仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~   作:黒井福

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譲れぬ信念(其之弐)

 健と乾司の2人が、黄泉を懸けての戦いを終えてから一夜明けて……

 

 あれ以降、黄泉は無い芯から湧き上がる苛立ちを押さえるのに必死であった。

 

「おはよう、皇さんッ! 今日もいい朝だなッ!」

「…………そうね」

 

 朝っぱらから馴れ馴れしく話し掛けてくる乾司に対し、黄泉は殴り掛かりたくなるのを理性を総動員して押さえながら挨拶を返した。暴力を押さえ付ける事に全力を出すあまりに、表情は思いっ切り渋くなってしまいとびっきりの渋面と押し殺したような声での挨拶となってしまう。そんな挨拶でも彼女に言葉を返してもらえる事が嬉しいのか、乾司は少しも気分を悪くした様子もなく寧ろ嬉しそうに頷いた。

 

 黄泉との挨拶を終えてご機嫌となった乾司は意気揚々と朝の鍛錬の為に店の外へと出ていく。それを見送って黄泉は腹の底から重い溜め息を吐き出した。

 

「はぁぁぁぁぁぁ…………」

「いやスマンのぉ、黄泉ちゃんや。儂の弟子の我儘に付き合わせちまって」

「……そう思うんならとっとと連れてってほしいんですけど?」

 

 あの戦いの後、黄泉は健を打ち負かした乾司に対して悪感情しか抱けなかったが、それも長い付き合いにはならないと思っていたから我慢しようと言う気にもなれた。何だかんだ言っても、乾司と修二がここに長居する事は無いだろうと思っていたからだ。

 ところが戦いが終わって、怪我をした健に肩を貸しながら店に帰る道中で修二がとんでもない事を口走った。

 

「あ、そうそう、暫くの間儂等この辺に滞在するから」

「……はぁぁぁっ!?」

 

 寝耳に水の修二の発言に、黄泉は一瞬彼が何を言っているのか理解できず思考が停止し、そして彼の言葉の内容が理解出来た瞬間思わず叫び声を上げてしまった。それも無理はない。気に入らない男が当分の間自分の傍をうろつく事になるのだ。黄泉にとってはふざけるなと言う気持ちしかなかった。

 

 対して天にも昇る気持ちなのは言うまでもなく乾司である。自身にとって障害となる健に勝つ事は出来たが、黄泉の傍にいられなければ意味がないと思っていたので、彼女と共に過ごせる時間が増えると喜びを抑えきれなかった。

 

「マジかジジィッ! ホントに? ホントに皇さんと一緒に居られるのか?」

「宿は別じゃがな。まぁここからそう遠くはないから、来ようと思えばすぐ来れるわい」

「いよっしゃぁぁぁぁっ!! サンキュー、ジジィッ!」

 

 どんどん話が進み、このままでは健との穏やかな日々が壊される。乾司に靡くつもりが一切ない黄泉からすれば悪夢でしかない状況に、黙っていられる訳がなく抗議の声を上げた。

 

「ちょっと勝手に決めないでよッ! 何の権限があってそんな事……」

 

 烈火の如く怒りを燃やして抗議する黄泉であったが、修二はそんな彼女を両手を上げて宥めながら懇願する様に謝罪した。

 

「スマン、勝手にこんな事決めるのは申し訳ないと思っとる。じゃが頼む、今暫くあ奴と一緒に過ごしてくれんか?」

 

 あまりふざけた様子の感じられない、修二の真剣な様子に健は何かを感じ取ったのか事情を訊ねた。

 

「……何か、理由があるんですか?」

「そこまで大きな理由と言う程でも無いんじゃがの。ただ今のあ奴には健君、君がいい刺激になると思うんじゃよ」

「僕が? 黄泉さんじゃなくて?」

 

 乾司のあの入れ込みようから、彼の刺激になるなら黄泉の方だと思っていたのだ。先程の戦いも、乾司に本気を出させる為の一環か何かで自分はその体のいい相手に選ばれたのではないかとちょっぴり邪推してしまった。ところが修二の口から出たのは予想外にも自分の名前であり、それがあまりに意外だったので健も黄泉も目を瞬かせてキョトンとした顔になっていた。その顔が可笑しかった訳ではないが、修二は皺の刻まれた顔に笑みを浮かべて健の肩に手を置いた。

