仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~   作:黒井福

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第5話:徐々に近づく心

 その日、健は教室で1人席についてぼんやりと虚空を見つめていた。

 

「はぁ~~…………」

 

 健がゲツエイに危ういところを助けられてから、丸々二日程が経っていた。その間、化神が騒動を起こす事もなく平和な日常を過ごせていた。

 

 だと言うのに、健の顔には拭いようのない憂いが浮かんでいた。口を開けば高確率で溜め息が零れ、何処を見ているのかも定かではない事もしばしば。

 

 そんな健に業を煮やしたのか、この日は溜め息を吐く健に1人の少年が声を掛けた。

 

「よ~ぅ、日向!」

「ッ! な、何? 戸田君?」

 

 健に声を掛けたのは、彼の友人の1人である戸田と言う少年だった。戸田は健と肩を組むと、何処か楽し気に笑みを浮かべながら単刀直入に問い掛けた。

 

「ぶっちゃけて聞くぞ? 日向お前、恋してるだろ?」

「ぅえっ!? なっ!?」

 

 いきなりド直球に問い掛けられ、健は言葉を詰まらせる。

 

 だが頭の中の冷静な部分は、今の戸田の言葉を正確に理解していた。

 

 恋をしているか否か……それを問われた場合、健は確かに恋をしていると言えた。もうここ最近は黄泉の事が頭から離れない。考えるのは今黄泉がどうしているか、次に会えるのは何時か、あったら何を話そうか等、とにかく読みの事ばかりを考えてばかり。当然授業にも身が入らず、珍しく先生に叱られることもしばしばあった。

 

 健は戸田からの質問に直接答えることはしなかったが、しかし直接答えずとも健が何を考えているかは手に取るように分かった。

 何しろ顔があり得ない位真っ赤なのだ。恋をしているかと問い掛けてこんな反応を返すのだから、答えを口にしているも同然である。

 

 初心な健の反応に、戸田は嬉しそうな声を上げた。

 

「いや~、まさか日向にも春が訪れるとはな。よし、ここは一つ俺が恋のイロハについて色々と教えてやる。だからその代わり件の女子の事とか出会いの事を詳しく――」

 

「おっと、そうはいかないわよ戸田君?」

 

「ッ!? あ、お前ら!?」

 

 健の恋路を手助けするのにかこつけて黄泉の事を聞き出そうとする戸田だったが、それを女子の声が遮った。

 何事かと2人がそちらを見ると、そこに居たのは3人の女子。それぞれ朝霧・真由坂・霧里と言う名の3人組で、基本3人で行動しているグループである。

 

「そんな面白そうな話、私達を除け者にしてもらっちゃ困るわね!」

「いや別に除け者にした訳じゃ……」

「言い訳無用! それで、日向君? 率直に聞くけど日向君はその女の子……あ、名前何て言うの?」

「え、っと……皇 黄泉さんだけど……」

 

 戸田を押し退けて詰め寄って来た3人の気迫に負け、健は思わず黄泉の名を教えてしまった。

 

「ふむふむ、皇さんね」

「何時日向君と会ったの?」

「ほんの数日前だよ。あれからちょくちょく会う機会があって……」

「何が切っ掛けで知り合ったの?」

「それは……ちょっと、皇さんの名誉の為にも非公開って事で」

 

 流石に黄泉にとって赤の他人である彼女らに、腹を空かせて行き倒れていたなんて知られる訳にはいかないだろう。それくらいの配慮は出来る。

 

 健と黄泉の馴れ初めの部分が知れない事には残念そうな顔をする3人と戸田だったが、気を取り直して朝霧が最初に聞こうとしていた事を再び訊ねた。

 

「それで、最初の質問に戻るけど……日向君ってぶっちゃけその皇さんってこの事どう思ってるの?」

「ど、どうって……」

「好きかどうか」

「それがはっきりしない事には次の行動を考えられないでしょ?」

「ま、日向の反応見てれば一目瞭然だと思うけどな」

 

