仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~ 作:黒井福
結局ゲツエイにはまたしても逃げられ、化神の討伐は出来た物のスッキリしない終わりを迎えた健はとりあえず帰宅し、父であり御守衆と言う組織においては上司でもある晃に事の次第を報告した。
その際、紫の事も勿論話した。現状、逸れ御伽装士ゲツエイの唯一の関係者。彼女の事が分かれば、ゲツエイに何か近付くことは可能な筈だった。
だが健の口から紫の事を聞いた晃は、顎に手を当て深く考え込んだ。
「河南、紫……その逸れ御伽装士と行動を共にしていると思しき人物がそう名乗ったのか?」
「うん。行動を共にしてるって言うか、逸れ御伽装士の人とは師弟関係にあるみたい。御伽装士の子が師匠って言ってたから」
「ふぅむ……河南、紫……か」
「お父さん、何か知ってるの?」
「ん? あぁ……まぁ、な」
何処か歯切れの悪い父の様子に、健が首を傾げて見つめていると晃は観念したように口を開いた。
「その河南 紫と言う人物は俺も聞いた事がある」
「そうなの?」
「と言っても、直接会った事がある訳じゃない。名前を聞いた事があるってだけだ」
それでも健は知りたかった。正確には紫の事が知りたいのではなく、紫と行動を共にしているゲツエイの事が知りたいのだが……
「その河南 紫と言うのはな……御守衆の人間なんだよ」
「御守衆の?」
「そう。それもそれなりに腕の立つ御伽装士だったらしくてな。直接会った事はないが、噂は何度か聞いた事があった。ただ…………」
「ただ、何?」
突然煮え切らない様子になる晃に、健が首を傾げた。
息子に見つめられ、晃は意を決して口を開いた。
「……いいか? 落ち着いてよく聞け?」
「う、うん……?」
「河南 紫に関しては腕の立つ御伽装士として色々と噂があったんだが、何年も前に化神討伐中に殉職した筈なんだ」
「えぇっ!?」
晃から告げられたまさかの言葉に、健は思わず絶句した。健が出会った少女は確かに紫と名乗っていた。にも拘らず、その紫は過去に死んだとされている人物だったと言うのだ。
それをいきなり聞かされて、混乱するなと言うのが無理がある。
だがこんなのはまだ序の口。健が本当に言葉を失うのは、晃が次に口にした言葉を聞いてからだった。
「それと河南 紫の年齢なんだがな……存命とされていた時点で結構な高齢だったらしい。当時の時点で大体……もう70から80はいってたって噂されてたな」
「そんなまさか――!? 僕が見た時、紫って人は僕と同じくらい……いやもしかしたらもっと幼かったように見えたよ?」
思い返せば、フードを目深に被っていたので顔も満足に見れなかったが、それでも背丈や声の感じ、僅かに見える肌は若々しく見えた。身長に至っては、黄泉と同じか少し低いようにも見えたほどだ。
そんな相手が、70歳以上の老婆などとはとても思えない。第一、晃の言う紫は既に死んだ筈の人物。その人物と先程見た少女が同一人物とはとても思えなかった。
「それ本当に僕が見たのと同じ人?」
「ん~、もしかすると名前だけ同じの別人と言う可能性もあるな。名乗るだけなら自由だし」
可能性としてはそれが一番高いか。襲名という事で、最初の紫の死後に別の人物が新たな紫を名乗ったと言う可能性はある。
だが現時点ではそれも可能性の一つに過ぎない。
結局、本人に問い質す以外に道はないだろう。
だがその為には一つ、大きな壁がある。
力だ。本人かどうかは別として、紫は生身でソウテンに変身した健を圧倒した。どんな絡繰りを使っているのかは知らないが、とにかく今のままでは健の力不足は否めない。
「お父さん、頼みがあるんだ」
「うん?」
「僕を、今一度鍛え直してほしいんだ!」
