仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~ 作:黒井福
バケウシを倒した後、黄泉は怪我をした健に肩を貸しながら修二と共に日向食堂へと戻ってきていた。
閉店した店の中で、健は黄泉から怪我の治療を受けながら改めて修二からの自己紹介を受けていた。
「ふむ、外でも話したが、もう一度名乗っておくかの。儂の名は嘉島 修二、御伽装士ゲンキじゃ」
修二の自己紹介を受け、健と黄泉は昼間の一見ボケた老人が御伽装士だったと聞かされ驚き目を丸くした。
「ま、まさかあのお爺さんが御伽装士だったなんて……」
「それもあんなに強かったとは……」
最初こそ信じられなかった2人だったが、実際に目の前で彼が変身し化神を一方的に倒した事に加え、晃と裕子までもが肯定した事で信じざるを得なくなった。
「……って言うか、父さん達知ってたんなら何で教えてくれなかったの?」
「すまんな。気付いた時点で話そうとは思ってたんだが、嘉島さんに止められてたんだ」
「何で?」
「その方が面白そうだったんでな。ほっほっほっ!」
楽しそうに笑う修二に健と黄泉は胡散臭そうな目を向ける。そんな視線を受けても修二は全く気にした様子を見せない。修二の様子からちょっとした皮肉や嫌味は通用しないと察した健は、無駄な抵抗はせず出来る限り受け流す方向で動く事を決めると、怪我の手当てをしてくれた黄泉を自分の後ろに隠す様にしながら修二にここへ来た目的を訊ねた。
「それで? そんな人がウチに何の用なんです? 百鬼夜行が起こるとかは特に聞いてはいませんでしたけど?」
「ほっほっほっ! 流石に親子じゃな、父親と同じ事を聞いて来る。安心せい、そんな物騒な理由じゃないからな」
そう言って修二は晃たちにも話した弟子の存在を2人に話した。弟子との修行行脚で各地を放浪し、その最中この町に立ち寄りここで待ち合わせをしようとしている事を。
そして、弟子がここに来るまでの間、御伽装士の先達として健の事を鍛えるつもりであるという事を話した。
「えっ!? 嘉島さんが、僕を鍛える?」
「あぁ。俺も昔嘉島さんに少しだけだが鍛えてもらった事がある。だからこそ言えるが、あの人に鍛えてもらう事は健にとってもいい経験になる筈だ」
「あれ? 健君だけ? あの、私は?」
話の流れが健を集中的に鍛えるという方向に向かっている事を察して、黄泉は自分を指差して首を傾げる。それは別に彼女の事を省いている訳でも面倒臭がっている訳でもない。これにはちゃんと理由があるのだ。
「黄泉ちゃん、だったの? お主が変身するゲツエイは術を主に使う御伽装士じゃろ? 儂は術に関してはからっきしじゃし、お主は下手に武術に手を出して器用貧乏になるくらいなら術を極めた方が有意義じゃろうて」
修二の言いたい事は分かるので、ちょっと残念に思いながらも黄泉は大人しく引き下がった。現役時代の紫は直接戦闘ではなく呪術による戦いで敵を圧倒したと聞く。ならばその弟子である黄泉もまた、武術よりも呪術を極める事を優先させるべきだ。
「ちゅー訳じゃから、暫くよろしくの、健君や」
「は、はい……」
何処となく釈然としないものを感じながら、こうして健の短いながらも修行の日々が始まった。
修行と言っても、朝から晩まで付きっ切り、と言う訳にはいかない。健は表面上学生である為、黄泉と共に学校に通う必要がある。なので修二に鍛えてもらえるタイミングは、朝も早い時間と夜遅い時間の二つに限られる。
その短い時間の中で、健は修二と言う老人の強さをまざまざと見せつけられた。
「くっ! このっ!」
「おっと! ほれほれ、こっちじゃよ」
「がっ!?」
