赤い霧が呪術廻戦の世界へやって来るようです 作:書鳳庵カルディ
あの後、一行は人質交換の場所に指定された沖縄へ飛行機で向かい、難なく黒井の救出に成功した。
非術師集団の盤星教が相手だったからか、気負った割にはあまりにも呆気ない幕引きに、一行は少々浮かれ気味だ。
そんな彼らは現在、沖縄の砂浜で海水浴中である。
「まさか、非術師の盤星教信者にやられるとは……自分が情けない」
「いや、そうとも限らない。あの場にいなかっただけで、盤星教が金を出して雇った呪詛師がお前を攫った可能性もある。もう少し身体を鍛えるべきだとは思うが、あれは取捨選択の結果だ」
「うっ、そうですね」
体力の貧弱さを指摘しつつ、擁護もするゲブラーの言葉に、黒井は申し訳なさそうな顔でそう返事をする。
五条と天内が海ではしゃいでいる一方で、ゲブラー、夏油、黒井の三人は、浜辺で後方保護者面のまますっかり休憩中だ。
ゲブラーに至っては、格好すら変わっていない。
「せっかくの機会ですから、ゲブラーさんも水着を買っておいてもよかったんじゃないですか? それなりに、呪術師としての給料もあるわけですし」
「いや、確かにそうなんだがな。今の私の身体は、どこもかしこも傷だらけなんだ。都市にはない、海水浴という文化に対する抵抗もある。……一応言っとくが、気にするなよ、夏油。ただ、私が肌を晒すのに抵抗があるってだけの話だ」
失言だったと自分を戒める夏油に、ゲブラーはそう言った。
事実として、図書館の力によって構成された彼女の身体には、何故か赤い霧時代の傷跡が残り続けている。
顔の傷だけでも十分に痛々しいが、その全身に残る傷跡は、人前に晒しがたいものなのだろう。
それからしばらく時間が経ち、沖縄から東京に帰る予定の時刻になったところで、夏油は五条に声をかける。
ところが、そこで五条は、明日まで沖縄滞在を延長することを提案した。
「悟、昨日から術式を解いてないだろ。本当に高専戻らなくて大丈夫か? それに睡眠だって――」
沖縄滞在を延長する理由を並べ立てる五条に対し、夏油はそう苦言を呈する。
しかしそこで、ゲブラーが彼らの会話に割って入った。
「夜通しの護衛なら私がやる。慣れた仕事だ。特に、裏路地の夜を越してきた私にとっては」
突然のゲブラーの言葉に、五条と夏油は一瞬ポカンとするが、その意味を理解するとすぐに薄く微笑んだ。
こうして、一行はもう一日、沖縄に滞在することになる。
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その後の沖縄観光は、天内にとってはもちろんのこと、ゲブラーにとっても非常に有意義な時間になった。
特に、都市の中には川も海もないため、カヌー体験と水族館は、彼女にとっては何もかもが未知のものだ。
それらの情報は、都市に持ち帰っても何かの役に立つわけではないが、ゲブラーはこの何気ない時間に、平和な世界の温かさを感じていた。
そうして翌日、乗り込んだ沖縄から東京に帰る飛行機の中で、ゲブラーは五条と夏油にあることを伝える。
「盤星教がきな臭い? どういう事です?」
「宗教団体のしつこさは、一般人の想像を遥かに上回るって話だ。特に、一神教の場合はな。盤星教の連中、教典の禁忌に天元様と星漿体の同化が書き込んであるんだろ? チャンスが残っている限り、あの類の連中は絶対に諦めない。私の経験と勘だが、もう一回何か仕掛けてくるはずだ」
そこまで話したところで、ゲブラーは都内の地図を開く。
そこには、いくつか赤い丸で印がつけられていた。
「これは、昨日夜蛾に電話で連絡して調べてもらった、盤星教の施設の場所だ。飛行機から降りたら、私はこの施設を片っ端から回って、不穏な動きがあったら潰しにかかる。お前らは、引き続き天内の護衛をしろ。……あいつが同化を拒んだら、何とか助けるつもりなんだろ」
ゲブラーの最後の言葉に、五条と夏油はハッと顔を上げる。
実は彼女の言う通り、五条と夏油は二人でこっそりと、天内が同化を拒否したときの対応を決めていたのだ。
そして、ゲブラーはそれをひっそりと盗み聞きしていた。
「私は、表向きはあくまで四級呪術師だ。だから、お前たちと協力して暴れることは出来ない。だがこれで、無干渉を貫くことは出来る。あとは任せたぞ」
話を聞き終わった五条と夏油は、ゲブラーの言葉に力強く頷き、彼女の意図を完全に理解した。
ゲブラーは、盤星教の企みを潰すためというのもあるが、天元様に支えられている呪術師として、天元様に逆らう五条たちの邪魔をしないためにも、高専に戻らない選択肢をとったのだ。
かくして、飛行機は東京に到着し、ゲブラーは一人で盤星教の施設へと向かう。
間もなく、物語は大きな分岐点を迎えようとしていた。