仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~   作:黒井福

20 / 25
健は男を見せたい(其之壱)

 健と黄泉の放課後は忙しい。

 それと言うのも、健の家は大衆食堂を経営している為、昼と夕方から夜にかけて特に多くの客が入って来る。地域から愛されるその食堂は、夜になれば仕事終わりの働く人から家族連れまで様々な人達が訪れる。そんな店を、店主であり父でもある晃と母の裕子2人で回すのは限界があった。バイトを雇えばいいという意見もあるだろうが、健と黄泉の2人が御守衆に所属する御伽装士である為、その秘密が無関係な第三者に知られる事を防ぐ為には身内で経営した方が安心できた。

 

 ついでに言うと、日向食堂は大衆食堂であると同時に御守衆が一時的に集まる場所としても利用される事がある。御伽装士が管轄を移動する事はそう多くは無いが、その必要が出た場合集合し作戦会議などをする為の場所が必要となる。日向食堂はそうした場所として打って付けになる為、御守衆と無関係な者は可能な限り遠ざける事が望ましかったのだ。

 

 そんな訳で、健と黄泉の2人は学校が終わると忙しくなる店の手伝いの為部活には入らずさっさと下校して食堂兼自宅へと帰っていた。これには前述した通り忙しい食堂を手伝うという目的とは別に、御伽装士である2人は迂闊に部活に参加する訳にはいかないからそのカモフラージュとしての意味合いも持っていた。

 

「あ、皇さんッ! 今日この後カラオケ行かない?」

「ごめーん! 今日はお店忙しそうだから、健君と一緒に早く帰らなきゃならないのッ!」

「え~、ざんね~ん」

「ほんっと、ゴメンね! この埋め合わせは今度するから!」

 

 とは言え、それも絶対と言う訳ではない。以前であればともかく、今は健と黄泉の2人で一つの地区を担当する事となっている都合上、余裕が出来ている為時々であれば交代で放課後に自由な時間を過ごす事も出来ていた。

 

「黄泉さん、最近は落ち着いて来てるし、僕は大丈夫だよ?」

「いいのいいの。私が健君と一緒に居たいからだし。それじゃ……ダメ?」

「い、いいやッ! べ、別に駄目なんかじゃないよ?」

「そう? 良かった!」

 

 嬉しい事を言ってくれる黄泉に、健も頬が赤くなるのを抑えきれない。そんな2人を周囲は時に温かい目で、時に茶化したりしながら別れを告げ各々の時間を過ごしていく。良き学友達に恵まれる幸せを噛みしめながら、2人はこの日常を守るという使命感を胸に抱きながら帰路についていた。

 

 何時もの通学路を抜け、もう少しで日向食堂に帰るというところ。道中で2人は時に他愛ない会話を楽しみつつ歩を進めていると、不意に道の脇に1人の老人が腰掛けているのを見た。別にそれだけであれば別に珍しい事ではない。老人が歩き疲れて縁石の上などに腰掛けている光景は、街を歩いていれば頻度は高くないが見かける事はある。

 

「「……んん?」」

 

 2人が思わず注目してしまったのは、その老人の見た目であった。杖を突きながら腰掛けている老人はアロハシャツに膝までしかないズボン、そしてサンダルを履いている。風が冷たくなってきた時期に随分と涼しい恰好をしているが、それはまだいい。風邪を引きそうだと心配に思わなくも無いが、今の時期であればギリギリラフな格好をしていても言う程おかしくは無いだろう。

 2人が思わず注目したのは、その老人の髪型である。何とその老人、見た目よぼよぼで髪も真白であるにもかかわらず、何とモヒカンヘアーにしているのだ。老人の割に随分とファンキーな髪型をしている事に、2人も思わず目を引かれてしまったのである。

 

(あ、あのお爺さん、アロハシャツにモヒカンヘアーって随分とファンキーな見た目ね?)

