最近息を吹き返しました。
どうもこんにちは。
私の名前は古明地さとりと言います。
さとり妖怪。なんて妖怪を聞いたことがありますでしょう?
ええ、私がそのさとり妖怪です。
ではさとり妖怪とはどのような妖怪なのか、どのような能力があるのか、あなた方はご存知でしょうか?
知らない方のために、一度ここで実践してみましょうか。
今あなたは『どうでもいいから話進めろよ』と思っていますね? あら、『さとりちゃん可愛い』とも。嬉しい限りです。
後者は存分に見てくれて構いませんよ? なんせ、ここまで容姿端麗な妖怪も少ないものですから。
ただし、お触りは禁止ですよ? あなたの臓物は見たくありませんもの。
しかし、前者に至っては聞き捨てなりません。さとり妖怪の能力を把握しないまま私達の物語を読まれても困りますので。
とは言っても、大して影響はないのですが。
『じゃあいいじゃん』と言いましたね? 良くないです。最後まで聞きなさい。
あっあっ、待って待ってスクロールしないでください。
えっと、ちなみに私は人の心が読めます。先程お見せしたように、あなたの心の中を読むことができます。
こんな力、周りから見たら気味が悪くて、近寄り難いかもしれませんね。
実際、私達さとり妖怪は存在が否定され、自分自身を閉ざすように旧地獄、地底と呼ばれる場所で暮らすようになりました。
半強制的に、私達は追いやられたのです。人々の手によって。心が読めるから。
しかし、私はこの力に誇りを抱いています。このように稀有で、加えて強力。妖怪にとって、これほど名誉なことは無いでしょう。
誰かに侮蔑されようと、攻撃されようと、私はこの能力を軽蔑しない。
しかし、妹は違いました。妹……こいしはこの能力を嫌っていました。そんなこいしはある時、さとり妖怪がもつ「第三の目」を自らの手で塞ぎました。その当時、私は不甲斐なさで押し潰されそうになりました。
たった一人の妹をここまで傷つけてしまったんです。落ち込まないわけがありません。
だから私は、これからこいしの事を精一杯支えようと、悲しませないようにしようとしました。
これが果たして溺愛というのでしょうか。ええ、溺愛でしょうね。
しかし、これで良かったんです。私は、結果としてこいしを幸せにすることが出来たのですから。
ええ、幸せには出来ました。 よって、私の方法は間違っていなかったはずなのです。
「……おねーちゃんっ」
「……」
書斎で、私は羽根ペンを走らせる。今日中に終わらせなければいけない仕事が多い。
多少の寝不足からか、隈ができ始めているのは目の前に置いてある手鏡で確認済みだ。
「お姉ちゃんってばっ」
「……」
とりあえず、あと全体の二割程度だ。このまま晩御飯までには終わりそうだ。お空には悪いけど、今日はあまり食事を取れそうにない。
「ねーお姉ちゃーん?」
「……」
とりあえず、このまま問題がなければ滞りなく終わりそうだ。
「……」
「……」
夢中で、とにかくペンを動かす。これでようやく、2ヶ月分の溜まっていた仕事が終了する。終わったら何をしようか、息抜きに勇儀さんとお酒を飲むのも悪くは無い。それか、ペットたちと戯れるのも……
「……はむっ」
「ひゃっ!?」
突如、私の右耳に湿った感触が襲う。
ガタンと書斎の机を揺らしてしまい、何枚かの書類がヒラヒラと落下していく。
「……あむっ……はむっ……ぺろ……」
「んっ……て、こ、こいしっ!? 何してる……っ……んんっ、や、やめ……」
ぬめりと濡れた柔らかいものが私の耳を這った。その感触に思わず声を上げてしまう。ぴちゃぴちゃと、私の耳の中でみずみずしい音が鳴る。
「ぷはっ……もうっ、お姉ちゃん! なんで無視するの?」
「……む、無視って何よ……」
湿った右耳を抑え、驚きで高鳴っていた心臓を落ち着かせようとしながら、我が妹、古明地こいしを見つめる。
こいしはぷっくりと頬をふくらませ、軽く睨んできた。
「私ずっと呼んでたんだよ? それなのに……」
「あ、あぁそうなの……ごめんなさいね」
「まったく……」
「でもこいし。お姉ちゃんの耳を舐めるのは辞めなさい」
そう、今こいしは私の耳を舐めたのだ。しかも結構深く。
「ええーっ! お姉ちゃん感じてたじゃん!」
「感じてないわ断じて。ええ、感じてません」
最近、こいしのスキンシップが激しい。
というのも、私がこうさせてしまったのかすらも分からない。もしかしたら、お燐やお空が何か吹き込んだのかもしれないが。
「じゃあお姉ちゃん。構って?」
「今は難しいわね」
「うぇえ! どうしてー?」
「見たらわかるでしょ? お姉ちゃん大事な仕事してるの」
「嘘だ嘘だ! そんなの名前書いてハンコ押すだけじゃん! 誰でもできるよそんなの!」
「言いやがるわねあなた」
私達の館、地霊殿にはもう長い間過ごしている。その中で、私は心を読めることを利用し、動物たちとコミュニケーションを取った。
それにより、今では多くのペットが私やこいしを「さとり様」「こいし様」と慕ってくれ、家族のように過ごしている。
「とにかく、私は今忙しいの。遊ぶなら後にして頂戴」
「……それなら、私いじけるよ?」
「いや勝手にしなさいよ」