健は、御伽装士として特別突出した実力を持っている訳ではない。ソウテンは確かに素早く、本気を出せば何者にも捉えられることなく戦う事もできる。
だが、それだけだ。素早さで翻弄できる相手であればいいが、そうではない場合簡単に対抗される。特に健自身が不意打ちをされたり、自慢の速度に追いつかれたりしようものなら手の施しようが無くなる。
ではどうすればいいかと言えば、健自身が力を付ける以外に道はない。
必死に頭を下げる我が子に、晃も決意を胸に秘めた顔で頷き健の頭を撫でた。
「いいだろう。暇を見つけて、また鍛えてやる。今度は前よりも厳しくいくから覚悟しろよ?」
「望むところだよ!」
互いに笑い合う健と晃。内容は少々物騒だが、それでも成長を望む我が子とそれを見守り手助けする父親と言う仲睦まじい家族の光景が繰り広げられていた。
「修行も良いけれど……もうご飯の時間だって事、忘れてないわよね2人とも?」
そこに水を差すのは、健の母で晃の妻である裕子だった。
時刻は夕飯。帰って来て早々、健は先程の事を晃に報告しなければならないという事で裕子は1人夕飯の支度をしていたのだ。
そのこと自体には別に文句はない。昔は御伽装士として活躍していた晃は、現役引退した今でも健の上司と言う立場に就き御守衆に報告したり指示を受ける立場だ。それ故に、思う様に家事に参加できないという事もザラにある。
御伽装士である健など言わずもがな、だ。
裕子が許せないのは、2人が夕飯の事等そっちのけで修行に向かってしまいそうだったこと。流石にそれは許せないと、裕子は2人を宥めたのである。
有無を言わさぬ圧を出す母に、健は父と顔を合わせ揃って肩を竦めた。
如何に御伽装士と言えども、家庭と言う空間の中では母には勝てないのだ。
***
「――――そう言えば、今更ですけど良かったんですか?」
所変わってここは黄泉と紫が仮の拠点としているアパートの一室。その台所で、黄泉はキャベツを千切りにしながら隣で味噌汁の鍋をかき混ぜている紫に問い掛けた。
「何がじゃ?」
「あの御伽装士、ソウテンに名前を言っちゃった事ですよ。これから先、動き辛くなったりしませんか?」
黄泉からの問い掛けに、紫は味噌汁の鍋に蓋をしてトンカツを揚げる作業に移りながら答えた。
「あぁ、その事か。構わん構わん。何せ御守衆ではワシは既に死んだ事になっておる。何よりあの頃とは容姿が全く異なるのじゃ。連中は精々、名を受け継いだ別人としか思わんじゃろうよ」
カラリと揚がったトンカツを網の上に乗せる紫の姿は、一見するとごく普通の少女にしか見えない。
だがその実、紫は黄泉など比べ物にならないほどの高齢だった。紫は呪術にも精通しており、それを戦闘などに役立てているのだ。
この容姿も呪術によるもので、嘗て御守衆に所属していた時は歳の割に若く見える程度だったのが今は完全に外見と年齢が結びつかないほどの少女の姿となっていた。
(つまり師匠って、とんでもなく若作りしてるお婆ちゃんって事なのよね)
「今なんぞ失礼な事を考えなかったか?」
「い、いいえッ!? べ、別にッ!?」
「ま、何を考えたかの想像はつくがの」
トンカツを揚げている鍋を見ながらホホホッ、と笑う紫の姿に黄泉は身震いした。流石年の功と言うべきか、紫は勘が鋭い。迂闊な事を口にするのは勿論、考えるだけでアウトとは。
「そう言う訳じゃから、別に名を知られた所で痛手はないわい」
「でも師匠が呪術に精通してるって事が知られたら……」
「その時はその時じゃて。別にワシの生存がバレたからと言って、何かできる訳でもあるまいよ」
そんな事を話していると、この日の夕飯が出来た。今夜の2人の夕食はトンカツだ。
「「いただきます」」
黄泉は山盛りのキャベツの千切りにこれまた山盛りの白米、そしてドッサリと皿の上に乗ったトンカツを次々と平らげていく。
