仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~   作:黒井福

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譲れぬ信念(其之参)

 夕方、学業が終わり放課後になると健と黄泉の2人は店の手伝いと言う名目で真っ直ぐ帰路についていた。黄泉としては乾司が待ち構えている今の日向食堂には戻り辛いのだが、健と共に過ごす家でもある為そんな事を言ってもいられない。結果黄泉は気分が重くなるのを堪えながら足を動かし、そんな彼女の姿に健は元気付けるように彼女の手を握った。

 

「ぁ……」

「さ、帰ろう黄泉さん」

「健君……うん」

 

 健に手を握られ頬をほんのり赤く染めながら、黄泉は彼に手を引かれて家路へと付く。暫くの間は互いに言葉を交わさず無言で歩き続けていたが、店への道を半分ほど進んだところで黄泉はずっと気になっていた事を彼に訊ねた。

 

「ねぇ、健君……一つ聞いても良い?」

「ん? 何?」

「昨日の戦いでさ……健君、アイツの飛ぶ斬撃蹴り砕いたじゃない?」

「うん」

「その時さ……私以外に何を守ってたの?」

 

 あの戦いで健が変身したソウテンは黄泉に影響のある破片だけでなく、明後日の方へと飛び散った破片も蹴り砕いていた。もしあの時彼が、黄泉に影響のある破片だけを蹴り砕いていれば戦いの結果はまた違っていただろう。だが彼は黄泉以外にも何かを助ける為に無理をして、そして自ら隙を晒して結果敗北してしまった。

 

 勘違いしてはいけないのは、黄泉は決して健が負けた事を責めたいのではない。勿論健が乾司を叩きのめしてくれればそれは最高だったのだろうが、健は己の信念を懸けて戦いに臨んだ結果敗北したのだ。決して相手を侮った訳でも手を抜いた訳でもなく、全力を出して戦った末に負けたのだからそれを責めるのはお門違いである。

 ただ黄泉は、自身が感じた違和感の答えを知りたいだけなのであった。

 

 問われた健は、彼女がその違和感に気付いてくれた事がちょっぴり嬉しくてクスリと笑みを浮かべた。

 

 健が急に笑ったのを、黄泉はどう捉えたのか分からないが少なくとも好意的ではないのか唇を尖らせた。

 

「な、何よ……」

「フフッ、ゴメンね? 別に馬鹿にした訳じゃないんだよ。ただ何て言うか、あれに気付いてくれたのが嬉しくて」

「そりゃ、流石に気付くわよ。あの時の健君、何か違和感あったし」

 

 2人が話しながら歩いていると、気付けば昨夜健と乾司が模擬戦をした公園までやって来た。夕方と言う事もあり人影は暑い季節に比べてまばらだが、それでも見ればチラホラと主に子供の姿を確認する事が出来る。

 

 その子供達の一部が、公園内の木の一本の周りに集まっているのに2人は気付いた。

 

「ん? あれって……」

「あっ……」

 

 見ると子供達は一様に木の枝を見上げて、中には手を伸ばして何やら声を掛けている様子だった。黄泉はその奇妙な光景に首を傾げ、もしや子供達の友達の1人が木の上に登って下りられなくなったのではないかと心配する。

 

「もしかして、誰か下りられなくなったんじゃ……!?」

「ん~、半分正解かな?」

「え、健君?」

 

 心配する黄泉に対して、健は何やら事情を知っているような様子で小さく溜め息を吐くと子供達が集まっている木に近付くと、徐に木に登り始めた。黄泉が慌てて木に近付き子供達と一緒に枝を見上げると、彼が登って行った先に居るものの存在から全てを察した。

 

「あ……」

「さ、もう大丈夫だよ。って言うか君、もしかしてずっとここに居たの?」

 

 健がそう言って手を伸ばした先に居たのは、一匹の野良猫であった。木の枝まで登ったはいいが下りられなくなったのか枝の上で不安そうに体を縮こませている野良猫に、健は優しく声を掛けながら手を伸ばしそっと抱き上げる。野良猫は最初こそ近付いてきた健に警戒したのか緊張した面持ちであったが、彼が自分を助けようとしてくれている事を理解したのか大人しく彼に抱き上げられると抵抗しないどころか自分から抱き着き身を委ねた。健は野良猫が自分に抱き着いてきたのを見て、やれやれと言った様子で溜め息を吐くと危なげなく来た道を戻る様に下りて野良猫を地面に下ろした。彼が野良猫を下ろすと子供達は安堵したように喜びの声を上げ、救助された野良猫も彼に感謝する様に一声鳴くと喉を鳴らしながら頭を彼の手に擦り付けた。

 

「よかった~!」

「おにいちゃん、ありがとーッ!」

「この子、君達の友達?」

「うんッ!」

 

 どうやらこの野良猫は何時もこの公園にいるらしい。元々飼い猫だったのが野良になったのか、人間を恐れず子供達に対しても寛容に接した結果この公園のアイドル的な存在として慕われていたようだ。

 子供達は健に助けられた野良猫を囲んで撫で回し、撫でられた野良猫も満更ではない様子でされるがままになっていた。暫くその様子を微笑ましく見守っていた健だったが、ふと空を見上げて先程よりも暗くなってきているのを見ると手を叩いて子供達に家に帰るよう促した。

 

「さ、皆ッ! そろそろ暗くなるから、早くお家に帰って。暗くなっても家に帰らない子は、こわ~いお化けに食べられちゃうよ?」

 

 それは存外デタラメではなく、日が落ちると化神の活動が活発になる為あながち間違いではなかった。勿論それを馬鹿正直に話したりすれば、いい歳して何を言ってるんだと馬鹿にされるか逆に子供達を怖がらせてパニックを起こしてしまいかねない為、お化けと言う形でマイルドに表現しているが。

 言い方も子供達を軽く窘める程度に留めている為、言われた子供達もお化けの存在を本気にはせず、だが実際暗くなってきている事は事実だったので帰りが遅れると親に怒られるからと次々と帰っていった。

 

「は~い!」

「ばいばーい、おにいちゃ~ん!」

 

 無邪気に手を振って帰っていく子供達に健も優しく手を振り返し、公園には健と黄泉、そして野良猫だけが残された。その頃には日も沈み、空は暗くなり周囲を公園に点在する街灯が照らす。

 

 子供達から解放された野良猫は、一仕事終えたと言う様に体を伸ばし一つ欠伸をすると最後に健に感謝する様に一声鳴いて自身もその場を去っていった。

 野良猫が去っていくのを見送って、黄泉は昨夜の健の行動の真相に辿り着いた。

 

「もしかして……あの子?」

「そ。昨日もあの木の上にあの子が居たんだ」

 

