仮面ライダービャクア外伝~仮面ライダーソウテン~ 作:黒井福
今回はデート回。そして、遂に……
週末の日曜日、健は駅前の広場で黄泉を待っていた。
時刻は昼よりも前。日曜日の駅前という事で人通りは多い。その中で、健は何時もより着飾って黄泉を探していた。
今日は黄泉と約束した遊園地に向かう日。彼はこの日を楽しみに、この一週間を耐え抜いた。
(皇さん……来てくれるかな?)
約束の時間まではまだ間がある。少し早く来すぎてしまったようだ。それだけ楽しみだという事でもあるが。
そんな事を考えながら黄泉の事を待っていると、特徴的なパーカー姿の少女を見つけた。ダメージジーンズにノースリーブのパーカーのフードを目深に被った少女の姿が遠くに見えた。
健が黄泉の姿に気付いたのとほぼほぼ同じタイミングで、黄泉も健の存在に気付いた。それまでフードによって影が掛かっていた黄泉の顔に笑顔が浮かぶ。
「あ、日向君!」
「皇さん!」
「ゴメン、もしかして待たせちゃった?」
「うぅん、僕もついさっき来たところ。今日は、来てくれてありがとうね」
正直、今日黄泉が来てくれるかは健としては不安があった。突然のお誘い、もしかしたら断られたりするのではと危惧していた。
だがこうして黄泉は来てくれた。それだけで健は嬉しくて仕方なかった。まだどこにも行っていないと言うのに。
「こっちこそ、今日は誘ってくれてありがとう」
互いに来てくれたこと、誘ってくれたことに対して感謝する2人。
だがそこで突然黄泉の表情が曇った。
「え、と……皇さん、どうかした?」
「あ! うぅん、大した事じゃないの……ただ、その……日向君は着飾ってくれてるのに、私は何時もと変わらない服装のままだったなって……」
言われて確かに、健は自身の今の服装を見直した。彼の服装はこの日の為にと、前日までに気合を入れて厳選した服装である。
対する黄泉は、健と出会った時から何一つ代わり映えのしない服装だ。これでは彼を見た目で楽しませることもできない
そんな事を考えて1人落ち込む黄泉の手を、健は笑みを浮かべながら掴んで引っ張った。
「わっ!? ひ、日向君?」
「今日はそういう事言いっこなし。楽しまなきゃ損だよ!」
確かに、何時もと違う格好をした黄泉が見れればそれはそれで楽しかったかもしれない。だが彼が楽しみにしていたのは黄泉との遊園地である。それ以外の事は、正直に言って別にそこまで重要な事ではなかった。
その健の気持ちが伝わったのか、黄泉の顔にも笑顔が戻る。
「そう……うん、そうよね!」
「さ、行こう!」
***
健と黄泉が遊園地へと入っていった頃、紫は人里離れた郊外を1人散策していた。
彼女の歩く前には、先導する様に影狐が地面の匂いを嗅ぎながら歩いている。
(この辺りの化神の動き、何か妙じゃな。まるで何者かが手引きしておる様じゃ)
黄泉の戦いは逐一影狐などを通して見ているのだが、最近黄泉が苦戦する事が増えてきたように思う。紫の目から見て、黄泉はまだまだ未熟だ。未熟だが、しかしそこらの木端な化神相手にそこまで後れを取るほど弱くはないと太鼓判を押せる程度には鍛えていた。
その黄泉がちょくちょく苦戦し、ソウテンが居なければ危うい場面もあった。これは妙な事だ。まるで誰かが黄泉やソウテンの力を遠目に見て、2人に勝てそうな化神を送り込んでいるかのように紫は感じた。
(考えられるとすれば……怪しいのはあの男か)
思い出すのはつい先日、黄泉の怨面を見つけた後に人込みの中で見つけた奇妙な雰囲気の僧侶。一瞬視界から外れた次の瞬間には姿を消してしまったあの異様な僧侶がどうにも怪しい。
紫はあれから何度か近辺に足を運び、影狐を用いて異様な匂いを探させていた。そう例えば、人と化神の匂いが合わさったような匂いだ。
読みは当たり、影狐は異様な匂いを捉えその後を追った。そうして辿り着いたのが、この郊外の山道であった。
まだ日も高いと言うのに、山道は木陰によるものとは明らかに違う暗さに包まれている。紫は何があっても良いようにと、自分の周りに呪術で結界を張りつつ影狐の後について行った。
「――――ん?」
不意に、山道の奥に人の気配を感じた。影狐も先の方を警戒した様子で、それ以上先へは進もうとしない。
紫は影狐を消し、気配のする方に息を殺して向かっていった。
「――、――――。――――」
「む?」
出し抜けに山道の向こうから人の話し声が聞こえてきた。紫が木陰からそっと顔を覗かせると、案の定そこには先日も見た怪しい僧侶の姿が。
だがそこに居たのは僧侶だけではない。話し声と言うからにはその話す相手も存在する。
紫の目には、僧侶と話している化神の姿が映っていた。
その化神に紫は覚えがあった。
(あれは、確か……そうだ、バケヨロイ)
『それで、準備の程はどうなっている?』
武者の甲冑がそのまま動いているかのような見た目のバケヨロイは、眼前で跪く僧侶に問い掛けていた。
「はい。全て滞りなく進んでおります」
『お前が巻いたと言う種、一体何時になったら芽吹くのだ?』
「もう間も無くにございます。私の見立てでは、そう遠くない内に収穫の時を迎えるかと」
『ふむ……ならば良い』
両者の会話を盗み聞きしながら、紫は1人考える。種とか芽吹きとか言っているが一体それは何のことを言っているのか?
