仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~ 作:黒井福
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結局ソウテンはゲツエイに逃げられてしまい、また本来彼が倒す予定であった化神もゲツエイにより倒されてしまった為、仕方なく彼は戻る事にした。
変身を解除し、戦いの直前に半ば乗り捨てる形になった自転車を起こす。結構豪快に乗り捨てた筈だが、運良く戦いの余波に巻き込まれることもなく無事でいてくれた。
起こした自転車に跨り、走り出そうとする健。だがその前に、もう一度戦いがあった町の様子を見た。
目の前に広がるのは、戦いの余波で崩れた壁や抉れた地面。それにへし折れた街灯なんかだ。
健はソウテンとして戦う際、出来るだけ町には被害を出さないようにと努めて戦っていた。これらの被害は全てゲツエイの攻撃の余波によるものだ。特に最後の一撃の余波は思いの外大きく、火事になるほどではないが道路の一部が火の海と化している。
その光景を見て健は顔を伏せた。
「……ごめんなさい」
この後始末は専門の者がしてくれるだろう。時間が経てば元通りになるだろうが、それでもこの被害によって迷惑を被る者や不安を感じる者は少なからずいる筈だ。
それを思うと健は己の不甲斐無さを恨まずにはいられない。
それと同時に彼は、周囲への被害を一切考えず戦うゲツエイの事を考えずにはいられなかった。
(こんな戦い方……間違ってるよ)
戦いにおいて周りに被害が広がるのは仕方のない事、それは彼にだって分かる。だが被害が広がる事を考えて戦うのと考えずに戦うのでは、周囲に及ぶ被害にも当然違いが出る。ゲツエイの戦い方では、無用な被害が広がるだけだ。
「次に会った時は……絶対、止めよう」
健は1人そう決意すると、人が集まってくる前にこの場を離れるべく自転車を走らせた。
現場を離れる際、健は遠くから近付くパトカーのサイレン音を聞いた。
***
戦いを終えたゲツエイは、予め紫と落ち合わせておいた合流地点に向かった。
辿り着いたのはとあるアパートの一室。部屋の前に向かう前に周囲を念の為確認し、周囲に人の目が無い事を確認するとゲツエイはアパートに降り立ち、もう一度周囲を見渡して変身を解除した。
元の姿に戻った瞬間、黄泉は一瞬意識が遠のきその場でバランスを崩しかけた。
「う…………くぅ」
落ち着くまで、扉に手を突き片手を額に当てて待った。
「ふぅ……ふぅ……」
どれほどそうしていたか、幾分か落ち着いてきたのを見て黄泉は額から手をどかし天井を仰ぎ見ながら大きく息を吸って吐いた。
その際、それまで額に当てていた手が邪魔で見えなかったが、包帯を巻いている左目の辺りに血が滲んでいるのが分かった。違和感を感じてその辺りを触り、手に血がこびり付いているのを見て黄泉は忌々し気に顔を顰め改めて部屋に入った。
「よぅ戻ったの、愛弟子よ。此度もご苦労であった。良い戦いぶりであったぞ」
扉を開けて部屋に入った黄泉に、紫が開口一番労いの言葉を投げかけた。最初笑みを浮かべていた紫だったが、部屋に入って来た黄泉の左目を覆い隠す包帯に血が滲んでいるのを見て笑みを引っ込めた。
「ふむ、今宵は暴れておる様じゃな。早う来い」
手招きされて黄泉が部屋に上がり、紫の前に来ると彼女が包帯部分に振れやすいようにその場に膝をついた。黄泉が膝をつくと、紫は優しい手つきで黄泉の顔の左半分を覆っている包帯を外した。
包帯が外されると、今まで隠されていた黄泉の左目が露わになる。案の定と言うか閉じられた左目からは血が涙のように零れ落ちている。
「目を開けよ」
「……はい」
黄泉は目を閉じていたが、紫が目を開ける様指示すると彼女は大人しく目を開けた。
