コーヒーの香りが漂う部屋、その香りを全身に行き渡せるようにスゥと、鼻で息をする。
このとき、この場所が唯一の楽しみであり唯一心が安らぐ。部屋を出れば甘ったれた空気感は命取りとなる。自分の命ではなく、他人の、いや患者の命取りになるのだ。
いつ誰が怪我や病気をするかなど知るよしもない。医者という仕事は臨機応変に動かなければいけないのだ。そのためにも休むときは休んでおかなければいざというときに動けない。
彼はこの事を身にしみて知っている。だからこそ彼はつかの間の休憩を満喫していた。
ふぅ、とコーヒーの香りを含んだ息を吐き一言医者は呟いた。
「そろそろ時間だね。あの子には困ったらものだよ、退院してすぐにまた入院するを何度も繰り返してるんだからね。」
よっぽどここのナースに気があるのかな?と、もう一言加えたあと腰を掛けていた椅子から立ち上がった。
目的の場所へ着く。この部屋にはツンツン頭の不幸な青年がいる。いつも彼の部屋は病院という空気感を潰すほどの慌ただしい音が聞こえる。今日もまたそのようだ
甲高い少女の声が唐突に聞こえた。ドアごしのため内容はいまいち聞き取れないがキレていることはすぐにわかった。
そんな声に対してツンツン頭の青年はびくびくしているのであろう。そんな予想をしながら青年の病室のドアをゆっくりと開けた。
曖昧だった声が今度はハッキリと聞こえてくる
「アンタ私になんか謝ることあるんじゃない!?」
カラフルな点滴を身体中に刺されている青年に指を指しながら一人の少女が叫んでいる
「な、なんのことでしょうか。」
「なんの説明も無しにいきなり裏切っていきなり戦って容赦なく私に化け物兵器をぶつけよって!」
「先に化け物兵器をぶつけようとしたのはお前だろ!」
少女はバチバチと身体中から電気を走らせている。いまにも爆発寸前だ
「ちょっといいかな?」
このままでは病院にある機械の全機能が停止されそうなため彼女を落ち着かせるように間に入った
「げ、ゲコタっ!?」
「ゲコタではないね。それと今から上条くんの精密検査をしないといけないんだね。面会は終わりにしてくれないかな?」
う”っ!と悔しそうにした彼女だったが流石にここは引き下がらないといけないのと思い、覚えときなさいよっ!このバカッ!と捨て台詞をはいて消えて行った
「ふぅー、あのままじゃ上条さんは死ぬところでしたよ」
「不思議だよ、君が死ぬところなんて想像もできないね。あんな大怪我をしてたった数日でここまで回復する君が死ぬなんてね」
「回復ってことはそろそろこの点滴から脱出できるんですか!?」
「5本にまで減ることになるよ」
「…………………。それでもかなり多いと思うのですが」
「何をいってるんだい、逆にこれだけで済むなんて君の体は異常中の異常だよ?」
喜んでいいのか微妙な言葉をかけられて言葉がつまる上条にすこし微笑んでもう一度声をかける
「それじゃ移動するよ?検査はほんの数分で終わるさ」
検査は順調に進んだ。どうやらこれといった異常は見られないようだ。あるとすれば回復力だがあえてそこにはこれ以上触れないでおいた。
「検査は終わりだね。あとはゆっくり休めばいいよ」
そう言い残して上条の部屋をあとにした。
その後も医者としての仕事をこなした。今日も誰一人として死なせなかった。
少しだけ休憩をとるため自分の部屋にむかう。部屋には一方通行のバッテリーのことや妹達のことなどの表には出せない書類などが隠されている。
大抵のものを自分で作ってしまうのは表に出さないための安全性を考えてのことだ。自分だけで作業することができるのだ
だがそんな秘密ばかりの部屋はなんの変鉄もない部屋のように見える
ドアをひらいてすぐに見える椅子に腰をかける。ふぅ、と思わず声が漏れてしまう。疲れは隠れることを知らず、医者の体を蝕んでいる。年のせいもあってか最近では足腰にも疲れが出てきた。
気を抜けば眠ってしまいそうだった。
そんな医者を、起こすように電話がなる。
医者は手を伸ばし受話器をとり耳に当てた。
「珍しいこともあるもんだね。なぜ僕に電話を?アレイスター」
男にも女にも囚人にも聖人にも聞こえる声が受話器から聞こえてくる。
「今日は1つ頼みがあってな」
「頼み?」
「内容は簡単だ。私に付き合って欲しい」
「なぜ僕に?」
「もう3人から断れてな。4人目に理由なんてもはや存在しない。いわば適当だ」
「………。内容は?」
「私の永き空白の時間を埋めて欲しい。」
「……………………。要するになんだい?」
「暇潰しだ。」
医者はガチャっと受話器を直した。そして淹れたてのコーヒーを口に運んだ。