 戦いの最中、健は枝の上で動けずにいる野良猫の存在に気付いていた。乾司の攻撃を蹴り砕いた際、健はその余波が黄泉だけでなくその野良猫も巻き込まれる事を察し、それを防ぐ為に無理な動きで砕けた破片が周囲を破壊しないようにしたのである。その結果彼は乾司を相手に敗北してしまった訳だが。

 

「そっか…………フフッ、そっかぁ」

 

 昨夜の出来事の真相を知れて、黄泉は嬉しそうに笑みを浮かべた。やっぱり健は健だ。強くて優しい、黄泉にとって素敵な男の子。こんな彼だからこそ黄泉は健の事が好きになり、彼と一緒に居ようと言う気になれるのである。ただ単純に力だけを追い求める乾司など足元にも及ばない。

 

 突然笑い出した黄泉に健がどうしたのかと不思議そうに首を傾げていると、出し抜けに砂利を踏みしめる様な音が耳に入った。子供達の足音ではない。音の感じは明らかに子供よりも成長した何者かだ。一瞬化神の出現を疑った健だったが、敵意の類を感じないので少なくとも危険が迫っているのではない事を確認すると健は近付いてきた何者かの正体を確認すべくそちらに目を向けた。

 

 果たしてそこに居るのは、黄泉にとって天敵とも言える乾司であった。彼は店からここまで全力疾走してきたのか、空気が肌寒くなってきたと言うのに額から幾つもの汗を流し肩で息をしている。

 

「はぁ、ふぅ……日向……はぁ……」

「あ、嘉島君?」

「うげっ……」

 

 こんな所まで来た乾司の姿に黄泉は思わず呻き声を上げると咄嗟に健の後ろに隠れた。相変わらず彼に対する嫌悪を隠さない黄泉に対して、健は彼の関心が珍しく黄泉ではなく自分に向いている事に気付いて首を傾げる。

 2人から異なる視線を向けられる乾司は、暫くその場で佇み膝に手をつき肩を大きく上下に動かして呼吸を整えていた。ある程度時間を掛け、彼の呼吸が落ち着いてきた頃合いを見計らって健は何かあったのかと訊ねる。

 

「どうしたの嘉島君? 何か、随分と急いでたみたいだけど?」

 

 健が問い掛けると、乾司は汗を拭い今一度大きく息を吐く。そして心を落ち着けると、彼は先程の野良猫が去っていった方を一瞥して口を開いた。

 

「日向、教えろ」

「何を?」

「昨日の戦い……あの時、お前は皇さんだけじゃなくて、あの猫を守る為に俺との戦いで勝ちを逃したってのか?」

 

 どうやら彼はここに来る途中で2人の会話内容を薄っすらとだが聞いていたらしい。健の事を睨みつけながら訊ねてくる彼の姿に、黄泉が何かを言おうとするのを健は宥めて頷いた。

 

「何よ……だったら何だって――」

「黄泉さん……そうだよ。あの時、僕は黄泉さんとあの猫を守る為に無理をした。それが結果的に隙を作って、君に負ける事に繋がった。言い訳をするつもりはないよ。僕の負けは負けだ」

 

 潔く、堂々と、誇る様に自身が負けた事を認める健。その毅然とした姿は、敗者であるにもかかわらず勝者の様に胸を張っておりそれが乾司にとっては衝撃的であった。彼の中で敗者とは惨めで全てを奪われた情けない存在だからである。だが今彼の目の前に居る敗者は敗北という結果を刻まれただけで、他には何一つ失う事なく堂々と佇んでいた。それが信じられなくて、感じは思わず健の肩に掴み掛った。

 

「何で……何でそんな平然としてられるんだよッ! 何がお前をそこまで奮い立たせるッ! お前は負けたんだぞッ! それもしなくていい事までして負けたッ! なのに何で……」

 

 乾司は恐ろしかった。自らの勝利を捨ててまで守る事に全力となれる健と言う存在が、今までに出会った事の無い存在が理解できず恐ろしくて堪らない。朝まではあった筈の自信も何もかもが今この瞬間は崩れ去っていた。必死なその姿は2人にとって初めて見るものであり、黄泉も意外そうに目を丸くしている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 言いたい事を言い終え、乾司は再び肩を大きく上下させ呼吸を整える。今の彼の姿からは、出会った当初にあった自信に満ちた様子は微塵も見当たらない。黄泉の事も今だけはどうでもいいのか、視線は健にのみ向き黄泉には目もくれなかった。

 

 彼が落ち着いてのを見て、健は小さく息を吐くと一歩前に踏み出して口を開いた。

 

「僕のスタンスは、最初からずっと変わらないよ。僕は御伽装士同士で戦うつもりは最初からなかった。だから、言っちゃあ何だけど勝ち負けには興味なかったんだ」

「ならお前は、何の為に戦う?」

 

 ともすれば乾司に対する侮辱とも取れる言葉。真剣に勝負に臨んでいた彼に対し、健はそもそもずっと乗り気ではなかった。真面目に相手こそしたが、その実彼は勝とうが負けようがどちらでも良かったのだ。何故ならあの戦いその物に、興味がなかったからである。

 

 何が彼をそうさせるのか? その疑問に対する答えは極めてシンプルであった。

 

 健が戦う目的……それは守る為である。

 

「僕はただ、守りたい。黄泉さんを、あの猫を、化神に襲われる人を…………君は違うの?」

「う……!?」

 

 健にとって御伽装士とは守る者であり、戦いに勝つ事は極論すると二の次であった。例え化神を逃す事になろうとも、最終的に人々を守る事が出来ればそれで良しと考える。勿論逃がした化神が再び人を襲う可能性はあるので、その様な事をさせてはならぬと追撃と捜索に全力を尽くすが。

 

 対する乾司にとって、御伽装士とは所詮力であり勝利を掴み取る為のものでしかなかった。そこに信念はなく、力さえあれば全てと漠然と考えていた。故に健の様に強い信念は無く、悪い言い方をすればちゃらんぽらんとした思考で戦ってきただけであった。そんな彼にとって健はとても眩しい存在として映り、この時点で彼の中で黄泉への恋慕は健への畏怖で塗りつぶされていた。

 

 堪らず後退りする乾司の姿に、健は困った様に頬を掻いた。彼としては特別乾司を怖がらせるような事をしたつもりは無いのだが、自分の何かが彼を恐れさせてしまった事には気付いたのだ。健としては、ただ自分にも譲れぬものがあり、その為に勝利を捨てたと言うだけの話なのだが……

 

 どうしたものかと悩み、助けを求めるように黄泉に視線を向ける。視線でどうすべきかと問われた黄泉だったが、そんなこと聞かれても困るので彼女も口をへの字、眉を八の字の曲げて小さく唸るしか出来ない。彼女の反応に健は軽く肩を竦めて小さく息を吐くと、取り合えず乾司と話をすべきと思い口を開きかけた。

 

 その瞬間、黄泉が常に周囲の警戒の為に放っていた式神が化神の気配を感知し報せてきた。

 