 戸田を含む4人に見つめられながら、健は己の気持ちを向き合う。

 

 思えば健は誰に対しても優しく丁寧に接してきた。今までの人生で、彼にとっての大事な人とは両親以外に存在しなかった。

 だが今、その心の中を急速に黄泉が埋めつつあった。学校だろうが家だろうが、気付けば黄泉の事ばかりを考えている。

 

 それをどういう気持ちで表すのか? 健に考えられる答えは、一つだけであった。

 

「僕は……皇さんが、好き……何だと思う。うん、皇さんが……好きだ」

 

 改めて口にするとやはり恥ずかしいのか顔を赤くする健の姿に、女子3人は微笑ましさよりも男にあるまじき可愛さに思わず悶える。一方で、戸田は自分の心を向き合って気持ちを認識した健に素直に喜んだ。

 

「なら、やるべきことは1つだな」

「やるべき事?」

「告白だよ、こ・く・は・く」

 

 戸田の言葉の意味が一瞬理解できなかった健だが、脳が言葉の意味を理解すると頭を一瞬爆発させた。

 

「い、いやいやいや!! ちょちょちょ、待って!! ぼ、僕と皇さんまだ友達って段階だし、そもそも会ってから数日しか経ってないんだから流石に早過ぎるって――!?」

「そんな事ないわ日向君!」

「恋に遅いも早いもないの!」

「思い立ったが吉日! 早い者勝ち! 急がないと他の男に取られちゃうかもよ!」

 

 朝霧達の言葉に、思わずうぐっと呻く。彼女達の言い分も確かに一理あるからだ。こんな事をしている間に、別の男が黄泉を口説き落としている可能性も健には否定できなかった。

 

 黄泉を他の男に取られたくないのなら、出来る限り早くに行動しなければ――!

 

 だが健には具体的にどうすればいいのかが分からなかった。何しろ今まで女性と付き合った事等一度もないのだ。これまでの人生、異性の友達は居ても付き合った事等ない。店の手伝いと御伽装士の修行に仕事で忙しく、恋愛に現を抜かしている暇がなかったのだ。興味が無かったと言っても良い。

 

「でも、どうすれば……」

 

 悩む健だったが、そこはすかさず戸田がフォローしてくれた。

 

「ふっふっふっ……安心しろ。そんなお前に、俺からこいつをプレゼントしてやる」

 

 そう言って戸田が取り出したのは2枚のチケット。そのチケットに健は見覚えがあった。確か近所の商店街でやってる福引の景品の一つで、近くにある遊園地のペアチケットだった筈だ。

 実は健も買い物でもらった福引券で一度やっては見たのだが、結果は外れでポケットティッシュしか貰えなかったのは記憶に新しい。

 

「戸田君、これもしかして商店街の福引の?」

「あぁ。試しにやってみたら当たっちまってよ。でも連れていく相手が居ないってんで、それなら日向連れて遊びに行こうかと思ってたんだがちょうどいい。こいつでその皇さんってのを誘ってデートに行ってみろよ」

「でかしたわ戸田君!」

 

 戸田が取り出したチケットに、朝霧達はこれで健が黄泉をデートに誘えると沸き立った。ここで彼女らが喜ぶのは、あわよくば健と黄泉のデートを出羽亀しようと考えているからに他ならない。

 

 だが戸田の方は純粋に健を応援しての事であった。

 

「ま、頑張れよ」

「うん……ありがとう、戸田君――!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 所変わって、黄泉と紫が拠点としているアパート。

 

 彼女達は2人で生活しているので、家事も2人で分担するか共同で作業している。料理に関しては、最初の内こそ紫が全て取り仕切っていたが、次第に黄泉も手伝う様になり今では2人で肩を並べてキッチンに立つのが普通となっていた。

 

「はぁ~……」

 

 この日も黄泉と紫は揃ってキッチンに立っていたのだが、この日は何時もと様子が違った。黄泉がどこか上の空なのだ。

 今の今まで無視していた紫だが、これ以上は流石に無視しきる訳にもいかなくなったので横から声を掛けた。

 