(し~、駄目だよ黄泉さん。あれもあのお爺さんなりの拘りとかなのかもしれないし)

(そ、そうね……他人の趣味にとやかく言っちゃいけないわよね)

 

 2人は老人に聞こえないようコソコソと話し合いながら、何食わぬ顔で通り過ぎようとした。見た目は変わっているが、老人である事には変わりないのだし態々気にする必要は無い。

 

 ところが老人の前を通り過ぎようとした瞬間、黄泉は臀部に違和感を感じ思わずその場で小さく悲鳴を上げながら飛び跳ねてしまった。

 

「ひゃっ!?」

「どうしたの黄泉さん?」

「え? あ、いや……今、何か…………?」

 

 まるで誰かに尻を撫でられたかのような感触に、黄泉は一瞬すぐそこに居る老人を疑った。だが老人は変わらず縁石に腰掛けており、何かをしたような形跡は見られない。違和感を感じて真っ先に老人の方を見たが、先程と変わらぬ様子でそこに腰掛けている為違和感を感じながらも黄泉はそれ以上老人に疑いの目を向ける事はしなかった。幾ら何でもこの老人が何かをしたという事は無いだろう。若者であっても、あのタイミングであれば動いた形跡が見られてもおかしくない。

 

 多分気のせいだろう……黄泉はそう思う事にして、健を心配させないようにと顔に笑みを貼りつけ首を左右に振った。

 

「ん……ううん、何でもない。気の所為だったみたい」

「本当?」

「ホントホント。多分、風だから」

 

 健を安心させようと風の所為にする黄泉ではあったが、その際にどうしても気になってしまいチラリと老人の方を見てしまう。しかし視線を向けられた老人は何も分かっていないかのように目を瞑るだけで反応を示さない。そして健は、そんな彼女の視線が老人に向かっている事に気付いていた。

 

 俄然、健の老人を見る目は俄かに険しくなる。

 

「……黄泉さん、この人に何かされた?」

「え? あ、ううん、何にも」

「そう? なら、いいんだけど……」

 

 訝しむ健ではあったが、あまり彼女を疑うのもよくはないと、健は喉まで出掛かった言葉を飲み込み、だが何となく黄泉をこの老人の近くに居させたくないと本能的な危機感を感じて彼女の手を引き店へと急ごうとする。

 

「行こう、黄泉さん」

「あ、健君……!」

 

 少し強引だったが、健に手を引かれてこの場から連れ出されようとしている事に微かな安心感を感じる黄泉。

 

 そこでそれまで黙っていた老人が口を開いた。

 

「もし、そこのお若いの」

「えっ!?」

「……僕達の事、ですよね?」

「うむ。他にお若いのは居らんな」

 

 どことなくこちらをおちょくっているかのような物言いに健は自然な動きで黄泉を自分の後ろに引っ張り老人との間の壁となる。健の阻まれ老人の姿が良く見えなくなった黄泉が、老人の事をよく見ようと健の肩から顔を出すと老人は顔を上げて片目を開けて2人の事を見上げながら問い掛けた。

 

「この近くに日向食堂って店、あるじゃろ? そこまで案内してくれんか?」

 

 どうやらこの老人、日向食堂を目指してここまで来たが、あと少しと言うところで店の場所が分からなくなったのか力尽きたのかここで腰掛けて休んでいたらしい。もう既に得体が知れないこの老人、出来ればこれ以上関わりたくはないのであるが、店の客であるならば連れて行かなければならないだろう。少なくとも現時点では明確に黄泉が何かをされたという証拠も無いのだし。

 

「じゃあ……こっちです」

 

 それでも健は老人への警戒を緩める事をしなかった。可能な限り老人の動きを見逃さないよう、そして老人が黄泉に手を出す事が無いようにと健は老人の片手を掴んで黄泉を挟んで反対側を歩かせる。老人は特に抵抗も文句も口にする事なく、大人しく健に手を引かれるまま杖で地面をコツコツと突きながら導かれていく。

 