出来る事なら一気に突撃制圧して、僧侶なりバケヨロイなりに話を聞いておきたいところ。だが怨面がこの場にあるならばともかく、そうでないのならここで飛び出すのは愚の骨頂。
今はこのまま情報収集にのみ努めようとした、次の瞬間――――
『そこに隠れている者よ。姿を現せ』
「ッ!?」
出し抜けに殺気が自分に向けられたのを感じ、紫は咄嗟にその場に伏せた。その直後先程まで紫の首があった場所を、禍々しい色の斬撃だけが通り過ぎ木を切り倒した。
「チッ! 潮時か……」
これ以上の情報収集は危険が伴う。僧侶はともかく化神を相手に呪術だけで立ち向かうのは面倒なので、紫は撤退を決意し伏せた状態から転がる様にその場を離れた。
直後再び斬撃が、先程まで紫が居た場所をバッサリ切り裂いた。その光景に冷や汗を流しつつ、紫は呪術を用いてその場から姿を消した。
紫が姿を完全に消したのを察知したバケヨロイは、抜いていた刀を鞘に納める。
『逃げたか……何者だ?』
「さて……呪術を使うようですが、潔く鮮やかな逃げ足は相当の手練れの様で。御伽装士が主流の今、あれほどの呪術の使い手がまだ御守衆に居たとは思えませんが……」
『まぁ良い。逃げる者など放っておけ。そんな事より……バケニュウドウ! バケニュウドウは居るか!』
『こちらに』
腰を下ろしたバケヨロイが声を上げると、それに答えて別の化神が姿を現す。2メートルは余裕で越える巨躯に、顔には大きな一つ目の化神・バケニュウドウ。
バケニュウドウは手にした槍を地面に置き、僧侶同様バケヨロイの前に跪いた。
『
「御意」
『バケニュウドウ、将之の導きに従い御伽装士と戦うが良い。仕留めても構わぬ』
『畏まりました』
バケヨロイの言葉にバケニュウドウが頷くと、将之と呼ばれた僧侶はバケニュウドウを伴ってその場から姿を消したのだった。
***
遊園地に入った健と黄泉の2人は、実に久し振りの遊園地を満喫していた。
ジェットコースターやコーヒーカップ、ゲームコーナーなんかにも入ったが、ある意味で一番盛り上がったのはお化け屋敷だった。
お化け屋敷なんて、最初は2人ともちょっと小馬鹿にしたところはあった。何しろ普段からお化けなんかよりも恐ろしい化神を相手に戦いを繰り広げているのだ。それに比べれば、作り物のお化けなんて怖くもなんともない。
ここは寧ろ自分がお化けに対して強いと言うところを見せつけてやろうとお互い画策し、意気揚々とお化け屋敷へと足を踏み入れた。
だが、中に入ってから数分も経たない内に黄泉は己の認識が甘かったことを知る。
ヒュゥー……
「ひぅっ!?」
オォォッ――――
「ひゃぅっ!?」
ガタンッ
「きゃっ!?」
お化け屋敷の中を進む間、黄泉は客を驚かすギミックの全てに引っ掛かり怯えていた。
確かにお化け屋敷は化神に比べ危険は一切ないかもしれない。だがその反面、お化け屋敷は人間の恐怖のツボを的確に押す事に特化していた。人間の心理を突き、気を抜いた瞬間や一番恐怖を感じる瞬間で仕掛けてくる。黄泉はこのお化け屋敷の制作陣の術中にまんまと嵌っていたのだ。
一方健の方はと言うと、こちらは怖がってはいなかったが別の事と戦っていた。
「~~~~ッ! あ、あの、皇さん?」
「う、うぅ~~~~!?」
「あの、聞いてる?」
「ひぅっ!?」
健が何かを話し掛けるが、黄泉の耳には入っていないのか彼女はお化け屋敷のギミックに驚き健の腕をギュッと抱きしめる。
お化け屋敷に入って少しして気付いたら黄泉が健の腕を抱きしめていたのだが、そうすると彼の腕に黄泉の胸の感触がダイレクトに伝わるのだ。
以前気絶した黄泉を家に上げて治療した翌日、ふとした事故で見てしまった黄泉の体は同年代の中では発育が良い方だった。その豊満な胸が今、健の腕に押し付けられてふにゃりとした柔らかい感触が伝わっている。
健は己の心を落ち着けるのに物凄く忙しかった。
(落ち着け、落ち着け僕!! 心頭滅却心頭滅却――――!!)
