赤い霧が呪術廻戦の世界へやって来るようです 作:書鳳庵カルディ
呪術高専の一年生たちが、六本木の廃ビルで実地試験を行ってからおよそ一か月がたったある日のこと。
西東京市英集少年院運動場上空にて、特級仮想怨霊の呪胎が確認された。
本来ならば特級呪術師が対処するべきところだが、五条は出張で、ゲブラーは任務で高専には不在だ。
そこで、一年生三名が少年院内の生存者の確認と救出にあたることになったのだが……その途中経過は惨憺たるものだった。
少年院内の生死不明者五名は、恐らく全員が死亡。
釘崎野薔薇は呪霊の攻撃により、左目を負傷して戦線を離脱した。
そして今、虎杖悠仁の身体を一時的に乗っ取った両面宿儺が、伏黒恵の前に立ちはだかっている。
宿儺はわざわざ自身の心臓を抉り取り、虎杖を人質にして伏黒と戦うという選択をとった。
伏黒からすれば、呪いの王と一対一をやらされるという絶望的な状況だ。
しかし、ここで戦いが始まる直前に、赤髪をたなびかせて一人の呪術師が到着する。
ゲブラーだ。
いつものように自身の任務をさっさと終わらせた彼女は、野薔薇を連れて帰った伊地知の連絡を聞いてこの場に急行してきたのだ。
「貴様、あの時もいた女か」
「ゲブラーさん、どうしてここに!?」
「私の話は後だ。伊地知から話は聞いたが、応援が必要なこと以外は聞いてない。私は何をすればいい?」
ゲブラーの問いに、切羽詰まった伏黒は即答する。
「宿儺を追い詰めてください。あいつが、心臓を欠いた身体では勝てないと思うまで!」
「分かった、可能なら援護しろ」
そう言うと、ゲブラーは懐の本から先端が八分音符に似た形状をしている白黒の大鎌を取り出す。
ダ・カーポという名のE.G.Oだ。
このE.G.Oは、以前ゲブラーが現二年生たちとの腕試しで使った懺悔と同じで、対象の肉体は傷つけずに精神へと直接ダメージを与える。
ただし、その強さは懺悔とは桁違いだ。
伏黒の話を聞いて、虎杖の肉体を傷つけるのは得策ではないと判断したゲブラーが、両面宿儺の精神のみを追い詰めるために選択したE.G.Oである。
ゲブラーは宿儺に真正面から突っ込み、無限の速度でダ・カーポを振るった。
(速いっ!)
「その身体、五体満足で返してもらう」
ゲブラーの初撃は、宿儺が腕を前に構えて防御行動をとったところに、ガンッという音を立てて命中した。
その瞬間、宿儺は自身の精神が削られるという初めての感覚を覚える。
しかし、宿儺にはその初めての感覚を味わう余裕はなかった。
ダ・カーポの真髄は、その圧倒的なまでの連撃性能だ。
ゲブラーは指揮者のように滑らかに舞い、音符をモチーフとした大鎌を宿儺の周りで振り回し続ける。
伏黒の式神である鵺も、ゲブラーの邪魔にならないように援護攻撃中だ。
対する宿儺は防戦一方。
ダ・カーポの刃は、彼の身体に命中し続けている。
いくら呪いの王でも、このまま攻撃を受け続ければただでは済まないだろう。
(術師でもないのにこの強さ。おまけにあの得体の知れない武器……あの女、何者だ?)
「そろそろ苦しくなってきたんじゃないか? このままならお前は精神ダメージで発狂して終わりだ」
「ハッ。まだ
そう叫ぶと、宿儺は一瞬の隙を見て地面を殴りつけ、ゲブラーに向けて土くれや土埃を飛ばす。
そして、ゲブラーとは反対方向に大きく跳躍した。
ゲブラーは飛んでくる土くれを切り飛ばしてから、宿儺を追いかけ容易く追いつく。
その事自体はよかったのだが、変わった辺りの景色を見てゲブラーは僅かに冷や汗を流した。
(住宅地か。クソッ、狙ったかどうかは知らないが嫌な場所に連れてこられたな)
「
宿儺がそう唱えると、不可視の斬撃がゲブラーに向かって飛んでくる。
ゲブラー自身は、優れた動体視力でその斬撃を躱したが、彼女の後ろの一軒家には斬撃が直撃した。
ガラガラと一軒家が崩れる音を聞いて、ゲブラーは鵺を用いて追ってきた伏黒に指示を出す。
「伏黒は一般人の救出と避難にあたれ! 心臓どころじゃないぞ!」
「了解です!」
(流石は呪いの王といったところか、性格の悪さも最悪だ。全力で止めるしかない)
そう決意し、感情が一定のレベルまで高まったところで、ゲブラーは自身のE.G.Oを発現しようとする。
彼女の全身が、徐々に赤く揺らめく鎧に覆われていく様を、宿儺は興味深そうに見ていたのだが……E.G.O発現の途中で、突然宿儺の様子が変わった。
全身の体表にある黒い模様がスゥ…と消えていき、三、四個目の目も閉じていく。
虎杖が身体のコントロールを奪い返したのだ。
しかし、その身体の心臓はまだ治っていない。
「なんで戻ってきたんだ」
「ここで戻らずに、宿儺のせいで人が死んだら絶対後悔するから。生き様で後悔はしたくねぇって、決めたから」
「……そうか。最期に何か、言うことはあるか?」
「あー、五条先生とゲブラーさんは、心配いらねぇと思うけど。伏黒も釘崎もみんな、長生きしろ、よ」
そう言い終えると、虎杖はその場にどさりと倒れた。
もはや動く気配はない。
「悔しいが……受け入れないとな。クソッ」
ゲブラーはそう言うと拳を強く握りしめ、されど立ち止まることなく歩き始める。
悔しさで立ち止まるよりも、前に進み続ける方が残された者たちのためになることを、彼女はよく知っていた。