「あぁ……緊張してきた……」
「デク君リラックスリラックス!」
「う、うん」
映画の劇場のような薄暗い通路を通り抜け、陽の光が天から降り注ぐ。
校舎内からつながる通路の先に待っていたのは入学試験の時にもあった小型のビルやマンションなどが立ち並び信号や標識までもが設置された模擬市街地であり、それこそが雄英高校のほこるグラウンドβである。眩しさから目をすぼめながらも道の先を見やるとそこには道路の中心に堂々と立つオールマイトの姿があった。
「待ってたぜ皆!かっこいいじゃあないか!」
オールマイトは腕を突きだしグッと親指を立てる。
生徒らは全身を鉄鎧で覆ったものから肌を大きく見せるものまで多種多様な装いを身に纏い、太陽という名のスポットライトに照らされた姿はまさに『ヒーローの卵』と形容するに値するものである。オールマイトの言葉に皆……中でも兎のような被り物に二カッと笑ったような歯の意匠が施されてたフェイスマスクをオールマイトリスペクトを感じさせる緑のジャンプスーツを身に纏う緑谷が嬉しさを噛みしめているのがその姿から見て取れた。
「随分と嬉しそうだな出久」
「ここまで色んなことがあって、今ようやくスタートラインに立てたと思ったら嬉しくなっちゃったんだ」
「”夢”への……か」
士の言葉に緑谷は頷き、どこか寂しそうで辛そうな表情をチラリと見せるも、そんなことよりと言わんばかりに食い入るように士のコスチュームを眺めだした。
「今着てるのが門矢君のコスチューム? 普通の服みたいに見えるけど……何かギミックでもあるのかな?」
「特には無い。変身したら服なんて関係ないしな」
ブツブツと一人喋りながら眺める緑谷に対し 「期待させて悪いが」 と士は付け足す。
ピンクのシャツに灰色のジャケット。色は事あるごとに変われど長年慣れ親しんできた服装であり、この服装で門矢士は色々な世界を旅してきたのだ。
「確かにそうか。でも平時から変身するまでのラグはこの間見た感じありそうだからその隙を狙われないようにもっと動きやすい服装の方が……いや、あえてカジュアルな服装に身を包むことで相手を油断させる? そうなるとでもなぁ……」
「あー……出久のコスチュームはオールマイトのそれみたいだな」
士は話を逸らそうと緑谷のコスチュームの話題を持ち出す。
水色の全身タイツのように身を包んだ彼のコスチュームはかの平和の象徴と比べて一回りも二回りも違うものの、オールマイトの象徴であるV字の逆立った前髪に彼の笑みを模したバイザーがオールマイトをイメージしたものであることを示していた。
「うん、僕の憧れの人だからね!」
「憧れね。にしては他の奴のよりはパッとしないな」
(奇想天外な服装だらけ、仮装パーティーかここは……)
周りを見れば宇宙服みたいな奴から半裸みたいな奴まで正に”個性”が出ているコスチュームばかりである。この男、門矢士は何着ても似合ってしまうと自負しているのだがそんな奇抜な服を着てたまるかというのが彼の本音であった。
「パっとしなくても良いんだ。この服には想いが込められてるから」
「あー……始めてもいいカナ?」
見た目からは想像もつかないその弱気な声に一同は驚きから話をピタッと止める。
それを好機と見たかオールマイトは咳ばらいをし皆を一度見渡すといつもと変わらぬ声量で話始めた。
「オッホン! さぁ、始めようか有精卵ども!戦闘訓練のお時間だ!!……ではこいつを見てくれ!」
オールマイトはどこからか端末を取り出し、宙に一枚の画像を映し出す。
そこには4階建ての小型ビルの断面図が表示されていた。
「今回の訓練は対人戦闘訓練! 敵退治は主に屋外で行われるが凶悪な敵に関しては屋内の方が現れることが多い。これは統計で出ている確かな情報だ」
「真に小賢しい敵は
「その通りだ八百万少女! これから君たちにはヒーローと敵の2チームに分かれ2対2の屋内戦を行ってもらう!」