頭の中で必死に御経などを唱えて煩悩を振り払おうとする健だったが、頭の中を空っぽにしようとすればするほど、逆に黄泉の胸の感触が鮮明になっていく。
方や顔を真っ青にして怯える少女に、方や顔を真っ赤にしてブリキの人形のような動きで歩く少年。対照的な2人の姿に、脅かし役のお化けを演じるスタッフも不思議そうに2人が通り過ぎた後を見ていたのだった。
お化け屋敷は全体としてはそこまで長いものではなかった。なので、何だかんだ集中している間に気付けば外へと出ていた。
「あ、出口? はぁ~~~~……」
明るく人の気配のある外へ出られて、黄泉が安堵の溜め息を吐く。
我ながらお化け屋敷と言うものを本当に甘く見ていたと痛感した。
そして黄泉が落ち着きを取り戻した今、健の声も彼女に届く。
「あ、あの……皇さん?」
「ん? 何、日向君?」
「う、腕……そろそろ……」
「腕?…………あ」
ここで漸く黄泉は、健の腕をがっちり抱きしめていた事に気付いた。お化けや驚かしのギミックに気を取られて、全く意識していなかった。
同時に自分が健の腕を抱きしめた事で、彼の腕に胸を押し当てた形になっていた事にも気付いてしまった。
先程まで真っ青になっていた顔が今度は真っ赤になり、慌てて健の腕を解放する。
「わわわっ!? ご、ゴメン日向君!」
「い、いや、いいんだよ。仕方ないよ、怖かったもんね」
少し距離を取り謝る黄泉に、健も手を振って答える。
実際ここのお化け屋敷はクオリティが高く、健も黄泉が居なければ怖くて震えていたかもしれない。だから思わず抱き着いてしまった黄泉の気持ちが分かる。
それに正直、嬉しい気持ちもあった。豊満な胸の感触を体験させてもらった事もそうだが、何よりも自分を頼ってくれたことが1人の男として見てくれたような気になったのだ。
その後、ちょうどいい時間になったので2人はフードコートへ行き昼食を取った。
案の定黄泉はたっぷり食べ物を買い漁り、それをしっかり食べ切ると言う他の客の注目を浴びるようなことを平然と行って見せた。
いっそ気持ちの良い食べっぷりに、健は微笑ましく見ながら自分用に買ったハンバーガーを齧った。
健が笑みを浮かべながら自分の食べっぷりを見ているのに気付き、黄泉は少し気恥しそうにしながら恐る恐る問い掛けた。
「あ、えっと……女なのにたくさん食べるのって、やっぱり……変かな? 日向君には、今更かもだけど……」
もし健から変な女と思われていたらどうしよう。そんな不安を抱いていた黄泉だったが、それは無用な心配であった。何を隠そう、健は食堂の一人息子。同年代の中では食べる人と言うものを誰よりも身近に見てきたし、自分も手伝った料理を誰かが美味しそうに食べてくれるのを見ると嬉しくなる。
つまり、健にとってたくさん食べる人は特別おかしな存在ではない。寧ろその食べっぷりには素直に感心するほどだ。
だから黄泉の食べっぷりも、健にはある種魅力的に映っていたりする。
「全然。おかしい事なんて何もないよ。僕は好きだな、皇さんが沢山食べてるところ」
「へっ!? え、あ……」
「ん?…………あ、いや、これはその――――!?」
何気なく健の口から出た”好き”と言う単語に黄泉の顔が赤く染まる。最初何が黄泉の顔を赤くさせたのか分からなかった健だが、直前の自分の言動を思い出しこちらも顔を赤く染めずにはいられなかった。
互いに顔を赤くし俯く2人。何だか居心地が悪くなってきた健は、食べかけのハンバーガーをそのままに席を立つと飲み物を買いに向かった。
「な、何だかのどが渇いたね!? 飲み物買ってくるけど、何が良いかな?」
「あ、あぁ~、えっと……うん。日向君に任せるわ」
健は早速飲み物を買いにその場を離れる。一人残された黄泉は、彼の背を見送りつつ先程お化け屋敷から出た時の事を思い出す。
(日向君の腕……思ってたよりも逞しかったな。男の子だからかな? それとも、普段沢山お料理してるから?)
