赤い霧が呪術廻戦の世界へやって来るようです 作:書鳳庵カルディ
あの後、ゲブラーの強さをまざまざと見せつけられた夜蛾は、彼女を上層部にどう報告するべきか悩んでいた。
一般人並みの呪力しか持たない彼女が、模擬戦とはいえ五条悟を倒したなどと知られれば、大騒ぎになることは想像に難くない。
まず間違いなく、ロクなことにはならないだろう。
もっとも、ゲブラーの人柄と実力を考えれば、彼女が腐った上層部にいいようにやられるとはとても思えなかったが。
「俺はゲブラーのことを上に報告するために、書類をまとめてくる。その間、お前らはゲブラーと教室に戻って、この世界について色々教えてやれ。そういう取引だからな。一応、社会科の教科書はあるはずだ」
夜蛾は五条と夏油にそう言うと、さっさと職員室に戻っていってしまった。
それで、立ち上がった五条と夏油は面倒そうな顔をするが、なんやかんやで夜蛾のことを信頼している彼らは、大人しく言うことを聞くことにする。
そうして、一行は高専の教室に戻り、ゲブラーに日本史と地理の教科書を見せたのだが――
「こっちの世界と違うことが多すぎるな。どこから手をつけたもんか」
あくまでも、戦闘がメインのフィクサーだったゲブラーにとって、この調査作業は専門外だ。
探す情報がはっきりしていればまだよかったのだが、彼女が探しているのは、都市で苦痛を繰り返さずに済む方法という、実に曖昧なもの。
必然的に、調査作業は困難なものとなった。
「そもそもの話になりますが、ゲブラーさんが変えたいというその都市は、一体どんな場所なんです? さっきの話で、とんでもない世界だというのは理解してますが」
「確かに。手伝うにしたって、そっちの世界のこと知らないと、俺たちも何教えればいいか分からないからなぁ」
「……本当に手伝ってくれるのなら、都市について教えてもいいが」
夏油と五条の話に、ゲブラーがそう返事をすると、彼らは「もちろん、手伝いますよ」とでも言わんばかりに、首をぶんぶんと縦に振る。
その様子を見て、彼女は一度ため息をついた後に、都市について語り始めた。
「都市には、大きく分けて二つの場所がある。巣と裏路地だ。巣は、翼と呼ばれる二十六の大企業がそれぞれ統治していて、主に羽と呼ばれる翼の社員が住んでいる。一応、翼のもたらす物質的豊かさを享受できる場所だ」
「今のところ、いい場所そうに聞こえるな」
「それがそうでもない。大企業である翼は、まるで鳥の翼のように、次々と羽を生え変わらせる。つまり、社員である羽を使いつぶし続けるってことだ。危険な仕事を強制されるし、命の保証はどこにもない」
ゲブラーの言葉に、五条と夏油は唖然とした表情を浮かべる。
しかし、豊かな生活は保障されている分、都市の中で巣は一番マシな場所だ。
「そして、都市において巣以外の場所は裏路地と呼ばれる。まぁ、地域にもよるが、平時はちょっと治安の悪い場所程度に思っておけばいい。だが、この場所には一つ特殊なルールがある。裏路地では、午前3時13分から4時34分までの81分間を"裏路地の夜"と呼ぶんだ。この間は、どんな規則を破っても誰もが目を瞑る」
「は? 本当に何をしても、誰にも何も言われないんですか?」
「そうだ。一応、裏路地にも自警団とかの治安部隊は大抵いるんだが、この時間帯に起きたことを追求するのは絶対に許されない。だから、この時間帯には殺し合いに奪い合いが起こる。誰もが加害者になり、誰もが加害者になり損ねた被害者になるんだ。まさに無法地帯ってやつだよ」
五条と夏油の二人は、今度は唖然を通り越してドン引きした。
そして、ゲブラーがなぜ自分の世界を変えたいと言っているのかを理解した。
「こういう無茶苦茶な都市のルールは、頭と呼ばれる都市全体を掌握している連中が決めるんだ。簡単には逆らえない。かつての赤い霧が死んだのも、頭に逆らった仲間を守るために戦い抜いて、最終的に頭の構成員と相討ちになったからだ。……ここまで聞いておいて、まさか手伝わないなんて言わないよな?」
都市の話に続いて、意図せず赤い霧の壮絶な最期まで聞いてしまった五条と夏油は、ゲブラーの最後の言葉に思わず固まる。
流石の問題児二人も、ここまで言われて手伝いを放棄することはできなかった。