日が昇って間もない早朝、修二に叩き起こされた健は寝ぼけ眼を擦りながら外に連れ出され、人気のない公園に連れて来られると早速変身させられた。ソウテンに変身した、彼の前に立ち塞がるのは生身で地面に杖を突く普段着の修二。一体何をさせられるのかと思っていると、修二は徐にソウテンに自分を攻撃してくるように告げてきた。
「ほんじゃ、まだるっこしい事やってる暇もないから、さっさと打ち込んできてみ」
「えぇっ!? 何言ってるんですか、そんな事出来る訳ないでしょッ!」
幾らソウテンが平均的な御伽装士に比べてパワーで劣るとは言っても、それは御伽装士や化神と言う常識外れの中での話である。生身の人間……それも修二の様な老人に向けてこの力を振るえば、良くて重症下手をすれば殺してしまいかねない。当然拒否するソウテンであったが、対する修二はあっけらかんとした様子で手招きした。
「安心せい、どうせ当たりゃせんわい。不安なら手加減しても構わんが、加減した力で果たして儂を捉える事が出来るかのぉ?」
「くっ…………!」
明らかに馬鹿にされた事に、健の中で屈辱が炎の様に燃え上がる。普段心優しく戦闘でも他人の安全を優先させる彼だが、本質的には男であり負けず嫌いな一面もしっかり持っていたのだ。このまま虚仮にされたままでは終われないと、ソウテンは意を決して拳を握り締め修二に殴り掛かった。
「分かりましたよ……怪我をしても文句は言わないでくださいねッ!」
修二の鼻を少しでも明かしてやろうと、健はソウテンに変身し構えを取る。とは言え、彼も本気で修二に殴り掛かったりするような事はするつもりはない。ある程度は手加減して攻撃するつもりだ。馬鹿にされた事に苛立ちはしたが、それを老人相手にぶつけるほど彼も大人げなくはない。流石に多少の怪我くらいはさせてしまうかもしれないが…………
「それじゃ、行きますよッ!」
こうして始まったソウテンと生身の修二の組手だったが、それは健の当初の予想を大きく裏切る形で進んだ。
前述した通りソウテンは平均的な御伽装士に比べればパワーに劣る。その代わりスピードに関しては優れたものを持っており、素早い身のこなしから放たれる攻撃は時に肉眼で捉えるのも困難な程であった。
にも拘らず、何と修二はソウテンの攻撃を悉く紙一重で回避してしまうのだ。拳を放てば手の平で受け流され、蹴りを放てば弾かれる。その鮮やかな手並みは熟練の技を感じさせ、ソウテンも次第に手加減とかそんな事を考える余裕を失っていた。
「はぁぁぁぁっ!」
「ほっと!」
修二の背後に回ったソウテンが中段回し蹴りを放つ。だがそれを修二は見もせず屈む事で回避し、そのまま回転して杖でソウテンの軸足を払ってしまった。
「うわぁっ!?」
軸足を杖で払われひっくり返ってしまったソウテン。無様に転んだ彼の胸板に、修二は杖を突き立て地面に押さえ付けた。
「うぐぁっ!?」
「ほれどうした? ひ弱な老人の杖一本も振り払えんか? 根性出さんか」
「くっ! こ、のぉっ!」
杖一本で押さえつけられるなど屈辱極まりないので、ソウテンは力尽くで杖を振り払った。流石に本気を出した御伽装士相手には生身の力では限界があるのか、押さえ付ける事が出来ず修二はソウテンを解放してしまう。すると振り払われた修二は、髭で包まれた顎先を指で叩きソウテンの事を品定めする様に眺めた。
「ふぅむ……今日はここまでにしておくかの」
「え?」
いきなり組み手を始める事になったかと思えば、今度はいきなり終わらせてきた。その事にソウテンは不満を抱く。確かに一方的に攻撃されてばかりで、彼の方は一発も当てられてはいない。だが体力的にはまだ余裕がある。こんな所で一矢も報いる事も出来ずに終わらせるのは、御伽装士として以前に男として納得できなかった。
「ま、まだやれますッ! 僕はまだ――」