実際には彼も御伽装士として化神と戦う為、そして最近は強くなる為改めて鍛え直しているからなのだが、勿論黄泉がその事に気付く訳もなくただただ健の男としての逞しさにときめいていた。
知らず知らずの内に、黄泉は先程健の腕を抱きしめていたように自分の体を抱きしめた。彼の腕の感触をイメージして、それをギュッと抱きしめる様に腕に力を入れる。そうすると離れているのに彼と繋がっているような錯覚になり、得も言われぬ高揚感が心と体を包んだ。
普通の女の子としての幸せなど無縁だと思っていた黄泉にとって、好きな男の子の事を考えて温かな気持ちになれた今はとても貴重な瞬間であった。
「ねぇ君?」
「……ん?」
そんな気分をぶち壊してくれたのは、見知らぬ男の2人組だった。見たところ黄泉と同年代か、少し年上だろう。染めた髪にピアスと、見るからにチャラい不良に片足か両足突っ込んだ連中だ。
いい気分だったのを邪魔され、露骨に嫌そうな顔をした黄泉に気付く事無く2人は話を続けた。
「君1人? だったら俺らと遊ぼうよ」
所謂ナンパをしに来たのだろう2人は、左右から黄泉を挟み有無を言わさず連れて行こうとする。これが普通の少女であれば、左右からの威圧感に委縮して頷いてしまっていただろう。
だが生憎と黄泉はこの程度で怯むような少女ではない。黄泉はいい気分を台無しにされた事もあって、苛立ちを隠そうともせず溜め息を吐きながらゴミを見るような目を2人に向けた。
「悪いけど、私連れが居るの。誘うなら他所を当たってくれる」
「その連れって女の子?」
「お生憎様。男の子よ。分かったらさっさとどっか行って」
力で強引に追い払うのは簡単だ。弱い物を相手に粋がるしかできないこいつらを追い払うなど、化神との戦いに比べれば朝飯前である。だがここで下手に騒ぎを起こすようなことをすれば、折角の健とのデートが台無しだ。故に、黄泉は適当にあしらうだけで直接追い払う様な事はしなかった。
それが良くなかった。自分達の事を相手にする素振りも見せず素っ気ない態度を取る黄泉に、2人は彼女の事をお高く留まっただけの気の強い女としか見なかった。
言葉では動かないと見るや、2人は実力行使に移る。左右から黄泉の腕を掴み、無理矢理連れて行こうとしたのだ。
「いいから来いよ!」
「安心しろって、きっと楽しいからよ!」
「ちょっ、いや!? 離してよ!?」
流石に腕を掴まれたら黄泉も抵抗する。だが流石に左右から腕を掴まれると力の加減が難しい。思いっきり腕を振り回せば振り払えるだろうが、あまり力を入れすぎると化神の左目が感情と力に反応して暴れ出すかもしれない。折角の健とのデートを台無しにしたくないあまり、黄泉は男達にされるがままになりそうになった。
その時、右腕を掴んでいる男の手を戻って来た健が掴んで捻り上げた。
「何してるんですか」
「あいでででで!?」
「あぁ!? 何だお前!」
「日向君!!」
相方が悲鳴を上げた事でもう片方の男は驚いたのか、黄泉の腕を掴む力が緩んだ。黄泉はその一瞬を見逃さず、彼が来てくれたことに安堵と喜びを感じつつ男の手を振り払うと2人から隠れる様に健の傍に寄った。
健は黄泉が男達から離れると、捻り上げていた男の手を放して黄泉を守る様に自分の背中で隠した。
「ゴメンね、皇さん。大丈夫?」
「うん、平気」
黄泉が腕を掴まれる以上の事をされた様子もない事に健は安堵し、健に助けられた状況に黄泉は歳相応の少女の様に胸をときめかせた。普通からかけ離れた自分が、こんな幸せを得られた事に感動すら覚える。
「何だ? お前がこの子の連れって奴か?」
「そうだとしたらどうします?」