 

「気に入らんかもしれんが、仲良くしてやってくれんか? あんな性格な上にこんな生活じゃから、見た目以上に親しい間柄の者が少ないんじゃ」

「ぁ……」

 

 何処かしんみりとそんな事を呟く修二に、2人はそう言えば彼と乾司は修行行脚の旅をしていると言っていた事を思い出す。乾司はあの様子で中学生以下という事は無いだろうから、もしかすると健達と同年代かもしれない。恐らく義務教育を終えてすぐに修行の旅に出たのであろう。そうであるとすれば、なるほど確かに同年代の少年少女と触れ合う機会もなく友と呼べる間柄の相手は驚くほど少ないのかもしれない。

 

 そう考えると、確かに乾司は乾司で色々と大変なのかもしれない。それこそ初対面の黄泉にいきなり告白してくるくらいには…………

 

「……でも、私はやっぱり…………」

 

 乾司には乾司の事情があるのは分かった。修二は修二なりに孫であり弟子の事を考えて健達と過ごさせようとしているのも何となく分かる。しかし黄泉としてはやはり健を傷付けていい気になって、出会って数分も経っていない自分に告白してくるような輩と共に過ごすのは受け入れがたい事であった。

 

 渋る黄泉に修二は気持ちは分かるのか寂しそうに肩を落とす。そんな彼の表情を見て何かを感じたのか、健は渋る黄泉を宥めながら頷いて見せた。

 

「分かりました。父さん達にはそう伝えておきます」

「た、健君ッ!? 何考えてるのよッ! あ、あんな奴傍に居させるなんて……」

 

 黄泉は許せなかった。健の事を何も知らずに侮辱し、自分の心にズカズカと上がり込もうとしてくる無遠慮な男をのさばらせるなど、納得できる事ではない。

 しかし健の考えは違っていた。

 

「確かに、僕も黄泉さんにいきなりあんな事を言う彼の事はあんまり好きじゃないよ。でも、それは僕らも同じだ。僕らも彼の事は分からない事の方が多い。さっきまでの彼の姿は一面でしかなくて、違う面もあるかもしれない。それを知ろうとせず一方的に否定するのは不公平ってものだよ」

「それ、は…………」

 

 健の芯の通った言葉に、黄泉は思わず言葉に詰まった。思えば出会った当初の自分だって、健が変身したソウテンに対して随分と雑な態度で接した覚えがある。煩わしいとすら思って突き放した自分に対し、それでも彼はめげずに近付こうと手を伸ばしてくれた。真摯に向き合おうとしてくれた彼だからこそ黄泉も惹かれた訳であって、そんな彼が乾司に対しても手を伸ばそうとしているのであればそれを止めさせる権利は彼女には無かった。それを否定すれば過去の自分との出会いも否定する事に繋がる。

 

 乾司の事は気に入らないが、健がここまで言うのであれば仕方がないと黄泉は渋々……本当に渋々頷き乾司の滞在を受け入れた。

 

「むぅ~……分かった。健君がそこまで言うなら私はもう何も言わない。どの道私は居候の身だし、あれこれ言える立場じゃないし」

「ありがとう。……ゴメンね、黄泉さん。暫く嫌な思いをさせるかもしれないけど」

「いいのよ。そんな健君だから私は……」

 

 少しでも心の安定を図る為か、健への想いを口にしようとした黄泉。だが寸前のところですぐ傍に修二が居る事を思い出し、そちらを見れば彼は2人に厭らしい笑みを向けている所であった。

 

「ほほっ、若いのう。いいのう、儂も若い頃は――」

「うるっさいッ!! もうさっさと帰りなさいよこの変態ジジィッ!」

「ほっほっほっ! 怖い怖い、怖いからさっさと退散するかの。それじゃ2人共、また明日の~」

 

 健を支えた状態では出来る事も限られる為、黄泉が振り回した手は修二に掠りもせず避けられ逃げられた。滞在先の宿に帰っていく修二の後ろ姿に黄泉が唸り声を上げていると、不意に健が彼女を包む様に抱きしめた。突然の抱擁に黄泉も心臓が跳ねるのを感じていると、彼女の耳に健の優しい声が響く。