 不思議な事に、老人の手を引いているのに健の歩みは普段とあまり変わらなかった。何時も歩くのと変わらぬ速度で歩けている事に、しかし健と黄泉は気付く事はなく帰宅した。

 

「ただいま~」

「帰りました」

「あ! お帰りなさい!……って、あら?」

 

 2人が帰ると、時間が時間だからか店の中は客の気配もなくガランと空いていた。厨房からは晃と裕子が陳列する料理を調理する音と匂いが漂い、黄泉は思わず空腹を刺激されそうになる。

 

 健達の帰宅に気付いた裕子が厨房から顔を出して迎えると、彼女は2人が連れてきた老人に気付き目を瞬かせる。その視線に気付いた健は、老人を連れてきた経緯を話した。

 

「あ~、この人お客さん。ウチに来たかったんだって」

「え、でもその人……」

 

 健が適当に老人の事を話すと、裕子は老人に身に覚えがあるのか何事かを話そうとする。が、健達から死角になる所で老人は裕子に笑みを向けながら髭に包まれた口元に人差し指を当ててそれ以上の発言を控えさせた。しゃべるなと言うのならこれ以上無理に離す事はないと口を噤んだ。

 

 だが勿論健達からすればそんなのは分からない。2人の目には裕子が何かを言おうとして突然口を噤んだようにしか見えなかった。

 

「? どうしたの母さん?」

「ん? ううん、何でもないわ。気の所為だったみたい」

「また?」

「またって何?」

 

 またしても気のせいとはぐらかされた事に健が不満を思わず口にすれば、事情を知らない裕子が今度は首を傾げる。説明するのも面倒だったので、手を振って何でもないと告げると老人を店に置いて2人は荷物を置き着替えと手洗いの為その場を去っていく。

 

 店に残された老人は、適当な席に腰掛けた。そこで裕子に手招きされた晃は、老人の姿に軽く驚いたように目を見開きながら話し掛ける。それと入れ替わる様に裕子は厨房の奥に引っ込んでいき、調理の続きに取り掛かった。

 

「お久し振りですね。ですが一体どう言った風の吹き回しで? 最近はこの辺りは比較的落ち着いてますし、百鬼夜行の兆候もありませんけれど?」

 

 平然と御守衆の内容の話をする当たり察しはつくが、この老人も御守衆の一員だ。話し掛けられた老人は何処かボケた様子を感じさせた先程とは雰囲気を一変させ、曲がっていた背筋を伸ばして肩を解しながら話し始めた。

 

「ふぃ~……いや何、修行の旅と言う奴じゃよ。ワシの弟子を鍛える為の行脚の一環で、こっちにもちと顔を見せにな?」

「お弟子さん、ですか? それは、どちらに…………?」

 

 見た所老人は1人だ。弟子が居るというのであれば健達と一緒に来るかと思っていたのだが、その姿が見当たらない事に晃が首を傾げていると、老人は呵々と笑いながら後から来ると答えた。

 

「あ~、あ奴なら途中で化神出たから押し付けてきた」

「えっ!?」

「な~に、心配いらんじゃろ。落ち合う場所がここって事は教えてあるから、化神倒したら後から来るじゃろうて」

 

 笑いながらそんな事を宣う老人に、晃は相変わらずだと溜め息を吐いた。

 

「全く、その無茶苦茶っぷりは昔から変わりませんね……嘉島(かしま)さん」

 

 晃の言葉に、老人こと嘉島 修二(しゅうじ)は「ほっほっほっ」と笑って受け流した。

 

 修二は見た目の通りかなりの高齢だが、同時に御伽装士である。具体的な年齢は晃も知らなかったが、その年代は黄泉の師匠である紫等と並ぶほどであった。そんな年齢もあって前線を退きつつあるが御伽装士としての活動は続けており、今は担当地区を離れ後進の育成に励んでいると晃は聞いていた。

 実を言うと晃も健が生まれる前に修二の世話になった事があり、決して長い期間ではなかったが鍛えられた事もあった。

 