オールマイトは生徒らに告げると手元の端末を操作し、映し出す画像を更新する。
先ほどは訓練の地形の紹介だったが今度のものは文章がつらつらと並べられていた。
内容を要約すると以下のとおりである。
・状況設定は『敵』がアジトに『核』を隠しており『ヒーロー』がそれを対処しようとしている
・ヒーロー側の勝利条件は制限時間内に『敵』の確保か敵が屋内に隠している『核』を回収。
・敵側の勝利条件は制限時間まで『核』を守り切るか『ヒーロー』の確保。
しばらく時間を取り、皆が見終えたと判断したオールマイトは手元の端末を操作し映像を停止し端末を懐へとしまい生徒の方へと向き直す。
「見終わったかな? では皆さま気になるコンビ及び対戦相手の決め方だが……これだ!」
オールマイトの言葉に皆唾をゴクリとのむ。
ヒーローとは迅速な対応が求められる存在であり、その場にいる見知らぬヒーローとも即時連携を取って行動しなくてはいけないのだ。
(初日からスパルタ教育の片鱗を見せる雄英高校。一体どんな方法を……)
皆が不安に思う中、オールマイトは地面に置かれた箱を片手でひょいと持ち上げると皆に見えるように上に掲げて見せる。
そこそこの大きさで6面ある内の一つには大きな穴が空いた箱。中には幾つかのアルファベットの書かれたボールが入っておりその手段は古来より様々な国・場面で用いられてきたもの。
一言で言い表すならくじ引きである。
「「「えええぇぇぇ!?」」」
「くじ引きなのですか!?」
「さっきまでハイテクだったのに急にアナログー!!」
初の訓練でのコンビの決め方が拍子抜けなものであったことに皆の緊張が一気に解かれ、阿鼻叫喚の嵐となる。
「アナログにだって良さはあるのさ、HAHAHAHA!!」
そんな中でも絶えずアメリカンスマイルを絶やさず軽快に笑い続ける彼のメンタルは相当なものだろう。
最終的にオールマイトが宥めることでその場は鎮まり、一人一人くじを引いていった。
「B。俺一人でも良いんですけど」
「これ一応授業だから轟少年!」
「うす」
「うちAか~」
「耳郎少女が引いたから………次は飯田少年だな」
「はい! 僕は……Dか」
「よし飯田少年も引いた、と……爆豪少年!次は君の番だ。」
「ケッ……」
爆豪はそっぽを向きながらもくじの箱の下へずかずかと歩いていく。
オールマイトの持つ箱を一瞬チラリと見るとまたそっぽを向きそのまま手を箱の中へ入れようと手を伸ばす。
ただ目の前の箱に手を入れくじを引くという赤子でも出来るような単純な動作。
けれど爆豪のその手は空を切り、爆豪はバランスを崩し勢い余って前へとよろけた。
「は?」
「アレ?」
(⁉)
その光景にクラスの皆だけでなくオールマイトすら呆気に取られた顔を浮かべていた。
「おいオールマイトォ……アンタまさか俺のことおちょくってんのかァ?」
「いやいや滅相もない! 私も気づかないうちに箱を動かしていたようだ。動かしたつもりは全くないんだが……」
「チッ……まぁいいよ」
爆豪は何事もなかったかのように再びくじを引こうと手を伸ばし、今度は問題なくその手は箱の中へと到達する。オールマイトもクラスメイトも皆「まぁそんなこともあるか」といった具合に受け入れた様子だったが唯一人、門矢士だけはそう簡単には納得していなかった。
(今のは……何だ? 映像が一瞬飛んだような……)
僅かではあるが爆豪がよろける前とよろけた後でオールマイトの箱の位置が変わっている。それもオールマイトの本人の意思ではなく、手が勝手に動いたかのように士の目には見えていた。
(わずかな距離とはいえ瞬きもしない内に箱を爆豪の手の届かない位置に移すなどおよそ人の力では無理な筈……個性を使ったのか? だが……)
オールマイトがいたずらの為だけに個性を使うとも思えない。かつて味わってことのある違和が辺りを覆っていた。
(何か無理やりつなぎ合わせたような……ワンシーンが無理やり切り取られたかのような違和を感じる。それにこの感覚、以前もどこかで……)