開かれた黄泉の左目は、右目と違い瞳が血の様に赤く瞳孔が猫の様に縦に細長くなっている。そして何より、赤い左目は僅かに光を発していた。
明らかに人間の目ではない。
紫は黄泉の持つ異形の左目を、しげしげと眺めながら手を翳し眼球には触れないながらも目の周りは探る様にそっと触れた。
「痛みはあるかの?」
「今は、そんなに……」
「さようか」
紫は布で黄泉の左目を拭い、流れ出る血を拭きとった。だが血は後から後から滲み出てくる。小さく溜め息を吐いた紫は、黄泉の左目を自身の右手で覆い左手は軽く印を結んで口元へ持っていき小さく呪文を口ずさんだ。
すると紫の手で隠されている黄泉の左目が明滅し、同時に黄泉が僅かに苦悶を顔に浮かべ始めた。
「う――!? う、うぅ――!!」
「暫し耐えよ。すぐ終わる故な」
左目から全身に走る痛みに、黄泉は耐えるので精一杯で口を開く余裕がない。それでも紫からの言葉に答えようと言う気はあるのか、小さくだが頷いて答えた。
本来であれば悲鳴を上げてもおかしくない痛みを伴っている事を理解している紫は、悲鳴を堪えるどころか頷くと言う形でも反応を見せた黄泉の強さに小さく笑みを浮かべつつ呪文を再開する。
程なくして紫の呪文は終わり、その頃には黄泉の左目の明滅も収まり血も止まっていた。紫が手を退けると、それで今回は終わりかと黄泉は肩から力を抜き全身に浮かんだ脂汗を拭いもせず大きく肩を上下させた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「よう耐えた。流石我が弟子じゃ。気分はどうかの?」
「大丈夫、です。ふぅ……もう、大丈夫」
「とてもそうは見えんがの。とりま、今日はもう疲れたろう。今宵はもう寝て、疲れを癒すがよい。布団なら隣の部屋に敷いてある」
「すみ、ません。それじゃ、先に……失礼、します」
黄泉はふらつきながら隣の部屋に入り、着替えもせず敷かれた布団に倒れそのまま意識を手放した。
寝室から規則正しい寝息が聞こえてくると、紫は自分も寝室に入り眠る黄泉に布団を優しく掛けてやった。
そして寝室を出て扉を閉めた紫は、真っ直ぐ台所に向かうと棚から一升瓶と小さなグラスを取り出し、テーブルに持っていくと1人晩酌を始めた。
「ん……ん……ふぅ」
グラスに注いだ日本酒を一気に呷ると、虚空に向け酒精の混じった息を吐く。見た目は年端も行かぬ少女のそれであるのに、何処か堂に入った姿だ。
二杯目を注ぎ口を付けようとした紫だったが、その前に一度黄泉が寝ている寝室に続く扉を見た。その視線はやや険しい。
「……急がねばならんか。最近、増えて来ておる」
そう呟き再び酒を呷った。紫以外誰もいない部屋の中で、紫の独酌は夜が更けるまで続いた。
***
翌日、健は何時も通り学校に通っていた。御伽装士としての戦いがあろうと、彼の身分は学生だ。戦いの後であろうと、学校には行かなくてはならない。
しかしこの日彼は勉学に全く身が入らなかった。その理由は昨夜であったゲツエイにある。
あの後、健は逸れ御伽装士であるゲツエイと遭遇した事を晃に報告した。細かい外見的特徴などを覚えている限り話し、晃がそれを確認した結果やはりゲツエイが件の逸れ御伽装士である事が確実とされた。
そしてその後、総本山からは健にある指令が下された。
曰く、ゲツエイと再び接触した際は何とか交渉し、背後関係などを聞き出せとの事。そして出来る事なら御守衆に引き入れろと。
だがあの様子だと簡単に交渉に応じることは勿論、御守衆に引き入れることもかなり難しそうだ。
健が正直にその事を伝えると、総本山からは最悪の場合は戦闘を行い力尽くで鎮圧する事も考慮に入れるように言われた。