尚も食い下がろうとするソウテンであったが、その瞬間彼の視界から修二の姿が消えた。何処へ行ったと探す間も無く、彼は腹部に強い衝撃を感じ肺の空気を強制的に吐き出させられながら後ろに吹き飛び背中から地面に叩き付けられた。
「ぐはっ!?…………がはぁっ!?」
地面に叩き付けられ、その衝撃で変身が解けた健が先程自分が居た場所を見れば、そこには腰を落とし掌底を放った体勢で固まる修二の姿があった。手には杖を持っておらず、二本の足でしっかりと地面を踏みしめ体勢を戻すその動きは滑らかで、とてもではないが先程まで杖を突いていた老人と同一人物とは思えない。
健が見ている前で立ち上がった修二は、手に付いた埃をポンポンと払いのけると、近くに落ちていた杖を拾い上げる。そして再び腰を曲げ杖を突きながら倒れた健に近付くと、長く伸びた眉毛の隙間から倒れた彼を見下ろしながら口を開いた。
「これでも、まだやれると思っておるか? お主の体はお主自身が思っているよりもずっと疲れ果てておる。その事にも気付けない程度では、儂に一発入れる事すら出来んじゃろうて」
「ぐっ…………!?」
ぐうの音も出ない事実に、健は奥歯を噛みしめ唸るしか出来ない。嫌でも現実を突き付けられそれに反論できない彼に、修二は二ッと歯を見せて笑いかけた。
「それが今のお主の限界じゃな。どうじゃ、少しは自分のレベルが分かったか? 成長の第一歩は現状を理解し、受け入れる事から始まるぞ」
「…………」
「暫くは儂も暇じゃし、お主が少しでも力をつけられるように手伝う事は出来る。どうする? このまま儂に鍛えられてみるか?」
嫌ならそれでもいいと、修二は彼に背を向けようとする。今までこんな屈辱を受けた事の無かった健は、感情と勢いのままに声を上げようとした。このまま独力で力を付けてみせると…………
だがそう思った矢先、彼の脳裏には黄泉の姿が浮かんだ。彼女に無様な姿は見せたくない。彼女にはカッコいい自分を見て欲しい。青臭くて子供っぽいかもしれないが、好きな子に良い自分を見せたいと思うのは自然な事である。つまるところ、彼だって男なのだ。
そう思うと、ここで修二の提案を跳ね除けるのは色々な意味で悪手であると彼の理性が囁いた。修二からの鍛錬は厳しいだろうが、それはそのまま今の健のレベルの表れでもある。彼からの鍛錬を受けないという事は、自分の現状から目を逸らし否定する事。そんなのカッコ悪すぎる。少しでも彼女に誇れる自分になる為には、今この瞬間の屈辱も何もかもを受け入れなくては。修二だって言っていたではないか、成長の第一歩は現状を理解し受け入れる事だと。
そう自分に言い聞かせた健は、湧き上がる反発心にそっと蓋をして修二に頭を下げた。
「よろしく……お願いします」
この日から健の、短いが厳しい修行の日々が始まった。
修行を始めるに当たり、健が真っ先に修二から言われたのは次のような言葉であった。
「試しに組手してみて思ったが、やっぱりお主その怨面の力を十全に発揮できてはおらんな?」
「えっ?」
早朝の鍛錬を終え、汗を流し朝食を修二も交えて囲む。その最中に修二は徐に健にそんな事を告げた。卵焼きを突いていた健は、修二からの突然の辛口評価に険しい顔になりながら反論する。
「そんな、事は……無いと思いますけど」
実際健にはそれなりに実績がある。黄泉と出会う前までに何体もの化神の討伐をこなしてきたし、百鬼夜行への対処に携わった事もあった。黄泉と出会ってからは、バケヨロイの起こす騒動に奔走したし、それらの戦いの中でレベルアップしたという自覚もあるのだ。にも拘らず、自分が使う怨面の力を発揮できていない等と言われるのは心外である。
「それに、僕もソウテンの怨面に認められてるんですよ。十全に発揮できてないなんて事は……」