 修二と晃は決して師弟と言う程の間柄ではなかったが、当時の経験を晃は決して無駄とは思っておらず寧ろ短い期間でも彼に鍛えられて良かったとすら思っていた。

 そんな経験があったからこそ、晃は修二に問い掛けずにはいられなかった。

 

「ところで、嘉島さん……あなたの目から見て、健と黄泉ちゃんはどうでしたか?」

 

 一応手塩にかけて、人としても御伽装士としても育ててきた健と、彼と共に支え合いながら切磋琢磨している黄泉。2人の世話をしている先代御伽装士としては、高齢でありながら熟練の御伽装士である修二の目にはあの2人がどう映るのか非常に気になったのだ。

 

 晃からの問い掛けに、修二はそれまでのふざけた雰囲気を一旦霧散させた。そしてテーブルの上で肘をつき組んだ手の上に顎を乗せ、一つ息を吐くと目が隠れるほどの長い眉の下から鋭い視線を晃に向けながら口を開く。

 

「ふむ、まぁ……年齢を考えればそこそこと言ったところかの? 旅の合間に報告も耳にしとったから、あの2人がデカい山場を越えた経験があるのも知っとる。大変だったようじゃの。とは言え、それだけで評価をするには未熟さが目立つのぉ」

「相変わらず手厳しいですね」

「客観的に見た評価じゃよ。とは言え……」

 

 厳しい評価を下しはしたが、言葉とは裏腹に修二の中で2人に対する評価は言う程低くはなかった。晃にはああ言ったが、同時に経験は何よりも人間の成長に大きく関係する。特に生死にかかわるほどの修羅場を越える事が出来れば、それだけで人間は一皮も二皮も剥ける。長い人生経験で修二はそれを理解していた為、健と黄泉に対しても一定の期待を向けていた。

 

「ま、弟子が来るまで暇じゃし? 暇つぶし程度には相手してやるわい」

「それだけでも十分です。お願いします」

 

 2人がそんな話をしていると、着替えと手洗いを終えた2人が戻ってきた。私服の上にエプロンを身に着けた2人に、晃はそろそろ修二の事を説明した方がいいかと声を掛ける。

 

「お待たせ~」

「お、良い所に来た。2人共、実はな……」

 

 健と黄泉に修二がどう言う人物なのかを説明しようとする晃であったが、2人から死角になる所で修二は晃に対し愉快そうな笑みを浮かべつつ人差し指を口元に当てた。もう暫くは黙っていてくれと言う事らしい。正体を明かすにしても、どうせならもう少しもったいぶってからと言う事か。

 同時に、秘密保持の意味もある。時間的にそろそろ一般の客が店に訪れる頃合いだ。ふとした瞬間に話の内容を聞かれてしまうリスクを冒すくらいなら、一般の客が全て帰った頃合いで話した方が安全である。

 

 晃は修二の無言の言葉の意図に気付いたが、当然ながら健達には何が何だか分からない。だから晃が何かを言おうとして口を噤んだのを見て、一体何が何なんだと揃って首を傾げた。

 

「父さん?」

「どうかしたんですか?」

「ん? ん~……いや、良いんだ。大した事じゃない。それより2人共、そろそろお客さんが増えるから準備を頼むよ」

 

「「は~い」」

 

 老人に対して少なくない疑問はあったが、今は店の方が最優先と健は疑問にそっと蓋をして黄泉と共にテーブルの上を拭いたりと何時客が来ても良いように店内を動き回った。

 

 その最中、黄泉はちょくちょく違和感を感じていた。明確に何処かを触られたというほどはっきりしたものではないのだが、服の端を何もない所に引っ掛けたり後ろ髪の先端を何かが掠っていくような、ふとした瞬間に感じる違和感である。

 

「ん? んん?」

「黄泉さん? どうかしたの?」

「ん? ん~……?」

 

