入学初日にあった色々な厄介事を終えた翌日。
天気は雲一つない快晴で程よく吹く風に少々肌寒く感じる朝、士は一人雄英高校へと足を進める。
士の頭にあったのは昨日のこと、ファミレスで遭遇した男のことだった。
(あの男は……間違いない、鳴滝だ。この世界ですらアイツと会うのかよ)
ベージュのコートに帽子。士が世界を跨ぐ度に姿を現しては厄介事を持ち込む存在こそがあの男、鳴滝だった。ライダー大戦の世界を経た後もストーカーの如く現れるあの男に士は心底うんざりしていた。
「はぁ……」
「あ! おはよう門矢君!」
「……ああ、おはよう」
士がため息を吐いていると緑谷が背後から駆け足でやってくる。少々息を切らしながらもその顔には笑みが浮かんでいた。
士は緑谷が息を整えるのを待ち、緑谷が整え終えると隣に並び歩き始める。
「なぁ、何か良いことでもあったか?」
「え?」
「何か機嫌が良さそうだからな。告白でもされたのか?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
士のからかいに緑谷は顔を真っ赤にする。典型的なティーンの反応を見て思わず士は笑みをこぼした。
「悪い悪い、そう本気にならないでくれ。それで機嫌がよくなるようなことが何かあったのか?」
「そんな大したことじゃないんだけどね」
緑谷は自信の無さからか前置きしつつ、わずかに声を小さくし話を続ける。
「僕今まで友達少なくってさ。昨日は色々あったけどクラスの皆と友達になれて、何より命の恩人である……君と出会えたんだ。だからかな」
士の問いに緑谷が少し恥ずかしそうに頭をかきながらもそう答える。緑谷の浮かべるその表情は穢れを知らない満面の純粋な笑みであった。
「そうか」
「うん……」
「ところで一枚」
「え、ちょっと急に何を」
「良い笑顔だからな。そのままそのまま」
士がその笑顔を写真に収めようとカメラを構え、緑谷は恥ずかしさからか手であたふたと顔を隠す――二人がそんなやり取りをしていると新たに一人背後から駆け寄ってきた。
「お二人さーーん!!おはよう!!」
「お茶子か、おはよう」
「う、麗日さん!お、おはよう!!」
「二人とも一緒に登校だなんて……仲良いなぁ! 入学してすぐなのに羨ましいよ!」
「別に他の奴らと大差ないさ。こいつとも偶々道で会っただけだからな。なぁ出――」
目を横に向けるとそこには顔を真っ赤にしたままフリーズする緑谷の姿。
士はその姿に思わず絶句し、麗日が反応の無い緑谷を不思議に思い顔を覗き込む。
「?おーいデク君ー。」
「はっ!? 僕は……って麗日さん近い近い近い!!」
「ごめんごめん! デク君顔真っ赤にしたまま動かんからさ。大丈夫?熱無い?」
「大ッ丈夫!大丈夫だから…」
麗日の言葉に長考の海から何とか帰還した緑谷は慣れない女子との距離に慌てふためく。
その反応に麗日は手を合わせて軽く謝るも顔を赤くしたままの緑谷を心配がってか自らの額を近づけようとし再び慌てだす。
緑谷出久――――――女子への耐性0
目の前の光景から士は直感した。
「まじかよ。先が思いやられるなこれは……」
そんな目の間で繰り広げられる傍から見ればお腹いっぱいな光景に士は飽き飽きとし、二人をその場に残し一人雄英に向かい歩き出した。
「ちょっ……門矢君!?」
「悪いが先行ってるぞ。この調子だと遅刻しそうなんでな」
「えー、待って待って~! 折角だし3人で行こうよ!」
「……」
背に掛けられる言葉に士はチラリと一瞬振り返る。振り返った先には片や僕を一人にしないでくれという必死の懇願が込められた目、片や3人で行った方が楽しいという純粋な目が士へと向けられていた。
「……」
「門矢君……男子一人にしないでぇ……」
「……ッわかったよ」
士はその視線を無視して進もうとするも完全に見捨てる事は出来ず、二人に半ば強引に共に登校させられたのだった。
そんな朝から時間は経ち、授業が始まる。学校=授業の場であるのは公立私立どの学校であろうとも変わらない。
雄英高校ヒーロー科のカリキュラムにおいても午前は国語や数学など必修科目といった他の高校でも見られるごく一般的な授業が行われることとなっており、無事登校出来た士たちは英語の授業を受けていた。
「ここの文章問題だが文法上正しくない部分がある。それはどの部分か?」
(((普通だ……)))
「Everybody hands up!テンション上げて行こうぜ!!」
他の高校と変わらぬ授業が展開される中、唯一異なる点があるとすれば授業を担当する教員は全てプロヒーローであるということだ。
尚数多存在するヒーローの中でも個性的なプレゼントマイクの授業ですらこの通りであり、結局のところあまり差異はないと言えるだろう。周囲の反応を見るに期待のハードルを越えることはなかったようだった。
そんな授業を4コマ終えて昼食兼休憩時間を迎える。学生たちが各々の目的のため動き始める中、自動販売機のパンで適当に昼は済ませようかと士が席から立ちあがるとそこに出久らがやってきた。
「門矢君、お昼ってお弁当か何か持ってきてるかな?」
「いや、自販機でパンでも買うか程度にしか考えてなかったが…」
「なら大食堂に行こうよ!」
「大食堂?」
「えっとね、雄英高校にはヒーローが教員として在籍してるんだけどそれは食堂についても例外はないんだ。食堂は『ランチラッシュ』っていうヒーローが切り盛りしてて一流の食事がいただけるんだよ。それも安価かつ栄養満点!バランスも良いその食事目当てで雄英高校を受験する人もいるとかいないとか…。あ、ちなみにランチラッシュの出身は」