「ッ! 健君、化神よッ!」

「何っ!?」

「黄泉さん、何処にッ!」

 

 黄泉の言葉に驚愕した乾司に対し、健は即座に戦士の顔となると詳細を黄泉に訊ねた。だがそれに対して彼女は答えるよりも行動と言わんばかりに、懐から数枚の御札を取り出し呪術を使用して目の前に結界を張りながら質問に答えた。

 

「ここよッ!」

『ハァァァァッ!』

 

 叫びながら黄泉が結界を張るのと、暗がりの中から飛び出した化神が爪を振り下ろしてくるのはほぼ同時であった。ギリギリのところで黄泉の結界が化神の爪を受け止め、化神の爪は結界に阻まれて空中で火花を散らしながら制止する。

 自身の攻撃が受け止められた事に化神は忌々し気に舌打ちすると、仕切り直しの為に一旦距離を取った。

 

『チッ、ただのガキじゃねえのか』

「お生憎様。この場の全員、アンタにビビる様な小さい肝っ玉じゃないわよッ!」

 

 奇襲に失敗した化神……バケキツネは黄泉の言葉に改めて3人を見渡す。誰もが化神の出現に対し恐怖した様子がない事に、彼女の言葉がハッタリではない事を理解したバケキツネは先程の結界の事もあって彼らが御伽装士である事を察した。

 

『お前ら、御伽装士かッ!』

「ご名答。健君ッ!」

「うんッ!」

 

 健と黄泉は並び立ち怨面を取り出すと、それぞれ呪文を唱えて御伽装士に変身した。

 

「オン・マイタラ・ラン・ソウハ……」

「オン・アリキャ・コン・ソワカ……」

 

「「変身!」」

 

 2人がそれぞれソウテンとゲツエイに変身するのを目にした乾司は、遅れる形で怨面を取り出し自身もルロウに変身する。

 

「あ、俺も……オン・コンゴウ・ハタ・スグルッ! 変身ッ!」

 

 乾司がルロウに変身している間に、ソウテンは白虎の具足を、ゲツエイは草薙の大太刀を装備してバケキツネに攻撃を仕掛けていた。素早く接近し蹴りを放つソウテンが牽制し、ゲツエイが大太刀で斬りかかると同時に御札を投げつけて神通力でバケキツネの行動を阻害する。息のあった2人の連携に、バケキツネは初手から圧倒され反撃を封じられ防戦一方に追い込まれつつあった。

 

『ぐ、くぅ……!? コイツ等、なかなかやりやがる。だがなぁッ!』

 

 突然バケキツネの腰から伸びる尻尾が妖しく燃え上がった。尻尾が燃えていると言うのにまるで熱がる様子を見せないバケキツネの姿に、2人は何かがあると察して警戒して動きを止める。2人はあれが何らかの大技の前兆だと思ったのだ。

 

 だがその予想は外れた。燃え上がったバケキツネの尻尾が揺れる炎の形に合わせるように複数に分かれると、分かれた尻尾が火の粉が散る様にバケキツネの体から分かれて2体増えた。合計3体のバケキツネが立ち塞がる光景に、呪術を得意とするゲツエイも思わず息を飲んだ。

 

「なっ!? コイツ……!」

「黄泉さん、これはッ!?」

「分身ね……気を付けて、全部に実態はあるだろうし能力もきっと本体と変わらないわ」

「どうすれば消せる?」

 

 呪術による分身はゲツエイもよく使う。その手の分身は大雑把に分けて二種類存在し、実態のある奴とない奴に分けられる。実態のない奴は本当に見掛け倒しだが、見た目では判別できず実際に触れ合って漸く実態の有無を見分ける事が出来る。味方が使ったのであればともかく、敵が使った場合暢気に触って確かめる訳にもいかないので、普通はほんの僅かな事象から本物と偽物を見抜くか、それが出来ないのであれば当たるを幸いに目についた奴を攻撃するか本物も偽物も関係なく広範囲の攻撃で全て吹き飛ばす以外に対処法が無い。

 今回は術に優れるゲツエイが居てくれた為、相手の能力を看破してくれた。そのお陰で相手がとりあえず普通に相手をすればいいと言うのが分かったのは正直助かる。これで自分が相手をするのが、実態のある相手なのかどうかを難しく考える必要が無くなった。

 

 とは言え、それで状況が良くなったわけではない。寧ろ状況としては悪くなったと言った方がいい。どんな形であれ戦力差がイーブンになってしまった。これでは元々3人居たと言う数の優位性が無くなる。

 理想を言えば、バケキツネが生み出した分身を消し去り3人でバケキツネを倒す事なのだが…………

 

「黄泉さん、あの分身って術で消す事は出来る?」

「出来ない事は無いけど……ちょっと時間が掛かるかも」

「なら、僕と嘉島君が時間を稼ぐから――」

 

 ソウテンが自分とルロウで3体のバケキツネの相手をして、その間にゲツエイに分身を消す術を発動してもらおうとする。だが彼がその作戦を伝えるよりも早くに、ルロウが1人で勝手にバケキツネ達と戦い始めてしまった。

 

「そんな手助け要らねえッ! あの程度、俺1人で全部ぶちのめしてやるッ!!」

「あっ、ちょっと!?」

「馬鹿ッ! 何やって……」

 

 半ば我武者羅になって突撃するルロウ。両手には既に山削りの撃爪を装備している。ソウテンとゲツエイが止める間もなく飛び出したルロウの攻撃が、バケキツネ達に襲い掛かった。

 

「オラァァァッ!」

 

 地面を抉るほどの威力の一撃。だがバケキツネ達はそれを軽やかに回避すると、息の合った連携攻撃で反撃し飛び出したルロウを逆に追い詰めていった。

 

『馬鹿めッ!』

『そらっ!』

『それそれッ!』

「がっ!? この、がふっ!?」

 

 三方向をバケキツネに取り囲まれ、所謂袋叩きにされるルロウ。狐火を放つバケキツネは炎でルロウの視界を惑わせ、集中が削がれたルロウの死角から攻撃を繰り返した。背後から斬りつけ、ルロウがそれに反応して反撃しようとすると狐火で視界を遮り動きを止め、そこを別のバケキツネが蹴りつける。元々は1体の化神であった為か連携は見事の一言であり、ルロウは精神的な動揺もあって本来の実力を発揮できず追い詰められてしまっていた。

 

『ヒャハァッ!』

「ぐぁっ!?……ぐ、くぅ……こ、こんな……こんな、俺が…………!」

 

 ルロウは屈辱だった。こんな相手を惑わせる力しかない化神相手に自分がここまで追い詰められている事が信じられない。先程の健の言葉に動揺させられた事もあって、今の彼の頭の中は色々な考えや衝撃でグチャグチャで思考が纏まらなかった。

