「ん…」
アラシの家で寝かされた3人が、段々と身じろぎを始めた。そろそろ起きそうな雰囲気だ。
得体が知れなかったとはいえ、気を失った人間をポケモンの縄張りである林の中に置いておいたら、間違いなく死ぬ。よしんば死ななかったとしても、林の中で目を覚ませば途方に暮れるだろう。
それは流石に忍びなかったアラシは、彼ら彼女らをポケモンと協力してトウホク村へと運んだのだ。
やがてむくりと起き上がる少年。寝起きのせいか、どこかぼーとしている。そして続いて2人の少女たちも体を起こした。
「おはよう、調子はどうかな?」
「……」
「ベッドが違う」
「ここはどこ?」
時空の歪みから現れたということで想像はしていたが、やはり現状を理解していないらしい。アラシは優しい口調で語りかける。
「ここはジパング地方のトウホク村だ。
オレの名前はアラシ、トウホク村一番のポケモンの使い手。君たちは東の林で倒れていたんだよ」
「ジパング、地方?」
「トウホク村って…?」
「……」
どうやら聞き覚えがないらしい。時空の歪みから出てきたのならば近場の人間でないことは想像できたので、アラシに動揺はない。
「とりあえず名前を教えてくれないか?」
「名前、名前は……名前は?」
「……」
「名前、名前……」
(マジか)
アラシは心の中で思う。これはちょっと想定外、少しだけ動揺した。この調子では何も覚えていないのではないか、そんな危惧がうかんでくる。
と、そこで1人の少女が思い出したように声を出した。
「サイトウ…」
「ん?」
「サイトウ、サイトウ。そう、わたしの名前は、サイトウ、です」
灰色の髪を短くカットして褐色の肌をした少女がそう答える。アラシはにこやかに笑いながら続きを促す。
「そうか、年は分かるか? 住んでいた場所はどこだい?」
「年齢は、13歳。住んでいたところは…ところは……」
難しい顔で考え込んでしまうサイトウ。必死に思い出そうとしているようだが、思い出せそうな感じはしない。そして他の2人はもっと深刻だ。黒い髪をして薄いオレンジ色の肌をした一般的なジパング地方の様相をした男の子は名前も思い出せていないみたいだし、長い金色の髪を持つ白い肌の少女はどこか警戒した様子で一言も話さない。
まずは安心させて心を開かせるところからか。傷ついて警戒心が強くなったポケモンに接するように、アラシはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「名前も思い出せないのは不便だな。ひとまず名前をつけよう、思い出すまでの仮の名前だ。
そうだな、男の子の君はミカゼ。女の子の君はナギ」
「……ナギ。私の、名前」
「ミカゼ、か。うん、分かった」
名前を付けた途端に女の子のナギはふんわりと笑い、男の子のミカゼは納得したように頷いた。
年も分からないが、見たところサイトウと大して変わらない。同じく13歳という扱いでいいだろう。ならば子供を卒業する年頃であり、見習いとなって仕事を覚える年齢だ。働かざる者食うべからず、トウホク村も決して余裕がある集落ではない。
とはいえ、まずは村の案内からか。何も分からないなら、まずは土地勘から覚えてもらうのも悪くない。
「じゃあまずはトウホク村を案内しようかな。なに、エド村やキョウト村に比べれば小さな村だ。すぐに見て回れるさ」
そう言って立ち上がり、3人を外へ促すアラシだった。
「お、ポケモンだ」
「結構いますね」
「さわりたい…」
「ポケモンを怖がらないのかい?」
一通りトウホク村を案内して最後に向かった牧場で発した3人の言葉に、アラシが意外そうな声を出した。ポケモンを怖がる者は多いというのに、彼らはそんな様子もない。むしろアラシの言葉にどうしてそんな言葉をかけられるのか不思議だと言わんばかりの表情を浮かべたくらいだ。
まあ、悪いことではない。アラシは何でもないと言わんばかりに肩をすくめて牧場の中に入っていく。それに続く3人。
「ノグチ博士、アラシです。林で倒れていた3人ですが、ポケモンとふれあいたいそうです。いいですか?」
「アラシ君、お疲れ様です。ポケモンとふれあいたいのですか、どうぞどうぞ」
しわが深く刻まれたノグチ博士が奥からひょっこり出てきて、にこやかに笑いながら許可を出す。
それを聞いて破顔しながらポケモンに突撃するサイトウ、それに続くミカゼ、ゆっくりと後ろを歩くナギ。