 時折変な声を上げながら周囲を見渡す黄泉の姿に、健も気付き問い掛ける。だが問い掛けられた本人もその違和感の正体が分からず、何かが掠った感触の残る後ろ髪を触りながら首を左右に振って答えた。

 

「ん、ううん、何でもない。多分気のせいだから」

「そう?」

「うん!」

 

 スッキリしない健ではあったが、明確に何か異変がある訳でもなく本人が何でもないと言っているのだから健はそれ以上しつこく聞く事は出来ない。

 

 そうしてそのまま、夕食を取りに来た多くの客が店に訪れ、健と黄泉はその客たちに対する応対に追われた。町の人気店と言う評判は消して伊達ではなく、町の人間だけでなく町の外から来る客も居た。

 今宵も盛況な店に、健も黄泉も修二の事等気にする余裕も無く忙しなく店内を動き回る。接客からレジ打ち、テーブルの上を拭いたり陳列される料理の補充などだ。

 

 修二はそんな2人の様子を他の客に紛れるように眺めていた。品定めするような彼の視線に2人は気付く事無く、この日の営業も終わりを迎えようとしていた。多くの客を満足させ帰っていくのを見送り、閉店間際には店内に居るのは厨房に居る2人を除けば健と黄泉、そして修二の3人だけとなっていた。

 

 店内に残っているのが修二だけである事に気付いた2人は、彼が今までずっと店内に居た事に流石に驚きを隠せなかった。

 

「えぇっ!? ちょ、お爺さんずっと居たんですかッ!?」

「お爺さ~ん? もう閉店ですよ~?」

 

 驚く黄泉に対して、健は彼がボケているのではと疑い顔の前で手をひらひらさせたりして意識の確認を行った。尤もこんな時間になっても尚帰る気配を見せない者が居たら、例え相手が修二の様な老人でなくても健は同じような反応を見せただろう。閉店間際になっても尚帰らない客となると、何か事情があるかこの店に来る前に別の店で酒を飲んで酔っ払っているかのどちらかだ。

 

 果たして当然だが修二は難しい事情がある訳でも、酔っぱらっている訳でも無かった。一頻り健と黄泉を見極めた修二は、頃合いかと思い自分の正体を口にしようとした。

 

 だがそれよりも早くに、近隣に化神が出現したという報告を受けた晃が2人にその事を伝えた。

 

「健! 黄泉ちゃん! 一息付けそうな所悪いが、急いで隣町に向かってくれ! 化神が現れたッ!」

 

 修二の正体を知っている晃は気にする事なくその場で化神の存在を明かしたが、そうとは知らない健はこんな所でいきなり化神の話題を口にした晃の正気を思わず疑ってしまった。

 

「えぁっ!? ちょ、父さん今は……!」

「た、健君ッ! 私、私が何とかするから、今は……」

「あ、そっか、じゃあ……うん」

 

 一度は父の正気を疑ってしまったが、少し冷静になって考えれば晃らしからぬ失態だと健は違和感を抱いた。御伽装士としては自分よりもずっと経験豊富な筈の父が、こんな凡ミスをするだろうか?

 

 釈然としないものを感じながらも、今は化神への対応が先と健は自分を無理矢理納得させ黄泉と共にエプロンを脱ぎ捨て店を飛び出した。そして晃から聞いていた場所へと向け駆けていくと、そこには情報通りに1体の化身が逃げ惑う人を嗤いながら追いかけ回していた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」

『ギャハハハハッ! おら逃げろ逃げろぉっ!!』

 

 棘の付いた槌を振り回しながら化神バケウシが一般人を追いかけ回している。仕事帰りに一杯やって来たのだろうサラリーマン風の男は、恐怖に顔から出るものを全て垂れ流しながら必死に逃げていた。

 その様子からバケウシが男を嬲る様に態と殺さないように追いかけている事は明白であり、何も知らない人を愉しんで追いかけ回す姿に黄泉は怒りを感じて怨面を取り出した。

 

「アイツ……! 健君ッ!」

「うんッ!」

 