 

 今の無様な自分の姿を、ゲツエイに見られていると思うだけで情けなくて死にたくなってくる。こんな弱っちい自分が、彼女に迫ろうなど烏滸がましいとすら思っていた。ルロウがこれまで築き上げてきた自信は、最早見る影もなく心は折れる寸前であった。今までロクに苦戦する事が無かったので、いざ窮地に立たされると脆かったのだ。

 

 心が折れかけているルロウをバケキツネ達は絶好の獲物と定め一気に仕留めようと同時に攻撃を仕掛けた。本来であればルロウの相手には分身の1体でも差し向ければ十分であろうが、バケキツネ達は耳聡く先程のソウテン達の会話をしっかりと聞き取っていた。ゲツエイはバケキツネの分身を消す為の術を使う為に動けなくなる。この時点で戦力差は一時的に3対2。

 

 ならばここで脆くなった1人を確実に仕留め、自分に対する脅威を減らすのが最善とバケキツネはルロウ1人に的を絞って攻撃する事を決めた。そうすれば最悪でも御伽装士の1人を無力化できる。憎き御伽装士を1人でも消し去る事が出来れば、仲間内でも自慢の種となるに違いない。

 

『『『死ねぇぇぇぇッ!!』』』

 

 3体のバケキツネが一斉にルロウに爪を振り下ろす。迫る命の危機に、ルロウは諦め抵抗せず自らの運命を受け入れようとした。

 力だけに心酔し、己を顧みる事をしなかった愚かさを悔いながら…………

 

(あぁ……ジジィが言ってたのはこういう事かよ、クソ……)

 

 今更ながら己の愚かさを悔いながら、ルロウは自身に向けて迫るバケキツネ達の攻撃を前に目を閉じた。視界を閉ざした中、気配だけでも攻撃が迫るのを感じて…………不意に新たな気配が自身の前に現れるのを感じ取った。直後に何かがぶつかり合う音が響き、同時に1人の少年が痛みを堪えるような声が上がる。

 

「ぐ……ぐぅっ!?」

「…………何ッ!?」

 

 聞こえてきたソウテンの苦悶の声にルロウが目を見開けば、眼前に広がるのはバケキツネ達の攻撃を受け止めているソウテンの姿であった。両腕でそれぞれ1体、残りを背中で受け止めている為、両腕と背中にバケキツネの爪が食い込み痛々しい。

 

 自分がソウテンに守られていると言う事実に、ルロウは愕然となって思わず声を上げた。

 

「な、何やってんだお前ッ!?」

 

 ルロウが驚くのも無理はない。ソウテンにとって自分は徹底して嫌な奴だった筈だ。彼の愛するゲツエイ……黄泉にアプローチした上、彼自身の事は邪見に扱い一方的に勝負を仕掛けた。そして、彼は周りを顧みない戦い方をするルロウの尻拭いをするように余波から黄泉と本来関係ない野良猫を守る為に敗北を喫し、ルロウ自身はその事に言われるまで気付かず敗北したソウテンの目の前で暢気に喜びを露わにした。

 

 それだけでも普通に考えれば嫌われて然るべきであり見捨てられても文句は言えないのに、それ以前の話そもそもソウテンは本来防御力に難のある御伽装士である筈なのだ。敵の攻撃は基本受け止めるよりは回避する方が当たり前。間違っても敵の攻撃をその身で受け止めて良い能力をしていない。

 

 そんな彼が自分を庇ってバケキツネ達の攻撃を受け止めている事が信じられなくて、守られた事への感謝よりも先に我が身を顧みず自分等を守った事を逆に責めた。

 

「何でお前が俺を助けるッ! 俺は、俺は皇さんをお前から奪い取ろうとしたんだぞッ! お前が周りを守る事を優先してる事に気付かないで、お前を傷付けて暢気に喜ぶ馬鹿野郎だぞッ! そんな俺を、何でお前は……!」

 

 捲し立てながら、頭の中ではこんな事を言うべきなのではないとルロウ自身理解していた。まず最初にすべきなのはソウテンから敵を引き剥がし、守ってくれた事を感謝すべきなのだ。なのに彼は、一方的なプライドだけでソウテンの事を責めた。度し難い愚かさに彼は自分で自分が情けなくなり、次第に声が小さくなっていった。

 

「何で……何で、お前……」

 

 最終的にはブツブツと呟くだけになったルロウであったが、状況を離れた所から見ていたゲツエイは的確な判断でソウテンを援護する為呪術を付与した御札をバケキツネ達に投擲し引き剥がした。

 

「健君ッ!」

『ぐあっ!?』

『うぉっ!?』

『何ぃッ!?』

 

 ゲツエイの援護でバケキツネは引き剥がされ、さらに神通力の影響か動きが止まっている。その間にソウテンはルロウに手を貸して立ち上がらせながら、彼の質問に答えた。

 

「ありがとう、黄泉さん。……嘉島君」

「えっ?」

「確かに僕は、君の事が少し気に入らなかった。いきなり黄泉さんに告白して来たり……でも、それは僕が君を、誰かを助けない理由にはならない」

 

 例えどんな相手であっても、御伽装士ソウテンである限りは誰かを守る為に戦う事を健は自身に課していた。それが自分の存在意義であり、自分が最初に戦う事を決めた時の強い気持ちだったからだ。誰かを守る事こそがアイデンティティであると言ってもいい。それを個人的な感情で反故にしては、彼は自分の存在意義を自分で捨て去ってしまう。

 

「だから僕は守るよ。君であっても、誰であっても。それが僕だ。僕が、御伽装士ソウテンとして戦う理由だッ!」

「ッ!!」

 

 揺るぎないソウテンの強い意志と言葉に、ルロウは強い衝撃を受けた。自分にはなかった戦いに臨む上での強い信念。それを目の当たりにして、彼は自分に足りないものを理解しそして自分がどれだけ今まで独り善がりでカッコ悪かったかを理解した。

 

 同時に、自分では健に敵わない事も…………

 

(な、何てこった……こいつは、本物だ。本当にこいつは、自分の信念を守る為だけに、勝手に突っかかって粋がってた俺を助けたんだ……! 力しか見てなかった、俺と違って……)

 

(何だよ、コイツ……メチャメチャカッコいいじゃねえか……!)