何よりソウテンに隠されていた第四の退魔道具である蒼穹の鳳は、ソウテンに素質を認められなければ使う事は出来ない。そこまでソウテンの怨面に認められているのに、こんな評価されても納得は出来なかった。
健の不満を、修二は食後の茶を一口啜ってから鼻で笑った。
「ズズッ…………ふん、そう思う時点で半人前よ。では聞くが、お主が扱うソウテンの怨面の特性は分かるか?」
「ソウテンの怨面の特性? そんなの、速度と技巧ですよ」
これまでの戦いで健はそれを嫌と言うほど分かっている。故に彼はそれを活かす戦いを今までやってきたのだが、彼の答えは修二を満足されるには足りなかったらしくこれ見よがしな溜め息を吐かれてしまった。
「あ~、駄目じゃ。それじゃ駄目駄目」
「え、何でッ!?」
「それは怨面で出来る事じゃ。そうではなくて、儂が聞いてるのは怨面の特性じゃ」
特性なんて、そんなこと聞かれても今まで考えた事も無かった。故に健は、修二の言葉に真剣に考え込んでしまう。
「怨面の、特性……」
「ま、特性なんて言ってもそんな大層なもんでもないがの。じゃがこれを知って使うのと知らずに使うのとでは大分違うじゃろ」
「でも特性なんて……」
「落ち着いて考えてみ。普段のお主の戦いで、何かがお主の味方をしておる。先ずはそれを考えるんじゃ」
そう告げると、修二は茶を飲み干し席を立つとその場を離れた。残された健は暫く冷めた味噌汁をジッと見つめていたが、黄泉に肩を叩かれて我に返る。
「健君」
「わっ!?」
「健君、そろそろ学校に行かないと遅刻しちゃうわよ」
「え? あ、あぁっ!?」
時計を見ればいい加減そろそろ家を出なければならない時間だった。修二の言葉に考え込んでいる間に時間の経過を忘れてしまっていたらしい。健は急いでお椀の中の飯をかき込み、味噌汁で流し込むと席を立ち鞄を掴んで慌ただしく家を出た。
「行ってきますッ!」
「行ってきま~す」
「は~い、2人共行ってらっしゃ~い」
家を飛び出し、少し落ち着いて息を整えながらゆっくり歩を進める健。黄泉はその隣に並んで歩きながら、健の顔を心配そうに覗き込んだ。
「健君、大丈夫?」
「ん? うん、大丈夫だよ。何で?」
「だって健君、朝からあのお爺さんに扱かれてたんでしょ? さっきも何か上の空だったし……」
まだ短期間の健の修行が始まって1日目だが、既に異変が見て取れることに黄泉は彼の事を心配していた。早朝鍛錬の様子を直接見ていた訳ではないが、結構激しく鍛えられたと聞く。加えて先程の朝食の場での辛辣な評価だ。流石に普段通りと言う訳にはいかないだろうと黄泉が心配していると、健は彼女に心配させてしまった事に己の不甲斐無さを感じて愁いを帯びた顔になる。が、直ぐに気を取り直して何時もの表情を心掛けると何でも無いと彼女に心配を掛けない様にした。
「大丈夫だよ、これくらいどうって事ないから」
「本当? 私の時みたいに、いきなり体調崩したりしない?」
「これでもしっかり鍛えてるから大丈夫だよ。僕は男だし、ちょっとの無茶になら耐えられるからさ」
そう言って拳を握る健だったが、黄泉はまだ納得していない様子だった。彼女の表情からそれを察した健は、眩しそうに目を細めて彼女の事を見ると徐に彼女の手を掴んで足を止めた。いきなり引き留められバランスを崩しそうになりながらも立ち止まった黄泉は、引き留めてきた彼を目を丸くして見つめる。
「た、健君?」
「ありがとうね、心配してくれて。でも本当に大丈夫。僕は今よりもっともっと強くなって、黄泉さんの事を守れるくらい強くなるから。それでも心配してくれるなら、何時も通りにしてくれないかな? 何時もの黄泉さんが一番僕も安心してリラックスできるから……さ」
「……分かった」
「――――と、カッコつけてはみたものの……」