「オン・マイタラ・ラン・ソウハ……」

「オン・アリキャ・コン・ソワカ……」

 

「「変身!」」

 

 健と黄泉はソウテンとゲツエイに変身すると、白虎の具足を身に着けたソウテンが一気にバケウシに接近し蹴りをお見舞いして男への追撃を止めさせた。

 

「止めろぉぉぉッ!」

『うごっ!? テメェ、御伽装士かッ!』

「は? え?「はい失礼っと」おひょっ!?」

 

 そろそろトドメを刺そうと距離を詰めて槌を振り下ろそうとしていたと思しきバケウシだったが、ソウテンの速度を乗せた蹴りにそれを妨害され苛立ちの声を上げる。一方間一髪と言うところで助かった男は、突然の乱入者であるソウテンに困惑している隙にゲツエイにより記憶処理の呪術を受け気を失う。

 

 ゲツエイが気を失った男を担いで安全圏まで運んでいる間、ソウテンは1人でバケウシを相手に奮闘していた。

 

「だりゃりゃりゃりゃりゃっ!」

『グヌヌ……! ち、調子に、乗るなぁッ!』

「うわっ!?」

 

 白虎の具足の力で素早く動き回りながら何発も蹴りを叩き込むソウテンだったが、バケウシは彼の蹴りを全て受け止めながらも堪えた様子を見せず、気合と共に槌を振り回して逆にソウテンを振り払ってしまった。暴風の様な槌の一撃にソウテンは殴り飛ばされ、大きく弧を描いて地面に叩き付けられる。

 

「ぐぅっ!? く、何て奴……!」

「健君ッ!? このっ!」

 

 男を安全な場所まで運んだゲツエイは、地面に叩き付けられたソウテンの身を案じながら呪術を仕込んだ御札を数枚バケウシに向け投擲した。放たれた御札は化神の動きを束縛する為のものであり、喰らえば大抵の化神は動けなくなる筈であった。

 

 だがバケウシは普通ではなかった。何とバケウシの槌はゲツエイが投擲した御札を一瞬の拮抗の直後粉砕してしまったのだ。

 

「嘘ッ!?」

『しゃらくさいわぁっ!』

 

 御札を粉砕し尚突撃してくるバケウシに、ゲツエイは追加で次々と御札を投げつける。だがバケウシはそれらを全て槌で粉砕し吹き飛ばし、ゲツエイの呪術を物ともせず槌の射程内に彼女を収めてしまった。もうこの距離では術も意味をなさないとゲツエイは咄嗟に草薙の大太刀を構えるが、先にバケウシの一撃を受けているソウテンはここでの防御は悪手だと咄嗟に彼女を庇う。

 

「駄目だ、黄泉さんッ!?」

「えっ!?」

『フンッ!』

「「うわぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 バケウシの一撃を喰らい、共に吹っ飛ばされる2人。だがダメージはソウテンの方がずっと大きかった。彼は先にバケウシの一撃を喰らった上で、更にゲツエイを庇う為その身を半分ほど盾にした。結果としてゲツエイはダメージを負いながらも大事には至らなかったが、ソウテンは彼女の隣で倒れるとそのまま変身が解けてしまった。

 

「ぐぁ、うぅ……!?」

「い、つつ……!? あ、健君ッ!? しっかりしてッ!」

 

 ゲツエイは変身が解けて倒れた健の身を案じたが、バケウシは彼が体勢を立て直すのを待ってはくれない。残る獲物であるゲツエイにもう一撃加える為か、それとも健にトドメを刺す為か槌を肩に担ぎながら悠々と近付いていく。

 

『ぐはは……! 御伽装士も所詮はこの程度かッ!』

「くっ!」

 

 近付いて来るバケウシを前に、ゲツエイは健を守る為に太刀を構える。とは言え彼女も無傷ではなく、今の状態では彼を守るどころか自分の身すら守る事は難しい。だが彼女にここで引き下がるという選択肢はなかった。例え此処で差し違え同然になろうとも、せめて健だけは守ろうとしたのだ。

