仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回は大ちゃんネオ様のビャクアスピンオフ・マイヤに絡んだ話が出てきます。
大ちゃんネオ様、ありがとうございました!


第4話:曲がり合う道

「ん……?」

 

 黄泉が目を覚ますと、そこは彼女が紫と共に仮の拠点にしているアパートではなかった。見覚えのない天井、見覚えのない室内。窓から見える景色もいつもと違う。心地良い温かさが体を包んでいるのは、彼女の体が布団に包まれているからだ。

 

「え? ここ、何処?」

 

 身に覚えのない室内で寝ている事に、黄泉は嫌でも意識が覚醒した。一番新しい記憶は、バケカエルに不意を突かれて街灯に二度叩き付けられ、そして食われそうになったところまでだ。

 

 自分はアレからどうなった? ここはあの世ではないだろうから、恐らく食われる直前で助かったのだろう。だが何故? 何故バケカエルは自分を食べずに放置したのか?

 

 黄泉が疑問を抱いたところで、部屋の扉が開いた。反射的に扉の方を見て、入ってきた人物に黄泉は驚き目を見開いた。

 

「あ、目が覚めたんだね。大丈夫?」

「ひ、日向君!?」

 

 部屋に入って来たのは健だった。黄泉はここで健が出てくるとは思っても見なかったので、驚き思わず体を起こそうとした。

 が、直ぐに腹部に鈍い痛みが走り、黄泉は痛みに顔を顰め痛む箇所を押さえながらゆっくりと再び横になった。

 

「うぐぅっ!? いつつ……」

「あ、大丈夫!? 落ち着いて、ここは僕の家だから」

「日向君の、家? 私、何で日向君の家に?」

「えっと……昨日、ここから少し離れた所で皇さんが倒れてるのを見つけたんだ。病院に連れて行こうかと思ったんだけど、ほら……皇さん、ちょっと訳ありみたいな感じで説明が大変そうだったからさ。少なくとも目が覚めるまでは待っておこうかなって」

 

 勿論これは嘘。本当は黄泉が昨夜化神に襲われた時の事を覚えていた場合、記憶操作を施す為に近くに連れてくる+治療の為につれてきたのである。

 

 しかし黄泉は健がソウテンという事を知らないので、彼女は彼女でソウテンがバケカエルと戦っている間に健が連れて来てくれたのだと思っていた。

 

「ねぇ、皇さんはあんなところで何してたの?」

 

 そして健の口から出てくる当然の疑問。素直に答える訳にはいかないが、さりとてあまり突拍子もない嘘では逆に怪しまれる。

 

 僅かな時間悩み、黄泉は口を開いた。

 

「ごめん、実は何があったかってのはあんまり覚えてないの。何で私が倒れてたのかとか、全然……」

「そっか――――!」

 

 何も覚えていないと言う黄泉の答えに、健はこっそりと喜んだ。これで彼女に記憶操作などの処置を施す必要は無くなった。

 

 言うまでもなく黄泉の答えもまた嘘ではあるのだが、健はその事を知る由もない。

 

「それより皇さん、体調はどう?」

「体調は……お腹が痛い以外は、大丈夫」

「お腹が空いたりはしてない?」

 

 言われてみれば、昨日は夕飯を食べずに化神に襲われ意識を失ってしまった。窓の外を見ると既に朝日が昇っており、一夜が過ぎた事を教えてくれた。

 となると当然、腹の中はすっからかんという事になる。

 

 次の瞬間案の定、黄泉の腹からは空腹を知らせる音が鳴り響いた。

 

「あぅ……」

 

 またしても彼に腹が鳴る音を聞かれてしまった。乙女として恥ずかしい音を聞かれてしまい、自分の腹の馬鹿正直さに羞恥で思わず死にたくなる。

 

 そんな黄泉の様子に健は微笑ましさを感じ、優しい笑みを浮かべながら立ち上がった。

 

「ちょっと待ってて。今ご飯持ってくるから」

 

 健が部屋から出ていくと、黄泉は大きく息を吐いて布団に倒れ込んだ。

 

 何はともあれ、これは安心しても良いだろう。自分が無事だったという事は、あの化神はソウテンが倒すか追い払うかしてくれたという事。癪だがそこは感謝するしかない。

 

 それにしても昨日は不覚だった。あの程度の化神、何時もであれば大して苦戦もしない相手の筈だ。だが昨日は心が乱れすぎて、不意を打たれて行動不能にまで追い込まれてしまった。

 こんなのが紫に知られたら、こっぴどく叱られるか物凄い嫌味を言われるかのどちらかだろう。

 

 と言うか、今頃紫は一夜経っても帰らない自分を心配して探している筈。なるべく早めに帰らなければ。

 

 そんな事を考えながら、何気なく懐を探る。

 

(結局変身できなかったな…………あれ?)