 

 何かの為に自分をも犠牲にして信念を貫き通す。それは全ての男子が憧れる生き方だ。自分と同年代である彼がすでにその域に達している事に、ルロウはそれまで彼に対して抱いていた蟠りが吹き飛び代わりに憧れと尊敬が胸を満たしていくのを感じた。そんな彼であるならば、単純に力を見せただけで黄泉が自分に靡かなかったのも理解できる。器がそもそも違い過ぎた。強い信念を持つ健が、カッコ悪い訳がない。

 

 ルロウがソウテンを見る目が変わった時、バケキツネたちは漸く動けるようになり、仕切り直しと言わんばかりに再びソウテンとルロウに襲い掛かろうとした。

 

『クソッ! このガキどもがッ!』

 

 一斉に飛び掛かって来るバケキツネたちを、ソウテンが迎え撃とうとルロウに背を向け構えを取る。ゲツエイは本格的にバケキツネの分身を消し去る為の呪術の準備に取り掛かっている為、今度は彼の援護が出来そうにない。今度は彼1人でバケキツネを何とか捌いてもらうしかないと、心の中で彼の健闘と無事を祈りながら念を込め術を構築していた。

 

 その時…………

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 出し抜けにルロウが雄叫びを上げたかと思えば、ソウテンの脇を抜けてバケキツネの1体に接近し両手の爪で切り付けて転倒させると即座に次のバケキツネに跳び蹴りを放った。2体のバケキツネを迎え撃った時点で残ったバケキツネが口を開き火炎放射を放ちルロウを返り討ちにしようとしたが、それはソウテンが許さず白虎の具足を装着した足でバケキツネの顎を蹴り上げて口内に溜まっていた炎を暴発させ逆にダメージを与えて怯ませた。

 

『んぐぉぉぉぉっ!?』

「セヤァッ!」

『ごほぁっ!?』

 

 更にソウテンは追い打ちで回し蹴りを放ちバケキツネを蹴り飛ばすと、自身を助けてくれたルロウと合流し傷付いた状態で2体のバケキツネを迎え撃ってくれた彼を気遣った。

 

「嘉島君、大丈夫?」

 

 先程先走った際に彼はバケキツネにかなりボコボコにされていた筈だ。その状態であんな動きをすれば体にも相当負担が掛かった筈。そう思って彼を心配すれば、彼は己の傷には頓着せずそれどころかソウテンに頭を下げてきた。

 

「日向、すまねえッ! 俺は……いや、俺が馬鹿だった。何の為に戦うのが御伽装士なのか、すっかり忘れて粋がってた」

 

 乾司は修二の孫ではあるが、彼の両親は御守衆に属していない普通の人間である。修二は自身の子には御守衆としての生き方を強要せず自由に過ごさせ、それでいて我が子の事はしっかりと守っていた。乾司が御伽装士を目指す切っ掛けとなったのは、そんな祖父が人を守って戦う姿に惹かれたからである。誰かを守ろうと戦う修二の姿に衝撃を受け、憧れた彼は両親が止めるのも聞かず祖父である修二に弟子入りし、そうしてルロウとなって戦う事となったのであった。

 

 だが修行を続け実戦で戦っている内に、彼は化神を叩きのめす行為そのもの、延いては強い力そのものに執着するようになってしまい、初心を完全に忘れてしまっていたのである。

 御伽装士となる切っ掛けを忘れていた乾司だったが、健が我が身を顧みず誰かを、自分までをも守る姿に嘗ての修二の変身したゲンキの姿を重ね、最初に抱いていた憧れを思い出した。同時にそれまでの自信の愚かな姿を恥じ、頭を下げずにはいられなかった。

 

「お前は本物だ、本物の御伽装士だッ! 俺なんかとは、比べ物にもならねえ。皇さんがお前に夢中になるのも分かる。お前は、凄い男だ……!」

「わ、分かった分ったッ! 分かったから落ち着いて、ね?」

 

 心境の変化の影響か、ソウテンに対する姿勢は大きく変わり毛嫌いから一変して尊敬すら感じていた。元々謙虚な方のソウテンは普段そんな目を向けられる事も無かったので、彼の勢いの凄さもあってこんな時だと言うのに敵ではなく味方を相手にたじろいでしまう。

 

 そんな状況も忘れたやり取りをする2人を、当然バケキツネが見逃す訳もなく体勢を立て直した3体は2人を囲む位置に立つと一斉に飛び掛かり鋭い爪で切り裂こうとした。

 

『舐めるなッ!』

『死ねぇッ!』

『ガルァァァッ!』

 

 三方向からバケキツネが2人に襲い掛かる。ここで漸く化神の存在を思い出したルロウが慌てて構えを取るが、一方でソウテンは彼と会話しながらも頭の片隅ではバケキツネ達の動向を常に把握していた為、この奇襲に近い攻撃にも即座に対応し空中に飛び上がると飛び掛かって来た3体を逆に蹴り返した。

 

「ふっ! はっ! やっ!」

『ガッ!?』

『グッ!?』

『ゲッ!?』

「ふぅぅぅ……」

 

 3体を蹴り返し、難なく着地して呼吸を整えるソウテン。それを見るルロウの目は仮面越しにも輝いており、今朝まで健に抱いていた感情は全て吹き飛んでいる事が傍から見ただけでも伺い知る事が出来た。

 

「す、スゲェ……!」

 

 ソウテンの動きにルロウは完全に釘付けになっている。その時、ゲツエイが術を完成させ2人を含むバケキツネ3体を囲む様に複数の御札を投げ、バケキツネ3体に神通力が作用する結界を作り出した。

 

「健君、お待たせッ! ハァッ!」

 

 御札に囲まれた範囲内に陣が描かれ、その陣が光を発するとそれに触れた3体のバケキツネの内2体が感電したように痙攣しながら悲鳴を上げた。

 

『『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!?』』

『な、何だとッ!?』

 

 どうやら本体には効果は無いが、分身相手には特攻となる術だったらしく分身のバケキツネは断末魔の叫びを上げながら消滅してしまった。残ったのは本体であるバケキツネ1体のみ。流石にこの状況では自分の方が圧倒的に不利と悟ったのか逃げようと尻尾の炎を再び燃え上がらせた。恐らくは幻術か何かを使おうとしたのであろうが、ゲツエイが張った結界は相手の幻術をも封じる力があるのか燃え上がった炎は次の瞬間には鎮火してしまった。

 

『何ぃッ!?』

「お生憎様。私に術で勝負しようなんて、アンタ程度じゃ役者不足も良い所だわ。健君、今よッ!」

 

 ゲツエイが隙を作り出してくれた事でバケキツネを倒しやすくなった。この機を逃してはならないと、ソウテンはルロウと協力して確実に仕留めるべく彼に声を懸けつつ身構える。

 

「嘉島君、行くよッ!」

「ぁ、……お、応ッ! 任せろッ!」

『クソがぁぁッ!』

 

 最早逃れられないとバケキツネが両手の爪に狐火を纏わせて襲い掛かって来る。一見すると術で相手を翻弄するタイプに見えたが動きも素早く、ルロウは一瞬その姿を見失ってしまった。だがソウテンは先んじてバケキツネの動きを読んでおり、炎を纏った爪で斬りかかって来た攻撃を一足先に迎え撃つ様に蹴り飛ばして不発に終わらせてしまった。

 