黄泉の手前、情けない姿を見せないようにはしたが、実際の所問題は何一つ解決していなかった。何しろ怨面の特性なんて今まで考えた事も無かったのだ。それをいきなり答えろなどと言われても分かる訳がない。修二もそこは一応考慮してくれたのか、今日一日考える時間をくれた。とは言え、それで考え付くほど簡単な問題でも無いのも事実。
どうしたものかと健は考え、授業にも身が入らずぼんやりとしている所を教師に名指しされ、名を呼ばれた事に気付かず叱られてしまった。
そんな事がありながら、下校の時刻になっても尚考え付かず健は歩きながら溜め息を吐いてしまう。
「はぁぁ……どうしよう」
「思いつかない?」
「うん、全然。怨面の特性って何だろう?」
「ソウテンの特徴の素早さとかそう言うのとは別の要素って事だけど……」
悩める健の助けになればと、黄泉も一緒になって考えてくれる。だが三人寄れば文殊の知恵だが、二人では限界があった。
2人で並び歩きながら、揃って顎に手を当て考え込んでいた。するとその時、2人の間を一陣の風が吹き抜ける。季節的にそろそろ空気も冷えてきて、黄泉も制服のスカートの下はストッキングを履いているがそれでも風が吹けば寒さが沁み込んできた。思わず身震いしていると、健が彼女の体を気遣ってそっと身を寄せ温めようとした。
「うぅ~……」
「最近また冷えて来たね。黄泉さん、大丈夫?」
「ん、うん。ちょっと寒いけど、これ位ならへっちゃら」
「風も冷えてきたし…………あっ!」
刹那、健の脳裏に閃きが走った。
健が変身するソウテンの使用する退魔道具の内、穿空の弓矢、鎌鼬の双剣、そして白虎の具足。これらは全て、風を力に変えて敵を攻撃する武器となる。弓矢は矢に風を纏わせ、双剣は斬撃、具足は風の様な素早さをソウテンに与える。つまり風こそがソウテンの力の源であり、それが特性であるとも言えた。
黄泉との何気ないやり取りでそれに気付いた健は、帰宅するなり寛いでいた修二にすぐさまその事を伝えた。
「嘉島さん」
「ん、分かったかの?」
「はい。風……ですね? ソウテンは風を力に変えて戦う力がある」
「じゃろうな。これまでのお主の戦いを聞いて、実際に戦い方を見て分かった。お主の怨面は風を力に変える事が出来る。じゃがお主はそれを表面的にしか扱えておらん。それでは宝の持ち腐れじゃよ」
「どうすれば良いんですか?」
健が修二に教えを請えば、彼は煎餅を一齧りして緑茶で流し込みながら答えた。
「んまぁ、色々とやり方はあるだろうがの。短い期間でそれを教えるなら、こうするのが一番手っ取り早そうじゃ」
そう言って立ち上がった修二は、徐に健に素早く接近すると彼の腹に掌底を喰らわせた。完全に油断している所に掌底を喰らい、大きく吹き飛ばされて床に叩き付けられる。黄泉は倒れた健を慌てて助け起こしながら、何の警告も無しに攻撃した彼に非難の目を向けた。
「がっ!? ゲホッ!?」
「健君ッ!? ちょっと、いきなり何するのッ!」
突然の修二の暴行に黄泉が文句を言うが、その彼女の目に彼の手に握られたソウテンの怨面が映り目を見開いた。
「あ、それ……!?」
「え? なっ!?」
黄泉の声に健も自身の怨面があの一瞬で掠め取られていた事に気付き、痛む腹を堪えながら手を伸ばし取り返そうとした。当然それで取り返せるはずもなく、修二は態と彼の手が届くか届かないかと言う距離で怨面をヒラヒラと揺らした。
「やる事は簡単じゃ。儂から怨面を取り返してみせぃ。それが出来れば、今よりもちっとは強くなってるじゃろうて」
「で、でもそれが無いと化神が出た時に……!」
「かーっ! 何を言うとるんじゃ。ここに居る御伽装士はお主1人ではあるまい。黄泉ちゃんも居るんじゃ、お主が暫く戦えなくても何の問題も無いわ」
「それは……」