ハッキリ言って、気分が乗らなかった。総本山の意向も分かる。どこの誰とも知れない者が怨面を使っているのだ。御守衆とは異なる組織に所属しているのであれば、その存在を明らかにする必要がある。もし何らかの偶然で怨面を手に入れて使えるようになってしまったのであれば、多少手荒でも御守衆に引き入れて保護と言う形を取らねばならない。
しかし結局は、その過程でゲツエイと戦わねばならない事になる。健はそれが何よりも憂鬱だった。彼が御守衆に入り御伽装士として戦う事を選んだ理由は、化神と戦い人々を守る為だ。間違っても御伽装士同士で戦う為ではない。
だが状況が彼の自由を許さなかった。彼には御伽装士として、ゲツエイと対峙する事が求められていた。それがとても辛かった。
「…………どうすればいいんだろ」
結局答えが出ないまま、健は下校し帰途についた。
いや、答えなど悩むまでもない。ゲツエイを放置する訳にはいかないのだし、健に出来る事は戦ってでも彼女を止めることだけだ。ゲツエイを放置すれば無用な被害が広がる。それは許容できない。
しかし頭では分かっていても、心はどうにも納得してくれないのだ。胸の内がもやもやして、授業にも全く身が入らなかった。
これではいけないと、頭を振って雑念を何とか振り払いとりあえず今は出来る事をやろうと顔を上げた。
その時、彼の視界につい先日見たばかりのパーカー姿の少女の姿を確認した。
「あれは……」
健がその相手を見ていると、向こうもこちらに気付いたのか何処か驚いた様子で立ち止まった。
「ひ、日向君?」
「やっぱり、皇さん!」
黄泉の姿を見た瞬間、健はそれまで感じていた憂いを忘れて彼女に近付いていった。黄泉の方はと言うと、逃げこそしなかったがどこか居心地が悪そうにフードを目深に被り直した。
「ひ、久し振り……」
「って言っても、昨日会ったばかりだけどね」
「そ、そうね」
昨日の今日で再会できた事を純粋に喜ぶ健に対し、黄泉はかなりよそよそしい。拒絶しているという訳ではないが、接し方が分からないからどうすればいいか戸惑っている感じだ。
健はその理由が分からず首を傾げる。
「? どうかしたの?」
「え? う、うぅん。何でもないわ」
「そう? それより、今日は大丈夫?」
「大丈夫って?」
「またお腹空いたりして無いかなって」
そう言われて、黄泉の顔がカァッと赤くなる。黄泉だって年頃の乙女、同年代の少年に腹ペコキャラなどと言う印象を持たれて恥ずかしくないなんて事はない。
「し、失礼ね! 別に何時もお腹が空いてる訳じゃ――」
そこまで口にしたところで黄泉の腹から、先日よりは大人しいが空腹を知らせる。音の発信源を健が注目し、黄泉は顔を赤くして腹を手で押さえた。
「~~~~ッ!!」
俯き顔を赤くする黄泉の年相応の姿に、健は思わずクスリと笑ってしまった。笑われた事に黄泉は健の事を睨むが、羞恥で顔を赤くした状態で睨まれても全く怖くない。それどころか、子猫が威嚇している時の様な可愛さがある。
「…………何よ」
「いや、ゴメンゴメン。お詫びと言っちゃなんだけど、近くのバーガー屋さんにでも入らない? 色々話をしたいし、折角だから奢るよ?」
「まぁ……ちょっと付き合うだけなら」
健の提案に乗り、黄泉は彼と共に近くのハンバーガーショップへと入っていく。
「とりあえずハンバーガー5個」
入るなり店員にそう告げ、それを聞いた健は流石に顔を引き攣らせる。彼女がよく食べることは分かっていたが、それは倒れるほどの空腹もあっての事だと思っていた。だがそうでなくても彼女がかなり食べる方だと、ここで漸く知る事になったのだ。
一方健は、時間も時間なのでポテトとジュースだけに留める。この時間にそんなに沢山食べられるほど、腹もそんなに空いてはいない。
「はぐはぐ……んく。あむ……」
