仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~   作:黒井福

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離れ離れの兄妹

 退魔道具・裁断の笏棍を取り出したサンズは、身の丈に迫るほどのサイズの金棒を金属バットの様に握りバケナマズに向けて殴りかかって行った。

 

「オラァァァァッ!」

『ぐぶぶっ!』

 

 勢い良く振り下ろされた金棒であったが、バケナマズは見た目に反して動きが素早く最初の一撃は容易く回避されてしまった。だが大振りな一撃が回避される事はサンズの方でも想定内。寧ろ相手に回避してもらう事を狙っていた彼は、回避行動の直後で体勢が崩れているバケナマズの重そうな腹目掛けて金棒をフルスイングしてお見舞いした。

 

「オォッ!」

 

 振り下ろした際の勢いが完全に死ぬ前に振るわれた金棒は吸い込まれるようにバケナマズのどてっ腹へと向かっていく。まだ体勢を崩しているバケナマズにこれを回避するだけの余裕は無かった。

 

 だがあと少しで金棒が命中するかに思われたその時、鞭の様にしなやかに動いたバケナマズの髭がサンズの振るった金棒を弾き返した。手に感じる重い手応えに、サンズは仮面の下で顔を顰めた。

 

「ッ! チィ……」

『ぐぶぶっ! その程度か御伽装士?』

「フン……そう言うお前は見た目ほど大した事ねえな。デカいのは腹と口だけか?」

 

 言いながらサンズは何と金棒を手放した。折角の武器を自ら棄てる愚行とも取れるサンズの行動に、バケナマズは彼を侮る様に目を細めて髭を波打たせた。

 

『ぐぶぶぶぶっ! 愚かなり御伽装士。儂に有効打を与えられぬからと言って武器を捨てるなど、貴様の未熟さが手に取るように分かるわ!』

 

 嘲笑と共に放たれた挑発にサンズは血管がピキリと軋むのを感じた。だが相手の動きを警戒しながら振り返り、電柱の下で眠る様に気を失った明菜の姿を見て心を落ち着けると、首筋の凝りを解す様に首を回して両手の拳をぶつけ合わせた。

 

「そう思いたいんなら勝手に思ってな。どの道結果は変わらねえ」

 

 そう言って拳を握り構えたサンズは、そのまま無手で相手に向けて殴り掛かる。勢いに任せたような殴打を大人しく受けるバケナマズではなく、先程笏棍を弾いた時の様に自慢の髭を使って迫るサンズを迎え撃つ。風を切る音と共に放たれた髭の一撃を、サンズは片腕を振るう事で弾こうとした。

 

 だが腕と髭がぶつかり合った瞬間、サンズは骨にまで響くほどの衝撃に喉元に出掛かった悲鳴を噛み殺した。

 

「ぐっ!?」

『どうだ、我が髭による一撃は? ただの髭と思ったら大間違いだぞ』

 

 文字通り、骨の髄にまで響くほどの衝撃はサンズの片腕から一時的に感覚を奪った。腕が言う事を聞かなくなり、このままでは自分が嬲り殺しにあうと察して一気に後ろに飛び退いた。お陰でバケナマズが続けて振るった髭による一撃は辛うじて回避する事ができた。

 

「くそ、面倒な髭だな」

「ナマズの髭ってのは地震を起こす要因だからね。アイツの髭もそれに準ずる能力を持ってるのかも」

 

 片腕をだらりと下げたサンズを心配しつつ、晴司は冷静にバケナマズの能力を分析した。要するにバケナマズの能力は髭で相手に振動を叩き込むというものなのだ。振動だから、純粋な硬さでは防ぐ事ができない。

 古来よりナマズは地震の原因と言われてきた。それはナマズが地震の直前に激しく暴れる事からその様な逸話が生まれた訳だが、長年の伝承が言霊となってバケナマズに宿り厄介な能力を発現させていたのである。

 

 普通に戦えば危険極まりない能力。ましてや明菜を狙うという事は、奴はその能力を自ら強化して更なる厄災へとなろうとしている事が伺えた。それこそ天変地異にも匹敵するほどの大災害を引き起こしたりすれば、多数の命が失われ、穢れが蔓延し更に化神が増えたり強化されたりしかねない。