挑発的な健の返答。彼も男達が黄泉に無遠慮に触れたことに対して、1人の男として苛立ちを感じずにはいられなかったらしい。彼にしては珍しく喧嘩腰に近い形で2人に応待してしまった。
するとそれが癇に障ったらしい。なまじっか健が一見すると線の細いごく普通の少年に見えた事も原因の一つだろう。2人は格下の弱いガキが調子に乗ったと思い、怒りが沸点に達した。
「テメェ、調子こいてんじゃねえぞガキが!?」
「いいからお前はどっか行きやがれ!!」
容赦なく健に拳を振り下ろす2人。それを見て黄泉は咄嗟に健を守ろうとしたが、それより先に健が黄泉を優しく突き放して距離を取らせると片方の男の手を掴んでもう片方の男の拳の射線上に引っ張った。
その結果男の片方は相方の拳をまともに顎に喰らい、一発で気絶してしまう。
「おごっ?!」
「なっ!? テ、テメェ――」
相方を殴って気絶させてしまった事に残った男は動揺しつつ健に再度殴り掛かろうとする。だがそれよりも早くに健が男の腕を掴むと、背中側に回りつつ捻り上げた。
「あいでででででっ?!」
「まだやりますか?」
「降参!? 降参する!? もうその子に手は出さないから!?」
男は早々に負けを認め、健が手を離すとまだ気を失っている相方を引き摺ってその場を離れた。
それを見送り、姿が見えなくなったのを確認すると途端に健は大きく息を吐いて緊張を解いた。
「はぁ~~……こ、怖かった……」
嘘ではない。化神と言う怪物を何度も相手取っておきながら今更と言う気もするが、それでもやはり乱暴な人間を相手にするのはどうにも慣れるものではなかった。
それでも今回彼らと対峙出来たのは、偏に黄泉を守りたかったからに他ならない。
黄泉は不良達から助ける為に立ちはだかって追い払ってくれた、健の勇姿に心を奪われていた。
「ひ、日向君! あ、あの……」
「あ! 皇さん、大丈夫? ケガとかしてない?」
「え? う、うん。私はへっちゃら。日向君の方は?」
「僕も大丈夫。あれくらい何てことないよ」
黄泉の手前、ちょっぴり強がって見せる。実際怪我はなかったし、精々不良相手に精神がちょいと擦れた程度だった。
自分の所為で健が怪我したりするようなことにならなくて、黄泉は心の底から安堵した。
「そっか……良かった。あの、日向君……」
「ん? 何?」
「その……助けてくれて、ありがとう。カッコ良かったよ! 凄く……」
不良達から自分を助けてくれた健の姿に、黄泉は完全に見惚れていた。その彼の姿を思い出し、黄泉は頬を赤く染めてはにかみながら感謝の言葉を告げた。
そのはにかむ姿が可愛らしくて、健も気恥ずかしさ以上に見惚れて顔を赤くし固まった。
「え、あ……う、うん。皇さんが、無事で良かったよ」
お互いに頬を赤く染め、気恥ずかしさに目を合わせられず共に別々の方を向く健と黄泉。
だが不意に黄泉が健に近付き、彼の手に触れた。手の甲、指先で、まるで熱いかもしれない物に警戒しながら触れる様に恐る恐るそっと……
彼女の手が触れた瞬間、健は息を飲み体を緊張させるが、そのまま手と手が触れたままにしておくと黄泉はそっと彼の手を握って来た。
堪らず健が黄泉の方を見ると、彼女の右目が上目遣いで健の事を見ていた。その可愛らしい姿に、健は完全に心を鷲掴みにされてしまった。
「そろそろ……次、行こう?」
「う、うん――――!!」
何時までもここでこうしていては時間がもったいない。その意味もあって、健は黄泉の手を引き次のアトラクションへと向かっていった。
それから先、2人は絶えず手を握り合っていたのだった。
その後も幾つかアトラクションを楽しみ、日も傾き夕日が差し始めた頃。
2人は最後のアトラクションに、観覧車を選択した。