その様子を、紫は一般的な量を食べながら眺めていた。より具体的には、食べている黄泉の左目の包帯部分をだ。
「ふむ……今宵は大人しいようじゃの」
「んぐ?」
「左目じゃ。今宵は昨夜程暴れてはおらぬの」
言われて黄泉は、左手に持っていた茶碗を置き左目の部分に触れた。指先に感じるのは乾いた包帯の感触。紫の言う通り、今日は痛みもないし血も滲んではいない。
「今日はジュウケツを使わなかったからじゃないですか?」
「危うく使う寸前だったがの」
「うぐぅ……」
「全く……この事に関してはソウテンにも感謝じゃな。愛弟子よ、その力は諸刃の剣であると今一度心得るのじゃ。その力、みだりに使ってはお主の心と体を壊しかねん」
ぐぅの音も出ないと言った様子の黄泉に、紫はそれ以上の小言を言うのを止め食事に専念した。気付けば味噌汁がすっかり冷めてしまっていた。
何も言わなくなった紫に合わせる様に、黄泉は目の前の夕飯を食べ進めるのだった。先程と何も変わらない筈なのに、舌が味に対して鈍感になった様な感じがした。
***
翌日、健は学校で勉学に励んでいた。未だゲツエイに対する悩みは晴れないどころか、新たに紫までもが現れ状況はややこしくなってくる。
だが先日に比べれば幾分かマシだった。今の健は心に多少なりとも余裕を取り戻し、授業をまともに受ける元気すらあった。
そんな健に、1人の男子学生が声を掛けて来た。
「なぁなぁ、日向!」
「ん? 何?」
「昨日お前、なんか女の子とデートしてたみたいじゃないか。誰なんだよ?」
問われて健はギクリと肩を震わせる。デートと言うのは間違いなく、黄泉とバーガーショップに入ったところの事だろう。思えばあそこは学校帰りの生徒がよく通る。見られていたとしても不思議はない。
「えっと……あの子はね……何と言うか、その……」
これが同じ高校の生徒であれば、恥ずかしい云々は別にして説明は容易だ。だが黄泉はこの高校の生徒ではない。こうなるとちょいと説明が難しくなる。
何よりも町の外からやって来た女子とデートなど、話題にならない訳がない。
(デート……デートかぁ)
言われてみれば昨日の黄泉との一時は確かにデートと言えなくもない。そして黄泉とデートをしたと言う事実に気付いた瞬間、健は黄泉の事を今まで以上に意識せずにはいられなかった。
(皇さん……)
「お~い、日向? 聞いてるか~?」
「わわっ!?」
気付けば黄泉の事だけを考えていたところで、横から健の顔を男子生徒が覗き込んできた。いきなりドアップになった男子生徒の顔に健も驚き危うくひっくり返りそうになった。
「び、びっくりさせないでよ!?」
「いやでもいきなり顔赤くして黙ったりすれば心配するもんだと思うぞ?」
「う……」
御尤も。立場が逆なら健も相手を心配して顔を覗き込むだろう。
思わず言葉に詰まる健だったが、男子生徒はそれどころではなかった。何しろ健は件のデートの相手である女子生徒=黄泉の事を考えて顔を赤くしたのだ。それが意味するところに気付かないほど鈍感ではない。
「それにしてもまさか日向に彼女、それも他校の女子のが出来るとはなぁ」
「いや、別に彼女って訳じゃ――!?」
「えっ!? 日向君彼女出来たの!!」
「誰! どのクラスの子!!」
2人の会話を盗み聞きしていた女子生徒までが食らいつき、次第に騒ぎの輪は教室全体に拡がっていった。特に恋バナ好きの女子の騒ぎっぷりが凄まじく、騒ぎは教師がやって来るまで続く事となる。
それまでの間、健は多くの生徒達から黄泉との出会いやどこまで進んだのかを執拗に訊ねられたのだった。
***
その日の夕方、黄泉は1人夕日に照らされた町中を探索していた。
日が落ちてきたこの時間帯は、化神の活動が活発になる。日中に暴れる化神も当然居るが、比率としては日中より夕方から夜半の方がよく出る。化神狩りをするならこの時間帯に動く方が理にかなっていた。