 

 無い。どれだけ探ってもない。普段怨面は懐に入れてあるのだが、懐は勿論服のどのポケットにも入っていなかった。

 

「え? 嘘、嘘――!?」

 

 黄泉の顔から血の気が引いた。怨面が無ければ変身できない。変身できなければ、もう化神と戦う事は出来なかった。

 

 黄泉は慌てて布団から出て、衣服を全部脱ぎひっくり返すがどれだけ探しても怨面は出てこない。正真正銘、失くしてしまっていた。

 

「嘘、でもどこに…………あ!」

 

 恐らく、昨日バケカエルに襲われた時に落としたのだ。取り出そうとした時に攻撃を受けた、あの時に懐から溺れ落ちたのだろう。

 

 という事は、黄泉の怨面は今もあそこに落ちているか、健が回収して何処かに置かれているかのどちらかだ。

 

 その時、健がお盆に土鍋を乗せて部屋に入って来た。

 

「お待たせ。とりあえずお腹に優しい御粥を……って!? 皇さん、何やって――――」

 

 部屋に入るなり、下着だけの姿となった黄泉の姿に健は赤面し土鍋を持ち上げて視界を遮る。だが今の瞬間に、彼の脳裏には抜群のプロポーションを惜しげもなく晒している黄泉の姿がばっちり刻まれてしまった。

 

 茹蛸の様に顔を真っ赤にする健だったが、黄泉はそんな事お構いなしに健に詰め寄り先や自分を助けた時一緒に怨面を見ていないか訊ねた。

 

「ねぇ日向君! 昨日私の傍にキーホルダーみたいな奴落ちてなかった!?」

「き、キーホルダー? いや、昨日は皇さんを移動させるので大変だったから、他に何があったかなんて知らないよ」

「そ、そぅ……」

 

 嘘をついている様子はない。という事は、健は正真正銘黄泉の怨面には気付かなかった事になる。

 

 これは由々しき事態だ。一体どうすれば――――

 

「何があったのか知らないけど、とりあえずちゃんと服着て!?」

「え? あ――――」

 

 悲鳴のような健の声に、黄泉は漸く自分の今の状態を認識し先程とは別の意味で顔を真っ赤にさせる。

 

「きゃあっ!?」

「こ、これとりあえず置いとくから!!」

 

 その場にしゃがんで布団で体を隠す黄泉に対して、健は土鍋を近くの机に置き部屋を飛び出した。1人部屋に残された黄泉は、顔を赤くしながらもいそいそと服を着直した。

 

「あ、あの! も……もう服着たから、大丈夫……」

 

 服を着た黄泉が扉の向こうに居るだろう健に声を掛けると、健は扉をそっと開け顔を半分だけだして部屋の中の様子を伺った。信じていないと言うよりは万に一つの間違いも犯さないようにと言う慎重さが伺えた。

 

「ほ、本当?」

「うん、ほら……」

 

 お互いに顔を赤くしながらも、黄泉は服を着ている事をアピール。そこで漸く健も安心したのか改めて部屋に入ると、腰を下ろした黄泉の隣に土鍋を持っていく。

 健が土鍋を開けると、中には出来立ての御粥が湯気を立てて入っていた。

 

「御粥、かぁ……」

 

 日本で体調を崩した時と言えばこれだろう。温かく食べやすい、風邪を引いた時などの胃腸が弱った時にはありがたい食事だ。

 

 ただ肝心の黄泉は少し不満そうである。胃腸に優しい食事ではあるが、その分味やボリュームにどうしても欠けてしまう。人より多く食べる彼女にとっては、不満を覚えずにはいられなかった。

 

 だがそこは健の方も織り込み済み。黄泉がただの御粥では満足しないだろう事は予想している為、彼女に少しでも満足してもらえるように独自のアレンジを加えていた。

 