 

 だが逆を言えばそこが付け入る隙でもあった。現時点でバケナマズは、明菜の霊力を奪わなければそれだけの力は発揮できないのだ。

 

「能力なんて関係ねえ。こいつはここでさっさと倒す」

 

 そうと分かればサンズの判断は早かった。今この場でバケナマズを始末すべく、彼は本気で戦うべく新たな退魔道具を取り出した。

 

「退魔道具、双犬の呼び笛」

 

 取り出した退魔道具は、これまで彼が取り出してきた物に比べるとかなり異彩を放っていた。何しろ彼が手に持っているのは、先程手にしていた金棒と比べて玩具としか思えない程度のサイズの笛だったからである。親指と人差し指で抓めば殆ど見えなくなる程度の大きさしかないその笛を、サンズは口元に持っていくと躊躇わず吹き鳴らした。

 

「来い、スヤマ、シバラ」

 

 サンズが笛を吹くと、甲高い笛の音が周囲に響き渡る。すると何処からか、鎧を着こんだ犬の様なものがサンズの両隣に並び立った。

 

 それは鎧を着た犬と言うよりは、犬の形をした鎧と言った方が適切だろうか。殆ど同じ見た目の鎧の犬2体であったが、顔をよく見ると少し違う。サンズの左隣に立つ鎧犬……スヤマは目がまるで双眼鏡の様になっている。一方サンズを挟んで反対側の鎧犬……シバラは、吻の部分がまるで砲口の様な筒状になっていた。

 

 サンズの両脇に付き従うように佇む2体の鎧の犬が牙を剥き、地面に爪をめり込ませて何時でもバケナマズに飛び掛かれるよう身構える。一気に敵が3つに増えた事に、流石のバケナマズも僅かに狼狽えた。

 

『ぐぶ……!』

「……行け」

 

 バケナマズが半歩後退ったのを見た瞬間、サンズは短い言葉と共に笛を吹いた。それを合図にスヤマとシバラはバケナマズに飛び掛かった。

 

「「グルァァァッ!」」

『うぉぉっ!?』

 

 素早い動きで2体の鎧の犬がバケナマズに飛び掛かる。鋭い牙の生えた口で食らい付き、前足の爪で粘液を滴らせる表皮に傷をつけていく。バケナマズも拳を振るい、髭を振り回して対抗するが四つ足のスヤマとシバラを捉える事は容易ではなく反撃は空振りしてばかりで2体の犬に掠りもしない。

 そこに更に追い打ちをかけるように肉薄したサンズが拳を叩き込む。デフォルトでナックルガードを装着したサンズの拳は一撃が相手の芯に響くほどの威力を持ち、スヤマとシバラの相手に夢中になっていたバケナマズは反応が遅れサンズの殴打をまともに喰らってしまった。

 

「オラァッ!」

『ぐぶぁぁっ!?』

 

 サンズの拳をまともに喰らったバケナマズは粘液を撒き散らしながら大きく吹き飛ばされ、地面に激突しその場で藻掻く。今が好機とサンズは追撃しようと一歩前に踏み出そうとするが、そこで足が動かなくなっている事に気付いた。

 

「あっ?」

「ッ!? 英樹、足元ッ!」

 

 何が起きているかは晴司の場所からよく見る事ができた。先程殴り飛ばした際バケナマズから大量に飛び散った粘液、それがサンズの足を地面に貼り付けているのだ。いや、足だけではない。飛び散った粘液がサンズの体のあちこちに付着し、固まって身動きを封じていた。

 

「なっ!? く、こいつは……」

『ぐぶぶぶ……油断したな、御伽装士?』

 

 あっという間に固まった粘液で動けなくなったサンズに対し、バケナマズは傷付いた体をふら付かせながら立ち上がった。不意打ちでサンズの動きを封じる事には成功したようだが、バケナマズ自身もサンズの攻撃を前に無傷とはいかなかったのだ。そして、絶好の好機ではあるがバケナマズにもこれ以上の戦闘を続ける余裕も、理由も今は無かった。

 