「させないッ!」

『しまっ!?』

「そこかぁッ!」

『グハァッ!?』

 

 ソウテンの行動で攻撃を邪魔されバケキツネに隙が出来る。そこにルロウの斬撃が放たれ、バケキツネは胴体を大きく切り裂かれて地面に叩き落されてしまった。ルロウの一撃をまともに喰らったバケキツネはそのダメージから動きを鈍らせており、ここが好機とソウテンとルロウは互いに頷き合うと同時に退魔覆滅技法を放ち勝負を決める。

 

「退魔覆滅技法、猛虎百裂脚ッ!」

「退魔覆滅技法、群狼無双斬ッ!」

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」

 

 超高速で蹴りを放つソウテンの猛虎百裂脚がバケキツネを空中に固定し、そこをルロウの群狼無双斬が何度も斬りつける。蹴りと斬撃を何度も喰らわされ、バケキツネは全身を抉られ切り裂かれて耐えきれず爆散してしまった。

 

『こ、こんな……ぐはぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 バケキツネが爆散する寸前、2人は巻き込まれないようその場を飛び退きゲツエイの傍へと着地した。2人がゲツエイを挟む様に着地すると同時にバケキツネが爆散し、3人の間を瞬間的に熱を持った風が吹き抜けていくのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 バケキツネを倒した3人。化神が居なくなると早速乾司が健と黄泉にこれまでの事に対する謝罪などで熱烈な想いを伝えようとするが、その熱意から彼が次にどんな行動に出るかを察した健は先んじて彼を宥めると先ずは日向食堂へと戻ることを提案した。日が暮れたこの時間に何時までもここに居ては怪しまれる。黄泉に呪術で人払いをしてもらうと言う手もあるにはあるが、こんな事の為に彼女に呪術を使わせるのは色々と勿体ない。

 

 健に説得され店へと戻るとそこでは彼の両親に加えて修二も待ち構えていた。修二は一目見て乾司の意識が大きく変わった事を見抜くと、まるで肩の荷が下りたかのように息を吐き先ずは色々と苦労を掛けた健と黄泉に頭を下げた。

 

「健君、黄泉ちゃん……スマンかったの、色々と。そして……ありがとう」

 

 心の底から絞り出す様な修二の感謝の言葉。それだけで彼が乾司の育成に行き詰っていた事への後悔と悩みがどれ程大きかったかが伺え、この姿には黄泉も何も言えず健に対応を任せる事となってしまった。

 

「嘉島さん、頭を上げてください。彼……乾司君の事だったら、僕はもうそんなに気にしてません」

 

 先日店に飛び込むなりいきなり黄泉に告白して自分から彼女を引き剥がそうとした事自体は面白くない記憶として刻まれているが、先程の戦いの前後で乾司は乾司なりに抱えている物があった事を理解した健は不用意に彼を責めるような事をするつもりはなかった。そんな彼の優しさに修二も安心したように笑みを浮かべると、心境が変化した弟子にして孫を改めて見やり何が大事であるかを確認するかのように話し掛けた。

 

「乾司……分かったか? 己に何が欠けて何が間違っていたのかが」

「あぁ……日向の、いや……日向君のお陰で目が覚めた。俺はとんでもなく傲慢で馬鹿な奴だった。こんなんじゃ、皇さんでなくてもまともに相手なんてしてくれる訳がねえ。力は所詮力で、それで何をするかが重要だってのに……」

「そうじゃの。単純に力だけを追い求めても、それで得られるものが無ければそりゃな~んの意味も無いんじゃよ。昔の儂みたいにな?」

 

 そう言って修二は黄泉の事を見た。自分が注目される理由に心当たりがなかった為首を傾げたが、彼が見ているのは黄泉自身ではなく彼女の師匠である紫であった。

 

 紫には嘗て愛する……否、愛する事になったかもしれない男が居た。同じ御伽装士でもあったその男は、彼女に熱烈にアタックを繰り返し、紫自身その熱意に押されて心が揺れ動いていた。

 だがその男は人間に憑依する化神に憑りつかれ、化神の存在を可能な限り隠そうとする御守衆の意向により始末される事となった。

 

 その男に憑りついた化神を男の命ごと討伐する役目を負ったのが他ならぬ修二であった。当時の彼は兎に角今の乾司同様、強さこそが全てと言う考えで動いており、その憑りつかれた男に対しても特に興味は無かった為命令に従い討伐してみせた。

 問題はそこからであった。彼が男に憑りついた化神を男と纏めて討伐すると、烈火の如く怒りを燃やした紫に激しく糾弾されたのである。

 

【何故だッ!! 何故殺したッ!! アイツは、まだ……まだ助けられたかもしれないのに、何故ッ!!?】

 

 普段飄々とした様子の紫があそこまで生の感情を露にするところを始めてみた修二は、彼女の殺意にも似た気迫に気圧されて何も言えずにいた。そのままだと本当に紫が勢いに任せて彼の事を殺してしまいかねなかったので、当時から彼女の友人でもあった夜舞 センに強引に引き留められてその場は何とか事なきを得た。が、それから修二の心には単純な力と言う存在に対する蟠りが針の様に刺さり戦いに対しても違和感が付きまとうようになった。

 

 自問自答を繰り返し、そして彼は遂にその原因が自分の力が破壊にしか使われていない事に気付く事となった。センは勿論、あの紫ですら何だかんだ言いつつ守る為に力を使い人を救っていると言うのに、自分は馬鹿正直に力を振るい化神を倒すばかりで守る事は二の次にしていた。修二は自分が御伽装士として人を守り救えているのは戦いの後の結果だけの話であり、何かが間違っていれば何の関係も無い、ともすれば守るべき人をも傷付けてしまっていたかもしれないと言う事に漸く気付いたのである。

 

 多くの御伽装士はその背に無辜の人々を守って戦い、振り返ればその者達の存在がある。だが当時の修二の後ろに広がっていたのは、戦いの余波で破壊された街や物、倒した化神ばかりで助けた人の姿は無かった。その中に紫が心を通わせようとした男の存在が加わった事で、修二はやっと自分が危険な状態であった事に気付いたのである。

 

「力で何かを無理矢理得ようとする……それは化神と表裏一体じゃ。人か化神かという程度の違いでしかない。お前にはそれを理解してほしかったんじゃよ」

 

 少し前であれば、乾司は修二の言葉を一蹴していただろう。そんなのは所詮力のない奴の戯言だと聞く耳を持たなかったに違いない。

 だが今であれば修二の言葉の意味が理解できる。健の戦いへの信念を目の当たりにし、乾司は時分が間違っていた事を理解したのだ。だからこそ、自分が今までどれ程修二に心労を掛けていたのかも理解できてしまい、その事に対する申し訳なさから彼にも頭を下げた。

 

「その……ジジィも、悪かった。やっと分かったよ、ジジィの言いたかった事」

 