1人夕日に照らされた町を歩く黄泉。進むのは商店街など人の多いところではなく、人気の少ないところだ。
(今のところ、化神の姿はない……か)
流石にそう簡単に見つかる事はないかと、黄泉は小さく肩を落とし軽く溜め息を吐く。化神を探すのは何気に神経を使う。それがなかなか見つからないとなると、肉体的にはともかく精神的には疲れてきた。黄泉は気分転換という訳ではないが、何気なく夕日に照らされた赤い空を眺めた。
その時不意に黄泉の脳裏に、健の顔が思い浮かんだ。そう言えばここ最近は、この時間に彼と会っていた事を思い出したのだ。
(日向君……か)
最初の出会いは、空腹のあまり倒れて動けなくなっていた時の事。彼は見ず知らずの自分を、何も言わず助けてくれた。
二度目の出会いはお互い元気だった時。不覚にもタイミング悪く空腹になってしまった時に出くわし、恥ずかしい思いをしてしまった。
今も彼の事を思い出すと、条件反射で腹が鳴ってしまいそうな気がして思わず腹を抑える。今は特に空腹でもないと言うのに。
「友達……で、良いんだよね」
お互い名乗り合い、笑いあったのだから友という認識で良い筈だ。そして健が友達だと意識すると、黄泉は心が温かくなるのを感じた。
何時以来だろう、こんな気持ちは。忌まわしい”あの日”以降、人との関わりを紫以外とは極力避けてきた所で突如現れた友と言う存在。それはまるで乾いた大地に水が浸み込むように黄泉の心の中に心地良く広がっていった。
思わずまた会いたくて堪らなくなる。
だが駄目だ。自分にそんな贅沢は許されない。そんな事に現を抜かしている暇はないし、何より健は黄泉の秘密を知らない。
黄泉はそっと、左目の包帯に触れる。彼はこの包帯の事を聞かないでくれた。それはありがたいが、同時に黄泉はこの包帯の下を健に見られてしまった時の事を考えると恐ろしくて仕方なかった。
包帯の下にある目を見た時、彼の優しい笑みが恐怖と嫌悪に染まり自分から離れていく様を想像しただけで恐ろしい。
恐ろしいのだが、久し振りの友と言う存在は誘蛾灯の様に黄泉の心を惹きつけて止まない。欲求と恐怖の板挟みに、黄泉は思わず溜め息を吐いた。
「はぁ…………ん?」
不意に黄泉の視界に、1人の少年がジャージ姿で走っているのが見えた。まだ遠目だが、自分と歳が近いように思える。
あれくらいの年齢の少年は化神に狙われやすい。黄泉はあの少年を囮に化神を誘き寄せようとして……先日のソウテンの事を思い出した。
――君も御伽装士として、化神から人を守る為に戦ってるんでしょ?――
「ッ!? 違う、私は……でも……」
黄泉が化神と戦うのは、彼女自身の化神に対する復讐の為。その為ならば他がどうなろうが知った事ではない。
その筈、なのだが……
「関係ない……関係ない――――!」
自分に言い聞かせ、黄泉は少年を追いかける。
ジョギングしていた少年は、空が暗くなってもまだ走っていた。随分と頑張るものだ。
だが流石に疲れてきたのか、近くに公園があるのを見つけるとベンチに座って首にかけているタオルで汗を拭った。春先の夜は冷えるとは言え、長時間走れば体は温まり汗も出る。
公園のベンチで一休みしている少年を、黄泉は暫し見つめていた。が、よくよく見るとその少年が誰なのか分かり黄泉は愕然とした。
「え、あれ……日向君――――!?」
化神を誘き出す囮にしようとしていた相手が健であると知って、黄泉は改めて自分が何をしていたのかを考え吐き気に近いものが込み上げてくるのを感じた。有り体に言ってしまえば、健だって化神とは無関係な人間。どうなろうと知った事ではない筈なのだ。
だが何故だろう。健を囮にしようとしていたと気付いた瞬間、黄泉は自分がとてつもなく汚い人間のように思えて激しい自己嫌悪に襲われた。