 

「ありがとう、黄泉さん」

「え? た、健君?」

「黄泉さん自身が嫌なのもそうだけど、僕の事を想って怒ってくれてるんでしょ?」

「ん……うん。だって、あんなの……嫌だったんだもん」

 

 健の強さは守る為の優しさからくる強さであり、相手を蹴散らす為の荒々しい強さとは別物なのだ。それをあんな風に言われるのは納得いかない。気に入らない男からの告白も気に入らないが、黄泉が乾司を嫌悪する最大の理由はそこにあった。

 

「あんな奴に、健君の良さは分かんないよ」

「ありがとう……ゴメンね。でも、人の良さってそんなすぐに分るものじゃないからさ。僕の良さを分かってもらうなら、彼にも暫くは一緒に居てもらわないと」

 

 黄泉が自分の事を想って怒ってくれている事を健は理解し、そして分かっていながら乾司の滞在を認めてしまう事に対して申し訳なく思わずにはいられない。が、そんな男であっても一方的に突き離せないのが健の優しさであった。そんな優しさを持つ健だから、黄泉も彼の事が好きになったのである。

 

 ここまで言われれば、彼女も流石に折れた。

 

「……はぁ、もう、分かったわ。でも私、健君以外を好きになる気はないからね」

「僕だって、黄泉さんに心変わりなんてして欲しくないよ。嘉島君に黄泉さんが取られないよう、頑張るから」

「うん……信じてる」

 

 そう言ってはにかんだような笑みを浮かべた黄泉の笑顔に、健も胸が温かくなるのを感じて心の赴くままに彼女の事を抱きしめる。

 

 もしかすると、ここでキスの一つもするべきなのかもしれない。が、流石にそこまでする度胸は無かった。理性を保てているとも言えるが、黄泉を大切に思うがあまり一線を越えられない己を健は内心で不甲斐無く思わずにはいられない。

 一方の黄泉からすれば、そんな彼の優しさも愛すべきところであり、自分を大切に思ってくれていると言うのが分かって嬉しいと同時にもどかしく思わないでもなかったが。

 

 お互いを想い合い、それでいて踏み出せずにいる甘酸っぱい青春を束の間満喫する2人。夜の公園で抱きしめ合う2人の様子を、物陰から感じが悔しそうに奥歯を食い縛りながら見つめていた。

 

 

 

 

 そして翌日から、乾司の黄泉へのアプローチは露骨になりまた激しくなっていた。兎に角何かにつけて彼女に話し掛けては気を引こうとし、その一方で健の事は異様に敵視していた。

 

「やぁ皇さんッ!」

「はいはい……」

「おはよう、嘉島君」

「チッ……」

 

 健は黄泉と一緒に居る事が多いのだが、乾司は露骨に健を無視して黄泉にばかり声を掛ける。自分が嫌われている事を理解しつつ健がめげずに乾司にも声を掛ければ、彼はお呼びでないと言う様に黄泉に向けていた笑みを一気に渋面に変えて舌打ちすらした。その態度に黄泉が激昂しそうになると、健が彼女を宥めてそれが更に乾司を苛立たせると言う悪循環が発生する。

 

 明らかにギスギスとしている3人の様子に、乾司の師匠であり祖父でもある修二は肩を竦めた。

 

「ほんに、チャレンジ精神は大したもんじゃの。自分が付け入る隙は無いと分かっておろうに」

「うるせえぞ、ジジィッ!」

「ま、好きにせい。じゃが今のままじゃ誰からも見向きもされんぞ?」

「うるせえっつってんだッ!」

 

 修二からの茶々を乱暴に流しながら尚も乾司による黄泉へのアプローチは続く。何と彼は2人が通う学校にまでついて来ようとしたのだ。これにはそれまで我慢してきていた黄泉も辛抱堪らず、無遠慮に自分の領域にズカズカと上がり込もうとしてくる彼に純粋な怒りをぶつけた。

 