出されたハンバーガーなんかをトレーに乗せて席に着くと、早速黄泉はハンバーガーに齧り付いた。口の端をケチャップで汚しながら、それでも尚美味そうに食べる黄泉の姿に健は自然と笑みを浮かべながらポテトを一つ摘まみ、ジュースのストローに口を付けた。
「そう言えばさ、皇さんってここに住んでる人じゃないよね?」
「んぐ! ん、えぇそうよ」
「引っ越してきたの?」
「そう言うんじゃないわ。ただ……そう、育ててくれてる人の仕事の都合って言うか」
黄泉の言葉に健は違和感を覚えた。親の都合であるなら、普通育ててくれた人なんて言い方はしない。
「えっと……うん。そっか」
本当は彼女の両親は今どうしているのか聞きたかったが、何となく答えが想像できてしまった。何らかの理由で失われたのだろう。恐らく彼女にとっては辛い記憶の筈だ。それが想像できないほど愚かではないので、彼女の心情を気遣ってそれ以上問い掛ける様な事はしなかった。
何だか気まずくなったので、気持ちを誤魔化す意味も込めてジュースを一口飲んだ。
「……聞かないのね」
「え?」
「言い方がおかしかった事。一瞬聞かれるかと思った」
「聞かない方が良いかなって」
「そう……」
聞いてほしいとも何とも言わず、黄泉は大人しくハンバーガーを食べ続ける。
暫くは2人とも無言だったのだが、先に沈黙に耐えられなくなったのは健の方だった。健は頬杖をついて黄泉の事を見ながら口を開く。
「皇さんってさ、暫くはこの辺に居るの?」
「え? う、うん……」
「それじゃぁさ……折角だから、連絡先交換しない?」
健の突拍子もない提案に、黄泉は思わず食べる手を止めて目をパチクリとさせた。
「それ、は……何で?」
「暫くこの辺に居るなら、この辺に詳しい人と知り合っておいて損はないでしょ?」
「それで、本音は?」
出会って間もないと言うのに、連絡先を求めるなど距離を縮めようとしてくる健に黄泉は何かを感じた。
心の奥を見通そうとしてくる黄泉の右目に、健は観念したように両手を上げた。
「分かった、降参だよ。僕は君と友達になりたい。だから連絡先を聞きたいんだ。これでいい?」
「正直でよろしい。それじゃ一つ、条件」
「何?」
首を傾げた健に黄泉はニヤリと笑みを浮かべると、彼の手元を指差した。
「ポテト、私にも頂戴」
意外な要求に、今度は健の方が目をパチクリとさせたが、ある意味で彼女らしい要求に堪らず噴き出してしまった。
「……ぷっ、ははっ! 良いよ、どうぞ」
黄泉も食べやすいようにとポテトを少し彼女の方に近付けた。
その瞬間、延ばされた黄泉の手は器からポテトの殆どを持っていき、そして一気に彼女の口の中へ消えていった。流石にあの量を一気に持っていかれるとは思っておらず、健の口から非難の声が上がる。
「ちょっ!? まだ少ししか食べてなかったのに!!」
「ふふ~ん! 幾つとは言ってないもんね」
「もぅ~……ぷっ!」
「ふふっ!」
不意にどちらからともなく笑いだす。健は思っていたよりもやんちゃな黄泉の一面を知れて、黄泉は本当に久しぶりに心から笑える相手と出会えて。
「「あはははははっ!」」
2人は互いに新たな友を見つけた事を祝福するかのように笑ったのだった。
***
「それじゃ、またね。何か困った事とかあったら遠慮なく連絡して」
「えぇ。まぁそんな事はないと思うけどね」
健は黄泉と別れ帰途につく。あれからすっかり話し込んでしまい、気付けば日も暮れてしまっていた。これ以上遅くなっては裕子から叱られると、健は足早に家へと向かった。
その彼の姿を、物陰から見ている者が居た。暗闇から息を殺して、じっと見つめる存在……化神だ。
息を潜めて、健の後を追っていた化神……バケネコは、周囲から人気が少なくなるのをジッと待った。
そして程よく人気が無くなり、いざ健を物陰に引き摺り込み喰らおうとした。