気付けば黄泉はその場から逃げ出し、当てもなく町の中を駆けまわっていた。何処に向かうかは考えない。とにかく今は、健から距離を取りたかった。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
一体どれだけ走っていたのだろうか。呼吸が苦しくなって足が満足に動かなくなるまで走った所で、漸く黄泉は足を止めた。
全身汗びっしょりで、春先の夜だと言うのに真夏の炎天下に居るような有様になってしまっている。
「はぁ……はぁ……私、何やってるの? ここ……何処?」
黄泉はこの町に来てまだ一週間も経っていない。町の全容を知る事等で来ていないし、半ば錯乱して走った所為で自分が今どこに居るのかもわからなくなってしまっていた。紫と隠れ家にしているアパートが何処にあるのかすら分からない。
本当は直ぐにでも覚えている限り元来た道を戻るべきなのだろうが、黄泉はその場から動く気になれなかった。それどころか、今は誰にも会いたくない。
その場で黄泉は両膝を抱え、顔を膝に埋め体を縮こませた。
(何これ……何なのこれ……私、どうしちゃったの?)
自分の目的は化神の抹殺、それだけの筈だ。その為になら、何を犠牲にする事も厭わない。そう誓ったはずだ。
だが現実には、黄泉は健を犠牲にしようとしたことに対し凄まじい自己嫌悪を覚えてしまっている。健だって、黄泉の事を側だけ知っているだけでその他大勢と何も変わらない筈なのにだ。
自分で自分が分からなくなり、塞ぎ込んでしまった。
だからだろうか。彼女は直ぐ傍まで近づいていた脅威に気付かなかった。
『ヒヒヒッ……』
「ッ!? 誰ッ!?」
突然聞こえてきた笑い声。黄泉は弾かれるように顔を上げ立ち上がるが、相手の姿は見えない。
周囲を警戒しながら怨面を取り出そうと懐に手を入れようとする黄泉だったが、それよりも早くに笑い声の主が黄泉に襲い掛かった。
『ウヒャハッ!』
「ッ!? ぐっ?!」
視界の端で何かが動いた。それを見た瞬間黄泉は変身よりも防御を優先して身構えるが、相手は防御毎黄泉の事を吹き飛ばしその先にあった街灯に叩き付けた。
「がぁっ?! ぐ、うぅ……」
『ヒャハハッ! こいつは幸運だぜ、こんな美味そうな人間のガキが手に入るなんてなぁ』
「ぅう、ぐっ!? く、そぉ……」
街灯に叩き付けられた衝撃で視界がグワングワンする中、黄泉はふらつきながらも立ち上がり相手を見た。
視線の先に居るのは、イボイボの皮膚にギョロリとした目、そして大きく裂けた口からは長い舌がチロリと伸びている。
現れた化神・バケカエルは、立ち上がった黄泉を見て大きな目を細めて裂けた口を三日月の様に歪めた。
『お? まだ立てるのか? 女のガキのくせに頑張るじゃねえか』
「なめ、るなぁ……私は、アンタ達化神を――!!」
健を囮にしようとしたのに気付いた事に精神を搔き乱され、バケカエルの接近に気付けず奇襲を喰らってしまった黄泉だが、まだ闘志は失っていない。もう一度懐に手を伸ばし怨面を取り出そうとしながらバケカエルの方に歩みを進めるが、出し抜けに伸びたバケカエルの舌が黄泉の腹を殴りつけ再び街灯に叩き付けられた。
「おごぇっ?! うぶ、げぇ……」
今度は諸に攻撃を喰らい、胃液を吐き出しながらズルズルと地面に腰を下ろしそのまま横に倒れる。
朦朧とする視界の中で、黄泉の目の前にバケカエルが近付いてきた。
『ん~? こいつ化神の事知ってるのか? まぁいい、久し振りの上等な人間だ。じっくり味合わせてもらおうか』
バケカエルが黄泉を持ち上げ、裂けた口を大きく開ける。頭から黄泉の事を喰らうつもりだ。
(チクショウ、こんな所で――!? チクショウ、チク……ショウ……)
薄れ行く意識の中、黄泉はバケカエルの口に運ばれ――――――――
「皇さん!!」
(日向……君?)