「弟子よ、愛弟子よ?」

「……んぇ? あ、はい?」

 

 何度か声を掛けられて漸く黄泉は紫の声に答えた。どうしたのかと黄泉が紫の方を見ると、紫は黄泉がかき混ぜている鍋を指差して言った。

 

「噴き零れるぞ」

「え? うわぁっ!?」

 

 言われて気付き、黄泉が慌てて火を止めるがもう遅い。泡の様に噴き零れた味噌汁がコンロ周りを汚す。

 

「うわっちゃっちゃっちゃ~……」

 

 とりあえず味噌汁の鍋を別のコンロの上に移して、黄泉は汚れた部分をまだ熱を持つコンロに注意しながら拭いていく。

 そんな黄泉に、紫は追撃の様に心を乱す事を口にした。

 

「どうした、好いた男でも出来たのか?」

「ッ!! あ、いや……それは、その……」

 

 もうその反応だけで黄泉は全てを物語っていた。

 

 そう、黄泉もまた健に対して惚れてしまっていたのだ。

 

 最初はただ純粋に感謝の気持ちを抱いただけだった。だが二度三度と彼と顔を合わせ、その度に純粋な彼の笑顔を見る度に黄泉は自分の胸の中に抱いた健への情愛を自覚するようになっていく。

 そして先日、健が危うかったところを見た瞬間、黄泉は今まで化神に抱いていたのとは違う闘志を覚え戦った。更にはその後、健から感謝された事で胸の内に拡がった温かさ。

 

 ここまで来れば、黄泉もいい加減気付く。黄泉は健の事が好きだ。それも友としてではなく、1人の異性としてはっきりと意識していた。

 

 しかしその想いは紫にとって邪魔以外の何物でもないだろう。余計な足枷が増えるようなものだ。故に黄泉は今の今まで紫にも何も言わなかったのだが、秘密を隠し通せるほど紫は簡単な相手ではなかった。

 まぁ黄泉がこれ以上ないほど分かり易かったと言うのも理由ではあろうが…………

 

「図星かえ?」

「それは……あの……」

「ま、弟子の恋愛にとやかく口を出すほど野暮ではないつもりじゃよ」

「え?」

 

 この反応はちょっと意外だった。

 

 紫は化神を倒す為西へ東へと奔走する。黄泉はそれについて行く形となる為、必然的に特定の場所に長くはいられない。

 そんな中で無関係な者と仲を必要以上に深め、あまつさえ恋仲になろうものならどうなる事か。黄泉は心配していたが、しかし紫からの反応は思っていたほど悪い物ではない事に驚いた。

 

「じゃが、のぅ? 愛弟子よ。今一度問うが、その相手はお主の左目の事を知っておるのか?」

「ッ!? いえ……彼は、何も……」

「じゃろうな。ならば悪い事は言わん、早々に縁を切るが良い。それがお主の為じゃ」

 

 だが結局は別れを勧められた。理由は単純だ、黄泉が御伽装士の事は勿論、左目の秘密を明かしていないからである。

 

 嘗て化神により家族を失った矢先、黄泉はその下手人により左目を化神の物と入れ替えられた。それ以来、黄泉の左目は異形の目となり、時に力が暴れ黄泉の精神にすら影響を及ぼす。

 紫と出会えた事は黄泉にとって幸運だった。紫が呪術により左目の化神の力を押さえてくれたから、黄泉は心は人間のままで居られたのだ。もし紫と出会う事が無かったら、今頃黄泉は心を暴走させ本能のままに暴れる獣と化していたに違いない。

 

「ワシと共に居るから今は化神の力が抑えられているが、それが無くなればお前は近くに居る者を傷付ける。これはその相手の者の為でもある。分かるな?」

「はい…………」

「ならばもうその小僧とは縁を切れ」

 

 分かっている、そんな事は黄泉にだって分かっているのだ。健とはもう触れ合うべきではない。どの道この近辺の化神を狩り尽くせば、また場所を移動するのだ。そう長居する事はない。ならば、もう会わない方がお互いの為だ。