「大丈夫。出汁を使って味は付けてあるし、細かく刻んではあるけどお肉とか野菜もたくさん入ってるから」

 

 話しながら健は土鍋からお椀に御粥をよそって、匙と共に黄泉に手渡した。お椀を渡された黄泉は、軽く匙に掬い口元に御粥を持っていく。

 するとその際、御粥から仄かに食欲をそそる香りが漂ってきた。

 

「あ――――」

「熱いから気を付けてね」

「う、うん……ふぅ、ふぅ……はふ」

 

 息を吹きかけて軽く冷まし、匙を口に運んだ。御粥はまだまだ熱く、口に入れた瞬間熱さで口をハフハフさせ熱を冷ますのに忙しかった。

 だがそれでも、御粥の意外なほどの美味さに黄泉は熱さに耐えながら嚥下して驚いた。

 

「あふ! はふ!……んく、はぁ! お、美味しい――!」

 

 そこからは次々と匙で御粥を掬っては口に運んでいった。元より腹が減っていた上に、程良い塩気と旨味が食欲を刺激し匙は止まることなく御粥を次々と黄泉の口に運んでいった。

 

「はふ! はひゅ! むぐ、んぐ。はぁ、あむ」

「落ち着いて。誰も取ったりしないからさ」

「んむ……ぷはぁ、お代わり!」

「はい」

 

 あっという間にお椀の中の御粥を食べ切った黄泉は即座にお代わりを要求する。それを予想していた健は、微笑みながら追加の御粥をよそい差し出した。

 黄泉は御粥を受け取った先からあっという間に平らげていき、土鍋の中の御粥は見る見るうちに減っていったのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、昨夜黄泉がバケカエルに襲われた現場には、紫が訪れていた。

 

 昨夜帰ってこなかった黄泉を心配してか、紫は朝からあちこちを探し回り、今こうして化神が出現した現場を見つけたのだ。

 

 そして紫は、そこでゲツエイの怨面を見つけた。

 

「ふむ…………」

 

 紫は音もなく落ちている怨面に近付き、キーホルダーサイズのそれを回収し見つめた。

 

 そこに、巡回中の警官が近付き声を掛けてきた。

 

「君、こんな時間にこんな所で何をしているんだい?」

 

 警官が近付いてくるのに気付いた紫は、怨面を咄嗟に懐に仕舞うと近付いてきた警官にキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「ん~? なぁに、お巡りさん?」

 

 その雰囲気は歳相応の少女そのもの。普段の紫を知る黄泉が見れば、ギャップの凄さに何とも言えない顔をしたことだろう。

 

「君、中学生か高校生だろう? 学校はどうしたんだ?」

 

 面倒な事になった。紫の外見は中学生から高校生の間にしてあるので、何も知らない者からすれば迷子や家出少女の様に見えなくもない。警察官としては放っておけないだろう。

 

 警察官としては当たり前なのだろうが、紫からすれば煩わしい事この上ない。思わず舌打ちしそうになったがそこは堪え、紫は飽く迄も見た目相応の少女の様に振る舞う。

 

「私今日はお休みなの。だから今は昼間のお散歩してるんだ~!」

「本当に? 一応親御さんに連絡取りたいから、連絡先とかを教えてくれるかな?」

「え~? しょうがないな~。じゃあお巡りさん、ちょっと耳貸して?」

 

 紫は努めて可愛らしい少女の様に警察官に手招きをすると、彼は何の疑問も抱かず紫に顔を近付け耳を向けた。

 目前に迫った警官の耳に、紫は可愛らしい唇をそっと近づけると――――

 

「――――身の程を弁えろ、下郎が」

「ッ!?」

「お主はワシの事を忘れよ」

 

 突然口調と雰囲気をガラリと変えた紫に驚く警官だったが、彼が何か行動を起こす前に紫が彼に術を施していた。次の瞬間、警官は心ここに在らずと言った様子で立ち上がると、夢遊病者の様に静かにその場を離れていく。

 

 その後ろ姿を見送った紫は、やや疲れた様に息を吐いた。

 

「やれやれ全く、我ながら童の真似が上手くなったもんじゃの」

 