2人だけで観覧車のゴンドラに乗り込み、ゆっくりと上昇し夕日に照らされて赤く染まった町の姿を俯瞰する。特別美しい街並みという訳ではないが、それでも普段暮らしていては絶対見れない夕日に照らされた町を上から見る景色はなかなかに絶景だった。
当然、2人は窓に張り付き眼下の町並みに夢中になった。
「わぁ――――!」
特に黄泉は町の外から来た人間だからか、住宅街と商店街が赤く照らされた光景に釘付けになっていた。
健はそんな歳相応の姿を見せる、黄泉の姿の方に釘付けになっていたりする。
(可愛い……)
素直に健は黄泉の事をそう思っていた。顔の半分を包帯で覆っているが、それは彼女の可愛らしさを微塵も損なったりはしない。彼女の仕草や素直な反応は、それだけで健の心を掴んでいた。
「良い町だね」
健が見惚れていると、黄泉は不意にそう呟いた。突然の言葉に、健の反応が遅れる。
「え?」
「この町。良い人たちばかりだし、綺麗だし……ここで暮らせたら、きっと毎日が楽しいんだろうなぁって」
それは言外に、いずれはこの町から去らねばならない事を意味していた。それを察して、健は心がキュウっと苦しくなるのを感じる。
出来れば考えないようにしていた、黄泉との別れの時。それが現実味を帯びてきた時、健は言いようのない喪失感を感じずにはいられなかった。
「……暮らせないの?」
「え?」
「この町で……僕は、皇さんがこの町で暮らしてくれたら……凄く、嬉しい。学校に来たら、皆に皇さんの事を紹介するし、町だって案内する。だから……」
だから、この町に残ってくれないか? 健はそう続けようとして、しかしそれは己の意志の押し付けに過ぎないとそれ以上先の言葉を飲み込んだ。彼女には彼女の事情、人生がある。自分の個人的感情で束縛するのは良い事ではない。
対する黄泉も、健の想いは伝わったのだろう。一瞬嬉しそうに、しかし次の瞬間には心苦しそうに顔を俯かせた。
「ありがとう……でも、ゴメン。こればっかりは……」
「そ……っか。ゴメンね、無理言っちゃって……」
「うぅん。そう言ってもらえて、凄く嬉しかった」
そのまま2人は暫し無言だった。共に夕日に照らされた眼下の町並みを眺め、2人の乗るゴンドラが天辺を通り過ぎ下がり始める。
そこで突然、黄泉が口を開いた。
「ねぇ、日向君……」
「ん?」
「名前……呼んでもらえる?」
「名前?」
「うん。下の名前……黄泉って……」
それは今よりも距離を近付けたいと言う意思表示。いずれ離れ離れにならなければならないと分かっていても、せめてこの時間をより素晴らしいものにしたい。その為に、健ともう少しだけ距離を近付けたいと言う、黄泉なりの我儘だった。
黄泉の想いを察した健は、小さく笑うと一つだけ交換条件を出した。
「いいよ。ただし、一つだけ条件」
「何?」
「僕の事も、名前で呼んで?」
健の提示した交換条件に、思わずキョトンとなる黄泉だったがそれも一瞬の事。堪えきれなくなり笑いだす黄泉に、健は少し口を尖らせた。
「い、いいじゃないか。僕の方だけ下の名前で呼ばれないなんて不公平でしょ」
「ふふふっ! うん、そうね……健君……これでいい?」
「うん……黄泉さん」
互いに下の名前で呼び合うと、苗字の方で呼び合っていたのとは違う感覚を覚えた。物理的にではなく、精神的に距離が近付いたような感覚。
何だかこそばゆくなり、互いにくすぐったそうに笑う2人は気付けば肩と肩が触れ合う程互いに近付いていた。
「ねぇ、健君?」
「ん? 何、黄泉さん?」
「肩、借りても良い?」
「良いよ」
健の許可を得て、黄泉は健の肩に優しく自身の頭を乗せ彼に寄りかかった。健は肩にかかる黄泉の重さを支え、黄泉は健が支えてくれている事に今までにない安心感を感じてその感覚に身を委ねる様に目を閉じた。