 当然それを看過する健ではなく、彼は傷付きながらもゲツエイを止めようと手を伸ばす。

 

「だ、ダメだ、黄泉さん……! 逃げて……!」

「そんな事出来ないよッ!」

『ゴチャゴチャと……安心しろ、2人纏めて叩き潰してやるッ!』

 

 バケウシが振り上げた槌に力を籠めると、槌の先端に妖しい炎が灯る。その状態の槌をバケウシが振り下ろそうとした、その時…………

 

 周囲に杖が地面を突くコツコツと言う音が響き渡った。

 

『あ……?』

「え?」

「あれは……!」

 

 

 

 

「ほっほっほっほっほっ……」

 

 

 

 

 ゆったりとした歩みでゲツエイとバケウシの間に入って来たのは修二であった。まるでそこら辺を散歩するかのような足取りでやって来た修二の姿に、健とゲツエイは慌てた様子で逃げるよう促す。

 

「何やってるんですかお爺さんッ!?」

「ここは危ないんですッ! 早く離れてッ!」

 

 慌てる2人に対し、修二は全く気にした様子もなく飄々とした様子を崩さない。

 

「あぁ、何、気にする事ないぞ。安心せい、儂もお主らの同業者じゃからな」

 

 そう言って修二が尻のポケットから取り出したのは、亀の顔の様な形のキーホルダーであった。一見するとただのキーホルダーにしか見えないが、健達にはそれが怨面である事が一目で分かった。

 

「それは……!」

「怨面ッ!」

『何ぃ……!』

 

 健とゲツエイはただの老人だと思っていた修二が実は御伽装士であったという事実に、バケウシはここで新たに御伽装士が出てきた事実に、それぞれ驚きの声を上げる。修二は三者三様の驚き様に、徒が成功したかのように笑った。

 

「ホホホッ! まぁそこで見ておれ。これでもまだ若者には負けとらんのでな」

 

 一頻り笑うと、修二は手にしていた杖を手放し呪文を唱える。

 

「え~、オン・アクバラ……え~っと、何じゃったっけ?」

「ちょっ!?」

「お爺さんッ!?」

「冗談じゃよ、じょ~だん。オン・アクバラ・ゲン・ラタン、ほい変身っと!」

 

 修二が怨面を装着すると、彼の体を御伽装士に変身させる。

 

 緑色のボディースーツが身を包み、その上に亀の甲羅を模した赤い鎧を纏っていく。元が老人の修二であったとは思えぬほどマッシブで見た目からして力と頑強さが売りに見える御伽装士は、しかし変身直後に腰を押さえて前屈みになってしまった。

 

「あ痛たた……流石にこの歳になると変身も一苦労だわい……退魔道具、激震の如意棍」

 

 腰の痛みを堪えながら取り出した退魔道具は、一見すると両端に青い球形の装飾を取り付けた赤い棍であった。修二が変身した御伽装士はそれを杖の様に使って、片手で棍を持ち片手で腰を押さえるという何とも頼りない恰好となる。あまりにも頼りなさすぎる姿に、健とゲツエイは逆に不安を掻き立てられた。

 

「あ、あのお爺さんが御伽装士ッ!?」

「でも、大丈夫なの?」

「まぁまぁ、お2人さん。ここは儂に任せときなさい」

『ふざけるな、この老いぼれがッ!』

 

 目の前で繰り広げられるふざけたやり取りに、苛立ちを抑えきれなくなったバケウシが槌を振り下ろす。その時修二が変身した御伽装士は健達の方を向いていた為、バケウシが接近してきている事に気付いていない。

 

「あ、危ないッ!?」

「避けてッ!?」

 

 咄嗟に警告する2人だったが、次の瞬間2人は目を疑う光景を目の当たりにする。

 

『ぐぁぁっ!?』

「え?」

「なっ!?」

 

