赤い霧が呪術廻戦の世界へやって来るようです 作:書鳳庵カルディ
「さて、感動の結末に水を差すようで悪いが、私からも話がある。終幕の時間だ。あと少しで、私は元居た世界に帰らなければならん。少しの間お別れってわけだな」
この言葉に、分かりやすく悲しげな表情を浮かべる一年生たちを見て、ゲブラーはふっと表情を緩めた。
全てではないにしろ、夜蛾から話を聞いていた一年生たちは、ゲブラーの事情をある程度把握している。
彼女がいずれ元の世界に帰るというのも、既に知ってはいた話だ。
ただし、別れが悲しい事に変わりはない。
「そんな顔をするなよ。いつになるかは分からんが、少なくとももう一回はこの世界に来る。お互い、それまでにくたばってなければいいだけの話だ」
「また、いつか帰って来るんだな?」
「ああ、私は簡単にはくたばらんさ」
真希の言葉に、ゲブラーはそう返事をした。
ゲブラーとしては、どちらかというと自分の事よりも一年生たちに自身の事を心配して欲しかったのだが、それは言っても仕方のない事だろう。
ただ、ゲブラーは願うだけだ。
心優しいこの仲間たちが、人の呪いに飲み込まれない事を。
都市の人々のように、苦痛の連鎖に組み込まれない事を。
それから、ゲブラーは一拍間をおいてから再び口を開いた。
「……そうだな。まだ少し時間もある事だし、最後はちょっとした私の昔話でもしようか。五条たちにも話し損ねた、私の二度目の人生についての話だ」
そう前置きして、ゲブラーは最後の話を始める。
昔話とは言ったが、正確に言うとそれは、かつてゲブラーだった者の昔話だ。
「二度目の人生で私は、ロボトミーコーポレーションと呼ばれる企業で、懲戒部門と呼ばれる場所を統括していたんだ。この企業は翼と呼ばれる大企業の一つでな。五条たちにはもう話したが、労働環境はお世辞にもよくなかった。何人もの社員がゴミのように死んでいくのを見たよ。時には、私の無茶のせいで死なせたもあった。時には、私の上司……アンジェラの理不尽な命令のせいで死ぬ事もあった」
そう話すゲブラーの脳裏に浮かぶのは、かつての無様な自分の姿だ。
今やゲブラーは人の身体を得たが、かつての彼女は機械の箱に赤い霧の脳みそを詰め込んだだけの存在だった。
それでも、ゲブラーは十分すぎる程に強かったが、あの時の彼女は怒りに呑まれて何も見えなくなっていた。
もっとも、あの場所では台本のために誰もが仄暗い感情を抱えていたのだから、それは仕方のない事だ。
「それでも、ロボトミーコーポレーションは私たちの目的を達成する目前のところまで漕ぎつけたんだ。だが、アンジェラの裏切りでそれも中途半端に終わってしまった。……でも、私は実のところそこまでアンジェラを恨んではいないんだ。結局のところ、私たちは今まで与えてきた苦痛のしっぺ返しを受けただけで、アンジェラは今まで受けてきた苦痛から自由になっただけだからな」
今なおゲブラーの上司であるアンジェラは、ロボトミーコーポレーションで最も苦しんだ存在と言ってもいいだろう。
詳細は長くなるため省くが、あの時ロボトミーコーポレーションの管理補佐をしていたアンジェラは、最初は死んでいく社員たちを見て人一番悲しみ、苦しんでいた。
「今となってはアンジェラも心変わりしたし、目的も私たちと同じ方向を向いている。ともかく、私がこの経験から言いたい事は一つだけだ。目的に向かって進む時、犠牲を見過ごしたり我を失ったりするなよ。……またな」
そう言い終わった後、舞台が終幕する"カッ"という音が鳴り、ゲブラーはまたも呪術世界から消滅した。
一年生たちは少しの間、呆然とゲブラーのいた空間を見つめているのだった。