そのまま2人は互いに会話もなく、だが満ち足りた様子でゴンドラが地上に降りるまでの数分間を堪能したのだった。
***
観覧車を降りた頃には日も更に沈んでいた為、2人は遊園地を後にした。
最初黄泉は遊園地を出たらそこで別れようとしたが、女の子1人を日の沈んだ街に放り出す訳にはいかないと健は近くまで黄泉を送っていくと言い、2人で空も暗くなった町の中を並んで歩いていた。
黄泉が紫と暮らしているのは、町の中心から大分離れた所。そこまで行くと町行く人の数も殆ど無く、街灯に照らされた道路を歩いているのは2人だけであった。
「今日は、誘ってくれてありがとう。本当に楽しかったわ」
「僕もだよ。来てくれてありがとう」
「うん……ねぇ、もしだけどさ……」
「うん?」
もうこんな機会二度と来ることは無いだろう。そう分かっていながら、黄泉は淡い期待を胸に抱いてしまう。
「もし、また機会があったら、また2人で遊園地に行かない?」
「黄泉さん……うん! 約束しよう!」
「それじゃ……指切り、ね」
健と黄泉は互いの小指を絡ませ、指切りをして次の遊園地行きを約束する。その約束が果たされるのが何時かは分からない。だが必ず実現する。
黄泉の人生の中で、初めて戦う以外の理由が出来た瞬間であった。
「「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本飲~ます! 指切った!」」
2人が約束の証として指切りをした――――――
まさにその瞬間、周囲の雰囲気が一変した。
「「ッ!?」」
明らかにおどろおどろしい雰囲気。夜の闇とは違う、太陽は存在しないがそのくせ空は赤く染まった異空間。
それは化神が生み出す、化神の力を最大限発揮する為の暗天と呼ばれる異空間だった。
(暗天!? 何でこのタイミングで!!)
(まさか、狙われた!?)
互いに自分が化神に狙われたかと、お互いを守る様に抱きしめ合う2人。
その2人の間を引き裂く様に、飛び出したバケニュウドウが手にした薙刀を2人に向け振り下ろした。
『ちぇあぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
「ッ! 危ない!?」
「きゃあっ!?」
バケニュウドウの動きは予想を超えて早く、いち早く気付いた健が黄泉を抱いてその場を飛び退くがそれでも尚攻撃の余波は2人を飲み込んだ。攻撃の圧が小さな真空派を生み、直撃を免れたにも拘らず2人の体は小さな傷跡を無数に刻まれていた。
そのまま吹き飛ばされ地面に叩き付けられた2人は、全身に走る痛みに耐えながら体を起き上がらせた。
「い、いつつ……黄泉さん、大丈夫?」
「う、うん。健君こそ――――」
2人は互いに、化神に襲われたにも拘らず相手が取り乱していない事に違和感を覚えつつ相手の事を気遣った。生身で化神の攻撃の余波を喰らった割に、お互い大事が無いようでとりあえずは何よりである。
と、その時…………黄泉の顔の左半分を覆い隠している包帯に小さな切れ目が走った。切れ目はどんどん大きくなり、次の瞬間には完全に切れて黄泉の顔から包帯が落ちた。
パサリと音を立てて包帯が落ち、健の目に隠されていた黄泉の左目が露わになった。
怪しく赤い光を放つ、縦長の瞳孔を持つ化神の瞳が…………
「――――え?」
「え? 黄泉さん、その目…………」
「ひっ!? あ、きゃぁぁぁぁっ!? 嫌っ!? 駄目、見ないでぇぇぇッ!?」
黄泉は必死に左目を隠すがもう遅い。健はしっかり黄泉の左目を見てしまっていた。
(見られた!? 見られた!? 見られた!?!? 嘘、そんな――――!!)