「いい加減にしてよッ!? アンタ私の事好きっていうけど、相手の事何も考えず突っ走るだけで本当に振り返ってもらえると思ってんのッ!」

「うぐっ……」

「相手に好かれたいなら、相手の事ももっとちゃんと考えなさいよッ! 自分の気持ちだけで何もかも進む訳じゃないんだからねッ! 健君、行こうッ!」

「あ、あ……黄泉さん、ちょ……」

 

 流石に言い過ぎだと健が黄泉を宥めようとするが、彼女は構わず彼の手を引いて学校へと向かっていってしまう。彼女の怒りに気圧されて気落ちした乾司を健はフォローしようか迷うが、今の自分が彼に言葉を懸けるのは逆効果になるかもしれないと未練がましい視線を向けるだけしか出来なかった。

 

 結局、黄泉の怒りに触れた乾司はその場で肩を落とし恨めしい視線を健に向けるしか出来ず、2人の姿が見えなくなると彼はその場で盛大な溜め息を吐いた。

 

「はぁぁぁぁ…………クソ、なんでなんだよ。勝ったのは俺なのに、何でこんな上手くいかねえんだ」

 

 彼にとっては力こそが全てであった。幼い頃から間近で修二の戦う姿を見て、その姿に魅せられた。過去の祖父の武勇伝を聞いて育ち、何度も勝利を収めたと言う修二に対し尊敬の念を抱いてもいた。流石に修行として厳しく扱かれている内に反骨心から尊敬が表に出ることは少なくなったが、心の中には祖父に対する憧れと尊敬の念は残っていた。

 

 そんな悩める孫であり弟子の姿に、修二はやれやれと首を左右に振りながら近付くと手にした杖で彼の頭を小突いた。

 

「あイテッ!?」

「ま~ったく、本当にお前は脳筋の単細胞じゃな? そんなやり方で女子が振り向く訳なかろう? 若い頃の儂だってもうちょっと考えて行動したぞ?」

 

 チクチクと小言を口にしながら、修二の杖が乾司の頭をゴツゴツと叩く。乾司も当然祖父にして師の横暴を止めようと手を上げて防ごうとするのだが、修二は巧みに杖を動かし乾司が防ごうとする腕をすり抜けて頭を捉え瘤を作る。

 流石に何度も殴られ、更には黄泉にまともに相手にしてもらえない事への苛立ちも合わさって、乾司は怒りの矛先を修二に向け爆発させた。

 

「だぁぁぁぁぁっ!? いい加減にしろよクソジジィッ! 俺の何がそんな間違ってるってんだよッ! 勝ったのは俺なんだぞッ! なのに何で――」

 

 吠える乾司であったが、今度は修二の平手が頬に炸裂した。顔を揺さぶる程度のそんなに力の籠ったビンタではなかったが、彼が杖を使わず平手を使ってくる時は大抵本気でこちらを諫めようとして来ている事であるのを孫として知っていた彼は、喉元まで出掛かった文句と怒りをギリギリのところで飲み込み口を噤んだ。彼が話を聞く姿勢になったのを見て、修二はコホンと小さく咳払いをすると杖を突きながら近くの椅子に腰かけて口を開いた。

 

「……何が間違っているか? んなもん、愚直に力だけを信じている以外にある訳ないじゃろうが」

 

 溜め息と共に修二の口から出た言葉であったが、その声には何処か力が欠けていた。それは彼自身、乾司がこのように育ってしまった事に責任を感じているからだ。乾司が自分に憧れを抱き御伽装士となり、強さを求めて修行に打ち込んでいる事は知っている。乾司が御伽装士になった当初は修二も自分の技術を教え継承出来ればそれでよいと考えていた為、最初の内は特に危機感も問題も考えず鍛えていた。

 

 だが乾司が力を付け、実戦でも活躍できるようになっていくとそれに伴って精神面での未熟さが目立つようになっていった。それも驕りや増長、或いは力への妄信の類だ。力さえあれば良いと言う、一歩間違えれば容易く悪の道に堕ちてしまいかねない危うい精神状態に、気付いた修二は堪らず頭を抱えた。ここから精神を強制するのは難しい。

 