その時、頭上から黄泉が飛び降りバケネコの頭を思いっきり踏み付けた。
「フンッ!」
『ぶぎゃっ!?』
出し抜けに頭を踏みつけられ、地面に押し付けられたバケネコは汚い悲鳴を上げる。黄泉は飛び降りた勢いを利用してバケネコの頭から降りると、怨面を取り出した。
「師匠から連絡を受けて慌てて戻ってきたら、まさか日向君を狙ってたとはね」
『何者だ貴様ッ!』
折角の仮のタイミングを邪魔され、怒り心頭なバケネコ。だが対する黄泉の方も、バケネコに対して並々ならぬ憎悪を向けていた。
「私? 私はね……あんた達化神を一匹残らず根絶やしにする者よ! オン・アリキャ・コン・ソワカ、変身!」
呪文を唱え、怨面を装着してゲツエイに変身する。禍々しい模様が全身に走り、模様から溢れ出た瘴気が黄泉の姿を覆い隠す。
「うぐぅぅぅぅぅぅぅっ!? ぎぃぃぃぃ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
全身を切り刻まれる様な苦痛に悲鳴を上げながら、黄泉が変身したゲツエイは草薙の大太刀を手にバケネコに斬りかかる。
「はぁぁぁっ!」
赤い刃がバケネコに振り下ろされるが、バケネコは流れるような動きでそれを回避。攻撃する相手を失った大剣はバケネコの背後の壁を粉砕し、地面を抉った。
『おぉっと! 怖い怖い、こんなの喰らったらお終いだぜ』
「ちぃっ! こんのぉっ!!」
避けられても構わず次々と大剣を振るうゲツエイだったが、バケネコは思っていたよりも動きがすばしっこくなかなか捉えられない。時折当たるかと思われた一撃も、爪を使って巧みに受け流されてしまった。
このバケネコはどうやら技巧に優れた化神の様だ。正直、力押しの傾向が強いゲツエイでは分が悪い。
(くっ!? こうなったら、また師匠に叱られるかもしれないけど”ジュウケツ”で――!)
とは言え、今までこういう輩を相手にしてきた事が無い訳ではなかった。ゲツエイもそれなりに多くの化神と戦ってきた。その中には当然、ゲツエイと相性の悪い技巧に優れた化神も居る。
そしてゲツエイには、そうした化神に対抗する手段があった。
「くぅぅぅぅぅぅ――――!!」
その切り札を切るべく、動きを止めたゲツエイ。
だが彼女が切り札を発動させる前に、状況に変化が起こった。
「――――居た!」
ゲツエイからは死角になるところから、健が駆けつけていた。そりゃあれほど派手に暴れて騒音を撒き散らせば、彼の耳にも異変が届く。慌てて引き返した彼は、バケネコとゲツエイが戦っている様子を目にした。
一見するとゲツエイが追い詰められている様にも見える状況に、健は素早く怨面を取り出し変身した。
「オン・マイタラ・ラン・ソウハ! 羽搏け、蒼天! 変身!」
ゲツエイの傍に駆け寄りながら健はソウテンに変身し、動きを止めているゲツエイに襲い掛かろうとしているバケネコに飛び蹴りを喰らわせた。
「タァァァァッ!」
『ぐぎゃ!?』
「ッ!? アンタ――!」
突然乱入してきたソウテンに、バケネコは反応できずゲツエイは驚き切り札を切り損ねる。
ゲツエイの驚愕など気にする事もなく、ソウテンはバケネコに向け構えを取りながらゲツエイに安否を訊ねた。
「大丈夫?」
「ッ、余計なお世話よ! 退いて! アイツは私の獲物よ!!」
「駄目だ!!」
「ッ!?」
ソウテンを押し退けてバケネコに攻撃を再開しようとしたゲツエイだったが、ソウテンは予想外なほど力の籠った言葉でゲツエイを押し留めた。
「駄目だよ、こんな戦い方。君も御伽装士として、化神から人を守る為に戦ってるんでしょ? なのに、こんな戦い方じゃ守る人を傷付けちゃうよ」
そう言いながらソウテンは周囲を見渡す。
周囲の街は、ゲツエイが我武者羅に大剣を振り回したからか酷い有様で、壁は砕け自動販売機は潰れ、電柱も倒れて近くの民家は停電したのか窓には明かりが無い。