『ぐぶぶ……本当ならここでお前を始末して、あの小娘を手に入れたいところではあるが……そう簡単に行きそうにはないな』

 

 サンズが呼び出した2体の鎧の犬は未だ健在だ。口は粘液で固められている為噛み付きは封じられてしまったが、前足の爪はまだ使う事ができる。それに何より、明菜を守る為後方で待機している晴司も札や針を取り出し臨戦態勢を取っている。正直化神相手にたかが人間が何が出来ると侮るバケナマズではあったが、ここで功を焦っては足元を掬われるかもしれない。意外と狡猾なバケナマズは、欲をかいて無理に攻撃を仕掛けるような事はせずこの場は体勢を立て直す為にも撤退する事を選んだ。

 

『今日はここまでにしておいてやる。だがその娘、いずれ必ず儂が頂くぞ』

「逃がすと思って……くっ!?」

 

 このまま逃がせば再びバケナマズが明菜を狙って襲い掛かってくる。彼女を守るべくこの場でバケナマズを仕留めたいサンズであったが、手足が粘液で固められ満足に動く事ができない。これでは犬笛で鎧犬達に指示を出す事も出来ず、彼に出来ることは逃げていくバケナマズを見送る事だけであった。

 

『ぐぶぶぶ……では、さらばだ』

「待ちやがれ、チクショウッ!?」

 

 サンズの叫びも空しく、バケナマズは赤黒い空の下で闇の中に消えるように姿を消すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まんまとサンズから逃れたバケナマズであったが、それでも彼との戦いはギリギリな部分は間違いなく存在した。特に彼が双犬の呼び笛で2体の鎧犬を呼び出して以降は、その連携も相まって一歩間違えればあのまま倒されていても不思議ではなかった。バケナマズの粘液を固める能力があって何とか切り抜ける事ができたと言っても過言ではない。

 

 仮のアジトである廃神社へと逃げ帰ったバケナマズは、出迎えてきた一成は主君と定めた化神の傷付いた姿に驚愕した。

 

「お帰りなさいませ、ッ!? ば、バケナマズ様ッ!? この傷は、もしや件の御伽装士に……?」

『ぐぶ、うむ。少し様子見程度のつもりであったが、予想以上だった。判断が遅れていれば、危うかったかもしれん』

 

 傷付いた体を引き摺り拝殿の奥に腰掛けたバケナマズ。消耗したその姿に最初驚愕していた一成は、次いで激しい怒りをこの場に居ないサンズへと向け目を血走らせた。

 

「お、おのれ御伽装士ッ! バケナマズ様にこれ程の狼藉、ただで死ねると思うなッ!」

 

 そのまま勢いに任せて飛び出していこうとする一成であったが、近くに居た部下がそれを引き留めた。言うまでも無くバケナマズの力は一成をも超えている。そのバケナマズが傷付くような相手に、一成では相手にもなりはしない。

 

「落ち着いてください一成様ッ! バケナマズ様でも傷付き消耗するような奴です、行っても無駄死にするだけですッ!」

「だからと言ってこのままジッとしていられるかッ!」

 

 化神を信奉するあまり、物事を正しく認識できていない。狂信者としか言いようのない一成を、引き留めたのは他ならぬバケナマズの方であった。

 

『待て、奴は儂が直接手を下す』

「で、ですがバケナマズ様……」

『問題ない。先の戦いで分かった。確かにあ奴はそれなりに出来るようだが、儂の力が今より少しでも上回れば下す事は容易だ』

「おぉ、流石バケナマズ様ですッ!」

 

 飽く迄も様子見のつもりでサンズと戦ったバケナマズは、あの戦いで双方の戦力差を推し量っていた。そしてその結果、現状でも苦戦はしても決して倒せない相手ではないと言う結論に達したのだ。そしてそうであるならば、今より力を付ければサンズを圧倒出来ると言う自信を持っていた。

 

 そうとなれば話は早い。バケナマズは手っ取り早く力を付けるべく、生贄となる者を早々に欲した。

 

『そう言う訳だ。一成よ、儂に贄となる者共を連れてこい』

「そうおっしゃられると思って、もう用意してございます」

 