 悩んだ修二だったが、そんな彼の耳に入ったのが健と黄泉の存在であった。特に攻める為ではなく守る為にその力を振るうと言う健に、修二は1つの光明を見て一縷の望みを懸けてここへと赴いた。実は乾司を置き去りにして自分だけ一足先にここへ来たのも、成り行きではなく狙ってやった事であった。健の為人を見極め乾司の成長に一役買ってくれるかどうかを見定める為である。結果健は精神的にはともかく、実力的には少々不足があった為少し乱暴なやり方だったが鍛えて強くする事が出来た。

 

 全ては間違った道に進みそうになっている、孫であり弟子を矯正する為に…………

 

「力だけでは、どうしようもない事もあるんじゃよ。お前はそれを知るべきなんじゃ」

「どういう意味だ?」

 

 修二の言葉の意味が理解できず首を傾げる乾司。弟子の様子に彼は小さく溜め息を吐きながら、昨夜の戦いの真相の一部を告げた。

 

「昨日の戦い、まさか本気で勝てたと思っておるのならそりゃ間違いじゃよ」

「はっ?」

「お主は健君に勝てとらん。正確に言うなら、勝負には勝てたかもしれんが試合には負けておる」

 

 それは、黄泉の事を言っているのだろうかと乾司は顔を顰める。確かにあの戦いでも黄泉の気持ちを自分に向けさせることは出来なかった。勝ったのは自分の方なのに、彼女は尚も自分に対して嫌悪を向けてきている。力を見せつけたと言うのに求める相手の心を手に入れられず、尚も健が掴み続けているのは、確かに試合に負けたと言ってもいいのかもしれない。だが修二の言いたい事がそう言う意味ではない事は、流石の彼でも漠然と理解する事が出来た。

 

 だがそれが理解できても、修二の言いたい事を理解する事は出来なかった。分からないものは分からない。何だか喉奥に物が詰まったような気持ち悪さに乾司が反論もせずに唸り声を上げていると、修二は少しくらい答え合わせをしてやるかと昨夜の戦いの真実を告げた。

 

「昨日の戦いで、健君がお前の攻撃を不自然に受け止めた事には気付いていたか?」

「え?…………あ」

 

 言われて昨夜の戦いを思い出し、そして彼はある事に気付いた。

 

 あの戦いで健が変身したソウテンは、ルロウが放った神通力で作られた飛ぶ斬撃を蹴り砕いたかと思ったら反撃せず後退して四散した斬撃の欠片を律儀に蹴り砕いていた。あの時は絶好の隙が出来たと乾司も嬉々としてそこを狙い追撃を仕掛けたが、今思えばあの行動は明らかにおかしかった。まるで何かを守る様な…………

 

「…………!! あっ……」

「気付いたか?」

「まさか……まさか、アイツ……!」

 

 そう、あの時健は敢えて自分には一切問題の無い攻撃を、隙を作ってまであえて止めに向かったのだ。そうしなければ、砕いた斬撃の破片が黄泉を傷付けていたかもしれない。その事に気付いた時、乾司は健の視野の広さに愕然となった。

 

(あの時、俺はあいつの事しか見えてなかった。だが、あの野郎は俺と戦いながら周りの様子を常に把握してやがったのか……!?)

 

 周囲の様子を理解できていたからこそ、あのタイミングで健は攻撃を防ぐ為の動きが出来たのだ。だが彼の本当に凄い所はそこではない。

 

 では何が凄いのか? それは自分の勝敗と周囲の守護を天秤に掛けて、迷う事無く守護の方を取れる判断力にあった。彼は自分の事を即座に二の次にして、自分以外を守る事の方を最優先する事が出来たのである。その結果自分が不利になり、敗北を喫してしまう事になったとしてもだ。

 

 乾司は愕然となった。自分にはとてもそんな決断が出来るとは思えない。否、そもそも戦いの中で周囲に気を配ると言う事が出来る自信がなかった。彼は自分の事をよく理解している。良くも悪くも一直線に、愚直に目の前の相手に集中してしまう。よく言えば物事に対する集中力が高い、悪く言えば脳筋の猪武者。要するに戦いにおいては著しく視野が狭まってしまうのであった。

 