 

 そう……その筈だ。

 だと言うのに…………

 

(…………嫌だな)

 

 頭では別れるべきと分かっているのに、心が会いたがっている。その鬩ぎ合いで心が悲鳴を上げ、胸が苦しくなってきた。

 気付けば黄泉は手で胸を押さえ、服をギュッと掴んでいた。

 

 紫はそんな黄泉に気付いていたが、睨むだけで何かを言う事はしなかった。

 

 重苦しい雰囲気。それでも人間腹は減るもので、黄泉の腹がキュウと鳴る。

 

「……取り合えず、飯にするかの」

 

 紫が皿を取り出し、配膳しようとするのに合わせて黄泉も動き出す。

 

 その時、紫の視線が唐突に鋭くなった。黄泉はその紫の表情の変化が何を意味しているのかにすぐ気づいた。化神が出たのだ。

 

「化神ですか?」

「その様じゃ、愛弟子よ。直ぐ迎え」

 

 紫が窓を開けると、夜闇の中を駆け抜けて戻って来た影狐が部屋に飛び込み、真っ直ぐ黄泉の陰の中へと入る。

 

 影を通じて影狐から黄泉に化神の出現情報が伝えられた。黄泉は素早く袖無しパーカーを羽織り、靴を履いて外へ向かう。

 

「行ってきます!」

「気を付けての」

 

 紫に見送られ、黄泉は夜の帳が下りてきた街の中を駆け抜ける。化神が現れた場所は影狐が教えてくれるので、迷う事はない。

 

「この先に……居た。…………って!?」

 

 果たしてその先には確かに化神は居た。だがそこに居たのは化神だけではなく、ソウテンが先んじて到着しており既に化神と戦っていた。

 

「ヤァッ! タァッ! テリャァッ!!」

『チィッ!? 何のぉっ!!』

 

 ソウテンと戦っているのは細長い頭に、頭頂から背中まで続く鬣を伸ばした化神・バケウマだった。

 鎌鼬の双剣で攻撃を仕掛けるソウテンだったが、バケウマは動きが素早くソウテンの攻撃すらなかなか当たらない。

 

「くっ!? 速い!!」

『ちょいさぁっ!!』

「ぐあっ!?」

 

 素早い動きで翻弄され、一瞬姿を見失った隙に背後に回られ蹴り飛ばされるソウテン。その衝撃で彼は双剣を手放してしまった。

 

「くぅっ! 退魔道具、穿空の弓矢!」

 

 すかさずソウテンは穿空の弓矢を取り出し、矢を番えて放つ。バケウマは見た所武器を持たないし遠距離攻撃の手段もない。弓矢による攻撃は有効な筈だった。

 

 だがバケウマの戦闘力はソウテンの想像を超えていた。放たれた矢をバケウマは紙一重で回避しながら接近してきたのだ。

 

「なっ!?」

『どらぁっ!!』

「ごふっ?!」

 

 弓矢による一撃を外し、驚愕に一瞬判断力が鈍るソウテンの腹にバケウマの蹴りが炸裂する。

 蹴り飛ばされたソウテンは大きく蹴り飛ばされ、その先にあった自動販売機を大きく凹ませた。

 

「ぐはっ!? ぐ、うぅ……くっ」

 

 自動販売機にめり込むように倒れたソウテンは、痛みを堪えながら弓を向け矢を番える。だが蹴り飛ばされたダメージと自動販売機に叩き付けられたダメージで視界が歪む為、狙いが満足につけられない。悠々と近付いてくるバケウマに二発ほど矢を放つが、いずれも矢は明後日の方へと飛んでいった。

 

 もう見ていられない。

 

「全く! 下手な戦い方を――!!」

 

 黄泉は怨面を取り出し呪文を唱えた。

 

「オン・アリキャ・コン・ソワカ、変身!!」

 