 見知った相手と接する時はともかく、そうでない時は紫も見た目相応の仕草をするよう心掛けていた。その方が騒がれないからだ。元々腹芸は得意な方だったのでこの姿になった当初から真似事は上手かった方だが、今は自然と切り替えが出来るようになっている。

 

 そこで紫は不意に、この若返りの秘術『変若蓬莱(おちほうらい)の術』の本来の持ち主である赤い目の一族の事を思い出していた。紫がまだ御守衆に属していた頃、親交があった女性の一族だ。

 

「あの赤い目の女、今頃元気にしておるかのう?」

 

 思い出すのは自分と件の一族の女性の若かりし頃の姿。紫は今の物よりずっと大人びた姿で、相手の女性も長い黒髪を靡かせ特徴的な赤い目をしていたのを今でも思い出せる。

 

 懐かしい姿だ。尤もその女性――センは、今となっては立派な老婆であろう。この秘術、元々は若返る事が出来る時間に制限がある。紫はそれを独自に改良して永続的に若い姿を維持できるようにしているが、オリジナルはそうではないので普段は年齢通りの見た目の筈。

 

 ふと、紫は今の自分が彼女の前に姿を現したらどんな反応が見れるだろうかと想像して笑いが込み上げてきた。

 

「クヒヒッ……センの奴、今のワシを見たら腰抜かすんでないかのう? 彼奴は今は立派に婆じゃろうからなぁ。さぞ羨ましがるかもしれん」

 

 クスクスと笑いながら歩く紫だったが、彼女の事を道行く人は誰も気に留めない。呪術を使って存在を曖昧にしている為、人々の意識に捉えられないのだ。またさっきの様に警官や、余計な正義感などを振りかざす輩に絡まれては迷惑だし面倒だ。

 

 そのまま紫は人気のないところまで向かった。路地裏に入り、周りに人が居ない事を念入りに確認すると杖を取り出し地面を突いた。

 するとそこから一匹の狐が現れた。狐と言っても、シルエットだけで目などは一切ない。影の狐と言った方がしっくりくる。

 

 紫はその影狐に、ゲツエイの怨面を持たせた。

 

「行け。愛弟子にこれを渡してこい」

 

 影狐は紫の指示を受けると、目にも留まらぬ速さで影から影へ飛び移る様にしながら移動していく。

 それを見送った紫は影狐の後を追おうとした。影狐は怨面に残った黄泉の匂いを辿り、今彼女が居る場所に向かってくれる。

 

 そう思っていたのだが…………

 

「――――むっ?」

 

 不意に紫の視界に1人の男性の姿が映った。人の事を言えた義理ではないが、町中で僧侶と言う目立つ格好をした怪しい人物だ。僧侶と言うだけであれば珍しくとも怪しくは無いだろうが、その男は周囲に淀んだ雰囲気を纏っていた。明らかに堅気の人間ではない。

 

 あの気配、どことなく化神のそれに近いような気がする。紫は男に不信感を抱き、黄泉よりも男の正体を探る事を優先すべくそちらに向かった。黄泉は最悪影狐により怨面が届けられるので何とかなる。

 

 紫は路地裏から出て男の方へと向かう。流石に真っ直ぐ向かうような馬鹿な事はしない。男の視界から隠れる様に、大きく迂回しながらゆっくりと近づいていった。

 だが行き交う人の陰に隠れた、その僅かな時間で男は姿を消していた。

 

「あ――!」

 

 紫は即座に男が居た場所に向かうが、男は影も形もなくまた痕跡も見当たらない。まるで最初からそこには誰も居なかったかのようである。

 

「……チッ」

 

 あの男、かなり怪しかった。出来れば追跡したかったのだが、生憎とこういう事に使える影狐は今黄泉に怨面を届ける為に使ってしまった。黄泉と男、どちらを優先させるかで天秤に掛け、悩んだ末に紫は黄泉の方を優先させた。今の黄泉は丸腰だ。もし何かあったら事である。

 

 しかし紫はこの選択が正しいかどうかには自信を持つことが出来なかった。それだけあの男は異様に過ぎた。

 

「何もないと良いが……望み薄じゃろうな」

 

 漠然とした予感だが、これから先に何かが起こる。そんな事を確信しつつ、紫は改めて影狐の後を追うのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「はぁ~~、お腹いっぱい。ご馳走様でした」

 