 こんな事もあろうかと、とでも言いたげに一成が恭しく首を垂れると、部下達に引き摺られるようにして数人の若者がバケナマズの前に連れてこられた。彼らはここを始めとして、近隣の廃神社や廃屋に肝試しや探検にやってきた学生や動画配信者である。物部党の連中はこの近くでそう言った人知れず若者がやってくるような場所に網を張り、足を踏み入れた愚かな若者を供物とすべく捕らえていたのだ。

 

 次々と連れてこられた若者達は皆一様に猿轡を噛まされ、手足を縛られて逃げられず騒ぐ事も出来ないようにさせられている。彼ら彼女らは訳も分からず引き摺られた挙句、バケナマズの前に連れてこられて恐怖に目を見開き逃げ出そうと必死に暴れた。

 

「んっ!? んんんんっ!?」

「むぐぅぅぅっ!?」

「もご、ぷはっ!? ば、化け物ッ!? いや、いやぁぁぁぁっ!?」

 

 連れてこられた者の中には女性の姿もあった。幸か不幸か、その女性の猿轡が緩んで外れてしまい、口が自由になった女性は助けを求めて必死に泣き叫んだ。だがそれは逆にバケナマズの気を引く事になってしまい、女性に目を付けたバケナマズは目を細めて舌なめずりをすると連れてこられた者の中から女性に手を伸ばし持ち上げた。

 

『ぐぶぶぶ! 活きが良いな。やはり供物となる者達はこうでなければ!』

「ひ、ひぃぃっ!?」

 

 バケナマズは持ち上げた女性を味見をするように長い舌で舐め回す。こう言った生贄にされる者達は大抵薬や呪術、酒で意識を朦朧とさせられロクな抵抗も出来ないようにさせられる場合が多かったが、バケナマズは寧ろ今から食す供物の活きの良さを味わいたいが故にそうした下拵えをさせなかった。それはつまり、これから犠牲になる者達は正気を保った状態で生きながらに食われると言う事になる。

 

『では、頂くとするか!』

 

 顔や地肌が剥き出しになっている部分を舐め回して堪能したバケナマズは、まるで果実の皮を向くように持ち上げた女性の衣服を引き裂き全裸にさせるとそのまま頭から一気に飲み込んだ。視界いっぱいに広がる昏い口の中からは血生臭い匂いが漂い、その中に押し込まれた女性は泣き叫び縛られた足を必死に暴れさせながら飲み込まれていった。

 

「ひぃぃっ!? いや、誰か助、助けてッ!? や、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?!?」

 

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」

「んぐっ!? んぐぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

 他の捕まった者達の目の前で女性が暴れながら飲み込まれていく。バケナマズの大きな口は女性一人を容易く丸呑みにしていき、バケナマズの腹の中からはくぐもった女性の悲鳴が少しの間響いて来た。腹の中で女性が暴れるからかバケナマズの腹もボコボコと内側から蠢いていたが、少ししてそれも収まり同時に女性の叫び声も聞こえなくなる。

 その光景に捕まった者達が恐怖と絶望に呼吸も忘れていると、バケナマズは一つ大きなゲップをすると次の哀れな犠牲者に目を向けた。

 

『う、っぷぅ……やはり女子は美味いな。さて、次は……お前にするか』

「んんっ!? んんんんんんんんっ!?」

 

 誰も来ることが無い廃神社の中で、哀れな犠牲者の悲鳴が響いては消えていく。その悍ましい宴は、夜が更ける迄続くのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方、バケナマズに逃げられたサンズは少し時間が掛かりながらも晴司により手足の粘液を除去され自由に動けるようになっていた。

 

「……よし、これで」

「すまねえ。だが……くそ、あの野郎……!」

 

 自由になれたサンズはそのまま変身を解くと、元の景色に戻った空を見上げ、バケナマズが逃げて行った方角を睨んだ。知らなかった事とは言えあんな風に動きを拘束されて、もしあの時バケナマズがそのまま明菜を手に入れようとすればかなり危ない所であった。

 

 悔しさと自責で奥歯を食い縛る英樹であったが、晴司は彼の肩に手を置き宥めつつまだ眠っている明菜に向け顎をしゃくった。

 