 バケウシの槌が振り下ろされる瞬間、修二が変身した御伽装士は僅かに体をズラして紙一重でそれを回避。同時に棍をバケウシの足の甲に突き立て、あまりの激痛にバケウシは悶えた。

 そしてそれを成した当の本人は、全く知らん振りをして急に悶えたバケウシの体調を心配した。

 

「ん? どうした? 腹でも痛いのか?」

『この、クソジジィッ!』

「おっとっと!」

 

 明らかに小馬鹿にした修二の様子に、バケウシは激昂して腕を振り回す。しかし修二が変身した御伽装士はそれをひらりと回避すると、その際の勢いを利用して棍をバケウシの脛に叩き付ける。所謂弁慶の泣き所を殴打され、立て続けに足元に走る激痛にバケウシは悲鳴を上げてひっくり返った。

 

『ギャァァァッ!?』

「おぅおぅ、そんな所で何を寝ておる? こんな所で寝ると風邪引くぞ?」

『んの、ふざけるなぁぁッ!』

 

 立て続けに馬鹿にされバケウシは我武者羅に槌を振り回す。怒りのあまり狙いが甘くなったバケウシの攻撃は、怒りが乗った所為で威力だけは上がっており攻撃の余波だけで周囲の地面を抉った。そんな中で修二が変身した御伽装士はまるでそよ風の中を往く様にひらりひらりと槌を、余波を回避し、お返しと言わんばかりに棍を何度も叩き付けた。

 

「ほれっ! ほれほれっ! よいしょっと!」

『ぐぁっ!? イテッ!? だぁぁっ!?』

 

 ソウテンとゲツエイを相手にしていた時の勢いは何処へやら、バケウシは修二が変身した御伽装士一人に一方的に殴られていた。一見するとふざけている様に見える修二の動きだったが、実際にはその動きに無駄がなく流れるような動きでバケウシを追い詰めていた。

 気付けばバケウシの手から槌は離れ、全身をボコボコに殴られ見るも無残な姿となっていた。

 

『が、はぁ……!?』

「ふぃ~、頑丈じゃのう。老いぼれには堪えるわい。時間も遅くなってきたし、老人はそろそろお暇するかの」

「「えっ!?」」

 

 修二の言葉に健とゲツエイは愕然となった。何しろ彼はまだバケウシにトドメを刺していない。ボコボコにはしたが、完全に倒れてはいない化神を前に背を向けるのは自殺行為だからだ。

 片やバケウシは怒り心頭であった。散々殴られた挙句、倒される事なく見逃されようとしているのだから当然だろう。

 

 しかし…………

 

『ふざけるのも、いい加減にしろぉッ!?』

「お爺さんッ!?」

「早くトドメをッ!」

 

 暢気に背を向けて歩き去ろうとする修二に、バケウシが先程落とした槌を拾い上げ殴り掛かろうとする。それに対し健とゲツエイが警告し、ゲツエイに至っては彼を助ける為大太刀を構えようとした。

 

 だがそれはいらぬ心配だったようだ。

 

「あぁ、トドメならもう刺しとるわい」

 

 修二のその言葉と同時に、バケウシの動きが止まる。それもただ止まっただけではなく、最初は小さく、徐々に大きく体を震わせていった。その震えに合わせるようにバケウシの体には亀裂が入っていき、最終的にバケウシの体は爆散してしまった。

 

『な、に……!? こ、れは、が、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 

 

 

「退魔覆滅技法、浸巌連打(しんげんれんだ)

 

『うごわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?』

 

 棍を杖の様に地面に尽きながら歩き去る修二の背後で、バケウシが爆散し砕け散る。ゲツエイは迫る爆風から健を守り、風と衝撃が収まると顔を上げ近付いて来る御伽装士の姿を改めて見た。

 

「お、お爺さんは……」

 

 自然と健は彼に名を問い、それに対して修二はこう答えた。

 

「巌己……御伽装士ゲンキじゃ。よろしくの、お2人さん」




ここまで読んでいただきありがとうございます!

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。