 怨面を装着し、瘴気を撒き散らしながらゲツエイに変身する。横合いから飛び込んだゲツエイは、ソウテンに意識を向けているバケウマを横から蹴り飛ばした。

 

「はぁぁっ!」

『ぬっ!? ぐぅっ?!』

 

 ギリギリでゲツエイの接近に気付いたバケウマは、ゲツエイの飛び蹴りを防御するがソウテンと違いパワーに優れるゲツエイの一撃は防御毎バケウマを蹴り飛ばした。

 

 バケウマが蹴り飛ばされた先にあったのは、ソウテンが叩き付けられたのとは別の自動販売機。皮肉な事にソウテンを自動販売機にめり込ませたバケウマは、今度は自分が自動販売機にめり込むこととなった。

 

『ぐあぁっ?!』

「退魔道具、草薙の大太刀!」

 

 自動販売機に叩き付けられ、めり込んで身動きが取れなくなったバケウマにゲツエイが追撃を放とうとする。赤い刀身の大太刀を取り出し、接近し唐竹に振り下ろした。

 

 だが振り下ろした大太刀が切り裂いたのは凹んだ自動販売機だけであり、肝心のバケウマは影も形もなくなっていた。

 

「ッ!? 何処に――」

『遅いッ!!』

「あがっ?!」

 

 今の一瞬でバケウマに避けられたと気付いたゲツエイが周囲を警戒しようとするが、それより早くに横合いからの蹴りが炸裂する。バケウマは目にも留まらぬ速さでゲツエイの攻撃を回避し、死角に回り込んで蹴り飛ばしたのだ。

 

「ぐぅぅ――――!?」

 

 それでもゲツエイは何とか体勢を立て直し、続くバケウマの追撃に備えようとした。大太刀を構え、迫るバケウマを逆に切り裂こうとした。

 

 だがその攻撃も空を切り、背後に回ったバケウマは無防備なゲツエイの背中を容赦なく蹴り飛ばした。

 

「あぁぁぁぁっ?!」

『遅い遅い、蠅が止まるぜ!!』

 

 背中を蹴り飛ばされ大きく吹き飛ぶゲツエイに、バケウマは持ち前のスピードで接近した。そしてまだ空中に居るゲツエイを、サッカーのリフティングの様に地面に落下する間を与えず何度も空中に蹴り上げた。

 

「あぐっ!? あぁっ!? うぐっ!? ぐ、げふっ?!」

『そぉらぁっ!!』

「うぶぇぁっ?!」

 

 何度も空中で蹴られている間に、気付けばゲツエイは大太刀を手放してしまっていた。

 

 無防備なゲツエイに、ダメ押しと言わんばかりの強烈な蹴りが突き刺さる。体の中心を正確に蹴り飛ばされ、ゲツエイは体を苦の字に曲げながら地面に叩き付けられていた。

 

「うぐ……あ、が――!? かはっ!? うぇ、うぅぅ……」

 

 苦痛と吐き気を堪える様に、ゲツエイは体を丸めて倒れている。バケウマは倒れているゲツエイを蹴って仰向けにさせ、布で覆われただけの胸を足で踏み付けた。

 

「あぐっ!? う、ぐっ?!」

『これで終わりだ、御伽装士――!』

「こ、のぉ――――!!」

 

 かくなる上は、奥の手を使ってこの化神を倒す。ゲツエイは精神を集中させ、左目の部分がそれに呼応して怪しく輝いた。

 

 瞬間、高速で接近したソウテンがバケウマを蹴り飛ばした。その足にはそれまで装着していなかった、鋭い爪の着いた白と黒の装甲がある。

 

『ぐぉあ!? な、何だ!?』

「退魔道具、白虎の具足……速く動けるのはお前だけじゃないぞ」

『ちぃっ、付け上がるな!』

 

 ソウテンに蹴られた部分を払い、高速で動き始めるバケウマ。それに応じてソウテンも高速で動き初め、共に目にも留まらぬ速さで走りながら蹴りでの応酬を始める。

 