「あーっ、言っちゃった! 可愛い妹が、珍しく構ってほしそうにしてるのにぃ!」
「いやあなたここ毎日言ってるじゃない。お燐にでも構ってもらいなさいな」
自分で可愛いと言うのはどうなのかしら。いや、私の妹だし当たり前ではあるのだけど。
「いいもんっ、構ってくれるまでここで待つから」
「健気ねぇ……」
私は落ちてしまった書類を拾って、また再び作業を始める。仕事を始めれば、ある程度は集中できるため、おぼつかないことは無い。
「……」
「……」
「……ぺろ……」
「んひゃっ!?」
次は左耳に、柔らかくて濡れた感触が。
「……こいしぃ……」
「だってだって、やっぱり寂しいんだもん! いいじゃん仕事続ければこの仕事妖怪っ」
「ああいいわよ続けてやるわよ! 貴方がちょっかい出そうが私には関係ないものね!」
ここで意地を張ってしまうのも、結局は姉妹なんだろうなと思ってしまう。
しかし、ここで折れてこいしの相手をしていては、何やら負けた気分になる。耳を舐められようと屈してはいけない。
「……ぶぅ……結局最後までやるんじゃん……」
「はぁ……はぁ……あなた……胸を触るのは卑怯よ……」
仕事をやり終えた私は両耳がこいしの唾液で濡れ、上半身は下着だけになっていた。
「いやはや、耳を舐めるだけなんて言ったっけかな?」
「……全く……じゃなくてっ!」
私はこのまま席を立って晩御飯を食べようとしていたのだろう。いや、そんなことをしてはダメなのだ。
もちろん、下着姿のままだから、というのも理由の一つだ。しかし、人型の妖怪や動物に興奮する雄は地霊殿には存在しない。
だからこそ、もう一つ目を逸らしては行けない事実が存在している。
家族会議だ。いや、地底会議? それくらい由々しき問題だ。
「あなた、実の姉に何してるの!?」
至極真っ当なはずだ。何故私の妹は姉に向かって平気で耳を舐めたり胸を触ったりするのだろうか。いや、ありえない。
そう、ありえないはずなのだ。
「?」
「そんな可愛く首を傾げても許さないわよいいえ許してあげようかしら」
「……な、何言ってるのお姉ちゃん……」
「コホン……とにかく、あんたなんでそんな平気な顔して耳舐めたり出来るの?」
「……え? なんか変かな?」
「え?」
柱時計の音が顕著に聞こえるようになったのは、お互いが顔を見合って黙りこくったからだろう。
そしてちょうど、午後6時を迎えた。
「……お姉ちゃん、家族とはいえ人のいるところで下着姿でいるのは感心しないよ」
「えっ、あぁ、ごめんなさいね。脱がしたのはあなただけど」
脱がされた服は椅子に綺麗にかけられてあった。なんやかんや綺麗好きなため、些細なところでそういった特徴が出るのは姉としてもなんだか嬉しい。
「いやそうじゃないのよ」
「?」
「姉に耳舐めや服を剥ぎ取るとかの行為は普通しないわよ」
「お姉ちゃんって意外と非常識なんだね」
「ぶっ叩いてやりたいわこの妹」
まさかの私の方が非常識だというカウンターを仕掛けてきたこいし。いつおかしくなってしまったのだろう。
「……好きな人と触れ合いたいっていうのは生き物の本能的な心理でしょ?」
「……いやいや、肉親への愛情はまた別物でしょう?」
ここで初めて、キョトンとしていた表情が変わって、口角を少しだけ上げ、口元に手を置いた。
「ふふっ、本当に親愛だけなのかな?」
「いや何よその意味ありげな表情」
「知ーらないっ、目玉かっぽじって心でも読んだら?」
「言い方が不穏ね」
「……お姉ちゃんは妹心というものを勉強する必要がありまーす」
「い、いもうとごころ?」
聞いたことの無い単語に思わずオウム返しをしてしまう。
こいしはその反応すらも楽しんでいる表情を浮かべる。
「そっ、妹心。それが分かるまで、私の気持ちを理解することは不可能だよーっと」
軽い足取りで廊下への扉に手をかける。最近、扉の前で転んでドアノブにおでこをぶつけて涙目になったこいしを思い出す。
すると、一度あったことは二度も起こる……とは限らず、そのまま廊下へと歩いていってしまった。
「……なんだったのかしら……」
突如激化したスキンシップ。姉妹なのでハグや手を繋ぐ行為は珍しくもない上に私達も姉妹の例に漏れず行っていた。
しかし、耳舐めは別だ。普通の姉妹もやるものなのだろうか、少なくとも、知り合いの姉妹がそういったことをしたという話を聞いたことがない。物語ですら聞いたことがない。
よって、これはおかしいことだ。
早とちりだったならそれまでだが、明らかにおかしい。
この日を境に、こいしの私への距離感は狂っていく。
「……」
お姉ちゃんの書斎から出て、扉を閉める。
大きく高鳴っていた心臓は上手く誤魔化せただろうか。紅潮した顔を見られずに済んだだろうか。
「はぁっ、緊張した」
今回はかなり思い切った行動をしてしまったと反省もしている反面、少し意識して貰えたのかもと期待があったりする。
色々な手順を端折って耳を舐めたり服を脱がせたりしてしまったが私自身、凄い心地よかったし、お姉ちゃんの可愛い声を聞けた。
「……んふ……楽しみだなぁ」
これから、私の愛がお姉ちゃんにたくさん伝わるといいな。
ちょっと短めかもです。
すみません。