意識が途切れる寸前、黄泉は健の声を聞いたような気がして意識を手放した。
「止めろッ!!」
黄泉の頭がバケカエルの口の中に入ったところで、ギリギリ間に合った健が横からバケカエルを蹴り飛ばした。
『どわぁっ?!』
今正に黄泉を喰らおうとしていたバケカエルは、健の飛び蹴りに反応する事が出来ず蹴り飛ばされてしまう。その衝撃でバケカエルは黄泉を離してしまい、支えを失い地面に落下しそうになった黄泉を健はギリギリのところで受け止めた。
「皇さん、大丈夫? 皇さん!!」
健は受け止めた黄泉に必死に声を掛ける。最悪の事態を想定して顔色を悪くする健だったが、彼の声に反応して小さく呻く黄泉に安堵の溜め息を吐いた。
「生きてる、大丈夫だ。はぁ……良かった」
健がこの場に間に合ったのは偶然が全てではない。実は黄泉が逃げ出す寸前、健は黄泉の存在に気付いていた。一休みしている最中、黄泉が物陰から自分の事を見ているのに気付き首を傾げながら声を掛けようとした。だがそれよりも早くに、黄泉は彼から離れようと逃げ出した。
その様子が妙に鬼気迫っていたので、気になった健はその後を追うのだが全力で走る黄泉にはなかなか距離を詰められず遂には見失ってしまった。
ただならぬ黄泉の様子から胸騒ぎを感じた健は周囲を隈なく探し、漸く見つけられた時には黄泉が危うくバケカエルに食われる寸前だったのだ。
健はその光景を目にした瞬間、後先構わず駆け出しバケカエルを蹴り飛ばし、ギリギリのところで助けることに成功した。
もしあの公園で黄泉の存在に気付くことが出来なければ、彼女はバケカエルの餌食になっていたかもしれない。そう思うと健は体が芯から冷えるような気がした。だから、こうして助けることが出来て本当に安堵したのだ。
だが愉快ではないのがバケカエルの方。こちらは折角の食事を邪魔され、直前がご機嫌だった為反動で機嫌は最低限に悪くなっていた。
『テメェッ!? めちゃめちゃ良いところだったのを邪魔しやがって!!』
怒り心頭と言った様子のバケカエルだったが、怒りを抱いているのは健も同様だった。彼は普段誰にも見せないような、怒りに染まった顔でバケカエルを睨みつけながら黄泉をその場に寝かせつつ怨面を取り出した。
「僕は、お前を許さない。オン・マイタラ・ラン・ソウハ、変身!」
健はソウテンに変身し、鎌鼬の双剣を構えた。その姿に、バケカエルは先程までの怒りもどこへやら驚愕にただでさえ大きな目を見開く。
『な、何ぃ!? お前、御伽装士!?』
「御伽装士ソウテン、ここに見参! ハァッ!!」
変身したソウテンは、目にも留まらぬ速度で走りバケカエルに接近するとでっぷりと太った腹を一瞬で切り裂いた。丸々とした腹に二本の線が刻まれ、次の瞬間そこから血が噴き出した。
『うぎゃぁっ!?』
「まだまだぁ!!」
ソウテンはバケカエルの周りを素早く動き回りながら双剣で何度も切り刻む。まるで黄泉の痛みを万倍にして返してやると言わんばかりの気迫に、バケカエルも防戦一方であった。
『うぎ、ぐぐぐ――――!?』
「デヤァッ!!」
散々に全身を切り刻まれ、次第に動きが鈍ってきた所でソウテンはトドメと言わんばかりに正面から最大速度で近付き双剣を×の字に振るった。本来であれば彼もこの一撃で仕留めるつもりであった。
