赤い霧が呪術廻戦の世界へやって来るようです 作:書鳳庵カルディ
土煙が晴れた時、辺りにはもはや夏油とイオリの姿はなかった。
ただ、乙骨だけが広場に倒れ伏している。
それを確認したゲブラーは、急いで逃げた夏油を追いかけようとするが、足に力が入らない。
彼女の身体はボロボロで、もう限界を迎えていたのだ。
これまでゲブラーを支えてきた赤い霧のE.G.Oも、既に解除されてしまっている。
それでも、ゲブラーは不屈の精神で立ち上がろうとするが、それに待ったをかける者が現れた。
「そんな身体で何しようとしてるんだよ!」
「……真希か。私は夏油を追いかけるつもりだ。ここで逃がしたら、また私たちの前に立ちはだかるだろうからな」
「いい加減悟も来てるはずだ。そんなに急ぐ事ねぇって」
「高菜!」
命の危機から回復してやって来た真希、パンダ、狗巻の説得に、ゲブラーは少し逡巡した後、ため息を一つ吐いてから膝をついた。
それを見て、一年生三人はほっとした表情を浮かべる。
ゲブラーとて、無茶をしている自覚はあった。
五条に任せられるなら、それに越した事はないだろう。
それから少しして、気絶していた乙骨もようやく目を覚ました。
次々に乙骨へ声をかける一年生三人を、ゲブラーは複雑な気持ちで見守る。
乙骨が、自身を生贄にした事を知っているからだ。
一年たちの会話がひと段落したところで、ゲブラーも乙骨に声をかけた。
「よくやった。お前は宣言通り、しっかり友達を助けたわけだ。それに比べて私は、お前を助けられなかった」
「そんな事ありません! 僕がみんなを助けられたのは、ゲブラーさんが敵の相手をして、僕を助けてくれたおかげじゃないですか!」
「だが、お前が最後に追い詰められた責任は私にもある。……それで、呪霊と一緒に逝くだなんて約束をしたらどうなるんだ、乙骨」
ゲブラーのこの言葉に、乙骨は「えーっと……」と言葉をにごし、一年生三人はギョッとした顔をする。
「お前それ死ぬって事じゃねーか! 何考えてんだ馬鹿!」
「ごめん。でも、そうするしかなかったから」
真希が叫ぶのをよそに、乙骨は申し訳なさそうな顔をして、里香の方に近づいて行く。
約束を果たす時が遂に来たのだ。
ところが、里香は乙骨を冥土に連れて行きはしなかった。
それどころか、逆に里香の方の姿が一瞬で変化する。
その姿はまさに、人間だった頃の折本里香そのものだった。
「おめでとう。解呪成功だね」
そう言ってパチパチと手を叩きながら、目に巻いていた包帯を外した五条は、崩れた塀の向こうからこちらに歩いて来る。
「来てたんだな、五条。夏油はどうした?」
「あいつはちゃんと片付けたから安心していいよ。残念ながら、あのイオリって人は見つからなかったけどね。まぁ、それはさておいて、今はちょっと乙骨の話をしようか」
そう言われて、ゲブラーは乙骨と里香の方に視線を向ける。
それから、五条は事の真相を話し始めた。
乙骨が日本三大怨霊の一人、菅原道真の子孫であった事。
里香が呪霊になったのは、乙骨が彼女に呪いをかけたせいだったという事。
そして、主従関係が破棄された今、その呪いの解呪は完了したという事。
全てを知って、これまでの全ての悲劇が自分のせいだと思って、乙骨は頭を抱えて泣いた。
しかし、里香は呪霊として乙骨の傍にいた六年間が、生きている時よりも幸せだったと言って、乙骨の呪いを穏やかに肯定する。
そんな二人のやり取りを今度、ゲブラーは心底穏やかな気持ちで見守れた。
やり取りを終えて、里香があの世に行ってしまったのは少し残念だが、これはこれで真っ当な結末だろう。
ゲブラーは、都市で悲劇に見舞われた数々の男女を思い浮かべながら、心の中で二人を祝福した。