「気持ちは分かるけど、今は落ち着こう。それより、明菜ちゃんを運ぶ方が先決だ」

「……だな」

 

 落ち着きを取り戻した英樹は、電柱の下で薬によりまだ眠っている明菜を優しく抱き上げた。英樹が明菜の膝と背中を持ち上げて立ち上がると、彼に包まれたからか明菜の寝顔に笑みが微かに浮かぶ。割と派手に戦ったが、余波が明菜に届いた様子はなく目立った外傷が見られない事に英樹も安堵の溜め息をつく。

 

「俺はこのまま明菜を連れて帰るが、お前どうする?」

「俺は少しここに残るよ。アイツの痕跡、採取しといた方が後で役に立つでしょ?」

「悪い、頼めるか?」

「お安い御用さ。その代わり、今度俺もご相伴に預からせてよ」

 

 軽口を叩き合いながら晴司と別れた英樹は、明菜をお姫様抱っこしたまま街を歩いていく。暗天が解除された影響からか、夕方の帰路とは言え時折道行く人の姿が見えるようになる。そしてすれ違う人々は例外なく、仏頂面で明菜を抱きながら歩く英樹の姿に驚き怪訝な顔を向けた。だが肝心の英樹はその視線を全く気にした様子が無く、時折明菜を抱き直しながら歩いていく。

 

 そのまま暫く歩いていると、薬の効果が切れたのか揺れに反応して明菜が目を覚ました。

 

「ん、んん……」

「起きたか?」

「ひで、き…………ん? え!?」

 

 目覚めた当初は、頭がぼんやりしていたからかそのまま英樹の温もりに身を委ねようとする明菜であったが、違和感を感じたのか目を開き周囲を見渡したところで自分が彼に抱き上げられている事に気付いた。そして彼にお姫様抱っこされて運ばれている事に気付くと、恥ずかしさが一瞬襲って来たのか顔を赤くして暴れ始める。

 

「な、何であーし英樹に抱っこされてんの!?」

「おいおい、暴れんなって」

「いや、流石のあーしも、これは恥ずかしい……」

「普段抱き着いて来てるくせにか?」

「あ、あれとこれとは違うって言うか……てか、何でこんな状況になってるのか説明してもらってないし!」

 

 暗天が発生した直後に薬で眠らされたからか、前後の記憶が曖昧になっているらしい。英樹はこれ幸いと、明菜に適当なデタラメを吹き込んで誤魔化した。

 

「馬鹿が後ろから自転車で突っ込んできたんだよ。晴司が教えてくれたから轢かれずに済んだけど、避けた時に明菜だけバランスを崩して転んで頭打って気絶してた」

「え、そーだったっけ?」

「そうだった。まぁ気絶はしたが、特に傷もついてなかったし少しすれば目ぇ覚ますだろうからってんで、こうしてお前を家まで運んでる最中なんだよ」

 

 本当は頭を打って気絶したなんて事になれば、普通は外傷の有無に関わらず病院で検査を受けるのが最適解である。だがここで病院に行けば頭を打った形跡など一切ない事がバレてしまいそれはそれで誤魔化すのが面倒な事になるので、適当にお茶を濁して明菜を無理矢理納得させた。明菜自身まだ記憶が曖昧な事も手伝ってか、特に疑問を抱く事も無く流してくれた。

 

「あ~……そうだったんだ」

「だからこのまま家に運んでやる。もう少しだから大人しくしてろよ」

「ん、分かった」

 

 見渡せば確かに見慣れた街並みが広がっている。もうあと数分もしない内に――偽りとは言え――明菜の家族が待つ家に辿り着ける。そう思うと何だか少ない残り時間が惜しく思えて、明菜はこの機会に英樹に思いっきり甘えようと自分から彼の首に腕を回してお姫様抱っこを堪能した。

 

「えへへ~!」

「どした?」

「だってこんな機会滅多にないし」

「そうかよ」

 

 一周回って羞恥心が何処かへ行った明菜はここぞとばかりに英樹にべったりと甘えている。それが嘗ての家族を全て失った事の悲しみへの、無意識の内の裏返しであると気付いた英樹は彼女の心を安心させるようにより強く抱きしめて歩みを進めた。勿論、本人が満更でもないと言うのもあるだろうが…………

