赤い霧が呪術廻戦の世界へやって来るようです 作:書鳳庵カルディ
「これは、かつて私が言われた事でもあるんだがな。お前が、呪いの生まれない世界という贈り物を渡したとして、術師全員がそれを喜んで受け取るだなんて思ってないよな? 余りにも多くのものを犠牲にして、前に進もうとしてるんだし」
「もちろん。ですから私も、10年前はひどく悩みました。しかしもう決めたのです。非術師は、嫌いだと」
そう言った瞬間、夏油の顔から作り物のような笑みが消え、代わりに恨みがましい表情が浮かび上がる。
これこそが、今の彼の本性だ。
ゲブラーがいない間に、夏油はすっかり変わってしまっていた。
「そうか。なら、これ以上話す必要もなさそうだな。それぞれ、守るか奪うべきものがあるから」
「私の世界にあなたはいらない。どれだけ強くても、呪力のない非術師は猿だ」
この会話を最後に、ゲブラーはミミックで夏油に斬りかかる。
対して、夏油は特級呪具の游雲をすぐさま武器庫呪霊から取り出して、ゲブラーの攻撃を受け止めようとするが、無限の速度で繰り出される彼女の一撃は、そう簡単には止まらなかった。
ミミックと游雲の衝突音が鳴った直後、衝撃をもろに受けた夏油は、商店街の中を派手に吹っ飛んでいき、とある雑貨店の一つに突っ込んで衝突した。
そこに、ゲブラーは追撃をしようと夏油を追いかけるが、彼は呪霊操術を発動させ、何体かの呪霊を解き放つ。
その中には、煙幕のようなものを発生させる呪霊もおり、彼女は一時夏油の姿を見失った。
ためらいなく、ゲブラーは煙幕の中に突っ込んで夏油の姿を探そうとするが、その前に彼が出した数体の呪霊が、煙幕の中から飛び出してくる。
それらの呪霊はゲブラーを無視して、彼女の背後にいる狗巻と乙骨に襲い掛かろうとしていた。
「決戦の時は今じゃない。おいとまさせてもらうよ、ゲブラー」
(パッと見、最低でも二級以上の呪霊が数体か。この煙幕の中で夏油を探している間、あいつらが持ちこたえられるとは限らないか)
そう考えたゲブラーは追撃を中断し、放たれた呪霊の殲滅に移行した。
ミミックを振り回し、反撃する暇も与えず凄まじい速度で呪霊をほぼ殲滅したゲブラーだったが、その頃にはもはや煙幕は晴れており。
内装が滅茶苦茶になった雑貨店に、夏油の姿はなかった。
どうやら、捨て台詞を吐いた後にまんまと逃げたようだ。
「ッチ、あいつも成長したな。狗巻と乙骨は大丈夫か?」
「はい、なんとか」
「しゃけ」
「ならいい。お前たちも、ちゃんと自衛はできたみたいだな。今回は運が良かった」
実は、ゲブラーは数体の呪霊の内一体を、わざと狗巻たちの方に取り逃がしていた。
それくらいなら、今の彼らでもなんとかなるだろうと判断したからだ。
その判断は正しく、狗巻と乙骨は連携をとって、見事に呪霊を祓っていた。
「あいつのせいで予想外の事態が相次いだが、いい経験にはなっただろ。お疲れ様」
そうして、任務を終えた一行は、商店街から呪術高専に帰還する。
その後、高専の校内で五条と会ったゲブラーは、報酬を受け取った後に任務の顛末を話した。
「夏油は変わっていたな。そして、固く変わらない意思を持った。違えた道は、もう交わりそうにないな」
「……決別は10年前に済んだよ。それより、向こうの目的は何か分かった?」
「私と会うのは予想外だったみたいだから、目的は狗巻か乙骨だろう。となると、狗巻よりかは乙骨の線が濃厚だな。具体的な目的は分からないが、乙骨の持つ特殊な事情に、夏油が目をつけたと考えるのが自然だ」
ここまで話したところで、ゲブラーは五条に背を向け、歩きながら改めて口を開く。
「まぁ、お前の方が夏油には詳しい。私は探偵じゃないし、調査活動は管轄外だ。戦力が必要だったらまた呼べ」
そう言い残して、ゲブラーは自身の仕事に戻るべく、その場を去っていった。
夏油の真意を知る者は、今はまだ、闇の中でじっと息をひそめたままだ。