『させるかッ!!』
だがソウテンが剣を振るった瞬間、バケカエルは今まで温存していた脚力を解放し跳んでソウテンの一撃を回避した。
「あっ――――!」
突然飛び上がったバケカエルをソウテンが目で追うと、バケカエルはそのまま建物の屋上を飛び石の様に跳んで逃げようとしているところであった。
『今回は分が悪い。癪だがここは退かせてもらうぜ!』
あっという間に遠くへと逃げていくバケカエルだったが、ソウテンは逃がすつもりはない。このままバケカエルを逃がしては、そう遠くない内に別の誰かが犠牲になってしまう。今日この場で倒さなくては。
「退魔道具、穿空の弓矢!」
今からでは走っても追いつけない。それならばとソウテンは剣を捨てると、代わりに弓矢を取り出し矢を番えた。もうかなり遠くに離れてしまったバケカエルに、ソウテンは慌てず狙いを定め弦を引いた。
すると矢の先端に風が集まっていく。風は可視化できるほどに集まり、まるで鏃が伸びたかのように錯覚するほどにまでなった。
そこで狙う先のバケカエルが、一際大きく跳躍する。ソウテンが追ってきていないのを見て逃げ切れると思ったのだろう。調子に乗って大きく跳び、空中に先程までよりも長く滞空していた。
「そこだ! 退魔覆滅技法、風龍一矢!」
ソウテンが矢を番えていた右手を離した瞬間、矢は音を置き去りにして空中のバケカエルに向け飛んでいく。
光には劣るが、それでも音の壁を超えるほどの一矢。それは寸分違わずバケカエルの体の中心を穿ち、更に纏っていた風が解放されバケカエルの中で暴れ内側から切り裂いていく。
『なぁぁぁぁぁっ?!』
バケカエルは自分の身に何が起こったのかを理解する間もなく体を内側から弾け飛ばし爆散。そのまま風に乗って空へと消えていった。
見事バケカエルを打ち倒したソウテンは、構えていた弓をゆっくり下ろしながら静かに息を吐く。だが油断はしない。今この瞬間を狙ってくる化神が居ないとも限らないからだ。
果たして、追加の化神が現れることはなく、町の静かさが今日の戦いの終わりを告げてくれた。
ソウテンは怨面を外して変身を解くと、怨面を仕舞いながら寝かせた黄泉の元へと向かった。
「皇さん、大丈夫?」
「う、うぅ……」
黄泉を優しく抱き上げ声を掛けるが、黄泉は小さく呻き声を上げるだけで目覚める気配がない。一見したところ外傷は無いようだが、内臓や骨を傷付けられている可能性は否めない。
本来であれば病院に連れて行くところだが、彼女が化神に襲われた時の事を覚えている可能性を考えるとそれも躊躇われる。何も知らない(と健は思っている)彼女が怪物である化神に襲われた時の事を思い出した場合、最悪パニックを起こす可能性があった。その時、何も知らない病院の医者では対処が難しい。
それに比べ、健の家族であればその場合の心のケアも可能だった。勿論、怪我の治療も。
「大丈夫だよ。心配しないで」
健は黄泉をお姫様抱っこしたまま、その場を離れ家へと帰っていく。その最中、健に抱っこされた黄泉は振動かそれとも無意識になのか、頭を健の胸板に預け穏やかな寝息を立てていたのだった。
執筆の糧となりますので、感想その他宜しくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。