御伽装士は本来一つの地区に1人と言うのが原則だ。無論何事にも例外があり、健と黄泉の場合もその例外に当たる。が、本来は1人で一つの地区を守るのが普通であった。その原則に則るのであれば、なるほどここで健が戦えなくなっても何も問題は無い。それにこれまでだって、何らかの理由で健が動けない時など黄泉1人で化神の討伐に当たってもらった事もある。だから問題があるか無いかで言えば、無いと言うのが正しい判断と言えた。
が、それは飽く迄原則で、の話である。心情的には、黄泉1人に全て押し付けるのは健としても心苦しいものがあり、それを避ける為何とかして怨面を返してもらえないかと交渉した。
「それでも……黄泉さん1人に任せて、何かあったら……」
「もし本当に何かマズい事になりそうになったら、お主の代わりに儂が戦ってやるわ。それでは不満か?」
そこまで言われては、健に反論する事は出来ない。修二の変身したゲンキの実力はつい先日見たばかりである。
結局、健はこれ以上修二に反論する事も出来ず、怨面を没収された状態での鍛錬を余儀なくされた。
兎にも角にも、健に課せられた課題はただ一つ。修二に没収された怨面を取り返す事である。彼曰く、それが出来た時には健も成長出来ると。本当にそんな事で成長できるのかと半信半疑になりながらも、怨面を取り戻さなければどちらにせよ黄泉と共に戦う事も出来なくなってしまう。
そんな事になってたまるかと、健はそれから隙あらば修二から怨面を取り返そうと奮闘した。
「いらっしゃいませ~!」
「あ、は~い! お会計ですね!」
2人はとりあえず普通に店の手伝いで接客を行っていた。忙しなく動き回る2人の様子を、先日と同じように修二が茶を飲みながら眺めている。健は修二からの視線を感じつつ、何時もと変わらぬ様子でテーブルを拭いたりしていた。が、その実彼は虎視眈々と修二の隙を伺っていた。
そして…………
「ッ!」
健は修二に隙ありと見て、接客の合間に彼の手元に置かれている怨面を掠め取ろうとした。が、その動きは修二に筒抜けであった。健が怨面に手を伸ばした瞬間、修二はそれをさっと動かして空振らせると序でと言わんばかりに足を引っかける。結果健は勢いのままに転んでしまい、修二の油断を誘う為の偽装として手に持っていた皿やコップの乗ったお盆を落としてしまった。ぶちまけられた皿やコップは幸いな事にプラスチック製だった為割れる事は無かったが、それらが落ちた瞬間派手な音が店内に響き渡り他の何も知らない食事客達の注目を集めてしまう。
「うわぁっ!?」
「んぉっ!? どうした健君?」
「あたた……ち、ちょっと滑っちゃって」
「大丈夫? 珍しいね?」
「す、すみません……ははっ」
派手にスッ転んだ健の姿に、常連客の1人が心配して手を差し伸べてくれた。何も知らず、普通に食事を楽しんでくれている客に要らぬ心配をかけてしまった事と、修二に容易くあしらわれてしまった事への屈辱で健は自分が情けなくなったがその気持ちにそっと蓋をして立ち上がる。
その最中、健がチラリと修二の事を見れば彼はニヤニヤと笑みを浮かべていた。明らかに健の事を挑発するその笑みに、悔しさに奥歯を食い縛りながら落とした皿とコップをお盆にのせて厨房へと引っ込んでいく。
そんな彼の様子を黄泉は心配そうに見送るのであった。
結局その後も健は修二の隙を見て挑みかかるも、怨面を取り返す事は出来ずに終わった。接客中に何度か挑戦を試みるが、彼の動きは全て見抜かれ指先を掠める事すら出来ない。そして彼が奪還に失敗すると、その度に修二は挑発的な笑みを彼に向けるのだ。その度に彼は悔しい思いをし、だがそれを決して表には出さないよう精神力を総動員してこの日の営業は何とか乗り切った。
そして店の手伝いが終わると、手早く夕食を済ませ夜の鍛錬に移る。
「オォォォッ!」