 

「ほれ、着いたぞ」

「えぇ~、もう? もうちょっとゆっくり歩いてくれても良かったのに」

「変な事言ってんじゃねえ。ほれ」

「ぶ~」

 

 英樹に抱きかかえられる至福の時間の終わりに明菜は不満そうにしながらも地面に降り立ち、鍵を使って玄関の扉を開ける。普段は明菜が玄関の門を通るのを見届けたら自分も楠家へと入っていく英樹であったが、今回ばかりは彼も明菜と共に山田家へと入っていった。

 

「あれ? 英樹ウチ来るの?」

「親父さんかお袋さんに事情説明した方が良いだろ」

「あ、そっか」

 

 話しながら明菜が扉を開けると、ちょうど玄関先の廊下に1人の少女が居た。歳の頃は14~15歳程度で、茶色がかった黒髪を首筋で切り揃え前髪をカチューシャで押さえている。英樹の妹である小町だ。小町の事も自分の妹と思い込んでいる明菜は、彼女に屈託のない笑みを向けた。

 

「あ、小町、ただいま~!」

「あ……お帰りアキ姉。お兄も一緒なんだ、珍しいね」

 

 幼馴染と言う関係はこういう時便利だ。家族ぐるみで付き合いがあれば、歳の近い者同士が気安い呼び名で呼んでも何の疑問も持たれない。小町の2人への呼び方は、明菜の家族が居なくなる前と全く同じである。

 だが両親に対しては話が違った。

 

「よ、小町。親父さんかお袋さんは居るか?」

 

 本当は英樹の両親であるのに、恰も別の家の人間であるかのように振る舞う英樹。その姿に小町は一瞬言葉に詰まるが、見習いとは言え彼女もまた御守衆に所属する御伽装士であった。故に、内心を必死に押し隠して表面上は平静を取り繕い話を進める。

 

「ッ……うん、お母さんが居るよ。呼んでこようか?」

「頼む。少し話があるんだ」

「分かった」

 

 小町がリビングの方へと向かっていくのを見届けた英樹は、これから先の話に明菜を巻き込まないようにする為彼女を部屋へと上がらせた。

 

「明菜は部屋上がってろよ。気ぃ失ってたお前じゃ話に入れねえだろ」

「え? でも悪いよ、そんな」

「気にすんなって。どうせ大した話じゃねえんだから」

「ん~、分かった。じゃ、また明日学校でね」

「あぁ」

 

 明菜は英樹に笑顔を向けながら手を振ると、靴を脱いで家に上がりそのまま階段を上っていった。明菜が立ち去り気配が遠ざかった頃合いを見計らってか、小町が2人の母親である律子を連れて戻ってきた。律子は階段の上の方を見て気配を探り、明菜が自室に入っていったのを確認すると声を少し潜めて英樹に話し掛けた。

 

「どうしたの? 何かあった?」

「あぁ。明菜がバケナマズに明確に狙われた」

「「ッ!」」

 

 英樹の言葉に律子も小町も息を飲んだ。何時かはこういう時が来るだろうと思っていたが、いざその時が来るとやはり緊張せずにはいられない。

 

「知られちゃったんだ……アキ姉の秘密」

「バケナマズ単体とは思えねえ。多分最近噂になってるっていう、物部党とかいう馬鹿共が関係してるんだと思う」

「そうね……5年前に明菜ちゃんの家族を襲った化神に与した人間、あれで全部だったと言う確信はないものね」

 

 今から5年前に起こった楠家への襲撃事件。あの時、明菜以外の楠家に関係する人々を全滅させた化神は、英樹と小町の両親が決死の抵抗をした上で、その時の戦いでサンズとなった英樹の奮闘、更には応援に駆けつけてくれた御伽装士の活躍もあり討伐された。更にその襲撃を手引きした人間に関しても、当時は全員捕縛できたと思われていた。だが捕縛した者達は一様に口を噤み、他に仲間がいるかどうかを白状する事は無かった。拷問をしてでも情報を吐かせる事も検討されたが、それを実行に移す前に捕縛された者達は全員自ら命を絶ってしまい何の情報を得る事も出来なかった。