 一方健の家では、黄泉が満足そうに腹を撫でていた。

 あれから黄泉は何度も御粥をお代わりし、土鍋の中を全て平らげただけでは足りず、健が追加で更に御粥を作る羽目になった。勿論健はその事で特に不満を抱くようなことはしない。寧ろ快く追加の御粥を作ったくらいだ。

 

 自分の作った料理で誰かが笑顔になってくれる。健にとってそれに勝る喜びはなかった。

 

「ところでさ、日向君?」

「ん? 何?」

「今更だけど大丈夫なの?」

「何が?」

「今日、平日でしょ? 学校とか大丈夫なのかなって」

 

 普通に黄泉と過ごしている健だが、この日は平日である。そしてその昼間という事は、健は絶賛学校をサボっているという事になる。黄泉はそれで大丈夫なのかと心配しているのだ。

 

「あぁ、その事なら大丈夫。今日は風邪引いて休んだって事になってるからさ」

「え、でも……」

「お父さんもお母さんもお店の事で忙しいし、皇さんこの町で知り合いって殆ど居ないんでしょ? それなら、面識のある僕が相手をした方が良いのかなって」

 

 これもまた嘘だ。殆ど見ず知らずの裕子達が相手をするより、見知った相手である健の方が化神に襲われた記憶で黄泉がパニックを起こした場合に宥めやすいだろうという判断である。

 勿論黄泉は化神に襲われた記憶程度でパニックを起こすような少女ではないのだが…………

 

「そ、そんな事で――――!」

「気にしないで。僕がしたくてしてる事だからさ」

 

 そう言うと健は空になった土鍋とお椀などを持って立ち上がった。

 

「それじゃ、僕はこれを片付けてくるから。皇さんはゆっくりしててよ」

「ちょ、ま――――」

 

 健は呼び止められるのも聞かず、部屋から出て行ってしまった。

 残された黄泉は、扉が閉められると上げかけた手を溜め息と共にゆっくりと下ろした。

 

「……はぁ、日向君って意外と思い切ったことするのね。出会ってそんなに経ってない相手にそこまでするかしら?」

 

 そう言いながらも、黄泉は悪い気はしなかった。誰かの為に頑張れる、健の優しさにあてられたのだ。生半可な優しさを持つだけでは、そこまでの事は出来ない。

 少なくとも黄泉はそう思う。

 

「お礼……ちゃんと言わないとね」

 

 健が出て行った扉を見つめながら黄泉がぼんやりと呟いたその時、何かが窓を叩く音が聞こえてきた。気になった黄泉がそちらを見ると、そこでは黒一色の狐が前足で窓をかいていた。

 

 それを見て黄泉は安堵の笑みを浮かべながら窓に近付いていった。

 

「師匠の使い魔! 来てくれたのね」

 

 喜びながらも未だ痛みを訴える腹に顔を顰めながら窓に近付き開けると、影狐は部屋に入り黄泉の足元に咥えていたゲツエイの怨面を置いた。

 それを見て黄泉は笑みと共に怨面を拾い上げた。

 

「私の怨面! 良かった、師匠見つけてくれたんだ…………。あっ、て事は師匠に怨面失くした事バレてるじゃん。うわぁ~……」

 

 これは帰ったら叱られるかもしれない。黄泉はこの後の事を考えて気分が重くなるのを感じ、だが大事な怨面が戻ってきてくれたことに安心せずにはいられなかった。

 

 とりあえずこれで最大の不安は取り除かれた。昨夜バケカエルに攻撃されて痛む腹も先程に比べて良くなった。何時でも帰る事は出来る。

 だがこのままさっさと帰るのは、黄泉のプライドが許さない。せめて健に何か恩返しの一つでもしてから帰りたかった。

 

 しかし影狐がここに来たという事は、紫にも黄泉の居場所は伝わっているという事になる。悔しいがあまり長居は出来そうにない。

 

『皇さん、入るよ?』

 

 などと考えていると、部屋の扉を健がノックしてきた。先程の事もあり、彼もそこら辺を注意するようになったのだ。

 

 扉の向こうから健の声が聞こえた瞬間、黄泉は怨面を懐に仕舞い影狐は黄泉の陰の中に隠れた。

 

「は、はい! どうぞ!」

 