 珍しくしおらしい姿を見せる乾司に、修二は優しい笑みを浮かべると彼の頭を優しく撫でた。久しく感じていなかった祖父の優しさに、乾司が思わず呆けて顔を上げると修二の慈しむ様な優しい視線と目があった。

 

「ぁ……」

「……分かってくれればいい。忘れるな? お前は御伽装士なんじゃ。攻める為でなく、守る為に戦え」

「あ……あぁっ!」

 

 何処となく思いがすれ違っていた師と弟子、祖父と孫が今ようやくわかり合えた。その様子を微笑ましく健と黄泉が見守っていたら、徐に感じが2人に近付いてきて彼らにも頭を下げてきた。これまでの2人への傲慢な態度……一方的に黄泉に気持ちをぶつけていた事と、健の事を侮り侮辱した事への謝罪である。

 

「2人にも、悪かった。日向君、皇さん。本当に迷惑を掛けた」

 

 心底申し訳なさそうに頭を下げる乾司の姿を見れば、黄泉の溜飲も下がると言うものだった。頭を下げる彼の前で、黄泉は胸の下で腕組して溜め息と共に肩から力を抜き彼のこれまでの行いを全て許す事にした。

 

「……ま、分かればいいのよ。言っとくけど、改心したからって私は健君以外お断りだからね?」

「あぁ、分かってる。俺が悪かった。皇さんにぴったりなのは、日向君みたいな強い男だ」

「ッ! そ、そうよ……分かってるじゃないの……」

 

 朝の時みたいに異様にアタックされるのは煩わしい事この上ないが、こうして面と向かって健との仲を推されるとそれはそれで恥ずかしくて思わず動揺してしまう。それを出来るだけ億面に出さないようにしつつ言葉を返していると、それまで何も言わなかった健が思い切って口を開いた。

 

「あの、乾司君? さっきから僕の事君付けで呼んでるけど、最初の時みたいに呼び捨てで構わないよ?」

 

 ハッキリ言ってこんな風に畏まって呼ばれるのはそれはそれで何と言うか居心地が悪い。出来ればもっとフレンドリーにしてほしい所だが、それでは乾司の気が済まないのか頑なに譲る気はないらしかった。

 

「そうはいかねえッ! 俺はお前の事を良く知らずに馬鹿にしてたんだ。そんな日向君を呼び捨てなんて……」

 

 心境は変化しても頑固な所は変わらない。あまり無理強いするのも彼に悪いので、健は適度に折れてやる事にした。

 

「……分かったよ。もう好きに呼んで」

「かたじけねえ。それと、もう一つ……」

「ん?」

 

 

 

 

「烏滸がましい事だとは分かってるんだが、それでもあえて言わせてくれ。その、俺と……ダチになってくれねえか?」

 

 

 

 

 その言葉に健は最初意外そうに目を丸くしたが、そう言えば乾司は修二との修行行脚で各地を転々としている関係上親しい間柄の者が極端に少ないのだと言う事を思い出した。恐らく今までは友と言える者を欲しいとすら思った事は無かったのだろう。だが今、乾司は初めて自分から同年代に歩み寄り友になろうとしている。健に心を許し、彼と言う人間に少しでも近づきたいと思った証拠だ。そんな彼の姿が最初に出会った時と違い過ぎて、ギャップの激しさに思わず笑みを零してしまった。

 

「……フフッ」

「な、何だよ……」

「いや、ゴメン。……僕で良ければ、宜しく」

「! あ、あぁ……!」

 

 健が手を差し出すと、乾司はぎこちないながらも目を輝かせてその手を握り返した。雨降って地固まる、最初の出会いこそ最悪としか言いようがなかったが、2人はそれを乗り越えて友となった。

 

 孫が漸く自分以外で心を許せる友と出会えた事実に、修二は祖父心に嬉しさにこっそり涙を目に浮かべ、気付けば若干蚊帳の外に置かれた形となった黄泉はちょっぴり面白くなさそうに唇を尖らせながらも健が認められた事に嬉しさを感じずにはいられなかったのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 仙台の日向食堂で健と黄泉との出会いを経て孫にして弟子の乾司が一皮も二皮も剥けてくれた事に安堵した修二は、その後彼らと別れるとそのままの勢いで岩手県沿岸北部にある夜舞家を訪れていた。修行行脚の一環で何時かは訪れるつもりではあったので、いい機会だと土産持参で訪れていた。

 

「やっほー、センちゃんッ! 久し振りに遊びに来たぞいッ!」

 

 意気揚々と屋敷に上がり、使用人にセンの居場所を訊ねて縁側に居ると聞いた修二はご機嫌な様子で縁側に顔を出した。そんな彼を出迎えたのは、センともう1人のうんざりとした声であった。

 

「セン、お主まだこの男に付き纏われとるのか?」

「五月蠅いよ。別に好きで付き纏われてる訳じゃない」

 

「…………うん?」

 

 縁側に腰掛けていたのは1人は修二の目当てにしていた夜舞 セン。嘗ては修二も彼女の婿になるべく何度も挑んだが、悉く敗北を喫しそうこうしている内に彼女は婿を取ってしまった為挑戦する機会を失ってしまった女性だ。

 

 それは良いのだが、問題はその隣。センの隣にはローブを被って左目の部分を包帯で覆った少女の姿がある。見覚えのない少女の存在に、修二は目を丸くして首を傾げた。

 

「何じゃ、その女の子は? センちゃんの孫……にしては似とらんようじゃが……」

 

 顎に手を当てて考え込む修二に、センは手にしていた湯呑の中身を一口啜って軽くヒントを出した。

 

「コイツ、誰かの面影があるとは思わないか?」

「面影? はて……」

 

 センの言葉に近付いて少女をマジマジと眺める修二。彼に注目された少女は、手にしていた湯呑を置くと両手を軽く握って自身の口元に当て、無駄に目を輝かせて上目遣いに修二の事を見上げた。

 

「キャッ☆」

「気持ち悪い、止めろ」

「それは少し言い過ぎでないかのッ!?」

「歳を考えろと言ってるんだ」

 

 途端に言い争いを始めるセンと少女。見るからに祖母と孫娘と言った外見の2人だが、その間に漂うのはそれとは別の気安い親密さを感じさせる雰囲気であった。そして修二はその雰囲気に見覚えがあり、何よりもあの夜舞 センと真っ向から言い合える間柄の人物に1人しか心当たりがなかった。そしてそこに考えが至ると、その少女に感じる面影が誰のものであるかにも気付く事が出来た。

 

「…………紫?」

「フン、や~っと気付きおったか」

「お主どうしたんじゃその姿は? お主も儂やセンちゃんと同じく婆だった筈じゃろ?」

「昔センに教えてもらった秘術で、ちょちょいとな」

「未完成だけどね」

「喧しいッ!」

 