「とにかく行ってみようじゃないか門矢君!!」
出久のブツブツモードにこのままでは昼休みの時間が終わってしまうと感じたか飯田が端的に述べ、士たちは大食堂へと足を運ぶ。昼休み開始からそう時間は経っていないものの、士たちが着いた頃には大食堂には人が溢れかえっていた。
「うひゃ~めちゃ混みだ……」
「皆! テーブルが確保できたから食事を取ってきていいぞ!」
「うん、ありがとう飯田君!」
「気にするな! 食事はバランスの良いものにするんだぞ!」
「オカンかアイツは」
口では様々に言うものの、皆飯田には感謝しつつ各々料理を注文、手渡された呼び出し機と交換で受け取り着席すると料理を食べ始めた。
「にしても凄い人の数だな……」
「雄英生の多くがこの食堂を利用するらしいからね。その数にも難なく対応するランチラッシュ……やっぱ流石だなぁ」
「ランチラッシュも言ってたけどお米が一番落ち着く……やっぱり白米が最強だ!」
「うむ、それには僕も同意見だ。和食はバランスが良く健康的だしな」
各々が初めての大食堂での食事の感想を述べながらも時は進んでいき、昼休みの終了を告げる鐘が鳴った。
その音を聞いて食堂の生徒たちは続々と席を離れ次の授業の場へと移動していく。
「チャイムか。ま、丁度いいくらいだな」
「いや、雄英生たるもの10分前行動が基本! すぐに教室へと向かおう!」
「ん~~プハッ、食べ終わった!!次の授業って何だったけ?」
「確かヒーロー基礎学だったかな。講師は…オールマイト!あぁ、雄英高校でオールマイトの授業を受けられるなんて夢みたいだ。ちなみにオールマイトが雄英高校に来る前には……」
「……お喋りは後にして早く行かないか? 遅刻でまた面倒事なんて御免だ」
緑谷がまた一人の世界に入りかけたところに放たれた士の一言は緑谷を現実世界に引き戻し、飯田麗日と共に教室へと急ぎ足で進んでいく。
その後ろを士も追いかけようとしたその時、何者かの圧にも近しい視線を感じふと足を止める。
「どうかしたかい門矢君? あんまりゆっくりしていては授業が始まってしまうぞ」
「……いや何でもない。先に行っててくれ、すぐ追いかける」
士は周囲を見渡すもその視線を送った者と思わしき人影は見えず、緑谷たちと教室へと向かっていく。あの場にはまだ多くの人が残っていたがもう既にそこにその者はいないというだろうということを士は何となく察していた。
(あの視線は何だ? 静かな圧……学生ではない筈だ。一体誰が……)
疑問の相手は恐らくこの場にはもうおらず、時間もない。
結局その場でその疑問が解決することはなく、長い廊下をひた走る。気づけば教室の大きな扉の前までたどり着いていた。
「「間に合ったぁ…」」
「悠長している暇はないぞ! すぐに席に着こう!」
「そんなキビキビしなくてももう大丈夫だろ。教室の前なんだし」
「いや、雄英生たるもの10分前行動が基本! ましてや鐘が鳴ってから着席なんて……さぁ門矢君もすぐに座りたまえ!」
「はぁ…」
授業に間に合ったことにほっとするもそんな束の間を許さないかのように飛ばされる飯田の指示に嫌々ながらも足はやに自身の席へと向かう。
士らが自身の座席に着き、数分と経たないうちに授業開始の鐘が校内に鳴り渡った。昼休みの終了を報せるその鐘は同時に午後の授業の開始を生徒らに告げる。
いよいよ始まる。午後の授業――ヒーロー基礎学が。
「わ~た~し~が~」
「普通にドアから来たァ!!」
「オールマイト!!」
「ホンモノだぁ!」
「画風が違いすぎて鳥肌が…」
(アイツが…オールマイト。この世界の”柱”か。)
口上とともに勢いよく開けられた扉から現役NO1ヒーロー・オールマイトが不変の笑みを浮かばながら姿を現す。
身長は優に2mを越え、筋肉という名の鎧を身に纏っている全人類の憧れと言っても遜色ない彼の登場に教室が沸き立つ。
士も彼の登場に静かに反応を示す中、オールマイトは壇上に立つと軽く咳ばらいをし、説明を始めた。
「皆も既に把握していると思うが私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため様々な訓練を行う授業だ。単位数も多いから張り切っていくように!早速だが……今日はコレ、戦闘訓練さ!!」
オールマイトが素早くカードを握った拳を生徒らのほうへ向ける。
それは白色の背景に”BATTLE”とだけ赤く書かれたカードだった。
「戦闘ッ!!」
「訓練……!!」
「そしてそいつに伴って…コチラ!入学前に送ってもらった個性届と要望に沿って誂えたコスチュームだ。」
「「「おおぉ!!」」」
オールマイトが手元のリモコンのスイッチを押すと教卓の隣の壁からコスチュームの入ったケースを乗せた棚がせり出してきた。
自らの個性や各々の要望を基にプロの手によって作り上げられたヒーローの原点とも言えるそのコスチュームの存在に生徒らは更なる盛り上がりを見せる。
「皆これに着替えてグラウンドβに集合だ!」
「「「はーい!」」」
オールマイトの指示の下、各々がコスチュームケースを手に取り更衣室へと向かっていく。
皆が興奮を見せる中、遅れながら士もコスチュームケースを取り出し緑谷らと更衣室へと向かっていく。
(さて…門矢少年。君の信念を見極めさせてもらうぞ。)
(俺の方が上ってことをここで証明してやるよ)
二つの、心意は異なるその視線を背に受けながら。
雄英高校ヒーロー科初の戦闘訓練がついに始まろうとしていた。