士は違和の正体を探ろうと辺りを見回す。けれどその正体はどこにも見えなかった。
「爆豪少年はBだな!!」
「Bってことは……」
「俺だな」
「てめぇかよ……あのテストで俺より順位一つ上だったからって調子乗ってんじゃねェぞ!!」
「別に乗ってねぇよ。いつも通りだ」
「あァん!? 常に調子乗ってるってことじゃねェか!」
(この状況で探るだけ無駄か)
目の前の光景に士はため息をつき、周囲への警戒を止める。
片や怒声を散らし猛獣のように唸る男、片や興味を欠片も示さない氷のように冷淡な男。
両極端と言えるその二人が作り出す異様な空気の中、A組はその組み合わせにざわめき立っていた。
「爆豪と轟かぁ」
「実力者二人がコンビってやばくない?」
「相手にしたくねぇ……」
「ズルだぜズル!」
「あァ!? コイツとコンビなんてこっちから願い下げだわボケ!!」
一同が少々ブーイングを交えながら口々に声を漏らす。
ランダムにチームメイトが決まるこの訓練において”爆破”と”氷結”という強個性が揃ったのだ。加えて二人の戦闘センスといった部分もクラスの中でもずば抜けており、戦う相手からしたら彼らの存在は実状恐怖そのものでしかない。
「む、だが――「本番、いざ敵と対峙した際にそんな言い訳は通用しない……だろ?オールマイト」
次第にネガティブな意見が散見していき皆の士気が下がるのを見かねてオールマイトが声をかけようとしたところに士がそう言葉を言いきる。
どれだけ目上の人がいようとどのような立場であろうと常に我が道を行くのがこの男であり、今ストッパーとなる存在はいない。
突然の発言に集団の注目を浴びながら士は後列から一歩一歩オールマイトの前へと歩みだす。
「俺たちが相手にしようとしてる敵は何もチンピラだけじゃない。賢しく、強大で自分なんかじゃ倒せない奴だっている。けどそんな奴らにも迷わず立ち向かっていく……それこそがヒーローって奴なんじゃないのか?」
「そうだよ皆!そんな姿に憧れてここまできたんじゃないか!」
「門矢……それに緑谷まで……」
「そう…だよな。俺たちが目指してきたのはそういうかっこいいヒーローだもんな!」
「うぉぉぉ熱いぜ!!」
「門矢あんたロックだよ!!」
クラスの皆の方に振り向き、発した士の言葉に皆の冷めきった顔に灯が差す。
たちまちネガティブな雰囲気は消え去り、訓練開始が待ち遠しいといったような盛り上がりを見せた。
「よっしゃ!相手が誰だろうとやってやろうぜ皆!!」
「「「「おおォォ!!!」」」」
「あ、あの皆…」
「オールマイト、くじ引かせてくれ」
「あっ……うん」
目の前では依然平静な士、数歩先には数名除いてさながらライブのような盛り上がりを見せる生徒たち。
風邪を引いてしまいそうなその温度差に苦笑しながらも若いって良いな……なんて思うオールマイトであった。
「俺は……Aか」
「一緒だ! よろしくね門矢君!」
「ゴホン……さて、門矢少年も緑谷少年もくじを引いたことだし気を取り直して対戦の組み合わせの発表だ!!」
オールマイトのその声にざわめきは止み、皆の注目が片手を白色のボックス、片手を黒色のボックスへと入れた彼へと集まる。
「最初の組み合わせはコレ!!」
風を切るような音を聞こえさせながらオールマイトは左右の白黒ボックスからボールを取り出す。
「Aコンビが『ヒーロー』!! Bコンビが『ヴィラン』だ!!」
「Aコンビってことはよォ…」
「Bコンビってことは…」
「お前らか。」
「丁度良い…纏めてぶっ殺してやるよ!!」
「かっちゃん……僕だって!」
「はぁ、大体わかった…………面倒くさいってことがな」
初の戦闘訓練、その第一戦。
その戦いの火蓋は爆破と頂点に飢えた猛獣と空間を一変させる氷結者、そして世界とその身を破壊する者たちによって今切られようとしていた。
話が進んでないって?
大丈夫、僕も同じこと思った。ゴメンネ。