その事に、ゲツエイ自身罪悪感を感じないではなかった。
「だから……だから何よ!? 私は、アンタ達普通の御伽装士なんかとは違うのよ!? 私はね――」
『ごちゃごちゃ言ってるなぁぁぁッ!!』
ソウテンの言葉にゲツエイが反論しようとするが、それよりも早くに体勢を立て直したバケネコが爪を伸ばして斬りかかって来る。
襲い掛かって来るバケネコに気付いたソウテンは、ゲツエイを突き飛ばしてバケネコの攻撃から逃すと自分は穿空の弓矢を取り出し剣にもなるそれでバケネコの攻撃を受け止めた。
「くっ!?」
『シャラァッ!!』
「あっ!?」
バケネコの攻撃を受け止めたソウテンではあったが、続く攻撃で弓を弾き飛ばされてしまった。手から離れた弓は遠くへ飛んでいき、カランと音を立てて地面に落ちる。
これでソウテンは無防備だ。無手となったソウテンを切り刻もうとバケネコが爪を振り上げ、ゲツエイは世話が焼けると彼を助けるべく前に出ようとした。
「ったくもう!」
大剣を構えてバケネコの攻撃を受け止めようとするゲツエイだったが、それよりも先にソウテンが新たな武器を取り出しバケネコの攻撃に対抗した。
「退魔道具、鎌鼬の双剣!」
ソウテンが取り出したのは二本の剣。刃が峰ではなく刃側に向けて湾曲しているので、剣と言うよりは鎌に近い形状だ。
双剣を構えたソウテンはそれを素早く振るってバケネコの爪を弾き、更には接近し逆にバケネコの胴体を切り裂いてやった。
『ぐぉぁっ!?』
「速いッ!?」
双剣を手にしたソウテンの動きは明らかに先日の比ではない。正に風の如き素早さで、あっという間にバケネコに対して反撃をしてみせた。
鎌鼬とは、目にも留まらぬ速さで人を押し倒し切り裂きそして止血をする妖怪として知られている。その力の一端を使えるこの双剣は、手にしたソウテンの最大の強みであった速度をさらに強化してくれるのだ。
「まだまだ!」
戦況はここで一気にソウテン側に傾いた。バケネコも確かに素早いが、しかしソウテンの速度はバケネコのそれを大きく上回る。
バケネコは必死に爪を振り回すが、吹き抜ける風の様に素早く動くソウテンの姿を捉える事は出来ない。
『チクショウ!? 速すぎる!!』
「そこだ!」
『がぁぁぁっ!?』
素早さに完全に翻弄され、バケネコの攻撃はどれも空を切るだけに終わる。そうして生まれた隙を、ソウテンは的確に突きバケネコの体を切り裂いていく。
すれ違いざま、攻撃を弾いた瞬間、そしてバケネコがソウテンの姿を見失い無防備な姿を晒した瞬間。戦いの流れはソウテンのものとなり、ゲツエイですら姿を目で追うのがやっとであった。
「ハッ!」
『うぐぁぁぁっ?!』
ソウテンが振るった双剣が、バケネコの胴体に大きな×字を刻む。元々力自体は弱いソウテンだが、ちりも積もれば山となり。立て続けに切り裂かれ続けて、バケネコは最早満身創痍であった。
『はぁ、はぁ……クソッ!?』
「そろそろ、終わりにしよう」
まるで死刑宣告の様に告げ、ソウテンは双剣の柄同士を組み合わせ双刃の薙刀のような形状にしてそれを振り回す。新体操のバトンの様に連結した双剣が回転すると、竜巻が発生してバケネコを閉じ込めた。
『うぉぉぉぉっ!?』
竜巻に囚われ、空中で身動きが取れなくなるバケネコにソウテンは突撃した。化神は自分の獲物とソウテンを引き留めようとしたゲツエイではあったが、周囲に吹く暴風によって彼女もその場から動く事が出来なかった。
「くぅっ!? 何て風――!」
「ハァァァァァッ!!」
ただ1人風の影響を全く受けていないかのようなソウテンは、連結させた双剣を構えて空中のバケネコに接近しその刃で切り裂いた。
「退魔覆滅技法、旋風両断!!」
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ?!』