 

 一応その後、何らかの関係者が居ないかと御守衆の方でも調査・捜索はされたのだが、結局何かしらの確たる関係者の存在を確認する事は出来なかったと言う経緯を持つ。故に英樹達も警戒はしていたのだが、遂にその時が来てしまったのだ。

 

 英樹の話が終わると、小町が鉛を飲み込んだような顔をしながら重苦しそうに口を開いた。

 

「ゴメン……私がもっと早くに一人前になれてれば、一緒にアキ姉を守れたのに」

「気にすんな。俺と晴司で何とかなってる。お前は焦らず修行に励んでろ」

「そうよ小町。そんなに焦っても仕方が無いわ」

 

 自分の力の無さに口惜しさを感じる小町。彼女も御伽装士ではあるが、まだ見習い程度であり本格的な実戦に出た事はない。英樹が人知れず戦っているのを見ているしか出来ない状況に悔しさを感じずにはいられなかったのだ。だが英樹と律子はそんな彼女を責めず、宥めて落ち着かせようとした。

 

 すると自室で制服から着替えたのか、明菜が階段を下りてやってきた。

 

「あれ? 英樹まだ居たんだ?」

「ん? あぁ、少し話し込んでただけだ」

「ゴメンね英樹君。おばさん久し振りだからつい話が長くなっちゃって」

 

 明菜が居ると言う事で、英樹と律子は即座に家族ぐるみの知り合いの仮面を被って接し始めた。変わり身の早さに明菜は違和感を感じる事無く、何て事は無いようにふ~んと声を上げるに留めると汗を流すべく風呂場へと向かっていった。彼女が脱衣所へと入っていき扉を閉めると、英樹もこれ以上話す事はないのか山田家を出て楠家へと入っていった。

 

 英樹が玄関を出て隣の楠家への門を通っていく。それを彼の後を追って外に出た小町が寂しそうに見送っていると、落ち込んだように下がった小さな肩を律子が優しく抱いた。

 

「小町……」

「ねぇ、お母さん……何時までこんな事が続くの?」

「ん……」

 

 小町は苦しかった。偽りの家族を演じ続け、本当の家族が一つになれない事に。明菜が御守衆や化神の事も全てを記憶から消し、英樹と自分の立場を入れ替えている事は分かっている。そうしなければ5年前に明菜は悲しみに押し潰されて最悪壊れてしまっていたかもしれない。それを避ける事ができたのは小町としても良かったとは思う。

 

 だがこの偽りの関係も何時までも続けられるようなものではない。きっと何時か、明菜は真実と向き合わなければならない時が来る。成り行きに任せて時が流れるのを待ち、いざその時が来た時に取り返しがつかない事になっていたらどうするのかと小町は母に問い掛けずにはいられなかった。何より、小町自身が家族であるにも拘らず他人として英樹と接しなければならない事と、偽りに気付けず笑っている明菜の姿を見ていられなかったのだ。

 

「アキ姉を守る為にこうしなくちゃいけないのは分かるよ? でも、こんなの……お兄もアキ姉も可哀想だよ……私、お兄とちゃんとした兄妹に戻りたい……!」

 

 気付けば小町の目からは涙が零れ落ちていた。律子は我が子にこんな苦しみを耐えさせなければいけない事に、自分自身への不甲斐無さを感じながらも心を鬼にして小町を宥めざるを得なかった。

 

「ゴメンね、小町。でも今は耐えてちょうだい。英樹も、皆も頑張ってるんだから」

 

 何と情けない言葉だろう。律子はこんな陳腐な事しか言う事ができない自分に嫌気がするが、これ以外に言える言葉が無いのでそれに耐えて只管小町の涙を受け止めた。日が沈み暗くなった玄関先に、小町のすすり泣く声が響く。

 

 我が子の泣き声に胸を痛めながら、律子は1人静かな家の中で夜を明かす息子を想い目に浮かびそうになる涙を必死に堪えるのであった。




ここまで読んでいただきありがとうございました!

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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