 黄泉の声に健が部屋に入ると、彼は黄泉が窓の傍に立っている事に首を傾げた。

 

「あれ? 皇さん、もう大丈夫なの?」

「えぇ、もう痛みも殆ど無いし。そろそろお暇するわ」

 

 これ以上健に迷惑を掛けないように、そして紫からもあまり不信感を抱かれないように、黄泉はさっさと出ていこうとする。

 

 自分の横を通り過ぎようとする黄泉の手を、健は反射的に掴んで引き留めた。

 

「ま、待って!」

「ッ!? な、何?」

 

 手を掴まれ黄泉は一瞬動揺するが、努めて冷静さを装いつつ健に問い掛けた。

 問われた健は、自分がこんな大胆な行動に出れるとは思っていなかったのか自分で驚きつつその問いに答えた。

 

「えっと、その…………また、会えるよね?」

 

 伺う様な健からの問い掛けに、黄泉は心苦しさ半分ときめき半分になりながら答えた。

 

「う、うん。多分……ううん、きっとまた会えるわ」

「うん…………分かった」

 

 黄泉の答えに、健は何処となく安堵した様子を見せ手を離した。

 

「それじゃ、外まで送るよ」

 

 そのまま黄泉は健に案内されるように外に出た。

 

 去り際、黄泉は健の事を見ながら改めて感謝の言葉を口にした。

 

「今回は本当にありがとう。このお礼は必ずするわ」

「気にしなくていいのに……それじゃ、またね」

 

 健に見送られ、黄泉は日向食堂を後にする。

 

 離れていく黄泉の後ろ姿を、健は見えなくなるまで見送った。

 

 そうして黄泉と別れた後、健は暫く心ここに在らずと言った様子であった。

 

「皇さん……」

 

 自分の部屋でぼんやりとしていた健の口から時折黄泉の名前が出てくる。

 もう誰が見ても断言するくらい、健は黄泉に惚れてしまっていた。しかしその事を彼に指摘してくれる者は誰も居ない。

 

「……はぁ~……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、健は下校後に日課となっているジョギングに勤しんでいた。

 何時もであれば、下校後は店の手伝いをするのだが最近はそれを免除して体力作りなどに充てている。そうする様に晃から言い渡されたからだ。

 

『まずはもっと体力をつける事だ』

 

 健は前々から、自身の力が伸び悩んでいるのを感じていた。それでも化神討伐は出来ていたので、この前まではそんなに悩んでいなかったのだが、ここ数日で状況が変わって来た。

 

 逸れ御伽装士(ゲツエイ)、そしてその背後に居る紫。この2人と対峙した時、健は己の力不足を痛感せずにはいられなかった。特に紫相手には、油断と不意打ちがあったとは言え手も足も出なかった。生身の人間を相手にしてである。

 

 事ここに至り、健は自身のレベルアップの必要性を強く感じた。よって、父でありまた先代ソウテンでもある晃に今一度師事を願い出たのだ。

 その結果晃から言い渡されたのが、まずは体力作りである。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 流れる汗を拭いながら日の暮れた町を走る健。その脳裏には、先日の晃との会話が過っていた。

 

『いいか、健? ソウテンをお前に託しはしたが、お前はまだソウテンの力の全てを扱いこなせてはいない』

『どういう事?』

『ソウテンにはちょっと特殊な退魔道具があるんだが、こいつを扱いこなすには健はまだ未熟って事だ。まずは体力を作って、今以上に過酷な戦いに耐えられるようにしろ』

 

「――――って言われても、ふぅ、どういう事なんだろ……」

 

 疑問を抱きながら、健は走るのを止めない。晃から託された時、使える退魔道具は全部で三つだった。

 

 一つは穿空の弓矢、二つ目が鎌鼬の双剣、そして最近使ってない三つ目の『白虎の具足』だ。

 ソウテンを受け継いだ時、晃はこの三つしか教えてくれなかった。それは、当時の健ではまだその四つ目の退魔道具が扱いこなせないと分かっていたから敢えて教えなかったのだろう。

 

 分かりはするが、今の健はその事に対してモヤモヤを感じずにはいられなかった。未熟なのは事実だが、遠回しに弱いと言われていた事に気付いてしまったのだ。

 だがそれ以上に健は、弱い自分が許せないと思い始めていた。誰か何かを守るのに必要なのは、結局のところ力だ。それが無いと何も守れない。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 どれくらい走り続けていただろう。流石に息も上がって来たので、健は休憩をとその場で立ち止まり、近くにある自販機に近付いた。そしてポケットから小銭入れを取り出し、スポーツドリンクでも買って飲もうとする。