 すぐに言い争いを始める様子は正しく嘗てのセンと紫の関係そのものであり、懐かしさに目を細めつつ修二は紫の隣に腰を下ろし持参した土産の煎餅を渡した。

 

「黄泉ちゃんの師匠やっとったと聞いとったから、生きてるのは知っとったがまさかここまで見た目が若返っておったとはな。一瞬分らんかったわ。ともあれ久し振りじゃの。ほれ、土産の亀の子煎餅じゃよ」

 

 手渡しつつ自身も取り出し、亀の甲羅の形の煎餅を齧る修二。受け取った袋から煎餅を取り出して隣のセンに袋をリレーしながら、紫は彼の口から愛弟子の名が出た事に目を瞬かせた。

 

「んぉ? 修二、お主ワシの愛弟子に会ったのか?」

「おぅ。撫で心地の良い尻の子じゃったよ」

 

 最初に黄泉に出会った時、不意を突いて彼女の尻を撫でた時の感触を思い出し厭らしく笑う修二。その言葉を聞いた瞬間、紫の目が鋭くなりすぐ傍にある自身の影を手で叩いた。すると影から赤い目を見開いた影狐が飛び出し、修二のモヒカンヘッドに容赦なく噛み付いた。

 

「あ痛たたたたたたッ!?」

「おうお主、ワシの愛弟子に手ぇ出しおったんか? あ゛? 出したんじゃな? あん?」

 

 紫の逆鱗に触れて頭を彼女の式神に頭を齧られ、慌てて修二は謝罪しつつも弁明を口にした。

 

「ま、待って待ってッ!? これには、これにはちゃんと理由があったんじゃよッ!」

「理由~?」

「ほ、ほれ、黄泉ちゃんと一緒に居る男の子、健君って居るじゃろ? あの子を鍛える為に、チョイと危機感を持たせて成長を促す為に必要だったんじゃよッ!」

 

 実際、修二が黄泉に手を出した事で健を焚き付けたのは事実である。だが付き合いの長いセンは、彼の言葉がすべて真実ではない事を即座に見抜いていた。

 

「で、感想は?」

「久し振りにピッチピチの女子の尻に触れて満足でした」

「殺す」

「だぁぁぁぁぁっ!? 待って待ってッ!? 今の冗談ッ! 冗談じゃから、勘弁ッ! 勘弁してッ!?」

 

 絶対に冗談ではないのだが、本気で紫に流血沙汰を起こされるとそれはそれで大変なので、流石にそろそろ止めるかとセンが仲裁に入った。

 

「そこら辺で許してやれ。そいつも昔ほど元気じゃないんだ。どうせ少しちょっかい出しただけで本気で手を出したりはしてないだろ」

「…………フン」

 

 センに宥められて、紫はまだ納得していないながらもあまり夜舞家に迷惑を掛ける訳にもいかないと己を落ち着かせ、修二の頭を齧らせていた式神を引っ込めた。影狐から解放され頭に歯形を付けた修二は、血が滲んだ頭をハンカチで撫でながらホッと一息つく。

 

「ふひぃ、死ぬかと思ったわい」

「自業自得じゃ、馬鹿者」

「それで? 今になって何しに来たんだ?」

 

 使用人を呼んで修二の分の茶を用意させつつセンが訊ねれば、彼は湯呑を受け取り一口飲んで唇を湿らせ一息ついてから口を開いた。

 

「何……今言った通り、黄泉ちゃんに会って久し振りにセンちゃんの顔が見たくなっての。儂の弟子の成長もちょっと自慢したかったし」

「何だ、弟子自慢か?」

「今一番の楽しみなんじゃからそれ位良いじゃろ?」

「ま、気持ちは分かるがの」

 

 修二が弟子を自慢に思っているのと同じように、紫もまた弟子を愛している。故に彼の気持ちも分かり、同意する彼女にセンもちょっぴり頷きそうになった。そんな事をすれば紫が揶揄ってくるのは目に見えていたので、意識して黙り茶を一口啜る事で誤魔化したが。

 

「……お前の弟子と言えば、昔のお前に似て随分と荒っぽいって噂だったが?」

「否定できんのぉ。じゃが、仙台に立ち寄ったのは無駄じゃなかったわい」

 

 しみじみとした様子で噛みしめるように言う修二の姿に、紫はそれだけで彼の弟子の成長に黄泉と健が関わっている事に気付いた。きっといい変化があったのだろう。それだけ分かれば十分だったので、敢えてそれ以上何があったかを訊ねる事はしなかった。

 

 一方センは、その肝心の彼の弟子の所在が気になった。彼が弟子と修行行脚していた事は知っているので、彼が居るならその弟子もここに居る筈なのだが…………

 

「そう言えば、その肝心のお前の弟子は何処で何してるんだ?」

「んぁ? そりゃ勿論一緒じゃよ。客間に通されとった筈じゃが見るか?」

 

 修二がそう言って立ち上がろうとした時、その客間の方から乾司の声が聞こえてきた。

 

「お嬢さんッ!」

「……んんっ!?」

「今のは……」

「客間からだね」

 

 何やら変に気合の入った乾司の声に、修二は嫌な予感がして急ぎ客間へと向かう。紫とセンがその後に続き、3人揃って客間に入るとそこでは乾司が畳の上に膝をつき目の前に立つ1人の人物を輝いた眼で見上げていた。

 

「綺麗なお嬢さんッ! 結婚を前提にお付き合いしてくれませんかッ!」

「あらあら……」

 

 そう言って乾司が告白している相手は、当代の御伽装士マイヤでありセンの孫でもある夜舞 薫であった。薫は見た目は大和撫子然りとした美少女の様であるが、実際には列記とした男子である。紫は見事に女子として男子の心を射止めてみせた薫の仕上がりっぷりに改めて感心し、修二は相変わらずの孫の姿に頭を抱えた。

 

「あの馬鹿は……」

「おぅおぅ、男を見事に騙してみせた。本当に見事な仕上がりっぷりじゃのう?」

「フン……」

 

 紫とセンの会話から修二は薫が女子ではなく男子であると確信し、それを見抜けず見た目だけで簡単に惚れてしまった自身の孫の不甲斐無さに頭が痛くなるのを感じた。

 

「全く……あの色ボケっぷりは一体誰に似たんだか」

「「間違いなくお前だよ」」

「トホホ……」

 

 古馴染み2人からの鋭いツッコミに何も言い返せず修二は肩を落とす。

 

 その前では乾司が幼い少年の様に目を輝かせ、その視線に薫は困り顔になりながらも、同時にその目には新しい玩具を見つけた悪戯っ子の様な光を含んでいるのだった。




ここまで読んでいただきありがとうございました!

思いついたネタを書き切ったのでとりあえずここで再び本作の更新もお休みとなります。また何かネタが考え付いたら何か書くかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

それでは。
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