黄泉の頭の中はパニックを起こしていた。よりにもよって健に自身の秘密がバレてしまったのだ。
自身の顔に埋め込まれた、醜い化神の瞳。
これを見られた以上、もう健とは今まで通りの関係ではいられない。
その事実に絶望し涙を流す黄泉だったが、その絶望は次の瞬間怒りに変わった。
そう、この秘密を明らかにする原因を作った、バケニュウドウへの怒りだ。
「お前……お前! お前ぇぇぇぇぇぇ!?」
もう秘密がどうとか関係ない。このバケニュウドウを血祭りに上げなければ、黄泉の気は納まらなかった。
「オン・アリキャ・コン・ソワカ!! 変身ッ!!」
怨面を装着し、黄泉はゲツエイに変身して草薙の大太刀でバケニュウドウに斬りかかる。
その光景に健は思わず呼吸を止めた。
「そんな……黄泉さんが、ゲツエイ――!?」
「あぁぁぁぁぁぁっ!! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
驚く健の前で、ゲツエイは変身前の姿からは想像もつかない荒々しさでバケニュウドウに襲い掛かった。手にした大太刀を何度も振るい、力任せに攻め立てる。
その猛攻にバケニュウドウも防戦一方となっていた。
『ぐぬぬ!? 噂には聞いていたが、黒の御伽装士は凄まじい膂力を持つようだな!』
「知るか!? お前の所為で……絶対に許さない!!」
バケニュウドウの防御を破ってその首を断とうとするゲツエイだったが、度重なる猛攻の中でバケニュウドウはゲツエイの動きを覚えていた。次第に防御が的確になっていき、徐々にだがゲツエイの方が逆に押され始めていく。
「うっ!? くっ! こ、こいつ動きが!?」
『力は十分! だがまだまだ未熟だな! 動きが単純で分かりやすいぞ、黒の御伽装士!!』
バケニュウドウはゲツエイの大太刀を受け止めるだけでなく、軸をズラして攻撃を受け流した。そうして隙を作らされたゲツエイが、体勢を立て直そうとする前にバケニュウドウは薙刀で彼女のどてっぱらを薙ぎ払った。
「あがぁっ?!」
「黄泉さん!?」
ゲツエイはバケニュウドウの攻撃を防ぐことが出来なかった。脇腹に強烈な薙ぎ払いを喰らい、ゲツエイの全身の骨がミシリと軋みを上げる。
そのままゲツエイは近くの建物の壁に叩き付けられ、大太刀を落として地面に倒れた。
「げほっ!? ゴホゴホゴホッ!? こ、こいつ……強い――!?」
単純な力の問題ではない。この化神には確かな戦いの技術があり、それを遺憾なく振るって攻撃してくる。今までゲツエイが相手にしたことのない相手だ。
バケニュウドウは薙刀を手に、ゆっくりとゲツエイに近付いた。
『ふむ……黒の御伽装士、この程度か』
「なん……ですって!?」
『まぁ良い。ここで倒れるならそれまでの事よ。我が薙刀の錆となれることを光栄に思い、死ぬが良い』
バケニュウドウが薙刀を振り上げ、ゲツエイにトドメを刺すべく振り下ろす。
ゲツエイはそれを迎え撃とうとして落とした大太刀に手を伸ばし――――
「させるかぁっ!!」
突如として横から飛び掛かった健が、バケニュウドウに跳び蹴りを放ち蹴り飛ばした。予想外の相手からの不意打ちに、バケニュウドウも体勢を崩す。
『ぬおっ!?』
体勢を崩したバケニュウドウと倒れたゲツエイの間に入り、彼女を守るように立ち塞がる健。
その姿にゲツエイは、今度は喜びやときめきの無い驚きを感じた。人間の不良相手ならともかく、化神を相手に生身の人間が立ち向かうのは無謀すぎる。
「健君、ダメ! 逃げて!!」
こんな所で健に傷付いてほしくない。黄泉は大太刀を杖代わりに立ち上がると、健をその場から逃がそうとした。彼の肩を掴み、自分の後ろに引っ張ろうとする。
だが健はその手を優しく振り払った。
「大丈夫だよ、黄泉さん」
「何が!?」
「僕も……君と同じだから」
「…………え?」
最初、ゲツエイは健の言葉の意味が理解できなかった。
だが次の瞬間、健が取り出した怨面を見て今度は彼女の息が止まった。
「オン・マイタラ・ラン・ソウハ……」
「ッ!! それって!?」
「羽搏け、蒼天! 変身ッ!!」
ゲツエイの目の前で、健はソウテンに変身した。
その光景に、ゲツエイ――黄泉は、ただただ言葉を失うだけであった。
という訳で第6話でした。
今回は初々しいデートを頑張ってみましたが、お楽しみいただけましたでしょうか。
これだけで終わっていればほのぼので終わったのでしょうが、そうは問屋が卸しません。今回遂に、健と黄泉がお互いに御伽装士である事を知ってしまいました。
さぁ次回からは一気に物語が進みますよ。
執筆の糧となりますので、感想や評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。