 それはとても危険な事だと、修二も度々注意していた。視野が狭いと敵のフェイントに引っ掛かったり、伏兵に気付けず不意打ちを受ける危険があると。だがこれまでの乾司はそんな修二の指摘を鼻で笑った。曰く、『そんなもの全て力尽くで押し返してしまえばいい』……実に考え無しで脳筋な回答だ。だが悲しい事に――そしてある意味で幸いな事に――乾司がこれまで対峙してきた相手は全て小細工で彼を打ち破れるような力のある奴ではなく、仮に策を弄してきたとしても彼はそれを有言実行で純粋な力だけで打ち破ってしまった。それが更に彼の増長を招き、彼が己の考えの至らなさを顧みる事は今までなかった。

 

 だが今回は話が違った。曲がりなりにも惚れたと公言する少女の危機に、彼は気付く事が出来ず彼女を守ったのは一方的に認定しているとは言え恋敵である健だったのだ。しかも彼は自身の勝利と彼女の安全を天秤に掛け、迷わず彼女の安全の方を取ってみせたのである。勝利こそが全てと言う考えに染まりきっていた乾司にとって、その事実はハンマーで頭を殴られたどころではない衝撃を彼に齎していた。

 その事に漸く気付いた。弟子にして孫の姿に修二は呆れながらも安堵していた。

 

(や~れやれ、ようやっと気付いたか。単純に戦うより、守る事の方が余程大変じゃと言う事に……)

 

 後先考えず戦う事は簡単だ。力を際限なく振るえば馬鹿でも出来る。だが彼ら御伽装士はそれでは駄目なのだ。御伽装士は化神の脅威から人々を守る為に戦う義務がある。その彼らが、まかり間違って守るべき人を傷つけるような事になってはならない。だが守りながら戦うと言うのは存外難しいもの。目の前にぶら下がる勝利を捨てて、守るべきものを守る為に己を犠牲にしなくてはならない時もある。口で言うのは容易い事だが、それを実践するのは決断力と何よりも勇気が必要であった。

 

 健はその勇気と決断力を乾司に見せてくれた。その事に修二はここに来ることはやはり無駄ではなかったと確信する。

 

「……ま、彼が守りたかったのは黄泉ちゃんだけでは無かったろうがの」

「え? どう言う意味だよ?」

「そいつは自分で聞いて来い。あ、今じゃないぞ? 今はまだ2人は学校じゃろうから、行くなら夕方くらいがいいじゃろ」

 

 この猪突猛進な弟子なら、行くと決めたら即行で実行に移しかねない。そんな事をすれば2人の迷惑になると、修二は先手を打って乾司の行動を諫めた。案の定今すぐに動こうとしていたのか、修二に引き留められて彼は言葉を詰まらせる。

 

「うぐっ……」

「落ち着け。そう言う所じゃぞ?」

「で、でもよ……」

 

 一度こうと決めたら動かずにはいられない落ち着きのない性分の弟子に、修二は仕方がないと溜め息を吐きながら手招きする。

 

「そんなに落ち着かないなら、体を動かすぞ。黄泉ちゃんから良いもの与っとるからの」

「良いもの?」

「人払いの結界の札じゃよ。流石あの紫ちゃんの弟子じゃわい、片手間でこんなもんをパパッと用意してくれるんじゃからの」

 

 黄泉は学校に行っている間に乾司が来ようとするだろう事を読んでいた。故に彼女は修二に、乾司が学校に乗り込もうとしたら修行の名目で彼を引き留めておくよう頼んでいたのだ。学校にまで乗り込んでこられたら溜まったものではない。この御札はその時に適当な所を修行の場とする為に渡されたものであった。

 元々黄泉が意図していた形とは違うが、結果的には乾司を釘付けにする為に使う事が出来た。修二は彼女に感謝し、同時にその才能に素直に舌を巻いていた。

 

「ほんじゃ、行くぞい。今日はみっちり扱いてやるからの」

「……お、おうっ! 望むところだッ!」

 

 修二からの誘いに、乾司は小さく頷きながら後に続いた。その表情には普段修行する時の様な快活さは見られず、何処か上の空な雰囲気を纏っていたのだった。




ここまで読んでいただきありがとうございました!

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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