「タァッ! ハァッ!」

『この! くっ!』

 

 ゲツエイからは何が起こっているのか分からないが、ソウテンとバケウマの戦いはソウテンの方に天秤が傾きつつあった。バケウマは今まで抑えていた速さによる奇襲を戦いの肝としていた。それは相手の意表を突く為の作戦だ。だがここに来てソウテンも同様の速度で動けることが判明し、バケウマの持つアドバンテージが失われた。

 この事実は大きい。

 

 バケウマがソウテンの背後に回り込み、頭を回し蹴りで蹴り飛ばそうとした。だがソウテンはそれを蹴りで迎え撃ち、攻撃を弾かれて体勢を崩したバケウマに反撃の蹴りを喰らわせた。

 

『うぐわっ?!』

「彼女を痛めつけた、お返しだ!!」

 

 ソウテンの蹴りで体勢が崩れたバケウマに更なる追撃が放たれる。言葉通り先程バケウマがゲツエイを執拗に痛めつけた、その報いを受けさせるようにソウテンはバケウマを空中に釘付けにした。何度も放たれる蹴りがバケウマに落下する暇を与えず、バケウマの体は見る見るうちにボロボロになっていく。

 

「退魔覆滅法、猛虎百裂脚! おぉぉぉぉぉぉっ!!」

『がぁぁ、あぁぁぁぁぁぁ!? や、止め――――!?』

 

 立て続けの連続蹴りに、遂にバケウマの体が限界に達した。バケウマが耐えられなくなる限界のタイミングを察し、その瞬間を狙ってソウテンは最大限に力を込めた蹴りを叩き込んだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!』

 

 最後の一発で大きく蹴り飛ばされ、空中に打ち上げられ爆散するバケウマ。まるで花火の様に空中で吹き飛んだバケウマを見届け、ソウテンはまだ倒れているゲツエイに近付いた。

 先程よりは回復したのか、ゲツエイは腹を押さえながらも上体を起こしてバケウマを倒したソウテンを見ている。

 

「大丈夫?」

 

 ソウテンは座り込んでいるゲツエイに手を差し出す。優しく差し出されたその手を、ゲツエイはジッと見つめていた。

 なかなか手を取ろうとしないゲツエイに、ソウテンは首を傾げた。

 

(あんな甘っちょろい戦いをするのに、何で……)

「? どうかした?」

「…………別に」

 

 ゲツエイは素っ気なく答え、ソウテンの手を借りる事無く立ち上がった。

 

 そのまま無言でソウテンの横を通り過ぎる。彼女の心は敗北感で一杯だった。言動や戦い方が甘っちょろいくせして、化神はしっかり倒せているソウテン。

 それに対して自分はどうだ? 化神を全て倒すと豪語しておきながらこの体たらく。弱さと不甲斐無さで情けなくなってくる。

 

「あ、待って――!」

 

 ソウテンの制止も聞かず、ゲツエイは若干ふら付きながらその場を離れていく。その後ろ姿はどこか寂しそうだ。

 

 放っておくことが出来ず、ソウテンはゲツエイの後を追おうとした。だがその前に、物陰から出てきた影狐がソウテンに飛び掛かり、彼の顔を尻尾で引っ叩き目くらましをした。

 

「うわっ!? な、何だ、狐?」

 

 突然の事に困惑するソウテンだったが、その間にゲツエイは姿を消してしまった。

 

 また逃げられてしまった事にソウテンは肩を落とし、変身を解くと踵を返してその場を後にした。

 

 

 

 

 その日の晩、黄泉はアパートの一室で1人横になっていた。紫は今居ない。何やら最近気になる事があるとかで1人で出掛けることが多くなっていたのだ。

 

 自分以外誰も居ない部屋の中で、黄泉は1人鬱屈とした思いを抱えていた。

 

(私…………弱くなってる?)