 

 だが健が小銭を取り出した瞬間、自販機の背後から黒い影が飛び出し襲い掛かって来た。

 

「え、わっ!?」

 

 ジョギングで息が上がっていたのもあり、健は飛び出してきた黒い影からの攻撃への反応が遅れ殴り飛ばされる。黒い影……化神・バケヒルは、体を不規則に揺らしながらゆっくりと近付いていく。

 

『ヒヒヒヒヒッ! 油断したな、御伽装士?』

「え? ぼ、僕が御伽装士だって、知ってるのか――!?」

『まぁな。”アイツ”が調べてくれたのさ。この町の御伽装士が誰なのかをな』

「アイツ?」

 

 この物言い、もしや化神とつるんでいる人間が居るという事か? それとも探知などに優れた化神が居て、結託しているという事だろうか?

 だがそんな事ありえるのかと健が疑問を抱きながら立ち上がろうとしたが、疲労と今し方のダメージで足が満足に動かない。足に渇を入れて立とうとしても、体が言う事を聞いてくれなかった。

 

(くそ、くそ!? 何でこんな事で、僕はこの町の御伽装士で、戦わなきゃいけないのに――!!)

 

 迫るバケヒルを前に、焦りを感じる健。

 

 その様子を、化神の気配を辿って近くにやって来た黄泉が目撃する。

 

「日向君!?」

 

 健が今正にバケヒルに襲われているのを見て、黄泉は頭に血が上りその場から飛び出し怨面を取り出した。

 

「オン・アリキャ・コン・ソワカ、変身!!」

 

 瘴気を放ちながら黄泉がゲツエイに変身すると、双眸を赤く光らせながら草薙の大太刀を取り出しバケヒルに斬りかかった。

 

「離れろぉぉぉっ!!」

『何ッ!? もう1人の御伽装士!?』

「君はッ!?」

 

 突然乱入してきたゲツエイに、バケヒルと健は驚きの声を上げる。

 ゲツエイは驚き動きを止めたバケヒルに大太刀を振るうが、ギリギリのところで回避されてしまう。

 

『うぉぉっ!! アブねぇ!?』

「チッ!」

 

 細身でありながらブヨブヨの見た目して、案外バケヒルは動きが素早い。と言うより、骨格のような物を感じさせない不規則な動きが狙いを狂わせる。

 だがゲツエイの攻撃の速度も負けてはいない。躱された直後に放った追撃は、バケヒルの片腕を切り飛ばした。

 

『うぎゃぁぁぁっ!?』

「貰った!!」

 

 腕を斬られた痛みで悲鳴を上げるバケヒル。このまま一気に勝負を掛けようとしたゲツエイだったが、その足が何かに掴まれた。

 

「えっ!?」

 

 見るとそこにあったのは、たった今切り落とした筈のバケヒルの片腕だった。よく見るとその切断面からは、血ではなく無数の小さなヒルが零れ落ちている。

 

 そこで気付いた。このバケヒルは単体ではなく、無数の小さなヒルの集合体であるという事に。

 

「こいつ――!!」

『今更気付いても、遅い!!』

「ぐぅっ!?」

 

 足を掴まれ一瞬動きを止めたゲツエイに、バケヒルの残った方の腕による攻撃が飛んできた。バケヒルは無数のヒルを繋げて、文字通り拳を遠くに飛ばしてきたのだ。

 

 ゲツエイはその攻撃に反応が遅れ、防御も間に合わず殴り飛ばされてしまう。

 

 殴り飛ばされて倒れたゲツエイを、健は心配して近付いていった。

 

「大丈夫!?」

「ッ! 来ちゃダメ!」

「うっ!?」

 

 近付いてきた健を、ゲツエイは思わず強く突き飛ばした。彼が近くに居ると巻き込んでしまうかもしれないからだ。

 

 その間にバケヒルは切り落とされた腕を合体させ元の姿に戻っていた。

 

『ヒヒヒッ! 分かったか? 俺に斬撃なんざ効かないって事が』

 

 バケヒルは既に勝ち誇った様子だ。ゲツエイの攻撃では自分を倒せないと思っているのだろう。

 

「さてそいつはどうかしらね?」

 

 立ち上がったゲツエイは、精神を集中させながら右手で持った大太刀の刀身に指を這わせる。

 これからやる技は、紫から教えられてはいたが今まで成功した事のない技。つまり、殆どぶっつけ本番に近い技だった。

 

(今までは上手くいかなかったけど、今回は失敗する訳にはいかない!!)