竜巻に突撃し、ソウテンが剣を振るうとバケネコは竜巻諸共切り裂かれ、胴体から真っ二つに切断され爆散した。
ソウテンが切り裂いたのは竜巻もであり、切り裂かれると竜巻は空気に溶け込むように跡形もなく消え周囲の暴風も嘘の様に収まった。
暴風が収まった後の光景を見て、ゲツエイは思わず言葉を失った。
「う、嘘……」
ゲツエイが驚いたのは、あの暴風の被害の驚くほどの少なさだ。ゲツエイも動く事が困難な程の暴風だったと言うのに、近くの家屋には全く被害が無い。精々ゴミ箱や木の枝が散乱している程度だ。
先程、ソウテンは周囲に無用な被害を及ぼす事に対して苦言を呈していた。その割には自分は周囲に被害の及ぶ攻撃をしたではないかと皮肉の一つも言ってやろうかと思ったが、蓋を開けてみればこれだ。
彼は本当に、周囲の被害を抑えながら戦う事を念頭に置いている。
ゲツエイは言いようのない敗北感を感じずにはいられなかった。
「これで、落ち着いて話せるね」
「ッ!」
「言わなくても分かると思うけど、僕は御伽装士。名をソウテン。本名は――」
ソウテンが本名を告げようとするが、それは首筋に突きつけられた大剣により遮られる。
「ッ……」
「興味ないわ。私は、アンタなんかに――――!?」
飽く迄も拒絶の姿勢を崩さないゲツエイ。だがソウテンもここで引き下がる訳にはいかない。ゲツエイと交渉し、背後関係や御守衆への引き込みを命じられていると言うのはある。
だがそれ以上に、ソウテンはゲツエイの事が放っておけなかったのだ。何と言うか彼女には、余裕が全くない。このまま放っておけば、彼女は何か取り返しのつかない事になってしまう。
そんな漠然とした予感に突き動かされ、多少無遠慮だろうと不躾だろうと彼女と距離を近付けようと一歩前に踏み出そうとした。
そのソウテンの前に、黒いローブを纏った少女が降り立った。
「フッ」
「うぐっ?!」
突如現れた少女――紫は、一瞬でソウテンの懐に入り込むと手に持っていた杖で彼の脇腹を殴り体をくの字に曲げさせると胸板を杖で突き、強制的にゲツエイから引き離した。
「うあぁぁぁっ?! う、ぐぅぅぅ……」
「フン、多少はやるようだが所詮は小童よの? この程度の事で動きを止めるなど」
「師匠!」
蹲るソウテンを見下ろす紫の元へ、ゲツエイが大剣を背負いながら近付く。紫は、近付いてきたゲツエイにも鋭い視線を向けた。
「愛弟子よ……お主、またワシの忠告を無視して勝手にジュウケツを使おうとしたな?」
「うっ!? す、すみません……」
「全く……」
大きく溜め息を吐く紫に、ゲツエイは小さく縮こまった。その姿はとても先程まで化神を殺そうとしたり、ソウテンを拒絶していたのと同一人物とは思えない。
「あ、あなたは?」
横腹を強かに殴られ、込み上げる吐き気を堪えながらソウテンは訊ねる。御伽装士を相手に、生身でこれほどの一撃を入れてくるなど普通の人間ではない。
「ワシか? ワシは河南 紫と言う者じゃ。こやつの師匠と言う立場じゃな。まぁ別に覚えずともよい。それより、お主に一つ忠告じゃ」
「な、何?」
「もうこやつには近付くな。これ以上こやつに干渉しようと言うのなら、それ相応の覚悟を持ってもらうぞ」
そう言って紫が杖で地面を突くと、そこから瘴気が噴き出し2人の姿を覆い隠す。
瘴気に2人の姿が隠れて数秒、風が正気を吹き飛ばした時にはそこには誰も居なくなっていた。
自分以外動く者が居なくなった町中で、ソウテンはどことなく寂しそうにその場に立ち尽くしていたのだった。
読んでいただきありがとうございました。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします。
次回の更新もお楽しみに。それでは。