 

 そう感じるのも無理はない。ここ最近彼女は思うように戦えない事が増えてきた。唯一気持ちの良い勝利を飾れたのは、健を守ったあの時だけだ。

 

 健……そう、健だ。彼と出会ってから、黄泉は自分の中で何かが変わるのを感じていた。彼の事を考えると心が温かくなるし、彼と一緒に居ると自然と笑みが顔に浮かんでくる。

 彼と共に過ごすのはとても心地良い。だがそれに比例する様に、自分の秘密が彼に知られた時の事を考えるととても怖くなる。

 

 一瞬、自分でこの左目を潰してしまおうかとも考えた。だがそれは出来ない。怖いからとかそういうのではなく、この目があるから彼女は化神への恨みと憎しみを忘れずにいられるのだ。この目は彼女にとって、家族の仇を討つと言う決意の証明。それを手放す事はどうしてもできなかった。

 

「日向君……私、どうしたらいいの……」

 

 思わず健に助けを求める様に彼の名を口にする。

 

 その瞬間、まるで彼女の声が届いたかのように携帯に彼からの着信があった。

 

「えっ!?」

 

 まさか彼から連絡が来るとは思っていなかった黄泉は、驚き条件反射で携帯を掴むとそのまま通話ボタンを押してしまった。

 

「あ! あ、ぁ……も、もしもし?」

『あ、もしもし皇さん? 今大丈夫?』

「う、うん! 平気よ。どうしたの?」

 

 突然の電話に驚きはしたが、それでも健の声を聞くと心が安らぎ肩から力が抜けた。ほんのり口元に笑みを浮かべながら応待すると、健の方も電話口で分かるくらいに嬉しそうな声色で話を続けた。

 

『良かった。あのさ、今度の日曜日って時間ある?』

「日曜日? 多分大丈夫だと思うけど……」

 

 黄泉は基本毎日自由に過ごしている。と言ってもその時間は化神の捜索に当てているので、日々遊んでばかりいる訳ではなかった。そんな暇は無いし、紫がそれを許しはしないだろう。

 

『それじゃあさ、今度の日曜日一緒に遊園地に行かない?』

「え! 遊園地!!」

『うん。友達から福引で当てた遊園地のチケットを貰ったんだ。一緒にどうかなって思ったんだけど……』

「行く行く、絶対行く!!」

『本当!』

「うん!」

 

 遊園地など子供の頃以来だ。自然と黄泉はテンションが上がり、心が躍るのを感じずにはいられない。

 黄泉が快く承諾すると、健の方も嬉しそうにしているのが電話口でもわかった。

 

『それじゃあ、今度の日曜日にね。遊園地の近くに駅があるから、そこで待ち合わせしよう』

「うん、分かった。それじゃあね」

『うん、お休み』

 

 健との通話はそこで終わった。

 

 黄泉は通話が終わると、携帯を傍に置いて嬉しそうに横になった。先程までの沈んだ気持ちなど何処へ行ったのか、今は嬉しさと待ち遠しさで胸が一杯だった。

 

(日向君と遊園地かぁ~。遊園地、久し振りだなぁ……あ)

 

 そこで黄泉はある事に気付いた。異性と2人で遊園地に向かう、これは所謂デートと言う奴ではないだろうか?

 

「デ……デデデート、日向君と――――!!」

 

 黄泉は顔を真っ赤にして、枕に顔を埋めてしまった。こんな気持ち初めてだ。初めてだが、とても心地いい。

 

 勿論黄泉は自分の人生の目標である、全ての化神への復讐を忘れた訳ではない。化神が現れるのはここだけではないのだから、何時かはこの町も離れなければならなかった。それはつまり、健との別れを意味する。

 

 恐らくそう遠くない内に、健とは別れなければならない時が来るだろう。それを思うと少し辛い。だが、今だけは――――

 

「――今だけは、この時間を楽しんでも良いよね?」

 

 限られた時間、今後あるかも分からない素敵な出会い。例え一時でも、普通の女の子に戻れる時間。

 

 黄泉は来るべき時に思いを馳せ、楽しみを胸に眠りにつくのだった。




読んでいただきありがとうございます!

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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