 

 今、自分の後ろには健が居る。ここで自分が勝たなくては、健にまで被害が及んでしまうとゲツエイは今までにない集中力を発揮していた。

 

 すると、指を這わせた刀身から炎が上がった。

 

「ッ! 出来た!」

『何ぃっ!?』

 

 ゲツエイは炎を纏った赤い大太刀を構えると、バケヒルに向けてその場から振り下ろした。

 

「退魔覆滅法、獄炎斬波!!」

 

 炎を纏った大太刀が振り下ろされると、炎の斬撃がバケヒルに向けて飛んでいく。回避は間に合わず、バケヒルは炎の斬撃を喰らってしまった。

 その瞬間、バケヒルの体は炎の巻かれ全身を焼き尽くされる。

 

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ?!』

 

 小さなヒルの集合体だろうと、全身を炎で焼かれては意味がない。体を構成する小さなヒルが次々と消し炭になり、炎が消えた時にはその場にはバケヒルだったものの燃え滓が残されていた。

 

「ふぅ~……」

 

 バケヒルを倒し、ゲツエイは安堵の溜め息を吐いた。これで健に迫っていた脅威は取り除けた。

 

 そのゲツエイを、健はジッと見ていた。

 

「あ……」

 

 健からの視線に気付き、ゲツエイは一瞬身構えた。先程は咄嗟の事とは言え突き飛ばしてしまったし、何より普通の人間からすればゲツエイも十分に異形だ。怪物扱い――それも健から――されないかと、思わず恐れずにはいられなかった。

 

 だが次に健の口から出てきた言葉は、ゲツエイにとって予想外の一言であった。

 

「ありがとう……助けてくれて」

「え、あ……うん」

 

 ありがとう……その一言を健に言われた瞬間、ゲツエイはそれまで感じていた不安が消え代わりに温かな気持ちが広がるのを感じた。今まで自分の復讐の為に戦い、化神を倒した時に感じるのとは違う心地のいい熱。

 

「ありがとう、か……ふふっ」

「出来れば、名前……教えてくれるかな?」

 

 一瞬健の言葉の意味が分からなかったが、直後に今はゲツエイに変身しているので黄泉だと言うことは分からない事に気付いた。

 正直に本名を口にしそうになったが、紫からもみだりに一般人に正体を明かしてはならないと言われていたのでゲツエイは思い留まり、代わりに御伽装士としての名を告げた。

 

「ゲツエイよ。私は、ゲツエイ」

「ゲツエイ……」

「それじゃあね、日向君」

 

 ゲツエイの名を心に刻むように呟く健に、彼女は軽く手を振ってその場を離れた。

 

 夜の闇に姿を消す様に離れていくゲツエイの姿はもう見えなくなってしまう。健はゲツエイが消えていった方を見送り、改めて心の中で感謝を口にした。

 

 そこで健はある事に気付いた。

 

「……あれ? そう言えばあの人、何で僕の名前を?」

 

 教えていなかった筈の自分の名前をゲツエイが知っていた事に首を傾げる。健はゲツエイの正体が黄泉とは知らないし、黄泉も健がソウテンであるとは知らないが故に当然の事であった。

 

 結局どれだけ考えても答えは出ず、だが逸れ御伽装士の名がゲツエイであると分かり健はその事の報告も兼ねて家へと帰っていった。

 

 一方その頃、黄泉は黄泉でうっかり健の名を呼んでしまった事に後で気付いて、自分の迂闊さに頭を抱えていたのだった。




という訳で第4話でした。

紫の若返りの秘術は源流は大ちゃんネオ様のマイヤに出てくる夜舞家にあります。紫はそれを自分なりにアレンジしたものを用いています。その辺に関しては大ちゃんネオ様と話がついております。

執筆の糧となりますので、感想や評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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