三者三様の後ろ姿を見ながらアラシとノグチ博士は言葉を交わす。もちろん、ポケモンたちと事故が起きないように注意しながらだ。ちなみにアラシはノグチ博士にだけ彼ら3人が時空の歪みから現れた事を話してある。
「ポケモンを怖がらないとは喜ばしい話ですね。ポケモンに関わる仕事は嫌がる人がとても多いですから」
「あとはポケモンに嫌われないかですけど…あの様子なら問題はなさそうですね」
「本当に。将来有望です」
3人に寄るポケモンたちはみんなリラックスしており、お互いに危害を加える様子はない。アラシとノグチ博士は安心して見ていられる。
そしてサイトウにはかくとうタイプのポケモンが、ナギにはフェアリータイプのポケモンが特に寄っていた。
「人間にもタイプがある。それがノグチ博士の持論でしたね」
「ええ。人間のタイプにあったポケモンが心を通わせやすくなり、関係を進めやすくなる。だから1つのタイプを極める人が多いのです。
もっとも、例外もいますけどね。アラシ君や、あのミカゼ君のように」
アラシのポケモンたちはタイプが統一されていない。それは単に懐くポケモンが色々いるというだけで、性格があるなどタイプよりも優先される相性があるというだけの話なのだが。そんなアラシと同じように、ミカゼに寄るポケモンたちもタイプが偏っていない。様々なタイプを扱える人種である。こういう人間は応用性がある一方、専門性はあまりない。要は棲み分けだ。
「ポケモンを持っていないみたいですし、気が合うポケモンがいれば是非とも連れて行って欲しいですね」
「まあ、大丈夫でしょう。あの様子なら」
ミカゼとナギはそれぞれ特に1匹のポケモンと気が合ったようだ。ポケモンもよく懐いている。
「ミカゼはコオルスか。うちにいた時はどうなるかと思いましたが、相棒ができたようでなによりです」
「ナギ君に寄り添っているのはガラルポニータですね。地元では水が合わなかった子ですから、これで落ち着いてくれるといいのですが」
最初の手持ちが決まりそうなミカゼとナギだが、一方でなかなかピンときていない様子なのはサイトウだ。ポケモンはいい感じで懐いているのだが、見ている限りサイトウの方に最後の壁がある。
「サイトウは…どうなんでしょう、あれ?」
「んー…。まあ、様子を見ましょうか。まだ初日ですしね」
「そうですね」
今日ポケモンを見つける必要もない。もっと言えば、無理にポケモンに関わる仕事につく必要すらない。
とはいえ、ポケモンと相性がいい人間にはポケモン関係の仕事について欲しい本音はあるのだが。
そんな外野の意見とは関係なく、ミカゼとナギは完全にポケモンを選んだようだ。それを確認したアラシとノグチ博士はモンスターボールを手に持って近づいていく。
「気に入ったかい?」
「ああ、コイツは俺の相棒さ!」
「コオルス!」
「この子、いい子…」
「ポニータ!」
「そうかそうか、仲良くなったなら連れて行って欲しい。
はい、モンスターボールですよ」
「いいんですか!」
「もちろんだ、その為にポケモンとふれあって貰ったんだからな。
ただし、ポケモンを連れている者としてちゃんと仕事もしてくれるよな?」
「分かった!」
「…頑張る」
頷いたミカゼとナギはモンスターボールで相棒のポケモンを捕まえていく。一方で、所在がなさそうに立っているのはサイトウ。
「サイトウは見つからなかったか」
「すいません」
「別に謝る必要も焦る必要もないさ、ポケモンの相棒を見つける義務もないわけだしな」
「無理は禁物ですよ、サイトウ君。君は君のペースでいいのです」
アラシとノグチ博士の言葉に、力なく首を振るサイトウ。
「何と言いますか。わたしの相棒はどこか別の場所にいる。そんな気がしてならないのです」
その言葉に、ふむと納得するような考え込むような表情をする2人。
そんな2人をさておいて、まぶしそうに空を見上げるサイトウ。
(そう、この空の下の、どこかに――)
「では、東の林に行ってみたらどうでしょうか?」
ノグチ博士の言葉に、その場にいた全員の視線が向く。
「そこで倒れていた訳ですから、サイトウ君の相棒の手がかりもあるかも知れません。遠くもないですし、行く価値はあるかも知れませんよ?」
「分かりました、付き合いますよ」
「いやいや、アラシ君は他の場所も見回って貰わないと。
せっかくポケモンを相棒にした人もできた訳ですし、ね」
ノグチ博士の含んだ言葉を理解して胸を張るのはミカゼ。
「そうだな、サイトウ。任せておけ!」
「…私も、一緒に行く」
「ミカゼ、ナギ。ありがとう」
にこやかに笑うサイトウに、満足そうに頷くミカゼとナギなのだった。