「ほほっ! 元気が良いのう。じゃがそれだけじゃ」
「うわぁっ!? ぐっ!」
営業中に良いように翻弄され小馬鹿にされた鬱憤を晴らす様に、健は生身で修二に飛び掛かった。だが感情に任せた動きは修二には手に取るように分かり、下手をすると店であしらわれた時以上に簡単に往なされ健は何度も地面に抱擁し夜空を見上げさせられた。
「はぁ、はぁ……くっ!」
「ほ~れほれ、お主の怨面はここにあるぞい? 手を伸ばせば届くんでないかの?」
修二はこれ見よがしに健の目の前で怨面を揺らす。感情に任せてそれに手を伸ばそうとする健であったが、流石の彼もここまであしらわれれば学習の一つもする。無策で手を伸ばしてもまたすり抜けるように取り上げられ、空振りした彼は足を引っかけられてひっくり返されるだろう。度重なる失敗で蓄積した疲労が逆に彼を冷静にしてくれた。
加えて、近くで見守ってくれている黄泉の存在もある。心配そうに見守る黄泉の視線を感じて、これ以上彼女の前でカッコ悪い所を見せたくないと健は己を律し深呼吸をして呼吸を整えた。
その姿に修二は内心で彼への評価を少しだけ上方修正した。
(ふむ、案外早く冷静さを取り戻したの。周りからの評価も伊達ではないという事か)
探る様な修二からの視線に、健はそれが何かを仕掛けてくる前兆ではないかと警戒し身構える。冷静に状況を判断できるようになった健に、修二は少しだけ満足そうに息を吐くと敢えて彼を挑発した。
「どした~? ビビっとるんか~? そんなんじゃ、何時まで経っても怨面は取り返せんぞ~?」
何とか冷静さを保っていた健だったが、ジッとしていては進展は無いと彼自身理解している事もあって焦りも手伝い結局は怨面を取り返すべく修二へと手を伸ばして飛び掛かった。
「はぁぁぁっ!!」
それから数分後…………
「はっ……! はっ……! ふぅ、はぁ……!」
何度も修二の持つ怨面に手を伸ばし、その度に軽くあしらわれて何度も地面にひっくり返された健は地面と何度も抱擁した結果全身泥だらけになりながら大の字になって仰向けに倒れていた。空気が涼しいどころか寒くなってきた時期だというのに、汗だくになって指一本動かせずにいる様子から彼がどれだけ必死になっていたかが伺える。
倒れたまま動かない健に、これ以上は今日は無理と修二はソウテンの怨面を懐に仕舞い、黄泉は健に近付いて彼の汗や汚れをハンカチで拭ってやった。
「健君、大丈夫?」
「だ、大、丈夫……はぁ、はぁ……大丈夫、だから……」
黄泉が自分を心配してくれることに、健は嬉しさと同時に情けなさを感じ無意識の内に彼女のハンカチを持つ手を優しく押し退けていた。彼女にこんな無様な自分の姿を見せたくは無かったが、これが今の限界なのだと理解すると情けなくて泣きたくなってくる。それを堪えて立ち上がろうとすると、目の前に修二が手を差し伸べてきた。
「ほれ、立てるか?」
差し出された手を健は反射的に取ろうとして、ギリギリのところでそれを手の甲で押し退けて自力で立ち上がった。
「はい……大丈夫、です。嘉島さん……」
「ん?」
「……明日も、よろしくお願いします」
「あ、健君……」
そう短く告げると、健は誰の手も借りず1人で店へと戻っていく。黄泉は思わず彼を支えようとするが、修二は今の健の心情を考えそれを引き留める。
「ちょ、何で……!」
「まぁまぁ、今は1人にした方がいいぞい」
「え?」
何故今の健に手助けをしてはいけないのかと問うが、修二は何も答えず帰っていく健の後ろ姿を見送り続ける。釣られて黄泉も彼の後ろ姿を見送るが、その目には隠しようのない心配と不安が滲み思わず胸元で両手をギュッと握りしめるのであった。
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