工して簡単には読めないようになっていますが。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。